衣通郎姫の伝説  藤原宮跡付近から畝傍山を望む
2020年4月1日
奈良県橿原市醍醐町



花ぐはし
はなぐはし

桜の愛で

さくらのめで

同愛でば

ことめでば

早くは愛でず

はやくはめでず

我が愛づる子ら

わがめづるこら

                      允恭天皇
                日本書紀歌謡 67

■大意
 花のこまかく美しい桜の見事さ。
同じ愛するなら(もっと早く愛すべきだったのに)、
早く賞美せずに惜しいことをした。
わが愛する衣通郎姫もそうだ。

 桜にたとえて、衣通郎姫をたたえた歌。
クハシは、こまかくて美しいこと。
コトメデバのコトは、如シのゴトの古形。同じの意。
従来これを、「如此」の意に解する説もあるが、従えない。
「コト降らば袖さへ濡れてとほるべく降りなむ雪の空に毛につつ」
(万葉集317)
(同じ降るなら袖まで濡れとおるくらいに降ればいい雪が、
ほんのわずかしか降らないで、空で消えている。
女が男を引きとめようとする歌)のような例がある。
・・・岩波書店「日本書紀上」、允恭天皇八年春二月の条の注より。

日本書紀卷第十三 允恭天皇七年冬十二月(西暦戊午四一八年十二月一日)〜八年春二月の条

登場人物
天皇 ・・・ 雄朝津間稚子宿祢天皇(をあさづまわくごのすくねのすめらみこと、允恭天皇)
皇后 ・・・ 忍坂大中姫(おしさかのおほなかつひめ)(同母姉)
・・・ 衣通郎姫(そとほしのいらつめ)(同母妹)
容姿絶妙れて比無し。其の艶しき色、衣より徹りて晃れり。

通し番号 歌謡番号 抽出用原文(新体字) 読み 訓読み
N15411   皇后 きさき 皇后
N15412   不獲已而 やむことえずして 已むこと獲ずして
N15413   奏言 まうしてまうしたまはく 奏して言したまはく
N15414   妾弟 やつこがいろど 「妾が弟
N15415   名弟姫焉 なはおとひめ 名は弟姫」とまうしたまふ。
N15416   弟姫 おとひめ 弟姫
N15416 容姿絶妙無比 かほすぐれてならびなし 容姿絶妙れて比無し。
N15417   其艶色 そのうるはしきいろ 其の艶しき色
N15418   徹衣而 そよりとほりて 衣より徹りて
N15419   晃之 てれり 晃れり。
N15420   是以 ここをもて 是を以て
N15421   時人 ときのひと 時の人
N15422   号曰衣通郎姫也 なづけてそとほしのいらつめとまうす 号けて衣通の郎姫と曰す。
N15423   天皇之志 すめらみことのみこころざし 天皇の志
N15424   存于衣通郎姫 そとほしのいらつめにかけたまへり 衣通の郎姫に存けたまへり。
N15425   かれ
N15426   強皇后而 きさきをしひて 皇后を強ひて
N15427   令進 たてまつらしむ 進らしむ。
N15428   皇后 きさき 皇后
N15429   知之 しろしめして 知ろしめして
N15430   不輙言礼事 たやすくwiやのことまうしたまはず 輙く礼の事言したまはず。
      ・・・ 中略 ・・・  
N15510   然皇后之色不平 しかるにきさきのみおもへりよくもあらず 然るに皇后のみ色平くもあらず。
N15511   是以 ここをもて 是を以て
N15512   勿近宮中 みやのうちにちかつけずして 宮の中に近けずして
N15513   則別構殿屋於藤原而 すなはちことにとのをふぢはらにたてて 則ち別に殿屋を藤原に構てて
N15514   居也 はべらしむ 居らしむ。
N15515   適産大泊瀬天皇之夕 おほはつせのすめらみことをあらしますよにあたりて 大泊瀬の天皇を産らします夕に適りて
N15516   天皇 すめらみこと 天皇
N15517   始幸藤原宮 はじめてふぢはらのみやにいでます 始めて藤原の宮に幸す。
N15518   皇后 きさき 皇后
N15519   聞之恨曰 きこしめしてうらみてのたまはく 聞こしめして恨みて曰はく
N15520   やつこ 「妾
N15521   初自結髪 はじめかみなひしより 初め髪結しより
N15522   陪於後宮 きさきのみやにはべること 後の宮に陪ること
N15523   既経多年 すでにさはのとしをへぬ 既に多の年を経ぬ。
N15524   甚哉 はなはだしきかな 甚しきかな
N15525   天皇也 すめらみこと 天皇
N15526   今妾産之 いまやつここうみて 今妾こ産みて
N15527   死生 しにいきむこと 死に生きむこと
N15528   相半 あひなかばなり 相半なり。
N15529   何故 なにのゆweにか 何の故にか
N15530   当今夕 こよひにあたりても 今夕に当りても
N15531   必幸藤原 かならずふぢはらにいでます 必ず藤原に幸す」とのたまひて
N15532   乃自出之 すなはちみづからいでて 乃ち自ら出でて
N15533   焼産殿而 うぶどのをやきて 産殿を焼きて
N15534   将死 みうせむとす 死せむとす。
N15535   天皇 すめらみこと 天皇
N15536   聞之 きこしめして 聞こしめして
N15537   大驚曰 おほきにおどろきてのたまはく 大きに驚きて曰はく
N15538   朕過也 われあやまちたり 「朕過ちたり」とのたまひて
N15539   因慰喩皇后之意焉 よりてきさきのみこころをやすめこしらへたまふ 因りて皇后の意を慰め喩へたまふ。
N15540   八年 やとせの 八年の
N15541   春二月 はるきさらぎに 春二月に
N15542   幸于藤原 ふぢはらにいでます 藤原に幸す。
N15543   密察衣通郎姫之消息 しのびにそとほしのいらつめのあるかたちをみたまふ 密に衣通の郎姫の消息を察たまふ。
N15544   是夕 こよひ 是夕
N15545   衣通郎姫 そとほしのいらつめ 衣通の郎姫
N15546   恋天皇而 すめらみことをしのびたてまつりて 天皇を恋びたてまつりて
N15547   独居 ひとりはべり 独居り。
N15548   其不知天皇之臨而 それすめらみことのいでませることをしらずして 其れ天皇の臨せることを知らずして
N15549   歌曰 うたよみしていはく 歌よみして曰はく
N15550 N65 和餓勢故餓 わがせこが 我が背子が
N15551 N65 勾倍枳予臂奈利 くべきよひなり 来べき夕なり
N15552 N65 佐瑳餓泥能 ささがねの ささがねの
N15553 N65 区茂能於虚奈比 くものおこなひ 蜘蛛の行ひ
N15554 N65 虚予比辞流辞毛 こよひしるしも 是夕著しも
 
■日本書紀歌謡65の大意
 私の夫の訪れそうな夕である。笹の根もとの蜘蛛の巣をかける様子が、今、はっきり見える。

 セは、女から、同母の兄弟または夫を呼ぶ称。もと、同母の兄弟が、姉妹の結婚の相手であった時代がある。
その頃、姉妹が兄弟をセと呼んだ。
後に、その兄弟と姉妹との結婚は禁止されるようになり、女は、同母の兄弟以外の男性と結婚するに至ったが、その相手の男性をも、
同母の兄弟を呼ぶセという語で、呼ぶようになった結果、夫をもセというのである。セの対語はイモ。
ヨヒは、ヨヒ・ヨナカ・アカツキ・アシタという、夜を中心とする時間区分の最初にあたる部分。男が女を訪れる時刻。
ササガネノは、笹の根もととする解釈の他、「笹蟹の」とする解釈もある。
この歌古今集にはササガニノとあり、その解釈によったものと思われる。
オコナヒは、順序をもって事をすすめること。蜘蛛が、きちん順序をもって巣を張ることをいう。
蜘蛛が来て人の衣に着くと、親客が来訪するという俗信が中国にあり、それで蜘蛛を喜母という。
それと同じ俗信が日本にもあったのであろう。
 
N15555   天皇 すめらみこと 天皇
N15556   聆是歌 このうたをきこしめして 是の歌を聆しめして
N15557   則有感情 すなはちめでたまふみこころおはします 則ち感でたまふみ情有します。
N15558   而歌之曰 しかうしてみうたよみしてのたまはく 而してみ歌よみして曰はく
N15559 N66 佐瑳羅餓多 ささらがた ささらがた
N15560 N66 迩之枳能臂毛弘 にしきのひもを 錦の紐を
N15561 N66 等枳舎気帝 ときさけて 解き放けて
N15562 N66 阿麻多絆泥受迩 あまたはねずに 数は寝ずに
N15563 N66 多?比等用能未 ただひとよのみ 唯一夜のみ
 
■日本書紀歌謡66の大意
 ささらの模様の錦の紐を解き放って、さあ、幾夜もとは言わず、ただ一夜だけ共寝しよう。

 天皇が衣通郎姫を誘った歌。
ササラのササは、イササカのササと同源。こまかい意。
カタは、模様。ササラガタは、細紋。
ニシキは、五彩の輝く織物。当時は輸入品。
アマタは、二、三。
 
N15564   明旦 くるつあしたに 明つ旦に
N15565   天皇 すめらみこと 天皇
N15566   見井傍桜華而 wiのほとりのさくらのはなをみそなはして 井の傍の桜の華を見して
N15567   歌之曰 みうたよみしてのたまはく み歌よみして曰はく
N15568 N67 波那具波辞 はなぐはし 花ぐはし
N15569 N67 佐区羅能梅涅 さくらのめで 桜の愛で
N15570 N67 許等梅涅麼 ことめでば 同愛でば
N15571 N67 波椰区波梅涅孺 はやくはめでず 早くは愛でず
N15572 N67 和我梅豆留古羅 わがめづるこら 我が愛づる子ら
 
■日本書紀歌謡67の大意
 花のこまかく美しい桜の見事さ。同じ愛するなら(もっと早く愛すべきだったのに)、早く賞美せずに惜しいことをした。
わが愛する衣通郎姫もそうだ。

 桜にたとえて、衣通郎姫をたたえた歌。
クハシは、こまかくて美しいこと。
コトメデバのコトは、如シのゴトの古形。同じの意。
従来これを、「如此」の意に解する説もあるが、従えない。
「コト降らば袖さへ濡れてとほるべく降りなむ雪の空に毛につつ」(万葉集317)
(同じ降るなら袖まで濡れとおるくらいに降ればいい雪が、ほんのわずかしか降らないで、空で消えている。
女が男を引きとめようとする歌)のような例がある。
 
N15573   皇后 きさき 皇后
N15574   聞之 きこしめして 聞こしめして
N15575   且大恨也 またおほきにうらみたまふ 且大きに恨みたまふ。


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