「 ろ(ro) 」の万葉仮名、甲類と乙類
2010年9月10月8日掲載    万葉散歩フォトギャラリー管理人 植芝 宏
 奈良時代の発音の体系は、現代語と違っていました。
キ・ヒ・ミ・ケ・ヘ・メ・コ・ソ・ト・ノ・ヨ・ロとその濁音ギ・ビ・ゲ・ベ・ゴ・ゾ・ド及びエの発音に、二種類の区別がありました。
古事記ではさらにモにも二種類の区別がありました。
その区別は片仮名平仮名では示せないので、一方を甲類、他方を乙類と呼ぶのが慣例です。
岩波書店日本古典文学大系『万葉集四』の校注の覚え書四によれば、
「 この発音上の区別は、奈良時代末頃から混乱しはじめ、平安時代になるとその二つが合併して一つになって行き、平安時代の極初期にはコの甲類乙類の区別と、ア行の e とヤ行の ye との区別を残すだけになった。 」とあります。

ページの中で、混同を防ぐため古事記歌謡の番号の頭には「K」を日本書紀歌謡の番号の頭には「N」を付けました。


■「 ろ(ro) 」の発音に当てられている万葉仮名の甲類と乙類の割合
 エクセルを使用して、万葉集に収録されている歌から発音「 ろ(ro) 」を含む句を抽出。
抽出した「 ろ(ro) 」を含む句から、
甲類・・・路、漏
乙類・・・呂、侶、里、良
それぞれの用例数をカウントし集計したところ、
「 ろ(ro) 」の発音に当てられている漢字一字一音の万葉仮名は339例、
うち甲類は42例、乙類は297例あった。
比率は甲類12%、乙類88%。




古事記歌謡
甲類 5首、7例 K043、K053、K062、K077、K098
3首、3例 K004、K005、K006
1首、1例 K011
乙類 20首、37例 K043、K045、K049、K052、K054
K058、K059、K060、K061、K062
K063、K064、K067、K092、K093
K095、K096、K101、K102、K108


日本書紀歌謡
甲類 4首、5例 N003、N077、N082、N096
3首、4例 N077、N081、N097
1首、2例 N058
1首、1例 N009
1首、1例 N109
1首、1例 N119
乙類 17首、22例 N018a、N030、N036、N039、N040
N043、N047、N049、N052、N053
N054、N055、N056、N057、N058
N061、N102
1首、1例 N106


■「 ろ(ro) 」甲類の発音に当てられている万葉仮名



例数 36 6
割合 86% 14%

字音を借りた借音仮名
全用 路(ロ)・・・漢音。
略用 漏(ロウ)・・・漢音。


■「 ろ(ro) 」甲類の発音に当てられている万葉仮名の各巻の分布
(巻) (計)
1     0
2 1   1
3     0
4     0
5 2 2 4
6     0
7     0
8     0
9   1 1
10     0
11     0
12     0
13     0
14 12   12
15 3 3 6
16     0
17 8   8
18 5   5
19 1   1
20 4   4
(計) 36 6 42


■相換表
番号 原文 読み
4408 多倍乃 しろたへの
3725 多倍乃 しろたへの
3506 尓比牟 にひむろの
K011 意富牟夜爾 おほむろやに
N009 於朋務夜珥 おほむろやに
3441 安由賣久古麻 あゆめくろこま
N081 柯彼能矩古磨 かひのくろこま
N077 斯企夜磨能 よろしきやまの
N077 斯企野磨 よろしきやま
3452 於毛思 おもしろき
N119 於母之 おもしろき
866 〃〃尓 はろはろに
N109 波魯爾 はろはろに


■「 ろ(ro) 」乙類の発音に当てられている万葉仮名



その他
例数 289 6 1 1
割合 97% 2% 1%

字音を借りた借音仮名
全用 呂(ロ)・・・呉音。
全用 侶(ロ)・・・呉音。


■「 ろ(ro) 」乙類の発音に当てられている万葉仮名の各巻の分布
(巻) (計)
1 2       2
2 3       3
3 2       2
4 7       7
5 17       17
6   1     1
7 1       1
8 6       6
9 3 1     4
10 2       2
11 3 3     6
12         0
13 1       1
14 91     1 92
15 37       37
16 6       6
17 23       23
18 28       28
19 12       12
20 45 1 1   47
(計) 289 6 1 1 297


■相換表
番号 原文 読み
4116 根毛己 ねもころに
1723 根毛居雖見 ねもころみれど
4354 伊母加己〃 いもがこころは
4390 以母加去〃 いもがこころは
4431 賀波太波毛 ころがはだはも
3372 波可奈之久 ころはかなしく
K058 波毘 はびろ
N106 飫斯能毘栖鳴 おしのひろせを


■違例
 佐婆(さば)の海中(わたなか)にして、忽に逆風に遭ひ漲浪(ちやうらう)に漂流す。經宿して後に、幸に順風を得て、豊前國の下毛(しもつみけ)郡の分間(わくま)の浦 (うら)に到著す。是(ここ)に追ひて艱難を怛(いた)み、悽惆(せいちう)して作る

可母自毛能  宇伎祢乎須礼婆  美奈能和多  可具伎可美尓  都由曽於伎尓家類
かもじもの  うきねをすれば  みなのわた  かぐろきかみに  つゆぞおきにける

鴨じもの 浮寝をすれば 蜷の腸 か黒き髪に 露ぞ置きにける
                                    作者未詳(遣新羅使)
                                    巻15 3649

大意
 鴨のように浮寝をしていると、黒い髪に露がしっとりと置いた。


 「か黒き髪に」の「ろ」は甲類「ろ」の発音である。よって原文のは乙類「ろ」で違例。
甲類「ろ」
804 迦具伎可美尓 かぐろきかみに



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