History

球根1個を買うために…
「チューリップ狂時代」があったなんてね。

■基礎■

** 学名 **
Tulipa (タイトルのTulip-Tulipaも、この学名からいただきました。)

** 別名 **
鬱金香(ウッコンコウ)、牡丹百合(ボタンユリ)

** 分類 **
ユリ科チューリップ属の球根草。


■名前の由来■

ターバン16世紀の後半、ドイツからトルコに派遣されていました大使のビュスベックにより、初めてチューリップがヨーロッパへ紹介されました。
「トルコ人がツリパム(Tulipam)と呼んでいる花がある」と伝えたのですが、これはトルコ語ではターバンという意味。
ビュスベックの通訳が「花の形がターバンに似ている」と言ったのを、花の名前だと勘違いしたことによります。 当時トルコでは、チューリップのことをラーレ(Lale)と呼んでいました。


■原生地■

野生種チューリップは中央アジアやイランの砂漠地方一帯が生まれ故郷と考えられており、 原生地はスペイン、イタリア、北アフリカからトルコ、アフガニスタン、イラン、中国西部、西シベリアと、北緯40度線に沿って広範囲です。
その一帯は、 いわゆる地中海型の気候地帯で、夏は比較的涼しく雨が少ないので乾燥していますが、秋から冬に雨が多く降る地域です。 チューリップの野生種(原種)は約150種ほどあります。
Varietyのページにも、その一部を載せてあります。


■チューリップ狂時代■

イメージ1562年、トルコからベルギーに球根輸出が始まり、チューリップの人気が高まりました。
オランダでは1593年、トルコに派遣された大使ビュスベックが持ちかえった球根を、植物学者のクルシウスがライデン大学付属植物園で咲かせたことで評判となり、人々はこぞってチューリップを植え始めました。こうした栽培熱はオランダにとどまらず、イギリス、フランスへと広がり、品種改良が大流行しました。

** チューリッポマニア **
天秤1620年代には、資産家たち(チューリッポマニア(Tulipomania))により値段が高騰、異常なまでの人気を呼び、いわゆる「チューリップ狂時代」を迎えます。 たとえば、球根1個に対して、「小麦、ライ麦馬車2台分、雄牛4頭、ブタ3頭、12匹の羊、4トンのバター、ぶどう酒2樽、ビール4樽、1000ポンドのチーズにベッド、洋服一式、銀の大杯」などと交換され、財産をなげうつ者まで現れました。 このような異常な盛り上がりを憂慮したオランダ政府は、1637年、球根取引を禁止する法律を制定し、ようやく事態は収まったのです。

** ブロークンチューリップ **
ブロークンチューリップ当時もてはやされたチューリップは「ブロークンチューリップ」と呼ばれるもので、花びらに斑があり、深く切れ込みの入っている品種のものでしたが、後にわかったことですが、ブロークンチューリップは、アブラムシが媒介するウイルス病にかかったものだったのです。 チューリップの花びらはウイルスにより多様に色が混ざり合い、新たな品種となって、次々と生み出されました。今日、2000とも3000とも言われている品種は、この時代があったからこそ、生まれてきたものだと言えますし、毎年新品種が50種以上も誕生しています。


■日本■

日本へは、江戸時代の1820年代に初めて到来し、球根の輸入が開始されましたが、第一次世界大戦で輸入が途絶えたのをきっかけに、国内での球根生産が開始されました。 冬は雪が降り湿気が高く保たれる日本海側が主な球根の産地で、新潟県や富山県のチューリップ畑は開花時期に訪れると圧巻です。
Guideのページで、各地の見どころ情報を載せています。
新潟県五泉市