カカオと企て

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「さあて!やるぞぉ!!」
材料は揃えたし、キッチンも借りた。宿のおかみさんに借りた大き目のエプロンもつけた。そして最後に気合を入れ、エドワードは腕まくりをして言った。
「兄さん本当に一人で大丈夫?」
「なに言ってんだ!一人でやんなきゃ意味ねーだろが!!」
「まあ…そうだけど…」
「これであいつはイチコロ!オレ様の言いなりってね!」
にやにやと凶悪な笑みを浮かべながら大きな鍋を火にかける。
「ほらほら、おまえあっちへ行ってろ!」
「でも…」
「こんな狭いキッチンにぼーっと立ってられると邪魔なんだよ。出てった!出てった!」
渋る弟をキッチンから追い出すとエドワードはもう一度腕まくりをして両手を合わせると機械鎧の右手を鋭利な刃に変形させた。

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今日はバレンタインデー。年に一度女性が意中の男性にチョコレートを贈って胸の内を告白する―――一大イベントの日である。
ロイと付き合うようになってから数年が経とうとしているが、去年までのエドワードにとってこの日は高級チョコがたらふく食べられるちょっと嬉しいイベントの日にすぎなかった。なぜ君はチョコをくれないのかと恨みがましく言うロイを放置して次々にチョコを頬張ったものだ。

しかし今年はちょっとした異変が起きた。

今年もロイが仕入れてくるチョコを目当てにやる気マンマンでセントラルにやってきたエドワードだったが、ふと立ち寄った本屋で女性達の会話を偶然耳にした。
きゃあきゃあと甲高い声で嬉しそうに話す彼女たちの会話の内容を要約するとこうだ。
去年バレンタインに手作りのチョコレートを贈ったらやたら彼氏に感激されていっぱいわがままをきいてもらった―――らしい。
冷静に考えて見ればバレンタインに手作りの贈り物をする女性なんて珍しくもないし、当の彼女の話もどこまで本当だか分からないのだが、こういったことに疎いエドワードは、その話にすっかり夢中になってしまった。

毎年ロイがあんなに欲しがっていたチョコをしかも手作りで渡してやれば、それをネタに主導権を握れるに違いない。―――かなり都合の良い解釈であるが、日頃からロイのペースにのせられることにちょっとした不満を感じているエドワードは絶好のチャンスと色めきたったのだ。

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思い立ったら即行動に移すことが信条のエドワードは手持ちの現金を殆ど使い切って早速大量の材料を買い込み、宿のキッチンを借りるとうきうきとチョコ作りをはじめた。

こんなのチョコレートを溶かして型にながして固めるだけだろ?楽勝、楽勝!!―――チョコレート菓子を随分と舐めてかかった認識だが、その甘さはエドワード自身が身をもって確かめる事になる。

買ってきたチョコレートをまな板に並べて右手の刃で刻んでいく―――はずだったが、これが思いの他固くて思ったように切れない。
「おっかしーなー。なんで切れないんだ」
がんがんと調子良く刃を振りおろすが、チョコを弾き飛ばしたり、からぶったりで一向に進まない。
「なんだよ!」
思わず力が入ってだんっだんっとやった拍子にまな板がまっぷたつになった。
「うわやべっ!」
慌てた拍子にうっかり左手をだしてしまい、今度は指を切った。
「うわちっ!!」
エドワード自慢の鋭い刃にえぐられた指の痛みに思わず後ずさったところ、さっき火にかけた鍋があった。腕が当たって鍋がひっくり返り、ぐらぐら沸騰した湯をかぶってしまった。

「うぎゃあああああっ」

断末魔のような悲鳴がキッチンに響きわたった。
飛び込んできたアルフォンスが見たものは、それは悲惨なキッチンと兄の姿だった。

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「うーーーーひでぇ目にあった…」
「でも良かったね、大したことなくて」
「良かねぇっ!これを見ろよ!」
包帯でぐるぐる巻きにされた左手をぶんぶんふりまわしながらエドワードが悪態をつく。
「だって自業自得でしょ?兄さん料理なんてしたことないくせに無茶するからだよ」
「うー、それもこれも全部あいつのせいだ!あいつがチョコを欲しがったりするから!!」
自分の下心の事などきれいさっぱり忘れてここにはいない恋人にやつ当たりをはじめるエドワード。
「大佐………こんな人のどこがいいんだろう」
つぶやく弟の声は耳に入らなかったようだ。

「よし、こうなったら絶対チョコを渡してやる!そしてオレの言いなりにしてやる!!」
「ええっ!兄さんまだやるつもり!」
「おうよ。このくらいで諦めるオレ様じゃねぇ!」
「だってその手で料理は無理でしょ?」
「弟よ、オレは天才錬金術師だぜ?」

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地面に描かれた大きな錬成陣の上には大量のチョコレート。
準備を整えたエドワードはさらに凶悪な笑顔を浮かべながらその脇にしゃがみ込んだ。
「いっちょやるか!」
錬成陣が発動して発光する。

「ねぇ兄さん、これ…食べるんだよね」
「…ああ、と思う…」

錬成陣の真ん中に現れたものは茶色い物体…。ゴルフボール大の奇妙な形状をしたそれは錬成反応がおさまってからも湯気を出しながら妙な色で発光していた。

「兄さん…これ本当に大佐に食べさせるつもり?」
「…………」
「下手すると死んじゃうよ」
「いくらなんでも……それはないだろ」
「じゃ兄さん食べてみたら?」
「う………」

錬金術によって錬成されたものには術者の思いがこもる―――雑念で一杯だったエドワードの錬成の結果は予定と大きく違っていた。

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「エドワード」
「あ――?」
「君の方から誘ってくれるのはとても嬉しいんだが…」
「いいからさっさと食えよ。制限時間あんだからさ」
2人の前には巨大なバレンタイン仕様のチョコレートケーキ。カップルで30分以内に食べ切ったらタダという代物である。「手作りチョコ」の材料で手持ちの現金を使ってしまったエドワードにとっては有りがたいことこの上ない。
しかもセントラルでも人気の店だ。舌の肥えたロイだって満足するに違いない。エドワードは自信満々だった。

沢山のカップルが甘い雰囲気を醸し出している中で、真っ赤なコートに金髪の派手ななりの少年と軍高官の男ふたりががつがつとケーキをかき込んでいる様子はひときわ目を引いた。
「なあエドワード…どうにも落ち着かないのだが…」
「だから私服で来いっつったじゃん」
「…………」
もぐもぐと口をいっぱいにしながら平気な顔のエドワードを見つめながら、ロイはひっそりため息をついた。

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おもいつくまま書いたらなんだかスゴイことに…。いやもう、なにがなにやら…ちゃんと考えてから書けってことですね…。