墓碑に刻まれし思い



TONO
















無に還えるのは間違いだと思う。

間違いだと思えるという事は、まだ早いと言う事なんだ。

だから無には還える事はできないよ。

だから…僕は生きようと思う。

僕は僕なりに生きていこうと思う。

そう…アスカと一緒に。

間違っては…いないよね、父さん、母さん、綾波…。


















未曾有の災害とよばれたサードインパクトから2年。



そのサードインパクトという惨劇から生き伸びた人類は、世界各国で目覚ましい回復を遂げ、もはやサードインパクト勃発前とほぼ遜色無い程に回復していた。

惨劇の直接原因と目されていたネルフ、その上位組織であるゼーレは、国連と日本よりの全ての援助と協力が打ち切られ、もはや組織や施設を自力で修復、維持していく事は事実上不可能になり、組織は解体、生存していた全てのネルフ職員は解雇されていた。

当然ながらアスカ、シンジ、ミサトもネルフから解雇、というよりも見捨てられたといった風でネルフから追い出された。

アスカとシンジはその後一時的に医療施設に入院し、体と心のケアを受けた。二人の心と体は半年程で目立った症状が回復し、通常の生活をしても差しつかえない状態になった。

勿論、その回復の過程にあって二人が互いを想う気持ちがその回復を助け、早めたのは間違いようのない事実である。

そして、二人が退院した際に迎えに来たミサトに「また一緒に住みましょ」と言われ、シンジは生きていく上で否応無く、アスカはかなり渋った上で仕方無いといった感じでミサトが住んでいたアパートに共に住む事になった。





それからの二人はあの過去の一件の全てを封印し、少人数ながらも再開した高校に編入、普通の高校生として生活を送り始めた。

最初は普通の生活に少し戸惑いを感じていたが、今はそれにも慣れ、今までとは違うゆっくりとした時間の中で毎日を過ごしていた。

シンジとアスカの二人に「恋人同士」という言葉がつい最近になってようやくしっくりと馴染むようになり、二人を過去を知る周囲の人々からもごく自然に認められるようになっていた。

だが、シンジは昔と変わらずにせっせとアスカの為に弁当を作り、何かにつけてアスカの世話を焼いている。

そしてそれを表には表さないが、心の中で感謝しているアスカ。

二人はそんなある意味平凡な、そして穏やかな日々を過ごしていた。



だが、そんな平和の毎日が続くと、少しの疑問がすぐに目につくようになっていた。

それは…。


とある日曜日。

まだ続いてる夏の暑さにも関わらず、シンジはいつものように台所に立ちアスカとミサトの為に朝食を作っていた。

そこへまだ睡魔を纏ったいるアスカがシンジの部屋から起きてくる。

「おはよう、アスカ。眠れた?」

「おはよ、シンジ…」

アスカは眠い目を擦りながら台所に立っているシンジに背中めがけて正面から抱きつく。

「シンジ、コーヒー…」

アスカがシンジの耳元で甘い声で呟く。

「重いよ…アスカ。包丁使ってるんだから…危ないよ」

「このアタシに重いなんて言っていいと思ってんの?…ん?」

眠気からくる気だるさとシンジの対する好意とを混ぜ、さらに甘い声でアスカがシンジに文句を言う。


「ごめん。ほら、コーヒー入れるから、席に座っててよ」

シンジは必死で理性と自らの心を保ちつつアスカを自分から離れるように言う。


まだ睡魔に自分の体と心が押されているのか、アスカは文句も言わず、素直にシンジから離れて椅子に座った。そしてふにゃっと上体をテーブルに倒して整った顎をテーブルに乗せながらシンジを横目に見ていた。

シンジはコーヒーメーカーの中で湯気を立てていたコーヒーをアスカのカップに注ぎ、テーブルに顎を乗せたままのアスカに出す。

「ありがと」

アスカは礼を言って体を起こし、砂糖を入れて一口コーヒーを飲んだ。

「もう少しで朝食だから、もうちょっと待ってて」

シンジはフライパンの上で音を立てている目玉焼きを皿に移しながらアスカに言う。

数分後、アスカの前にはいつものごとくきちっとした朝食が並んでいる。

トースト、目玉焼き、サラダ、入れ直されたコーヒー。

「温かいうちにどうぞ」

「うん…」

アスカは今だ覚めやらぬ眠気をコーヒーの苦さで抑えようと、再びカップを傾けた。

シンジはそのアスカの様子を一目だけ見ると、「食器はそのままでいいからね」と言いながら自室へと入っていった。


アスカは昨日から少し疑惑を抱いていた。昨日からシンジの様子が少し変なのだ。妙にそわそわしている。

去年も一昨年もそうだ。この時期が来ると、必ずシンジはいつもそわそわとしていた。

そしてアスカが知らぬ間に家を出て一人どこかへ出掛けてしまう。アスカはその原因を探ろうとしたが、シンジは「別に何でもないよ」と言うだけで答えようとはしなかった。

(まったく、シンジのヤツ…アタシに黙っていつもどこへ行っているのかしら)

抱えていた眠気はいつの間にかどこかへと消え去り、毎年の恒例となったその疑問と疑惑が再燃していた。

(今年こそ付き止めてみせるわ。見てらっしゃい)

アスカはマーガリンを付けたトーストにかじりつきながらも、自分の部屋の引き戸の向こうにいるシンジに睨みをきかせていた。


アスカが食べ終わると、入れ替わるようにミサトが起きてくる。

シンジは再び台所に立ち、アスカと同じメニューをミサトの前に並べてミサトの再就職の事をあれやこれやと聞いていた。

「全く、私のような万能選手を雇わないなんて…信じられないわ」

「そうですね…」

少し語尾を濁しながらシンジは答えた。

「あーあ、明日もまた果て無き職探しが始まるのね…」

最大の落胆の表情を込めてミサトが嘆く。

「頑張って下さいね、ミサトさん。ミサトさんなら…必ず見つかりますよ」

「そう言ってくれるのは、シンちゃんだけね」

「そうですか?」

シンジは少し苦笑いをして皿を洗っていた。



午前十時。

ようやく家事の全てを終わらせたシンジが自室へと戻る。そして意を決したかのように財布をポケットにしまい、腕時計を左腕に巻く。

「…今年もまたこの日が来たんだ」

シンジは自分に言い聞かせるように呟く。そして右手を二度三度握ると、自室の戸を静かに開けて玄関へと向った。

(出掛けるわね。さあ、アタシに黙ってどこへこそこそ出掛けるのか…今日こそ目的をはっきりさせてやるわ)

アスカもすでに着替えを終え、シンジがアパートから出て行くのを今か今かと待っていた。

シンジが玄関をこっそりと出て行くのを確認すると、アスカも玄関へと歩みを進めた。




シンジは復興途中の街を駅の方向へと歩く。

アスカはシンジと10メートル程の距離を置きながら尾行していた。

(だいたいアタシに黙ってどこかへ出掛けるなんて怪し過ぎる。絶対何かあるわ)

アスカ自身、こうしてシンジを疑うのはあまりいい気分がしなかった。

シンジから告白され、自らがその想いを受け入れた時、シンジを疑ったり怒鳴ったりするのはもう止めようと自分自身で決めていた。

だが、今回の事ばかりはそうはいかなかった。自分が好意を寄せているシンジが自分にその理由を隠してどこかへ行く。

そのあまりに理不尽な行動にアスカは怒りを隠し切れなかった。

一番最初にいなくなった時、シンジには一週間口をきいてやらなかった。二回目の時には二週間。

そして今回。今回は殴ってやろうかと思った。

そして何故こういう事をしているのかシンジから理由を白状させてやろうと考えていた。

(どっちにしても、今回ではっきりさせてやるわ。二度とこんな事させないんだから)

アスカはシンジを見失わないように電柱の影に隠れシンジを睨みながらついて行く。


シンジは大通りにある小さな花屋の前で立ち止まり花束を買う。

(花ァ?アイツどういうつもりなのかしら。一体、花を持ってどこへ行こうというのよ)

アスカは心の中に渦巻く不安を感じる。そして、その不安渦巻く心に鮮やかに浮き上がる一つの言葉。

そのたった一つの言葉がアスカの理性を霧散させて怒りのままにシンジに掴みかからせようとさせる。


<別の女?>


(シンジに限ってそんな事は絶対にない!アタシを見てる、間違いなくアタシを見ているはず!!昨日の夜だって…一昨日だって、その前だって!)

だが、その心の叫びも花束を見るシンジの穏やかな表情を見ると、自分の中で説得力の無いものに変化していく。

(有り得ない…絶対有り得ないわ!)

シンジが花を持って花屋を出ても、アスカの中にあるその不安を拭い切れずにいた。



シンジは駅前に着くと券売機で切符を買い、改札へと入っていく。アスカもその行き先を確認して切符を買った。

フォームで電車を待つシンジをアスカは建物の陰から見ていた。

「何よ…変に神妙な顔つきしちゃってさ。アタシの気持ちなんかこれっぽっちも考えてないくせに。だからアンタはバカシンジなのよ」

アスカはそう強がりを呟いてみる。だが、それよりも先刻から心の中でモヤモヤしている不安の方が格段に強い事も分かっていた。

(どこ行くのよ…シンジ)

強がりの次に来るのは不安。アスカはシンジの顔を見ながら息が詰まりそうな感覚を覚える。


電車がホームへ入ってくる。

シンジが電車へと乗り込む。アスカはシンジの乗った車両の一つ隣の車両に乗り込むと、シンジの見える角度へと移動した。

走る電車の中でアスカは吊革につかまりながら再び考える。



どこへ行こうとしているの?アタシに言えない…秘密の場所でもあるの?

アタシに言えない理由って…何?

アンタは何かを自分自身だけで抱え込んでいるみたいに見えるわよ。

どうして…アタシに言えないの?

言えない理由でもあるの?

アタシじゃ…役に立てないの?



不安の持ち上がるままにアスカは思いを巡らせる。

車外の流れる風景がそんなアスカの気分を少し和らげたが、その肝心な不安までは拭ってはくれなかった。



三十分程して、シンジはとある駅で電車を下りる。

アスカもそれに習って電車を降りた。

駅の改札を出て、シンジは木々の枯れた山へと向かって歩いていく。

(なんでこんな所に…)

アスカは何も無い駅前を見渡す。そこは駅以外店も人も何もなかった。

いるのは自分と駅から遠ざかるシンジだけだった。



アスカは壊れかけたアスファルトの道路を歩く。復興は進んでもこんな何も無い所までは修理や補修は行き届いていないらしい。

(一体何なのよ。こんなヘンピな所に女でも居るってわけぇ?)

道の悪さと電車に乗る前からの疑惑に怒りを顕わにしながらも、アスカはシンジの後をつける。

(だいたい、どうしてアタシがこんな事してんのよ。後で帰ってきたシンジをひっぱいて理由を白状させればいいんじゃない)

そう思っても、恐らくシンジは言いはしないだろう。シンジはアスカと恋人になったとはいえ、どこかまだ独特の頑固さが残っているのだ。

だからこそ今回はシンジに事の真相を聞く為についてきたのだ。

何も隠さないシンジの素直な言葉を聞く為に。

(いいわ。事の結末…見てやろうじゃない)

アスカは一度シンジの背中を睨んで歩き続けた。



シンジは少し勾配のきつい坂道を登る。そして、小高い丘の上に建てられていた木でできた屋根付きの休憩所らしい場所に立った。

そして、ゆっくりと周りを見渡してその休憩所らしい場所から下へと降りている階段を下り始めた。

アスカはしばらく近くにあった木に隠れ、シンジの姿が階段から消えるのを待ってその休憩所へと登る。

休憩所の上に立ったアスカの視界に飛び込んだ風景、それは…



広大な広場に整然と建てられている殺伐とした無機質の石の群れ。

それは無数に立つ石の墓碑であった。



アスカはその場所を見て絶句していた。

(これがシンジがアタシに隠していた事?)

他の女性ではない事に少し安堵したが、次の瞬間にアスカの心には何故これを自分に隠す必要があるのか、という憤りが込み上げてきた。

アスカはそのままシンジが階段を降りるのを見届ける。

階段を降りきったシンジが歩く先には、他の墓とは少し離れた場所にある三つの墓があった。

(誰の…かしら?)

アスカはもう頃合だと思い、シンジに追いつこうと階段を降り始めた。




シンジは三つの墓碑の前に立つ。そして持っていた花束を膝を折って中腰のような形になると、花束を目の前の墓碑の中央に置き、三つの墓碑を仰ぎ見るように見つめた。

「また来たよ。一年振りだね」

シンジはゆっくりと息を吐き、再び口を開く。

「あれからもう三年も経つんだね。僕は今もあの頃と同じ様に考えている。無に還えるのは間違いだと。間違いだと思えるという事は、まだ早いと言う事なんだ。だから僕は生きようと思う。だからまだ無には還える事はできないよ。僕は僕なりになんとか生きていこうと思うんだ。そう…好きなアスカと一緒に。間違ってないよね、父さん、母さん、綾波…」

広場に吹く風がシンジの言葉を止める。その風が収まるとシンジは言葉を続ける。

「…僕は上手くやっているよ。と言っても、全然問題が無いってわけじゃないけどね。でも、僕は平気だから心配しないでゆっくりと休んでよ。アスカとは本当に上手くいっているから」

「どこがよ」

シンジの体が驚きと共に揺れる。

「ア、アスカ…どうして…」

ここにいるはずがないアスカがシンジに向かって歩いてくる。そしてやや厳しい目をシンジに向けた。

「シンジがアタシに隠し事しているみたいだから、その理由を調べにきたのよ」

「別に隠すだなんて…」

「隠してんじゃないのよ。アタシに黙ってどこかへ出掛けるくらい怪しい事はないわ」

アスカは不機嫌極まりない顔でシンジの隣まで歩いてくると、シンジの目的であったであろうその墓碑を見る。

「R・E・I…?レイ…ファースト?!」

「そうだよ。綾波のお墓だよ。その右が僕の父さん、そして…綾波の左が僕の母さんのお墓なんだ」

「…アンタの目的って、墓参りだったわけね」

「黙っているつもりはなかったんだけど…ごめん、言えなかったんだ」

「いいわよ、もう。でもどうしてこれをアタシに黙っていなきゃならないわけ?墓参りなら墓参りだって言えばいいじゃない」

「何となく言い出せなくて。アスカにはもう少し経ってから話そうとは思っていたんだ。もう少し僕が強くなったら…アスカを連れて来ようと思っていたんだけど…」

「強くねぇ。で、少しはなれたわけ?」

「まだまだだね。アスカにそう言われるんじゃ」

シンジは苦笑いをしてアスカに言う。

「でも、もっと強くなりたい。自分やアスカを守れるくらいにはなりたいと思ってるよ」

「…なれるといいわね」

アスカは少し笑ってシンジを見た。シンジは笑みを返すと墓碑に向き直る。

「父さん、母さん、綾波。もう少しの間だけ…見ててくれないかな。まだ本当の強さを手に入れるには時間が掛かるみたいだから」

シンジがゆっくりと墓碑に向って呟く。

「…シンジ」

アスカがゆっくりとシンジの隣で墓碑に向かって膝を折って屈み込み、シンジに顔を見せないままシンジの名を呼ぶ。

「アンタの言う強さって何?」

シンジの言葉が出るまでに少しの時が経つ。

「自分やアスカを守れる…誰にも邪魔されない、誰にも僕やアスカの居場所を邪魔されないようにする強さだよ」

アスカはその言葉に沈黙する。そして目の前にある三つの墓碑を見た。

「それは本当の強さじゃないわよ、シンジ」

「え?」

「そういう強さってのは…本当の強さを表すもんじゃないわ」

「……」

アスカは頭の中でゆっくりと言葉を紡ぐ。

「シンジの言う強さは…孤独には強くなれるわ。だけど、アンタとアタシを守るものにはならないわよ。それを持っていると、多分シンジはアタシから離れていく事になるわね」

「どうして?僕がアスカから離れる事なんてないよ!」

アスカの目が憂いの為に少し細まる。それはシンジの未だ癒えない心に同情するものからくる憂いかも知れない。

シンジにはその目がとても哀しく見えた。

「どうして?どうしてそんな事が言えるの?アンタの言う強さは、自分を守る殻を強くするって事なのよ。アタシやミサトを拒絶して、自分の本当に居心地のいい所を守る為の強さなのよ。それがどうして分からないの?」

「ただ…僕は強くなろうと…あの時のようにアスカに対して何もできない自分じゃなく、いつでもアスカを守れるようになりたいんだ。失いたくないんだよ!もうこれ以上大切な人達を失いたくないんだ」

アスカがゆっくりと立ち上がる。その目は今だ憂いを残したまま。

「いい?アンタが身に付けなきゃならない本当の強さはね、シンジがこのアタシの全てを受け入れられるかどうかって事よ」

「全部?」

「そう。良い所も悪い所も全部」

「できるよ。アスカの良い所も悪い所も全部受け入れるよ。だから僕はその為にアスカに側にいて欲しいって言ったんだ」

「無理よ、そんな事。そんな事ができたら…アンタはあの時だってエヴァに乗って出れたはずよ」

「……」

「シンジにアタシの全部を今すぐ受け入れろなんて言わないわよ。アタシだって…本当は今すぐにでもシンジの全てを受け入れたいと思っているの。けど、まだアタシ達は子供なの。今の所自分の事で精一杯なのよ。たまたま…アタシ達はいろんな事を体験をして、同い年の人達より少しは人の気持ちってものを理解できると思っているわ。だけど、それを全て受け入れたとしても…それを全部理解する事はできないのよ。それにシンジの言ってる強さはそういうもんじゃないでしょ?自分一人が、シンジだけが強くなって…アタシを置いて行ってしまう。それはね、間違いなのよ、シンジ」

シンジは黙っていた。返せる言葉がない。自らの持とうとした強さがあまりにも脆弱で、身勝手な強さだと思っていた部分をアスカからはっきりと言われてしまったからだ。

「…じゃあ…どうすればいいんだろう…。僕はアスカと一緒に居たいんだ。でも、今のままじゃ…またアスカを傷つけてしまうんじゃないかってとても不安なんだっ!怖いんだよっ!だから…僕は強くなろうと…アスカを守れる…強さを…」

シンジの口から嗚咽が洩れ、肩が震える。

「……」

アスカはシンジの後に回り、頭を傾けてゆっくりとシンジの背中に乗せる。

「シンジ。最初から強くなろうとしたらダメよ。ゆっくりとでいいの。もうアタシ達を追い詰めるものは無いのよ。急がなくていいの。ゆっくりとでいいの」

アスカはシンジの背中にゆっくりと手を置く。アスカの掌にシンジの息遣いが伝わる。

二人はしばらくそのままの姿勢で時を過ごした。

シンジはまだ苦しそうに嗚咽している。

アスカもシンジの背中に頭を乗せながら、目を閉じて口を開かない。

時たま少し強めの風が二人の間をすり抜ける。

二人はその時間をただ沈黙と嗚咽で過ごしていた。


「アスカ…」

「なぁに?」

「もう大丈夫だよ。ごめん…泣いたりして」

シンジは一度大きく息を吐いて涙を拭いた。

「気は済んだ?」

「…うん。平気だよ」

アスカは少し名残惜しいようにシンジの背中からゆっくりと離れる。だが今度は、体を翻しシンジの前に来ると、そのままシンジの首に腕を回した。

「アスカ?」

「悩んで…苦しんで…泣いて…。アンタ、エヴァに乗っている頃とちっとも変わってないじゃない。成長がないわね」

「…そ、そうかな…」

「そうよ。だからね、アタシがアンタを強くしてあげる。とっても簡単でしかも効果絶大な方法よ」

「それはどういう…むぐっ!」

シンジの言葉はアスカの唇で遮られる。シンジの目は驚きのまま見開かれていた。

十数秒後、アスカがゆっくりとシンジから離れ、そのまま顔をシンジの胸に押し当てる。

「強く…なれそう?シンジ」

シンジはしばし呆然としていたが、アスカの言葉に顔を赤くしながら「うん」と頷いた。

アスカは顔を上げてシンジを見ると、ゆっくりと微笑む。そして自分の背後にある三つの墓に顔だけを振り向かせた。

「どう、ファースト。悪いけど、アタシとシンジは見ての通り上手くいっているわよ」

「バカシンジの事はアタシに任せておきなさい。あんたは疲れているんだから、ゆっくりと碇指令の隣で眠ってるといいわ。アタシとシンジの事は別に心配しないでいいからね」

アスカの言葉が響く。シンジはそのままで何も言わなかった。

「さあて、シンジさっさと帰るわよ。ここに来るのは年一回で十分ね。いつまでもこんなヘンピな所にいると何年も歳を取ったようで嫌になるわ。さっさと帰りましょ」

「う、うん」

シンジは半ば呆気に取られて頷いた。

二人は腕を組みながら三つの墓碑から離れていく。

だが、アスカは思い出したようにシンジを残して墓碑に駆け戻った。

「碇指令、シンジのお母さん。シンジは…きっと強くなってくれると思います。アタシとシンジの為に。だから、もう少しアタシのママと一緒に見守って下さい。きっと…幸せになってみせます。あの頃の分も含めて」

アスカはそう言うと、深く頭を下げた。

「アスカ?どうしたの?」

「なんでもないわよ。ほら、さっさと行くわよ。シンジ」

アスカは再びシンジの腕に自らの腕を絡ませると、シンジを引っ張るように歩く。

シンジはそのアスカに腕を引っ張られながらも心の中で呟いた。

(…父さん、母さん、綾波。これで間違いはないよね…)

















Fin



TONOでございます。
いつも読んで頂き、本当にありがとうございます。
今回も山鴉さんのご厚意による「再掲載」という形になっています。それに伴って、元の駄作を自分の器量の限界を使って手直しをしました。 いくら再掲載とはいえ、元のままじゃ余りにも読んで頂いた皆様に失礼だろうと思った次第で…。
(元の駄文は誤字脱字、語句の統一化がまるでなってなかった)(^^;
と言いつつも、やっぱり駄文は駄文だったりして…(ーー;
願わくば、読んで頂いた方に「時間の無駄」と思われない事を祈って…。

では、また。

失礼致します。

TONO