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  「そんなん、ありえへんやん!」
  「……そんなこと言われても困るんだけど……」
  「・・・どないしたん?」
  一体何が起きているのかと、野次馬根性を発揮した者たちが次々と集まってきた。
 
私は、ただ信じたくなかった。
どんなものを見ようと、どんな話を聞こうとも。
  だが、私の心が閉じるよりも先にその光景は目に飛び込んできていた。ホームに電車が滑り込んできたちょうどそのとき白い影が目の前を横切ったのだ。
それは、白いワンピースの女だと思い至った時にはすでに遅かった。電車は急ブレーキをかけ、耳障りな音を立てながらとまったがすでに女の姿はなかった。
「飛び込みか!」「女だった・・・」「駅員呼べ!!」
ホームでは、乗客の困惑と死の恐怖とそして隠微な好奇心をのぞかせた叫び声で充満していた。
私は、ほんの数秒放心して立ちつくしていた。白いワンピースの女・・・
(・・・あれは誰だ?まさかあいつじゃ・・・いやあいつはアメリカにいるはず・・)
不意に5年前に別れた妻の顔が目の前に浮かび、私は困惑した。そんなことがあるはずがない。軽く頭を振ったあとには、幾分冷静な自分が戻っていた。刑事としての自分が。
駅員に身分を明かし、ホームに降りたつといやな血の匂いが鼻をついた。私は即座に、心を閉ざし感情の含まぬ刑事の目であたりを見回した。女がいた。しかし、すでに人間ではなかった。肉片だ。
その悲惨な光景は、想像以上で硬く閉ざしたはずの心を無理やりこじ開けたようだ。また、思考が暴走をはじめる。頭にはちらちらと別れた妻や、妻と同じ顔をした義兄の姿がちらついていた。真夏の悪夢か?
(そんなはずはない・・そんなはずは)
私は、女の頭を見つけると顔を確認するため震える手でひっくり返した。 

  「ひっ!」
一瞬その女の顔が微笑んでいるように見えた。
それも昔見知った女の顔で・・・。
しかしもう一度確かめてみると見るも無惨な表情をしていた。
目はボンヤリと開き口もだらしなく血を流しながら開いていた。
そしてもっと良く見てみると、何とその女には喉仏があった。
もしや・・・これは・・・・。
 
男?!まさか・・・化粧をほどこしたその顔は、驚くほど元妻に似ていた。しかし、その喉仏の存在が女性であることを否定していた。導き出される結論はただひとつ。妻と双子だった男・・・そして、私の長年の友人。
「ゆうすけ・・・?」私の手は、知らぬ間に義兄の血に染まった頬に触れていた。なぜ・・・
私は不意に、昔のことを思い出していた。
長年の友人であった祐介に、妹を欲しいと言った時の事を。そして、すこしつらく切なそうな顔をした彼のことを。
あれは、桜の咲く季節だったか・・・・・。
 
そう確か……、25歳になったばかりの4月の事だ。
漸く仕事にもなれ、落ち着いて彼女との結婚を考えるようになった。
それを裕介に相談したような気がする。
だが、喜んで賛成してくれると思った彼の反応が思ったよりも薄く、非常にガッカリしたのを覚えている。
なぜ彼はあんな反応を見せたのか?
今でも考えてしまう。
そもそも私と元妻である裕香の出会いは、裕介なしには語れない。
裕介に出会ったのは高校一年の時。
私たちの付き合いはそこから始まる。
何がと言う訳ではないが、妙に気が合い、私たちはいつも一緒にいた。
そんな私が裕介に家に行くことも頻繁で、当然裕香とも顔を合わせる機会が増える。
そして彼女と私が付き合うようになるまでに、それほど時間は掛からなかった。
だが、その頃から裕介は少しおかしかった様な気がする。
 

裕介は以前から、その涼やかな目に時折深い闇を垣間見せることがあった。
しかし、私と裕香が付き合いだした頃からその傾向が強まったような気がする。
「雄一郎」
と、私を呼ぶ裕介の声に、時々熱が帯びていることに気が付いたのもこの頃だ。
その頃の私は、裕介が時折見せる不可解な態度に苛立ち、その正体を知りたい
と躍起になっていた。思えば、その頃の私自身も少しおかしかったのかもしれない。
私は常に裕介をそばに感じ、気にかけていた。
裕香にキスをしているときでさえも、その顔に裕介が重なり・・・・
 

「ゴメン。裕香…別れよう」
私は裕香を呼び出し告げた。どんなに詰られようが仕方がないと思っていた。
しかし裕香は、
「…何となく、こうなると思っていたの。今までありがとう」
そう言って裕香は微笑んだ。
   注文したコーヒーに、まだ一口唇を付けただけの、カップにうっすら残る彼女の口紅を見るとはなしに見ていた。
 もっと酷く責められると思っていただけに、彼女の反応は想像外であっけなく、私は面食らって次の言葉を紡げずにいた。
 そんな様子を微笑んだままじっと見ながら、裕香はおもむろにすっと手を差し出す。
 その指先が微かに震えていることに私は気が付かない。
「離婚するんでしょ? ちゃんと持ってきたの?」
 一瞬何のことかわからなかったが、数秒考えてはじめて失念していたという思いに至る。
 何度も何度も今日のことを考えては思い直し、想像しては推考しを繰り返しはしていたのに、離婚届が要ることはカケラも頭の中に置かれていなかった。
 情けなくも、忘れた、という言葉を口にしようと顎を動かしたが、あまりの間抜けさに再び声を発することができない。
 ところが裕香は特に呆れた風でもなく、掌を引っ込めてテーブルの端で両肘を付き、肩を軽く竦めただけだった。
「あっは。そんなことだろうと思った。雄一郎のことだから、必ず何か肝心なことを忘れてると思ったのよ。…大事な場面ではいつもそうよね。詰めが甘いのかしら」
 言われた言葉の奥の意味も読み取れず、ただ責める言葉にとった私は、視線を僅かに下に落として頭を下げる形をとった。
「すまん。煩わせないように、いろいろ考えてはきたんだが」
「雄一郎らしいわね。あなたほんとに真面目で嘘が嫌いで…、物事の筋はちゃんと通すものね。……そういう馬鹿正直なところが、私は好きだったんだけど」
 きりっと胃が締め付けられた。
 いくら私自身が決断して話したこととはいえ、一方的に別れを告げる夫を詰ることひとつしない。
 私の心は歪んでいても、彼女の心は澄んで綺麗なままだっ%
   注文したコーヒーに、まだ一口唇を付けただけの、カップにうっすら残る彼女の口紅を見るとはなしに見ていた。
 もっと酷く責められると思っていただけに、彼女の反応は想像外であっけなく、私は面Hらって次の言葉を紡げずにいた。
 そんな様子を微笑んだままじっと見ながら、裕香はおもむろにすっと手を差し出す。
 その指先が微かに震えていることに私は気が付かない。
「離婚するんでしょ? ちゃんと持ってきたの?」
 一瞬何のことかわからなかったが、数秒考えてはじめて失念していたという思いに至る。
 何度も何度も今日のことを考えては思い直し、想像しては推考しを繰り返しはしていたのに、離婚届が要ることはカケラも頭の中に置かれていなかった。
 情けなくも、忘れた、という言葉を口にしようと顎を動かしたが、あまりの間抜けさに再び声を発することができない。
 ところが裕香は特に呆れた風でもなく、掌を引っ込めてテーブルの端で両肘を付き、肩を軽く竦めただけだった。
「あっは。そんなことだろうと思った。雄一郎のことだから、必ず何か肝心なことを忘れてると思ったのよ。…大事な場面ではいつもそうよね。詰めが甘いのかしら」
 言われた言葉の奥の意味も読み取れず、ただ責める言葉にとった私は、視線を僅かに下に落として頭を下げる形をとった。
「すまん。煩わせないように、いろいろ考えてはきたんだが」
「雄一郎らしいわね。あなたほんとに真面目で嘘が嫌いで…、物事の筋はちゃんと通すものね。……そういう馬鹿正直なところが、私は好きだったんだけど」
 きりっと胃が締め付けられた。
 いくら私自身が決断して話したこととはいえ、一方的に別れを告げる夫を詰ることひとつしない。
 私の心は歪んでいても、彼女の心は澄んで綺麗なままだった。
 三度謝ろうと口を開いた私の言葉を遮って、裕香は滑らかに話し出す。
「もういいのよ。じゃあ、私、今晩だけ荷物を取りに帰るから、あなた何処かで泊まってきてね。要らない物が残ってたら、捨てて。…離婚届は、実家に送ってくれたらいいから」
 いつもブラックで飲む彼女のコーヒーに添えられたスプーンが、くるくると黒い液体を意味も無くかき混ぜる。
 少し俯いた口元には、相変わらず笑みは刻まれていたが、隠し切れない闇がひっそりと頬に影を落としていた。
「裕香、私は…」
「やめて。…今は、何も聞きたくないわ。落ち着いたら、手紙でも書くから」
 震えた声を抑えるように言って、渦のできたコーヒーはそのままに、手にバッグを持って立ち上がろうとする。
 その身体が一瞬ふらついて姿勢を崩したので、思わず伸ばした手で彼女の腕を支えようとすると、その腕は激しく拒絶の反応をして身じろいだ。
「やめてったら!私、あなたを責めたくなんかないのよ!今は、放っておいて!」
 少し荒げてしまった声に、裕香自身気付いて唇を引き結ぶ。
「…ごめんなさい。大人しく引き下がるつもりだったのに」
 どうして裕香が謝る必要があるのか。
 どんな言葉を投げられても仕方のない立場だ。何より、謝るのは私の方なのに。
 しかし今は何を言っても只の言い訳にしかならない。
 自分が叩きつけた彼女への理不尽さに、謝罪の一つもしてやれない身勝手な自分を呪った。
 裕香は、何度か崩れそうになりながらもようよう椅子から立ち上がり、テーブルの横を通り過ぎる位置まで出たとき、不意にこちらに背を向けたまま言った。
「…一つだけ聞いておくわ。……理由は、裕介兄さん?」
「………!」
 
  程なく仕事に異動があり、各地を転々と移る転勤族のような生活をして早5年。
  身1つである身軽さも手伝って、東奔西走、眼の回るような毎日を過ごしてきた。
 その中で、ようやく忘れたつもりでいた兄妹を、よくぞ今まで、と言わんばかりに、今になって目の前に叩きつけられている。
 それも、思いもしなかったこんな形の再会で。
  何故だ? 裕介は私が大阪にいることなど知るはずもない。
 最後に会ったのは、それこそ裕香と別れた5年前の夜だった筈だ。
 そうだ、あの日を最後に――。
  あの夜、私は祐介を呼び出した。
静かな店の奥にある年代物のソファーに、どこか落ち着かない気持ちで腰をかけ彼を待った。
重厚なドアが開くたびそちらに目をやる。
何人目かで彼が顔を出した。
「遅くなってごめん!忙しくて。雄一郎はどう?ずいぶん忙しいって聞いてるよ。この店に来るのもだいぶ久しぶりになるよね。」
めずらしく饒舌に語る彼にいつものように返事が出来ない。
敏感な彼はそれを察したのだろう
「どうした?何かあった?」
心配そうに聞いてきた。
裕香に離婚を告げたときよりさらに気が重い。
それでも言わねばならないことだ。
「・・・実は今日裕香と話をした。・・・離婚することにしたんだ。」
その時、彼の目の奥によぎったきらめきは今でもはっきり思い出せる。
それでも、妹の離婚に衝撃を感じているかのようによそおいつつ聞いてくる。
「うまく行ってるように見えたのに。理由は?裕香に何か問題が?」
「いや、全部私が悪いんだ。詳しくは夫婦の間の問題だからすまないが・・・」
つきはなすような言葉に傷ついた顔をした。
「雄一郎が裕香と別れてもまだ僕たちは友達じゃないか。相談ぐらいはしてくれても・・・それともまさか僕たちの間もおしまいだなんて言わないよね?」
沈黙が流れる。
それに耐え切れず重たい口を開いた。
「そのつもりだ、裕香を傷つけておいてお前とは普通に会うなんて出来るはずもない。」
冷たい私の返答に震える唇で聞いてくる。
「他に好きな人が?」
だが、自分の口から出た言葉をすぐさま否定する。
「いや!いいんだ。ごめん嫌なことを聞いて。今日は帰る。お願いだ、また会ってほしい。気詰まりなら裕香の話はしない。学生の頃のように付き合いを続けるのも無理だろうか?」
必死な顔をする。私の言うことにここまで食い下がるのはめったになかったことだ。
「好きな人が出来た。だからお前とも会えない。わかってくれ。」
「そんな・・・」
もうこれ以上席を同じくしていることに耐え切れず立ち上がる。
俯いて顔を上げることのない祐介の背中に声をかけた。
「すまない。」





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