書庫*感想などは談話室にお願いします。書庫からも行けます。
海へ....
どこまで泳ぐか?
どこまで潜るか?
.....どこまで沈めば....
ボクは魚になれる.....。
アンデルセン童話の人魚姫よろしく、ボクは泡になりたいとおもった。
海の泡になって海水に溶けてながれて.....。
誰かの声が聞こえた気がした。
ボクを呼んでる?
返事をしたくてもボクには声がない。
誰がボクを呼んでるのか。
ボクには見える目がない。
あるのはただ聞こえる耳だけ。
「こんなとこにいたの?うちへ帰ろう」
足下が急に不安定になる。誰かがボクを抱えてる。
家に帰ってもボクは....タイクツ
声は少女のそれで、匂いは甘くて優しい。
いくらか歩いて角をまがると老木が風になびいて大きな音をたてていた。
ドアの開く音と「おかえり」というやさしい声。
海の匂いがしない。ここは丘の上。
家のなかは暖かくて、気持ちよくて...。
気がつくと太陽が笑っていた。
ボクはまた海が見たくなる。
奥の部屋からはスープのイイにおい。
ドアをそっと開けて外に出る。
お日さまを体に感じる。
海の匂いが微かにする。
聞こえる耳で海を感じて、歩き出す。
足は四つ。ボクは少女とおなじじゃない。
昔みた、あの子とはちがう、ボク。
色も形もちがうボク。
海辺まで歩いてまた考える。少女が迎にくるだろうその時まで考える。
考えるだけではボクは魚にはなれない....
何故魚になりたいのか。まだはっきりわからない。
太陽はボクの頭の上にある。
「行ってもいいよ」
後ろから声がした。
少女がボクの隣に腰掛ける。
「行ってもいいのよ。海」
ボクは驚いて少女を見た。
ウミニ、行ク.........。
「君を迎えに来てるヒトがいる。覚えてない?」
かすかな記憶が戻ってくる。ボクは.....
「私は、怪我をした君を治るまで預かっただけ。もし、君がここで生活したいならここにいてもいいし。
向こうがいいなら海へでればいい。次に船が港にきたときに君が選べばいいの」
少女は静かにいった。少し寂しそうに。
ボクの記憶はどんどんもどってきて、ボクは思い出した。
ボクは船にのってたんだ。
航海の途中、嵐にあって壊れて飛んできた樽の破片にあたってボクの目はこわれちゃったんだ。
痛くて痛くて泣叫んじゃったなー。包帯でぐるぐる巻かれて暗くてなにもみえなくて怖かった。
身体が熱くなって思うように動かなくなって.......
それから気がついたらココにいた.....。
「行っていいのよ。船はもう、来てるわ」
少女は優しく声をかけてくれた。
海辺の向こう側に大きな帆船が見える。ボクあの大きな海賊船に乗っていた。
あの人と一緒に。
ボクの特等席は船首の飾りの上。そこで風を感じてた。
ボクは嵐にあった船で怪我をして、一番近くのこの島に預けられた。
あの人の暖かい腕を離れてからもう1年も過ぎてたんだ....。
ボクはとても懐かしくなった。
足が自然と歩き出す。
目は見えないけれど、鳴く事も出来ないけれど....。
ボクは覚えている。大好きだった船の匂い。
大好きだったあの人の匂い....。
「!」
不意に足下が軽くなった。
少女がボクを抱き上げて歩いてる。
「一緒に行こう。私も久しぶりに会いたいし」
あぁー、あの人は彼女の思い人....。
ボクはちょっぴり悲しくなった。
「....!」
船が近くなって、ボクの耳にハッキリと聞こえた。あの人の声。
.....なつかしい...
ボクの大好きな声。
頭の上で話し声。
少女がボクの事を話してる。
「....目はきっと治らないわ。ずっと見てたけどノドもダメみたい。まったく鳴けないから」
「すまねぇな。いろいろと」
ボクはひょいと掴まれて筋肉質な腕のなかにすっぽりと納まった。
懐かしさのあまりボクは腕に頬ずりをする。
そしたら昔のまんまに頭をなでてくれた。
うれしくて声をだそうとしたら、やはりでなかった。
....くやしな...
船長のあの人はやさしくボクのノドをなでてくれる。
昔と同じように......。
ボクのノドは声をつくらないけれど昔と同じようにコロコロと鳴く。
ボクは船長の優しい顔が見れない。
....くやしいな...
悔しがってたらボクは彼女の腕に戻された
「....!」
ボクはもがいてあの人をさがした。
もがいてもがいて、きっと少女の腕を傷つけた。
でもっ。
離れたくはないんだ。見えなくても呼べなくても!
ボクは船長のそばがいい。
海の真ん中が好きなんだ。
あなたがいいんだ!
もがいてもがいてボクは彼女の腕から落っこちた。
落っこちて右も左もわからなくなって......
ボクは、動けなかった。
「ほらほら。やっぱりあなたのほうがいいって」
彼女に抱えられてボクは船長の腕に戻った。
「この子、傷が治ってからずっと海ばかりみてて」
いままでのように彼女がボクをなでてくれる。
ちょっと血の匂いがした。
ボクがさっき引っ掻いた傷。
「毎日毎日ね。堤防にいってずっと海をみてたわ」
連れていってあげて。と、彼女はいった。
なんだか淋しそうに.....
船長はすまねぇなって一言いってボクをなでた。
「行ってくる」
「....」
彼女は何処へ?とも何が?とも聞かない。
「まだ、だれも行った事がないトコへいってくる」
「そう」
彼女はただ一言、答えるだけ。
見えないボクには彼女の悲しさがよくわかる。
でも海は雄大な冒険の場。そこにいたボクには船長の気持ちもよくわかる。
「必ず帰ってくるよ」
船長はいった。そしてボクごと彼女を抱き締めた。
ほんの一時の抱擁。ボクには見えないけどわかるんだ。
次ぎ会えるまでの約束。くちづけ。
彼女は小さく
「気を付けて」
とだけ云って、船長から離れた。
「あぁ、いってくる」
船長は軽く手をあげて、ボクを連れて船に乗る。
以前と変わらないみんなの声と匂いがする。
船が大きく揺れて港を離れた。
ボクは船長の足下で風を感じていた。
今までずっと欲しかったものだ。
船長の足首に頬刷りして、ボクはおもった。
ボクは海の上をこの人と一緒に飄々と渡りたかったんだ。
空の雲のように、海の魚のように.....。
海の風が少し変わった。
ボクは、とても心地よくてウトウトし始める。
明日はきっと、今日よりももっと晴れる.....。
end …… 2001.09.24up