書庫*感想などは談話室にお願いします。書庫からも行けます。


  ALONE 

FILE:1 Code Name:Sniper
 Name:KANAME HAGIRI(♂)
 B.D. :19XX.7.X5(17)
 Family :Father・Mother・Sister
 Address:XX市XXX町177X-2-5


 「要、人間をどう思う」
 ほとんど、コードネームで呼ぶあの人が、俺の名を呼び聞いた。
 考える事も、もどかしく俺は答えた。
 「キライ、ですよ」
 静かに笑って、
 「ヒトは、愚かだ。もし、魔界と人間界が重なれば、ヒトはどうなると思う?」
 細みで長身の、やけに[闇]を想像させる男が訊ねてくる。隣で樹が、あの人にしか見せない笑みをつくり嗤っている。
 「きっと魔界よりも闇の世界になるでしょうね、ここは。そしてヒトは慌てふためき、殺戮をくり返しますよ。妖魔と同じようにね。」
 あの人が好むだろう答えを、声にのせる。
 俺たちは、樹が開けている境界トンネルのある洞窟の中で彼の作った“物見の鏡”で、低級妖怪が動き回る蠱寄市を、何も気づかない愚かな人々を、眺めていた。
 俺、刃霧 要はあの人に拾われた。
 能力を手にいれたのは3年程前で、あの人にあったのは去年だった。
 その頃も、今までも、そして今も、俺は人間が嫌いだ。あの傲慢で、自分が1番でないと気のすまない輩。1人では何もできない奴ら。大勢で少数を痛めつける、人の痛みが分からない奴。弱い者は意志を持たないと思っている奴。樹の話を聴く限り、この世界は魔界よりも最悪きわまりない。
 腐敗臭のする人間。邪な心が服を着ている。うわべだけの社交辞令。周りは皆、仲間のようであって、自分の1番身近なものが本当は敵だったりする。
 俺のやり切れない思いはどんどん膨らみ、俺自身の何かを変えていった。良心だったり、思いやりだったり.....。

    *

 「かなめっ。あんたって子はっ」
 「かなめっ。またあんたなのっ」
 「かなめっ。何であなたはっ。かなめっ、かなめっ」
 母親の金切り声が響く。何かあるたび、俺を叱りつける。できる限りよい子供を演じるが、たまにそれが剥がれたりすると母は叫びまくる。
 うるさいよ。黙れ! あんたのそれがいけないんだ。理由も聴かず捲し立てる母親は子供をダメにする。
 ......俺よりあんたのほうが悪いよ。


    *

 「仙水さん。アイツらどうします?」
 下界を見下ろしていると、何やら嗅ぎ回っている集団を2つ見つけた。4〜5人の集団が2つ。多分、仲間同士だ。
 「.....フッ。少し、挨拶に行くか」
 俺は、その人の後ろについてビルの谷間を飛び越える。超人的な力だ、とたまに思う。誰のために使うのかわからなかったが、それをこの人が教えてくれた気がする。
 すべての排除。醜い人間の排除。愚かな人間へ報いの刻を与える。光の中でぬくぬくと、己の野望を育てている者たちへの制裁。破壊。魔界との統合。
 そのために集められた7人の能力者たち。俺はその中で[スナイパー]という地位を与えられた。数キロ先のものをも打ち抜ける能力。柔軟なモノも硬質に変えて撃ち放つ。

    *

 「何といいましょうか。別にお子さんに悪いところがある訳ではないんですが。そのぅ...」
 銀縁メガネの蛙顔が噴き出る汗を薄汚れたハンカチで拭う。俺のとなりで母が頭を垂れる。  
 言いたいことがあるなら、はっきり言ってしまえ。この欲ボケ教師が。
 内心毒づいて、相手を見ていた。
 広い教室に俺と、母と、担任教師。どこの中学校にもよくある三者懇談。やれ進路だの。子供の躾だの。自分達の自慢話に花が咲き誇る。
 「....周りとの同調がどうにも、できないようで。そのぅ....ぅ......学校というのは集団生活をするところでして.....」
 汗を拭く合間をぬって話しをする。
 「....お子さんの成績はトップクラスにも入ってますしぃ。言う事は何もないんですが.....しかし、クラスへの打ち解けができない限り、学校生活に支障をきたしますんで、規律のほうの躾をもう少し....」
 「あのぅ。せんせ、それでうちの子はどのくらいの高校へ行けるんでしょうか?」
 頭を抱えたくなった。この母親は目の前で汗噴き出しながら話しているガマガエルの言う事は何も聴いていなかった。
 よくやるよ。自分の子供の学校生活より、進路の方が大事か。呆れるね。あんたが決めた進路を進むなんて考えは、全くないよ。期待に胸を膨らませて、あとで泣きをみるがいい......

    *

 「俺が合図したらあのまん中の奴をやれ」
 あの人がそう言って歩きだした。公園の真ん中、4人の男と1人の婆さんがいる。ビルの上から見た奴らだ。5人の真ん中にいる奴。何か怯えている。背中を丸め、しきりに下を向いている。そいつが何か言ったらしい。残りの人間の気が鋭くなった。
 仙水さんはアイツらの目の前にいる。顔を奴らのほうに向けた。
 今かっ。
 俺は手に持っていた消しゴムの破片を真ん中の奴めがけて、撃った。
 額のど真ん中に命中し、倒れこむ。ほかの奴らは仙水さんを凝視して動けない。仙水さんの仕業と思ったか?.....いや、あの婆さん。侮れないな。こっちを見てやがる。
 「どうした?スナイパー」
 仙水さんが目の前にいた。長身の体で窮屈そうに立っている。
 「いえ。なんでもありません」
 「行こうか」
 「はい」
 あの人が先に歩く。数歩送れて俺が歩き出す。最近のパターンだ。それでいい。それでもいい。今まで何も信じる気になれなかった俺に、信じることを思い出させてくれた人だ。ついて行ける。ついて行こう。この人が見るものを、この人がやる事を、少しでも手伝いたい。

    *

 「かなめっ。どこへ行くのっ。かなめっ要っ」
 母親の叫び声がまだ聞こえる。次にいうのは、こう。“あなたがしっかりしてくれないからあの子はっ。要はああなってしまったんですわっ。あなたにもう少し甲斐性があればっ!”そして、妹を抱き寄せてこう言う。“あなたは、ああはならないでね。ママを悲しませないでね”
 ふん。おまえがいる限り無駄なころだ。いずれ妹もお前の手に負えなくなる。それまで自分の欲をみたすがいい。 

 「どうした。お前」
 1年前、家を出た俺が最初にあった人物があの人だった。優しそうな嗤い方をしていたが、決してそれが相手を甘やかすものじゃない事はわかる。路地裏で座りこんでいる俺に話しかけてきた。俺は面倒臭気に見上げて絶句した。声や嗤い方からは想像もできないほど黒々としたオーラが見える。
 どうして、こんな人間がいるんだ?こんなにも強い気をもった者はこの街にはいなかったはずだ。なぜこんな人間が.......
 「お前、何か力をもっているな?」
 俺は答えない。こんな得体の知れない奴に答える義務はない。そっぽを向いていると、相手はそのまま話し続けた。
 「お前、俺と一緒に来るか?」
 発している気とは比べもつかないほど穏やかな口調で問われ、俺は、きっと目を見開いていたに違いない。
 男は、くっと笑みを漏らし、
 「名はなんと言う?」
 それだけいうと踵を返して歩き始めた。振り向かない。俺は重くなった腰を上げ、自分の名を叫びながら、先を歩く男を追った。
 「かなめっ。俺はっ、刃霧 要っていうんだ。射撃ができる」
 「.....スナイパーか。では私はさしずめ、ダークエンジェルといったところか」
 男がそう呟いた。ダークエンジェルというのはいい得て妙かもしれない。
 この人について行って大丈夫だと、自分の第6感が伝える。危険はあるだろうが、それは自分が今までに味わったこともないものだ。
 家には? 帰れない。いや、もう帰らない。自分の歩く道を、進むべき道を見つけたような気がした。たとえそれが永遠に続かなくても、今の状態よりはいいだろう。この人なら信じられる。自分と同じ、いや俺がこの人と同じ側の人間だからか。
 自分がもっている力を思う存分使える。この人のために。俺はダークエンジェルと名乗った男のあとに付ながらそんなことを考えていた。

 次の日、仲間は俺で4人目で、あと3人は能力者が必要だ、ということを彼から聴いた

-了-