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「お前、ヒト食うのか?」
何も知らない少年が、その頃、村で1番話題になっていた事を口にした。この村では、最近、頻繁に神隠しが起こっていた。昔は村も貧しく、誰かが神隠しにあっても、悲しむ者などいなかった。逆に、食いぶちが減ったと歓ぶ者がいたと言う。やがて、村は町と呼ばれるほどには豊かになり、人々が幸せに暮らしはじめている時に起こり出した事件である。歓ぶ者がいないにいしても話題になる事件ではあった。
目の前の少女は、驚いて目を丸くした。というより、その顔には色がなかった。が、蒼白の色を目の前の少年に悟られる前に、瞳は悲しみを含んだものにかわっていった。
真っ赤な着物を着た少女が、少年を見上げる。
「・・・・・・マサル。私じゃないよ。私は、まだ、ダメなの」
「・・・・・・?」
マサルは首を傾げた。最後の言葉の意味が分からない。
「ねぇ、マサル。私、マサルと一緒にいたい。でもね。もう、ダメなの。マサルとは会えないの」
「・・・・・もう、会えないの?どうして?ボクも一緒にいたいのに」
マサルの言葉を聞いて、少女がパッと顔を上げた。
「マサル。待っててくれる?マサルの17回目のお誕生日がきたら、会えるわ。それまで待っててくれる?私、迎えに行くから」
「いいよ。ボク待ってる」
「ほんとう。いいの?マサル。迎えに行ってもいいの?」
少女は、嬉しそうに聞く。うん、とマサルは笑いながら答えた。まるで、明日の遊ぶ約束でもするかのように...........。
◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆
(.....おいで....)
その年頃には不似合いな真っ赤な着物を着た少女が立っている。
(....こっちにおいで...)
闇の中で、やけに目立つ深紅の着物が揺れる。まるで、血で染めたような赤い着物。
真っ白な腕が動く。大きく広げて呼んでいる。・・・・・・オレを?
(こっちに来て、マサル)
真っ白な腕を伸ばす。赤い着物。赤い唇。少女には不似合いな紅。真っ黒な背景。
自分は、立っているのか?゛キケン″本能的にそう感じる。
“来るなっ”
マサルは叫んでいた。いや、叫ぶ事しかできなかった。
動けない。全く動かない。
天地もわからない闇の中を少女が近付いてくる。
“来るな!近付くなっ”
少女は1歩1歩、ゆっくりと歩み寄ってくる。相手が恐怖するのを楽しんでいるかのよに.....。
唇の端を少し吊り上げて近付いてくる。腕がのびる。
マサルの首に触れる。.......逆らえない。
“来るなっっ!来ないでくれぇ......”
叫び声だけではどうにもならない。それでも、わかっていながら抵抗した。少女は揺るぎなく首にかけた手を締めはじめていた。
少女の真っ赤な唇が動く。その声は先ほどのものよりうんと大人びていた。幼い容姿にひどく不似合いなそれが頭の中に響く。
(ダメよ。マサルが望んだんだもの)
“.....?...オレが?いつ?”
朦朧とした意識の中で問い返す。少女が笑う。
(ずぅっと前に。マサルが望んだの。今日、マサルの誕生日の今日。一緒に来てくれるって。約束したわ)
少女の手に力が入る。痛みも苦しみも感じなかった。ただ、意識だけが遠のいて行く。
“.....ずっと前?...いつだ......”
(さぁ、行こう。マサル)
少女は楽しそうに、嬉しそうに笑いながら力を込める。
“.....!”
この笑顔は見た事がある。そう、ずっと昔に。.....約束?あのときの.....
“.....まだ、覚えて....”
.....もう、時効だ。助けてくれ。あんなのただの、子供の約束だ。もう、関係ない。助けてくれ。
マサルは心の中で叫んだ。多くの事を喋るには彼の喉は細くなりすぎていた。
(ダメよ。約束破ったら、パパに叱られちゃう。だから、一緒に行こう)
少女が最後の力をくわえる。
“食わないって、言ったじゃないかっ!ヒトは、くわないって.....”
あのときの話は本当だったんだ。母さん達が話していたことは。あの時急にいなくなった皆は、くわれたんだ。コイツに、コイツらに.......。
イヤだ。食わないでくれ。手を放してくれ。マサルは心の中で必死にもがいた。
(食べないよ。マサルは、食べない。ずっと一緒に遊んでくれたもの。でもね......)
少女の顔が曇る。
(このままだと、マサル、食べられちゃうから.....)
少女は言葉を切ると、笑顔を見せてこう言った。
(だから.....一緒に行こうね。私と同じ、鬼になろうね)
“.........!”
少女の額の少し上に、白いモノが見える。逃げ、られないのか?オレはこのまま、コイツみたいに、オニに、なるのか?
意識が遠のく中で、彼が最後に見たものは、鬼の子の昔と変わらぬ笑顔と、額の少し上にバランスよく離れてある2本の真っ白な角だけだった。
少年の閉じられた瞳から、涙がひと粒こぼれ、落ちた。
翌日、行方不明の子供がいると、朝のニュースが事務的に伝えていた。
-END-