書庫*感想などは談話室にお願いします。書庫からも行けます。
冬の太陽が冷たくグランドを照らす。雪がふりそうなほど、雲が低い。桜木花道は1人屋上でボンヤリとグランドを見下ろしている。バスケをはじめてから遅刻はしなくなった。サボることもほんど無い。このことで、洋平たちには今まで以上によくからかわれるようになってしまった。
だが、たまに花道は授業前に屋上へとあがることがある。
「あ〜ぁあ」
グランドに背を向ける。肘をついて手すりに凭れ、花道は大きなため息をついた。
バスケを初めてから半年以上が過ぎた。今はもう、3学期だ。あと少しで1年生も終わる。少々素行が悪くても、体育系クラブの生徒は大目に見られる事が多い。花道も例外ではなく、インターハイや冬の全国大会での活躍が彼の株をあげた。単位などは洋平たちがきっちり計算してくれているので大丈夫だ。進級はギリギリの所でなんとかなりそうだ。
花道は、確実にかわった。今は引退した元キャプテンの赤木に会って、バスケをはじめた。木暮、宮城、三井にもあって、バスケが楽しくなった。陵南の仙道、魚住。海南の牧。湘陽の藤間、花形。いままで出会ってきたどうしようもないヤツらより、すごい連中だった。インターハイではもっとすごいヤツらがいっぱいいた。....そして、もうひとり、流川
楓にも会った....。
花道が屋上に上がるのには、ちゃんと理由があっる。教室で考え事をするには、人目があり過ぎる。なんでも顔に出る花道には、自殺行為に等しい。悩みの内容がいけない。長年の付き合いがある洋平にも相談ができない。かといってグダグダ悩むのは性に会わないし、何の解決にもならない。カンの良い洋平のことだから薄々は勘付いてるかもしれないが、悩みの対象があの流川では......。
***
花道が流川とある種の関係をもったのはインターハイが終わってからのことだ。
赤木たちは、悔しいながらも優秀の美は飾れたと云ったが、流川はそうではなかったらしい。神奈川に帰るまで一言も喋らない。いつも以上に押し黙ったままだった。花道がいつものように喧嘩腰でコトバをかけても全く相手にしない。けれど、考え事をしているようにも見えない。そんな流川が、気になってしかたない。インターハイの打ち上げと称した3年生の送別会を開いた後、流川は花道の家にいた。流川が部屋にきたのは初めてではない。だが、花道から誘ったのは初めてだ。流川の様子が違う。どこかが、いつもと違う。いつまでも押し黙ったままの流川が気になる。まるで泣く事を必死で我慢している子供のようだと、花道は思った。
たまの気遣いが、あんなことになろうとは.....思いもしなかった。
ぶん殴って、蹴り倒して、罵倒を浴びせて。普段ならそうしていたはずだが、できなかった。何するふうでもなく、座ったままの流川が不意に動いた。それを目で追う。流川は花道の後ろにまわり背中から抱き締めた。花道は驚いて身体をこわばらせた。そんな花道に聞こえた小さな声。耳元でそっと聞こえた。
「.....くやしい」
と。表情をほとんど見せない流川はその一言で花道の動きをとめた。花道の顎をとり、すこし後ろを向かせ唇を重ねる。背中から回した手を下にずらした。軽く唇を離し、またくちづける。花道には吐かれた言葉が本音だとわかる。言葉数のすくない流川の本音。流川の気持ちが痛いほど良く分かる。自分も悔しかったが、それ以上に流川は悔しいだろうと。沢北にはあと1歩のところで完敗した。追い付いて、必死に追い付いて、そして追いこす寸前で、また引き離された。沢北のいる場所に辿り着く事なく、自分の弱さだけを見せつけられた。相手の強さに圧倒されたわけじゃない。今までのどの試合よりも気持ちが高揚していた。沢北相手にもっとバスケをやりたかった。なのに相手は流川に己の強さだけを叩き付け、見せつけただけだった。それが悔しい。自分の弱点を他人に云われたことよりも、云われるまで気づかなかったことが、悔しい。1年生だからいいじゃないか、といわれればそれまでだが、流川ににはその理屈は通用しなかった。今までで最高級の相手が今はもう、アメリカの地にいる。後、2年のうちに自分が日本一の高校生になったとしても、沢北を追いこしたことにはならない。それが分かるからこそ、花道には抵抗できなかった。流川の唇と指を全身で感じながら、なんとなく頭を抱えてやった。流川の腕が滑る。下へ下へ....。確かな意志をもって動く。流川の止められない感情が花道を捕らえる。頭では拒否する行為を受け止める躰。花道は流川の行為を許したわけではない。が、言葉を交わして喧嘩になるよりは受け止めてやる事のほうが大事に思えた。それが今の流川には必要な気がしたし、それが今の自分のやるべきことのように思えた。
花道の上がった吐息から漏れる声を合図に流川は花道に享受される。
***
「....ぐわぁぁぁぁ」
あのときのことを思い出して、花道は頭を抱える。無意識のうちに躰が熱くなる。思い出すのは流川の唇と指の動き、そして行為の全て。フェンスに背中を預けて座り込む。
流川はまるで大きな子供だ。人を頼る事も頼られる事もなかった子供がはじめて見せた憤り。お子さまな花道自身、どうしていいのかわからない。けれども、流川の腕は決してキライじゃなかった。触れると暖かくて、愛おしい。離したくなくて、離れたくなくて。そして、もっと欲しくて......。そこまで、流川に対する感情を自覚して、認めた覚えはなかった。ただ、両親を早くに亡くして、人の温もりを長い間忘れていた花道に、流川の温もりはとても心地よかった。理性とプライドと、自分が男でなかったら....
すなおに流川の行為を受け入れただろうか。しかし、何の抵抗もしない借りてきた猫のような花道では、流川は目にとめることも触れる事もしなかっただろう。今の花道だから流川は欲しいと思ったのだ。
あの夜以来、数えるのも嫌になるくらいキスはした。花道を懐柔する舌は、腕は、躰は、拒んでも求める事を止めず、彼自身を責めたてる。隙の多い花道だ。慣れない行為も何度となく躱した。
同じチームの仲間なのだから相手の気持ちが分かって当然だが、試合中も、練習中も、花道には流川が何を考えているのかさっぱり分からなかった。しかし、流川に抱かれて、彼を感じてるときはイヤというほど分かる。決して流川の行為を許したわけではないが、ここ最近の流川は、花道に手をしているときは決まって本音を吐くようになった。バスケのことであったり、花道に対する思いの丈であったり。しかし、流川が言葉にのせる本音よりもずっと深く、言葉には変えがたいより真実な気持ちが花道には見える気がした。流川を感じれば感じるほどに分かる。かといって流川に優しくするわけでもないが、面と向かって本音をいわれるとどうにも無下にできない。コイツは俺しか頼るものがないんだ、と無理に言い聞かせて流川に抱かれてやる。
でも、そんな花道の態度がいっそう激しく流川に火をつけた。高まる欲情は花道を喘がせる。流川から吐き出される<想い>は、止まらない。とめる術を知らない。花道の優しさが愛しくもあり、悔しくもある。花道に自覚はないのだろうが、抵抗しないかぎり許していることになる。それを認めないから、認めさせたくなる。
花道が屋上に上がるのは、自分のなかのモヤモヤしたものを吹き飛ばすためだ。だが、如何せん。花道の行動は流川に読まれている。
屋上のドアが軋んだ音を上げながら開かれる。それに気づいて、視線をあげると見知った姿を見つけた。
「....ルッルカワッ。なんでてめーも来んだよ」
「.....ひるね」
花道には内緒だが、洋平から場所を聞いた。いつも花道のことは彼から聞く。流川の洋平に対する認識は<横柄な態度で聞いてもさらりと答えをくれる奴> 自分の気持ちは、もう気づかれているようだから別に気にしない。気づいてなくても一向に気にしないが.....。
「オレが先に来たんだ。てめーはどっか行けよ」
「ヤだ」
ボソリときっぱり否定する。
「オレはここにいるんだ。ルカワ、てめーがどっか行け」
「ヤだ」
再度、目の前にいる花道にも聞こえるようにはっきりと否定する。
「やなら、おめーがどっか行け」
花道が絶対に動かないと知ったうえで、彼に近寄り、自分はここにいると主張する。
「なっなにおぉうぅぅ」
あんまりな態度に花道の拳が飛ぶ。流川はそれをひょいと交わし、花道の横にまわって頬に不意打ちのキス。動きがとまる。花道のまるっきりの子供さにからかいたくもなるが、それは止めにして、唇を塞ぐ。激しくそして優しく。花道は何度も交わされるキスに思考を奪われる。頬を染める花道を横目に、右手で強引に口を開かせる。紅く覗く舌が、花道の呼吸が流川を誘う。深く深く唇を重ね、必要以上に背中に廻した腕を動かす。逃げる舌を執拗に追い、絡め取る。唇を割った手は、服の下にある肌にそっと触れる。花道の呼吸が荒くなるまで。花道の腕が流川の背中に廻るまで。飽く事なく続けられる。
「....やっ..やめっ。ルカワッ」
花道の言葉は無視。強引に自分の欲を押し付ける。押し付けるだけで花道の痛みは分かってくれない。
全く子供だ。こんなことしなくてもいいのに...と花道は思う。自分の気持ちを丸っきり無視したような流川の行為は好きになれない。花道の気持ちを尊重されても困るが、そんなことじゃない。スキとかキライとかでもない。そんな感情で喧嘩をするわけでもないし、ましてや「関係を」持つわけでもない。抱かれる自分からすべてを読み取ってほしい。認めあう気持ちに言葉はいらないのだから.......。
自分達には、理屈でははかれない何かがある。それが分かれば苦労はしない。わからないから、流川はそれを、行為に託すのだろう。そして、花道も。言葉でそれを説明できないから、流川の頭を優しく抱く。それが合図のように、流川の唇が花道のそれから離れ、動き出す。吐き出す言葉では拒んでいても、躰が行為を許す。流川すべてを許す。
流川の気持ちはなんとなく分かりかけた花道だが、考えている事はさっぱり分からない。また、流川にしても、花道が子供なのは分かる、自分の行為が世間一般の常識から外れていることも知っている。だが、なぜ。あれほどまで自分を受け入れている花道が、己自身の気持ちを認めないのかその理由がてんでつかめなかった。自分は花道を好きで、愛おしくてたまらない。花道のすべてが欲しいと躰が叫ぶ。情欲のままに花道を抱く気持ちに偽りはない。認めてほしい。認めさせたい。
流川の気持ちは解るが認めたくない。行為を許す自分のこともあまり考えたくはない。許して、認めれば楽になるかもしれないが、そこまで流川に主導権を与えたくなかった。今ではもう流川の前ではないに等しいプライドが邪魔をしていた。流川はそこまで花道の気持ちに気づいてやれるほど、大人ではなかった。
子供でも大人でもない中途半端な二人は、知りたい答えを探す事もなく、誰かに言えない秘密を抱え、誰にも言えない逢瀬を幾度となく躱す事になる。互いの答えに向き合えるようになるまで。
.......不安定なまま、時は過ぎる。
昼下がりの屋上を、冬の太陽は優しく眺める。不安定な子供が、心のままにおかす後戻りのできない行為を黙ってみつめて。罪も罰も快楽も悦楽もすべて飲み込んで。くり返される行為を認める唯一の傍観者は、二人の秘密を誰にも話さない。寒空のした、重なる二人の身体を隠すように、冬の太陽は重い雲に隠される......。
-EDN-'960131(Wed)