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そして咲き誇る 最後の

 目の前で崩れ落ちる姿に、声も出せないでいた。
 目を見開いて、その様子をみていた。そうすることしか出来なかった。背後で、緋村が観柳を討つ気配がしたが、なにも聴こえない。
 オレはただ、床に散らばった4つのヒトガタを見ていた。流す涙はもうないのだと、痛感した。
 オモウノハタダ、皆が悲しまないこと。華を見ずに散った同胞が悲しまないこと。
 そして、‥‥‥必ず華を降らすことを‥‥‥
 般若は、泣いていないだろうか?式尉は?ベし見は、ひょっとこは・・・・・・
 皆、こんなところで、散り行くことを不幸だとは思わないだろうか?


  ‥‥‥あぁ、どうか哀しまないで。
      救われたのは、私なのだから。
  ‥‥‥蒼紫様、どうか泣かないで、哀しまないで。
      いつも、お側におりまする‥‥‥


 般若の声が、聴こえた。‥‥‥気がする。

【ハジマリ】

 その日、屋敷はいつになく騒がしかった。生まれたばかりの操をあやしながら蒼紫は、玄関先に顔を出した。
 「おぉ、蒼紫。よいことろに来た。これをみて見てろ」
 呼ばれて、少年は足を進める。嬉々として屋敷に帰ってきた男は、蒼紫の腕の中で眠っている操の祖父であり、江戸城御庭番衆の御頭でもある。
 この初老の男は、江戸城の隠密でありながら、暇を見つけてはあちらこちらへ出かけていき、ナニかを拾ってくる。この屋敷にあるものの大半はこの御頭が集めたものだ。家財に始まり、庭の植木や番犬もそうである。蒼紫は、今回もそんなものだろうと思い、御頭の手元を覗き込んだ。
 「‥‥‥?何ですか?コレは」
 あまりにも予想外なものが男の手の中にある。これは‥‥‥‥‥
 「‥‥ンァ?これか。お前は何にみえる」
 「‥‥‥ヒトに。人に見えます」
 「そのとおり。人じゃ。それもお前と同じくらいの歳じゃな。町の外れの土手で寝転がっていたのを捕まえてきた。なかなかなにすばしっこい奴での。骨が折れたわ」
 いつものことだが、お頭の物言いはまるで、犬猫でも拾ってきたかのようだ。蒼紫はそれに慣れる事ができずに眉根を寄せた。
 普段なら、情を表に出すなと叱咤されるのだが、今日は拾い物をして機嫌がいいらしい。
 蒼紫はそっと、薄汚れてボロをまとっっている子供を見た。
 御頭に拾われてきた子供は猫のごとく襟首を摘まれ、身動き一つ出来ずにジッとあたりを伺っていた。その眼はさながら、獣のようであった。
    *
 夕食を済ませると蒼紫は、御頭に呼ばれた。障子を開け中にはいる。部屋には御頭の他に、獣のように背を丸め威嚇しながら、隅にうずくまっている子供がいた。部屋が薄暗くとも夕方よりも幾分、傷のふえているのが見て分かる。
 蒼紫は、御頭から半刻ほど子供の扱い方を聞かされた。淡々と話す内容は、人を扱うそれではなかった。
 「‥‥‥ただし、食事を与える以外、子奴に与える部屋には近付いてはならん。よいな」
 「‥‥‥‥‥」
 御頭の考えが蒼紫にはわからなかった。御頭は本当にこの子供を家畜として飼うつもりなのだろうか?
 蒼紫の思う事が読めたのか、御頭は大声で笑った。下卑た笑い方をする。これも蒼紫の嫌いな一つだ。
 「‥‥‥子奴は。子奴の目は獣の眼じゃ。獣として育てれば、我が御庭番のよい密偵と成れるやもしれん。蒼紫よ。そう、皆にも伝えておくれ」
 御頭の命令は絶対のもの。その言に逆らうことも、その眼光に逆らうことも今の蒼紫には。いや他の御庭番衆にもできないことである。それゆえ蒼紫には、
 「承知した」
 そう、答えることしか出来なかった。
 御頭に一礼して立ち上がり、部屋を出て行こうと障子に手をかける蒼紫に、御頭は、言を投げ付けた。
 「子奴は、[子返し]の生き残りらしい。どの村の子かはわからんが、[子返し]を受けた時点で子奴の人生は終わっておる。獣として生きるしか道は残っておらん。情けは無用ぞ。よいな、蒼紫」
 「‥‥‥ッ‥‥承知」
 御頭の、いや頂点に立つ者の言に逆らえない悔しさを蒼紫は実感した。なにも言い返せない自分に苛立ちを感じ、唇を噛み締めて部屋を後にした。 
 その日の内に、屋敷の隅にある納屋に、子供は放り込まれた。

   *

 陽もあたらず、火も与えられず、しかし子供は生き続けた。御頭の言を守り誰一人として子供に言葉をかける者はいなかった。子供のほうもまた、一言も声を発しなかった。
 蒼紫には、それがたまらなく苦痛となっていく。
 獣の眼をした子供はいったいどんな声音を発するのだろうか。まだまだ小さく自分の腕にしっくり納まる操をあやしながら、少年の好奇心は日に日に増していった。
 誰にも知られることなく‥‥‥。

 手のあいている者で代わる代わる納屋まで食事を運ぶ。子供の当番を一人に任せなかったのは人間の情を考えてのことだろう。毎日毎日接していればそれだけ情が湧く。いくら人として見るなと言っても、人の姿をしていれば自然と情が湧くものだ。御頭はそれを避けるがため、食事当番を一人に限定しないように言い付けていた。
 子供が納屋に放り込まれてからちょうど一週間が過ぎたころ、その当番が蒼紫にまわってきた。
 朝の食事は持っていくだけに終わった。「食べろ」と一言だけ言って納屋を出た。
 朝の蒼紫には山というほど仕事があった。操に食事をやり、おしめも換えてやり、服の着替えもしてやる。豪勢な庭園に水を撒き、御頭が拾ってきた野良犬あがりの番犬に餌をやり終えると太陽はもう真上にあった。
 昼の食事も持っていくだけ。「食べろ」と声を掛けて納屋を出る。少し振り向てい「おいしいか」ともう一言掛けてやった。しかし、子供は一心に食事を食い散らしていた。
 まるで、獣のように‥‥‥‥。
 もっと声を掛けたかったが、これから日が暮れるまで御頭が稽古を付けてくれる。サボるわけにも遅れるわにも行かず、蒼紫は母屋のとなりにある道場へと足を進めた。今までならどん欲なまでに稽古を欲したが、今の彼はそうではなかった‥‥‥‥‥。

 稽古はいつも、夕刻少し前に終わる。蒼紫は、滴る汗を洗い流すべく井戸へと向かう。
 井戸の冷たい水で顔を洗っていると、お増が声を掛けてきた。
 「蒼紫さまっ。蒼紫さまっっ」
 声を返すことなく、顔だけをお増に向ける。彼女の声とともに操の声も聞こえてたのでことの次第はさっしていた。
 「操が泣き止みません。お願いしますっ」
 といって小さな赤子を差し出された。蒼紫は小さくため息をついて操を抱いた。すると、今まで声の限りをだしてないていた赤子がピタリと泣き止む。それを見てお増が、
 「ほんと。この子は、蒼紫様だけにはよく懐いていますね。ここだけの話、御頭もこの子は抱けませんもの」
 言って彼女は、夕餉の支度があるからとその場を離れた。
 残された蒼紫は縁側に腰掛け、操を優しく揺らしてやる。きゃははは、と笑いながら小さな手を蒼紫に伸ばしてくる。その手をとり蒼紫は小さく呟く。
 「ヒトは人として生きねば。それがヒトとして生まれてきた者の宿命ではありませんか?操もあの子供もおなじヒトではありませんか?御頭様‥‥‥‥」
 その言葉は操には理解できぬまま、一際強く吹いた風に飲まれていった。

***

 「蒼紫様。これ、納屋の子の夕飯です。お願いしますね」
 お増から温かな食事を渡されたのは日付けの変わる二刻半ほど前である。温かな食事といっても屋敷の者の残飯を掻き集めたものだ。飯以外はお増がもう一度火を通し、盛り付けなおした。
 蒼紫には、ヒトの食事とは思えない。
 屋敷の者も皆、そう思っているはずだ。なのにどうすることも出来ないでいる。もう一度火を通し、盛り付けなおすことが精一杯なのだろう。これも御頭に見つかれば叱咤される。
 盆を持ったまま、動かない蒼紫に、お増が心配そうに声をかけた。
 「蒼紫様、なにか‥‥‥‥」
 「いや。温かいのをありがとう。行ってくる」
 蒼紫は、大盛りの飯と丼茶碗にいれられたごっった煮と大きめの湯飲みに入っている番茶と肩肘狭く置かれている箸を見て台所を後にした。
 御頭はとうに食事を終え部屋に入っている。江戸城についていた翁が帰ってきてるのでいろいろと報告をさせているに違いない。
 操はさっき寝かしつけた。寝つきのいい子だから朝まで起きないだろう。



 軋んだ音をたてて扉を開ける。
 扉の真正面奥にむき出しの地面に座り込み膝を抱え込んでいる子供を見つけた。側により盆をおいてやる。
 「食べろ」
 子供はジッと蒼紫を睨み付けた。警戒しているのか、身動き一つしない。他の者は用が済めばさっさと出ていくのであろう。が、蒼紫はそうはしなかった。ジッと子供を見て立っていた。
 「食べろ。これはお前のものだ。さ」
 言って盆を子供の足下へ寄せてやる。ゆったりとした蒼紫の動きを眼で追いながら、それでも子供は警戒をとけないでいる。
 「さ、お食べ」
 もう一度声を掛けて、蒼紫は服が汚れるのも構わずにその場に座り込んだ。
 それみていた子供は、盆の上の食事と蒼紫とを交互に見てやっと動き出した。山盛りの飯茶碗を取り一気に食べ出す。箸など使わない。茶碗の端から飯粒がこぼれるのもかまわずに。そして空になった茶碗を無造作に置き、ごった煮に手を出す。それも手掴みで口に運ぶ。今までもがそうだったのだろう。
 誰か、この子に箸の使い方を教えたのだろうか?教わる前に[子返し]を受けたのだろうか?生き延びるためにヒトとしての習性を忘れたのか、はたまた捨てたのか。
 空になった丼茶碗も地面に投げ、床にこぼれたものにまで手を出すのを見て、蒼紫は慌てて止めた。
 「や、やめっ。っつうぅ」
 いきなり止めに入ったので手を引っ掻かれた。それでも蒼紫は止めに入る。
 ヒトは人だ。けっして、家畜や畜生にはなり得ない。子供はこぼれた飯と一緒に砂や石まで口に運ぶ。
 「やめろっ。やめなさい。こんなもの食うんじゃない。やめなさいっ」
 力任せに子供を捩じ伏せた。自分より体格の小さい子供をとめることは蒼紫にとっては容易なことだ。だてに毎日、御頭の稽古を受けてはいない。しかし、自分の身に危機を感じた者の力は蒼紫の想像を遥かに越えていた。
 子供はまるで獣のような声をあげて抵抗する。
 力の限り抗う子供に蒼紫はたまらず手を挙げてしまった。頬を張られた子供は泣くこともなく、眼を見開いて自分に馬乗りになっている綺麗なものをみた。なんの感情も持ち得ずに、闇に落ちた子供が初めて見た綺麗なものだった。
 互いに肩で息をし少し睨み合う。
 先に力を抜いたのは子供のほうだった。その眼は敗北した獣のようであった。蒼紫は、手を挙げた自分を情けなく思った。‥‥‥‥ヒトは、ヒトから罰を受けるものではない。
 「‥‥‥私は、何もしない」
 「‥‥‥‥」
 「お前をいじめたりしない。分かるか?」
 蒼紫はゆっくりと話し出した。
 「‥‥‥‥」
 「お前はヒトなのだ。ヒトとして生きるべきなのだ」
 「‥‥‥‥」
 「ヒトは、こんなところに閉じこめられるものではない。陽に当たり、人に接していくものだ」
 「‥‥‥‥」
 「お前は決して獣ではない。人なのだ」
 それまで、優しく話す蒼紫を、ジッと見ていた子供がウッっとえづいた。激しく咳き込む。口に当てた小さな手から血が滴っていた。
 「‥‥‥‥っおいっ」
 慌てて子供の肩を掴む。驚いて抗い始める子供を渾身の力で壁に縫い付けて、無理矢理、手を退かせる。それと同時に、地面に何かがこぼれ落ちた。陶器の破片だ。これで口の中を切ったのだろう。
 蒼紫は声の限りを出してお増を呼んだ。呼び続けた。戦でいやと言うほど血は見ていたが、叫ばずにはいられなかった。そうしなければこの子は死んでしまうような気がした。

 平常でない蒼紫の声を聞き付けて、お増がやってきた。
 「蒼紫様っっ。どうなさいましたっ」
 「増。薬だっ。けがをした。薬をっっ」
 子供を押さえ付けるのに精一杯な蒼紫は振り向くことなく叫んだ。こんなに緊迫した蒼紫の声をお増ははじめて聞いた。
 「は、はいっっ」
 蒼紫の声にたたかれるように、お増は今来た道を戻ろうとした。が、何かにぶつかりその場に尻餅をついた。顔をあげるとそこには御頭が、いる。その後ろには翁もいた。蒼紫の大声は御頭の部屋までも届いていたのだ。他の者は御頭にとめられたのか表へは出てきていない。
 「増。なにしている。早くっ。薬だっ」
 背後でおこっていることが分からず、まだその場に残るお増の気配に声をあげる。
 「誰に使う薬だ。蒼紫」
 緊張が蒼紫を襲った。彼は、聞き慣れた声に後ろを振り返れなかった。蒼紫の緊張が解るのか子供はピクリとも動かない。
 「お前が使うのなら、屋敷の中で手当てしてもらえ。そうでないのなら、こんまま部屋に戻れ」
 「‥‥‥薬は、ここで使います。お増、薬箱をもってきてくれ」
 蒼紫の言葉に、お増が息を飲む。彼の言葉に従ってやりたいが、それも出来ずに立ち尽くしてしまう。
 「お増、はやく」
 蒼紫の言葉が今までになく優しい。子供はとうにおとなしくしている。蒼紫は振り向かない。
 「‥‥‥ッ」
 子供の眼の前から蒼紫の姿が消えた。そして、眼の前には、まさに憤怒の形相をした御頭がいた。子供は怯え、瞳は獣のそれへとかわっていく。
 「蒼紫よ。お前は儂の言ったことが解らなんだかッッ」
 背後から頬を打たれ地面に転がった蒼紫は、御頭を見上げる。
 「‥‥‥‥」
 「蒼紫よ。子奴はなんだ? いってみろ」
 声音を少し落として、御頭は蒼紫に訊ねた。後ろではお増が悲痛な顔をしている。どうか、御頭の意志に答えるようにと。しかし、蒼紫はそれに反した。しっかりと御頭を見据えて言い放つ。
 「ヒトです」
 御頭には蒼紫の返答がわかっていたのおか、すぐさま彼を蹴りあげた。
 「馬鹿者がッッ。子奴はヒトとして扱うなと、あれほど言ったではないかッ。子奴はヒトではないッ。子奴は我が御庭番衆の犬じゃッッッ」
 御頭のその怒声は蒼紫に、火をつけた。立ち上がり子供を背中に隠すようにして、対峙する。
 「この子供はヒとです。畜生ではありませんっっ」
 頬を張られる。それでも蒼紫は言い続けた。
 「ヒトは人として、生きるべくうまれてきたのではありませんかっ。生き続けていたのは、この子の強い意志ではありませんかっ。それをどうして、貴方が踏みにじれるのです。操も私も、この日本の愚かな民たちも、そしてこの子も。同じ人ではありませんか。陽の元で火ととともに生きる権利をもっているのではありませんかっっ」
 いつしか蒼紫の頬に涙がつたう。御頭は眼を細め、流れたものを優しく拭ってやった。それから、ため息を一つついて、それでも尚、言い放つ。
 「‥‥‥‥いいかげんにせんか、蒼紫。儂は言ったはずだ。子奴は人として拾って来たのではないと。お前とは違う」
 「どこがっ。どこが違うのですか。同じです。同じ火とです。違うところなんかありはしないっっ」
 「違うのじゃ。儂はお前を人としてこの屋敷に、御庭番衆においておる。じゃが、子奴は畜生として置いているのじゃ。これからもそのように扱え。よいな、蒼紫。命令じゃぞ」
 「‥‥‥聞けませんっ」
 地面を握りしめ、一言一言を噛み締めるように言った。同時に平手を頬に受ける。何度も何度も。
 子供は怯えガタガタと震えているばかり。お増はあまりのことに顔を伏せている。
 遠くで操の泣き声が聞こえる。
 御頭の手を止めたのは、ことの行く末をじっとみていた翁であった。
 「御頭様。もうその辺で。蒼紫の我が強いのは貴方様がもっともよく存じているがず。蒼紫はまだまだ若い。裏で動くことが多くなれば、御頭様の言葉もはっきりと解りましょう」
 大きなため息をついて御頭は、ゆっくりと蒼紫を離し、納屋をでた。なかの子二人を手当てしてやるように翁とお増に言い付けて‥‥‥‥

【キズナ】

昨晩の一件を境に納屋の子の面倒はすべて蒼紫がみるようになった。基本的な扱いは変わりはしなかったが、それでも変わったものがある。
 蒼紫は、今までよりも表情が豊かになった。それにつれ、操も以前よりももっとよく笑うようにないり、誰にでもよく懐くようになった。
 そして、何よりも変わったのは納屋の子供。言葉を発したときには皆を驚かせた。とても獣暮らしをしてきたようには思えないくらいスラリと綺麗に発音して見せた。表情も豊かになり、御頭以外のものにはよく懐いた。得に蒼紫には。
 今では誰も獣だとは思わない。畜生のようには扱えない。
 誰にも判らぬように、子供は蒼紫に忠誠を誓っていく。どんなに姿を変えようとも、これから先、獣になろうとも、陽の光を見ることがなくなっても、私はこの人を守るだろう。
 顔を替え体を替え、この人を守るだろう。自分の命が尽きるまで‥‥‥‥‥。この人とともにあり続け、守り続けるだろう‥‥‥‥‥‥。
 私は、救われたのだから‥‥‥‥‥。
 ‥‥‥この人に。この人の心に。涙に救われたのだから。

【そして、今‥‥】

  あぁ‥‥‥‥どうか、悲しまないで‥‥‥‥。
  あぁ‥‥‥‥どうか、泣かないで‥‥‥‥。
  救われたのは、私なのだから‥‥‥‥。
  人になれたのは、貴方のおかげなのだから‥‥‥‥。

  あぁ‥‥‥‥どうか、このまま生き続けてください。 
  私を、助けたときのように‥‥‥‥。
  ヒトは、生き続けるために‥‥‥‥生まれるのですから‥‥‥‥。
  お側に、おりまする。いつまでも‥‥。いつまでも。
  貴方が、ヒトとして生き続ける限り‥‥‥‥。

 般若の声が、聞こえた気がする‥‥‥‥。
 蒼紫はゆっくりと足下に転がった、仲間をみる。
 ‥‥‥‥ここで、散ることを不幸だとは思わないだろうか。
 ‥‥‥‥皆をおいて‥‥‥置いて行くのか‥‥‥‥
 床に転がる自分の刀を取り、式尉に歩み寄る。頭に手を掛け、首に刃をあて一気に切り落とした。
 屍からは屍の血しか流れない。血飛沫にならずに流れ出る赤い液体を見るたびに蒼紫の表情は消える。
 ベし見も、ひょっとこも、屍の血を垂らす。
 そして、般若も‥‥‥‥。
 皆と同じように一気に切り落とす。脊髄がひしゃげた音をあげる。
 ‥‥‥闇で動く事を不幸におもわなかったか‥‥‥‥ 
 ‥‥‥お前は、ヒトとして生きられたのか、般若よ‥‥‥‥
 ‥‥‥おまえは、俺をおいて行くのか‥‥‥‥
 最後の一皮を切り落とす。蒼紫の頬にはつたう涙さえもなかった。四つの頭をもって屋敷を出ていく。これからどこへ行くのだろう。一人きりになって‥‥生きられるのか。
 守るベき者を持たない命はこれからどこへ行くのだろう。


  ‥‥‥あぁ‥‥どうか、悲しまないで‥‥‥‥。
  ‥‥‥救われたのは、私なのだから。
  ‥‥‥命の限り貴方を守れたことを誇りに思いまする。
  ‥‥‥命尽きようともお側におりまする。

  蒼紫様。どうか‥‥自分を不幸だとは思わないで。
  命つづく限り、生きて下さいませ。
  救われたのは‥‥私のほう‥‥‥貴方を守ることができてうれしゅうございます‥‥‥。
  どうか‥‥どうか‥‥‥‥。
  このまま生きてください。
  最強の、華を‥‥‥その手に取るまでは‥‥‥‥。

 屍のような蒼紫の眼はそれでも輝いていた。
 生きろと言う般若の声に、自分を奮い起こし、どこへ向かうのかわからぬままに。歩き続けた。
 亡者にふさわしい死の杜を‥‥‥‥。
 最強という名の華を探すために‥‥‥‥。手に入れるために‥‥‥‥。

  ‥‥‥あぁ‥‥どうか、悲しまないで‥‥‥‥。
  ‥‥‥救われたのは、生かされたのは‥‥‥私なのだから‥‥‥。

-了-