酒井たかえニュース NO.10
☆ 1999年の統一地方選挙では奈良市議会議員選挙で、皆さんの暖かいご支援のおかげで、初挑戦でありながら 1762票を頂き「次点」となりました。奈良市は今年、中核市となりました。これからも女性と生活者の視点に立ち、精一杯頑張ってまいります。
2002年3月5日発行
酒井たかえとともに女性と政治を考える会
代表 水田幸一 / 副代表 山本弘子
私たちの会は、既成政党に属さない、手作りの市民の会です。
私たちは、女性が政治に進出することで、世の中が平和で住みやすくなると確信します。
1998年マニラで開催された国際会議「第2回・女性と政治家のためのグローバルネットワーク会議」では、議会に女性議員が増えたことで、@「育児・介護」「女性への暴力根絶」など女性の関心と経験が政治課題になった A裏取り引き型から、情報公開型政治に変わった B上意下達型から、話し合いによる対応型に変わった、という報告がされました。
EUでは、男性政治家による歴史が「戦争の歴史」だったこと等から「一方の性に政治を任せるのは危険である」と言われます。フランスや韓国では政党に対し、「一方の性が3〜5割を下回らないこと(クォータ制)」を法律で義務付けました。
現在、日本の市町村議会の54%は、女性議員が一人もいません。IPU(列国議会同盟)の国際比較によると、国会に占める女性議員の割合の世界ランキングでは、日本は164カ国中、105位です。日本の現状は「民主主義」とは呼べないのです。
■奈良市長に、土地開発公社についての公開質問書を提出しました。
2002年1月23日 | 「奈良市を見まもる会」は1月23日、奈良市長に対して左記の公開質問書を提出し(※これは新聞に報道されました。)、2月4日に下記の回答を受け取りました。中核市出発へのけじめを求めたのですが、 Bの回答はあまりに何も答えていないと不満を感じています。 回答期限の2月6日夕方、酒井宅の玄関前にカラスの死骸の模型が置かれてありました。公開質問書の内容が公開されると都合の悪い人たちの脅しでしょうか。酒井は、このような問題を市民の皆さんに知ってもらう事こそが、身を守る最善の方法だと考えます。 皆さんはこれらのことを、どう思われますか?
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奈良市長 大川靖則 様 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
「奈良市を見まもる会」代表 酒井孝江 (住所・電話・FAX) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
奈良市土地開発公社についての公開質問書 日々、奈良市政発展のためにご奮闘いただいておりますことに感謝いたします。 さて、市の土地開発公社については、土地の値段の低下により、その存在意義が疑われているところです。また、様々な「塩漬けの土地」と言われるものが奈良市にも存在しています。今年4月から奈良市は中核都市となります。そこでこの歴史的な出発の時にあたり、市の土地開発公社について根本的な改定をしていただきたいと思いますので、次のとおり質問いたします。 ご面倒をおかけいたしますが、ご回答を2月6日(水)までにお送りいただきますようお願いいたします。なお、ご回答は公開させていただきます。 記 @奈良市情報公開条例第19条には、市の出資法人の情報公開に努める、という規定があり土地開発公社も対象ですが、制定以来3年半経過しているにも関わらず、「公開に関する要綱ができていない」と情報公開を拒絶されています。これは明らかに「情報公開をしたくない」というサボタージュ行為です。早急に情報公開をするようにして下さい。 A奈良市土地開発公社には合計で約346億円の314千平米もの、1000平米以上で、購入以来5年以上経過した「塩漬けの土地」が別紙のとおりあります。これは3年以内の公共用地利用の原則からは著しくはずれています。 神奈川県は昨年、土地開発公社について事業を2003年度で停止し、2006年には廃止することを決めました。もはや奈良市でも公共用地の先行収得のための土地開発公社の役割は既に終わったものと思わざるを得ません。奈良市でも直ちに事業を停止して、事務作業の終了次第、廃止・清算して下さい。 B上記Aの余りにも莫大な約346億円の「塩漬けの土地」に対する具体的な改善と使用に対する計画を、時期を明示して示して下さい。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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酒井孝江の最近の動き
週休1日の忙しいパート勤務の合間の、わずかな時間を生かして頑張っています!
2001年10月21日:テロ報復に反対する奈良県内のNPOが集まった「ピースアクション実行委員会」主催による「ピースアクションINなら」に「奈良市を見まもる会」として参加
11月2日:旧・東大寺学園で「なら出会いウィーク」の準備/3・4日:毎年、旧・東大寺学園で奈良県内のNPOが集う「なら出会いウィーク」に「奈良市を見まもる会」・「女のゼネスト奈良実行委員会」として展示参加/10日:西部公民館で「奈良市を見まもる会」会議/12日:市長に公開質問書を提出/16日午前:市役所・緑地公園課で「西部ふれあい広場」の情報をもらう/区画整理課で資料をもらう午後:奈良市女性政策課と奈良市内の女性団体のネットワーク「なら女性ネットワーク」主催の「第2回女性フェスティバルinなら」の準備/17日:ならまちセンターで「第2回女性フェスティバルinなら」に「女のゼネスト奈良実行委員会」として展示参加
12月1日:大阪ドーンセンターで「女性を議会へ!バックアップスクール」受講/6日:市役所で「なら女性ネットワーク」会議/8日:女性解放共闘定期総会/14日:午前だけ奈良市議会を傍聴に行くが開かれず/15日:バックアップスクール/夜「奈良市を見まもる会」会議/18日:西部公民館の掃除/22・23日:御所市で「頑張ろう合宿」
2002年1月12日:「奈良市を見まもる会」会議/23日:市長に公開質問書を提出
2月2・3日:全国の市民派議員や市民の集まり「虹と緑の500人リスト」の大阪研究会がドーンセンターであり参加/9日:「奈良市を見まもる会」会議/10日:なら100年会館で奈良市主催「筑紫哲也講演会・中核市移行に向けて」参加
■奈良市長に、西部市街地への公共施設について公開質問書を提出しました。
2001年11月12日、奈良市長に下記の公開質問書を提出し、11月26日、右記の回答を受け取りました。 2002年2月14日の新聞報道によると、奈良市は絹谷幸二美術館建設計画を白紙撤回しました。皆さんはどう思われますか?
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妊娠6ヶ月で 2度目の選挙を再選された
大阪府
茨木市議 桂 睦子 さん (33歳)
奈良市の皆さん、初めまして。私は酒井孝江さんの友達の桂睦子と申します。年齢は33歳。仕事は大阪府茨木市で市議会議員をやっています。
この通信の主人公である酒井孝江さんと出会ったのは、私が27歳の時。会社員をやめ、アルバイトと祖母の介護をしながらフィリピン支援のNGOの活動をしていた頃です。
阪神淡路大震災もちょうどこの時期で、大勢の若い人たちがボランティアとして「自分にできることをやって、少しでも誰かの役にたちたい」と頑張っていて、ボランティア元年と呼ばれた年です。
この頃の生活は毎日忙しく、でも生きがいもある満ち足りた日々でした。しかし、ボランティアやNGOに関われば関わるほど、「法律や税金の使い方を変えな、どうにもならへんぞ!」という思いを強くしました。
そこで、ボランティア仲間たちと話しをしている時に「誰か政治家にでもならなアカンなぁ」と冗談のように言い合っていたのですが、なんと、自分自身が立候補することになってしまったのです。
1997年の1月に選挙があり、地盤(地域のつながり)・看板(有名度)・かばん(お金)もなく、まったくの素人の手作り選挙で、ブービー賞で市議会に滑り込むことができました。
議員になってみると、「やっぱり議会ってこんなところや!」と思うことがたくさんありました。そう、市民感覚とずれているというか、税金の無駄遣いが平気で行われているというか….。
例えば、年4回の議会前に行われる議案説明の際に、時間に関係なく出される数千円の仕出し弁当。議員間の親睦を深めるという名目で行われている野球大会(市長から助成金が出ています。もちろん税金!)、決算議会中に出される3時のおやつ(ケーキやデザート)などなど、えっ?!と驚くことばかりでした。
なぜ、こんなコトになっているのかを考えると、市や町村のレベルでも、「議員」のココロがそのまちに住む住民に向かっているのではなく、国会や自分の所属する政党や組織に向かっているからです。
また、国会や大きな組織には女性がほとんど一人前として扱われることがありません。となると、子どもを育てている(離乳食を作ったり、公園デビューを悩んだりする)若い親やシングルペアレントの人、独居の高齢者、パートタイムや派遣・臨時職として働く女性たち、日々雇用の不安定労働者の人たち、この世の中の大多数の人たちの気持ちや経済感覚が行政に届くわけがありません。
自分自身が祖母の介護で役所や保健所をたらい回しにされた理由が議員になってみて、とてもよくわかったのです。
最近、大きな組織に属さず、「普通の市民感覚で政治をやろうよ」と考える「無所属・市民派」の議員たちが増えてきました。環境を守ろう、情報公開を徹底しよう、市政への市民参加をすすめよう、性別や出身地、年齢、能力による差別はやめて人権を守ろう、戦争は嫌で平和をつくろう、こんなことを「無所属・市民派」の議員は訴えています。情報公開の基本として自分の給料や活動も市民のみなさんに公開しています。
そして、「無所属・市民派」の議員は今の政治をなんとかしたいと考えている市民の人と一緒になって「政策」をつくります。なぜなら、議員は市民の「代弁者」だからです。決して、タレントでもリーダーでもアイドルでもないのです。
私も酒井孝江さんと一緒に男女平等政策や環境保護、公務員の職管理などの研究会をおこなっています。
酒井さんも私も、特別な存在ではありません。今、この地球上に生まれて、生活をしていて、出来る限り不公平をなくしたい、子どもやそのまた子どもに地球をきれいなまま残したい、こんな思いでできることを探しているのです。みなさんも、「アレッ?」思うことや「ムカツク!」と感じることを言葉にしてみてください。変えたいと思う人がいて、初めて何かが変わります。一人でできなくても、きっと仲間はみつかります。
私は昨年の1月に妊娠6ヶ月で2度目の選挙を行いました。そして、今度は9位で当選することができたのですが、茨木市役所の中に「授乳スペース」が誕生しました。
あなたにしかできないことがきっとあります。そして、もやもやを抱えている方、ぜひ酒井さんにメールを送ってみてください。あなたのもやもやを一緒に気持ちを寄せながら考え、行動してくれるはずです。