夢 〜Kanonより〜
夢。
夢を見ている。
長い長い夢の中で、ずっと何かを捜している。
それは一体、何だったろう。
答えは白く霞んだまま。
とぎれとぎれの記憶。
赤く染まった世界がよぎる。
そして、ボクは。
思い出に還ることを願う。
夕陽が駅前を照らしていた。
近くに積もった雪は赤く染まり、淡い色に反射する。
雪なんて、この街の冬では珍しくもない。ボクもそれには慣れている。
でも。
こうやって駅前のベンチで、ずっと誰かを待つことには慣れていない。
ボクは今、人を待っていた。いつも遊んでいる男の子と、今日もこの場所で会う約束をしていたから。
なのに。ボクの待っている男の子は、いつまでたっても姿を見せなかった。
約束の時間に遅れることはしばしばあったけれど、二時間も遅れるなんて事は今までになかった。
「・・・・・・何かあったのかな」
ボクは少し心配になる。
ここに来る途中で事故にあったりなんかしていないかな・・・・・・ふとよぎった考えを、ボクは必死に払いのけた。こんな暗い想像をしていたんじゃ、また色々なことを思い出して泣いてしまう。
きっとここに来れないのも何か別の事情があるからだよ。急用か何かができて、どうしても連絡のつかない状態にあるんだよ。
ボクはそう自分に言い聞かせた。
陽が落ちるにしたがって、外の気温はどんどんと低下していく。
「・・・・・・寒いし帰ろうかな」
今日は遅いし、待っていてもきっと来ないだろう。そう考えたボクは、ベンチを立って駅前を離れようとした。
そのときだ。
後ろから駆け寄ってきた誰かに、頭を小突かれた。
「うぐぅ。・・・・・・痛い」
「俺を放ってどこにいく気なんだよ。お前は」
ボクの耳に聞き馴染んだ声が響く。
「あれ? 祐一君」
振り返ったそこには、待っていた男の子・・・・・・祐一君がいた。
「『あれ? 祐一君』じゃないだろ。約束の場所から離れて、どこにいく気だったんだ。お前がいなかったら俺はこの極寒の駅前で路頭に迷うだろう」
「いきなり人聞きの悪いこと言わないでよぉ」
「でも、事実だ。せっかく会いにきたやつがいなかったら、俺はすごく困るぞ」
「ごめんね」
あれ、どうしてボクが謝っているんだろう? 悪いのは、遅れてきた祐一君の筈なのに。
ボクは上目遣いに祐一君を見て言った。
「でも、今日はもう遅いし祐一君は来ないと思ったんだよ」
「あゆの中では、俺はその程度の認識の男なのか。俺は約束した以上は、何が何でも来る男だぞ」
「確かに来てはくれたけど、二時間も遅刻してるよ。このまま待ってたらボクだって、路頭に迷っちゃうよ」
「あゆ。人聞きの悪いこと言うなよ。少なくとも10歳の子供の台詞じゃないぞ」
「祐一君も同じこと言ったくせに」
不毛な会話に思えた。
「ま、遅れたことは謝る。ごめんな。それより今からでもどっか遊びに行こうぜ」
「いいけど、もうすぐ暗くなるよ」
冬の日の入りは早い。それはどこだって同じ。小学生のボクたちじゃ、あまり暗くなるまで遊んでいられない。
「今日はあの森には行けそうにないね」
「また木登りでもする気だったのか?」
「うん。あの木に登って、夕暮れの街を見ると綺麗なんだもん」
「あの場所はともかくとしても、木に登るのだけは嫌だな」
「祐一君は高い所が苦手だもんね。でも、勿体無いよ。すごく綺麗な景色なんだよ。ボク、一度でいいから祐一君とあの景色を眺めたいよ。・・・・・・そうだ、あの人形にお願いしたら叶うかな」
ボクはそう言って、キーホルダーになった小さな天使の人形をとりだした。この人形をくれた祐一君によると、持ち主の願いを3つまで叶えてくれる不思議な人形なのだとか。けれど・・・・・・。
「前にも言っただろ。願いを叶えるのは俺なんだから、俺にできないことは叶えられないぞ。だから、却下だ」
そういうことらしい。
「うぐぅ。もう少しは考えてくれてもいいのに」
「そんなくだらないことに大事な願いを使うなよ。願いはあと2つまでだろ」
確かにもう1つめのお願いはしたから、残りの願いは2つだけ。でも、今の願いにしたって、ボクにとっては大事だったんだけどね。
「とりあえずお願いは、また別に考えてみるよ」
「そうしておけ。それよりも今日は商店街に行こうぜ。そこでたい焼きを買ってやるから」
「わ。ホントに?」
「遅刻したお詫びだ。但し・・・・・・」
祐一君は悪戯っぽい笑みを浮かべると、急に猛ダッシュで走り始めた。
「たい焼き屋まで競争して俺をぬかすことができなかったら、たい焼きはあゆのおごりな」
「うぐぅ。それってヒドイよぉ」
ボクも必死になって祐一君の後を追いかけはじめた。
§
夕暮れの商店街は人がまばらだった。
お買い物に来ているおばさんたち横を、祐一君とボクは元気に走り抜けてゆく。
さっきまで寒かったけど、走ると少しあったかい。これだけ必死に走っていれば当然かもしれないけれど。
ボクは、まだ祐一君に追いつけなかった。だって祐一君は本気で走っているんだもの。あの調子だと、負けると本当にたい焼きをおごることにもなりかねない。だからボクも全力で走る。
けれどその途中。
誰かの泣き声が聞こえて、ボクは立ち止まった。
見ると小さな男の子が泣きながら歩いている。
その子はひとりぼっちで、泣きながら「おかあさ〜ん」と叫んでいる。
迷子だろうか?
ボクは思わず、その子の側に近寄った。
「ねえ、どうしたのキミ。おかあさんとはぐれちゃったの?」
男の子が驚かないように、そっと優しく訊ねてあげる。
すると男の子は、泣きながらも小さく頷いた。
「そうなんだ。それは心細いよね。どのあたりではぐれたかわからないかな?」
「・・・・・・わかん・・・ない」
首を横に振って、更に泣き出す。
その姿を見ていると、ボクの胸にも何かがぐっとこみ上げてくる。
おかあさんがいなくなる不安は、ボクにも嫌と言うほどわかるから。
「泣いちゃだめだよ。ボクも一緒におかあさんを捜してあげるから、泣き止もうよ。ね?」
このままではどうしようもないので、頭を撫でてなだめてあげる。
「でも・・・どこにいる・・・か・・・・・・わかんない・・・」
「大丈夫だよ。捜せばきっと見つかるよ」
ボクのおかあさんはもういないけれど、キミのおかあさんはきっとキミのことを捜しているよ。だから、きっと見つかる。
そう思ったところに、祐一君がこっちにやってきた。
「あゆ。何やってるんだよ」
「あ。祐一君。いいところへ」
「どうしたんだ、その子? 泣かして金品強奪か?」
「うぐぅ。違うよ〜」
「冗談だ。あゆの子供だろう」
「それも違うよ。第一、ボクはまだ子供なんて産めないよ」
「当たり前だ。お前が子持ちだったら俺は驚くぞ」
「だったらヘンな冗談言わないで」
祐一君とやりとりをすると、たまに疲れそうになる時がある。ボクたちがこんなやりとりをしている間も、男の子は泣いたままだ。
「こいつ泣き止まないな。せっかく俺とあゆが面白い漫才をみせてやったのに」
「うぐぅ。あれって漫才だったの。それに全然面白くないよ〜」
「芸人としての未熟さを痛感するな。まあ、それよりも、その子どうしたんだ?」
「おかあさんとはぐれちゃったみたいなの」
「迷子ってやつか」
「そうみたい。どうしたらいいかな、祐一君」
ボクが困ったように訊ねると、祐一君は自身満々に答えた。
「迷子の子供は交番に連行するに限る」
「・・・・・・それはそうだけど、連行って響きは何か嫌だね」
「気にするな」
そう言うと祐一君は、男の子に交番へ行くことを伝える。そこに行けば、おかあさんも捜しにきているかもしれないと。
こうしてボクと祐一君は、男の子を連れて駅近くの交番にまで戻った。
交番に行くと、男の子のおかあさんはすぐに見つかった。祐一君の言ったとおり、交番にも捜しにきていたようだ。
男の子のおかあさんによると、男の子にはおもちゃ屋で待っているように言ったはずなのに、いつの間にかいなくなっていたという。
きっと途中で不安になって、そのまま動いてしまったら迷子になったんだろうね。でも、おかあさんが見つかって本当に良かった。おかあさんに甘える男の子を見て、ボクはそう思うと同時に少し寂しさも感じた。
ボクには、甘えるおかあさんがもういない。
夕暮れの中、しっかりと手を握って帰るあの母子を見ていると、ふと涙が溢れそうになる。
「あゆ。また、しょっぱいたい焼きを食べる気か?」
「え・・・・・・どうして」
「目が涙ぐんでるぞ。泣きながらたい焼きを食べても、しょっぱいだけだぞ」
「うぐぅ」
ボクは本当に涙が溢れてこないうちに、目をごしごしとこする。
「それにしてもさっきの子供、あゆと一緒だな」
「どこが?」
「ちゃんと待ってろって言われてるのに、勝手に動きだすんだからな。捜すほうは手間だぞ」
「・・・・・・でも、今日の祐一君の場合は別だよ。2時間も遅刻したら、普通はこないと思うもん」
「それに関しては一応謝っただろう。だから今度からはちゃんと待っていろよ。俺は何が何でも約束だけは守るから」
「だったら、約束の時間にも遅刻しないで欲しいよ」
「・・・・・・善処する」
大袈裟に肩をすくめる祐一くんを見て、ボクは笑った。
ボク、ちゃんと信じているよ。祐一君は大事な約束はちゃんと守ってくれる人だってことは。
祐一君と遊べるのは冬休みの間だけだけど、来年もこの街に遊びに来るって約束したもんね。指切りだってしたし。
それに、天使の人形にだってお願いした、ひとつめの願い。
冬休みが終わって、祐一君が住んでいた街に帰っても、ボクのことを忘れないでくださいという願い。
祐一君がボクのことを覚えていてくれたら、ボクも絶対に祐一君のことを忘れないよ。
そして、ボクはずっと祐一君が来るのを待っているよ。
それが約束だから。
「さ、祐一君。たい焼きを食べに行こうよ」
ボクはそう言うなり、さっきの祐一君みたいに走り出した。
「先にたい焼き屋についたら、たい焼きは祐一君のおごりだからね」
「先に走り出すなんてずるいぞ。あゆ」
自分のことは棚にあげて、そんなことを言う祐一君。相変わらずだなあと思うけど、そんな祐一君だからこそ、一緒にいて楽しいんだと思う。
それにどちらがたい焼きをおごるかなんて関係ない。ボクは祐一君と一緒に大好きなたい焼きを食べれるだけで嬉しいから。
夕陽は落ちて、もうあたりは暗かった。
でも、ボクたちの笑い声だけは、とても明るく商店街に響く。
夢。
夢を見ている。
終わりのない夢の中。
いくつもの夢を漂いながら、何かを捜している。
それは思い出のかけら。
それとも幸せの記憶。
答えは白く霞んだまま。
けれど。
一つだけわかること。
ボクはずっと待ちつづけている。
大切な人を。
ずっと、ずっと。
あとがき
ふう。あっという間に仕上がってしまいました(実質4時間)。「Kanon」というゲームより、月宮あゆの話を書いてみました。
ゲームのネタバレはあまりしていませんが、ゲームを遊んでいる方がより一層わかりそうな話です。ちなみに今回の話は、読んだ方ならおわかりかと思いますが、月宮あゆの子供時代のお話です。ゲーム内でも子供時代の回想っていうのはありましたが、そのうちの一篇だと思ってくれれば幸いです。
ネタを単純にして、その雰囲気だけでも楽しんでもらえたらと思い、こういう話にしました。あゆも祐一もそのまま書いてても楽しい奴ですから、そのやりとりだけでもちょっとしたお話にはなると思います。
以前書いた美坂姉妹の話とは対照的にしたかったので、あまり答えらしいものは示していません。あゆのお話に関しては、それぞれで思うことのある人もいるでしょうからね。それにこの方が、ゲームを知らない人の興味もひけるかも(笑)
・・・・・・でも、まだまだ未熟者ゆえ、どこまで伝わるか心配だったりして。かといって思いきりネタバレするわけにもいかないし。
とはいえ、個人的には気に入ってますけどね。
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