クリスマスの忘れ物
12月26日。
クリスマスという一大イベントが終わり、街は年越しの装いへとその姿を変えていった。
街の至るところにあったツリーやイルミネーションは撤去され、夢のようだった空間にぽっかりと穴が開いたようだ。
綾瀬まりあは買い物先の大手ショッピングセンターで、その変貌ぶりを少し寂しい気持ちで見つめていた。
「もうどこもお正月前って雰囲気ですね」
彼女は隣にいる義理の姉、綾瀬さやに何気なく呟いた。
「そうね。皆、年を越す準備で忙しそう」
さやが柔和な笑みを浮かべながら頷いた。
店にきている主婦たちは、家庭の年越し準備のため、それはもう沢山の品を買っていく。おせち料理の材料や大掃除の道具、しめ縄や鏡餅などなど…………。
「わかってはいたことですが、こうもすぐに街の様子がかわっていくのって何だか寂しいですよね」
目を細めて呟くと、さやがそっと訊ねてきた。
「まりあちゃん、センチメンタルな気分?」
「ほんの少しだけです。」
苦笑しながら言う。センチメンタルと言われるほど、ひどく感傷的な訳ではなかったから。
「そう。でも、わたしも同じ気持ち。……そういえば、この前お店でやったパーティーでも、葉子ちゃんが同じようなことを言っていたわね」
さやがそれを思い出して笑った。
二人は“さくら”という名前の紅茶専門の喫茶館を経営しており、さやはそこの店長をしている。そしてこの前のクリスマス・イブは、常連のお客様などを招いてささやかなパーティーを行ったのだ。その時、客のひとりとして来ていた葉子ちゃんという女の子が、クリスマスからお正月へ移り変わっていく様子が切ないと話していた。
「クリスマス明けは私たちみたいに思う人も多いってことですよね」
「夢みたいに続いた光景が、一夜あけると様変わりするんだもの。キツネさんにつままれたような気分なのかも」
「私たちがこれまで感じていたクリスマスが、夢とか幻だったら嫌ですね」
「わたしは夢や幻でもいいと思うわよ。それがちゃんと楽しいものであったのなら、素敵であることにはかわりないもの」
さやの言葉を聞いて、まりあは「なるほど。それも一理あるなあ」と思った。
この年齢の近い義理の姉は、まりあ以上に純粋で子供っぽい。でも、その和やかな一面にまりあは惹かれていた。
「それに夢や幻なら、直人さんが出てくる可能性もあるでしょう?」
さやが目を閉じてそっと呟いた。
直人というのは彼女の夫で、まりあの実の兄である。しかし、その彼は結婚から三ヵ月後に交通事故で亡くなり、今のさやは未亡人なのだ。
本来ならば綾瀬の家に縛られる必要はもうないのだが、幼くして父母も失っている未成年のまりあのことを心配してか、ずっと側にいてくれることを選んでくれた。
もっとも、まりあはまりあで彼女の厚意に甘えっぱなしのつもりはなかった。さやが側にいてくれるのなら、自分は兄にかわって彼女を支えようと思っているから。
こういうのもなんだが、さやは箱入りのお嬢さまみたいな所もあって、まりあ以上に世間知らずな面があるのだ。そんな彼女をまりあとしては放っておけなかった。
「……あ。ごめんなさい。わたし、また勝手な事を言っちゃったわね。夢や幻でもいいだなんて、直人さんにも失礼だわ」
さやが我に返ってまりあに謝る。
「気にしないでください。さやさんが兄さんのことを未だに大事に思ってくれているということなんですから」
まりあは優しく言ってあげた。
「それよりもさやさん。お買い物前に軽く食事していきませんか? 少し小腹が空いてしまいました」
「うん。いいわよ」
「それじゃあ上のレストラン街にいきましょう」
二人はこのショッピングセンター四階にあるレストラン街へと足を運んだ。
そこでは軽食がとれるような喫茶店に入り、サンドイッチや紅茶を注文する。そして品が運ばれてくると、二人はそれをお腹の中におさめていく。
「やっぱり紅茶は自分たちの店の方がいいですね」
レモンティーに口をつけながら、まりあが小声で呟いた。
紅茶専門の喫茶店を経営し、普段から美味しい紅茶に慣れている身としては評価も厳しくなるというものだ。
「こだわりには欠けるかもしれないけど、味はそんなに悪くはないわよ」
さやが微笑みながら言う。
紅茶にかけては一流ともいうべき腕を持つ彼女だが、それを鼻にかけることもなく謙虚に振る舞う姿勢は、いつもながら感心できた。
「それにしても今日は残念だったよね。雨になってしまって」
まりあは話題を切り替えた。彼女たちの側には雨に濡れた傘が、それぞれ傘袋に入って置かれている。
「ええ。せっかくお店の定休日ですのに」
本当ならば今日は、店の従業員たち四人で動物園にいく予定だったのだ。しかし生憎の大雨で中止となった。
「しおりちゃんも残念がってました。数日前からパンダの子供を見るんだって張り切ってましたし」
「そうよね。でも、また近いうちに機会をみて行きましょう。パンダの子供もそれまでに消えたりはしないでしょうし」
「そうですね」
まりあが頷いたそのときだ。
「あ。ねぇ、まりあちゃん、あの壁みてみて」
さやが店内の入り口にある壁を指さした。そこには一枚のポスターが貼られている。
【ハッピー☆クリスマスセール2006
12月1日〜25日まで】煌びやかなクリスマスツリーの写真を背景に、そんな文字が描かれたポスターだった。
「あれって……はずし忘れですよね」
「そうみたいね。でも、なんだかちょっぴり嬉しくならない?」
「嬉しくですか?」
まりあは首をかしげた。さやの言う意味がよくわからなかったから。
「ええ。なんとなくクリスマスの名残が感じられて。ああいうのが残っているのをみると、わたしたちの感じていたクリスマスが夢でも幻でもないと実感できるし」
さやはクスリと笑いながら言った。
「なるほど。そうですね。急激に何もかも変わっていないんだっていう気もします」
「さしずめクリスマスの忘れ物ってところかしら」
楽しそうにそう表現するさやを、まりあは微笑ましく感じた。
この年上の女性は、自分以上に夢いっぱいに溢れている気がして。
「そうだわっ」
ポンっと手を合わせて急に大きな声を出すさや。まりあはきょとんと訊ね返す。
「な、なんですか?」
「よければ他にもクリスマスの忘れ物を探してみない?」
「買い物はどうするんですか?」
「勿論、お買い物をしながらよ。きっとこのショッピングセンターの中に、まだクリスマスを感じさせるものがあるかもしれないわ」
まるっきり子供じみた提案ではあったが、特にそれを断るような理由は見つからなかった。
それに、もう終わったと思われるクリスマスの名残を感じることができたなら、徐々に今年のクリスマスとお別れしていくという気持ちの整理にもなる。唐突なお別れで寂しい気分になるよりは良いように思えた。
なので、まりあもその提案に乗ることにした。
§
さて、クリスマスの忘れ物……もとい、名残はどこにあるだろう?
喫茶店を出たまりあとさやの二人はまずそれを考えた。
闇雲に歩きまわるのも悪くはないのだが、これという場所を絞った方が良いようにも思える。
「いざ考えると案外思いつきませんね。大抵の場所はポスターも貼りかえられているし、ツリーや飾りも見事に片付けられています」
まりあは館内のフロアを見渡しながら言った。
「玩具売り場なんてどうかしら? クリスマスといえば子供へのプレゼントだし、もしかしたらまだ何かあるかも」
なるほど。それもまた一理ある。まりあは頷くと同時に、エスカレーターの方へと歩いた。
「三階にあるようだし寄ってみますか」
「うん♪」
こうして二人はひとつ階をおりて、三階の玩具売り場へとやって来た。
だが、さすがにクリスマスの名残を感じさせるものは目につかない。
「玩具売り場ってのはストレートすぎたかしら」
さやが少し寂しそうに言う。
「確かにこういう場所だからこそ、かえって片付けられるのは早いのかもしれませんね」
「残念だわ」
「まだ他の場所もあることですし、諦めずに…………」
そこまで言いかけて、まりあは「あっ」と言葉を続ける。
「さやさん、あれを」
「うん?」
まりあが視線を向けた先は、玩具売り場のレジカウンターだった。そしてその奥のテーブル台の上には、クリスマスプレゼント用の包装紙がまだ置かれてあった。
さやの顔はぱっと輝く。
「やったわ。まりあちゃん、お手柄。あれは四点くらいね」
「四点?」
「あ、いきなりごめんなさい。見つけたものによって五点満点で点数つけてみたら面白そうかな〜って」
いきなり突拍子もないことを言い出す彼女だが、そこがまた微笑ましいなとまりあは思った。
「四点ということは結構な高得点ですね」
「うん。さっきわたしが見つけたポスターは三点くらいで」
点のつけ方の基準が今ひとつわからないが、楽しそうな雰囲気ではあるので余計な異論は挟まない。
「次は書籍売り場なんかどうです?」
「いいわね。もしかしたらクリスマス関連の本とかも残っているかもしれないし」
まりあの提案にさやも笑顔で頷いた。
こうして今度は書籍売り場へと移動する。だが、ここでも当然ながら、わかりやすくクリスマスの名残を残したものは見つからなかった。せめて絵本コーナーだけにでも、それっぽい本が残っていても良さそうなものなのだが…………。
「冬がテーマのものはあっても、サンタクロースやクリスマスってものはもう見当たりませんね」
近くに置かれた絵本を軽くめくりながら、まりあが言った。
「こういう中で、一冊でもクリスマス関連のものがあったら高得点なんだけどね」
さやはそう言いながらも、目に止まった絵本に夢中の様子であった。目がきらきらとしている。
「改めて見ると、幼い頃に読んだ絵本も結構ありますね」
それ以外にも子供の頃に買った絵本のシリーズが未だに続いていたりして驚いたりもした。
「懐かしい気分になるよね」
「ええ。最近ではこういうものに触れない分、不思議な感じがします」
「うふふ。でも、大人だからこそこういう絵本には触れるべきだと思うわよ」
「そういうものですか? 大人向けの絵本ならまだしも、こういう児童向けの絵本は余程それが好きじゃないと近寄りにくいですよ」
別に絵本が嫌いという訳ではないのだが、幼稚園児とかに混じってそれを読み漁るのには少し抵抗があった。自分が母親とかになっていれば、そういう気持ちも薄らぐかもしれないが。
「わたしはそういう羞恥心って勿体ないと思うわ。児童向けの絵本だからこそ、大切な気持ちや想いが沢山詰まっているもの。大人になってそれを読むと懐かしい気持ちにもなるし、考え方の幅も広がっているから色々な捉え方ができるのよ」
「そういうものなんですか?」
まりあはそう言って、改めて手に取った絵本をじっくり読んでみた。
そして最後には「ふむ」と頷く。
「ちょっと納得です。子供の頃はただ単純に絵とかが楽しかった感じでしたが、今は別の温かさも感じました。これは自分が大きくなったからこそ感じるものなんですね」
「そういうことよ」
さやは優しく微笑んだ。
と、そのときである。
「あれ。店長にまりあさんじゃないですか?」
鈴のように愛らしい声が二人の横からかかった。見るとそこには小柄なショートカットの少女が立っている。喫茶館“さくら”のアルバイト店員にして、まりあの高校の後輩である上条しおりだった。
「まあ、しおりちゃん。あなたもここに来ていたのね」
「はい。文具売り場に画材を買いにきていたので」
そう言ってしおりは、さやに文具店の袋を見せる。
「店長とまりあさんはお買い物ですか?」
「そんなところ。年越しに必要なものを揃えておこうと思って」
まりあが答えた。
「そうでしたか。でも、こんな場所で絵本をみているなんて意外でした。わたしならいざしらず」
しおりはまだ高校生だが、将来は絵本作家を目指しているということだった。故に絵本への興味が深い。
「ま、ここに来たのはちょっとした理由からなんだけどね」
まりあは彼女にクリスマスの名残を探しているという話をした。
「それは楽しそうですね。でも、残念ながらここにはもうクリスマス関連の絵本とかはないですよね。クリスマス前までは、こっちの方の棚に特別コーナーが設けられていたのですが…………」
しおりが目を向けた先の棚は、お正月向けの絵本コーナーにかわっていた。
「一、二冊くらい片付け忘れがあってもいいのにね」
さやがポツリと呟いた。
「こういう大きな書籍売り場だと期間物の入れ換えは早いですからね。でも、特にコーナーを設けていないような小さな街の書店とかなら、残っていることがたまにありますよ。駅前商店街の牧野書店とか」
「さすが詳しいわね」
まりあが感心したように言う。きっとしおりは色々な本屋の状況を把握しているんだと思う。
「そんなたいしたものではありませんよ。たまにそういうのを見かけるっていうだけですから」
しおりはそこで一旦言葉を区切り、そのまま次のように言葉を続ける。
「あ、もしお二人がよければ、私もクリスマスの名残さがし、ご一緒しても構いませんか?」
「うん。わたしは構わないわよ」
「私も断る理由はないですね」
さやとまりあが頷くと、しおりは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます。それならまず、私が既に見つけているクリスマスの名残とかがあるのでそこに行ってみましょうか」
こうして二人はしおりに案内されるまま、その後に付き従った。
最初にやってきたのはエレベーターホールの近く。そこの天井にはトナカイのソリを模した飾り物が忘れられていた。
その次は、文具売り場の奥まった一角にあるダンボールの中。そこにはこの売り場で飾られていたであろうクリスマス飾りが、無造作に詰め込まれたまま放置されていた。
さやはそれらを見るたびに興奮したようにはしゃぎ、三点、四点と点数をつけた。
「すごいわ。しおりちゃん。名残さがしの名人さんね♪」
「どうせならもっと人のお役に立てる名人になりたいですよ」
さやの言葉に苦笑するしおり。
「でも、しおりちゃんは充分役に立っているわよ。しおりちゃんが加わってくれてより楽しい気分になれたんだから」
「まりあさんまでおだてないでください」
「おだててないわよ。本心で言ってるんだから」
照れくさそうなしおりに、まりあはクスっと微笑んだ。
少なくともまりあにとって、さやが楽しそうにしているのを見るのは嬉しいものがあった。そして、その楽しい気分を盛り上げてくれたのは、しおりの案内もあったればこそなのだから。
他にも館内を巡っていると、似たような飾りの外し忘れは結構みつかったが、最高の五点満点のものはまだみつからなかった。
だが、そうこうするうちに時間もそれなりに経ってしまったので、三人はクリスマスの名残さがしを一旦打ち切ることにする。
「五点のものが見つからないのは残念だけど、そろそろ本来のお買い物も済ませないとね」
「そうですね。このままだと帰る頃には日も暮れてしまいます」
まりあも頷いた。
こうして三人は地下の食料品売り場へと足を運んだ。
しかし、そこで三人の目にいきなり飛び込んできたものは、お菓子を詰め合わせたクリスマスのフェルトブーツだった。
売れ残りの処分ということで「特価半額!」という札が貼られている。
「ありがちといえばそうですが、ちょっと意表をつかれました」
気分を入れ換えた矢先に遭遇したクリスマスの名残に、まりあは苦笑した。
「でも、なんだか素敵だわ。これは五点くらいあげちゃってもいいかも。思い出に買ってしまいましょうか」
さやがブーツを手に取りながら嬉しそうに言う。
「いいですね。では、私もひとつ買うとします」
「あ、しおりちゃん待って。わたしが皆の分を買ってあげるわ」
「いいんですか、店長?」
「半額で安いんだし遠慮なんてしないで。ついでにふみかちゃんの分も含めて四つ買いましょう」
さやは今ここにいないもう一人の店員の名を挙げると、ショッピングカートの中に四つのブーツを入れる。それでこの売れ残りのお菓子も品切れとなった。
「すみません、さやさん」
「ありがとうございます、店長」
まりあとしおりはそれぞれ礼を述べた。
「気にしないで。わたしも皆との思い出ができて嬉しいんだから」
さやが天使のような笑みを浮かべてそう言った。
その後は、三人とも普通に食材の買い物を済ませたのだった。
§
重い荷物を抱えてショッピングセンターを出ようとした時、これまた偶然にも知っている人間と出くわした。
紅茶館“さくら”の四人目の店員、夕月ふみかである。
「三人お揃いとは驚きました。皆さん、どうなされたのですか?」
ふみかは、まりあたちと出会うなりそう言った。
「わたしとまりあちゃんで買い物に来たんだけど、途中で立ち寄った書籍売り場で、しおりちゃんとばったり出会ったのよ」
さやが微笑みながら説明する。
「そうでしたか…………てっきり私ひとりだけ除け者にされていたのかと」
ポツリと無表情に呟くふみかに、さやが大慌てで弁解する。
「そ、そんなことないわよ。しおりちゃんと会ったのは本当に偶然なのよ〜。ふみかちゃんを除け者にしようなんて思ってないわよ」
「すみません。冗談ですからそんなに慌てないでください」
少し困惑の表情を浮かべ、ふみかはさやをなだめた。
「もう、ふみかさん。あんまり、さやさんを虐めないでください」
まりあも苦笑しながら言った。
ふみかはただでさえ、あまり表情をおもてに出す女性ではないなのだ。無表情にあんな冗談を言われては、彼女のことを知らない人間や、馬鹿正直な人間はドキっとする。
もっとも、彼女が信用に値する良い人間であるということは、まりあが自信を持って断言するが。
「ふみかさんも今日はお買い物なんですか?」
しおりが訊ねた。
「いいえ。そばを食べてきただけ」
「そば…………ですか」
「うん。そば。美味しかったですよ。ニシンそば」
淡々と言われる。
彼女が何を食べてこようが自由だとは思うが、モデル並の容姿を持ったお洒落な女性がニシンそばというのもシブい気がした。
「それより、店長たちはこれからお帰りですか?」
「うん。そうだけど、ふみかちゃんは?」
「私もこれから帰るところです。よければ車で送ってさしあげましょうか。外はまだ雨が降っていることでしょうし」
「いいの? そうしてもらえると助かるけど」
「お安い御用です。私と皆さんの仲ですから」
こうして四人は彼女の車が止められている駐車場へと歩いた。
その途中で、今日はクリスマスの名残をさがしていたことや、ふみかの分のお菓子詰め合わせを買ったことも話す。
「なるほど。クリスマスの名残ですか」
「ふみかさんは今日、そういうものを見かけたりはしませんでしたか?」
まりあが訊ねると、彼女は少し考えるような仕草をする。そして。
「ここではありませんが、ひとつだけそれを感じさせてくれるものを見ましたよ」
「それはどんなものです?」
「口で説明するよりは、現物をお見せした方がいいかもしれませんね。おそらくまだ残っていると思いますから」
ふみか曰く、それは隣町にあるらしい。なので車で少し寄り道してくれることになった。
四人は彼女の車に辿り着くと、早速それに乗り込んだ。赤い軽自動車である。
そして、ふみかの運転で隣町まで向かう。
外は日も暮れて、辺りは夜の時間へと移り変わっている。そのときだ。
「あれ。外の雨、雪になってませんか?」
しおりの言葉どおり、外の雨もいつのまにか大雪へと変わっていた。それはこの街に降る今年の初雪でもあった。
「どうりで冷えるわけだわ」
まりあも雪を見つめながら呟く。
今は車の中の暖房が心地よい。ふみかに送ってもらえることになったのは本当に幸運というべきだった。
それから隣町への到着には二十分近くかかる。
生憎の天気で普段より車が多いことに加え、この時間の道路混雑も重なっていたからだ。
ふみかは隣町の駅前にあるロータリーで車をとめた。
「私の見つけたクリスマスの名残はアレです」
ふみかが運転席から指差した場所は、ロータリーの丁度ど真ん中だった。
そこにあるものを見て、まりあ達は「わぁ〜」と声をあげた。
真っ白な雪に包まれて、大きなクリスマスツリーが残っていたのだ。ライトアップこそされていないが、玉や星の飾りは取り払われていない。
「すごいわ。とても大きなクリスマスの忘れ物ね。あれは文句なしに五点満点♪」
さやが感動するように言った。
「私たちの街では殆どのものが撤去されていたのに、よくここだけ残っていましたね」
まりあも素直に感心した。
「今日は昼前からの雨量が増えましたから、撤去作業が中止になったんだと思います」
ふみかの説明に、残る三人も納得とばかりに頷いた。確かにあれだけ大きなツリーを大雨の中で撤去するのは大変な作業だ。
「なんだか嬉しいですね。最後の最後でこんな大物もみつかって」
しおりが目を輝かせながら言う。
「そうね。もう今年のクリスマスツリーを見ることなんてないと思っていただけに、ちょっと感動ね」
まりあも深く頷いた。
ちょっと感動とは言ったが、胸に押し寄せるこの気持ちは“ちょっと”なんていうものではないかもしれない。
最初は今日の大雨を残念に感じもしたが、今はこの天候にも感謝したい気持ちだった。
それから四人は心ゆくまでツリーを眺め、最後にはそのクリスマスの忘れ物に別れを告げた。
〈了〉
【あとがき】
やっちゃいました。
このまえの「冬の街で」を最後に、
2006年内の更新は終わりとか言っていたのに、こうやったまた突発的に短編を書いてしまうのですから。クリスマスが終わった翌日の夜、衝動的に書きたくなったんですよ。
それに、紅茶館“さくら”の面々がメインのお話も見たいっていう意見がいくつかあったんで、その要望にも応える意味でも一気に書き上げてみました。