冬の街で

 

 

〜それは何気ない一日〜

 

 

 

 冬のはじまり。

 特に11月〜12月という時期は、特別な気持ちになることが多いと思いませんか?

 その時期は普段見慣れた街並みが、ほんの少し華やいだ色をみせます。まるで街全体がお洒落でもしているかのように。

 クリスマス前というのも大きな理由でしょう。どんな小さな街にだって、駅近くの繁華街にはツリーやきらびやかなイルミネーションが飾り付けられていますから。

 でも、そんな華やかな一方で、どこか切ない気持ちになるのもこの時期の特徴です。

 長いようで短い一年が終わることを寂しく感じているのかもしれません。

 けれど、わたしはこの切なさも嫌いじゃありません。そういう気持ちになるということは、それだけ今の季節を心いっぱいに感じているという証拠だと思うからです。

 どんなに忙しくても、いまこの瞬間にしか感じられないものを見逃すなんて勿体ないと思いませんか?

 もしかしたら、気づかないところに素敵な冬があるのかもしれないのですから。

 

 

 今日わたしは、駅前でお友達と待ち合わせをしています。通っている大学も冬休みを迎え、家でのんびりしているのも何なので外に出ることを決めたのです。

 約束の時間より早く着いてしまったわたしは、ベンチに座ってお気に入りの詩集を読んで待ちます。

 寒さなんてへっちゃらです。むしろ、ひんやりした冬の空気は頭の中をはっきりさせて、詩集の内容もしっかり入ってきます。

 でも、あまりに没頭しすぎてまわりがみえなくなることもあったり。

「おりゃ! いつになったら気づいてくれるのよ」

 そんな言葉と共に目の前の頭上からベシッっとチョップがふってきました。容赦がないから案外痛いです。

「あいたたた〜。あれ、葉子ちゅんいつのまにいたのですか?」

 頭をおさえて顔をあげると、そこには待ち人である友達の葉子ちゃんが立っていました。

「五分くらい前からあなたのまわりにいたわよ」

「なら声をかけてくれればよかったのに」

「あなたがいつ気づくか試してみたかったのよ。でも、こんなにも鈍いだなんておもわなかったわ」

「鈍いっていうのはちょっとひどい言われ方のような。せめて集中しているとか言って欲しいです」

「いんや。あなたのは鈍いで充分。目の前で手を振っても、耳元に息吹きかけても気づかないなんて鈍すぎるわ。ここまで鈍いとヘンなおじさんにスカートをめくられて、パンツを脱がされても気づかなそうね」

「…………さすがにそれはないですよ」

 それ以前に葉子ちゃん、そんな下品で恥ずかしくなるような例えは勘弁してほしいです。

「どうかしらね。あなたってどことなく……いや、かなりのほほ〜んとしてて危なっかしく思える時があるわよ」

「そういうものですか? でも、本当に危ない時には葉子ちゃんが助けてくれますよね?」

「そりゃまあ、あたしにできる範囲でならね」

「嬉しい。それならばわたしは幸せ者です。“空気と光と友人の愛。これだけ残っていれば気を落とすことはない”とのことですから」

「何それ?」

「ゲーテの詩集にある言葉です」

 わたしは笑顔でそう言いました。葉子ちゃんは少し苦笑顔です。

「百合奈って本当にゲーテが好きねえ」

「心に響く深い言葉は多いですよ。なんでしたら今度ゲーテの著書を数冊貸しましょうか?」

「遠慮しとく。そんな本を読んだら数分で枕にして寝ちゃうのが関の山だから」

「それは残念です……」

「いいの。第一、ゲーテの心に響く言葉とやらは、あなたがいつも引用して使うじゃない。だから読まなくてもあたしの中には伝わってくるしね」

 さすが葉子ちゃん。見事な切りかえしです。

「そんなことよりここを動きましょう。別にゲーテの話をしにきたんじゃないんだし」

「そうですね」

 わたしは頷いて立ち上がった。

「で、今日はどこに行くの? 昨日の電話ではなんか探しものがあるっていってたけど」

「とりあえず今日はこの街を歩いてまわる予定なんです」

「こんな地元で買えるようなものなの? 買い物ならもっと大きな街にでも出たほうが」

「ああ、別に買いたいものがある訳じゃないんですよ。今日はこの街の素敵な冬でも探そうと思って」

「へ?」

 葉子ちゃんは露骨に眉をひそめます。でも、こんなのはいつものこと。

「この街を歩いて、この季節にしか感じられないものを見つけたりしませんか。住み慣れたこの街だからこそ、新しい発見があればもっとこの街が好きになるかもしれませんよ」

 わたしは笑顔でそう言いました。

「うむぅ。騙された気分。そんなどうでもいいことするためにあたしはほいほい来ちゃったのね」

「きっと楽しいですよ。だから一緒に行きましょう」

 葉子ちゃんの手をとってくいくいっとひっぱる。

「仕方ないわね。いいわよ、特別に付き合ってあげる。但し、楽しくなかったら何か奢ってもらうからね」

 彼女は諦めにも似た溜め息をつきます。

「午後のお茶くらいはご馳走しますよ」

 こうしてわたしたちは冬探しに出発しました。

 

 

§

 

 わたしたちの住む街は、大きいこともなければ、小さすぎるということもない中規模の街です。

 駅周辺には大手のショッピングセンターがありますし、都心部へのアクセスも30分程度なのでそれほど不便ではありません。あと、いくつかの学校関連の施設があるせいか、わたしたちと年齢の近い学生の姿もよくみかけます。そして、そんな若者たちを対象とした洒落た店などもいくつかあったりします。

 わたしと葉子ちゃんはまず最初に、行きつけのスープカレーの店に入って昼食をとりました。お腹が空いていては歩く元気も出ませんし、身体だって温めてしまおうという考えです。

 昼食後は店を出て、表通りの商店街を歩きます。クリスマス前なので、いくつかの店ではツリーやサンタクロースの人形が当然のように目に付きます。サンタさんやトナカイさん、雪ダルマさん等が描かれたイラストなんかも可愛いのが多くて胸がキュンとなります。

 ケーキショップにはクリスマスケーキ予約承りのポスターも貼られていたりして、そこに載せられた今年のクリスマスケーキの写真にも目が惹かれたり。

 だって、どこのお店もクリスマス限定の素敵なケーキを出したりするのですから、今年はどんなデザインのものが並ぶのかを知るだけでも楽しいです。けれど、葉子ちゃんはそれだけでは不満なご様子。

「確かに毎年のケーキのデザインとかは楽しみではあるけど、いいな〜って思ったものが全部食べられる訳じゃないでしょ? だから眺めるだけ虚しく感じる時があるのよね」

 葉子ちゃんは花より団子なのです。

「わたしは目でみて楽しむだけでも満足ですよ。甲乙つけがたい中から、どれにしようか悩んで選ぶのも好きですし。“喜びには悩みが、悩みには喜びがなくてはならない”ということです」

「またゲーテ?」

「ええ。ファウストからの引用です」

「なんだかわかるようなわからないような言葉ね。少なくとも、あたしが欲しいのはそんなまわりくどい言葉じゃないわ。沢山のケーキを食べても太らないような方法とか教えてくれるほうが、よっぽどためになる」

「葉子ちゃんのそういうストレートなところって良いと思います」

「妙なところで感心しないでよね。……それよりさ、どこか目的地きめない? このままあてもなく外を歩くのって寒いしさ」

「なら、本屋さんはどうでしょう」

「いいけど、また詩集でも買うつもり?」

「いいえ。クリスマスの絵本を眺め……」

「却下ぁっ!」

 わたしが言い終える前に葉子ちゃんが大声で言いました。

「どうしてですか? クリスマスの絵本を読んだりするのって楽しいじゃないですか。この時期にしかできないことだし」

「でも、絵本読み出したら、あなた急に泣き出したりするじゃない。先月だって本屋ですすり泣いちゃって、一緒にいたあたしはオロオロしまくりよ。他の客からも注目の的だし、恥ずかしいったらありゃしない」

「あの時は心配かけちゃいましたけど、別に悲しくて泣いてた訳じゃないので。胸の中にぽっと何かが灯るような温かさに感動しちゃうんです。ああ、なんて愛おしいんだろうって」

 絵本の中にこめられた温もりや優しさ。わたしはそれが大好きで仕方ありません。

 色々な国の作家さんが色々な作品を出していますが、人間の持つ優しさの根っこはどこの国の人でも同じなんだな〜と実感させてくれると思いませんか?

「葉子ちゃんも一度じっくり絵本読んでみたらどうですか。そしたらわたしの気持ちもわかってもらえるかと」

「絵本なんて子供の頃に沢山読んだわよ。お気に入りの絵本もあったから、あなたの言いたい気持ちもわかるわよ。でも、あなたがまた泣いちゃったら、その世話をするのはあたしなんだからね。そっちの苦労も考えて欲しいわ。という訳で本屋はまたあなたひとりで行ってね」

 葉子ちゃんはきっぱり言い切りました。そして。

「…………それよりもさ、あっちの“四葉堂”に入ってみない?」

 そう言って葉子ちゃんが指をさしたのは“四葉堂”という名の雑貨屋さん。そこもわたしたち行きつけのお店です。

「いいですよ。行ってみましょう」

 “四葉堂”に入ると、そこには数々の雑貨小物が並んでいます。店内にはオルゴールによるクリスマス音楽が流れ、クリスマス雑貨のコーナーも設けられていました。

「さすがにこの時期、色々あるわね」

 リースやクリスマスツリーに飾る小物。他にもオルゴールやぬいぐるみなどなど。そこはまるでサンタさんの国。

「葉子ちゃん、このトナカイさんの帽子なんてどうですか。可愛いと思いませんか?」

 わたしは手近にあったトナカイさんの角を模した帽子をかぶってみせました。

「それかぶるときは赤いペンキも必要よね」

「赤いペンキ? どうしてですか?」

「百合奈の鼻に塗るのよ。そうすればトナカイ度アップ間違いなし。みんなの笑いものにだってなれちゃうわよ」

 葉子ちゃんはちょっぴり意地悪さんなことを言います。でも、わたしもこのまま言い負かされるだけにはしません。

「わたしひとりじゃ寂しいから葉子ちゃんも一緒にしましょう。葉子ちゃんにはペンキじゃなくて、パトカーや救急車のサイレンを鼻につけてあげます。暗い夜道でもピカピカですよ」

「鼻にサイレンってどういう生き物よ、それ」

 苦笑する葉子ちゃん。わたしも冷静になってそれを想像するとちょっと怖かったり。

「あ、それよりもこっちも可愛くない?」

 次に彼女が手に取ったのはネコさんのぬいぐるみ。頭にはサンタさんの帽子をかぶり、大きなブーツの中からちょこんと顔と上半身を出しています。

「本当。可愛いです。この子、お家にお迎えしちゃいたいです」

 ふわふわ、もこもこの優しい手触り。「にゃお〜ん♪」って感じのお茶目な目元や口元。大きさ的にも悪くありません。

 こういうぬいぐるみは、直感で気に入ってしまうと中々忘れることができないものです。みつめればみつめるほど愛着が出てきちゃって、今もこのネコさんが“ボク、頑張ってお洒落してるよ。どう似合うかな〜?”なんて主張しているようにみえてしまいます。

 そんな風に感じてしまうと、もう心の中でブンブンと何度も頷きまくりです。

「むぅ。値段は少し高いわね。ここで出費すると後が大変かなぁ」

 葉子ちゃんは残念そうに呟きます。でも、わたしは。

「わたし、この子をお迎えしちゃいます」

「お。百合奈はお迎えしちゃいますか」

「ええ。ここで迷って後悔するよりは、いまこの瞬間の出会いを大切にしたいですから」

 わたしはネコさんをきゅっと抱きしめて言いました。

 と、その時です。

「百合奈ちゃん、葉子ちゃん、いらっしゃい」

 奥の方からエプロン姿のお姉さんが姿をあらわしました。このお店の店長さんである千晶さんという方です。

「こんにちは。おじゃましてます」

 挨拶をかえすと、千晶さんはわたしの腕の中にいるクマさんに注目しました。

「おっ、百合奈ちゃん。その子、気に入ってくれたのかい?」

「はい。とっても。あとで購入させてもらいます」

「それはお目が高いね。その子は今年のウチの店におけるオリジナル商品で限定10個しか作ってないものなんだよ」

「それもあって値段高めなんですか?」

 葉子ちゃんが千晶さんに訊ねました。

「まあ、有名な職人さんに依頼して作ってもらったものだしね」

「あともう少し安ければあたしも考えるんだけどな〜」

「それは暗に値引きを促してる?」

「はは。わかります? あたしたち常連客なんだし、ちょっとくらいサービスしてくれたら嬉しいかな〜なんて」

 さすが葉子ちゃん。堂々と値引き交渉を持ちかけるあたり、しっかりものさんです。

「一割引くらいならしてあげてもいいわよ」

「う〜ん。せめてニ割引」

「それは無理よ。葉子ちゃんに値引きしてあげたら百合奈ちゃんにだって値引きしてあげなきゃ駄目でしょ? おひとり一割引よ」

「あ。百合奈は別にいいんです。この子は元々、定価でも買うつもりだったようだし」

 確かにそのつもりですが、葉子ちゃんがそれを言うのはどうなのでしょう? わたしは心の中で苦笑しました。

 千晶さんも呆れたような顔をしています。

「まいったわね。でも、片方だけ値引きってのはどうしてもねぇ」

「こちらは気にしなくていいので、葉子ちゃんのだけでも考えてあげてください」

 わたしからもお願いすると、千晶さんはしばらく唸った後にポンと手を叩きます。そして。

「じゃあさ、今から二人で私のお遣い頼まれてくれる? そしたら両方とも二割ずつ引いてあげるわ」

「お遣いですか。何をするんです?」

 葉子ちゃんが訊ねると千晶さんはふふんと笑う。

「簡単な配達をしてもらうだけよ。紅茶館“さくら”まで特注のキャンドルとその他もろもろの品を運んで欲しいの」

 紅茶館“さくら”は、わたしたちも良く知った紅茶専門の喫茶店。四人の素敵な女性店員さんが運営する温かい雰囲気のお店です。

「どうする、二人とも?」

「わたしは構いませんよ」

「あたしもオッケー。それで値引いてもらえるならお安い御用ですよ」

「んじゃ決まりね。じゃあ、これを届けてちょうだいな」

 そう言って千晶さんは、カウンターの奥に置いてあった大きな紙袋を四つ渡してきました。

「ありゃ、結構重そう……」

 目を丸くする葉子ちゃん。

「そりゃあね。楽させてはあげないわよ。さあ、早速お願いしてもいいかしら? ぬいぐるみは包装しておいてあげるから、帰りにでも取りに来て頂戴」

 わたしたちはそれぞれ頷くと、千晶さんから二つずつ紙袋を受け取りました。

 想像通りずっしりと来る重さです。

 こうしてわたしたちは“四葉堂”を一度出て、紅茶館“さくら”まで向かうことにしました。目的の紅茶館は、ここから約十分ほどの距離です。

 荷物が重いので、普段より歩みの速度は遅くなりますが、それでも元気よく楽しげに歩きます。

「こんな重い荷物を運ばされているのに楽しそうね?」

 隣を歩いている葉子ちゃんが不思議そうに訊ねてきました。

「この苦労の後に、あのネコさんが待っているかと思うと自然と楽しくなってきますよ。それに……」

 わたしは葉子ちゃんの顔を見て、ニコリと言葉を続けました。

「こういうのもまた、今日の良い思い出になりそうですから」

「そういってくれると助かるわ。考えようによっては、百合奈を余計な苦労に巻き込んじゃったかなって思ったから」

「そんなの気にしなくてもいいですよ。わたしは今、本当に楽しいんですから」

「羨ましいわ。何でも前向きに考えられる百合奈が」

 葉子ちゃんは小さく溜め息をつきました。

「どうかしたのですか、葉子ちゃん。何か不満でもあるのですか? 楽しくないとか?」

「あ。ごめん。別にそういうつもりじゃないの」

 苦笑する葉子ちゃん。

「ただね、今が楽しくても、あと数日もすれば淋しい気持ちになる時が来るのよ。それがわかっているから何となく複雑でね」

「何かあるのですか?」

「あと数日もすればクリスマスが終わって、お正月を迎える準備に入るでしょう。街の景色も夢のような世界から一転、これまでのことが嘘だったかのように一気に様変わりしていく。そういうのって避けられないこととはいえ、切ないものがあると思わない?」

「なるほど。確かにその気持ちはわからなくもありません。クリスマス前はこれから何かが始まるっていうワクワク感がありますが、お正月前は色々あった今年が終わっていくという淋しさもありますから」

 わたしは静かに頷きました。

「でも、そういった淋しさも含めて、この季節ならではものだとわたしは思います。終わり行く年を惜しみながらも、残りの年内を一日一日愛おしく大事に過ごすんです」

「そういうふうに考えれるのってすごい気がする。あたしはそんなこと思うたびに切なさに押しつぶされそうになるわ。だから、結局いつも何も考えないようにするのよね」

 葉子ちゃんはそこで歩みを一度止めました。わたしも立ち止まります。

「でもさ、あたしは考えないようにするといいながらも、モロにこの季節の影響を受けちゃってるんだよね。切なくなるのが嫌で、何も考えないようにしてたのに、そう思った時点でもう既に手遅れなんだから」

 ちょっぴり悔しそうな彼女。その気持ちは痛いほど伝わってきます。

 だから、わたしはそっと言ってあげました。

「結局そういう気持ちって避けられないのなら、無理をしてでも今を楽しまないと損かもしれませんね」

「…………楽しむ。楽しむかあ。……そうよね。そうだよね」

 葉子ちゃんはそう呟くと再び歩みはじめました。

「百合奈。とっととこの仕事終えて、あたしたちのネコさんをお迎えにいきましょ。そして、もっともっと今日一日を楽しいものにするの!」

 どうやら少しは気合いが入ったようです。

 わたしは葉子ちゃんに笑顔で頷き、彼女の後を追いかけます。

 こうしてわたしたちは商店街を少し逸れ、桜並木が続く道へと差し掛かりました。このあたりは、春になれば桜の花が満開になってとても美しいのですが、さすがに今の季節は咲いていません。

 この通りを少し歩いていくと、わたしたちの目指す紅茶館“さくら”がみえてきました。そこは白い石壁の小さなお店です。

 近づくと、入り口の方には縦長の黒板が目に付きます。そこには可愛らしいイラストとちょっとしたコメントが日替わりで描かれているのです。

 【朝のニュース番組でパンダの子供をみました。あまりの可愛さに眠気もふっとんでしまいました。そこで次の定休日は、店の皆で動物園に行こうかという話に。パンダの子供たちと紅茶を一緒できたら楽しいのでしょうけど、さすがにそれは無理ですよね。えへへ】

 今日はそんなコメントと共にティーカップをもった女の子とパンダのイラストが描かれていました。

 わたしたちは店の扉をあけて中に入ります。すると。

「いらっしゃいませ〜」

 鈴のような愛らしい声と共に小柄な女の子が出迎えてくれました。この子はしおりちゃん。わたしたちより年下で、ここの最年少店員さん。入り口の黒板も彼女が毎日描いているらしいです。

「あ。葉子さんと百合奈さん。こんにちは」

「こんにちは。しおりちゃん。今日はお客じゃなくて“四葉堂”からのお遣いで来たのよ」

「え? “四葉堂”から?」

 そう言ったのは別の声。今度は奥から柔らかそうな物腰のお姉さんが出てきます。ここの店長であるさやさんです。

「さやさん、こんにちは。これ“四葉堂”から頼まれたお届けものです」

 葉子ちゃんはそう言って紙袋を見せました。

「あら。わざわざ届けにきてくれたの。あとでこちらから取りにいこうと思っていたのに。でも、どうしてお二人が? “四葉堂”でアルバイトでもはじめたのですか?」

「ちょっとした成り行きでそうなったんですよ。今日のみ限定です」

「そうだったの。なんにしてもお疲れ様。重かったし、外も寒かったでしょう? 何か好きな紅茶でも飲んでいってね。頑張ってくれたお二人にわたしからのご褒美です」

 さやさんは優しく微笑みながら紅茶を勧めてくれます。

 わたしは葉子ちゃんと顔を見合わせ頷きあうと、その厚意に甘えることにしました。そしてテーブルにつきます。

「今日のおすすめなんてありますか?」

「ニルギリなんてどうかしら。この季節に採れた良い品質の茶葉が手に入っているの」

「では、それでお願いします」

「あたしもそれで」

 注文を終えると、今度はしおりちゃんが小皿にのせたクッキーを持ってきてくれます。

「このクッキー。おやつ用に焼いたものなんですが、よければ食べてみてください」

「ありがとう。遠慮なく頂きますね」

 こういうさりげないサービスもちょっぴり嬉しいです。

 早速、クッキーをひとつまみ。うん。美味しい。なかなかいけます。

 葉子ちゃんの方も満足そうな表情です。

「いつもながらここのお店って和むわよね」

「ええ。雰囲気も落ち着いているし、店員さんの心遣いも素敵だし」

 なんというのか、このお店は素敵な家族のお家に招待されているような感じなのです。

 ここにいると時間の流れをゆっくり感じてしまえます。

 しばらくすると、さやさんがティーポットとカップを運んできてくれました。

「お待たせ。お注ぎしますね」

 さやさんは流れるような手つきで、すぅっとカップに紅茶を注ぎます。カップに満たされた飴色の液体から、良い香りがふわっと漂います。

「さあ、どうぞ。お好みでミルクやお砂糖もいれてね」

 さやさんが見守る中、わたしたちは紅茶に口をつけます。

 最初はちょっと熱いけれど、ほっとする温かさが身体中に染み渡っていきました。

「さやさんの淹れてくれた紅茶はいつも美味しいです」

 わたしが家で同じ事をやっても、ここまで見事にはできません。

「ありがとう。わたしにできることなんてこれくらいしかないのですけどね」

 恥ずかしそうに笑うさやさん。

「そういえば今日はまりあちゃんやふみかさんはいないのですか?」

 葉子ちゃんがさやさんに訊ねました。まりあちゃん、ふみかさんはこの店のあと二人の店員さんです。

「今、二人には買出しにいってもらってるの。そのついでに“四葉堂”にも寄ってもらうつもりだったのよ」

「そうだったんですか。でも、ある意味あたしたちが運んできて良かったのかも。他の荷物とこの荷物を合わせると、かなり大変だろうし」

「そうね。あんなに重いだなんてわたしも想像しなかったわ」

 苦笑するさやさん。

「あの荷物、特製キャンドルとか色々とは聞いていますが」

「キャンドル以外は、クリスマスのリースを作るための材料なのよ」

「リースを?」

「ええ。イブの日は希望するお客様たちと一緒にリース作りをしてみようかってことになって。ふみかちゃんが作り方とか指導してくれるみたいだし」

「それは楽しそうですね」

 わたしは感心しました。こういう企画も、このお店の家庭的な部分かもしれません。

「よければお二人も参加しませんか。それとももう予定が入ちゃってるかしら」

「あたしは予定はないけど、百合奈はどうなの?」

「わたしもお昼とかなら大丈夫です。夜は家族とパーティーだと思うので」

「なら是非遊びにきてくださいな。その日はサービスで、軽くつまめる食べ物とかも沢山用意しますし」

「じゃあ、参加させてもらいます」

 わたしたちがそう言うと、さやさんは手を叩いて本当に嬉しそうに喜んだ。

「嬉しい。これでまた賑やかになるわ♪」

 さやさんは自分たちより少し年上だけど、純粋な子供のような心を持っています。そこが可愛らして和んでしまいです。

 その時です。店の扉が開いて、まりあちゃんとふみかさんが帰ってきたのは。

「さやさん、只今帰りました」

 と、まりあちゃん。

「店長。こちらに“四葉堂”から遣いの方はこられましたか?」

 と、ふみかさん。

 まりあちゃんはわたしたちより年下。ふみかさんは年上。でも、二人ともしっかりした雰囲気の美人さんです。

 さやさん、しおりちゃんといった和み系とは対照的ですが、彼女達も素敵な心遣いを持った店員さんです。

「おかえりなさい。“四葉堂”のお遣いさんはちゃんと来てくれてるわよ」

 そう言ってさやさんはわたし達のことを説明してくれました。

 するとまりあちゃんが丁寧に頭を下げてきます。

「百合奈さん、葉子さん、わざわざすみません」

「気にしないでまりあちゃん。わたしも葉子ちゃんも自分たちのためにやったようなものだし」

「そうなんですか?」

「お遣い引き受けるのを条件に、欲しかったネコのぬいぐるみを割引してもらう約束だったのよ」

 葉子ちゃんが照れくさそうに言います。

「それは良かったですね。どんな感じのぬいぐるみなのですか?」

「サンタさんのブーツに入ったネコさんがちょこんと顔を出してるようなぬいぐるみです」

 そう答えるとさやさんが「わあ♪」と声をあげた。

「それは可愛いわね。百合奈ちゃんや葉子ちゃんの目にとまった子でもあるし、わたしも直に見てみたいわ。よければ今度のイブの日に一緒に連れてきてもらえないかしら?」

「それはかまいませんけど」

「やった〜〜。楽しみだわ」

「なら店長。フリッツ先輩の横にでも、そのネコさんたちの特等席を作っておきましょう」

 ふみかさんが言う。

 ちなみに彼女がいうフリッツ先輩とは窓際に飾られたテディ・ベアのことだったりします。立場としてはさやさん、まりあちゃんに続く三番目の店員さんということらしく、その後に店に加わったふみかさんは律儀にもそのテディ・ベアを先輩と呼んでいるのです。

「それは素敵ね!」

 さやさんも大賛成とばかりに頷きます。

 その後も少しの間、他愛のない歓談は続きました。

 けれどお遣いの報告を済ませるのと、ネコさんのお迎えにもいかなければならないので程々に切り上げて店を後にしました。

 

「とりあえずイブの日は楽しめそうね」

 “四葉堂”への帰り道、葉子ちゃんが言いました。

「ええ。今日は運が良かったです。こうして先の予定も決まりましたし、ちょっとわくわくしちゃいます」

「満足そうね。…………それよりも素敵な冬ってみつかった?」

「そうですね〜。答えてもいいですけど、先に葉子ちゃんはどう思います?」

「あたしは正直言うとまだよくわかんないかな。こうやって街を歩いて、知っている人たちとも触れ合って、それぞれの冬みたいなのは感じられたとは思うけど」

「なら、わたしと一緒ですね。強いて言えばわたしはその感じたものすべてを“素敵”だって思っています。なので自分にとっての素敵な冬はちゃんと見つかっているという所でしょうか」

 素敵な冬というのは何も景色とかに限ったものじゃないのです。人の営みの中にある様々な想いもまた、この季節に反映されていくものですから。

 その中にある愛しさや切なさ。それはこの季節ならではの、とてもかけがえのないもの。

 わたしにはそういったもの全てが宝物であり、素敵だと感じるのです。

「そういうものなのかぁ」

 葉子ちゃんはそう呟いた後、「そういうことなら、あたしも素敵な冬、みつかったかも」と言葉を続けました。

「それは何ですか?」

 わたしが微笑みながら訊ねると、葉子ちゃんはわたしの鼻をツンっと指で突付きました。

「あたしのみつけた素敵な冬は……百合奈、あなたよ。あなたの冬に対する想いってちょっと素敵」

「嬉しいです」

 わたしは友の言葉をありがたく受け入れました。

 

 

〈了〉

 

 

 

【あとがき】

 2006年最後の更新作品です。大きなヤマもオチもなく、ある少女たちの冬の日を描いた感じです。

 ちょっとしたお遊びといえば、私が同人で展開している作品のキャラクター達が少し登場しているということくらい。

 紅茶館“さくら”の面々がそれです。サイト用の作品としては初登場。今年は彼女らのお話の本編を書く機会もなかったので、ゲストキャラ扱いでこちらの方にご登場となりました。出番は多くありませんが、にやりとできる人はしてください(笑)