〜ふうちゃん〜

 

 

 あるところに、ふうちゃんと呼ばれる明るい元気な女の子がいました。

 そんなふうちゃんには大好きなおねえさまがいます。おねえさまは遠くに住んでいる文通の相手で、ふうちゃんはそんなおねえさまと手紙のやりとりをするのが大の楽しみでした。

 今日あたり、おねえさまからお手紙の返事がくる日です。

 ふうちゃんはいつものようにわくわくしていました。今日はどんな内容だろう? わたしはどんな面白い話題を返そう?

 それを考えるだけで、ふうちゃんは楽しくて楽しくて仕方ありません。

 ふたりのやりとりはいつもいつも面白いものなのです。

 どんなに小さなことでも、ちょっぴり笑えたり、嬉しくなったりするのですから。

 

 郵便受けを確認しにいくと、ちょうど郵便屋さんがやってきて、ふうちゃんにお手紙を渡してくれました。

 その中には待ちに待ったおねえさまからのお手紙も混じっています。

 送られてきた可愛らしい封筒は、ふうちゃんにとってはまるで宝の箱。中にはどんな素敵な内容の宝物が入っているのでしょう?

 他の郵便物をお母さんに渡したふうちゃんは、早速お部屋に戻っておねえさまの封筒を丁寧に開きます。

 そして、深呼吸をして中の手紙にも目を通していきます。

 それは決して長い内容のものではありませんでしたが、ふうちゃんは色々な想像を広げてそれを楽しみます。

 文章の中からおねえさまの感じている世界をのぞき見る。それはとても新鮮な気持ちを与えてくれました。

 でも。

 今日の手紙の最後には、ちょっと気になることが書かれているではありませんか。

 それはおねえさまが風邪をひいて、思うように調子がでないというものでした。しかも、少し治りが遅いと書かれています。

『こうやって手紙は書けるくらいだから、あまり心配はしないでね。あとでゆっくり静養します』

 そんな風には書かれていたものの、ふうちゃんは気になって仕方ありません。

 病気が長引く時の辛さはよくわかっているからです。

(どうしよう。おねえさまが心配だよ!)

 お見舞いにいきたくてもおねえさまとの距離は遠いです。でも、このままお大事にと手紙に書くだけでは何か寂しいものがあります。

 ふうちゃんは大好きなおねえさまの為に、少しでも何かしてあげたいという気持ちでいっぱいでした。

 お手紙と一緒に果物を送ろうかな?

 でも、食欲がなかったら迷惑だよね。

 可愛いぬいぐるみを送ったら喜んでもらえるかな?

 ふうちゃんはあれこれ色々と考えました。

 けれど中々に良いアイデアは浮かびません。おねえさまならきっと何でも喜んでくれるとは思うけれど、どうせなら本当に喜んでもらえることがしたい。

 う〜ん。う〜ん。なにがいいかな〜。

 ふうちゃんはその日はずっと考え込んで、いつしか眠りについてしまいました。

 

 翌朝。起きたふうちゃんはふと思いつきました。

 それは突然のひらめきといってもいいものです。

(そうだ! おねえさまに何か素敵な物語の本を送ろう!)

 おねえさまは物語を読むのが大好きだといいます。本なら寝ながらでも読めるし、静養しているおねえさまの負担にもならない筈。

 それに素敵な物語なら憂鬱な気分を振り払って、心の中から元気にしていってくれます。

(決めた、決めた。素敵な物語の本を送ろう)

 ふうちゃんは自分のひらめきに嬉しくなりました。

 でも。

 お昼になってふうちゃんは再び考え込みました。

 素敵な物語の本って何だろう?

 そうです。それは一番の問題なのでした。物語の大好きなおねえさまは大抵の素敵な物語は読んでいそうなものです。

 かといってここでおねえさまに「どんな本を読みたいですか?」と問うのも変な話。やはり、いきなり送ってびっくりさせてあげたいのもあるからです。

 う〜ん。う〜ん。なにがいいかな〜。

 考え込んでもどれにすればいいのかわかりません。

 そこでふうちゃんはもうひとりの文通友達のアルちゃんにお手紙を送ってみることにしました。アルちゃんもおねえさまとは親しい人だし、もしかするとおねえさまが読みたがっている物語を知っていて、教えてもらえるかもしれません。

 こうしてアルちゃんにお手紙を出して、その日は終わっていきました。

 

 数日後、アルちゃんからの返事がかえってきました。

 ふうちゃんは早速、内容を確認します。けれど、残念ながらアルちゃんにも、おねえさまが何を読みたがっているのかはわからないようです。

 そのかわり、こんなことが書かれていました。

『いっそのことふうちゃんが物語を書いたらどうかな?』

 ふうちゃんはそれをみて、なるほど!と思いました。

 これから自分が書く物語ならば、それはおねえさまにとってもまだ読んだことのない物語になります。

 とてもとても良いアイデアだと思いました。

 けれど。

 物語ってどう書けばいいんだろう?

 ふうちゃんは今まで物語なんて書いたことがありません。書きたくても中々うまく形にできないのです。

 せっかく良いアイデアがもらえたというのに悔しいです。

 色々悩んだ挙句、ふうちゃんは決意しました。

 頑張って物語を書いてみよう!、と。

 大好きなおねえさまが元気になれるように。喜んでくれますように。

 ただそれだけを考えてふうちゃんは自分の中にある物語を書き始めました。

 

 思いつくままに書く物語は、何度も何度も行き詰ったりしました。

 それでもふうちゃんは自分の思い描くかたちを文章の中に込めていきます。

 こんなことがあったらステキだろうな。こんなふうになったらハラハラドキドキするかな。最後はこうなったら楽しいと思うなー。

 たくさんの時間がかかりましたが、物語はなんとなく形になっていきました。

 おねえさまに読んでもらって面白く感じてもらえるかはわかりませんが、ふうちゃん自身が楽しいと思うことをたくさんたくさん詰め込みました。

 そして、ふうちゃんはあることに気がつきます。

 物語を書くという行為は難しいかもしれないけれど、自分が楽しいと思ったことを詰め込んで書くという行為は、いつものお手紙のやりとりに近いかも、と。

 そう思うと、ほんの少し気持ちも楽になってきました。

(さあ、この調子でがんばろう!)

 こうして何日かかけて、ようやく物語は完成しました。

 それは決して長い物語ではありませんが、この世でたったひとつのふうちゃんが書いた物語です。

 

 物語が完成した日、ふうちゃんはお見舞いのお手紙と一緒に物語をポストにいれました。

 あとは郵便屋さんがおねえさまの元に届けてくれるのを待つばかり。

(これでおねえさまが元気になってくれるといいなー。喜んでくれるともっと嬉しいなー)

 ふうちゃんは物語を完成させた達成感でいっぱいです。

 それはもう何日も頑張って書いたのですから。

 でも。

 ふうちゃんはそこでふと気がつきます。

 “何日も”頑張って?

(ちょっと待って! あれから何日も経っていたらおねえさまの病気も治っていないかしら?)

(それよりもわたし、何日も病気のおねえさまを無視していたことにならない?)

 ふうちゃんはその事実に気づいた時、ショックを受けました。

 浮かれていた気分から一転。悲しくなって涙が溢れてきます。

(…………ごめんなさい。ごめんなさい。おねえさま)

 おねえさまの為に頑張ったつもりなのに、一番肝心な部分を忘れているなんて。

(おねえさまに嫌われちゃうかな?)

 ふうちゃんは不安になりました。

 おねえさまは優しいからそんなことはないと思いますが、それでもふうちゃんは自分の失敗が悔しくてなりません。

 

 少しの間、落ち込む日々が続きました。

(おねえさま怒ってるかな? 呆れてるかな?)

 ふうちゃんはそのことが気になって仕方ありません。

(嫌われたら、もうお手紙もかえってこないかもしれないね)

 不安な気持ちのせいか、悪い想像ばかりしてしまいます。

 そんな時。お母さんがふうちゃん宛てのお手紙をお部屋まで持ってきてくれました。

 それは望んでいたおねえさまからのお手紙です!

 ふうちゃんは嬉しいと思う一方で、読むのが怖いとも思いました。

 もし、「ふうちゃんなんて大嫌い」なんて書かれていたらショックだからです。

 ふうちゃんはお母さんに無理をいって、先に内容をみてくれるようお願いしました。

 でも、お母さんは優しく首を横に振りました。

「おねえさまを信じてあげなさいな。きっとあなたを嫌ってなんかいないと思うわよ」

 そう言われたふうちゃんは、少しだけ勇気がわきました。

 そして、おねえさまを信じていなかったわけではないけれど、不安な気持ちに押しつぶされそうだった自分を恥ずかしく感じました。

 ふうちゃんは意を決して、自分でお手紙を読みました。

 すると、今まで心の中にあった不安な気持ちが、段々ときえていくではありませんか。

 お母さんの言ったとおりです。おねえさまはふうちゃんのことを嫌うようなことはありませんでした。

 それどころか、ふうちゃんの書いた物語をとてもとても喜んでくれたようなことが書かれています。

 それは長いステキな感想文。

 曇っていた心の中に、すぅっと差し込む優しい光。悲しみに暮れた涙の雨から、うれし涙のお天気雨。

 ふうちゃんは読み終わったお手紙をぎゅっと胸元に抱きしめました。

 そして思うのです。

 おねえさま、大好き!、と。

 

でもね。それと同じくらい。

お姉さまもふうちゃんのことが大好きなのですよ。

 

 

 

 

【あとがき】

 ふと衝動的に書いてしまった短編です。その割には思いついてから少し時間がかかってしまいましたが(苦笑)

 一応、フィクションなのですが、このお話の登場人物にはモデルになった子がいます。自称“おねえさま大好きの達人”さんで、個性的でひたすら面白い子。そしてとても優しい気持ちの持ち主。

 私が体調を悪くした時なんかも、お見舞いのメールと共に「これもみて元気だしてください」という感じで、面白いものを添えてくれるような子です。

 この短編はそういった体験も下敷きにはなっています。

 でも、書き終えてから思うのは、ちょっと恥ずかしいかもっていうことです(笑)

 …………いや、もうあえて深くは考えません。後悔もしていません。

 あと、今回は絵本風(あくまでも“風”ですよ)な感じで書いてみました。

 ふんわりした雰囲気でも出ていれば嬉しいのですけどね。