不思議の世界のありす

 

 

 最近、調子の出ない日が続いていた。

 特に何か悪い事が起きている訳じゃない。むしろ至って普通の毎日。けれど、だからこそたちが悪い。大きな不満はなくとも毎日同じ日常を繰り返すことが、わたしにとっては不満なのだ。

 こんなことを大人に言うと、贅沢なことを言うんじゃないと叱られるかもしれないが、納得いなかいことを無理に納得できるほどわたしは大人じゃない。

 まだわたしは学生なのだ。それも多感な十六歳の乙女。

 そんな時期にこの枯れっぷり。我ながら泣けてきそうだ。

 恋をするのがいいのだろうか? でも、身近なところでわたしが惹かれるような男性はいない。かといって自分から男漁りなんてのもまっぴらご免。どうしても恋がしたいっていうならまだしも、そうでもないのだからやるだけ苦痛。

 学生らしく部活動でも頑張ればいい? 何か目指すものがあればそれもいいんだろうけど、特にそういうものもなかったりするからパス。

 親しい友人と好き放題に遊ぶ? それはもうしている。今でも遊べば楽しい気持ちはある。けれど、それでは一時的にしか満たされない。最初は楽しくても同じ事を繰り返せば飽きてしまうものなのだ。友人のことを悪くは言いたくないが、いつも新しいことを提案するのはわたしの方で、友人たちはそれについてくるだけ。けどね、わたしだっていつもパワーがある訳じゃない。たまには友人がわたしを引っ張って、刺激を与えてくれたりしてもいいじゃない?

 乱暴な考え方なのは理解している。それがわたしの本心であることは認めるが、同時にそういう自分の横暴さに嫌悪感もある。

 なんとも厄介。そんなことを悩みだすと、急に色々なことがつまらなくなった。

 勿論、戦争とかが起きて誰かが傷つくような非日常も嫌だけど、なにかワクワクできるような非日常は起きて欲しい。それがわたしの最近の願望でもある。

 そして、そんな願いが通じたのだろうか。

 学校の帰り道。わたしは今、不思議な生き物を目撃した。

 それは一見、ウサギのような姿に見えたのだけど、二つにわかれた長い尻尾を持っていたからウサギじゃない。ぴんっと立った長い耳と二股にわかれた長い尻尾の小動物生なんて、見たことも聞いた事も無い。

 わたしが無知なだけで動物図鑑とかには載っているのだろうか?

 それとも本当に新種の生き物?

 いや、それ以上に地球外の生命だったりしたらびっくりだ。

 わたしの知らない生き物は、目の前の角をさっと曲がって視界から消える。

「……あっ、待って」

 思わずそう声をあげて、それを追いかけてしまう。好奇心が自然と自分の身体を動かした。

 角を曲がると、その生き物の姿を再び視界に捉えた。ウサギもどきはわたしなんかに気をとめる様子も無く、どんどんと先へ進んでいく。こちらもとにかく追いかけ続けた。

 そして。

 ウサギもどきは、ある家の門の中に飛び込んだ。でも、その門はよくみるとわたしの家の門。これは好都合。他人の家の門に勝手に侵入するのはマズイけど、自分の家の門に入るのに躊躇なんていらない。

 わたしは門を潜った。そしてウサギもどきが逃げていった庭の方へと向かう。

 ウサギもどきの姿はまだ見えている。わたしは無我夢中でそれを追った。けれど、相手もすばしっこいからなかなか追いつけない。庭の中をとにかく走り回らされた。まったく何て広い庭なんだ。

 いや、待って。広い庭?

 ここはわたしの家の庭でしょ? わたしの家の庭は走り回れるほど広くは無いわよ? そう思った時、足をとめて周囲の光景をみる。

「どこよ、ここ」

 目の前に広がる光景を認識するにつれて、そんな言葉がもれた。

 ここは自分の家の庭なんかじゃない。地面は芝に覆われているけど、周囲にはわたしの背よりも高い植物の壁が自分を取り囲むようにずっと続いている。植物の壁の合間をぬって道は続いているが、こんな場所に見覚えはなかった。

 とりあえず目に付くものは他にない。ウサギもどきの姿も見失っている。

 わたしは考え込むより動く事にした。情報が足りなさ過ぎる。道の先に何かがあれば、もう少し考えの足しになるかもしれない。

 けれど、そうやった進んで行った先にあるものは分かれ道だった。どちらの先も道が続いているだけで他に目に付くものがない。

 わたしは左の道に進んでみることにした。こうしてまっすぐ進むと途中で曲がり角があり、それを曲がっていくと更に何度かの曲がり角。そして今度はまた分かれ道。

 外部をうかがい知ることができない代わり映えのない景色といい、方向感覚を狂わすような道の造りといい、これはまるで迷路だ。

 なんだってわたしはこんな世界にいるのよ?

 夢でもみているの? それとも異世界と呼ばれるところにでも迷いこんじゃった?

 確かに非日常を望みはした。けれどこんな迷路が続くばかりでは面白くない。

 何を呑気なことをと突っ込まれそうだが、この世界を恐れるような気持ちは意外なほど少なかった。

 とにかく今は、再びどう動くかを決めないと。

「…………とはいってもねぇ」

 殆ど代わり映えのしない景色をアテもなく彷徨い歩いたのでは、出口を見つけるまでに精神的にダウンしそう。

 さてさて。どうしたものか。

 せめて何か目標になりそうなものが見えれば、それを目指して歩くのもありなんだけど。

「何も無い……」

 がっくりくる。周りは植物の壁。上を見上げれば晴れ渡った空があるだけで、目の届く範囲にはやはり何も特殊なものは見えない。

 こうなったら別の手段だ! わたしは大きく息を吸い込むと、ありったけの大声で叫んでみた。

「この世界には誰かいないの? いたら誰でもいいから返事してーーーーーーっ!」

 これで何かしらの反応があればしめたものだ。

 わたしはひとしきり叫び終わってから耳を澄ました。だが、問いにこたえるような返事はない。そのかわり。

 ガサガサガサ。

 それほど離れていない場所で、葉擦れのような音が聞こえた。風によるものとは違う。なにかの生き物が動いたような音だ。

「よしよし。そうこなくっちゃね」

 わたしは不敵に笑うとその音の場所へと駆け出す。

 ああ。ほんのちょっとだけワクワクしてきた。

 危険かもしれないなんて考えは、これっぽっちも無かった。自分で言うのも何だけど、わたしがポンコツになって壊れていない限りは、危険の察知には自信があるつもり。

 それにしてもなんだね。今のわたしって“不思議の国のアリス”っぽい。ウサギ(もどきだけど)を追いかけて妙な世界に紛れ込んでしまうあたりなんか本当にアリスだ。そしてわたしの名前も実は“ありす”だったりするから不思議な縁を感じてしまう。

 さあ、行く手に待ち受けるは水パイプをふかしたイモムシか、はたまたトランプの女王や兵隊か。

 贅沢を言わせてもらえば、あんまりグロテスクな生き物や、花札の女王みたいなのは勘弁してほしいけどね。

 そう思った瞬間。わたしの目の前にそれは現れた。

「……………猫ぉ?」

 そう。そこに現れたのは何ら珍しくもない真っ白な猫。自分が追って来たウサギもどきみたいな、変わった外見もない。

「ったく、おもしろくなーい。アンタね、こういう非常識な世界にいるんだから、もうちょっと気を利かせた姿をしなさいよね!」

 猫なんかに文句を言うのもどうかと思うが、口にせずにはいられなかった。

 でも、そのとき。

「気を利かせた姿ってのがどういうものなのかわかんないけど、随分と失礼なことを言われているのだけはわかるよ」

 そう言って猫が喋った。ちゃんと人に理解できる言葉で。

「あ、アンタ、喋れるの?」

「僕に話しかけておきながらその反応はないだろ」

「いや……だって普通は猫って人の言葉を話さないし、驚いたっていうか」

「別に僕は特別な言語を話しているつもりはないけどね。人の言葉ってなんなのさ? 僕には君みたいな子の方が驚きだよ。何を言いたいのかわいかんない。頭のネジでも弛んでるのかな」

 しれっとそんなことを言う猫。なんかムカつく。

「わたしは正常よ。少なくともわたしの知る常識では猫は人間の言葉を喋らないの!」

「変わった常識だね。言葉なんてどの生き物でも使えるし、互いに通じ合うのが常識だと思うんだけど」

「…………なるほどね。この世界ではそうなっているんだ」

「この世界? ますます君の言ってることがわかんないな」

「わたしは多分、こことは違う別の世界から来たのよ」

 そう切り出して、自分がいた世界のこと、そしてへんてこなウサギを追ううちにここに迷い込んでしまった経緯を話す。

 すると猫は「ふうん」という顔をした。猫のくせに、そんな余裕のある態度をみせられのはどこかムカつく。

「とりあえず理解はしてあげるよ。この世界とは違う世界があるのは僕も聞いたことがあるから」

「はいはい。どうもご理解ありがとうございますよーだ。でも、どうしてこんな世界にきちゃったのかがさっぱりわかんないわ。どこかにこの世界とわたしの世界を繋ぐ入り口でもあったの?」

「僕の知る限りではそんな明確な出入り口はない筈だよ。世界と世界を行き来できるのは一部の特殊能力を持つものくらいだし」

「じゃあ、わたしがおいかけてきたウサギがそんな能力をもっていて、それに巻き込まれたと考えるべきかしら」

「おそらくだけど、そう考えるのが自然じゃないかな」

「なるほどね。それにしたってもう少しマシな場所に出たかったわ。こんな迷路みたいな所にわざわざでなくても……」

「迷路?」

 猫が不思議そうに訊きかえした。わたしはきょとんとなる。

「どうしたの。迷路の言葉の意味がわかんないとか?」

「いや、迷路って言葉はわかるけど、ここのどこが迷路なのかなって」

「あのねぇ。頭のネジが弛んでるのはアンタの方じゃないの? いま居るこの場所、どうみたって迷路の中じゃない」

「君のいた世界ではこんな何もない平原のことを迷路っていうのかい?」

 はい?

 わたしのいた世界でも平原は平原。広々とした野原を指す言葉で、迷路とは対照的だ。

 でも、ここはどう見たってそんな場所には見えない。

「ちょっとアンタ。ここって本当に平原なの? アンタの目には周りを取り囲む入り組んだ壁はみえないの?」

「そんな壁はないよ。君にはそんなものが見えているのかい?」

 わたしは頷いた。一体、どうなっているというのだ。

 これには猫も、少しどう答えてよいのか悩んでいる様子だった。その結果。

「悪いけれど僕の知識ではどう答えてよいかわかんないや」

「なによそれ。役立たずねぇ」

 呆れるように言ってやった。でも、猫は生意気にも言い返してくる。

「僕だって世界でおきることの全てを知ってる訳じゃないんだ。君だって何でもかんでも知ってる訳じゃないだろ?」

「そりゃまあそうだけど……」

 猫ごときにこんな正論を返されるのは何だかなぁ。あ。言っておくけど、別に猫嫌いって訳じゃないから。ただまあなんていうか、この目の前にいる猫は、猫にあるまじき理屈っぽさをもっているから好きになれない。そんなところだ。

「とりあえず、誰でもいいからこういう妙ちくりんな現象に詳しいやつとかいないの?」

「そうなると大賢人さまくらいかなー。あの方なら、森羅万象にも通じておられることだし」

 ほほぉー。なんだかそれっぽい名前が出てきた。物語とかなら異世界に迷い込んでしまった者が、そういう重要人物に会うために苦難の旅をはじめるみたいなものもある。これってもしかして冒険の予感!

「その大賢人さまとやらはどこにいるの? 険しい山奥に塔でも築いて、そこで隠棲しているとか?」

「なんでそんなめんどくさいところに住まなくちゃいけないのさ。それに大賢人さまはこの近くにいるよ。さっき近くの川辺で、洗濯ものを干しながら歌い踊っていたから」

「…………………………」

 この世界に迷い込んでから一時間も経っていない(と思う)うちに出会えそうな大賢人。どうもありがたみがない。

 いや、まてまて。その大賢人に会うことによって道が示され、冒険の旅がはじまるというパターンなのかもしれないわ。

 けどさあ、洗濯ものを干しながら歌い踊る大賢人ってのはどうなのかしら? 自分の抱くイメージと違って威厳に欠ける。

 バカと天才は紙一重みたいなアヤシイやつだったらやだなあ。わたしは洗いたてのパンツを干しながら、上半身裸で踊り狂っている

(下半身はちゃんと別のパンツはいてるわよ)オヤジを想像した。うーん、キモい。

「とりあえず大賢人さまを呼んであげるよ」

 わたしが妙な想像でウゲ〜ってなっているのをよそ目に、猫は「大賢人さま〜」と大きな呼び声を発した。

 すると。

「は〜〜〜い。呼びまちたでちゅか〜」

 二秒も立たないうちにそんな声がして、目の前に小さな男の子供がポンっと瞬間移動のように現れた。これは素直にすごいと思う。

 でも、この子供が大賢人さま? さっき想像した変態オヤジよりはマシなんだろうけど、また妙なのが出てきたなあ。

「おやおや。ちみはアーノルド・スタローンじゃないでちゅか。なんのご用でちゅか」

 大賢人さま(?)は自分を呼びつけた猫に問うが、漫画にでてくるような舌足らずの幼児口調がなんとも変。普通こんな子供はいない。もっともこの奇妙な世界では見た目の年齢なんてアテにならないかもしれないので、中身は何百年も生きたジジイかもしれないけど。

 あと、もうひとつ突っ込みたいのはアーノルド・スタローンってあの猫の名前? わたしのいた世界の、映画スターの名を足したような名前なのもさることながら、この猫にあんな強そうな名前は全然といってもいいほど似合わない。

 そう思っている間も、猫(そう猫で充分。アーノルドだかスタローンなんて名前では呼んでやらない)はわたしがこの異世界に迷い込んできた人間であることなどを説明していた。そして一通りの説明を終えたところで大賢人(?)さまはわたしに向き直る。

「名前はありすちんでちたね?」

「そうよ。で、そんなあなたは大賢人さまなの?」

 わざとらしい幼児口調に我慢しながらわたしは言った。

「いかにも。ボクちんは大賢人バブーさまなのでちゅー」

 名前の間抜けさはお似合いね。ただ自分のことを“さま”づけで言うあたりイタイやつだ。見た目が子供だからってわたしは容赦しないからね。

「ありすちん、なんだか呆れた顔をしてまちぇんか? もしかしてボクちんのこと変なやつと思っている?」

「胡散臭いわ」

「初対面なのに失礼な感想でちね」

「彼女は礼儀に疎い子みたいです」

 猫がバブーに間髪いれず告げる。あああ。ムカつく〜。

「そっちのほうこそ失礼じゃないの。ヘンてこりんな幼児口調で馬鹿にされてるとしか思えないわ」

「そうは言ってもこれがボクちんの自然なままの形でちゅし」

「でも、全然偉くなんてみえない。大賢人っていう凄い重みも感じられないし」

「ありすちんの中の大賢人がどんなイメージなのかはわかりまちぇんが、ものちゅごい偏見でちゅね」

「偏見だって言うんなら、とっととアンタの森羅万象にも通じるとかいう知識をみせて頂戴。ここは平原ってことだけど、どうしてわたしの目の前には迷路みたいな壁が広がっているのよ?」

「そんなの簡単でちよ。それはありすちんがこの世界を本気でみつめようなんて思っていないのでちゅから」

「は? それどういうことよ」

 意味わかんない。なんかわたしが悪いみたいに言われてる気がする。

「ありすちんの心の問題ということでち。ちみはこの世界を直視することを心の奥底でおびえているんでちゅ。好奇心で踏み入りたい気持ちと、本当は不安な気持ち。それが迷路という幻想の形をとってありすちんの前に現れているだけなんでしゅ」

「そんなことないわ! わたしは何も恐れちゃいないもの」

「そうやって強がらないと不安で押しつぶされそうになるから、そう思い込んでいるだけでちゅ」

「言いがかりだわ」

 なによなによ。わかった風なこといってさ。

 確かにちょっとは大賢人って感じのソレっぽい講釈はたれているけど、的外れもいいところ。所詮、大賢人っていっても赤の他人。人の心を完全に理解できるわけなんてない。

 でもそのとき。

「たちかに、大賢人といえども人の心を完全に理解するのは無理でちよ」

 バブーの言葉に「え?」となった。わたし、何も口に出して言ってないわよ。

 驚き顔のわたしにバブーは続けた。

「ただ、心を完全に理解しゅるのは無理でも、考えている思考を読み取るくらいは造作もないことなんでしゅ」

 わたしは絶句した。

 そして、この目の前の大賢人が少し不気味で恐ろしい存在に感じられた。自分でも気づかぬうちに足元が震えだす。

 おちつけ。おちつきなさい、わたし。

 考えを読み取られるくらい何よ。本当に森羅万象に通じる大賢人なんだったら、それくらいできたって不思議じゃないじゃない。むしろこんな非日常な奴こそ、わたしにとって歓迎すべき相手じゃない訳?

「ボクちんが恐いですか? それとも大歓迎ですか?」

 まただ。やっぱり思考を読み取られている。

「たしかにありすちんはこの世界に迷い込んできたし、それは偶然でなく本当にありすちんが望んだからの結果だとは思うでしゅ。でも、君は都合のいいものしか受け入れる気がないんでちゅ。常識とかけ離れたものを求めている割には、常識に縛られているのでしゅから」

「うるさいっ! アンタに何がわかるってのよ」

 無意識のうちにわたしは怒鳴っていた。どこか悔しい気持ちがよぎる。

 それは相手に言われたことが図星だったから?

 わからない。わからない。

「ごめんでしゅ。ちょっと意地悪だったでしゅね。でも、これだけは言わせてくだちゃい。今のありすちんではこの迷路から抜け出るのはおそらく無理でしゅ」

「“おそらく”ってことは絶対じゃないんだし、抜けれる可能性もあるんでしょ?」

「それはまあ。でも、ありすちんが全てを受け入れる気がない以上、なまじ抜けれたとしても世界の真の姿はみれないでしゅよ」

「ちょっと待ってよ! わたしは確かに非現実を望んでる。だからといって別に何だって受け入れようとまでは思ってないわ。危険なものまで無理に受け入れたくないもの」

「それはとても常識ある考え方でしゅね。でも、その常識を捨てないと君の望む非現実に辿り着けないとちたら?」

「…………………」

 まるで謎かけだ。さすがは大賢人というべきかしら。

 すぐには答えが見出せなかった。もうこのまま逆ギレして大暴れしてやりたい。

 でも、さすがにそれはしなかった。代わりに言葉が出る。

「そうなったら諦めるしかないんでしょうね。わたしはわたしの常識を捨て切れそうにないし」

「ほほぉ」

「常識を捨て去って辿り着く非現実なんて、もう非現実じゃないんだろうし。それに今の自分の常識と対比するから刺激があって面白いんだもの」

 屁理屈だと自分でも思う。だが、これが今のわたしに言える素直な答え。

 さあ、大賢人。アンタはどう反応する? 睨み付けると、バブーは静かに頷いた。

「なかなか良い答えでち。結局のところ人は、自分にできる範囲のことで折り合いをつけていくちかないでしゅものね」

 悟ったようなことを言われる。ああ、やっぱこんなのに言われるとムカつくなあ。

 大体、そんなことは言われなくてもわかっているのよ。でも、自身で折り合いをつけるのって悔しいじゃない。自分の限界を認めて諦めるみたいでさ。

 わたしは自分の常識を覆すようなワクワクした“楽しさ”に出会いたいだけ。それを求めるのは罪なこと?

 なんだかなあ。世の中なかなか自分の思う通りにはいかないっていうけど、これもそのひとつなのかしらね。

 代わり映えのしない日常に飽き飽きし、非現実を求めても中途半端に手が届かない。

 もうバカバカしいったらありゃしないわ。けれど、このままでは癪だ。

「…………わたし、負けるのは嫌いなのよね」

 ぽつりとそう呟く。

 それに対し、バブーはごく自然に訪ね返してくる。

「ならばどうするのでしゅか?」

「ひたすら行動するのよ。そして自分が本当に求めるものをみつけてやるわ」

 どうしようもないときは折り合いもつける。でも、それで行き止まりなんかにはしない。

 うじうじしているくらいなら、面倒でも自分で突き進んだ方がマシ。どうも自分はそういう人間らしい。いまそれに気がついた。

「ならば…………もうボクちんが言うことはなにもないでしゅね」

 バブーがそう言うのと同時に目の前で光が炸裂した。

 な、なにっ。これ?

 頭の中がクラっとして、あまりの眩しさに目をとじる。そして。

「ありすちゃん。こんなところでなに寝転がっているの?」

 そんな声がした。

「…………お母さん?」

 目をあけると、そこにはお母さんがわたしを覗き込むようにして立っていた。

 あれ? ここは?

 わたしは仰向けに寝転がっていた。身を起こして周囲を確認すると、そこは自分の家の庭。

「元の世界に戻った……というよりは夢オチ?」

 ぽつりと呟くと、お母さんは「え?」という顔をする。そんなお母さんには「ごめん。なんでもないの」とだけ答えておく。

 わたしは、ぼんやりする頭の中を正常に働かせる努力をした。

 そして、今まで何があったのかを鮮明に思い出す。ウサギもどき、迷路、アーノルド・スタローン、大賢人。全部はっきりと覚えている。

 でも、あれって夢だったのかしら?

 実際に体験したことなのか、単なる夢なのかはわからないが、目が覚めると現実世界にいるというオチは不思議の国のアリスと似ていた。

 もっともアリスのような大冒険とは程遠い。ヘンなのは出てきても、妙に説教くさいやつばかりだったし。

 これがわたしの想像の産物だとすれば、自分はある意味、病んでいる人間だろう。

 ただ、今の気分は不思議とすっきりしたものだった。なんていうのか、自分で自分が可笑しい。

 それは表情にも出てしまい、思わずひとりで思い出し笑い。

「どうしたの? いきなり笑いだしちゃって」

「妙な夢をみたの。それを思い出したら笑えてきたの」

「こんなところで倒れていたから心配したけど、なんだか楽しそうね」

「うーん。楽しいかどうかはちょっと……」

 立ち上がりながら、そう答えた。

 楽しかったかといえば否だ。苦笑するしかないようなものだったし。

 それでも自分がすっきりしているのは、あの変な世界の中で自分自身を見つめなおせたような気がするからだろう。

 そう。あくまでも“気がするだけ”。

 これからどうなっていくかはわたしの気持ちと行動次第なんだから。ま、今がすっきりしてるんだから、これ以上難しいことは考えたくもないけどね。

 さあ、自分の求める楽しいものをみつけるわよ! そのためには気分から盛り上げないとね。

 その手始めとして、わたしはお母さんに訊ねた。

「今夜の夕飯は何にするの?」

 食べることもひとつの楽しみ。美味しいものを食べたら幸せになれる。

「カレイの煮付けよ」

 母の返事にわたしは「げっ」という顔になる。煮付けはあまり好きじゃないから。

 やっぱり世の中、そううまく物事は運ばないらしい。でも、このまま負け?っぱなしは嫌だ。

「おかずにミートボールも一品に加えてくれない?」

 わたしは自分の好物を挙げる。お母さんは苦笑しつつ「仕方ないわね」とだけ言った。

 やった。これで引き分けくらいにはなったかしらね。

 

 

〈了〉

 

 

【あとがき】

 突発的に思いつくまま書いてみました。深い考えもなく、気分の赴くままディスプレイと向き合うこと三時間程度。

 そんな物語が面白いの? 内容は支離滅裂? そんなことはどうでもいいか〜って感じで書いておりました。

 読んだ人がどう感じてくれるかは、それぞれに委ねます。

 個人的には楽しかったですよ(笑)