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おもちゃへの想い

 

 

子供の頃に好きだったおもちゃ

それで遊んだ時の嬉しさを

私はいまでも忘れてないよ

 

 

 

 街がクリスマスムードで賑わっている今日、私は牧兎くんと繁華街へ遊びにでかけた。

 改めていうのもなんだけど、デートというやつだね。

 本当はこの時期、アイドルとしての本業も忙しかったりするんだけど、そんな中でとれた貴重なオフの日。はりきりすぎて朝から彼をひっぱってきちゃった。一秒でも長く牧兎と一緒にいたいしね。

 そんなわけで。

 まず午前中は観たかったアクションコメディの映画をみた。それが終わってからは軽い昼食を摂って、いまはデパートのおもちゃ売り場に来ていたりする。

 なんでも牧兎くんの欲しい携帯ゲーム機のソフトがあるとかで。

 クリスマス前の時期は、街やお店のあちこちで普段とは違った趣きがあるけれど、デパートのおもちゃ売り場は特に華やいでみえる。近くには期間限定のクリスマス雑貨などを売っているコーナーもあったりするしね。

 販売用に飾られているツリーやリース。サンタさんの人形やトナカイのヌイグルミたち。それらが目に飛び込んでくるだけで楽しい気分になってくる。そう。ここは本当にちょっとした夢の国のよう。

「あ、ねえ。牧兎くん。みてみて。このクリスマスツリー、音が流れるみたいだよ」

 そんなささいなことでも思わず嬉しくなって彼を呼び止めてしまう。

「こんなの特に珍しくないだろ。毎年こういうのが売られているし」

 牧兎くんはあまり興味はない様子。ま、男の子はこういうものではあまりはしゃがないか。

「でも、音がすごく綺麗だよ」

「それってオルゴール音なんだな」

「なんだかお洒落だよね」

 優しいオルゴールの調べにのって流れるクリスマス曲。瞬くライトの光も美しく、うっとりとしちゃう。

「雛って本当にこういうの好きだよな」

「うん。こういうのを見ていると優しい気持ちになれるからね。世の中にはそういう気持ちにしてくれるものが沢山あるけれど、クリスマスツリーはその中でもちょっと特別だと思うの」

「どう特別なんだ?」

「今まで過ごしてきたクリスマスの色々な思い出が甦ってくるんだよ。昔はこんなことありましたね、あの時も楽しかったですねってツリーから語りかけてくるような気がするんだよ」

「つまりはこういうことか? この季節はツリーとか目立つから、こっちから特に意識しなくても自然と色々思い出してしまうって感じか」

「うんうん! ホントそんなかんじ」

 良かった。牧兎くんにはわかってもらえた様子だ。

「そうなるとお正月にしめ縄とか見たら、今までの正月の思い出とかもよぎってきそうだな」

「あはは。そうだね。でも、私はクリスマスのほうが好きだよ。可愛かったり、綺麗だなって思えるものが沢山あるもの」

「西洋かぶれな発言だな」

「そこまでひどくないと思うよ。好きなものを好きって言っただけで、お正月が嫌いだなんて否定はしてないし。それに……」

 私はちょこんと彼の腕にしがみつく。

「牧兎くんと良い思い出が作れるならどんな季節でも好きになれちゃうしね」

「こんな店の中でいきなりくっつくなよ。目立つと恥ずかしいだろ」

「私は恥ずかしくないもん。牧兎くん、好き好きだから」

 ここぞとばかりに甘える。勿論、あまり彼が嫌がるようなら適度なところでやめてあげるけど。

「…………よくそんな恥ずかしい台詞が言えるよな」

「嫌?」

「おまえみたいに可愛い子に言われて嫌とかいうのはないと思う」

「うふふ。私のこと可愛いって、それも充分恥ずかしい台詞だよ」

「それもそうだな」

 お互いに笑みがこぼれる。こういうやりとりってたまらなく幸せ。

「さ、とりあえず先に買いものだけ済ませようぜ。腕を組んで歩くのはあとのお楽しみだ」

「わかったよ」

 牧兎くんの言葉に頷き、まずはゲームを売っているコーナーを探す。

 でもその途中、今度は彼の方が立ち止まってあるものを手にする。それは、小さい男の子とかが喜びそうなテレビの特撮ヒーローのおもちゃだった。箱には“超変身なりきりセットDX”という文字が目立つ。

「それも買っちゃうの?」

「さもあたりまえのように言うなよ。さすがに俺の年齢で買うには恥ずかしいぞ」

「そんなことないと思うけどな。そういうのを持って近所の子供たちと遊んであげたら、優しい人気者のお兄さんになれるよ」

「…………いや、それはないと思う。むしろ近所の不気味な住人に感じられるのがオチだ」

「じゃあ、どうしてその品を手にとったの?」

「俺のいとこで小学校へ通っている子供がいるんだが、最近このおもちゃが原因でちょっとした騒動になったんだ」

 牧兎くんはそこまで言うと、近くにあったもうひとつのおもちゃを手に取る。こちらは普通に“変身セット”とだけ書かれている。

「今、俺がもっているこの二つのおもちゃだが、商品としては同じ形をしているのはわかるか?」

「うん。それはわかるよ。DXのほうがちょっと立派な感じにはみえるけど……」

「じゃあ、DXと普通のやつ、おまえだったらどっちが本物だと思う?」

「え…………」

 なんだか難しい質問だった。何を基準に本物とするのかがわからないし。

「変な質問だろう?」

「そうだね。ちょっと答えにくいかも」

「普通はそうだろうな。で、話を本題に戻すけど、俺のいとこはこっちの普通の“変身セット”を持っているんだ。良い子に留守番していたご褒美ということで、母親が買ってきてくれたらしい。このまえ俺が会った時も、嬉しそうに見せびらかしていたのを覚えている」

「何だか微笑ましいよね」

「ここまではな。でも、そのあと学校の知り合いとかにもみせびらかしたらこう言われたらしい。『おまえの持っているものなんて、音も鳴らないし光もしない偽物だ』って」

「それってちょっとひどいね。そんな言い方されたら傷つくよ」

「子供は時として容赦ないこと言うからな。で、どうもそれを言ったやつはDXのほうを持っているようなんだ。そっちは音も鳴るし、光ったりもするらしい。俺からみればそっちだって本物とは言えないのにな。作中のように変身できる訳でもないんだから」

 彼は苦笑しながら箱を元の位置に戻す。

「…………いとこの子はそれからどうなったの?」

「泣いて逃げ帰ってきたらしい。それからは母親にやつあたりしたりして、結構手がかかったっていう話だ。気持ちはわからなくもないけど、おもちゃを馬鹿にされたくらいで泣くっていうのは男としてはちょっと情けないかもな」

「それはどうかな。その子の気持ちを考えると、そんな簡単な言葉では片付けられないよ」

「他に何か思いつくことでもあるのか?」

 私は小さく頷くと、自分の感じたことを静かに話した。

「牧兎くん。その子が泣いたのは、おもちゃを馬鹿にされたからだけじゃないと思うんだ。プレゼントを貰えた時の嬉しかった気持ちも否定されたように感じたんじゃないかな? だって嬉しそうに見せびらかすくらいなんだから、そのおもちゃはその子にとって大切な宝物。嬉しい思いがぎっしり詰まっている物なんだよ。でも、相手にそこまでの気がなくとも、偽物だなんていう言葉を使われたら悲しい気持ちになりそうだよ」

「…………なるほど。それも一理あるな」

「おもちゃっていうのは品物そのものが嬉しいのもあるけど、それを貰った時に感じた楽しい気持ちって胸の奥にずっと残るものだからね」

 胸に手をあてて、自分も好きだったおもちゃのことを思い出してみる。

 そこからあふれ出す思い出は、あったかいけれど、ちょっぴりだけ切なくもあったり。こんな時って悲しくも無いのに、何故か涙がこみあげてきそうになるのも不思議。

「ねえ、牧兎くんは子供の頃はどんなおもちゃが好きだった?」

 このまま思い出に浸っていると本当に涙が出てきちゃいそうなので、それをごまかす意味でも話題を切り出す。

「怪獣の人形とか集めてたのはあるな」

「そういえば私にもプレゼントしてくれたことがあったものね。小学校の頃」

 たしかお父さんを病気で亡くした年のクリスマス。今年はお父さんのサンタさんが来ないんだと悲しんでいた私に、彼がサンタさんになって怪獣さんの人形をプレゼントしてくれたことがある。

「今思えば、あの時の俺は何でそんなものを贈ったのか理解に苦しむ」

「あれ〜? 忘れちゃったの。牧兎くんはこう言ったんだよ。『この怪獣みたいに強いやつになれ。そしたら悲しみになんか負けない』って」

「本当かよ。なんか馬鹿丸出しで情けなくなりそうなセリフだな。雛もいちいちそんなこと覚えてるなよな」

「あれは忘れられないよ。私を思い遣ってくれる牧兎くんの気持ちがしっかり詰まったステキな言葉だもん」

「好意的に解釈してくれるのは有り難いが、俺からするとちょっと思い出したくない部分もあるぞ」

「そうかな? とっても良いことしてるのにね。それにあの時の牧兎くんの格好も面白かったよ」

 本当なら恥ずかしがりやの彼が、サンタさんの格好に扮してまで私を励まそうとしてくれたんだよね。

「頼む、それは特に思い出さないでくれ」

 がっくりとうなだれる彼。

 なるほど。あの時のサンタさんの格好が気になっているんだね。確かにサンタさんというにはちょっと不恰好だったのかもしれないけど、奇抜で良かったと思うんだけどな〜。イメージとしてはちょっと和風。真っ赤な水戸黄門さまみたいで。

「そんなことより雛はどうなんだよ? 好きなおもちゃって何だった?」

「わたしはマイクの形をしたおもちゃが好きだったかな。コンサートごっこを開催しては、適当に思いついた歌詞をず〜っと歌う感じで」

「アイドルとしての片鱗は、その頃から出ていたってことか」

「うふふ。どうだろうね。でも、当時は思いついたままに歌っているから一曲が何十分も続くんだよ。お母さんに聴かせたら、その歌長すぎって言われたこともあるし」

「適当でも何十分も続けられるっていうのは凄いと思うぞ」

「それだけ歌うのが好きだったんだよ」

 歌は牧兎くんと同じくらいに大好きなもの。リズムにのせて好きなフレーズを紡ぎ出せば、自然と気持ちが晴れてくる。

「人形遊びとかはあまりしなかったのか?」

「文具屋で売っているような着せ替えとかは結構遊んだよ」

「あの紙でできたやつか?」

「うん。そういうの。アニメとかのもあったけど、私はお姫様のやつとか好きだったな〜。色々なドレスがあって楽しいんだよ。お母さんと舞踏会遊びをしたりもしたよ」

「でも、紙のやつよりはちゃんとした人形の方が良くないかな」

「安っぽく思える?」

「あ、ごめん。別に悪気はないんだ」

 気まずそうに謝る彼に、「気にすることないよ」と笑いかけてあげる。

「私はね、どんなおもちゃでもその人にとって納得できるものならば、それが最高のおもちゃなんだと思うんだ。出来による本物、偽者なんて関係ない。おもちゃは楽しむためのものだし、しっかりと楽しい時を過ごせたものならば、その思い出だけは誰がなんといおうと本物だしね」

「なるほどな」

 牧兎くんは目を伏せて小さく頷く。

「案外、当たり前のことなのに忘れているよな。そういうのって」

「普段はそれでいいんだよ。思い出に浸るばかりだと切なくてキュンっとなっちゃう。おもちゃは純粋に遊んで楽しいければ、それが一番だしね」

「本当に雛は、大切な気持ちをわかっているんだな。おまえならば自分の好きなおもちゃを否定的に言われても、自力で立ち直ったりできるかもな」

「う〜〜ん。どうかな。それはやっぱり悲しくなると思うよ」

 ちょっと苦笑する。私はそこまで強い子じゃないと思うから。

「あ、でも。これだけはいつも忘れないようにしているよ」

「それは何だ?」

「誰かに否定的に言われても、別の誰かが肯定的に理解してくれたらそれだけでも嬉しいかなって。それはたった一人だけでもいいの」

 そして私は、牧兎くんの手をそっと握る。

「牧兎くんは私の持つ大切な気持ち、わかってくれるよね?」

「…………勿論だ」

 ぎゅっと握りかえされる手。それは相手が理解してくれているという証。

「ありがとう。牧兎くん大好き」

「またそういう照れくさいこと言う」

「えへへ。言えるチャンスがあれば何度だっていっちゃうのが私なんだよ」

「場所はもっとわきまえるべきだ」

 例によって苦笑する彼。それもいつものやりとり。

 

 その後は、牧兎くんの目的の品を買い、私もひとつのおもちゃを買った。

 買ったものは皆で遊べるようなボードゲーム。

 特に珍しいものでもなく、誰かに自慢できるほどの話題にもならない。

 けれど、それを楽しんだ自分たちがそこにいるのならば、それだけで満足だよ。

 それがおもちゃというものなのだから。

 

 

 

 

【あとがき】

 2005年クリスマス・イブ。本年最後の更新として突発的に書いてみました。

 そんなに深いネタではありませんが、ちょっぴり穏やかな気持ちになってもらえたら幸いかなと。

 短いですが、あとがきは以上でw

 

 

 

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