姉妹 〜Kanonより〜
そこにあるのは、小さな幸せだった。
どこにでもあるような、そんな小さな幸せ。
ただ、笑っていられることを幸せに思い。
いつまでも、お互いを大好きでいられることを願う。
そこにいるのは、姉妹だった。
これは、そんな姉妹の物語・・・・・・。
「香里。少しお買い物を頼まれてくれないかしら?」
学校から帰ったばかりのあたしに、お母さんが訊ねてくる。
「いいけど、何を買ってくればいいの」
「夕飯の材料よ。ここのメモに書いてあるものを買ってきて欲しいの」
「うん。わかった。それじゃあ、着替えたら行って来るね」
メモを受け取ったあたしは、自分の部屋にこもって、さっそく私服に着替える。そして、そのままコートを羽織り、おつかいに行く準備も整えた。
学校から帰ったばかりで少し疲れてはいるが、どのみちあたしも外に用事があった。だから、ちょうどよかったともいえる。
明日は妹の誕生日。そのためのプレゼントを、今日のうちに探しておかないといけないもの。
準備を終えたあたしは家を出た。
目の前に広がる外の景色は、真っ白な雪の世界。この街で暮らしている以上、それは別段珍しい光景でもない。この街の冬はそういうものなのだから。
けれど、今日は。
「・・・・・・少し暖かいかしら」
寒いことには変わりないが、太陽が顔をのぞかせている分、いくらか寒さも和らいで感じる。
とはいえ、天気なんていつ変わるかわからない。今は晴れていても、後になって曇り空というのも珍しくはない話だ。
あたしは、商店街への道を急ぐことにした。
そして、ある程度進んだ道の途中で、ふいに背後の方から呼び声が聞こえた。
「お姉ちゃ〜〜ん」
それは聞きなれた声だった。もう飽きるくらいに聞きなれ、それでもずっと聞いていたいと思えるような、あの子の声・・・・・・。
あたしは、立ち止まって振りかえる。
あの子は息をきらせながら走ってきた。
「何しに来たのよ、栞」
あたしは目の前にやってきた妹に、呆れたように問う。
「何って・・・お姉ちゃんを追いかけてきたんだよ」
「そんなの見ればわかるわよ。あたしが聞きたいのは、何か用事でもあったのかってこと」
「う〜ん」
妹は口許に指をあてて考える仕草。でも、すぐに笑顔でこう答えた。
「私もお姉ちゃんと一緒におつかいに行きたかったの」
「ダメ。帰りなさい」
「わ。そんなこと言うお姉ちゃん嫌い」
「嫌いで結構。それに、大体その格好何よ?」
見れば妹はコートも何も羽織っていない。
「あはは。急いでお姉ちゃんを追いかけてきたから、上を着てくるの忘れちゃって」
「風邪ひくわよ。栞はただでさえ身体弱いんだから」
「大丈夫だよ。今日は暖かいし、走ってきて身体もポカポカだし」
「そういう問題じゃないでしょ。ついでを言えば、その食べかけのアイスクリームは何?」
妹の手には、お気に入りのカップアイス。
「さっきまで家で食べたての。細かいことは気にしないで。それに、こんな極寒の地で妹をむげに追い返すなんてひどいと思うよ」
「姉を困らす妹の方が、よっぽどひどいと思うわ」
「・・・・・・・・・一緒にいられると迷惑?」
上目づかいに見上げてくる妹。
あたしは、小さく肩をすくめる。
「仕方ないわね。今日は許してあげる。そのかわり、荷物持つの手伝いなさいよね」
「うん。任せてよ、お姉ちゃん」
別に妹の態度に負けた訳ではない。これ以上、やりとりしているのが不毛に思えただけ。
それに、あたしだって。
・・・・・・栞と一緒にいたかったから。
「それじゃあ日が暮れないうちにいくわよ」
あたしは自分のコートを脱ぐと、それを妹に渡して歩き出す。
「わ。いいの? お姉ちゃん」
「いいわよ。あたしにはマフラーと手袋があるし」
「ごめんね。私なんかの為に」
「ほんとそう思うわ。何てバカな妹をもっちゃったんだろうって」
「うぅ。そこまで言うことないと思うけど」
口をとがらせて、不満そうな顔をする妹。そんな素直なところが微笑ましいし、からかいがいもある。
「でも、そんなバカな妹を心配する姉も相当のお人好しかもね」
「じゃあ、私たちってバカな姉妹かな?」
笑いながらそんなことを言う妹。
「あたしはバカじゃないわよ。学年でも成績はトップだし」
「お姉ちゃん、それって嫌味?」
「嫌味じゃなくて事実よ」
「・・・・・・うぅ。まあ、そういうことにしといてあげる。私もお姉ちゃんに勉強を見てもらわなければ、お姉ちゃんと同じ学校に入ることもできなかったしね」
「そうね」
あたしは、小さくうなずいた。
この春から、妹もあたしと同じ学校に通う。それはこの子が望んでやまなかったこと。
受験して、合格の通知が来た時は、それこそ大はしゃぎだった。
見ているあたしですら、つられて笑うほどに喜んで・・・・・・。
「もうすぐお姉ちゃんと一緒に、毎日同じ学校に通えるんだね」
アイスクリームを口にしながら、嬉しそうに笑う妹。
「小学校の頃だって、一緒に通っていた時期あったじゃない」
「あの頃はあの頃。今は今だよ」
「何か違いでもあるのかしら?」
「大ありだよ。だって、小学校の時は、学校の帰りに寄り道なんてしたら駄目だったでしょう。でも、今度の学校にいったら、お姉ちゃんと色々な所を寄り道して帰るの。アイスクリームを買ったりなんかして」
「・・・・・・寄り道なんて、あんまり誉められた行為とはいえないわよ」
自分のことは棚にあげて、そんなことを言う。
「でも、私の夢だもん。お姉ちゃんと同じ制服で学校に通って・・・・・・一緒にお昼を食べて、放課後にはどこかに遊びに行くの」
「安あがりな夢ね」
本当些細で、呆れるほど子供っぽい夢。
でも、そんなささやかな夢でも、真剣に切望できる妹がたまらなく愛おしい。
こんなにもあたしを慕ってくれるのだから、多少は鬱陶しく感じても、嬉しくないわけがない。
「ヘンな夢かな?」
「そんなことないわよ。子供っぽい栞らしい、素敵な夢だと思うわよ」
「お姉ちゃん。それって誉められてる気がしない」
アイスクリームの木のスプーンをくわえながら、眉をひそめる妹。
「別に誉めてないもの」
「わ。お姉ちゃん、ひどい」
「冗談よ」
あたしはサラリと言ってから、歩をはやめた。
このままゆっくりとしていたのでは、日が暮れてしまうかもしれない。そうなると気温も更に下がり、コートを貸してしまったあたしが風邪をひくかもしれない。
それに。
この子とお話をする機会なんて、この先いくらでもあるのだから、いま慌てることなんてないのだ。
§
お母さんから頼まれた買い物は、あっけなく片付いた。
そうなると後は、あたしの用事を済ませるだけなんだけど・・・・・・。
「お姉ちゃん、この荷物重いよ」
隣で大きな袋を抱えて、ヨロヨロと傾いている妹。
あたしは小さく溜め息をもらす。
この子がいたんじゃ、明日の誕生日プレゼントも買いづらい。せっかく内緒で何かを買って驚かそうと考えているのに。
「もう。役立たずね。大体、一つの袋にそんなに詰めこんだら、重いのは当たり前じゃない」
そう言いながら、いくつかの袋に荷物を分けて入れなおす。
「ほら。これなら持てるでしょう」
あたしは荷物の一部を、妹に手渡した。
「うん。これなら私でも持てる」
屈託のない笑顔で荷物を持ち上げる妹。
まったく。世話のかかる子なんだから・・・・・・。でも、荷持ちを手伝ってくれるんだから、それでよしとしよう。
プレゼントに関しては、今日ではなく、明日の朝にでも見に来ればいい。
そう考えなおし、あたしと妹はスーパーを出た。
外は、空気がひんやりと冷たかった。店の中が暖かかったから、尚更そう感じるのかもしれないが、どうやらそればかりが原因でもなさそうだった。
さっきまで晴れていた空が、少し暗い雲に覆われている。
・・・・・・これは、もうすぐ雪が降ることの合図。
「急ぐわよ。栞」
「わ。ちょっとまって、お姉ちゃん」
早足で歩くあたしを、慌てて追いかけてくる妹。
「もうちょっとゆっくり歩こうよ。荷物だってあるんだし」
「ゆっくりしていたら、雪が降ってくるわ」
「うぅ。確かにそれはそうなんだけど」
妹は、なぜか小さく唸って立ち止まる。
「・・・・・・ねえ、お姉ちゃん。明日って何の日だか知ってる?」
ふいに訊ねられた。おそらくは自分の誕生日のことを言っているのだろう。
「明日? 明日は日曜日ね」
あたしは、とりあえず知らないふりをする。
「・・・・・・日曜日だけど、他には?」
「他となると・・・・・・2月1日ってことくらいね」
「2月1日で思い出すことは?」
「2月のはじまりってことね」
「・・・・・・お姉ちゃん。ひょっとして、わざと言ってる?」
「バレた?」
「うぅ。お姉ちゃん、嫌い」
「ごめんごめん。冗談よ」
拗ねる妹の頭を、優しく撫でてあげる。
「栞の誕生日でしょ。ちゃんと覚えているわよ」
「・・・・・・だったら、私、何かプレゼント買って欲しいな」
「ひょっとして、それが目当てで今日はついてきたの?」
「え? ・・・・・・そ、そんなことないよ」
妹はそう言うが、焦って言われても全然説得力が無い。
「ちゃんとプレゼントはあげるから、明日まで我慢しなさい」
「できれば今日買って欲しいな」
「わがまま言わないの」
そんなことを言い合っていると、あたしの頬を何か冷たいものがかすめた。
よく見ると、空から雪が降ってきている。
「・・・・・・もう降ってきたのね」
空は完全に暗く覆われ、降ってくる雪もかなりのものだった。
「まったく。栞がのんびりしているせいで、雪が降ってきたじゃない」
「ごめん。・・・・・・お姉ちゃん、寒いよね?」
確かにこの雪の中、コートも羽織っていないのだから寒いに決まっている。
でも、妹の申し訳なさそうな顔を見ていると、そう言い返すのもためらわれた。
そのときだ。
「あ。お姉ちゃん、ちょっと来て」
妹は急に走りだし、ある店の前にまで寄った。
そこは婦人物も衣料を取り扱う店だった。
「一体、どうしたのよ?」
訊ねるあたしに、妹は店先のショーウィンドウを指差して言った。
「私、このストールが欲しい」
「え?」
妹が指差したのは、茶色いチェック柄のストールだった。
「栞、こんなのが欲しいわけ」
「駄目かな? 私の誕生日プレゼントに、今すぐ欲しいんだけど」
とりあえず値段を確かめてみるが、買えないわけではなさそうだ。
でも、本当にこのストールが欲しかったのだろうか。どうも、とってつけて言われたような気がする。
「もっと、いいものにしたらどう?」
「私はこれがいいの。前から欲しいって思っていたもの」
「ふうん」
「今、このストールがあれば、お姉ちゃんにもコートが返せるし、二人であったかくして帰れるよ」
あたしは無言で妹の顔を見た。
明らかに気を遣われているのがわかるが、妹はそれを隠そうと無邪気に笑う。
そんなこの子は、ちょっとバカだけど、とっても優しい自慢の妹。
「わかったわ」
あたしは軽く息をついて、大好きな妹の肩をポンとたたく。
「今回は特別に買ってあげる」
「わあい。ありがとう、お姉ちゃん」
「本当に特別なんだから、大事にしてよね」
「もちろんそうするよ。だって、お姉ちゃんからのプレゼントだもん」
こうして、あたしは妹にストールを買い与えてあげた。
1日早い、誕生日プレゼントとして。
妹はあたしにコートを返すと、早速プレゼントのストールを羽織る。
「どうかな。似合うかな?」
「そうね。身体の弱い栞には、似合って見えるわね」
「お姉ちゃん。一言余計」
「冗談よ。それよりもあたたかい?」
妹が拗ねてしまう前に、からかうのは止めにする。
「うん。とても・・・・・・あたたかい」
「そう。よかったわね。あたしもコートを返してもらって、あたたかくなったわ」
「それじゃあ、もう寒いのも平気だよね」
「少しましになった程度よ。・・・・・・とにかく、雪がひどくなる前に帰るわよ」
「うん!」
あたしと妹は、帰りの道を急ぐ。
真っ白く降り積もったばかりの雪に、あたしたち姉妹の足跡が刻まれる。
「ねえ。栞」
「何、お姉ちゃん?」
「・・・・・・・・・ありがとう」
あたしはコートの温もりを感じながら、そんな言葉を口にした。
ひょっとしたら、あたしの勝手な思いこみかもしれない。
でも、言わずにはいられなかった。
「私、お礼を言われるようなことはしてないよ。ヘンなお姉ちゃん」
「ヘンなお姉ちゃん・・・・・・か」
思わずつぶやき、そして、笑う。
「ま、栞の姉だもんね」
「うぅ。それって何か引っかかる言い方だよ」
「気にしなくていいわよ。言葉通りの意味だから」
「気になるよ〜」
笑い声と拗ねた声。
これがいつもの光景。
あたしと妹が繰り返してきた、そんなささいな日常。
そこには、いつも幸せがあった。
ありふれすぎて、幸せとも気づかないような幸せ。
・・・・・・・・あたしは、ずっとこの幸せが続くことを、信じて疑わなかった。
了
あとがき
今回の短編は「Kanon」というゲームから、美坂姉妹を題材に書いてみました。
私は香里と栞、この二人の姉妹がものすごく好きです。ゲーム本編では、ほとんど姉妹のやりとりってなかった分、色々と想像を働かせて書いてみました。さて、いかがなものでしょう?
とりあえず今回のお話は、ゲーム本編が始まる1年前が舞台。栞のトレードマークともいえるあのストールは、どうやって手に入ったか?などがテーマです。あとは仲の良い美坂姉妹を書きたかった。もう、それにつきます。
ゲームを遊んだ人や、これから遊ぶ人にも、何か伝われば幸いなんですけどね。
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