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 旅立ち・後編 〜FINAL FANTASY XIより〜

 

 

 荒涼とした大地を、二つの騎影が駆け抜けた。

 それはチョコボと呼ばれる、俊足を誇る黄色い巨鳥。そして、それに騎乗しているのは二人のエルヴァーン男性であった。

 そのうちの一人の名はハクリュウという名の赤魔道士。もう一人の名はジャレス。吟遊詩人である。

 二人の顔立ちは似ているが、別段兄弟という訳でもない。だが、二人には共通していることがあった。

 それはこの二人が、サンドリア王国のカッファル伯爵夫人に仕える密偵であるということだ。加えていえば、カッファル伯爵夫人はサンドリアにおける“小箱旅団(Little Box Brigade)”の支援者でもある。その関係もあり、ハクリュウとジャレスも旅団に属していた。

 現在二人は、バストゥーク共和国にほど近い、グスタベルク地方に入ったばかりであった。これまでは別の使命を帯びザルクヘイム地方に赴いていたのだが、急遽、本国の伯爵夫人よりリンクパールを使った連絡が入り、バストゥークにいるアムリエルたちと合流するよう命令がくだったのだ。

 伯爵夫人の話によると、旅団本隊のリンクパールが何者かに盗まれたということだった。伯爵夫人はカリアスよりその連絡を受けた後、個人的な配慮からハクリュウたちを遣わすことにしたのである。

 辺りは既に夜の闇に包まれていた。伯爵夫人より連絡を受けたのが夕刻のことで、二人はそのまますぐにチョコボを調達し、このグスタベルグ地方までやってきた。

 やがて二人の耳に、大量の水が流れ落ちる轟音が聞こえ始めたる。それからしばらく進んだところで、グスタベルクの名所のひとつである臥竜の滝が、月明かりに照らされてその姿をあらわす。

 渓谷の下まで流れ落ちる見事なまでの瀑布は、自然の力強さを雄大に見せ付ける。

 二人はそこで一旦チョコボを止めた。長時間乗り続けているため、少し疲れを感じたのだ。

「いつ見ても見事なものですね」

 滝を見つめ、ジャレスは感慨深げに呟いた。彼のような吟遊詩人は感受性も豊かだけに、この雄大な景色を前に様々なことを感じ取る。

 ハクリュウもそれには静かに頷いた。ジャレスほどの感銘はうけないにせよ、心に残る光景ではあると思う。

 ひとつ残念なのは、今が昼ではなく夜いうことだ。この滝は昼間にみるほうが、何倍にも美しく感じる。

「しばらく休憩したら出発しよう。強行軍にはなるが、翌朝までにはバストゥークについておきたい」

「僕は構いませんよ。もとよりその覚悟でしたしね。同じ休むなら、ここで野営するよりも向こうについてからしたいものです」

 ハクリュウの言葉にジャレスも同意した。もっとも、バストゥークについてから休めるという保障もないのだが、いまは先に進むのが先決のように思えた。

 こうして二人は、小一時間ほど休憩をとった後、再びチョコボを走らせた。

 

 

§

 

 耳元で聞きなれぬ少女の声がした。

 その声は「大丈夫ですか?」と何度も繰り返され、セルシアの身体をも揺さぶった。

 最初は夢か何かと思っていたが、時間が経つにつれて意識が鮮明になってくる。それと同時に、身体中に生じる鈍い痛みも。

 セルシアがうっすらと目を開くと、まず飛び込んできたのは心配そうな少女の顔だった。どうやらヒュームの少女のようだが、見知った顔ではない。

 いや、訂正。目の前の少女の顔を見るうちに思い出したことがある。

 たしか自分は、この少女を助けようとしてクゥダフと戦うハメになったような…………。

 セルシアはそこまで思い出すと、寝かされていた身体を思い切り起こした。しかしすぐに。

「あいたたたっ」

 身体に走った痛みに顔をしかめてしまう。瀕死ということはないにせよ、結構ひどい怪我を負っていた。

「大丈夫ですか? 無理をしちゃ駄目ですよ」

 目の前の少女が心配して声をかけてくれるが、セルシアはそれには答えなかった。そのかわり。

「ここは一体どこなのさ?」

 周囲の光景に目をむけつつ少女にそう尋ねた。

 セルシアたちのいる場所は、ひとつの大きな広場だった。床には不気味な模様のようなものが描かれ、近くにはいびつな形の岩の柱が立ち並ぶ。少なくとも自然にできたものとは思えない。

「ここはパルブロ鉱山の奥の方だと思います。わたしたち、クゥダフたちにここまで連れてこられたんです」

「にゃ? パルブロ鉱山だって! あたいたちがいたのは、ツェールン鉱山の入り口付近じゃなかったっけ。パルブロってことは、街から随分と離れているじゃない」

「その様子だと、気を失う前のことは覚えていらっしゃるようですね」

「…………ロクな記憶じゃないけど、あんたの顔みたら色々思い出しちゃったよ」

 軽い憎まれ口を叩くセルシアに、目の前の少女は申し訳なさそうな表情で萎縮する。

「それより質問の続き。あたいらはどうやってパルブロに連行されたの?」

「ツェールン鉱山の中にはパルブロ鉱山へ繋がっている川があって、わたしたちはその川から小船に乗せられて、ここまで連れてこられたんです」

「なるほどね。確かに空気の淀み方からいっても外でないことはわかるけど、ここって本当に鉱山な訳? 鉱山の中にしては不気味な場所じゃない。なんか儀式でも執り行うような場所にみえるけど……」

「わたしもこういう所があるなんて初めて知りました。そもそも鉱山なんて、あまり入ったことなんてありませんし」

「ま、一般の女の子には無用の場所だろうしねぇ」

「申し訳ありません。役に立てなくて」

 必要以上に頭を下げる少女を見て、セルシアは少しげんなりとした。こうまで謝られても調子が狂う。

「知らないことにまで申し訳なく思う必要ないわよ。第一、謝るなら別のことがあるだろうに」

「…………巻き込んでしまったことですよね?」

「その通り。まさか、あんたにちょっかいかけてるのがクゥダフだなんて思いもしなかったし」

「それはわたしだって驚いています。自分もあの場所にいたのは偶然で、こんなことになるなんて想像もしなかったのですから」

「でも、何だって街の中までクゥダフが侵入してたんだろうね。ガードの目だって節穴じゃないだろうに」

 セルシアは気を失うまでの状況を少し思い返してみた。そしてひとつ気がつく。

「そういや、一人だけガルカ族のやつが混じってなかったかい?」

「ガズゥさんのことですか」

「そういう名前なんだ? あんた、そいつのこと知ってるの?」

「名前と少しのことだけです。彼は鉱山区に住むガルカの人なんですが、わたしたちヒュームにあまり良い感情を持っていないと聞いたことがあります」

「一応、街の住人ってことか。そうなると、そいつが何らかの手段で街にクゥダフを手引きした可能性はあるかもね」

「それはあるかもしれませんね。彼がツェールン鉱山の船着き場を管理する仕事に携わっているという噂も聞いたことがありますし、そこから手引きした可能性はあるかもしれません」

「ったくぅ〜、そんなヤバそうなガルカに、そういう重要な仕事を与えるなよにゃ〜」

「それはわたしに言われても。でも、ガズゥさんがクゥダフたちと何らかのやりとりはしていたのは確かです。わたしは偶然、それを目撃して、最後には見つかってしまったんです。ただ、彼らが何を話していたかまではわかりません」

「なんにせよ、お互い運がなかったってことかぁ」

 セルシアは深い溜め息をついた。今のところ生かされてはいるが、それは幸運だったのか、更なる不幸のはじまりなのかがわからない。かといって、落ち込んだままでいるのも性にあわなかった。だから気分を変える意味でも、目の前の少女のことを訊ねてみる。

「そういや、あんたの名前は?」

「わたしはヨツバといいます」

「おっけー。ヨツバね。ちなみにあたいはセルシア」

「わかりました。よろしくお願いします、セルシアさん。…………といっても、こんなところでよろしくというのも変ですよね」

「なんで?」

「だって、わたしたちどうなるのかわからない訳ですし」

「そりゃまあそうだけど、ヨツバはこのままじっとしているつもりなの?」

 セルシアにそう指摘され、ヨツバは少し困惑の表情をみせた。

「出来ることなら逃げ出したいとは思いますが、そんなこと可能とは思えません。外には恐ろしいクゥダフが沢山いるんですよ」

「でも、諦めたらその時点で終わりじゃん。あたいはそんなの御免だよ」

「そう言われても、わたしだってどうすればいいか」

 ヨツバの不安がる気持ちもわからなくはないが、セルシアは少し苛立った。

「あのさあ、あんたはあたいを巻き込んだんだから簡単に諦めないでよね」

「ごめんなさい」

「そうやって謝るくらいなら、一緒に脱出できるよう考えな。ヨツバもこんな所で人生終わらせたくないでしょ」

「でも、わたし、足手まといになるかもしれないですよ」

「そんなの承知で言ってるの。これ以上、不毛な会話は続けさせないで」

 セルシアは言葉の限り、彼女に諦めないよう説得した。その気になれば一人で逃げ出すことを考えたっていいのだが、それはそれで後味も悪いから。

 ヨツバはしばらく考えたようだったが、やがて静かに頷いた。

「わかりました。わたしもセルシアさんと一緒にやれるだけ頑張ってみます」

「その気持ちが大事だよ」

「でも、どうするんですか? 何か良い案でもあるのでしょうか」

「それが問題なんだにゃ〜。ヨツバは、ここまで連れて来られた間の道って覚えてる?」

「ごめんなさい。恐怖で頭も混乱していたので、はっきりとは…………」

「そっか」

 半ば予想していた返事だけに、大きな落胆はなかった。

「せめて、どこからか助けが来てくれれば良いのですけど」

 ヨツバはそう呟くが、セルシアは肩を竦めて首を横に振る。

「そんな都合のいい話、そうそうあるとは思えないよ。仮にあったとしても、それに頼りきるだけってのも問題あるしね。あたいたちは、どんな状況でも利用できるような強かさを持たないといけないにゃ」

「セルシアさんはしっかりなさっているんですね」

「ま、そうでもしないと、シーフなんて稼業はやっていけないからさ」

 セルシアが何気なく言ったその時だ。

「シーフ? セルシアさんってシーフだったのですか!」

 ヨツバが“シーフ”という部分に過剰に反応した。

 セルシアは何かマズいことを口走ったかと思い、一瞬ぎょっとした。

 確かに一般の人間の中には、シーフを快く思わない者はいる。薄汚い盗人と思われている部分があるからだ。

 だが、シーフの技術は何も盗みの為だけにある訳じゃない。宝探しを生業とするトレジャーハンターの中には、シーフの技術を冒険に活かす者も数多くいるのだから。

 しかし、セルシアが返事に困っているうちに、ヨツバは更なる質問を投げかけてきた。

「失礼なことを聞くかもしれませんが、リンクパールというものを盗んだ覚えはありませんか?」

 質問の内容は失礼を通り過ぎて、少し予想外なものだった。

 それだけにセルシアは、ますます戸惑いを覚える。目の前の少女が、何だってそんなことを訊ねてくるのかがさっぱりわからない。

 ヨツバは返事を待っている様子だった。セルシアは少し落ち着きを取り戻した上で、こう訊ね返してみる。

「いきなりなんなのさ?」

 あくまでも自分が盗んだことは明言せず、まずは相手の反応を窺う。

「わたしの家に来られたお客様が、ミスラ族のシーフにリンクパールを盗まれたかもしれないとかで。それでもしかしたらと……」

「ふぅん。それであたいを疑っているんだ」

「違っていたらごめんなさい。でも、リンクパールがあれば、外に助けを呼べるかもしれないんです。そのパールと同じものを持つ者同士は、どんなに遠方にいようとも会話ができるらしいので」

「それは本当なの?!

「わたしはそう耳にしました。こんな状況で嘘を言っても得なんてないじゃないですか」

「まあ、それもそうだよね」

「それでセルシアさんは持っているのですか? どうなんです?」

 ヨツバが必死になって訊ねるものだから、セルシアは思わず苦笑して、懐にしまっていた小袋を取り出す。

「答えはこの通りさ」

 袋の中からパールを一個取り出し、それを見せる。

「やっぱり、セルシアさんが盗んだのですね…………」

 ヨツバは安堵したんだか複雑なんだかわからない表情をした。

「文句なら受け付けないよ。これがあたいの生き方なんだ。大体、そんな大事なものだったらもっとしっかり管理しろっての。盗まれる側にだって問題があるんだよ」

「それはわたしには何とも」

「ま、あんたにシーフの考え押し付けても仕方ないけどさ。それよりあんたの家に来ているお客ってのは、ヒュームの女の子とタルタル、エルヴァーンの男?」

「その通りです」

 ヨツバが頷くのを見て、セルシアも納得がいった。なんとも不思議な縁を感じずにはいられない。

 何にせよ、早まってこのパールを捨てなくて良かったと思う。今やこのパールこそが、助かるための切り札になるかもしれないのだから。

「ヨツバ。このパールの使い方、詳しくわかる?」

「いいえ。そこまでは」

「しゃあないなぁ。ま、いいよ。急いでこれの使い方を解明しよう。あたいとあんたでね」

 セルシアの言葉に、ヨツバも力強く頷いた。

 ひとつの希望が生まれた以上、それを無駄にする訳にもいかない。

 

 

§

 

 夜も深まろうという時刻に、リンクスとカリアスはカルロスの家に戻ってきた。

「団長。すまない。犯人らしきミスラは見つけたんだが、取り逃してしまった」

 戻るなり、リンクスが開口一番そう告げた。しかしその後、家の中の空気がおかしいことに彼らは気がつく。

 二人を出迎えたのはアムリエル一人だけだったのだ。そして彼女は、不安げな面持ちで二人に訊ねる。

「二人とも、ヨツバさんをみかけなかった?」

「ヨツバ殿? いや、特にみかけなかったが。彼女がどうかしたのかい」

「随分前、夕食の買い物に出たきりで帰ってこないのよ。今、フォウさんが心配して探し行っているんだけど……」

 アムリエルがそう言うと同時に、再び玄関の扉が開き、今度はフォウが戻ってきた。

「おかえりなさい。ヨツバさんは見つかりましたか?」

「いや、駄目だった。街の中をくまなく探してみたんだが姿がみえない」

「そんな……」

「市場の人たちにも話はきいてみたんだが、買い物にはちゃんと来ていたらしい。荷物を抱えて、鉱山区のほうに戻る姿を見たという人もいたくらいだ」

「それじゃあ、彼女はこっちに戻る最中に行方がわからなくなったということですか」

「そうなるね。あと、鉱山区の知人のところもまわってはみたんだが、そこに立ち寄った訳でもないみたいだった」

 フォウは口調こそ穏やかであったものの、その表情は重いものだった。

「とにかくもう一度探しましょう。提督、リンクス君。悪いけど次はヨツバさんを探すのを手伝って。今度は私もいきます」

 アムリエルの言葉に、カリアスとリンクスは頷いた。フォウはそんな彼女たちに感謝する。

「皆、すまない。君たちにもやるべきことがあるというのに、こんなことに巻き込んでしまって」

「それは気にしないでください。今はヨツバさんの身の心配が先です」

 アムリエルがきっぱりと告げた。

「本当にありがとう。じゃあオレはもう一度、街のガードたちにも訊ねてくるよ」

 それぞれ担当する区画を決めて、四人は再び夜の街に散った。

 しかし、それから二時間の捜索を続けるが、ヨツバの行方は一向につかめないままであった。時間は0時をまわり日付けも変わった頃、四人は一旦家に戻る。

「こっちは駄目だったわ。いけるところは全てまわったつもりだけど、ヨツバさんらしい姿はどこにも見えなかった」

「俺の方もそんなところだ。いかんせん広い街だけに見落としもあるかもしれないが」

 アムリエルとリンクスは口々に自分たちの結果を告げた。

「オレは街のガードに聞いてまわったんだが、有力な手がかりはなかった。ただ、ヨツバは街の外には出ていないと思う。入り口を守るガードたちがそう言っていたからな」

 フォウがそう報告する。

「じゃあ、まだこの街のどこかにいる可能性はあるってことですね」

 アムリエルはそう口にだすが、それが救いになるわけでもなかった。ヨツバがこの家を出てから、もう六時間は経過しようというのだ。彼女の性格を考えても、ここまで無責任な寄り道をするとは考えにくい。

 そうなるとやはり、何らかの事件に巻き込まれたとみるのが正しいわけだが、それがどういう類のものかまでは想像もつかなかった。

 その時である。

 カリアスが何かに気がつき、自らの懐から小さな珠を取り出したのは。

 手にあるそれは、彼のリンクパールであった。それが今、ぼうっと淡い輝きを放っている。

「どこからか連絡が入ったのですか?」

「そのようだ。このパールを使っての連絡は、差し控えるように言っておいた筈なんだが……」

 アムリエルの視線を受けながら、カリアスが答える。

「とりあえず、話はうかがってみることにする」

 カリアスはそれだけ言うと、パールに意識を集中させた。すると、脳裏に何者かの声が響き渡る。

〈うまくいったと思ったのに何の反応もないじゃん〉

 最初に響いてきたのはそんな悪態めいた声だった。

 しかし、その声には聴き覚えがある。それはリンクパールをスリとったミスラのものだ。

〈輝くだけじゃダメなのかねぇ。なんか特殊な合言葉がいるとか?〉

 ミスラの声は尚も響いてくるが、それは誰かに話かけるというより、まるで独り言を呟いているかのようだった。だが、続いて聞こえてきた言葉に、カリアスはハッとなる。

〈ねぇ、ヨツバは何か心当たりはないの?〉

 ヨツバ。今、確かにそう聞こえた。それも誰かに話しかけているような感じで。

 まさかとは思うが、ヨツバはあのミスラのシーフと一緒にいるのだろうか? カリアスは疑問に感じ、その疑問を解消するためには話しかけてみるしかないと判断する。

〈おい、今そこで話している君は、リンクパールを盗んでいったミスラのお嬢さんではないかね?〉

 カリアスは、なるだけ穏やかな口調で相手に呼びかけてみた。すると。

〈にゃんだ〜?! 頭の中になんかキターーーーー〉

 ミスラの戸惑ったような声が伝わってくる。

〈落ち着きたまえ。リンクパールを持つもの同士は、伝えたい言葉を念じるだけで、互いの脳に直接その言葉を送ることができるんだ〉

 相手がパールの使い方を把握していないとみて、カリアスはそう説明した。

〈そ、そいつはビックリ。それよりアンタは一体、誰?〉

〈港で君を追いかけていたうちの一人、タルタル族の者だよ。名はカリアスという〉

〈じゃ、そっちは外の世界なんだね!〉

〈外の世界? それはどういう意味かね。そもそも君はどこにいるんだ。あと、君と一緒にヨツバというヒュームの少女はいないかね?〉

〈ヨツバならあたいの側にいるよ。あたいたちはクゥダフに捕まって、パルブロ鉱山に連れてこられたみたいなんだよ〉

〈それだけでは話がみえてこないな〉

 クゥダフにパルブロ。想像もしなかった単語が出てきただけに、カリアスは慎重に状況を訊ねることにした。

〈それは今から説明してあげるよ。あ、ちなみにあたいの名はセルシアね。そんで、捕まった経緯なんだけど、あたいはアンタらから逃げた後、鉱山区でヘンな連中に絡まれてるヨツバを見た訳よ。それで助けに入ったんだけど、そのヘンな連中の正体ってのが何とクゥダフだったの。あたいも一生懸命応戦したんだけど多勢に無勢。最後には負けて気を失い、次に目が覚めたらパルブロ鉱山の中だったという訳〉

〈ということは何かね。獣人が街の中に侵入していたと?〉

 カリアスは硬い口調で問うた。

〈そういうことね。奴らがどうやって入ってきたかまではわかんないけど、連中の中には妙なガルカが混じってた。ヨツバの話では鉱山区に住んでいるガズゥとかいう名前のガルカらしい。あたいらは、そいつがクゥダフを手引きしたんじゃないかと睨んでる〉

〈そうか。大体の事情はのみこめた。それより君たちの怪我の具合はどうかね?〉

〈無傷とは言いかねるけど、動けないほどの大怪我はしてないよ。ただ、これから先はどうなるかわかったもんじゃないけどね。あたいらが何故、生かされてこんな所に運ばれたのかわかんないからさ。それにここはパルブロ鉱山の中でも随分ヘンな場所でさぁ〉

 セルシアは自分たちのいる場所について、見た限りのことを説明してくれた。

 その話を聞くうちに、カリアスは少し思い当たるものがあった。確かあの鉱山にはワールンの祠のという、聖域めいた場所があったことを。

〈さあ、アンタたちはどうしてくれるんだい。あたいたちの窮地を知った以上は救出にきてくれるの?〉

〈勿論そのつもりだ。だが、もう少しだけ時間が欲しい。君たちのいる場所へ向かうにも準備がいる〉

〈わかったよ。それまでは自分たちの運を信じることにするわ。それと、ヨツバの面倒はちゃんと見てあげるから、パールを盗んだことは不問にしてほしいね。ちゃんと返しもするから〉

 ちゃっかりとそう言ってのけるセルシアに、カリアスは苦笑しつつもそれを了承する。

 こうして、パールによる会話を一旦切り上げ、カリアスはこれまでの話の内容をアムリエルたちに説明した。話を聞いた全員は、ヨツバがまだ無事であることに安堵する反面、彼女たちがまだ危険な状況にあるという事実には表情を硬くした。

「あのガズゥがクゥダフと関係していたなんて……」

 フォウが拳を握り締めながら呟いた。

「そのガズゥって人はガルカ族なのですよね? どのような方なのですか」

「ツェールン鉱山のほうで働いているガルカなんだが、必要以上にヒューム族を嫌っている奴なんだ。まるで憎悪しているといってもいいくらいに」

 その話を聞くうちにアムリエルは、ひとつ思い出すものがあった。

「もしかして、そのガルカの左目には大きな傷があるんじゃないですか?」

「ああ。その通りだけど、知っているのかい」

「この家へ来る途中で偶然に」

 アムリエルはこの家に来るまでのことを話して聞かせた。

「そんなことがあったのか。だが、獣人と手を組むほどに堕ちた奴だったとは」

 この国におけるヒュームとガルカの確執は根深い。しかしフォウにとっては、育ての親のカルロスがガルカでもあっただけに、ガルカという種族そのものに尊敬の念すら抱いていたほどだ。

 だが、それぞれの種族の中にもやはり善人と悪人がいるということを、改めて思い知らされた気分だった。

「とりあえずそのガルカの話はあとにしよう。今は彼女たちを助けるのが先決じゃないか?」

「そうだな。だが、救出にいくにせよ、もう少し情報の準備は欲しい」

 急かすリンクスに対し、カリアスは落ち着くように告げた。

「俺は彼女たちが囚われている場所が、パルブロ鉱山内にあるワールンの祠と推測するのだが、そこに至るまでの明確な道がわからん。フォウ殿は知っているかね?」

「いえ……オレも生憎とパルブロの奥のほうまでは」

「そうか。ならば、知ってそうな奴に尋ねるしかないな。例えば、そのガズゥとかいうガルカに直接問うのもいい」

 カリアスのその提案に、アムリエルも力強く頷いた。

「他にやっておくべきことはあるだろうか? この事態をガード側にも伝えて応援を要請するとか」

 リンクスは言う。しかし、カリアスはしばし考えた後、首を横に振った。

「いや、まだ止めておこう。応援を要請すれば大規模な討伐隊は組まれるだろうが、その準備には時間もかかりすぎる」

 獣人が街に侵入したなどという事態は、バストゥークにとっても由々しき事である。そんなことを街のガードに告げれば、その事実確認も含め、多くの人間を巻き込むのは明白だ。そうなると時間も手間も増えてしまう。

「では、ガズゥから情報を聞き出すという方向で構いませんね?」

 アムリエルが最後にそう確認すると、他の三人も無言で頷いた。

 

 

§

 

 ガズゥの自宅はフォウが案内してくれた。

 そのガルカが未だ自宅にいるのかは不明だが、身近な手がかりである以上はおさえておくしかない。

 こうしてアムリエル達はガズゥの住む自宅前まで移動し、早速にも家の扉を叩く。

 それからしばらくして、中から声が響いた。

「こんな時間に誰だ?」

 不機嫌そうに響く声。それはまぎれもなくガズゥと呼ばれるガルカのものに間違いない。

「オレはカルロスの家で世話になっているフォウというものだ。ガズゥ、あんたに少し尋ねたい事がある」

「…………帰れ。オレはヒュームになど用はない」

「そういう訳にはいかない。オレはあんたにどうしても確認しなきゃいけないことがあるんだ。ヨツバのことで」

 その言葉で、中からの反応はなくなる。

「開ける気はなさそうですね。少し乱暴にはなりますが、押し入らせてもらいましょう」

「ならばまず俺に任せてくれ」

 アムリエルの言葉にカリアスが応え、そのまま魔法を使うための集中に入った。

 彼の掌から精霊の力による魔法の輝きが発現し、それはやがて大きな石のつぶてとなって扉に叩きつけられる。そうして脆くなった扉に、リンクスとフォウが示し合わすでもなく体当たりを仕掛けた。

 こうして扉が開くと、四人は家の中に踏み込んだ。

 それと同時に、椅子を抱え上げたガズゥがそれを振り下ろして襲い掛かってくる。

 狙われたのはフォウだった。だが、彼は寸でのところでそれをかわすと、返す勢いで鋭い蹴りを放つ。

 見事なまでのその身のこなしは、育ての親であるカルロスに仕込まれたものだ。カルロスは己が肉体を鍛錬したモンクであり、フォウも幼い頃からその技術を教え込まれてきている。

 彼の放った蹴りはガズゥの身体をしっかりとらえ、壁際まで吹っ飛ばす。

 そこへアムリエルとリンクスが剣を抜き、壁に叩きつけられたガズゥの首元に切っ先を突きつける。

「逃げられないわよ。観念なさいっ!」

 アムリエルが厳しい声音で告げた。

「貴様ら、なんのつもりだ」

 壁際に追い詰められながら、ガズゥは唸るように言った。

「それはこっちの台詞よ。あなたが獣人と結託し、ヨツバさんを拉致したのはわかっているのよ」

「…………知らぬと言ったらどうする?」

「何がなんでも認めさせるわ」

 アムリエルのその言葉に、ガズゥは嘲笑を浮かべる。

「なにが可笑しい?」

 フォウが詰め寄った。

「貴様らヒュームの独善的な考え方は、いつの時代も変わらぬなと思っただけだ。だが、まあいい。どうやって事実を知ったかはしらんが認めてやるさ。確かにオレはクゥダフの奴らと繋がっている」

 ガズゥは意外なほどにあっさりとそれを認めた。多少、拍子抜けした感はあるが、今はそれを訝しんでいる場合でもない。

「だったらついでに教えてくれ。ヨツバはパルブロ鉱山のどのあたりにいる?」

「なんだ。まだあの小娘を助けた訳ではなかったのか。ふんっ、ならばこれ以上は何も言うつもりはない」

「あなた、自分の立場がわかっているの? 素直に協力してくれたら、こちらだって悪いようにはしないわ」

 アムリエルは呆れながらもそう促した。

「オレはヒュームに情けをかけられるくらいなら、この場で殺される方を選んでやる。さあ、その剣でオレの喉を突いたらどうだ」

 ガズゥは挑発的に言い切ると、自ら切っ先に首を押しあてようとした。アムリエルは驚いて剣を引くが、リンクスが鋭く制止させる。

「団長、惑わされるな」

「……うん」

 アムリエルは唇を噛んで頷く。こちらが弱気になった隙をついて、相手が一気に反撃に出ることも考えられるのだから。

 だが、ガズゥはそれ以上の動きはおこさず、再び嘲るような笑みを浮かべた。

「敵を傷つけることもできぬ奴が剣を携えるなど笑い草だな。まあ、所詮ヒュームなどその程度の器ということだ」

「あなたはどうして、そこまでヒュームを毛嫌いするの?」

 アムリエルにはそれが疑問でならなかった。

「それは貴様らヒュームが薄汚い種族であるからだ」

「忌まわしい獣人と結託するあんたよりはマシなつもりだ」

 フォウが言う。

「ふん。忌まわしい獣人か。確かにその通りではあるな。しかし、貴様らヒュームとて獣人とどういう違いがあるというのだっ!」

 ガズゥが吼えるように叫んだ。

「…………それはどういう意味よ?」

 アムリエルは落ち着きを取り戻しながら訊ねた。そんな彼女にガズゥは静かに告げる。

「オレたちガルカ族の先祖は、数百年前、ある獣人たちの手によって故郷であるゼプウェル島を追われたんだ」

「その話ならオレも、カルロスのおじさんに聞いた事がある。その島に栄えていたガルカの都は、アンティカと呼ばれる獣人種族によって滅ぼされたって」

 フォウが思い出すように言った。

「でも、それがヒュームを恨むこととどう関係するのよ?」

「似ているのだ。おまえたちヒュームは、ガルカを故郷から追い出したアンティカと同じ真似をしているのだからな。…………貴様らは、パルブロ鉱山がクゥダフ族の聖地であったことを知っているか?」

 そう問われてアムリエルは言葉に詰まった。それは初耳であったから。ガズゥはそのまま言葉を続ける。

「パルブロはいま言った通りクゥダフの聖地だ。だが、ミスリル鉱が発見されたことにより、バストゥークの共和国軍は彼の地に攻め入り、それを占拠した。その後、クゥダフ族はパルブロ鉱山を追われたが、二十年前の大戦を機に奴らは聖地を奪還したのだ」

 ガズゥはそこまで言って、アムリエルたちを睨んだ。

「貴様らに故郷を不当に追われた者たちの気持ちがわかるか? その故郷を奪還したクゥダフの勇気がわかるか? オレは貴様らヒュームの独善的な考えによって故郷を追われたクゥダフに同情し、同時にそれを取り返した奴らの勇気を賞賛する!」

「だからクゥダフに与するというの……」

 アムリエルの唇を噛んだ。頭の中では今の言葉を吟味する。

 ガズゥがヒュームを毛嫌いする理由はわかった。確かに彼の気持ちに立って考えれば、ヒュームという種族が卑しくみえるのもわからなくはない。

 しかし、だからといって彼のしていることが許されるのか?

 それは否だ。

 なんの罪もないようなヨツバを巻き込み、その命を危険に晒すような状況に追い詰めることなど、断じて許せる訳がないのだから。

「…………あなたはクゥダフと与して、最終的に何をするつもりだったの?」

「奴らの協力を受け、この国の主導権の座をヒュームから奪うのだ。機が熟せば、大統領の暗殺を行ってな。そしてオレたちガルカがこの国の主導権を握ったあかつきには、パルブロへの不可侵を約束する」

「馬鹿な! そんな世迷言が通じると思っているのか。獣人の力を借りてこの国の主導権を握ろうとしても、他のガルカたちが素直にそれを受け入れる訳がない」

 リンクスは目の前のガルカの正気を疑った。

「オレは同胞を信じる。今、この国のガルカはヒュームに縛られた不当な生活を強いられているのだ。それは国の主導を握る大統領が、常にヒュームから選出されることからみても明らかな事実。それを不満に思う同胞は数多い。ささいなきっかけさえあれば、我らガルカはヒュームに反旗を翻すであろうさ」

 ガズゥは狂ったように笑う。もはや妄言でしかなかった。

 ヒュームとガルカの間に大きな溝があるのは確かだとしても、ガズゥの被害意識は常軌を逸脱しすぎている。

 その時だ。

「ふざけるなっ!」

 この建物をも震わせるようなフォウの一喝が轟いた。

「あんたはとてつもない卑怯者だな」

「…………なに?」

「あんたがヒュームに感じている不満はわからなくもない。でも、あんたはそれに対して意見は出してきたのか? 不当な生活を強いられているとして、その窮状を訴えてきたのか? オレにはとてもそうは思えない。何も言い返せ無いまま一人で勝手にヒュームへの恨みを募らせ、その挙げ句に大統領の暗殺を企てるなど卑怯にも程がある。言っちゃなんだが、この国のガルカたちは誰一人としてあんたの言葉には耳を貸さないと思う」

「若造がわかったような口を!」

「少なくともあんたよりはわかっているつもりだ。確かにこの国において、ヒュームとガルカがうまくいってるとはお世辞にも言えない。けれど皆、すれ違いをしながらも支えあっている。何故だかわかるか? それはお互いに真っ直ぐ向き合っているからだ。そうやって通じて来た者同士は、多少考えが食い違っても、どこかで認め合えるところもでてくる。でも、あんたはそれをしなかった。他のガルカと違い、分かり合おうとする努力を放棄しているんだ」

 フォウとガズゥとのあいだで視線がぶつかりあった。

 そして、アムリエルもそっと口を開いた。

「ガズゥ。あなた言ったわね。故郷を不当に追われた者たちの気持ちはわかるか?、と。ならば、大事な家族を奪われようとしている者の気持ちはあなたにはわかるの?」

「………………」

「あなたからみて、ヒュームという種族が薄汚くみえたのなら弁解はしない。でも、すべてのヒュームがあなたの思っているような者たちでないのも理解してほしいわ」

「ならば貴様は、それをどう証明できる?」

「簡単に証明できることなら、こんなすれ違いは起きたりしないわ。それは時間をかけて見届けてもらうしかないと思うから。でも、証明して欲しいというのなら、あなたにもヒュームを理解しようとする気持ちだけは持って欲しいわ」

「ふん。口のうまいやつだ」

 ガズゥが目を伏せて苦笑いした。

「お互い、ちゃんとした理解に基づいてこそ、本当の信用は得られるものだしね」

 アムリエルはガズゥの目をしっかり見据えてそう答えた。

 すると。

「よかろう。あのヨツバという小娘がどこに監禁されているかは教えてやる。その剣をどけろ」

「本当に?」

「嘘は言わん。だが、勘違いはするな。オレはおまえを理解した訳じゃない。オレがこうすることによって、おまえはどうオレに応えるかを知りたいと思っただけだ」

 アムリエルは頷くと、リンクスに目配せして剣を退かせる。そしてガズゥは立ち上がると、近くにある棚から羊皮紙の束を取り出し、それをテーブルの上に広げてみせた。

「これを見てみろ。これはパルブロ鉱山の地図だ。そして、おまえたちの探している小娘は…………おそらく三層目のこの場所だ。そこはワールンの祠と呼ばれている」

 その場所の名は、先ほどカリアスが言っていたのと同じものであった。

「そこは何か特殊な場所なの?」

「パルブロはクゥダフの聖地だ。その中でもこの祠は、なんらかの祭儀の時にでも使う場所と想像するがな。まあ少なくともあの小娘どもは生贄として扱うらしいからな。これほど相応しい場所もあるまい」

「この地図、借りていいかしら?」

 アムリエルの要求にガズゥは頷く。

「ああ、構わん。……で、このあとお前はオレをどうするのだ? ガードに突き出すのか? それともこの場で手にかけるのか?」

 確かにそれは思案のしどころではあった。アムリエル自身、ひとつ思うところはあるが、自らの一存でそれを決めて良いのかまではわからなかったから。

 そこへ、彼女の様子を察したリンクスが後押しする。

「君が思う決断をくだせばいいと思う」

 それは幼馴染みとして、アムリエルの性格を知っているからこその言葉。

 この決断を下すことによって、アムリエルはまた一つ成長を遂げるかもしれない。

 それはリンクスにとって、多少なりとも複雑な気持ちでもある。

 しかし、アムリエルを本当に正しく理解しているという自負がある以上、成長を後押しするのも自分の役目なのかもしれない。リンクスはそう思うことにした。

 ミスラの少女を追う前、カリアスに己の気持ちを口にして以降、リンクスはずっと考えていたのだ。自分が何を成すべきなのかを。

「わかったわ。ならばこうしましょう。ガズゥはこのまま放置。今はヨツバさん達の救出を最優先にします。フォウさんもそれでいいですか?」

 アムリエルはおもむろにそう宣言した。これまでの仲間は自分の考えを理解してくれるだろうが、知り合ったばかりのフォウまでが納得してくれるとは限らない。だから、確認だけはちゃんとしておく。それで彼がガズゥを許せないというのなら、それはもう彼に委ねるしかないと思う。

 だが、フォウの方はすんなりと同意してくれた。

「オレもそれで構わないと思う。ヨツバの身に危険が迫っているとわかった以上、じっとしてなんかいられないからね。ただ、救出にいくならオレも同行させてもらうよ。この拳にかけて、足手まといにはならないつもりだ」

 それはアムリエルにとっても頼もしい申し出だった。彼のモンクとしての腕前は、ここに踏み込んだ時の身のこなしから考えても確かなものがあると思う。

「頼りにさせてもらいます」

 アムリエルはそう言って微笑むと、剣を鞘におさめた。

 その時、ガズゥが声をあげる。

「貴様。本当にオレを放置する気か? それが答えなのか?」

「そうよ。それが私の出した答え。少なくとも今のあなたに、私たちを陥れるだけの力はないと思うから。あと、誤解のないように言っておけば、私はあなたを許した訳じゃないわ」

 最後の一言は眼光鋭く言い放つ。

「ならばどうして捨て置く?」

「ヒュームという存在を、あらためて見定めてもらうためにはそうするしかないと思ったのよ」

「ふん。それでオレが変われると信じるつもりか?」

「どうなるかはあなた次第だけど、信じたいとは思う。これ以上は、あなたも人に裁きを委ねず、自分の力で考えなさい。あなたに誇りがあるというのなら尚のことね」

「…………誇り、か」

 ガズゥは目を閉じて穏やかに口許を綻ばせた。

 アムリエルはその表情を見届けた後、仲間に目配せだけして、何も言わずにこの家を後にした。

 と、その時だ。

「パルブロに乗り込むなら、心強い仲間がもう少し欲しくないかね?」

 玄関を出てすぐのあたりで、そんな声がした。アムリエルは驚いて、その声の方を向く。

「あんた達は…………」

 先に反応したのはリンクスだった。彼の目の前には二人のエルヴァーンが立っていた。

 ハクリュウとジャレスである。

「久しいな、リンクス。サンドリアで別れて以来だ」

 ハクリュウは落ち着いた声で応えた。そしてジャレスは、アムリエルに一礼する。

「団長。お久しぶりです」

「う、うん。久しぶり。でも、驚いたわ。どうしてあなた達二人がここに?」

 予期せぬ二人の登場に、アムリエルも驚きを隠せなかった。

「ある任務でザルクヘイム地方へ赴いている時、サンドリアの伯爵夫人から連絡が入ったんですよ。婦人は提督より、こちらで起きている事件について知らされたらしく、僕たちにその応援に向かうよう命じられたのです」

 ジャレスの説明に、カリアスも頷く。

「パールが盗まれてから、俺は自分のパールで旅団の関係者にだけは連絡をいれたからな。しかし、こうやって応援をよこしてくれるとは、途中まで想像もしなかったがね」

「近場の地方にいたからこそ出来たことさ。それに、どうやら来てみて正解のようだったしな」

 ハクリュウは腕を組みながらフッと笑みを浮かべた。

「事情は飲み込めているのですか?」

「大体は。今ここでのやりとりも、提督からリンクパールを通じて伝えられていたからね」

 カリアスの手際の良さを感心すると共に、アムリエルは心強い味方を得たことを実感した。

 ハクリュウは赤魔道の使い手であるし、ジャレスは詩人として数々の魔力のこもった歌を使い分ける。こうした魔法の力は、前衛で戦う者たちにとっては大いなる支えだ。

「ならば、早速ですが協力をお願いします。準備がよければ、パルブロ鉱山に乗り込みます!」

 アムリエルが力強く宣言し、各々もそれに頷いた。

 しかしその中にあって、リンクスの表情だけが少し晴れなかったことに、いまは誰も気がつかなかった。

 

 

§

 

 パルブロ鉱山は北グスタベルグに位置する、巨大な鉱山だ。ミスリルが産出されるこの鉱山は、バストゥーク共和国によって大規模な開発が進められ、坑道もかなり奥までのびている。

 だがガズゥの話では、元々ここはクゥダフ族の聖地であり、二十年前の大戦を機にクゥダフに奪還されたという。

 それでもこのパルブロには、今もなお鉱山開発の名残は残っている。鉱夫たちの姿はなくとも、つるはしやトロッコといった道具が打ち捨てられているからだ。

 アムリエルたち六人は、迷路のように入り組んだ坑道を慎重に進んでいた。

 周囲は薄暗いので松明などを持って進んでいるが、その灯りでクゥダフに感ずかれることはなかった。というのも、クゥダフ族という獣人は視覚ではなく、聴覚を頼りに生きているからだ。だから、自分達の音を消して進めば、例え目の前を横切ったとしても相手がいることに気づくことは無い。

 今、一行は〈スニーク〉という足音を消す魔法をつかい、先を急いでいる。

 こういった魔法に慣れていないアムリエルやリンクスは、最初でこそ魔法の効果に不安を感じたものの、実際に敵が反応してこないのを見て、少し安心はした。ただ、魔法の力は永久的に続くものではないので、その力が途切れそうになるタイミングにだけは注意をしないといけない。敵の真っ只中で魔法が切れてしまっては、当然気づかれてしまうからだ。

 鉱山入り口付近のクゥダフなら、気づかれても返り討ちにすることは容易いらしいが、奥に進めば進むほど階級の高いクゥダフが存在するとカリアスからは聞かされている。

 クゥダフは直立した亀のような獣人であるが、その階級は背負う甲羅の重さによって決まるという。勿論、階級が高い者ほど実力もあり危険なのは言うまでもない。

 一行はガズゥから借り受けた地図によって、順調に先へ進んだ。そしてある場所で、ひとつの大きな装置に差し掛かる。それは吹き抜けになった上方まで延びる、巨大な金属の櫓のように見えた。

「これは一体、なんでしょうね?」

 ジャレスが最初に疑問を口にした。

「この巨大な装置は、鉱山開発で使われていた昇降機(エレベーター)だな。地図の書き込みによると、これを使って上にのぼることで一気に三層まで抜けられるようだ」

「技術に秀でたバストゥークならではのものだな」

 カリアスの言葉に、ハクリュウが感心したように呟く。

「今はそんな呑気なことを言ってる場合じゃない。先を急ごう」

 リンクスが促すと、全員は昇降機の上に乗り、レバーを操作した。すると昇降機は、ガタガタと揺れながらも上へのぼっていく。こうしてアムリエルたちは、パルブロ鉱山の三層目にまで辿り着くことができた。

「ここから先のクゥダフは更に危険な奴が多いだろう。今まで以上に慎重に進もう」

「ワールンの祠も近いんですよね?」

 アムリエルが確認すると、カリアスは小さく頷いた。

「ウム。祠はこの三層目の奥だ。ガズゥの地図には、丁寧に場所の印もされているから迷うこともないだろう」

 こうして一行は改めて魔法をかけなおした、進むのを再開した。

 その途中でカリアスは、リンクパールを使ってセルシアの側に連絡をいれる。

〈セルシア殿。聞こえるかね?〉

〈ああ、大丈夫。聞こえるよ。そっちは今、どんな状況なの〉

〈そちらのいる場所に近づいている。いつでも動ける準備だけしておいてくれ〉

〈わかったよ。今のところ、こっちも大きな変化はないしね。とっとと助けに来ておくれ〉

〈任せておきたまえ〉

 そこで一旦会話を区切り、一行は徘徊するクゥダフを横目にワールンの祠を目指した。そして、やがてには大きな魔法陣のある部屋へと辿り着く。

「ここだな」

 カリアスが言って、立ち止まった。

「妙な魔法陣があるだけで、行き止まりにみえるが」

 ハクリュウが呟き、興味深そうに魔法陣を眺める。

「その魔法陣は、ワールンの祠へ転送してくれるものだと思う」

 カリアスが答えた。

「ならば早速これを使って祠にいきましょう」

 そう言うとアムリエルは魔法陣の上に進み、後の者もそれに続いた。

 全員が魔法陣の上に立つと、まばゆい光が陣の中から溢れ出し、一行の身体を包み込んだ。そして一瞬、視界が闇に包まれるが、次に視界が戻った時には、先ほどとはまったく違う場所に立っていた。

 アムリエルは周囲の状況を確認すべく首を巡らせた。その時である。

「お兄ちゃんっ!」

 聞き覚えのある少女の声が耳に飛び込んでくる。それにいち早く反応したのはフォウだった。

「ヨツバ!」

 声のした方を見ると、奥のほうからヨツバとミスラの少女がこちらに駆け寄ってくるのが確認できた。

 ヨツバはフォウに抱きつくと、そのまま堰切ったように泣き出しはじめる。ここまで気丈さを保ってきた彼女であったが、やはり心細かったのだろう。

「もう大丈夫だ。お兄ちゃん達が必ず外まで連れ出してやるからな」

 ヨツバと再会したフォウを見て、アムリエルは本当に良かったなと感じた。

 あとは彼の言うように、この場を脱出するだけだ。それまでは油断は禁物だと、改めて気を引き締めなおす。

 そのとき、リンクスに促されてミスラの少女がアムリエルの目の前にやってきた。

「ほら、団長から盗んだリンクパールを返すんだ」

「わかってるわよぉ。だから、そんな怖い顔で睨まないで欲しいにゃ」

 ミスラの少女はリンクスに不満げな顔を向けつつ、パールの入った小袋をアムリエルに返した。

「これでいいよね?」

「うん。…………中身も特には問題なさそうね。ありがとう」

 場違いに礼を述べるアムリエルを見て、リンクスは眉をひそめる。

「団長。この女は盗っ人だぞ。盗まれたものを返してもらっただけで、礼などいう必要はない」

「そうかもしれないけど、彼女はヨツバちゃんを助けようとしてくれたんだし、根は悪くないと思うわよ」

 アムリエルがそう言うとセルシアはニヤっとし、彼女の手を取った。

「いやぁ〜、さすがは姐さん。人を見る目があるわぁ〜。……それに引き換えこっちのエルヴァーンの男ときたら、心が狭いったらありゃしない」

「あ、姐さんって……」

「貴様に心が狭いなどと言われたくない」

 アムリエルは慣れない呼ばれ方に苦笑し、リンクスは暴言に対し憤然とする。しかしセルシアは、そんな二人の様子などお構いなしに話しかけてくる。

「あたいも反省してるし、これ以上の小言は勘弁ね。そんかわりといっちゃなんだけど、もしあたいで力になれることがあるのなら手は貸すしさ」

「誰が盗っ人の助けなど借りるものか!」

「まあまあ、リンクス君も落ち着いて」

 なだめるアムリエルの後ろに隠れ、セルシアはリンクスにべ〜っと舌を出す。リンクスは尚も言い返そうとするが、そこへハクリュウも割って入り、彼の肩をポンっと叩いた。

「今は団長の顔を立てて、おとなしくすることだ。それにシーフの技術は侮れたものじゃないぞ」

「あんたにそんなこと言われる筋合いはない」

 リンクスは肩に置かれたハクリュウの手を乱暴に振り払った。それを見たアムリエルは少し眉をひそめる。

「ちょっとリンクス君。気が立っているからって、そんな態度はひどいと思うよ」

「………………」

 リンクスは少し寂しそうな顔をして、無言のままこの場を離れた。

「…………もう、一体どうしちゃったっていうのよ」

「おれも出すぎたことを言ったのがマズかったのだろう」

「だからってハクリュウ大佐にあんな態度は」

「気にはしていないよ。それに彼は、以前からおれに対してはああいう感じだった。理由はわからないが、おれをライバル視しているようなところもあるしな」

 言われてもみれば、確かに心当たりはあった。故郷サンドリアにいた頃から、リンクスはハクリュウに対してどこか突っかかるような所があったからだ。

 それが如何なる理由によるものかは、アムリエルにもわからない。

 しかし、旅団をまとめる身としては、いずれこの問題も解決しなければならないなと思った。

「さて、再会に水を差すようで悪いが、そろそろここを脱出しよう。帰りは、途中からバストゥークのツェールン鉱山に繋がる小船があるので、可能ならばそれを使おうと思う」

 疲れた精神力を休めていたカリアスが立ち上がりそう言う。

「あたいとヨツバが乗せられてきたやつだね。あんたらはそれで来なかったのかい?」

 セルシアが訊ねた。

「ここに来る際は使わなかった。船着場に敵の見張りがいても厄介だったのでね。ここに着くまでは穏便に事を運びたかった」

「なるほどねぇ」

「それでは行くとしようか。行きと同じく〈スニーク〉の魔法で気配を消しながら進もう」

 こうして帰りの道中も行きと同様に、魔法の力でクゥダフをやりすごそうということになった。ヨツバのように戦いには向かない者がいる以上、荒事はできるだけ避けたほうがいい。

 アムリエルたちは〈スニーク〉の魔法をかけなおし、カリアスを先頭に帰りの道を進むこととなった。

 八人に増えた一行はワールンの祠を抜け、小船のある場所へと急ぐ。

 しかし、ヨツバなどは正直落ち着かない気分だった。魔法の力で自分達が感知されないようになっているとはいえ、目の前で何度となくクゥダフの横を通り過ぎていくのだから。

 大柄なクゥダフの姿を見ると、本能的な恐怖から足が竦みそうになる。今はフォウが手をとって進んでくれているが、頭の中では自分の意識を保つので精一杯だった。

 その時、ヨツバは一体のクゥダフと目があった…………ような気がした。

 勿論、それは気のせいだ。この獣人は視覚でものを見るタイプではないのだから。だが、ヨツバは恐怖のあまり頭の中が真っ白になる。それがいけなかった。

「…………いかん!」

 カリアスが慌てたように叫んだ。しかし、時既に遅し。クゥダフの一体がヨツバに反応して動き出していた。彼女はクゥダフに気をとられるあまり、魔法が解けそうになっていたことを報告していなかったのである。

 〈スニーク〉の持続時間は、個々によって異なる。魔法が切れそうになる瞬間は、かかっている当人の頭の中で警鐘がなるようになっているが、ヨツバはそれを意識するだけの余裕がなかったのだ。

 一体のクゥダフが獲物を察知して動いたことにより、近くにいた他のクゥダフたちも連鎖的に襲い掛かってくる。

 もはや戦闘は避けられなかった。

「迎えうちます。戦えない人は後方に下がって!」

 アムリエルはそう言って剣を抜く。

 フォウは呆然とするヨツバを後ろに押しやると、迫りくるクゥダフに鍛えぬいた拳を叩き込んだ。敵の身体は想像以上に硬かったが、まったく効いていないという訳でもなさそうだった。

 そこへ今度は、クゥダフの大剣による攻撃が襲い掛かる。その一撃は大振りであるにもかかわらず鋭く、フォウの肩口をバッサリと抉った。

 激しい痛みと出血が意識を遠のかせるが、フォウは唇を噛んでそれに耐える。

「これしきの痛みでは、オレはまだまだ倒れない。今度はこちらからいく!」

 フォウはそう言って呼吸を整えると、自らの〈気〉をのせた拳を敵に叩き付ける。そしてクゥダフが苦悶の声をあげたところへ、リンクスの剣による追い討ちが加わった。

「フォウ殿、加勢する」

「助かる」

 目の前のクゥダフは中々の強さだけに、一人で相手をするよりは二人で戦う方がいい。

 一方、アムリエルのほうもハクリュウと協力し、別のクゥダフを相手にしていた。彼女は盾と剣で巧みに攻撃を弾き返し、それでも避けきれない攻撃は鎧の硬さを頼って防いだ。彼女の力ではフォウたちのような重い一撃を見舞うことはできないが、それを補う形でハクリュウの魔法が役に立った。彼は剣で浅い傷を負わしつつ、とどめとなる部分で〈ブリザド〉などの精霊魔法で大きなダメージを加えてゆく。

 激しい傷を負った味方には、カリアスとジャレスが〈ケアル〉の魔法などで癒していった。

 だが、長期戦にもつれこむと共に、応援にかけつけた敵の数が増えてくる。

「提督、少しの間〈ケアル〉をお任せします」

 ジャレスはそう言うと、竪琴を取り出してそれをかき鳴らし始めた。

 力強くも優しい、惹きつけられるような音のしらべ。それにのせてやがて歌が始まる。その歌声も曲調と同じく、どこか優しい響きを持つものであった。まるで子守唄のように。

 〈魔物達のララバイ〉。ジャレスたちのような吟遊詩人は、数々の魔力がこもった歌をうたう。その中でもこの歌は、魔物達の精神に働きかけ、眠りに誘う効果を持つ。

 ララバイの歌によって多数のクゥダフが無力化したが、中には歌の効果に耐え切ったものもいる。そういったクゥダフは、カリアスがメイスを構えて相手取った。

 二十年前の大戦を生き抜いてきただけあって、カリアスの身のこなしは白魔道士ながらも熟練の戦士に匹敵する。だが、いかんせん決定打に欠ける分、倒すまでには時間がかかりそうだった。

 その時だ。カリアスが相手をするクゥダフの背後に、セルシアが忍び寄ったのは。

 彼女は短剣を抜くと、獣人の背に狙いすました一撃をあびせた。それがこのクゥダフにとってのトドメとなる。

「なかなかの腕前だ」

 カリアスはにやりと笑った。

「敵の背後をとったシーフをナメたら痛めにあうってことだね」

 セルシアはチロリと舌を出して言う。

「皆さん、目の前の動く敵が片付いたら、あとは武器を収めてこの場を退いてください」

 ジャレスが叫んだ。

 こうして前衛で戦っていた者たちは、それぞれが受け持った敵を片付けた後、眠った敵が目を覚まさないうちにこの場を離れた。

 だが、改めて〈スニーク〉などの魔法をかけなおす前に、通路先の別のクゥダフに見つかってしまう。

「一気に船着場まで走るぞ。ここからなら近い」

 カリアスが言い、追ってくるクゥダフを無視してそのまま駆け抜けだす。

 無事に船まで辿りつければ、あとは河の流れにのって抜け出すのは簡単の筈だ。そして、目指す船着場はもうそこまでみえてきた。

 しかし、あと少しの所で、前方に二体のクゥダフが立ちはだかる。

「敵は私たちで引き受けます。提督たちは小船の準備を」

 前方の一体を盾で殴りつけアムリエルは叫ぶ。もう一体はフォウとセルシアが同時に受け持った。

 その間にカリアスは小船に乗り移るべく走り、ヨツバもジャレスに支えられながらそれに続く。

「俺は後方から来る敵を足止めする」

「待て、リンクス。一人で無理はするな」

 ハクリュウが注意を促す。しかし、それは逆効果だった。

「馬鹿にするな。敵の足止めくらい俺一人でだって」

 リンクスはハクリュウの言葉を無視し、そのまま後方の敵に駆け出してゆく。

 戦士としての意地もあるだろうが、自分にできることを少しでもやっておきたい。このまま何の役にも立てないのは御免だった。

 そして、戦士の彼ができることは武器をとって戦うことだ。

 リンクスは雄叫びをあげ、クゥダフに剣を叩き付けた。渾身ともいえる一撃だけに、手ごたえはあったように思える。

 しかし、実際にはそれほど深い傷は与えられず、かえって自分の手が痺れた。

「こいつ……さっきの敵以上に硬いのか」

 戦慄が彼の心に襲いかかるのと同時に、敵の反撃がかえってくる。リンクスはそれを盾で防ごうとはするが、無意味に終わった。盾をも砕かんばかりの一撃が加えられ、壁際まで吹っ飛ばされる。

 攻撃の重みも、さっきまでの敵とは段違いだった。さらに言えば、このクゥダフの身体は他のものと比較しても一回り大きい。

 リンクスは体勢を立て直そうとするが身体に力が入らない。一撃で瀕死に近い重症を負わされた感じである。

 彼は己のうかつさを呪った。意地を張ることに固執して、敵の力量を見抜くことを怠っていたのだ。

 冷静な戦士ならば、敵から漂う雰囲気で、自分との力の差をある程度は見分けれるというのに。

 今頃になって、自分ではこの敵に勝てないことを肌で感じる。ヘタをすればアムリエルたちですら危険かもしれない。

 己のミスで自分一人が死んで行くというならまだしも、仲間に危機をもたらす結果になっている。これでは役に立つ以前の問題だ。

 目の前のクゥダフは、そんなリンクスを嘲笑うように更なる攻撃を仕掛けようとしていた。彼にそれを避けるだけの気力はもう残されていない。

 死ぬことに対する恐怖は不思議と少ない。戦士として生きてきた以上、戦いの中で果てるのはむしろ本望ともいえる。

 だが、このような形で果てるのは悔しい限りだった。

「……………すまない、アム」

 リンクスは幼馴染みの少女の名を、昔のように呟く。

 そこへ敵の攻撃が振り下ろされる!

 が、突如その攻撃の中に割って入った者がいた。

「これ以上、彼を傷つけさせはしない」

 アムリエルが叫ぶ。彼女はリンクスを庇って敵の攻撃をくらっていた。

 頑丈な鎧は着ているが、敵の一撃はその防御力をたやすく凌ぐほどに重い。それでもいきなり倒されるほど、彼女も弱くはない。

 アムリエルは体勢を整えると、盾は上方に、剣は低く構えた。

「気をつけろ団長。そいつは他のクゥダフとは訳が違うぞ」

 リンクスが注意を促す。

「そうみたいね」

 アムリエルも冷静に敵を見据えて頷く。

 そこへフォウ、ハクリュウ、セルシアがアムリエルに加勢すべく駆け寄ってきた。

「リンクス君。ここは私たちに任せてあなたは先に船へ」

 アムリエルは敵から目を離さずそう言った。

 リンクスからの返事はない。きっと不満があるのかもしれない。

 だが、大きな怪我を負ったままの彼をこれ以上戦わせるには不安がある。

「急いで!」

 アムリエルはもう一度促した。

「…………わかった。俺は先に離脱する。団長たちも無理だと判断したら、速やかに退いてくれ」

 リンクスはそう言った。

 戦士としては悔しいことではあるが、いま彼にできることはそれしかないと理解する。

 リンクスは戦士である以前に、アムリエルの幼馴染みなのだ。それだけに彼女が悲しむ姿を見たくはない。

「了解したわ。リンクス君」

 騎士である少女は威勢良く返事をし、駆けつけた仲間と共に敵に挑んだ。

 リンクスが言ったように、目の前のクゥダフの強さは並みではなかった。四人でかかっても長期戦は免れない気がする。

 それでも慎重に戦い、時間だけは稼いでゆく。そして。

「団長。リンクス殿は船まで辿り着きました!」

 後方のジャレスから報せが入る。

「わかったわ。隙を見て、こちらも船に退きます」

 アムリエルはそれだけ言うと、己が“気”を高め、それを剣にまとわせる。

 その途端、彼女の剣に紅蓮の炎が燃え上がり、そのまま勢い良く切りつけた。〈レッドロータス〉と呼ばれる剣技だ。

 クゥダフが炎の渦に包まれる中、フォウも自らの闘気をのせた連続技〈コンボ〉を繰り出す。すると炎は更に大きなものへと膨らみ、敵に苦悶の声をあげさせた。

「仕上げだ」

 ハクリュウが炎の精霊の力を借りた魔法を唱え、それが発動する。

 〈ファイア〉の魔法が追い討ちのようにクゥダフを包み込んだ瞬間、すべての相乗効果が重なって大きな爆発が起きる。

 これには目の前の敵も大きく怯み、そこに隙ができた。

「今のうちに退きましょう!」

 倒すこともできたかもしれないが、アムリエルは無茶をしないことにした。仲間たちもそれに頷いた。

 こうして彼女たちも小船まで走り、それに飛び乗った。

「よし、船を出すぞ」

 全員が乗ったことを確認し、カリアスが小船を動かす。

 小船はゆるやかに桟橋を離れると、そのままツェールン鉱山に繋がる河を下りはじめた。

 それから数時間後。一行は無事にバストゥークに戻ることができたのであった。

 

 

§

 

 パルブロ鉱山での出来事から二日が過ぎ去った。

 その間、アムリエルたちはバストゥークの政府側に、密かにクゥダフが街に侵入し、暗躍していたという事実を報告した。勿論、政府には色々と問われはしたが、ガズゥというガルカがクゥダフを手引きしていたということだけは最後まで伏せておく。

 ちなみにそのガズゥであるが、アムリエルたちがバストゥークに帰ってきた時にはどこにもいなかった。周囲からの噂によると、何でも急な旅に出たという。

 彼がこの国を離れて旅に出たというのなら、それはそれで良いことだとは思えた。ただ、願わくばその旅は、何かから逃れる為の旅ではなく、自らを見つめなおす旅であってほしいとアムリエルは思う。

 こうしてこの二日間は、事件の事後処理に追われるままあっという間に経過し、夕方前にようやく普段の日常を取り戻しつつあった。

 

「明日には、アムリエルさんたちもこの国を発つんだよね」

 夕飯の支度をしていたヨツバが、何気なくそう呟いた。その手伝いをしていたフォウも小さく頷く。

「彼女たちには成すべき目的があるからな。長い間、ひとつの場所にとどまっている訳にもいかないんだろう」

「成すべき目的かあ。なんだかすごいよね。わたしとも年は近い筈なのに」

「まあ、人それぞれだからな」

「そりゃまあそうだけど。でも、寂しくなるよね」

「仕方ないさ」

「もう。お兄ちゃんってば、あっさりしすぎ」

 ヨツバが呆れるように言う。フォウ自身も、たしかにそうかもしれないと苦笑する。

 ただ、あのパルブロでの冒険以来、自分の心がうまく日常に戻りきれていないのを意識していた。命のかかった危険な冒険ではあったが、仲間と共にそれを乗り切った時の達成感が忘れられないのだ。

 あの時の不思議な高揚感と今の静かな日常とのギャップ。それがフォウの調子をいまひとつ崩す原因でもあった。

「そういやセルシアさんはアムリエルさんについて行くみたいだよ」

「…………そうなのか」

「助けてもらった恩を返す意味もあるみたいだけど、色々な世界を見て回りたいのもあるみたいだし。それに何よりも面白そうだって」

「最後のは何だか場違いだな」

 フォウはそんな感想を口にしながらも、そういうふうに素直に感じることができるセルシアを少し羨ましく思った。

 それに本当は、そういう気持ちこそ大事なのではないだろうか。何かに興味をもったり共感するということは、最初はそういうきっかけから始まることも多いのだから。

「お兄ちゃんも本当はアムリエルさんと旅に出たいんじゃないの?」

 突然、ヨツバがそんなことを口にした。

 予想もしなかった言葉だけに、フォウもどう答えてよいのかわからなかった。ましてや、彼女の真意もわかなないのだ。

「ずっと昔だけど、お兄ちゃんもカルロスのおじさんのように修行の旅をしてみたいって言ってたじゃない。あの人たちと一緒なら、お兄ちゃんも良い経験も積めるんじゃないかな」

「確かにそれはあるかもしれないけど、オレが旅にでたらヨツバはどうなるんだ?」

「わたしの心配なんて必要ないわよ。わたしだってもう子供じゃないつもりよ。一人でだって生活はできるわ。この国には見知りの人も多いわけだし」

 寂しくないと言えば嘘にはなるが、ヨツバもアムリエルのように自分で出来ることをしてみたかった。

 フォウには、今まで面倒をかけてきたのだ。そんな兄が旅に出ることを望んでいるのならば、これをきっかけに送り出してあげるのも妹たるものの務めだろう。

「お兄ちゃんさえその気なら、カルロスおじさんのかわりにあの人たちの力になってあげて」

 その一言がフォウの気持ちを決心させた。

「ありがとう、ヨツバ。その言葉、ありがたく受け取らせてもらうよ」

 

 

 一方その頃、別の部屋ではアムリエルがリンクスと向き合い、戸惑いの表情を浮かべていた。

「旅団を離れたいってどういうことなの?」

 アムリエルはできるだけ落ち着きを払いながら、そんなことを問う。

「言葉どおりの意味さ。俺はこれ以上、アムたちについていく自信がなくなったんだ」

 旅団を離れるという決意の現われだろうか。リンクスは彼女の名を昔のように呼ぶ。

「でも、どうして…………」

「今の俺では足手まといになると思ったからさ」

「そんな! リンクス君は立派にやってくれているじゃない。私はそう思うよ」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、このままではダメだと思うんだ。それに俺がいなくても、君には頼れる仲間が沢山いる」

「…………もしかして、ハクリュウ大佐との間で何かあったの?」

 アムリエルはそっと訊ねた。前のパルブロ鉱山での一件からも、一度はそのことを確認しようと思っていたから。

「直接、何かがあった訳じゃないさ。彼は何も悪くないからな。むしろその件なら、俺に問題がある」

「よければ、どういう問題なのか教えてくれる?」

 リンクスは少し考えたようであったが、やがてには素直に答えることにする。

「くだらない嫉妬だよ。今までは俺が一番、エルヴァーンとしてヒュームの君を理解しているつもりだった。けれど旅団が結成されて、俺以外にも君を理解するエルヴァーンが増えただろ。その中でもあのハクリュウは、君と馴染むのが早かった。後から出てきたあいつに、いきなり君の理解者になられたのが悔しかったんだ」

「リンクス君、私」

 アムリエルは言葉に詰まった。そんな彼女の頬を撫で、リンクスは優しい声で言う。

「俺が勝手に嫉妬してライバル心を持っていただけだ。アムもハクリュウも悪くないよ」

「でも…………」

「あと、俺が旅団を離れたい理由はもうひとつある。今の俺では、君を後ろから追いかけることはできても、君と肩を並べていくのは辛いと思うんだ。君は沢山のことを受け入れてどんどん成長していくけれど、俺はこの通りくだらないことに足をとられて、他を受け入れるだけの余裕がない。そうすればどんどん差もついて、俺は君を守ってあげることもできない」

「だから離れるの? もう私のことは守ってくれないの?」

 悲しそうに問うアムリエルに、リンクスは首を横に振った。

「いつか、君を守るために離れるんだ。旅団には戻れないかもしれないが、一人の男として強くなれば君を守るため戻ってくる」

 そう言われたアムリエルは少し頬を染めた。

 これはどう受け止めれば良いのだろう。捉えようによっては、まるでプロポーズとも受け取れるから。

 リンクスの言葉は力強い。そこには迷いもない。揺るぎ無い決意がみてとれる。

 アムリエルはしばらく考えた後、そっと口を開いた。

「リンクス君。私は騎士だから、誰かに守らるんじゃなく、誰かを守る立場にあるのはわかっているよね?」

「勿論だ。君は騎士として多くの人を守ることを頑張ればいい。だが、俺は男として君一人を守ることを願う」

「…………わかったわ。ならば私は、あなたに守られる時が来たら、一人の女性としてそれを光栄に思えるようになりたい」

 アムリエルはそう言って微笑する。今の彼女にいえる精一杯はそこまでだ。

 そして、リンクスもその言葉に深く頷くのみであった。

 お互いにわかってはいるのだ。今ここでこれ以上の関係を強いても、それが大して意味を持たないことくらい。

 本当に関係を発展させるのならば、これからも互いが成長し、実績として形を表現するしかないのだ。

「認めてくれるな? 俺が旅団を離れることを」

「ここまで前向きに考えていたら、それを認めない訳にいかないでしょう」

「ありがとう、アム」

 リンクスは優しく微笑んだ。寂しい思いをさせるかもしれないが、それでも笑顔で送ってもらうために自分から笑う。

 この愛すべき少女に、不安だけを残して立ち去れはしないから。

 アムリエルも彼の気持ちを汲み取って、笑顔を向ける。

 そして。

「頑張ってね、リンクス君」

 アムリエルはつま先立ちになると、彼に祝福をあたえるかのように頬へ口づけをした。

 それが二人の分かれ道の合図となった。

 

 

§

 

 照りつける太陽が真っ白な砂に反射し、ひときわまばゆく感じられる。

 今、騎士の少女は、広大なバルクルム砂丘を進んでいた。

 彼女の旅の道連れは五人。これまで一緒だった一人の青年が去り、かわって四人の仲間が旅に加わった。

 そのうちの二人はハクリュウとジャレス。彼らはパルブロ鉱山での一件の後も、引き続きアムリエルに同行するようにとの命令が下されたのだ。

 そしてあとの二人は、新たに旅団に加わったフォウとセルシア。

 次に一行が目指す地はウィンダス連邦。ここクォン大陸から船で渡った先にあるミンダルシア大陸に位置する魔法国家だ。それと同時にカリアスとセルシアの出身国でもある。

「ウィンダスはとにかく広い国だからさあ、はじめて来る旅人は迷子になること請け合いだよ。でも、あたいが色々と案内もしてあげるから安心するといいよ。こっちの大陸にはない珍しい物も多いし、色々と驚くと思うな」

 旅の道中。セルシアは自分の故郷の話を楽しそうに語る。彼女は早くも旅団の中に溶け込んでいた。

 アムリエルはウィンダスについての知識は殆どなかったので、聞かされる話はすべて新鮮なものだった。そして早く、それを直に見てみたいとも思った。

「ウィンダスは魔法文化もさることながら、牧歌的で自然の多い国とも聞きます。そういう土地ならば良い歌の詩なども思いつくかもしれませんね」

 詩人であるジャレスも、まだ見ぬ土地に想いを馳せているようであった。

「あと、ウィンダスにはいい女も沢山いるぞ」

「「女ぁ?」」

 突如、そんなことを口にしたカリアスに、アムリエルとセルシアの声が重なった。

「ウィンダスにはタルタルの美女が多い。俺が目にかけている子も、両手の指では足りないほどだ」

「はあ……」

 タルタルの美女と言われてもアムリエルにはピンとこなかった。やはりタルタルだから見た目は子供みたいな背丈なのだろう。それはそれで可愛いとは思うが、美女という表現は大人っぽい雰囲気の女性を連想させるだけに、タルタルのイメージとはうまく噛みあわない。

 とはいえ、カリアスも見た目でこそ子供のような背丈だが、まとう雰囲気は大人だ。タルタルの美女というのは、きっと彼のような雰囲気の女性なのかもしれない。アムリエルはそう思うことにした。

「それほど目にかけてる子がいるなんて、提督も隅に置けないね〜」

「男としての性だな」

 茶化すようなセルシアの言葉にも、カリアスはサラっと答える。

「タルタルの美女といえば、クピピたんは男心をくすぐるな」

 過去、何度かウィンダスに渡ったことのあるハクリュウがそんなことを呟く。

「クピピ嬢か。彼女に目をつけているとは大佐も中々のものだな」

 カリアスがニヤリと笑う。

 それにしても何故、クピピ“たん”? アムリエルはどう突っ込んで良いのかわからなかった。

 その時だ。今まで静かに仲間の様子を見守っていたフォウが声をあげた。

「あそこに見える門、セルビナの入り口じゃないかな?」

 遠目に門のようなものがみえる。

「間違いない。あれはセルビナの入り口だ」

 ハクリュウが頷く。

 セルビナは小さな港町で、そこの港からはミンダルシア大陸のマウラ港へと向かう定期便が就航している。

 アムリエルたちはそこから船に乗って、この大陸を離れるつもりだった。

「あともうすぐですね!」

 はじめての船旅を前にして、アムリエルは少しはしゃいだ。

 もしこの場にリンクスがいたら、きっと落ち着くよう言われていそうな気がする。

(リンクス君。私、新しい世界をみてくるからね)

 アムリエルは心の中で彼に呼びかけた。

 今でこそ違う道を進む二人だが、いつかきっと道が交わる時も来るだろう。その時には、互いに見て感じたものをしっかり語り合えたら良いなと思う。

 世界はまだまだ果てしなく広い。

 彼女たちはもうしばらく歩き、セルビナへと通じる町の門をくぐった。

 新たな世界への旅立ちがまた始まる。

 

 

 

〈後編・了〉

 

 

【あとがき】

 お待たせしました。後編、予定より遅くはなりましたがどうにか書き終わりました。

 もう好き勝手に書いてしまったので、ホントこれで良いのかどうか。とりあえず少しでも楽しんでもらえれば良いのですが。

 しかしまあキャラも増えてくると、それぞれの書き分けとか苦労しますね〜。むしろ、各キャラをどれだけ活躍させてあげられるかが悩みどころ。あまり広げすぎると、更にページ数がかさむだろうし、話の収拾もつかなくなりますしね。

 ま、現状の所はこれにてご勘弁を。

 ちなみにゲームの方は新パッケージの「プロマシアの呪縛」も発売され、まだまだ盛り上がっております。

 旅団の方も新しい仲間が増えたり減ったり。またみんな揃って、大きな企画でも考えてみたいものですね〜。

 

 

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