想い新たに
新しい年がはじまる
今年もよろしく
そして、これからもずっと…………ね
新年あけましておめでとう。
忙しい昨年が終わり、また新しい年がはじまる。
今日は1月5日。私がずっと待ち望んでいた日。
だって今日は、お仕事がお休みで、大好きな牧兎くんにようやくあえるんだもの。
本当なら、大晦日や元旦に会いたいところではあるのけれど、そういう日の私は仕事のスケジュールで一杯。
私って、一応はアイドル歌手だから、年末年始は生放送の番組に出ることも多いんだよね……。
でも今日は、アイドルではなく、一人の女の子としての七宮 雛に戻れる日。
仕事の緊張感からも解放され、ようやくお正月を迎えられたんだと実感できる。
今日は少し雲が多いけれど、悪いお天気というほどでもなかった。
雲の隙間からさす陽の光と、外のひんやりとした空気が、良いバランスを保っていて心地よい。
このまま一日、こんな感じだったら過ごしやすいだろうね。
静かな公園のベンチに座り、そんなことをぼんやり思ったりする。
私は今、とある公園で牧兎くんを待っていた。一緒に初詣にいく約束をしていて、ここで待ち合わせをしているからだ。
約束の時間までは、まだ余裕があった。なにしろ私ってば、約束の30分前からここにいたりするから。
こんなに早く来ても、牧兎くんがまだ来ないことぐらいはわかっている。でも、こういう風に待っているのが好きだから、ついつい早めに来てしまう。
待っている時間は、眠るとき……夢の世界に落ちる前のまどろみに似ている。私はそういう状態が好きだった。
それに早く待っていれば、大好きな人を待たせて、寒い思いをさせずにもすむ。
ちなみに私の方は、寒いのは平気。だって、彼のことを考えているだけで、そんなこと忘れちゃうんだからね。
でも、今日は珍しく、牧兎くんも早くやって来た。
いつもは時間ギリギリか、それよりも少し遅れるのに、今日に限っては約束時間の15分前にやってきたのだ。
それはそれで喜ばしいことだった。早く来てくれれば、それだけ彼といられる時間が、1分でも1秒でも長くなるものね。
「牧兎くん、こんにちは」
近づいてくる彼に、小走りで駆け寄った。すると牧兎くんも私に気がつき、軽く手をあげてくれる。
「よっ。あけましておめでとう」
「うん! おめでとうだよ。今日は珍しく早いんだね」
「新年早々に遅れてくるのも何だしな。でも、この時間に来ても雛にはかなわなかったか」
「私、いつも、約束の30分前ぐらいには来ちゃうからね」
「……毎度思うことだが、それはちょっと早すぎだ。こんな寒い中で30分も待とうなんてどうかしてるぞ」
「そうかな〜? まあ、牧兎くんを寒い中で待たせたくないから、つい早く来ちゃうっていうのもあるけど」
「それにしたって限度はあるぞ。雛だって寒いだろう? 俺はおまえが風邪ひいたりしたら心配だぞ」
さりげない気遣いの言葉に、心も身体も温かくなる。
牧兎くんとの付き合いは長いけれど、初めて彼に恋をした時のどきどきした気持ちは、いまだ自分の中にある。
「私、これぐらいじゃ風邪なんてひかないよ。こうみえてもアイドルなんだから、自分の体調管理ぐらいはしっかりできているよ」
「それだったらいいけどな。雛もここ数日忙しそうだったから、無理をしていないか気にもなってな」
「心配してくれてありがとう。もし、風邪でもひくようなことがあったら、牧兎くんに看病してもらうね」
「おいおい。勝手にそんな……」
彼は眉をひそめる。だから私はクスリと笑って、牧兎くんの鼻を指で小突く。
「冗談だよ。大好きな牧兎くんに風邪はうつしたくないからね。自分で治すよ」
「…………いや、別に風邪ぐらいならうつしていいぞ。雛はアイドルなんだし、仕事に差し支えがでたら困るだろ。その点、俺は気楽な大学生だしな」
「その気持ちだけでも嬉しいよ」
こんなふうにでも想ってもらえることは、どれほど幸せなことだろう。
他の人はどうか知らないが、ほんの小さな心遣いでも、それをよくかみ締めて受け取れば、たくさん幸せな気分が味わえる。
こういう感じられ方って、自分としては少しお得だと思う。
とりあえず現状で言える事は、彼に余計な心配をかけない意味でも、絶対に風邪はひけないということだね。
「さあ、それはそうと初詣に行こうか」
私は牧兎くんの手をとって引っ張る。
「そうだな」
彼も小さく頷いて、歩き出す。
これから私たちが赴くところは、この近所にある小さな神社だった。
大きな神社とかは、まだ人で一杯だろうしね。そういうところへ行って、ヘタに私のことがバレちゃったら大騒ぎになるのは見えている。そうなると牧兎くんにだって、迷惑がかかってしまうかもしれないものね。
それにできれば、あまり騒がしい場所よりは、静かに過ごせる場所の方がいい……。
せっかく二人きりなんだもの。
私は歩きながら、牧兎くんの横顔を見た。彼はそれに気づき、顔をむけてくる。
「俺の横顔になにかついてるか?」
「あ、そんな事はないよ。ただ、牧兎くんの横顔をみていると、牧兎くんなんだなぁ〜〜って」
「俺は俺。それ以外の何者でもないぞ」
「うふふ。それもそうだよね」
私も一体、何を言ってるんだか。彼が訝しい顔をするのも無理はない。
でも、そんな当たり前のことを確かめるのが、とても楽しいんだよ、牧兎くん。
「そういや雛って、今年も普通だな」
「普通?」
「格好だよ。去年の初詣の時も普通の私服だったろ。今年こそは晴れ着でも着てくるかと思ったんだけどな」
「それは考えもしなかったよ。第一、私一人では着るのも大変なんだから」
「言えば、俺が手伝ってやったのに」
「それはダメ。ああいうのは男の人に手伝ってもらうものじゃないもの。それに牧兎くん、帯の巻き方とかも知らないでしょ」
「そりゃまあそうだけど、正月だってのに勿体無いよな。雛のマネージャーは、そういうの手伝ってくれないのか?」
「育野さんならやってくれそうな気はするけど、仕事でもないのに呼びつける訳にもいかないよ」
仕事でのマネージャーである育野さんは、なんでもこなせちゃいそうな大人の女性。
私や牧兎くんの良き理解者でもあり、実のお姉さんのように頼れる人だ。
「でも、なんだって急に晴れ着だなんて言い出したの。そんなに私の晴れ着姿でもみたいのかな?」
「う〜〜ん。なんとなく気分の問題だな。正月らしい雰囲気をより盛り上げるための」
「それって私、単なる飾りみたいだね」
「いや……別に悪い意味で言ったんじゃないからな」
「うふふ。信じてあげるよ。それに私、牧兎くんをひきたてる飾りになれるなら幸せだよ」
「……そういう恥ずかしいことを平気で言うなよ」
「牧兎くんの方こそいい加減、慣れてほしいな」
「これでも昔よりは善処してるつもりだぞ」
「わかってるよ」
私は小さく頷いて、彼の腕に自分の腕を絡めた。
「正月らしい雰囲気とは違うけど、せめて恋人らしい雰囲気にはしたいね」
「恐縮だな。人気のアイドルとこうやって腕組んで歩けるんだからさ」
「牧兎くんといる時の私はアイドルでも何でもないよ」
「俺もそれは理解してるさ。でも、世間の認識は違うんだから、そこらへんは気をつけろよ。ただでさえ七宮 雛には恋人がいるっていう噂が流れてるんだ。どこでヘンな連中にみられてるとも限らないぞ」
「…………うん」
確かに事務所からも、プライベートの時は気をつけるようにとさんざん言われている。
いつかのコンサートで、私自ら好きな人がいると公言して以来、ファンなどの間では、七宮 雛の恋人は一体誰なのか?ということが持ちきりになっていたからだ。
まあ、私にとってはバレても構わないと思うけど、そういうのって牧兎くんには迷惑なのかな?
少し気になった。だから、そっと訊ねて見る。
すると、次のように答えがかえった。
「迷惑に感じてたら、腕なんか組まない」
あっけない一言だった。少なくとも、嫌がられてはいはないことにホッとする。
「じゃあ、このままくっついていてもいいの? 誰かにみられても平気?」
「できる限り目立たないようくっついてろよ。顔を隠すぐらいの勢いでさ」
「こう?」
顔を埋めながら、きゅ〜っと、牧兎くんの腕に力いっぱいしがみつく。
「そうだそうだ。それぐらいくっつけばいい。……でも、このままじゃあ歩きづらいか」
「あはは。それもそうだね」
「まあ、俺はこのままでも構わないけどな。おまえがくっついてたら、その……あったかいしさ」
「私はその言葉だけであったかくなれるよ」
しがみつく腕にますます力がこもる。
こんなことをしている私って、すごく甘えん坊さんだよね。
でも、こうしていると、とっても幸せ。
これから先、何度繰り返しても、この幸せは変わらないだろう。大好きな人と一緒にいれる喜びほど、私にとってかけがえのないものはない。
どんなに長く付き合っても、どんなに同じことを言って繰り返しても、それが飽きるなんてことはないと思う。
だって私は、いつだって新鮮な気持ちで「好き」と「幸せ」を感じている。
今日は昨日以上に、彼を好きだと言える気持ち。日に日に増していく想いだからこそ、それをストレートに表現しないと、私の中で溜まってパンクしちゃうんだよね。
こうしてしばらく歩いた後には、目的の神社に辿り着いた。
小さな神社だけあって、予想通り人も少ない。
「とっととお参りだけ済ませるか」
「うん。そうだね」
牧兎くんの言葉に頷いて、二人で賽銭箱に近づく。そしてお財布からいくらかの小銭を取り出して、賽銭として投げ入れる。
ガラガラ〜っと鐘を鳴らして、パンパンっと手を叩いて静かにお祈り。
私のお祈りの内容は、ここ数年、毎回一緒。最初は何かを願うというよりは、神様への感謝に近い。
まず、昨年も牧兎くんが好きでいれたことに感謝し、それから今年も彼を好きでいれるように見守って欲しいと願うのだ。
他にはお仕事のことやファンの皆のこと。私を支えてくれるすべての人々にも幸せが訪れるよう願う。
案外、欲張りに色々願うものだから、私の祈りはいつも長い。
そしてすべてが終わる頃には、牧兎くんの方はとっくにお祈りを終えて待っている。
「お待たせだよ」
「おう。今年もまた、しっかりとお祈りしてたな」
「うふふ。まあ色々とあるからね。牧兎くんはいつも通り早いよね」
「願うことなんて限られてるからな」
「いつもどんなお願い事するの」
本当ならこんなことを聞くのもどうかと思えたが、今年は思わず訊ねてしまった。
「俺の願いなんて単純だぞ。今年も元気に過ごせますように……それだけだ」
「本当に単純だね。でも、そういう願いが一番大事なのかもね。私みたいに色々お願いしちゃうと叶わないかな?」
「どうだろう。まあ考え方次第だな。少なくとも俺は、本当に大事な願いは神様に祈らないぞ」
「そうなの?」
「ああ。だってさ、本当に大事な願いは自分の力で実現したいって思うじゃないか」
「なるほど。そういう前向きな考え方っていいよね。私も参考にするよ」
「でも、今の俺の考えって、元々は雛をみていて思ったことなんだぞ。おまえは自分の力で、頑張ってアイドルになっただろ。最後に頑張れるのは、やはり自分自身ってことなんだよ」
「それを言えば、私が頑張れたのは牧兎くんのおかげなんだけどね」
「やっぱ、そうはっきり言われると照れくさいな」
何とも言えない表情で頭を掻く牧兎くん。
でも、照れてくれるということは、それだけ素直に私の言葉を感じてくれている証拠。そういう正直な彼だからこそ、私も自然のままに惹かれてもいくんだよ。
「……それよりさ、せっかく神社に来たんだし、おみくじでもひいていかないか?」
照れ隠しのつもりという訳でもないだろうが、牧兎くんがそんな提案をする。
けれど私は……。
「おみくじは遠慮しておくよ。私には必要ないからね」
そう言って、彼の提案を断った。
「珍しいな。毎年、ひいてたのにさ。……あ、さては去年ので懲りたか? 確か去年、おまえ凶をひいただろ」
「うん。新年最初からガ〜ンって感じだったよ」
「あの時の雛、随分と落ちこんでいたもんな。今年も凶だったら嫌だからひかないんだろ?」
少し意地悪な口調で牧兎くんはからかう。でも私は、クスリとだけ笑って平然と言い返した。
「残念でした。そんな子供っぽい理由じゃありませんよ〜〜だ」
「じゃあ一体なんだっていうんだ?」
「それはね…………」
私は牧兎くんの耳元に近づき、囁くように言った。
「あなたと一緒にいれれば、凶だって大吉に変わるんだよ。それを証拠に私、去年も幸せだったもの」
それからあとは、頬に触れるだけの軽いキス。
それは今年もよろしくねという、私からの挨拶。
意表をつかれた牧兎くんは、しばらくの間、きょとんとした顔をしていた。
また彼をびっくりさせちゃったかな。
でも、これからもまたどきどきして欲しいな。私が感じているどきどきと同じくらいに。
こういうどきどきは、悪いものではないと思う。
お互いが影響を受け、いつだって新鮮な気持ちでいられますように。
新年という時は、その気持ちをいつもより強く持ちたい。
「さ、牧兎くん。ぼ〜〜っとしてないで、神社を出よう」
その後は、我に返った彼を促して街に出る。
今日は休日。たくさんやりたいことがあって、たくさんお話したいこともあるんだよ。
とりあえず気持ちは、新たに年へと入れかわる。
昨日よりも今日。去年よりも今年。
これからも、ずっとずっとあなたのことを好きであれますように。
〈了〉
あとがき
とりあえず2003年第1弾は七宮 雛のお話です。
仕事の合間、2時間程度で、思い付くままに書いたものなので内容なんてほとんどありません(爆)
ま、雛という娘は読んでの通りのおのろけ娘。新年最初ぐらいは、前向きにストレートなキャラクターでいこうって感じでしょうか。
雛は私のとって書きやすいキャラではあるのですが、ネタ的にはそろそろ悩みはじめてます。そろそろ一大転機でも計ろうと考えてはいるのですが、ヘタにそれをやると話のスケールがアップして大変なことにもなりかねません。
新展開のネタはあるとはいえ、他に書く作品がある以上は、先にそっちを優先していかねばって感じです。
でもまあ、今後先も要望があれば、雛のおのろけ話も書いていくかと思います(不思議と人気ありますからね、雛って(苦笑))。
私も雛みたいに、今年も前向きに頑張っていきたい。
自分に近い考えのキャラだけに、そういう思いも込めて書いてみました。
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