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「罪と鐘」

ヒトの数だけの罪

罪を重ねて築いた過去

影は近づき

今日もまた鳴り響く・・・・・・

三度の鐘の音

 

 

 1 怨霊

 

 どことも知れぬ石畳の部屋。

 明かり窓から差し込まれる光は、朝の眩しい輝きか、あるいは夕暮れの淡い光か。時間はこの部屋において、意味を成さない。

 いや、正確にいえば、この場にいるものたちにとって意味を成さない。

 陰鬱な祈りのような歌声が部屋には響く。複数の人間が、一人の人間に従って唱和する。

「穢れを払え」

「穢れを払え」

「堕ちた子を闇に」

「堕ちた子を闇に」

 祈りは不思議な熱を帯びて行き、それが最高潮に達したとき、指導者らしき長衣の男が言った。

「堕ちた子に死を!!」

 男は懐から一枚の写真をとりだす。そこにうつっているのは、まだ歳若い東洋人の少女だった。

「大罪を犯せし堕ちた子は、青き業火によって焼き尽くし、“父”の魂への捧げとする」

 少女の写真は、近くに焚かれている炎にくべられた。写真は徐々に燃え尽きて灰となる。

 それと同時に残りの人間も、口々に声を響かせ合わせた。

「堕ちた子に死を」

 狂信的ともいえる低い唸り。この世の者が発すとは思えぬ怨嗟が、この空間をのみこんだ。

 そして、それを更に包みこむようにして、鐘の音は鳴り響いた。

 

 海の見える高台の静かな墓地に、二人の女性が立っていた。

 それだけでは、別段珍しい光景ともいえなかったであろう。だが、この二人の組み合わせは、ある意味で、人の気を惹く組み合わせともいえた。小柄な東洋人の少女と背の高い西洋人の女性。

 一見したところで、この二人の関係を計り知れるものなどいないだろう。

 小柄な少女の名は、観月 憐。背の高い西洋人の女性は、エリィ・ハーマン。

 この、一見何の関係もなさそうに見える二人には、ある共通点があった。それは“仕事”である。

 それもただの“仕事”ではない。表の世界とは異なる、裏の世界での仕事。おおよそ、彼女たちのような女性には似つかわしくないような非合法な闇の“仕事”を請け負うもの。それがこの二人の共通点であった。

 二人は知り合ってから、まだ間もない。ある“仕事”をきっかけにお互い組んで以来、何気なく関係が続いているぐらいである。

 お互いが意識して、不必要に干渉しあっているつもりはない。

 少なくとも、憐にとってはそのつもりであるし、エリィにとってもほんと何気なくなのだ。互いへの興味はあるものの、うまく距離を詰められない不器用さ。だが、それを不自由とまでは感じていないのが、この二人にいえること。

 そんな二人は今日、エリィの両親の墓に前にいた。

 エリィは両親の墓碑に花を捧げ、静かに祈りの言葉をつぶやく。

 憐はそんな彼女の後ろに立ち、何もせずに黙っているだけ。その口からは祈りがもれるわけでもないし、感慨じみた表情がある訳でもない。ただ、静かに墓碑を見つめて佇むだけ。

 やがて、祈りを終えたエリィが立ちあがった。

「お待たせ」

「もういいの?」

「ええ。付き合わせて悪かったわね。帰りにコーヒーぐらいおごるわ」

「・・・・・・うん」

 憐は、少し間を置いてから頷いた。どこか掴み所のない、感情の起伏が少ない少女だが、エリィは彼女のそういう部分にも慣れつつあった。“仕事”の腕は神業的であっても、人間的な部分がどこか足りていないのが憐という少女だから。

 また憐自身も、己に足りていないものが何であるのかは漠然とながら理解しており、その答えを完全に知るためにも“生きる”ということに固執する。

「レンは、わたしの両親に挨拶してくれた?」

 この場を離れるべく、歩き出しながらエリィは訊ねた。すると憐は。

「なんとなく」

 そう小さく答えた。

「なんとなくねぇ。相変わらずそっけないのね。あなたって」

「・・・・・・ごめんなさい」

 憐の謝りに、エリィは苦い顔で額を掻いた。

「レン。別に謝まらなくてもいいから、もっと会話を広げるような喋り方をしてよね。つまらないじゃない」

「だったら、どんな話がいいの?」

「どんな話って・・・・・・あなたが思ったようなことでいいんじゃないの。わたしがとやかく指示することでもないでしょうに」

 呆れ顔のエリィに、憐は少し考えてから訊ねた。

「エリィの両親はいつ亡くなったの?」

「両親が亡くなったのは、わたしが12歳の時よ」

「病気か何かだったの?」

「ううん。違うわ。どっちかっていうと事故かしら。両親もわたしと同じように裏稼業の人間だったんだけど、ある一件に首を突っ込んだことから、帰らぬ人になっちゃったのよ」

 口調こそ軽いものの、エリィの表情は少し硬かった。

 彼女の両親は、とある情報を調べていたときに殺された。何でも彼女の両親が調べていたものは、裏の世界でも禁忌とされる内容のものだったらしい。その禁忌に触れ、生きて帰ったものはいないといわれるほどの。

 結局、エリィが知っているのはそれぐらいで、その依頼がどの筋によるものなのか、その禁忌について両親がどこまで迫っていたのかは知る術がなかった。ただ、ひとつの手がかりをのぞいては・・・・・・。

「嫌なことを思い出させてしまった?」

 憐が小声で訊ねたことによって、エリィは我にかえった。

「別に気にしなくていいわ。もう古い話だもの」

「そう」

「ま、両親が亡くなってからのわたしは、今この通りよ。親の仕事を継いで裏の世界に生きて。けれど、親の代から繋がった知人もいたから、生活的には何ら苦労があった訳でもないわ。裏の世界にだって人の繋がりはあるし、わたしは親の知人に家族同様に扱ってももらえたから」

 エリィは一度間を置いて、憐に向き直った。

「わたしの過去はこんなところだけど、あなたの過去って気になるわね」

「・・・・・・私の過去?」

「そうよ。あなたのズバ抜けた殺しの技にしても、どういう過去を経験すれば、ああいうふうになるのか気にはなるもの。差し障りがなければ聞かせてくれない」

 憐は目を伏せて押し黙った。

 教えられないこともないが、それはある意味でエリィの過去とはかけ離れすぎているように思えた。エリィは、何人かの助けがあって過去を築いてきている。それに対し憐は、自分一人の手でほとんどの過去を築いてきている。

「教えたくないんだったら、無理にまでは聞かないけどね」

 エリィがそう言った時だった。憐は周囲からある殺気を感じて、エリィの腕を強引にひいた。

「伏せてっ!」

 彼女が叫んだ瞬間、近くから銃声が響いて、弾が近くの墓碑をかすめた。

「何?」

 エリィは急な出来事に驚くが、すぐ墓碑に身を隠して拳銃を構える。

「わからないけれど、明らかにこっちを狙っていたわ」

 同じように身を隠しながら憐が答える。

 エリィは軽く舌打ちした。こういう稼業をしている以上、どこで恨みを買っているかはわからないが、両親の墓の近くで血を流すのだけは好ましいとは思えなかった。

 憐は神経を集中させ、あたりの様子に気を配る。そしてわかったことは、敵は複数いるであろうということ。先ほど、銃弾が撃ちこまれた方向以外にも、この墓地を取り囲むようにして何人かが近づきつつあるのを、僅かな音だけで感じ取る。

 だが、幸いに距離はあるように思われた。

「ここにいるのはかえって危ないわ。私が囮になるから、エリィは援護して。そして、墓地を抜けたら車を取りにいって」

 このまま墓地にいることは、敵の包囲にかかるということ。そうならないためにも、早いうちにこの場を抜ける必要があると憐は判断した。

「あなた一人で大丈夫なの?」

「不安だからエリィに援護を頼んでいるの。後は任せるわ」

 そういうや否や、憐は有無を言わさず行動を開始した。エリィが止める隙もない。

 憐が動き出すと、先ほど発砲された場所から、また銃を撃とうとする者の姿が見える。それはエリィにも見覚えのない、黒い長衣の人間であった。

「あの子ってば、勝手に面倒なこと押しつけるんだから」

 小さく愚痴りながらも、エリィは自分に任されたことを実行した。憐を狙っていた敵は、彼女の銃弾に倒れることになる。

 他にも敵とおぼしき者の姿が複数見えるものの、エリィで始末がつく分には、ことごとく撃ち倒す。しかも、それはそれほど難しい行いではなかった。

 彼女への反撃はほとんど無く、敵は不思議なほど、憐のほうへ集中していくからだ。

『もしかして、狙われているのはあの子のほう?』

 エリィは本能的にそう感じ取った。

 だが、そう思ったところでこれ以上は確かめる術もない。エリィはあきらめ、警戒しながらこの場を切り抜けた。

 その頃、憐の方は墓地を抜け、高台から下る丘を走りおりていた。背後彼方からは、彼女を追ってくる者の気配が感じられる。

 少なくともこの場で応戦するのは得策ではなかった。相手は複数。丘の斜面には身を隠す遮蔽物もない。

 だから、憐はひたすらに走った。そして、丘を下り終えると、今度は近くにある林に踏み入る。

 林の木の陰に隠れた時点で、憐は小さく息を整えた。

 憐にもわかっていた。狙われているのは、自分であることが。そして、敵が何であるのかも。

 こういうことは、今に始まったことではない。彼女が“父”を殺し、一人で過去を築きはじめたときからはじまったこと・・・・・・。

 憐を狙っている敵は、彼女同様にプロの殺し屋なのだ。

 憐は周り地形を頭にいれてから、そっと目を閉じた。そして、この場からは一歩も動くことなく相手を待つ。

 しばらくすると、追っ手が林に踏み入った気配がした。目視こそはしていないが、間違いないように思える。

 感じ取れた気配はすぐに消えた。だが、それは相手が離れ去ったというより、気配を消したといったほうが良いだろう。そして、気配を消した以上、敵は警戒を強めて近くにいるということ。こうなると次は、心理的な戦いがものを言う。

 この時点で憐は、己の優位性を感じた。敵はプロの殺し屋であるが故のミスを犯したのだ。

 互いに気配を消した以上、どこから狙われるかわからない点では条件は同じ。しかし、敵は憐を狩る側。その目的を遂行するためには、向こうから近づく必要がある。

 近づいてくれば、いくら気配を消した敵にも限界は出る。林の中には、枯れ葉や小枝などが落ちているから、どれほど注意して足を忍ばせようとも、かすかな物音は立つものだ。一歩も動かない憐としては、それらを注意するだけで反撃にも移れる。

 もし、敵が憐を仕留める気でいるのなら、多少の犠牲を覚悟してでも、数の優位に任せて強引に動き回ってくるべきなのだ。そうなれば、憐としても対処が厳しくなる。

 ミシっ。

 しばらくもしないうちに、枯れ葉を踏みしだくかすかな物音が響いた。それは敵が、己の処刑執行書に署名した合図。

 憐は物音の響いた方へ、わざと身をさらす。すると敵も姿を見せ、慌てて銃を撃とうとする。だが、憐の方の銃が先に相手を捉えており、敵は反撃するまでもなく斃された。

 それをきっかけに場の空気は変わる。他に潜んでいた者が、気配をあらわしはじめたからだ。

 憐は、自分にとって優位が保てる方向へ全力で走り出した。それを追う、長衣の刺客たち。

 一陣の風となって林を駆け抜ける憐の前に、予想外の敵が一人、とっさにあらわれた。

 敵の銃口が彼女を捉えようかという瞬間、憐は走ったままの勢いで大きく跳躍した。これには敵も一瞬、呆気にとられる。

 跳んだ憐は、敵の頭上にあった木の枝に手をひっかけて飛び移り、そのまま全体重を落として敵の肩に落下。そして、肩に飛び乗った時点で、銃口を敵の頭頂部に押し当て、容赦なく引き金をひく。

 優れた跳躍力といい、一連の殺しの技といい、憐の動きはもはや並みの人間のレベルではない。

 こうして林を抜けきった憐は、そこでエリィの車と遭遇する。

「乗って!」

 エリィが叫び、憐は車に乗りこんだ。

 そのまま車は急発進し、急遽この場を離れて行く。

「災難だったわね。何だったのよ。あれ」

 車を走らせながら、エリィは何気なくつぶやく。すると憐が。

「・・・・・・巻きこんでごめんなさい」

 小さく謝った。

 その言葉でエリィも、先程狙われていたのが憐であることを確信する。

「事情、話してくれるわよね」

 問いかけというよりは、命令じみた口調でエリィは言う。それに対し憐は、そっぽを向いて窓の外を見つめる。

「つまらない話かも」

「あなたにとってはそうでも、わたしにとっては楽しい話かもよ」

 軽口のように見えて、エリィに譲る気がないのは明らかだった。だから、憐も観念する。

「・・・・・・落ちついた所に行ったら話すわ」

「OK。それじゃあ、わたしの家にでも行きましょう。そこでコーヒーもご馳走してあげる」

「できれば、ホットミルクにして。エリィのいれたコーヒーって苦手だから」

 表情ひとつ変えずにつぶやく憐。エリィは小さく笑っただけで、何も言わなかった。

 その後は、二人とも終始無言のまま時間は流れていった。

 

 

2 過去

 

 ソールズベリーのミルフォード通りを外れたあたりに、エリィの住まいはあった。

 時間は午後の三時をまわったあたりだが、空は曇り、いかにも雨が降りそうな天候へと変わってきている。

 憐はエリィの家に通されると、ソファーのあるリビングで待つように言われた。部屋はシンプルではあるが、綺麗に片付けられており、調度品の類にしても趣味よくまとまっている感じであった。

 サイドテーブルには、読みかけのファッション雑誌などが置かれていて、エリィという人間の趣味をうかがわせる。

 少なくとも、この部屋から漂う印象でいえば、裏の世界に携わる者にありがちな陰気なイメージはない。ごく普通の、どこにでもあるような部屋が広がっているだけ。

 憐は今まで、二回ほどこの家に通されたことがあるが、もう見なれた感じであった。

 そこへ、トレーにカップをのせたエリィがやってくる。

「はい。飲み物、ここへ置くわよ」

 そう言って、エリィはテーブルにカップを置く。だが、それを見た憐は、少し眉をひそめる。

「・・・・・・ホットミルクと違う」

 カップの中には、黒い液体がなみなみと注がれていた。匂いからしても、これは紛れもなくコーヒーであった。

「ごめんね。ミルクきらしていたの」

「・・・・・・・・・・・・」

「ま、あなたも動物じゃないんだし、コーヒーで我慢なさい。飲めない訳じゃないんでしょ?」

「エリィのいれたコーヒーじゃなきゃ飲める」

 憐の言葉に、エリィは素知らぬ顔をしてソファーに座る。そして、本題にうつった。

「さあ、話してくれるかしら。あなたを狙っていた、さっきの連中のこと」

「・・・・・・さっきの連中は“父”の一派」

「“父”の一派? 何よ、それ。あなた、父親にでも狙われている訳」

 エリィは怪訝そうに訊ねた。

「“父”とはいっても、別に本当の父親ではないわ。私に殺しの術を授けた、暗殺組織の長」

「暗殺組織の長って・・・・・・レンは、そんなものに属していたの?」

「今は属していないわ。六年前から、私は一人だから」

「六年前より以前は? そもそも何で殺しの術なんて授かった訳よ?」

「・・・・・・すべては偶然のなりゆき。私は四歳の時、本当の家族との旅行中に誘拐されたの。そして、連れていかれた先が“父”のいる暗殺組織だった。私はそこで暗殺者としての教育を施されたわ」

 感情の起伏もなく、淡々とした表情で、静かに過去を語る憐。

 エリィは少し、胸に苦いものがこみあげてきた。

 誘拐した幼い子供を暗殺者に仕立てあげる。裏の世界においては、そういう噂も結構流れてはいた。だがエリィは、それをどこか遠くの出来事のようにとらえていた節があった。

 同じ裏世界といえでも、決して小さな世界ではない。裏の世界の奥深くには、エリィですら触れたくないような、本当の闇もある。

「それにしても。六年前から一人って、どうして・・・・・・。六年前なんて、あなたはまだ子供じゃないの?」

 今の憐は、どう見ても十代半ばの少女である。それが六年前になると、一体何歳だというのだろう。

「六年前だと、私は十歳。その時、私は“父”を殺したの」

「殺したって・・・・・・。十歳のあなたが」

 エリィの声は、問いかけと言うよりは、もはやつぶやきに近かった。それに対し憐は、小さくうつむいて言葉を続ける。

「別におかしな話じゃないわ。私、八歳の頃には、一人で殺しの仕事をこなしていたから」

 組織内での憐は、特別に優れて才能を持ってはいたが、他にも同じような境遇の子供は多かった。幼いうちに暗殺者に仕立てられた子供たちは、早いうちに人を手にかける仕事をこなす。暗殺のターゲットになった人間たちも、よもや子供が暗殺者だとは思わないせいか、次々と命を奪われてゆく結果となった。

「けど、何だってその“父”とかいう存在を殺したのよ? ずっと恨んでいたとか?」

 エリィの問いに、憐は小さく首を横に振った。

「それが仕事だから殺したの」

「仕事・・・・・・ね」

 硬い表情でエリィはつぶやく。少なくとも憐が“仕事”という言葉を口にする時は、そこに私情などが入りこまないのを、エリィも短い付き合いなりに理解している。

「“父”を殺す仕事は、私がその前に殺したターゲットからの依頼だったの」

 エリィは彼女の言葉を頭で整理する。

 憐があるターゲットを殺す前、そのターゲットとなった当人から依頼を受けた。それが“父”の暗殺。ターゲットは自分の命が奪われる寸前に、最後の願いを憐に託したのだ。そして、憐は迷わずにそれを実行した。

 ただ、仕事だからという理由で。

 エリィは大きく溜め息をついた。

「あなたの仕事ぶりって、徹底しているわね」

「・・・・・・そう?」

「こういうのも何だけど、“父”っていうのは、レンにとっての師匠みたいなものでしょ。普通、そんな依頼うけるかしら」

「そんなの関係ないわ。仕事を受けたら私情は挟まない。生きていくためには必要なこと。・・・・・・それを教えてくれたのは“父”だから」

「あなたは“父”にとって、最高に忠実な教え子だったんでしょうね」

 多少の皮肉をこめてエリィは言ったが、憐は何も答えない。

「ま、それはともかくとして、レンは“父”を殺してから組織を抜けた。そして、そんなあなたを追って“父”の一派が命を狙ってくる。そういうこと?」

「うん。そんなところ。“父”の一派にとって、“父”は心の拠り所。暗い闇の世界において、唯一手を差し伸べ、皆を導き、そして愛してくれる存在」

「尊敬されてるのね。その“父”って存在は」

「・・・・・・尊敬というよりは、もはや崇拝の域に達しているわ。だから私は、彼らにとっての神を殺したともいえるの」

 神殺しの少女。

 ふと、そんな言葉がエリィの脳裏をよぎる。そして、思った。憐には似合いすぎだと。

「レンは“父”を崇拝するようなことはなかったの」

「それはなかったわ」

 即答だった。

「・・・・・・そう」

 コーヒーに口をつけながら、エリィは思った。これも憐の、人間性の欠如のあらわれではないだろうかと。

 他の者は“父”を崇めるのに対し、憐だけが違うという意味。

 普通、人は何かにすがり、そこに心の拠り所を求める。非情の世界に生きる暗殺者でさえ、“父”という存在を崇拝し、それに心の安定を託す。だが、憐にとっては、そういうものは必要ないのかもしれない。

 しかし・・・・・・。

 本当にそうなのだろうか? エリィは己の考えに、ふと疑問を感じた。

 “父”という存在を差し置いたとして、憐は別のものに心の拠り所を求めてはいないか?

 憐は、わからないことを知るために、生きることを望む。その先にこそ、彼女の求める心の拠り所があるのではないか?

 そこまで思った時、エリィは憐に訊ねてみたいことができた。そして、それを口にする。

「ねえ。レンはわたしのこと好き?」

 唐突な質問に、憐は一瞬だけ呆気にとられた顔をする。そして。

「わからないわ。でも・・・・・・」

「でも?」

「・・・・・・嫌いではないと思う」

 少し間を置いてから、憐はそう答えた。

 エリィは、その答えに満足する。少なくとも、彼女の置いた間にこそ、ちゃんとした真実があるように思えた。それに何をいっても、憐は人の顔色をみて、それに合わせられるほど器用な人間でもない。

「ありがとう。その言葉、素直に受けとっておくわ。・・・・・・で、これからはどうする訳? “父”の一派っていうのも、まだ残っているんじゃないの。レンは戦う気なのかしら」

「向こうがその気である以上、振りかかる火の粉は払うつもり。素直に殺される気はないから」

「だったら、わたしにも手伝わせてくれないかしら」

「エリィが?」

 憐は一瞬、意外そうな顔をする。しかし、すぐに首を横に振った。

「・・・・・・これは私の問題だから、エリィがかかわる必要なんてないわ」

「それはわかっているけど、別にあなたの為だけじゃないのよ。わたしの両親の墓で、無粋なことをした連中を許す気はないだけ」

 エリィはそう言うが、明らかにとってつけた口実だった。

 少なくとも、その無粋な連中を招く原因は憐にあったのだから、憐だって責められてもおかしくはない。

 だが、次のエリィの一言で、憐は自分の言おうとした言葉をのみこんだ。

「レンも生きることを望むんだったら、何でも一人で背負いこむのは止めなさい。人の好意は素直に受け取るべきよ」

 エリィの言葉に、憐は黙って目を伏せる。

「ま、あなたは戦いにおいては強いから、わたしが心配するのもヘンかもしれないけどさ」

「私が強いんじゃないわ。人が脆いだけ・・・・・・」

 憐はそう言うと、コーヒーカップの側にあったスプーンを手に取った。

「このスプーンひとつでも、急所をとらえていれば、誰にだって人は殺せるもの」

「・・・・・・・・・・・・」

 エリィは小さく、肩を竦めた。

 確かに正論ではあるが、それを成すのは憐が言うほど簡単でもない。むしろ、それを簡単に言ってのける彼女は、まさに殺しに手馴れている証にもとれる。

 だが次の瞬間、憐が言った言葉に、エリィは我が耳を疑った。

「エリィ。私を助けて」

「え?」

 あまりにも唐突でストレートな言葉に、エリィの反応は少し遅れる。一方、その言葉を口にした憐は、怪訝そうに彼女を見つめた。

「どうして驚くの? 好意は素直に受け取るものなのでしょ。だから、私はエリィに助けを求めたのに」

「あ、ああ。そういうことね。ごめんなさい」

 途中から断られるものかと思っていただけに、憐が頼ってきたのは意外だった。しかし、彼女がそのつもりなら、エリィにも断る理由はない。

 エリィも、いつのまにか憐という少女が気になっている。万が一にでも殺されるようなことがあれば、あまり良い気分ではない。

 それに憐には、まだまだ教えてやりたいことや、教わりたいこともある。それは言ってしまえば、エリィの勝手な好奇心からくるものであるが、それで身を滅ぼすのなら、それは仕方がないとも諦めている。結局、彼女も両親の血を継いでいるのだ。

「それじゃあ、わたしも手伝ってあげるわ。任せておいて」

「・・・・・・うん」

 憐は頷いて、コーヒーに口をつける。が、すぐにテーブルにカップをもどした。

「美味しくない」

「わたしのコーヒーの味がわからないなんて、まだ子供の証拠よ」

 少し緊張が解け、ようやくこの部屋にも、ささやかな笑い声が響く。

 そして、外では雨の降る音が聞こえた。

 

 

3 響く鐘

 

「レン、あなたを狙う連中の居場所がわかったわよ」

 銃の手入れをする憐のもとに、エリィがやってきたのは、夜もかなり更けてからのことだった。

 ここは憐とエリィが初めて出会った、廃れた教会。いつしかここは、二人の会合場所となっていた。

「連中の居場所は、ウィンチェスター郊外にある古い聖堂。最近までは使われていなかったらしいんだけど、今は妙な長衣の連中が出入りしているのが確認されているわ」

 この情報は、ここ数日かけて、エリィが色々な筋から集めたものだ。彼女は、裏の世界の色々な方面へと顔が利く分、こういう調べごとはお手の物だった。

「・・・・・・それは信用のおける情報?」

「そうね。少なくとも、わたしにとって信用のおける人間からの情報ではあるわよ。あとは実際に、自分たちの目で確認しないといけないでしょうけどね」

 騙し、騙される。裏の世界ではよくあることだが、だからといって全てが信頼できないわけでもない。情報を扱う者は、信用があってこその商売。得意先の人間相手に、信用もおけない情報を売りつけることは、まず少ない。

 あくまでも情報などは、ひとつの判断材料。最終的にその情報をどう捉えるかは、情報を得たものの責任となる。

「で、こっちから仕掛けるの?」

 エリィの言葉に、憐は小さく頷いた。

「やるわ。これからすぐにでも」

 憐の言葉に迷いはない。

 それは、生きることを望むがゆえの決断だった。

 

 闇夜の聖堂に、銃声が何発にも渡って鳴り響く。

 それが大きな戦いの合図となった。

 エリィが得た情報の通り、この古い聖堂に出入りしていたのは“父”の一派と呼ばれる存在に間違いはなかった。

 二人は聖堂に着いて、それを確認するや否や、敵には気取られぬよう行動を開始し、手近な見張りなどを始末していった。だが、最初は静かに進んでいた戦いも、今では二人の侵入が知られてしまい、危険な流れへと変わろうとしている。

「どんどんと敵がおいでなさるわね」

 聖堂敷地内の中心にある礼拝堂。その中の長椅子に身を隠しながら、エリィは忌々しげにつぶやく。

 正直、これほどまで敵がいようとは想像だにしていなかった。憐一人を殺すだけのために、大層すぎるともいえなくはない。

 当の憐は、この部屋内に入ってくる敵を、正確な射撃で屠り続ける。薄暗闇の中においても、彼女の銃の腕に狂いはない。的確に素早く相手を仕留めるだけに、それなりの数にも対抗できる。

 それに今は、エリィの助けもある分、憐にとっても幾分かは余裕があった。

 だが、それも時間の問題といえる。ずっとこの礼拝堂で応戦するままでは、いずれ分が悪くなるだろう。ここは敷地内の中心であって、周りを取り囲む場所から敵がかけつけてくれば、包囲され出口を失う。

「・・・・・・敵の攻撃が緩んだら、祭壇の奥の扉へ走って」

「はいはい」

 憐の言葉に、エリィはぞんざいに頷き返す。そして、余裕が出た時点で、二人は奥へと走る。

 祭壇奥の扉の先は、長い一本の廊下が続いていた。だが、その廊下の向こうからも、敵がこちらへ近づいてくる姿が見えた。

「もう、次から次にキリがないっ!」

 前方にも敵、後方にも敵。どこからこれほど湧いて出るのか、エリィは呆れかえる。

「エリィ。こっちの階段を登るわよ」

 廊下の途中で鐘楼の方へと続く、狭い登り階段があった。憐はそれを指し示す。

「仕方ないわね」

 先に階段を駆け上がる憐に続いて、エリィも走った。そして、階段の折り返しとなる踊り場まで来ると、憐が告げた。

「エリィ。下から来る敵は、あなた一人で食い止めて」

「え? わたし一人で食い止めろですって? あなたはどうするのよ」

「私は上へ登って、敵がいるようなら始末するわ」

 憐のきっぱりとした口調に、エリィも静かに頷いた。確かにこのまま上から敵に来られても、また挟みうちになるだけだ。ならば、早いうちにそれらを確認し、勢いのあるうちに危険は排除するに限る。

「わかったわ。ここはわたしに任せて、あなたは早く上に行きなさい」

「うん」

 下のことをエリィに託して、憐は再び階段を駆け上がった。鐘楼へと続く道のりは、思った以上に長い。

 途中、数回に渡っての障害もあったが、憐はことごとくそれを排除する。それこそ、屍の山を築き上げて。

 その後は、ようやく階段を登りきり、開かれた場所へと出てくる。そこは、蝋燭の灯りによって照らされた鐘楼だった。

 憐は慎重に、その部屋へと足を踏み入れる。すると、部屋の奥から何者かが近づいてきた。彼女はその方向に銃を向ける。

「自らここまで来たか。大罪を犯せし、堕ちた子よ」

 そんな声が響くとともに、銃を構えた長衣の男が姿をあらわす。憐は、その男の声に聞き覚えがあった。

「・・・・・・その声、アドラーね」

「覚えていたか。我が名前を」

 アドラーと呼ばれた男は、不気味に口許を緩ませた。憐は何も答えない。

 彼女とて、すき好んで、あの男のことを覚えているわけではなかった。憐が“父”の元にいたときから、この男は何かと彼女を目の仇にしていた。だから、覚えているだけだ。

「堕ちた子よ。我らが“父”を殺めたる罪は重い。苦しみを持って、死することを勧める」

「生憎と死ぬことはできないの。私は生きることを望んでいるから」

「“父”を殺したおまえには、生きる資格などない。おまえは“父”を殺したことによって、人である事を捨てておるのだからな」

 アドラーの言葉に、憐は少し眉根を寄せた。普段なら無視するはずなのだが、今回は少しばかり引っ掛かった。

「・・・・・・どういう意味?」

「わからぬか。そうか。そうであろうな。人である事を捨てたおまえに、人の心などわかる筈もあるまい」

「・・・・・・・・・・・・」

「我らにとっても、おまえにとっても、“父”だけは偉大なる心の拠り所であった筈だ。それなのに、おまえは“父”を殺した。人として越えてはならぬ一線を破ったおまえは、人の心を捨て去りし悪魔に成り下がったのだからな」

 アドラーの物言いは、完全に一方的なものであった。“父”という存在を盲信するあまり、全てを自分の常識の枠内におさめようとする。

 憐は、小さく首をふってから、口を開いた。

「・・・・・・私は、あなたが思っているほど、“父”に心の拠り所なんて見出してはいないわ。私は、今も昔も、ずっと人として生きているから」

 わからないこと、知るべきことは沢山ある。だが、それを差し引いても、憐は自分が人として生きていると断言できる。

「そんな馬鹿な話は信じられぬ。人は何かに頼ってのみ生きるものだ。誰かに認められてこそ、己の存在意義も理解できる」

「何かに頼ることが悪いわけじゃないわ。でも、頼るものを盲信するあまり、それ以上のことを何も考えられないのはおかしいと思う。それこそ、その人は人間ではなく、人形に成り下がっていることを意味するから」

 “父”は居場所を与えてくれる。だが、そこは仕組まれた陰謀によって用意された、偽りの居場所である。本当に自分が心から望んだ場所とはいいきれない。少なくとも、憐にとってはそうであった。

 だからといって、アドラーが完全に間違っているとも言うつもりはなかった。彼だって、色々な考えを経て、“父”を崇める道を選んだのだから。

 すべては生き方や考え方の違い。そこで、お互いの命をかけ合わねばならないのは、裏の世界に生きるもの同士の皮肉としかいいようもない。

「あなたも人であると言い張るのならば、自分の選んだ道の先も、もっと考えるべきだわ」

「堕ちた子が、小賢しい口を聞くな」

 向き合う銃口。お互いに外しようもない距離。

 アドラーも素人ではない。撃てばお互いに無傷では済まないだろう。

 緊張は高まり、時間だけが流れる。あたりは不思議なほどに、静かだった。

 そのときだ。

「・・・・・・そろそろね」

 憐が、急にひとり言のように呟いた。

「そうとも。そろそろ貴様の負けだ。堕ちた子よ」

 アドラーも小さく頷くと、憐の左側から、長衣の男があらわれる。今まで気配を消して、隠れていたという感じだ。

 それに対する憐は、表面的には動じた様子もない。

「貴様を殺すのには念をいれる。切り札は最後まで残しておくものだ」

「・・・・・・そうね」

 憐が小さく頷いたとき。

 ・・・・・・この鐘楼内に銃声が二発鳴り響いた。

 次の瞬間、額を撃ちぬかれた人間が床に倒れる。それは、憐の左側にいた男であった。そして、アドラーもまた、右腕から血を流し、銃を落としていた。

「まったく、何やってるのよ。あなたは」

 長衣の男を始末した女性が、呆れたような物言いで姿をあらわす。それに対して憐は。

「エリィが助けてくれると信じていたわ」

 いつもの無表情な顔で、本気だか、冗談だかわからないことを言った。

 もっとも、憐は冗談が言えるほど器用な人間でもないので、それなりに本気の言葉であるともいえるのだろうが。

 そして憐は、右腕をおさえたままのアドラーへと向き直った。勿論、彼の腕を撃ちぬいたのは憐である。

「自分に切り札があるように、相手にも切り札があることを忘れては駄目。そして・・・・・・」

 憐は再び、銃口をアドラーへ向けた。

「あなたは私を悪魔と見なした時点で、私に勝てはしない」

 それが、彼がこの世で聞いた最期の言葉となった。

「・・・・・・人は人を殺すことはできても、悪魔を殺すことはできないの」

 憐は銃を下ろして、寂しげにつぶやく。

 そして、鐘楼の鐘に近づくと、三度それを鳴り響かせた。

 それは彼女が屠ったものに送る、弔いの鐘の音だった。

 

 

4 朝靄

 

「ねえ、ひとつ聞きたい事があるんだけど」

 全てが終わった帰りの車で、エリィはそう話を切り出した。

「なに?」

 窓の外を眺めたまま、憐は答える。

「あなた、わたしが助けてくれると信じてたって言ったわよね。どういう根拠であんなことを言ったの?」

「・・・・・・私がアドラーと向き合っている最中、下での銃声は止んでいたわ。つまりそれは戦いが終わった証拠。そこでもし、敵が勝っていたら、すぐにでも敵が上がってくるわ。でも、そんな様子じゃなかったから、あなたが勝ったと確信したの」

 エリィはその言葉をきいて、舌を巻く思いだった。よもや、そこまでのことを計算していようとは。

「でも、もしわたしが来なかったらどうする気だったのよ」

「その時はその時で、どうにかする術はあったわ。切り札なんて、ひとつと限った訳ではないから」

 悪びれる様子も無く答える憐。エリィは、呆れるべきか苦笑すべきか悩んだ。

「結局、わたしの助けなんて、かえって余計だったのかもね」

 憐に万が一のことでもあればと思って、助けを申し出てみた。だが、それもやはり、エリィの自己満足にすぎなかったのかもしれない。

 しかし。

 憐は首を大きく横に振って、その言葉を否定した。

「確かに、私一人でもどうにかなったかもしれない。けれど、エリィの助けが余計なものとは思っていないわ。・・・・・・エリィ、以前に言ったよね。生きることを望むんだったら、何でも一人で背負いこむのは止めろって」

「ええ。言ったわね」

「私、今回はその言葉の意味がわかった気がするの。今回、エリィに助けてもらって、普段よりも生きるという事に執着できたから」

「・・・・・・・・・・・・」

「エリィが助けてくれている。そう思うだけで、私はより強く、生きることを望めた。あなたの好意に報いる為にも」

 人に頼ることは悪くない。ただ、頼った先に、自分として何をどう考えるか。それが大事なこと。

 憐は理屈としてではなく、感情として、今回それを知った気がする。

「すべてを一人で背負いこんでいたら、そんな考えにはいきつかなかったわ」

「わたしは単に、両親の墓を、無粋な真似で騒がした連中が許せなかっただけだけどね」

 エリィは、小さく笑いながら言った。明らかな照れ隠しだが、言わないと落ちつけそうにもなかった。

 あまり誉められっぱなしというのも苦手だったから。

「それにしても、もう“父”の一派っていうのは心配しなくていいのかしら?」

「残念だけど、あれで全部ではないと思うわ。今回は動いていないだけで、他にもそういう一団はいると思うから」

「厄介ね」

「うん。でも、しばらくは大丈夫だと思うわ」

「そうあってほしいものね。・・・・・・でないと、一緒にいるこっちまで、落ちつかないんだから」

 言葉の後半は、ほぼ囁きに近い声で呟いた。

「レン。これもわたしからの忠告なんだけど、生きることを望むんだったら、余計な敵を増やすのも考えものよ」

「・・・・・・うん。そうかもしれない。これからは気をつける」

 エリィも今度は大声で笑った。憐が少し、可愛らしく思えたからだ。彼女のような年頃の少女が、ヘンに理屈だけで生きるのもどうかと思う。多少の愛嬌があってこそ、付き合っている側としても安心できる。

 今の憐は、二人が出会った当初よりは、柔らかい雰囲気も出てきている。

 それが憐にとって欠けていた物のひとつとすれば、良い方向へ進んでいるのかもしれない。

「ねぇ、エリィ」

「なにかしら」

「あとでカフェに寄ってほしい。そこで朝の紅茶をご馳走するから」

「別に、気なんて遣う必要はないのよ。そんなお金をかけるぐらいだったら、わたしの家でコーヒーを飲んでいけば」

「・・・・・・それだけは嫌」

 再び響くエリィの笑い。

 憐もつられて、口許を緩ませた。今までに忘れていた感情。これが“楽しい”ということなのかもしれない。

 靄にかすんだ、朝の光景。それでも霧よりは見通しも良く、先の道も見える。

 憐自身にもいえること。例え、知らないことが多く、それらが靄にかすんでいても、最低限に自分の進む道は見出せる。

 

 遠くで、朝を告げる鐘が聞こえた。

 

 

〈了〉

 

 

あとがき

 「雨と柩」、「月と鎖」に続く続編、「罪と鐘」をお届けします。

 今回は憐の過去に触れてみましたが、いかがなものでしたでしょう? ちなみに触れた過去は一部です。あくまでも、憐の視点での過去なので、別の視点から見れば、まだまだこんなものではすみません。

 憐の過去には、彼女すら知らないような陰謀によって成り立っているともいえるでしょうし。

 ・・・・・・とまあ、これ以上、話を広げるのはひとまず置いておくとして、今回の作品について少々。

 今回は憐の過去に触れると共に、彼女が築いていくであろう未来への掛け橋にもなるよう意識してみました。エリィとの関係を通じて、今、彼女が何を知っていくのか。

 その“今”という過程を大事にしていけば、いつかは未来への道も明確になるかもしれない。そういった思いも込められています。

 憐は中々感情を表には出しませんが、実際はそうでもありません。彼女を表現する際に注意しているのは、淡々とした台詞と行動の中に、彼女なりの真実を込めると言う事です。

 まあ、憐という子は、良くも悪くもストレートな子ですから・・・・・・(苦笑)

 

 

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