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わたしの「色」

 

色が与えられる。

わたしに似合う「色」が・・・・・・。

 

 

 風が庭を吹きぬけていった。

 冬の名残を感じさせる少し冷たい風。

 でも、わたしには心地よかった。

 わたしは風にあたるのが好き。もっと正確にいえば、この場所を抜けていく風が好き。

 ここを抜ける風は、色々な香りを孕んでいる。

 街では感じられないような、優しい自然の香りなどを・・・・・・。

 今日もいい天気になるかしら?

 わたしは、かすかに白みはじめた空を見て、ふと思った。まだ朝も早く、太陽も完全には昇りきっていない。それでも、見上げた空は曇り空という訳ではないようだ。

「きっと今日も晴れるよね。そして、明日も」

 白い息と共に、わたしが独り言のようにつぶやいたとき、背後から人が近づいてくる気配を感じた。

「ユキ。どうしたんだい。掃除の手が止まっているよ」

 少し冷めた感じの淡々とした声が、わたしを現実に引き戻す。

「・・・・・・あっ、おはようございます。ご主人さま」

 わたしは慌てて振り返り、自分を呼びかけた男性へと深く頭を下げる。

 この男性は、わたしをメイドとして雇ってくれている大切なご主人さま。若くしてお屋敷を継がれた、立派な青年でもあらせられる。

「随分ゆっくりと掃除しているね。ユキにはまだまだ沢山の仕事をやってもらわなければいけないのに」

「す、すみません」

 わたしは肩をすくめて謝った。でも、そんなわたしを見て、ご主人さまは薄く笑いを浮かべる。

「まあ、そんなに謝ることはないよ。ひとつひとつを確実にこなしていくことも大事だからね」

「・・・・・・はい。でも、もう少し要領良く仕事します」

「うん。頑張って。それよりも、紅茶を淹れてくれないかな」

「紅茶・・・・・・ですか?」

「朝起きたばかりで寒くてね。ユキの淹れた温かい紅茶が飲みたいんだ。掃除は後回しでもいいから、大至急に頼むよ」

「かしこまりました」

 こうしてわたしは、ご主人さまへの紅茶を淹れるべく、屋敷の厨房へと走った。

 そして、お湯を沸かしながら、今回使う茶葉などを選別する。

 今は朝だし、あまり渋みのある紅茶もどうかと思う。こういうゆったりとした時間を楽しむつもりなら、少し香りが優しいものがいいのかもしれない。

 その結果、わたしが選んだ茶葉は、未開封のままにとっておいたロージー・オータムナルという、秋に摘みとられたダージリン。普通のダージリンと違い、茶葉がやや赤味を帯びているのが特徴で、春のダージリンなどと比べると渋みも少なく風味も柔らかい。

 茶葉が決まれば、あとは沸いたお湯をティーポットにいれて蒸らすだけ。この時点で、トレイにはティーポットやティーカップなどをのせ、ご主人さまのいる場所まで運ぶ。

 そうすれば、ほどよく蒸らし時間が過ぎるから。

 ご主人さまは、庭先にあるテーブルにいた。わたしはそこまで近づくと、そっとテーブルにトレイを置き、ティーカップに紅茶を注ぐ。すると、紅茶の優しい香りが風にも乗る。

 それは、理想的な香り。茶葉の蒸らし時間がほどよい証拠でもあった。

「どうぞ。お召し上がりください」

「うん。ありがとう」

 ご主人さまはそう言って、紅茶に口をつける。そして。

「とても美味しい。やっぱりユキの淹れる紅茶は最高だね」

「・・・・・・そう言ってもらえると、本当に嬉しいです」

 わたしに出来る数少ない事。それで、こうやってご主人さまが喜んくれるのであらば、それはとても嬉しいことだ。

 ご主人さまの穏やかな様子を見ているだけでも、わたしまで穏やかな気持ちになれるのだから。

 こうして紅茶を飲み終えられたご主人さまは、ティーカップをテーブルに置いて、立ち上がられた。

「ユキ。少しこっちへ来てくれるかい」

「はい?」

 わたしは首を傾げながらも、ご主人さまの言葉に従った。

 そして、彼の側にまで近づいたその瞬間。

「・・・・・・あっ」

 ご主人さまは強引にわたしを抱き寄せると、わたしの首筋にそっと唇をあてがった。

 わたしは少し緊張し、身体を硬くする。それでも、ご主人さまの唇はあてがわれたままだ。

 でも、不思議と嫌な感じはしなかった。むしろそうされることを望んでいるのか、何の抵抗心もよぎらない。

 荒々しいように見えて、限りなく優しい抱擁。華奢で小さなわたしが、痛いと感じないのだから、決して乱暴な行為ではないと思う。

 ご主人さまは、あてがったままの唇で、軽くわたしの肌を吸う。

「はぁ・・・うぅっ・・・」

 羞恥のためか、甘い吐息が洩れ、目にもうっすらと涙がにじむ。全身には痺れたような感覚が走り、ほんのりと身体が火照るのを感じる。

「・・・・・・綺麗な色だよ」

 ようやく唇をはなしてくれたご主人さまが、ポツリとそうつぶやく。

 わたしは恥ずかしさのあまり、きゅぅっと身を竦める。

「・・・・・・どうして・・・こんなことをなさったのですか?」

「ユキがあまりにも可愛かったから。それじゃあ、駄目かい」

 わたしは言葉を窮した。

 本気ですか?

 それとも、冗談ですか?

 正直、訊ね返すのが少し怖かった。

 けれど、そんなわたしの気持ちをよそに、ご主人さまは言葉を続ける。

「ユキ。明日、時間は空いているかい?」

「時間・・・・・・ですか」

 唐突な質問だった。

「明日、仕事以外で時間が空いているんだったら、ユキに口紅を買ってやりたいんだ。今、ユキに似合う色が見つかった所だからね」

「そ、そんな、口紅だなんて・・・・・・わたしには勿体ないです」

「遠慮しなくていいんだよ。僕のわがままで言ってることだからね。で、時間は空いてるの? どうなの?」

「時間は・・・その・・・空いてます」

「ならば決まりだね」

 ご主人さまはそう言って、わたしの頭にポンッと手をのせる。その手から、彼の優しさがそっと伝わってくるように。

 淡々としたご主人さまの、ちょっとした優しさ。

 わたしは、いつだってそれに感謝をする。

「・・・・・・ご主人さま。先程、わたしに似合う色が見つかったって仰いましたよね。それって、どんな色なんですか?」

 消極的な自分にしては珍しいことだが、思わず訊ねてみたくなった。

「ユキに似合う色は、薄いピンクの色だよ。ユキは名前の通り色白だし、さっきのように少し赤味がさすと、とても綺麗に染まった感じがするんだ。まるで春の桜みたいにね」

 ご主人さまの言葉に、恥ずかしさを覚えながらも頷くわたし。

「・・・・・・ご主人さま、わたしもその色、嫌いじゃありません」

「そう。ならばよかった」

 ご主人さまはそれだけ言うと、ゆっくりとこの場を後になされた。

 わたしは彼の背中が消えるまで、じっと見送る。

 そして、その姿が完全に見えなくなってから、再び空を見上げた。

「あの色にも似ているのかな」

 心地の良い朝の空は、紫色とも薄いピンク色とも見える。

 わたしの瞳に飛び込んでくる、広い空の世界。

 あの色とも似ているのならば、それはとっても素敵なことではないだろうか・・・・・・。

「明日は必ず、晴れてくださいね」

 遠くに見える太陽に、そっと願いをささげる。

 ささやかな想いを込めて。

 

 わたしの名前はユキ。でも、「色」を与えれば、春のようにもなる。

 雪の季節が終われば、春が来るように。

 

〈了〉

 

 

あとがき

 突発的な短編です。執筆にかけた所要時間は1時間半ほど(笑)

 今回も何気ない日常?の一場面を切りぬいたようなお話です。それと共にちょっぴり耽美的なものを加えている感じです。

 このお話に出てくるユキという女の子は、「Magical Essence」の挿絵を担当して頂いている、ちゃんしーさんのHP「ふらんつぽわんきー」から生まれた女の子です。はじめてこの女の子を見た瞬間、私の中で色々な想像が膨らみ、ちゃんしーさんに頼んで短編小説として執筆させていただいたのです。

 あと、ユキという名前も、私が名付け親とさせて頂き、結構思い出深い子にはなっていますね。

 ・・・・・・皆様から見て、ユキはどんな女の子に見えましたか? 少なくとも、ちゃんしーさんに頂いた挿絵のユキは激可愛いですよね〜。私の文章が、その絵の可愛さについていってるかどうかは心配ですが、また感想などを頂ければ幸いです。

 

 最後に。

 ちゃんしーさん、今回も素敵な挿絵ありがとうございました。

 あなたの絵がありましたからこそ、私も今回の短編を楽しんで書けました。ホント、感謝しております。

 

 

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