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「片想いから」

 

夢を見る

幼き頃の淡い想い

その延長

寝ても覚めても、あの人の夢

 

 

SCENE T  いつも夢の続き

 

 太陽の光が、カーテンの隙間をぬって差し込んだ。

 ・・・・・・眩しいな。

 いつものことだけど、そう思わずにはいられない。それに何よりも暑かった。

 夏だからそれは当たり前なんだけど、この暑さと眩しさが今日の天気を物語っている。

「今日も快晴・・・・・・か」

 ベッドの上をゴロリと転がりながら、小さくつぶやく。

 今日はまだ平日で、学校のある日。登校するまで、まだ少しの時間はあったが、そろそろ起きなくてはいけない。

 女の子は、朝の準備に時間がかかるからね。

 私はベッドから起き上がると、まず大きく伸びをした。それからは、洗面所で顔などを洗い、部屋に戻って制服に着替える。学校の制服はオーソドックスなセーラー服だが、三年近くも着ているとその姿にだって見慣れ、着こなしにしても完璧だ。

「よし」

 制服に着替え終えると、最後は自慢の長い髪をブラシでとく。これは毎朝、結構時間がかかったりするものだけど、手入れだけは欠かせない。寝グセなどが残っていても恥ずかしいしね。

 これで身の回りの準備は大半が終わり。あとはキッチンまで行って朝食をとる。

 朝食はいつものようにトーストと紅茶。トーストには、ブルーベリーのジャムを塗るのがお気に入り。

 ちなみに、朝はいつも一人で朝食をとる。両親の仕事は早いので、私が寝ている間に出かけてしまうのだ。

 まあ、朝はぼんやりとするのが好きなので、誰にも急かされないこの環境は自分の望みにもかなっている。

 それにしても・・・・・・。

「・・・・・・昨夜も同じ夢を見るなんてね」

 私は、昨夜の夢のことを思い出していた。

 その夢は、私が初恋の人を遠くから想うというだけの他愛もない夢。告白もできず、ただ片想いのまま悶々としている、何とも言えない夢。

 昨夜だけでなく、ここ最近ずっと同じ夢を見る。病気なのかな?、と思うくらいに。

 でも、こんな夢を見始めたのは、今より一ヶ月前からだ。それも、街中で初恋の人にそっくりな人を見かけて以来。

 幼稚園の頃、私には好きな人がいた。その人は私の近所に住んでいた、三歳年上のお兄さんで、事あるたびに色々と遊び相手をしてくれた。そのお兄さんこそ、私の初恋の相手だったのだけど、昔からずっと片想いのまま。

 そして、自分の想いも告げられないまま、お兄さんはいつのまにか引越してそれっきり。

 当時の私は、幼いながらに、どれだけ泣いたかわからない。

 でも、ここ一ヶ月前に、そのお兄さんに似た人を街で見かけ、私の胸は大きく高鳴った。

 その人が、私の知るお兄さんである保証はないが、面影は随分と似ていた。それ以来、私の中では、眠っていた淡い想いがよみがえり、毎晩のように彼の夢を見、毎日のように彼のことを考える。

 それこそ、夢と現実の区別がつかなくなるくらいに。

 とはいっても、そのお兄さんを見かけたのは、偶然に二回だけ。どこに住んでいるのかもわからないし、何をしているのかもわからない。

 ましてや、なまじ出会えたとしても、それからどうすればいいかだなんて考えてもいない。その人が、本当に初恋のお兄さんだとしても、私には告白する勇気もないだろうから。

 結局、ずっと片想いのままなんだろうな・・・・・・。

 とはいってもこの状況、結構気に入っていたりするんだけどね。

 片想いの彼は、私の思い出の中で、ずっと美しい形のまま。近づけないというもどかしさはあっても、辛い現実をつきつけられて、下手に傷つくおそれもない。

 考えてもみれば、あの人と別れてから、もう十年以上経つのだ。お兄さんだって成人し、現実には恋人だっていると思う。

 辛い現実に直面するぐらいなら、私はあえて夢の世界で止まりたい。

 例え、それが現実逃避と言われようとも。

 そんなことを考えるうちに、家を出る時間はやってきた。

 

 

SCENE U  小さなきっかけ

 

「え〜、由奈。また同じ夢を見たの?」

 学校でのお弁当時間。私と向かい合っている友人、相原亮子が呆れるような顔をして言った。

「うん」

 私は小さく頷くだけ。

「由奈。あたしが言うのもなんだけど、それって相当ヤバイよ」

「そうかな? 私は別に気にしていないけど」

「でもねぇ。絶対にヘンよ。そんな現実の足しにもならないような片想い」

 そう言われると、身もフタもない。

 亮子は何でも話せる友人だけど、それだけに彼女の方も何でもズバリと言って来る。

 それでも・・・・・・。

「・・・・・・“絶対”にヘンっていうのは、何かひどくないかな?」

「ヘンなものはヘンなの。第一ね、あたしたち、もう高校三年生よ。青春真っ盛りの時期に、夢の相手にだけ片想して、納得してるなんて勿体ないじゃない」

 から揚げをつまんだお箸を、突きつけて来る亮子。私はそのから揚げをつい、パクリと食べてしまう。

「あ、あたしのから揚げっ!」

「だって、美味しそうだったんだもん」

「由奈ぁ〜。あなたって子は」

 怖い顔で睨んでくる亮子に対して、私は自分のお弁当の肉団子をあげてチャラにする。彼女は肉団子、大好きだしね。

「まあ、これは私の夢の問題なんだし、亮子が気にすることじゃないと思うよ。それに夢の中で見るとはいえ、彼自身は現実にも存在する人なんだし」

「そりゃそうだけどさ、何だか寂しい気もするわよ。夏休みも近いんだしさ、ここらでひとつ、現実と向かい合った青春を見つけるのもいいんじゃないの?」

「夏休みは大学の受験勉強に専念しなきゃダメだよ」

「・・・・・・嫌なこと思い出させないでよ、由奈。勉強も大事だけど、息抜きだって必要でしょ」

「息抜きならしてるよ。本を読んだり、お茶を飲んだり・・・・・・あとはお昼寝したり」

 私の言葉に、亮子は額に手をあてて溜め息をつく。

「あ〜あ、暗い、暗い。もっと、パァ〜ッとした息抜きって思いつかない訳? 夏休みも近いし、男の子でも誘って海に行くとかさあ」

「・・・・・・そんな相手いないよ」

「いなければ、現地にいって誘う。由奈はナイスバディーなんだし、何もしなくても勝手に言い寄ってくる男もいると思うなあ」

「そ、そんなのやだ」

 想像して恥ずかしくなる。もし、そんなことになろうものなら、私、カチンカチンになって逃げてしまうのが見えてるもの。

 私は亮子と違って、そんなに人付き合いがうまい方ではない。それは彼女だって知っているはずだ。

「・・・・・・亮子。もしかして、からかってる?」

「えへ。バレた」

「うぅぅ。ひどい」

 ふてくされた私は、パックに入った紅茶を飲む。

「でも、気にかけてあげてるのは事実よ。いっそのこと、片想いの人に告白しちゃったら?」

「そこまでは考えたこともないよ。第一、どこにいて、何をしているのかも知らないんだから」

「けど最近、この街で片想いの彼にそっくりな人を見かけたんでしょ?」

「うん。まあね」

「あたしもチラっとだけ見て思ったんだけど、あれは中々いい男よ。早いうちに手を打たないと、手遅れになるかもよ」

 そういえば、はじめてその人を見た時は、亮子も一緒にいたんだ。あれは帰宅途中のバスの中。外を歩いている姿を見たのがはじまりだった。

「面影が似ているだけで、当人である保証はないよ」

「だったら、確かめたらどうよ?」

「それもダメ。偶然、二回ほど見かけたとはいえ、どこにいるのかなんてわからないもの」

「それなんだけど・・・・・・」

 亮子は何かを言いかけて、途中で止める。

「どうかしたの?」

「あ、やっぱ、何でもない。それよりも、ホントに片想いのままでいい訳? 別に告白しろとまでは言わないけど、気持ち的には両思いになりたいとかはないの?」

「そりゃあ、できることならそのほうがいいけど」

「だったら、由奈に宿題」

「宿題?」

 私が訊ね返すと、亮子は大きく頷いた。

「由奈がその人を想う気持ちを手紙に書いて、明日、あたしに提出。彼宛てへのラブレターみたいな感じで」

「ちょっと、それ何よ!」

「面白そうとは思わない? このまま同じ夢を見続けるにしても、少しは変化などあったほうがいいじゃない。別に実際には公開しないんだし、ちょっとした遊び心で」

 ううむ。そういうものなのかしら。

 初恋のお兄さんに宛てた手紙。確かにそういうものを書くことは、今のままの夢よりは広がりがでるかもしれないが。

 私はしばらく考えてみるものの、はっきりとは答えがでなかった。

「亮子には悪いけど、この提案は保留ってことで。気が向いた時にでも書いてみるから」

「・・・・・・気が向いた時かあ。ま、いいでしょ。でも、書いたら必ずあたしに提出ね」

「それが引っ掛かるんだけどなあ。別に書いても、亮子に提出する義務がある訳でもないし」

「そう固いこと言わない。あたしは、由奈の想いがどれほどのものか見届けたいだけなんだから」

 やれやれ。亮子ってば相変わらず強引なんだから。とはいえ、今までにも色々と話してきた分、彼女にだけは何でも打ち明けられるんだけどね。

 その後もお弁当を食べながら、他愛ない会話は続いた。

 

 

SCENE V  あの人に手紙を

 

 私は自室の机に向かい、ぼんやりと考え事をしていた。時間は、そろそろ次の日付に変わろうとしている。

 考え事は、今日の昼間に亮子と話していたこと。初恋のお兄さんへ宛てた手紙についてだ。

 この話題を終えてからというもの、私の中ではそればかりが引っ掛かっていた。只でさえ、寝ても覚めても、彼のことを考える日々なのだ。お兄さん宛ての手紙は、そんな現状に拍車をかけるトドメといっても良い。

「・・・・・・ああ。どうしようかな」

 何度も同じことをつぶやきつつ、机の上にあるペンと便箋に目を向ける。

 なんだかんだいっても、手紙を書いてみたいという気持ちは大きく膨らんでゆき、私は手紙を書くことを決心した。少なくともこうしていると、必要以上にドキドキするし、何より楽しい想像が広がっていくような感じがした。

 ただ、どんなことを書こうかと考えると、なかなかペンは進んでくれなかった。

 お兄さん宛てのラブレター。それでもいいんだけど、いきなり書くには勇気もいるような感じがする。

 だって、唐突に一方的な気持ちを打ち明けるだけでは、お兄さんも迷惑しそうだし。

「・・・・・・はぁ」

 溜め息がでる。

 私、何やってるんだろうね。別段、本当にお兄さんに見せる手紙でもないのに、そこまで気を遣うだなんて。

 でも、せっかくペンをとって書く以上は、真剣に取り組みたいのはある。

 私のお兄さんへ対する想い。それを便箋に綴って形にしたい。

「とりあえずは、何か書き始めよう」

 このまま考えていても埒はあかない。少しでもペンを走らせれば、おのずと何かが書けるかもしれないし。

 まずは挨拶からかな。

 そう考えた私は、簡単な挨拶を便箋に書き出す。お兄さんの名前は、成瀬将一さん。だから。

 “将一さん、お久しぶりです。川瀬由奈ですが、覚えていらっしゃいますか”

 そこまで書いて、私はペンを止める。

「何か、硬い文章だよ」

 そもそも私は、将一さんのことを昔からお兄さんと呼んで来た。それを今更名前で呼ぶとなると、何だか別人みたいなイメージになる。

 かといって、親しげにお兄さんと書くのも、数年経った今では馴れなれしすぎるかな。

 はあぁ、悩むなあ。

 とりあえずは、もう少しペンを走らせよう。ヘンに感じた部分は、あとでいくらでも書きなおせばいいんだしね。

 こうして私は、自分の思うがままに手紙を書いた。書きたいことはいくらでもあったので、自然と文章は生み出されてゆく。しかし、あとで読み返してみると、あまりのまとまりのなさに泣きたくなってくる。

 思いついた言葉を適当に書きなぐっただけの手紙。正直、何がいいたいのかわからないだろうな・・・・・・。

 これじゃあ、私の想いも通じるように思えない。

 手紙って難しいよ。

「どうすれば、想いを形にできるかな」

 憂鬱になって、一人つぶやく。

 こんな一方的な手紙しか書けない私は、自分勝手な女の子にすぎないのだろうか。

 私の、お兄さんへ対する気持ちは、日増しに大きくなっている。それに対して、お兄さんは私のことなど何とも思っていないだろう。

 そこに大きな気持ちの隔たりがある。

 片想いという辛さを、これほど実感することはない。何だか胸が苦しかった。

「やっぱり、片想いなんてイヤだよ」

 便箋に雫が落ちる。気がつくと私は泣いていた。

 今までは片想いでもいいだなんて思っていたが、そんなのは嘘だったんだ。手紙を書き始めて痛感する。

 手紙を書くということは、近づけなかったあの人に、一歩でも近づくための行為。片想いのままで良かったのであれば、こんな手紙など書く必要もない。

 けれど、私は手紙を書こうとした。心の奥では、お兄さんに近づきたいと思っていたから。

 でも、現実には、どれほど後悔しても遅いんだよね・・・・・・。

 お兄さんがどこにいるのか判らない以上、私の気持ちなど永遠に空回りするだけ。

 これって、自分の気持ちを偽ってきた罰なのかな?

 涙はとまらなかった。

 そんな中で、ひとつの願いが大きく膨らんでゆく。その願いは、私の偽りない気持ちのあらわれ。

 私はペンをとると、新しい便箋に願いを書いた。それは、自分の想いが収束された、ただ短い文章。

 ・・・・・・その文章を書き終えた時、外はもう明るくなろうとしていた。

 夏の日の出は早いとはいえ、この手紙を書くだけでどれほどの時間悩んでいたのかが知れようと言うもの。

 私はペンを置き、今日のためにも休もうと思った。

 自分の本当の気持ちに気付いてまで、書きたいことは書いたのだ。寂しいけれど、悔いもない。

 少しの時間だけど、夢をみよう。

 いつもの夢がみれるかはわからないけど、幸せな夢がみたい・・・・・・・。

 

 

SCENE W  返事

 

 お兄さんへの短い手紙。それを書き終えた私は、約束通り亮子に手紙を提出した。

 ああいう手紙は、私が持っていても仕方ないものね。手元にあるだけで切なくなるから。

 亮子は手紙の内容に関して、何も触れてこようとはしなかった。中身を読んだのか、読んでいないのかも判らないが、私からは何も聞き出すつもりはない。

 私は自分の想いを形にして、書きたいことは書いたのだから、もうそれだけでいいのだ。

 そして。

 手紙を書いてから、十日目の休日。私は、亮子から急な呼び出しを受けた。

 何でも、買い物にいくから付き合って欲しいとのことで、公園で待ち合わせをしようと言い渡されたのだ。

 いつもなら駅前で待ち合わせをするのに、何故に公園? そんな疑問もなかったわけではないが、これといった用事もない私に、拒む理由もない。だから、約束した時間には公園まで出向いた。

 しかし。約束の時間に、亮子はやってこなかった。

 まあ、五分、十分遅れるのは、いつものことなので気にはしないけどね。ただ、夏の炎天下の中、それ以上待たされるというのはご免被りたい。

 今日も眩しいくらいの夏空。太陽を隠す雲すら少ない。

 夏用の白いワンピースも、じっとりと汗ばむほど。蝉の鳴き声は、この日の暑さを更にひきたててくれる。

 そうこうするうちに、約束の時間から十五分経った。その時。

 私は背後から、急に名前を呼びかけられた。

「・・・・・・そこにいるのは、由奈ちゃんだよね?」

 その声は聞き覚えのない男の人のものだった。だが、後ろを振り向いた瞬間、私は驚いてしまう。

 なんとそこに立っていたのは、初恋のお兄さんにそっくりな、あの人だったからだ。いや、そっくりなというのもヘンかな。初恋のお兄さん当人である可能性もあるのだから。

 何にしても唐突な出来事に、私はすぐに反応を返せなかった。

「ひょっとして人違いだったかな? だとしたら、ごめん」

 一言も答えない私に対し、彼は焦ったように頭を下げる。でも、その申し訳なさそうな表情は、記憶の中にあるお兄さんの面影とも更に一致する。それに、私の名前も知っていると言う事は・・・・・・。

「・・・・・・もしかして、本当に将一お兄さん?」

 おそるおそる訊ね返す私に、彼の顔はぱっと明るくなった。

「ああ、そうだよ。それじゃあ、やっぱり君は由奈ちゃん?」

「はい。川瀬由奈です」

「そうか。やっぱり由奈ちゃんか。よかったよ。久しぶりだね」

 お兄さんは嬉しそうに何度もうなずく。

 あまりにもいきなりの再会。これは偶然? それとも・・・? 

 そんな私の疑問に答えた訳ではないだろうが、お兄さんは言葉を続けた。

「君から手紙をもらった時には、僕もびっくりしたよ」

「・・・・・・手紙?」

「うん。相原亮子さんっていう女の子から、君からの手紙を預かってるって言われてね。それで受け取ったんだよ」

「・・・・・・・・・・・・」

 やられた。

 お兄さんの話を聞いて、私は完全に亮子にはめられたことを悟る。亮子は、お兄さんがどこにいるのか知っていたんだ。けれど、それを隠して、私にお兄さん宛ての手紙を書かせて、こういう機会を準備した。

 まさに、強引な亮子らしい配慮。私は彼女に、背中を後押しされたことになる。

「お兄さん。ここに来られたと言う事は、その・・・手紙・・・・・・読んだんですよね?」

 私はうつむき、消え入りそうな声で訊ねた。身体は、かぁっと熱くなり、足元も緊張の為に震えた。

「読ませてもらったよ。短い文章だったけど、君の気持ちが伝わってくるような気がして、とても嬉しかったよ」

「そ、そうですか」

 正直、もう何も言えなかった。嬉しい筈だけど、頭の中が真っ白になりかけて、なかなか実感がわかないんだもの。

 それでも、お兄さんの次の言葉を聞いた時には、私は驚きに目を丸くした。

「僕もずっと、由奈ちゃんに会いたかった」

 その言葉は、私の心を大きく揺さぶる。

 これってどういうこと? お兄さんは、私のことをずっと想っていてくれたの?

 あ、でも、違うよね。きっと会話の流れで、そう言ってくれただけだよね。

 それでも・・・・・・。

 それでも、私はお兄さんの真意を確かめたくて、そっと顔をあげる。

「・・・・・・お兄さん。さっきの言葉、どう捉えればよろしいでしょう?」

 はぁ。私、何を言ってるんだろう。真意を確かめたいとはいえ、露骨に先走りすぎだよ。

 でも、お兄さんは優しく微笑んで言った。

「由奈ちゃんの好きに解釈していいよ。ただ、僕の気持ちを言わせてもらえれば、僕がここに帰ってきた半分の理由は、由奈ちゃんに会うためなんだ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「昔、黙って引っ越したこと、どうしても謝りたくてね。だから、専門学校を卒業して自立したら、こっちに一人でも帰ってこようと思っていたんだ」

「そんなために、わざわざ」

「僕にとっては気になっていたことだからね。でも、こんな形で由奈ちゃんから会うことを望んでくれるなんて想像もしなかったよ」

「え、えぇ」

 恥ずかしくて、頷くのがやっと。

「とりあえず、またこの街で暮らすことになるけど、由奈ちゃんさえよければ、また会ってくれるかい?」

「そ、それは勿論です」

「良かった。これからもよろしくね」

「・・・・・・こちらこそ」

 ぎこちないやりとりではあったが、私の中では何かが晴れてゆく。

 これからもお兄さんと会える。そんな喜びも含め、数々の思いが溢れんばかりに押し寄せる。

 たった一通の手紙をきっかけに、その願いは通じた。

 今度は、その叶った願いをもとに、新しい行動を起こしていこう。

 夢を見るだけではなく、現実も見据え、お兄さんと付き合ってゆく。そうすれば、いつかは本当の告白だってできるかもしれないのだから。

 ちなみに、私がお兄さんに宛てた手紙の内容は・・・・・・。

 

“私は今、お兄さんにとっても会いたいです”

 

 ただ、それだけの文章だけ。

 

 

〈了〉

 

 

あとがき

 短編「片想いから」をお届けします。

 この短編も、日常をテーマとした何気ないお話です。

 壮大なテーマのものを書くのもいいのですが、たまにはこういう日常を振りかえった題材も書かないと、色々な意味で勿体無いです。

 とりあえず、夏の小さなプレゼントとして楽しんで頂ければ幸いですね。

 あと、この短編にはちょっとした思惑もあるのですが、それはまた別の機会で明かせればなあと考えてます。

 

あとがき追加版(8月14日追加)

 さて、あとがき追加版と称して、思惑などを明かしましょう。

 この短編を書くに際しては、ある絵からイメージを頂きました。それは作中の冒頭にあるYasさんの挿絵です。

 あのパジャマの娘さんを見て、今回の短編はできたともいえます。つまりは絵のほうが先行しているんですね。

 絵から受けたイメージはずばり「まどろみ」。夢と現実の狭間にいるような感覚から、こんな話が生まれた感じです。

 

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