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  夏の小さな願い

 

 あなたは願いを持っていますか?

 ほんの小さな願い。

 ささやかな願いだって構いはしません。

 願いがあるって、素敵なことですよね。

 それだけ、楽しい夢をみられるから。

 

 

 透き通るような青い空。

 眩しいまでの太陽の輝き。

 その光に目を細めて大空を眺め見る。すると遠くには飛行機が見え、飛行機雲をつくってゆく。

 空という海にできた波の流れ。

 夏の暑さを、一時でも忘れさせてくれる気がする。

「牧兎くん。飛行機雲が綺麗だよ」

 昼下がりの臨海に面した公園。私は、隣の芝生で寝ている大好きな人に声をかける。

「ん?」

 牧兎くんは、顔を覆っていたタオルを払って空を見る。でも、またすぐにタオルを戻す。

「ああ綺麗だったな」

 どことなく投げやりな言われよう。少しむっとなった私は、彼のタオルを取っ払う。

「・・・・・・何するんだよ。眩しいだろ」

「だって、牧兎くんがちゃんと見てくれないんだもの」

「見たよ。飛行機雲だろ」

「そうだよ。何か感想は?」

「ない」

 きっぱりと言われる。

「第一、何で飛行機雲ぐらいではしゃがなきゃならないんだよ。俺も雛も大学生なんだぞ」

「大学生が飛行機雲を見て喜んじゃだめなんてことはないでしょ」

「だめじゃないけど、子供っぽいじゃないか。飛行機雲なんて珍しくもないんだぞ。いちいち喜んでいられるか」

「牧兎くんと見る飛行機雲は珍しいよ」

 飛行機雲自体、珍しくないのはわかる。でも、大好きな人と眺める飛行機雲は、何か良い思い出になるかもしれない。そこから話題も広がっていく場合もあるし。

 けれど、こうやって意味のないお話をしているのも楽しい。牧兎くんはぶっきらぼうだけど、何だかんだ言ってもこうやって相手にしてくれる。私はそんな彼が大好き。

「俺と見る飛行機雲か・・・・・・だめだ。暑くて何の感慨もわかない」

「夏が暑いのは仕方のないことだよ」

 私は笑いながら、鞄の中からノートを取り出し、それで彼を扇いであげる。

「あまり涼しくないぞ」

「もう。牧兎くんってば文句が多いよ」

「文句じゃなくて正直な感想だ。涼しくも無いのに意味なく扇がせていたら、雛だってしんどいだけだろ」

 あは。気遣ってくれてるよ。牧兎くんってやっぱり優しいな。

「ねえ、牧兎くん。膝枕してあげようか? 自分の腕を枕にしているより楽かもしれないよ」

 涼しくはならないかもしれないけれど、少しは気分転換になるかもしれないし。そうも言ってあげる。

 けれど牧兎くんときたら。

「恥ずかしいから遠慮する」

「そうかな?」

「アイドル歌手の膝枕なんて、バレた時が畏れ多いぞ」

「あ、またそんな事を言う」

 確かに今の私は、仕事でアイドル歌手なんてしている。でも、普段はごく普通の大学生だ。

 だから、アイドルとかそういう事で、特別な意識をもたれたくない。特に牧兎くんには。

「牧兎くんはそんなこと気にしなくていいんだよ」

「気にするなって言われてもなあ」

「問題が起こったら、起こった時で考えればいいよ」

「・・・・・・そうだな。雛がアイドルやめても、その時は俺のお嫁さんになればいいんだからな」

「え?」

 私は一瞬だけ驚く。言った牧兎くんにいたっては、恥ずかしくなったのかそっぽを向く。

 そんな彼がちょっと可愛くて、可笑しい。そして何より嬉しかった。

「うん! 私、牧兎くんのお嫁さんになる。例えアイドルを続けていてもね」

 いつも繰り返しのように言っている言葉。私が一番望んでいる願い。

 それにしても今日はとってもいい日だよ。牧兎くんからもあんな台詞が聞けるなんて。

「まったく雛にはかなわないな。たまには俺から先手をとってやろうと思ったのに、ここまで自分が恥ずかしくなるなんて思わなかったぞ」

「そんなことないよ。大事なことだもの。牧兎くんが言ってくれると私は嬉しいよ」

「そんな台詞ばかり言ってたら、顔が火照って、余計に暑くなるだけだ」

 牧兎くんはそう言って起きあがった。

「とりあえずジュースかアイスでも買って来る。雛は何か欲しいものあるか?」

「牧兎くん!」

 私は即答してしまった。でも、さすがに眉をひそめられる。

「・・・・・・おまえなんかシュークリームで充分だ」

「あは。それも大好き。でも、暑いからシューアイスが欲しい」

「この近くで売っている保証はないぞ」

「いいよ。一緒についていくから」

 こうして立ち上がると、彼の横に嬉しそうに並ぶ。

「じゃあ移動するってことか。ま、いいか」

「うん。行こう」

 本当はここで待っていてもいいんだけど、それじゃあ牧兎くんといる時間が少し減っちゃう。普段は忙しい私にとって、こんな時ぐらいはずっと彼のそばに居たい。

 こうして歩き出した私たちは、綺麗に舗装された遊歩道を歩く。

 大学の講義を追えた平日の午後。この公園にくる人は、そんなに多くはないが、それがかえってのんびりできる。

 でも、そんな時だ。思わず気になるものを見つけてしまった。

「あ、牧兎くん。あっちに笹があるよ」

 私は少し人が集まっているところを指さした。そこには何人かの人が、笹に何かを飾りつけている。

 あれって確か・・・・・・。

「七夕の飾りだな。そういや明日は七夕だもんな。何かのイベントでも行うのかもな」

 言おうとしたことを、牧兎くんが先に言葉にしてくれる。

「・・・・・・そうかもしれないね。でも、もうそんな季節なんだ」

 七夕・・・・・・。一年にたった一度、織姫と彦星が巡り合える日。私は幼い頃、この話を聞いて泣いちゃったことがある。

 だって、一年に一度しか会えない恋人たちって、あまりにも可哀相だから。

 もし、私と牧兎くんが、織姫と彦星みたいな関係だったら、私は絶対にたえられないだろうな。

「おいおい、雛。何、泣きそうになってるんだよ」

「え?」

 牧兎くんの言葉で我に返るが、知らず知らずのうちに涙ぐんでいたみたい・・・・・・。

「雛って相変わらずだよな。どうせ七夕の話でも思い出していたんだろ」

「・・・・・・うん。だって想像したら悲しいんだもの。あの中国の説話は」

「七夕って中国の話だったのか? 俺はてっきり日本のものかと思ってた」

「あは。牧兎くんらしいね。でも、七夕っていうのも、伝説だけをなぞっていくと、すごいところまで繋がりがでてくるみたいだよ。宇宙樹信仰がどうとか・・・・・・」

「ううむ。何かイメージが変わってきそうだな。そんなレベルまでくると」

「けれど、そんな壮大な部分をぬいても、あの話ってあんまりだと思うよ」

「二人が離ればなれってのが嫌なのか?」

 私は小さく頷いた。

 すると牧兎くんは笑って「良い事を教えてやるよ」と言った。

「織姫と彦星は、確かに人間的な感覚で見れば悲しい運命だと思う。でも、星の寿命における一年を、人間の寿命を基にした時間感覚に置きかえてやると、実は約2秒に1回は逢っている計算になるんだ」

「・・・・・・・・・・・・」

「どうだ。安心したか?」

「・・・・・・ちょっと複雑。何かそれって夢がないよ。それに屁理屈みたいな気もするし」

「雛が泣きそうになってるから教えてやったのに、そういう言い方ってないだろ」

 牧兎くんは苦笑する。

 理解できないわけじゃないけれど、複雑なのは本音だ。夢を取るか、理屈を取るか。もはやそんな領域の問題だよね。

 でも、いいか。また彼が私を気遣ってくれたのだから。そっちの方が嬉しかったりする。

「とりあえず牧兎くんの言う事で納得するよ。それよりもあっちに行ってみない?」

 指をさした方角。そこは七夕の飾り付けをしている人がいるところ。

 良く見ると、普通の通行人たちが足を止めて、短冊などに願いを書いていけるサービスをしている。

「行こうよ。牧兎くん。短冊に二人の願いを書くの」

 気がつくと、私は彼の手を強引にひっぱっていた。

 こうして二人して近づいてみると、係りのおじさんが短冊とペンを貸してくれる。

「短冊に願いを書いたら、あっちの笹に吊るしておくれ」

「はい」

 私はおじさんに礼を言うと、牧兎くんにも短冊を渡してあげた。

「・・・・・・俺も書くのか?」

「勿論だよ」

「冗談だろ。子供じゃあるまいし、いまさら短冊に願いだなんて。ついでを言えば、おまえのも却下だ」

 そう言って私の短冊もとりあげようとするが、どうにかそれを避ける。

「どうして私のまで却下なの?」

「おまえの書く願いって想像がつくからだ。下手に恥ずかしいもの書かれたら、俺がたまらない」

「恥ずかしいもの?」

「・・・・・・その、何だよ。俺の・・・・・・花嫁なりたいとか、色々あるだろ」

 “花嫁”の部分だけ小声で囁くが、一応はちゃんと聞こえた。

 だから、わかった上でちゃんと答えてあげる。

「大丈夫。そんなのじゃないよ」

「本当かよ」

「うん。本当・・・・・・だってね」

 私は、これ以上どうこう言われる前に短冊に願いを書いた。そして、彼に見てもらうべく手渡す。

 牧兎くんはしげしげとそれを眺めて、小さく頷いた。

「・・・・・・・・・・・・ま、これぐらいなら問題ないか。合格って事にしといてやる」

「よかったよ」

 にっこりと微笑んで、ちょっと安堵する。

 ちなみに私が短冊に書いた願い。それは。

 “私の大好きな人が、これからもずっと元気でありますように    七宮 雛”

 ・・・・・・というもの。

 シンプルだけど、何かに願う場合はこういうのが一番いい。

 本当に大事な願いは、私の口で、その願いをかなてくれる人に直接言いたいもの。

「おい、雛。俺にもペンを貸してくれ」

「わ。牧兎くんも何か書いてくれるの?」

「少しぐらいならつきあってやってもいいと思ってさ。これぐらいなら」

 そう言ってサラサラと願いを書き上げる。

「よし。これでどうだ?」

 書きあがったものを受け取り、それに目を通す。

 “俺の大事な女の子が、元気に仕事を頑張れますように    和泉牧兎”

 私は短冊を、そっと胸に抱えこんだ。

「・・・・・・ありがとう牧兎くん」

 嬉しくて涙が溢れそうになる。でも、それはこらえて笑顔をむける。

「飾りにいこうぜ」

「うん」

 本当はこの短冊欲しいけど、今は我慢しよう。

 こうして私たちは、二つの短冊を笹に吊るす。そして。

「ねえ。牧兎くん」

「どうした、雛?」

「・・・・・・いつか本当にお嫁さんにしてください」

 何度も言った願い。

 言葉の重みは、いかに難しいことを言うかじゃない。自分の気持ちを、いかにして言葉にのせれるか。

 それは歌と同じこと。素敵な歌が何度でも歌い継がれるように、大事な言葉もまた、何度ささやいても色褪せない。

 すべては気持ちひとつ。

 そして、彼の答えは。

「雛がずっとその気でいるのなら、いつか叶えてやるよ」

 早口で、しかも小さな声。

 それでも伝わってくる重み。

 去年の冬は“叶うといいな”だったけど、今年の夏は“いつか叶えてやるよ”。

 私たち、間違った距離の詰め方はしていないんだよね。そんなことを実感する。

 

 夏の小さな願い。

 誰も知らなくても、二人は幸せの中にいる。

 

 

 

あとがき

 季節ものな突発短編「夏の小さな願い」をお届けします。

 今回は「あの子」・・・・・・七宮 雛のお話です。短編第6弾の「聖夜」以来、一部で復活の願いが多かった主人公です(笑)

 七夕1日前の平穏な一場面を舞台に、何気ない二人のやりとりを描いてみました。とはいえ、「聖夜」から時間は続いているので、二人の関係もいつも通りに見えて、ちゃんと進んでもいるってことです。

 ゆるやかにでも、間違った距離の詰め方をしていない二人を感じてもらえると嬉しいですね。

 執筆は例によって早かったです。約2時間強。どうも私は、こういうのに限ってはあんまり悩まずに書けるようです。

 一部、恥ずかしかったりするんですがね(苦笑) でも、それがかえって楽しかったり。

 あと雛って子は、良くも悪くも私に近い(思いこみの強引なところ)ので、書き易いのはありますね。まあ、私は雛ほど純真無垢じゃないですが・・・・・・。

 何気ない話を、何気なく楽しんで頂けたのなら幸いです。

 

 

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