「雨と柩」
雨は涙
穢れのないヒトの涙
でも、嘘
ヒトは「生きて」いる以上、穢れるもの
雨は涙
泣かないワタシの涙
血に染まったワタシを洗い流してくれる
柩へ送ったものへの弔いの涙
1 濡れた猫
雨が降っていた。
視界を悪くするほどの容赦ない雨。すべての音は、雨音に吸いこまれるが如く。
だが、そのような雨などものともせずに、光が爆ぜ、音が響く。
それは銃声だった。
威嚇かどうかはわからない。しかし、狙われていたであろう当の本人には当たっておらず、場所も見当違いの方向だ。
あの銃弾に狙われていた少女は、今は逃げこんだ墓場の墓碑に身を隠している。
そう少女だ。まだ二十代にも満たないであろう若い少女。
しかも珍しいことに、彼女は東洋人であった。
ここはスコットランドのアバディーン。旅行客としては普通ともいえるのだろうが、銃をもった連中に追われるとなると、それは尋常ならざることを意味する。
そして、少女もまた銃をもっていた。
しかし、今はその銃を持つ手にも力が入っていない。肩で息をするのが精一杯という様子だ。
彼女は時折、顔をしかめて腹部をおさえる。
血だ。
少女の腹部からは血が流れていた。これは、ここまで逃げる間に負った怪我。幸い弾は貫通しているものの、ひどい出血には違いない。手当てを施そうにも、この場で行うには限界があった。
大雨のおかげで、流れた血もすぐには見つからない。それは救いでもあったが、ほんのささいな時間稼ぎにしかならないのも事実。
少女は朦朧とする意識の中で考えた。
最後の気力を振り絞って反撃にでるか、あるいはこのまま黙って朽ち果てるか・・・・・・。
答えはすぐに出た。
少女は、銃のマガジンを手馴れた手つきでとりかえる。
それは黙って朽ち果てることを選ばなかった証。生き残ることに全てを賭けた証。
今までだってそうだった。少女は、生きるために人を殺してきた。それが自分の生きていく術であり、仕事でもあったから。
死ぬつもりならばいつだって死ねる。自分のもつ銃で、頭なりを撃ち抜けばいいのだから。
少女は墓碑を支えにして、ゆっくりと立ちあがった。そして、慎重に歩み出す。
しかし。
少女は自分が想像していた以上に血を流しており、それは戦士としての思考を完全に鈍らせていた。その結果、不覚にも脚に力が入らない。
こうして少女は、数歩進んだところで大地に伏してしまう。
標的には死神とも畏れられた彼女も、こうやって無力に倒れてしまえば、か弱い子猫のような存在。
雨は無情にもそんな少女に降り注ぐ。
2 迷子
そこは地獄でもなく、天国でもなかった。
少女が目覚めたのは、どこの部屋かもわからぬベッドの上。つまりは生きているということだ。
自分がどれほど眠っていたのかは見当もつかない。ただ、傷を負ったはずの腹部には包帯が巻かれ、手当てが成されていた。
窓から差し込む光から、今が夜でないことだけは理解できる。
「・・・・・・ここは、どこ?」
少女はポツリと言葉にした。だが、この部屋には誰もいないのか、返事をするものはいなかった。
仕方がないので少し身体を動かしてみる。別段、拘束されている訳でもないので、腹部に鈍い痛みが生じる以外は自由に動けた。
周囲を見渡してわかったことは、ここが誰かの寝室のようであるということ。とはいえ、立派な部屋というわけでもない。こぢんまりとした、宿舎のような部屋だから。
ベッド以外には小さな書棚と机。書棚の本の内容を見る限り、どうも参考書のような類が多かった。
そこから推察するに、この部屋の持ち主は若い人間なのかもしれない。
そう思った時である。部屋の扉が開いて、誰かが入ってきた。
「おや。目が覚めたみたいだね」
入ってきたのは案の定若い人間。それも青年だった。
青年は少女を見ると、柔らかく笑ってみせた。そして。
「君は東洋人だろ。僕の言葉は通じるかい?」
確かにここはスコットランド。東洋の言葉が通じる地方でもない。
しかし、少女は英語にも通じているので小さくうなずいた。
「それならよかった。言葉が通じなかったらどうしようかと思っていたんだ」
「・・・・・・あなたが私を助けてくれたの?」
少女は抑揚のない、静かな口調で訊ねた。
「うん。そうなるかな。君が墓場で倒れているのを偶然見つけてね」
「そう」
「何があったかは知らないけれど、見つけた時は驚いたよ。腹部から血を流しているんだからね。とりあえず手当ては施したけど、調子はどうだい」
「・・・・・・悪くないと思う。それより私、どれくらい気を失っていたの?」
「今日で三日目かな」
「そう」
一度言葉を置いてから続きを口にする。
「・・・・・・だから、お腹が空いているのね」
その言葉に、青年は吹き出した。
「君って意外と食いしん坊なんだね」
少女は何も答えなかった。別段、冗談を口にした訳でもなかったから。今の弱った身体をどうにかする意味でも、何かを食べて体力を回復したかっただけだ。それは人間の本能もあれば、戦士としての本能でもある。
「とりあえず何か簡単な食べ物を持ってくるよ」
青年はそう言うと、一度この部屋を出て、何かを用意してきてくれた。
戻った青年の持つお盆には、温めたスープとパンがのっている。
「こんなものしかないけれど許してくれるよね」
「それだけあれば充分。・・・・・・ありがとう」
お盆を受け取った少女は、パンをスープに浸して食べ始める。そんな彼女の様子を、青年は微笑ましげに眺めていた。
「どうかしたの?」
食べるところを見られるのは気にならないが、青年の笑みが少し気になった。
「うん。・・・・・・いや、さっき「ありがとう」って言ってくれただろう。何となく嬉しくてさ」
「そう? 私は普通に感謝の気持ちを口にしただけ」
「感謝の気持ちか。嬉しいよ。でも、もっと明るく言ってくれた方がいいかな。君ってどこか静かだから、感情とか読み取り辛くてね」
「・・・・・・そう」
少女は小さく頷くだけ。殺しを生業としてきた彼女は、幼い頃から感情を封じることを仕込まれてきた。
「ごめん。何か失礼なこと言っちゃったかな。悪気はないんだ」
「別に気にしていないわ」
「ホント、ごめん。でも、レンは笑ったら可愛いと思うんだ」
青年の言葉に、少女の表情がはじめて変わった。それはごく微かなものだが、普段表情のない彼女からすれば、大きなものとも言えよう。
「あなた・・・・・・私の名前を知っているの?」
可愛いと言われた事より、そちらの方が驚きだった。
「えっ? ああ、ごめん。君の所持品の中からパスポートをみつけてね」
「・・・・・・そうだったの」
「君の名はレン・ミヅキ。日本から来た留学生だよね」
青年の言葉に少女は頷いた。彼女に与えられた名は、観月 憐。だが、それは仮の名前でしかない。
「そういうあなたの名前?」
「僕はロバート・ノックス。この街にあるキングス・カレッジの学生なんだ」
ノックス? その姓には覚えがあった。それというのも、憐が今回狙う標的の姓もノックスだからだ。
ギルバート・ノックス。表の顔は海外貿易で名を馳せた実業家で、孤児院をも運営する善人。しかし裏の顔は、孤児院で育てた子供を海外へと売り渡す悪魔のような男。
このロバートがギルバートと繋がりがあるかは不明だが、多少は気に留めておいたほうがよいように思えた。
「ここはあなたの家なの?」
憐は、もうひとつ気になっていることを質問する。
「家というよりは学生寮だよ。実家はこの街にあるんだけど、親元にいると何かと不自由だしね。だから自立の意味も兼ねて、ここで暮らしているんだ」
「そう」
この街に実家がある。その一言で確信できた。ロバートはギルバートの身内であるということを。
これ以上、憐には聞くことがなかった。拾われたのが偶然であるのか故意であるのかはわからない。しかし、下手に詮索するような真似は避けた方が良いように思える。
腹の探り合いは、何だかんだ言っても喋った側の不利に陥り易い。
結局その後は、憐が食事を終えるまで一言も会話はなかった。本来ならば緊張感もはらむ所だが、不思議なほど穏やかに時間は流れてゆく。
「・・・・・・ごちそうさま」
「どういたしまして。美味しかったかい?」
「うん。美味しかったわ」
全然そんな風でもなく、憐は淡々と答える。もっとも、パンとスープだけで美味しいも何もあったものではないが。
「とりあえず今日もここでゆっくりしているといいよ。僕は大学の方で研究があるから行って来るけど」
「・・・・・・うん」
「それじゃあ安静にしているんだよ」
ロバートはそれだけ言うと、この部屋をあとにした。
憐はしばらく時間を置いてから、ベッドを起きあがる。そして、自分の所持品を確かめようと考えた。
彼女の持ち物であったポシェットは、近くの棚に置かれている。憐はそれを手にとると、中身をひとつひとつ確認してゆく。
中身はパスポートや偽造の学生証以外に、財布や女の子らしい小物が入っている。ただ、銃などの武器類に関しては全部なくなっていた。
自分が落として無くしたのか、ロバートがぬきとったのかは疑問だ。ただ、無い以上は慌てることもなく、それを踏まえて行動すればよいだけのこと。彼女の武器は、何も銃だけとは限らない。
ありとあらゆる暗殺術を仕込まれた憐にとっては、己の肉体とて武器となるのだから。
憐は再びベッドに戻った。そして、目を閉じる。
「今度は失敗しないわ」
誰にともなく小さくつぶやく。
一度は暗殺に失敗したが、次は確実に仕留める。
それは誇りではない。それが仕事だからだ。
そして決行は今夜。そのためにも、もう少しだけ体力を養う必要があった。
ここに置かれたこと事体、大きな罠とは考えない。殺す気があればいくらでも殺せただろうから。仮に何か別の目的があったとしても、憐がそれに付き合う義理もない。
部屋は静かだった。それでも、時計が時を刻む音は聞こえる。それは、彼女が生きていることを意識させるに充分な音だった。
3 弔いの雨
一休みを終えると、周囲はもう暗い時間だった。
憐は起きあがると、自分のポシェットからソーイングセットを取りだし、その中の糸を自分の指に巻きつける。あとは針など数本、服の袖あたりにピンどめのように刺しておく。
それで準備は終わりだった。
憐は神経を集中させて、あたりの様子をうかがった。となりの部屋に人の気配はない。おそらく、ロバートもまだ帰っていないのだろう。それはそれで好都合に思える。
今度は窓の外を確認した。この部屋があるのは建物の二階。憐の技術をもってすれば、飛び降りるのも造作ではない。
憐は窓を開けると、地面めがけて一気に飛び降りた。着地の際、腹部の傷が少し痛むが、それを除けばうまくいったといえる。
降り立った先は、学生寮の庭先。周囲に誰もいないことを確認した憐は、一気にこの庭を駆け抜け、そのまま寮の外側へと抜けきる。
こうして外へ出ると、そこは石畳の通りだった。近くには中世の面影を残した、花崗石を積み上げた趣のある建造物が並ぶ。憐は、近くにセント・マカーズ聖堂の尖塔を見つけたことから、このあたりがオールド・タウンと称される街の北側であることを思い出す。
目指すギルバート・ノックスの邸宅は、ここから西へ向かえば良いはずだ。
今夜は空も曇り、月明かりはほとんど差し込まない。それでも彼女には夜目が利く分、行動に差し障りはなかった。
そして、セント・マカーズ聖堂の近くを横切ろうとした時のこと。
何者かが彼女の名前を呼び、建物の陰から姿をあらわした。
「レン。どこにいく気なんだい?」
現れたのは憐が想像した通りの人間だった。いや、この街で彼女の名前を知るものは彼一人だから想像も易かった。
「こんばんは、ロバート。身体の調子はもういいから、あなたの元を去る事にしたの」
「今夜くらいゆっくりしていけばいいのに」
「・・・・・・好意は嬉しいわ。でも、用件があるからそういう訳にもいかないの」
お互いの中で交わされる何気ない会話。しかし、その何気なかった話も、次のロバートの一言によって空気の流れが変わる。
「僕の父さんを殺しにいくのかい?」
穏やかだったロバートに、嘲笑の表情が浮かぶ。
「そうだと言ったらどうするの」
憐は特別驚きもしなかった。これも想像していたひとつの結末だ。
「君が父さんを殺すと言うのなら、僕は君を通すわけにはいかない。例え殺してもね」
ロバートは懐から銃を抜いた。それは、憐の持っていた銃でもある。
「ならば私も言うわ。・・・・・・邪魔をすれば、あなただって容赦はしない」
「笑わせないでくれ。例え暗殺を生業にしていようとも、君のような少女に何ができる? 怪我だってまだ完全じゃないだろうし、君の銃は僕の手の中にある」
ロバートの物言いは完全に素人だった。彼は暗殺を生業とするものの本当の恐ろしさを知らない。
ただ、ロバートの件は別としても、他に警戒すべきものがあることを憐は感じ取った。この場の近くに、自分たち以外に何者かが潜んでいる。その数は二人ほど。
おそらく、以前に憐を追っていた連中の一部だろう。
何はともあれ、いま動くのは得策じゃない。
「・・・・・・あなたは自分の父親が何をしているのか知っているの?」
相手はすぐに彼女を殺すことはない。そう思った憐は、油断を引き出す意味で喋りかけた。
「ああ。知っているとも。孤児院の子供を売り飛ばしているって言いたいのだろ。だが、君はどうなんだい。後ろめたいことをしているのは君だって同様だろう」
「・・・・・・私は自分のやっていることを後ろめたいだなんて思ってもいないわ。だって、それが仕事だもの」
そう。全ては仕事。生きるためにやっていること。彼女にはそれしかできないから。
人は生きるために動物などを殺し、それを食べる。憐の仕事はそれの延長上のようなもの。
「開き直りかい。大した物だよ」
ロバートは苦笑した。だが、彼は憐の言葉に何ら関心など寄せていない。憐は開き直ってもいなければ、真面目に本心を語っているだけなのに。
結局、ロバートがそれを開き直りだと感じるのも、彼自身の心のやましさからくるものだ。
父親が何をしているのかは知っている。知っていて嫌にもなるが、見殺しにすることもできない。
「あなたこそ私を非難するのなら、なぜ助けたりしたの?」
「倒れて無力な君を見た時、僕は思ったんだ。何て可憐なんだろうって。そして、こうも思った。君を説得できないだろうかって」
「殺しを止めるように説得する気だったの?」
「父さんの殺しだけじゃなく、裏世界そのものから足を洗うように説得しようと思っていた。君のような少女に人殺しは似合わないからね」
「・・・・・・そう」
憐はつぶやき、顔をうつむけた。何かを考えるように見え、その実、ロバートとの正確な距離を測っている。
「レン。殺しなんて止めて、僕と一緒になるつもりはないかい?」
ロバートがそう訊ねた時だ。憐は袖にとめていた針を一本抜き、指で弾いてそれを投げつけた。
そして次の瞬間。
「うあっ!!」
急に右目をおさえて、ロバートが苦痛の叫びをもらした。
それをきっかけに一瞬だけ時間は凍る。だが、すぐに時間は流れ出す。一瞬の凍れる時を憐は見逃さない。
憐はロバートとの距離を一気に詰めると、回し蹴りを彼の手に見舞う。そして、彼が銃を落としたところを素早く奪い返す。
その頃には、近くに潜んでいた者たちが姿をあらわす。その数は予想通り二人。
しかし、二人が現れたところでもう遅い。彼らは銃を手にしているが、ロバートを盾にして聖堂脇の角まで移動する。
「・・・・・・ごめんなさい」
角まで来た憐は、そこで苦悶するロバートを解放する。これから反撃に出る憐にとって、もはや盾は不要だった。逃亡するのではないのだから、連れているだけ、むしろ足手まといといえよう。
憐は聖堂の脇を走り抜け裏手にまわる。そして、近くにあった倉庫の屋根に軽い身のこなしで登りあがる。
表側ではロバートを案ずる声と、追っ手がこちらへ来る音とが聞こえる。
憐は、屋根にあお向けになって寝そべり、目を閉じて神経を集中させた。
追っ手は近くまで来ると、足音と息を潜める。
だが、今夜は以前のような大雨ではない。故に憐には、はっきりとその音を聞き分けることができた。
「・・・・・・1、2、3」
心の中で追っ手との距離を測り、その距離が縮まったところで彼女は腕だけを屋根の下に垂れ下げる。
そして狙った方向に迷い無く撃つ。
「一人目」
相手の死を確認するまでもなかった。硝煙と共に、濃厚なる血の匂いが漂ってくるから。
そして、次なる獲物が近づきつつあった。憐は銃を一度しまうと、今度は指に巻いた糸をほどく。これから先にも銃は必要となるだけに、弾の無駄遣いはできない。
ほどなくすると、二人目の獲物がすぐ下まで来た。仲間の死を目の当たりにして、動揺しているのが伝わってくる。
憐はゴロリと転がって屋根を落ちると、ちょうど追っ手の背後に降り立つ。追っ手の男は慌てて振り向こうとするが、憐は脚払いをかけてそれを転ばす。
あとは素早く相手に組みつき、首に糸を何重にも巻きつけて絞殺。
「・・・・・・二人目。これで終わり」
鮮やかすぎるともいえる手並みで、一瞬にして二人を屠る。
しかし。
「まだ、終わりじゃない。三人目がここにいる」
憐の背後でロバートの声がした。その手には別の銃が握られている。
勿論、彼が来ていたことは憐も知っていた。だが、あえて対処行動にはでなかった。
「・・・・・・本当に邪魔する気なら、三人目に数えるわ」
振り向きもせずに憐は答えた。その声も表情も、いつもと同じ無感情。
「父さんを殺させるわけにはいかないんだ」
「・・・・・・それは父親を愛しているから?」
「違う! あんな男、愛してなんかいない。汚いことで金儲けをしているあいつなんか僕は嫌いだ。でも、今あいつに死なれたら僕の生活は滅茶苦茶になる。金をくれるやつだっていなくなるんだぞ。僕はまだ自由でいたいんだ。遊んでいたいんだ」
「・・・・・・わがままだわ。汚いお金儲けは否定するのに、そのお金で得る自由や遊びは欲しいだなんて」
「うるさいっ! 僕の生き方に文句をつけるな」
「否定はしないわ。あなたが命がけでそれを守ろうとするのならば」
生きるために物事を成しているのなら、憐もあえて否定はしない。
ただ、意味も無くわがままを言うだけで、勝手に生かされているだけの人間は好きじゃない。
「・・・・・・・・・・・・」
「あなたは綺麗だったのね。純粋と言えるほどに。・・・・・・でも、ただ純粋なのは人とも言えない。それは人形だから」
「暗殺者が何を偉そうに」
「人を殺すのは私が生きるための仕事。だから、命もかけられる。生きるということは命がけだから」
淡々と紡がれる憐の言葉に、ロバートはうすら寒いものを感じた。
「人は生きていれば穢れるもの。でも、穢れてこそ人は人であり、生きるための欲を成す。ありとあらゆる形で」
ロバートは震える手で銃を構えた。
それが選択の引き金だった。
「・・・・・・それがあなたの答えなら、私も自分の存在意義をかけて応えるわ」
憐はしなやかに自分の銃をとりだすと、振り返らずに後ろへ発砲する。
あとは背後での呻きと、誰かの倒れる音。憐の銃弾はロバートの心臓を撃ちぬき、彼の倒れた場所には血溜まりの池ができる。
「・・・・・・・・・・・・」
憐は目を伏せ、どこかやるせない様子で銃をしまった。
人を殺めることによって罪科を刻み、悪しき人間を殺めることによって贖罪となす。
そんな不器用な生き方。でも、それが彼女にできることであり、仕事である。
「・・・・・・ロバート。あなたは私を可愛いと言ってくれたよね」
彼女は一人つぶやく。
「私、ひょっとしたらその言葉の続きも聞きたかったのかもしれない」
殺し合いではなく別の答え。
人は生きて穢れる。それは欲のあらわれ。でも、必ずしも穢れることが殺し合いとは限らない。
不器用な彼女は、新しい答えを欲す。だから、生きることに執着する。
裏の社会に生きてはいる。だが、いつ死んでも良いとまで思ってはいない。それが彼女だ。
・・・・・・雨が降ってきた。
血の匂いを洗い流してくれる雨。
彼女は泣かない。泣くのは雨。
それでも、雨に濡れた彼女が泣いているように見えるのは、気のせいだろうか。
雨は強くなる。倒れている者たちを隠すように。
死者を弔うがごとく、雨は柩の役目を果たす。
・・・・・・その後も雨は続いた。
多くのものを柩で覆い隠すべく。
〈了〉
あとがき
短編第14弾「雨と柩」をお届けします。
今回は内容が内容だけに、今まで公開した短編とは一線画しています。明るい要素はなく、シリアス一辺倒といいましょうか。
まあ、たまにはこういうのもいいかなってことで許してください。滝沢沙絵という人間は、こういうお話も書いちゃう人って事で。
今回のテーマは「何のために生きているか?」と「生きることは命がけ」だったりします。主人公を裏社会の人間にしたのは、そういうテーマを語るのに一番嫌味がないような気がしたからです。裏社会の人間も何かを思って生きている。それは決して許される行為ではないけれど、生きることを選んだ結果、何が待っているのだろう? そんな問いかけも含まれています。
本作では明快な答えこそ示していませんが、色々と想像してみてもらえるのも嬉しいかも。
昨今、痛ましい事件も起こる中で、こういう作品を公開するのもなんですが、だからこそ作品を通じて色々と考えてみてもらいたいってのはありますね。
・・・・・・とまあ、真面目に語るのはここまでとして。
今作の出来た裏話などを。一応、今作のイメージを与えてくれたのは、梅雨の雨です。仕事からの帰宅中、電車の中で雨を見ていた私は、思わずあるものを想像したのです。・・・・・・それは仕事人などをはじめとする「必殺」シリーズ(爆)
大雨の中でのシーンってカッコよかったイメージがあるんですよね。それが今回のテーマとも繋がりそうだったんです(笑)
とはいえ時代劇ではあんまりだし、仕事人(殺し屋)というテイストだけ一部借りうけて執筆したのが始まりです。
プロの殺し屋としての生き様。一匹狼ゆえの孤独。あとは華麗?なるアクションってのも多少は意識したかも。
主人公の憐も、いつかは仕事人たちのような悲惨な結末を迎えるかもしれません。いや、むしろそれが裏世界の人間に共通した運命でしょう。だからこそ、せめて生きているうちに色々と考えれるようなら良いのでしょうけどね。
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