ほのかな想い
わたしは今、とっても幸せです。
だって、わたしには、すごく好きな人がいるから。
その人のことを考えると、わたしはいつも胸が一杯になって、夜も眠れません。
でも、それはちょっと困るかな。寝不足になると、あまり身体にもよくないだろうし、何をいってもお肌が荒れるかもしれない。
それにちゃんと眠らないと、素敵な夢だって見れはしない。わたしの好きな人は、時折、わたしの夢にも現れる。
いつもお布団に入る前は、大切な人が夢にも現れるよう、祈ってから眠ります。
そして、夢の中でその人と出会えたとき、わたしはとても幸せな時間を過ごすことができるのです。
でも、それはやはり夢。現実とは違う。
現実でのわたしは、大切な人に片想いをしているだけの存在。
それでもいい・・・・・・。
それでもわたしは幸せだから。それに、いつかは両想いになるつもりだから。
朝の目覚めは、とても快調でした。ぐっすりと眠れたせいもあってか、すごくすがすがしいものがあります。
こんな朝は、たいてい大切な人が夢に出てきた時なのですが、残念ながら夢のことは何も覚えていません。わたしは、ちょっぴり悔しく思います。あまりに悔しくて、自分の頭を叩いてしまうくらいに。
「ばかばかばか。わたしのばか。大切なお兄ちゃんとの夢を、どうして忘れてしまうの」
いつも大切な人の夢を見た時は、起きてからでも思い出せるのに、今日に限ってどうして思い出せないのかな?
ひょっとしたら、そんな夢は見ていなかったのだろうか?
でも、そんなことはない。この朝の心地よい感覚は、昨夜、幸せな夢を見たことの証だから。
わたしは少し悩みました。大好きな人と一緒にいた夢を見たであろうに、それを思い出せない自分が悔しくて。
けれど、わたしはそんなに長い時間、考えることはできませんでした。それというのも、お母さんがわたしを起こしに、部屋までやってきたからです。
「和菜。いつまで寝ているつもり?」
「あ、お母さん。ごめんなさい。すぐに起きます」
「日曜日だからって、あまりゆっくりしていちゃダメよ。それと智恵ちゃんから、あなたに電話がかかっているわよ。そちらにまわしてあるからとってちょうだいね」
「はい。お母さん」
わたしは慌てて、部屋にある電話の子機をとった。
「もしもし、お電話かわりました。和菜です」
「あ、和菜ちゃん。おはよう」
電話の向こうからは、学校でのお友達、智恵ちゃんの声がした。
「うん。おはようございます。どうしたの智恵ちゃん?」
「実はね。和菜ちゃんに謝らないといけないことがあるの。今日ね。和菜ちゃんと一緒に映画にいく約束をしていたでしょ? でも、急に家の用事が入っちゃって無理になったの」
「・・・・・・そうなんだ」
今日は日曜日。わたしは映画のタダ券があるということで、智恵ちゃんと映画を見に行く約束をしていたんだった。
でも、それが急に無理になっちゃうだなんて。
「ごめんね。和菜ちゃん」
「お家の用事だったら仕方ないよ。気にしないで。映画はまた今度に行けばいいんだし」
「うん。・・・・・・でも、券の有効期限、もうすぐ切れるんでしょう?」
そういえばそうだった。来週まではもたないということで、今日行くことに決めたんだ。
「よかったら和菜ちゃんだけでも行ってきなよ。好きな人でも連れて」
智恵ちゃんの、「好きな人」という言葉に、わたしの胸はドキンとしました。
「そういえば、和菜ちゃんには好きな人がいたんだよね。お隣に住んでるお兄ちゃんだっけ? 今日は日曜日だし、その人でも誘ってみたらどう」
「えっと、えっと・・・・・・そのう」
わたしの頭は、完全に混乱状態になりました。あの人を誘って映画にいくということは、それってつまり・・・・・・デート??
「どうかしたの、和菜ちゃん」
「いや、その、わたしたちにはまだそんな関係は早いかな・・・・・・って」
「何言ってるのよ。私たち、もう高校生なんだよ。デートのひとつやふたつしたっておかしくはないでしょ。もしかして、和菜ちゃん。まだ一度もデートをしたことがないとか?」
「そ、そんなことないよ。デートなんて沢山したことあるよ」
「わあ。少し意外。和菜ちゃんってお嬢様だから、まだ経験ないと思ってたのに。でも、いつもどこでデートするの?」
完全に好奇心の塊となって、智恵ちゃんは訊ねてくる。
「・・・・・・綺麗な水の流れるお城とか、空に浮かんだお花畑とか」
「は? それってどこなの」
「え、えっと・・・・・・」
「和菜ちゃん。本当はデートなんてしたことないんじゃないの?」
「あるよ!」
「じゃあ、どこで?」
「・・・・・・夢の中で」
わたしが消え入りそうな声で言うと、智恵ちゃんは受話器の向こうで大笑い。
ひどい。ひどいよ。智恵ちゃん。もう知らないんだからっ! 私は半ベソになると、智恵ちゃんとの電話を切りました。
智恵ちゃんはいいお友達だけど、ときどきこのようにわたしをからかう。
・・・・・・でも、お兄ちゃんとデートか。
わたしは、大きく溜め息をつきました。
確かに誘えるものなら誘ってみたい。昨夜の夢が思い出せないせいもあってか、わたしの胸には大切な人への想いが募るばかりだから。
結局、悩んだままお昼前になってしまいました。
わたしは映画のチケットを持って、大好きなお兄ちゃんの家の前をうろうろします。
わたしの大切な人は、隣の家に住む、四歳年上のお兄ちゃんです。名前は一志さんといいますが、昔からわたしはお兄ちゃんと呼んでいます。
お兄ちゃんはとにかくカッコいいです。礼儀は正しく、誰にだって優しく、いつもわたしに笑いかけてくれます。
いつもお世話になっているだけに、わたしもその恩を返そうと必死になります。今日だって映画に誘えたら、その口実は、いつもお世話になっていますからほんの気持ちです・・・・・・そう言うつもりだった。
でも、本当はこんな誘い方、嫌だった。
どうせならはっきりと、「わたしとデートしてください」と言いたかった。けれど、わたしにはそんなの無理。
夢の中ならまだしも、現実にはそんな勇気もないのだから。それに第一、そんな言葉をいって、軽々しい女の子に思われるのも嫌だった。
でも、大人になったら、いつかきっとこう言うんだ。
「わたしをお兄ちゃんのお嫁さんにしてください」
えへへ。はずみとはいえ、本当に言っちゃったよ。ここに誰も通りかからなかったからよかったものの、誰かに聞かれていたら、わたしは恥ずかしさのあまり倒れてしまうだろう。
だけど、そのとき。
「あれ? 和菜ちゃんじゃないか。どうしたんだい。今、俺のこと呼ばなかった?」
お兄ちゃんの家の庭先から、お兄ちゃんがひょっこりと顔をだした。
「はわ。わわわわわわわわわわわわわわーーーーーーーっ」
わたしはあまりにもびっくりして、地面に尻餅をついてしまいました。
「か、和菜ちゃん、大丈夫?」
お兄ちゃんは慌てて庭をでると、わたしを助け起こしてくれました。その際、手をとってもらえたものだから、もうわたしの頭はパニックを通り越して、ショート寸前。
「ごめんね。和菜ちゃん。驚かせちゃったかな。その可愛い服とか汚れていない?」
「は、はい。大丈夫ですっ。今日は天気もいいのですぐに乾きますよ」
いけない。わたし、何か訳わかんないことを言ってない? それでもお兄ちゃんは、ただ笑って安心した顔をしている。
「それならよかったよ。和菜ちゃんは、これからデートにでもいくの?」
「え〜〜〜っ
!? どうしてそんなこと言うんですか??」「いや。だってその。随分とおめかししているように見えたから」
確かに今のわたしの格好は、薄桃色のリボンが可愛いワンピース。冷静に見られれば、普段着には到底見えない。
でも、これはお兄ちゃんに会った時のことを考えて、わざわざ着て来たのだ。
「わたしはデートなんてしませんよ。そんな相手・・・・・・(お兄ちゃん以外に)・・・・・・いませんから」
「あはは。そっか。じゃあ、今日はお友達と映画にでも行くの?」
「ええっ
!?」わたしはまたしても驚いてしまった。でも、お兄ちゃんはわたしの手を指さして言う。
「だって和菜ちゃん、映画の券を持ってるから」
「こ、これは・・・・えっと・・・・・・お兄ちゃんにあげようと思って
!!」わたしは思わず、映画のチケットを2枚とも差し出してしまいました。
「わ、俺にくれるの? 嬉しいなあ」
「え? は、はい」
ううぅ。わたしってば、何やっているんだろう。2枚ともあげちゃったら、わたしと一緒に映画をいくことにはならないのに。
でも、仕方ないと諦める。お兄ちゃんが喜んでくれるのなら、わたしはそれでいいもの。
・・・・・・クスン。
でも、お兄ちゃんはそこで意外なことを言ってくれました。
「この券、有効期限がもうすぐ切れるんだね。ねえ、和菜ちゃん。もし今日の夕方都合が良ければ、俺と一緒に映画いくかい?」
わたしは一瞬、自分の耳を疑った。
「い、いいんですか? わたしなんかと一緒で?」
「和菜ちゃんがくれたものだしね。せっかく2枚あるんだし、一緒にいこうよ」
その言葉を聞いた時、わたしは神様に感謝しました。まさかお兄ちゃんから誘ってもらえるだなんて、夢にも思わなかったから。
でも、これってば、わたしにとっては初デート??
その後お兄ちゃんは、待ち合わせの時間などを決めてくれましたが、その時のわたしはもう幸せ一杯で何も考えられない状態でした。
結局、その日はドキドキしたまま、お兄ちゃんとの待ち合わせ時間がやってきました。
とはいっても、まずはお兄ちゃんがわたしの家にまで迎えにきてくれるので、待ち合わせに遅れる心配もありません。
こうしてわたしとお兄ちゃんは、映画館への道を二人で歩きました。その途中、お互いの学校での話や、好きな本についての話などで盛りあがりますが、あまりにも緊張しすぎたせいか、どこまでうまくお話できたのか自信がない・・・・・・。
でもお兄ちゃんは、わたしがどんな話を返しても楽しく盛り上げてくれます。
この人といると、わたしはいつだって楽しい。それは自分にとっての大きな幸せ。
どんなに落ちこんでいた時も、お兄ちゃんの声を聞けば元気がでる。
お兄ちゃんの声は、わたしにとっては魔法なのだ。
でも今日は、そんな魔法の時間も長く続く。それがとても嬉しかった。
しばらくすると、わたしたちは映画館に辿り着く。でも、さすがに日曜日だけあって、人の訪れも中々のもの。
「和菜ちゃん。今日見る映画って、これでいいんだよね?」
お兄ちゃんはそう言って、映画の看板を指差す。その映画は有名な外国人俳優が多数出ているという、ミステリーが題材の映画だった。
「はい。それでよかったはずです」
わたし自身、こういう映画はあまり見ないのだが、お兄ちゃんと一緒なのだから、きっと何だって楽しいにきまっている。
こうしてわたしたちは映画館に入り、しばらくもすると周りは暗くなり、上映がはじまった。
「・・・・・・お兄ちゃん。こういう映画って、別に怖いことはないですよね?」
わたしは小声で訊ねた。
「どうだろう。ミステリーにも色々あるからね。モノにもよるよ」
お兄ちゃんの返事に、わたしは小さく息をのんだ。
わたしは、ついつい周りの席を見まわした。周囲には結構、男女のカップルも多い。
もし、この映画が怖かったりなんかしたら、あっちの女の子なんかは彼氏にすがりついたりするのだろうか?
・・・・・・だとしたら、わたしも、お兄ちゃんの腕にすがってもいいのかな?
何だか色々と考えてしまう。
でも、映画の本番がはじまってからは、わたしも真面目にスクリーンを見る。
映画は、結構ドキッとするシーンもあったけど、基本的にはまだ耐えられるものでした。それでもわたしは、無意識の内におにいちゃんの腕に掴まっていたけれど・・・・・・・。
そんなお兄ちゃんの腕は、逞しくて温かくて、触れているだけで安心できて・・・・・・。
でも・・・・・・。そのせいもあってか、わたし、途中で寝入ってしまいました。
結局、映画が終わってから、お兄ちゃんに起こされたわたしはびっくり。
「起こそうとは思ったんだけど、あまりにも気持ち良さそうに寝ていたからね」
申し訳なさそうに言うお兄ちゃんだが、寝てしまったのはわたしなのだから、その心遣いに対して文句をいえる訳もない。
こうして、わたしとお兄ちゃんの初デートは、なんだかよくわからないうちに終わってしまいました。
わたしは、今日眠る前、ひとつのことに気がつきました。
それは昨夜の夢。
わたしは夢のことを何も覚えていなかったけれど、それは予知夢なのではないかと思えたのです。
それも、お兄ちゃんと映画に行って、そのまま寝入ってしまうという予知夢を見たのではないかという・・・・・・。
眠っているわたしは、ただ安心していただけで、何も夢はみていません。ただ、それだけだから、形としての場面は何も覚えていない・・・・・・。
そうでも説明つけないことには、わたしの中でも納得いきそうにありません。
だって、わたしは、お兄ちゃんのことを夢で見て、それを忘れるなんてことは絶対にないのだから。
お兄ちゃんとの思い出は、例えどんなことであろうとも大事にのこっている。
それは、わたしにとっての幸せの記憶。
大好きな人がいるということの証だから・・・・・・。
「神さま。今日はありがとう。そして、今夜もよい夢がみれますように」
〈了〉
あとがき
あはは。また、やっちゃいました。突発的な短編。執筆時間、約2時間(笑)
それにしても「ほわわ〜〜〜ん」な内容ですね。自分で書いてて恥ずかしい部分もありますが、なんか定期的にこういう話を書きたくなるんですよね。ちなみに書いてて思ったこと。これってシスプリもどき?
別に意図した訳じゃないんですが、「お兄ちゃん」って言葉と内容がねえ(苦笑) とはいえ和菜は別に妹じゃないんだけど。
・・・・・・閑話休題。
とりあえずこの話は、以前にも書いた「夕暮れの出来事」と「たいせつなひと」とコンセプトは同じつもりです。難しい説明は極力なしにして、単純にシチュエーション重視の話を書いてみようという。
日常の中に織り成す、少女の想いっていうのもあるでしょうか。こういうテーマってそれだけでも、どこかファンタジーな気がするんですよね。そう思うのは私だけでしょうか。
まあ、何気なしに楽しんでもらえれば幸いです。
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