SHORT STORYに戻る

ホームに戻る

 

 赤い刻印 〜後編〜

 

 

 彼女は怯えていた。

 何かが狂っている。

 自分の望みが、すべて叶わない。

 まだ、自分を脅かすものが存在する。

 どうして自分は、このような過酷な運命にあわなければいけないのか?

 神は、そこまでして私が嫌いなのだろうか。彼女はずっと問いつづけた。

 それは悲痛なる叫び。だが、その叫びは届いただろうか?

 疑問だった。

 ・・・・・・よくわからないが、もう疲れてきた。

 神が見放すのならば、自分は悪魔にでもすがるしかないのか?

 きっとその方が似合いなのかもしれない。彼女は、自分の意思とは裏腹に“悪魔の娘”とも“魔女”とも呼ばれたのだから。

 

 哀しい「夢」は、まだ続く。

 

 

 

 ホテルでの事件から一夜が明けた。

 リチャード、エドガー、マリアの三人は、マリオットからほど近い、グロブナー広場に面したカフェテラスに席を取り、サンドイッチと紅茶で朝食をとることにした。

 エドガーは席につくなり新聞を広げ、昨日のジェイン変死の事件について、あれこれと目をむけている。

 しかし。

「・・・・・・いかんな。これは。ザ・タイムスにも、ほとんど大したことは書かれておらんよ」

 あきらめの溜め息と共に新聞をとじる。手がかりになりそうなものは何も書かれていなかった。

「無理もないだろ」

 リチャードは、ふんと鼻をならした。

「事件が事件だけに、普通の人間の手に終える範疇でもなさそうだしな」

「しかし、多少の手がかりくらいあってもよさそうなものを・・・・・・」

「事件というものは、そこそこ困難な方がありがたいぞ。その方が俺のような探偵にも仕事の依頼が増える」

 紅茶をのみつつ軽口をたたくリチャードに、エドガーは肩をすくめた。

「まったく。おまえという奴は不謹慎なやつだよ。そう思いませんか? マリアさんも」

「え? ・・・・・・いえ、まあ。その」

 急に話を振られたマリアは戸惑う。

「エドガー。そこで彼女を味方につけるとは卑怯だぞ。それにマリアだって俺と一緒の仕事みたいなものだ。そう言われて、本音を語れる訳もあるまい」

「おまえこそ、そうやってマリアさんを味方につけようとしているじゃないか」

「あ、あの。お二人とも落ちついてくれませんか? そんなことで言い争いだなんて、感心できませんよ」

 実際、こういうかけあいはいつものことだが、目の見えないマリアにとっては、二人が口論をはじめたように感じられた。

 それを察したリチャードは、優しくマリアに言う。

「別に言い争う訳じゃないさ。エドガーとのこういうやりとりは、昔からのことだからね」

「・・・・・・いやはや、不安がらせてしまったのなら申し訳ない」

 エドガーもそう言って頭を下げる。

「こちらこそすみません。まだ、お二人と知り合って間も無いので、どういう関係かは計り知れなくて」

「ま、気にするな。お互い徐々に慣れて行くさ。それよりマリアとしては、これからどうするつもりだったんだ。犯人を追うにしても何か考えはあったのだろうか?」

「・・・・・・いえ。まだ具体的な考えはありませんね。まさか、このような事態になるとは思いもしなかっただけに」

「昨夜、何かを予見できたということもないんだな?」

「ええ。予見しようとは試みたのですが、何のイメージも浮かばなくて」

「そうか。ならば提案なんだが、ジェインの婚約者に会うと言うのはどうだろう」

 リチャードの言葉に、エドガーもポンッと手をたたいた。

「なるほど。それは確かに良い考えかもしれん」

「ジェインさんの婚約者・・・・・・ですか?」

 いまひとつピンとこなかったマリアは、二人に訊ねかえした。

「マリア。君は『赤い刻印』という本を知っているかい」

「ええ。ジェインさんが書かれたという本ですよね。内容に関しても一通りのことは知っています。魔女と神秘の力について書かれた本ですよね」

「・・・・・・なるほど。まあ、俺たちはまだ最後まで読み終えてはいないんだが、実はその本が仕上がった陰には、ジェインの婚約者の協力があったらしいんだ」

「それは初耳ですね・・・・・・」

「ワシらの元に来た、ジェインの手紙にそう書かれておったんじゃよ」

「そうなんですか」

 マリアは口許に手をあて、少し考える仕草をする。そして。

「つまりはその婚約者をあたって、何か心当たりがないか探ろうということですね?」

「そんなところだ。事がオカルトじみた事件だけに、オカルトに詳しい婚約者が何かを知っている可能性もあるだろう。ついでをいえば、その彼女のことも心配だしな。ジェインが亡くなったことで落ちこんでいなければいいんだが」

「そうですね」

「しかし、まずはその婚約者の居所を調べないとな。俺たちはその人との面識もないし、名前も知らないんだ」

「ジェインも、もう少し詳しいことを書いてくれればよかったのじゃがな」

 紅茶をすすりながら、エドガーも溜め息をつく。

「仕方ないさ。大方、俺たちと出会ってから、色々と話をするつもりだったんだろう。とにかく今は、ジェインが懇意にしていた人間をあたって、婚約者との接触をもてるようにしよう」

「そうじゃな。だが、その前にマリアさんに聞きたいことがあるんだが」

 エドガーはマリアに向き直った。

「私にですか?」

「ああ。『赤い刻印』という本についてなんじゃが、君はさっき、魔女と神秘の力について書かれていると言っておったじゃろ。そういうものに詳しいあなたとしては、どれくらい信用のおける本ですかな?」

 エドガーは純粋なる学者としての興味で訊ねた。世の中には色々と研究資料となる本は出ているが、本当に信用のおける本など一握りにしかすぎない。まずは資料としての価値や信憑性を確かめるのも、いわゆる学者の性だ。

「・・・・・・正直言って驚いてはいますね。普通の人にもわかりすく編纂された本で、著者であるジェインさんの考えが大半を占めていますが、そこに書かれた事例はかなり正確な知識と実体験がなければ、とうてい書きあげられない代物ですから」

「そんなにすごいものなのか?」

 リチャードも腕を組んでマリアを見る。

「すごいなんてものじゃありません。皆さんも魔女裁判はご存知ですよね。魔女の烙印をおされた者が不当に裁かれ、大勢の無実の人間を死に追いやったという。この本では、魔女や神秘の力の存在については肯定しつつも、魔女裁判の愚かさと理不尽さが延々と書かれているんです。ですがこの本、著者の想像の範疇で書かれているのならまだしも、それらの表記すべてに信憑性があるような気がするんです」

「信憑性ね・・・・・・」

「1486年ドイツで出版された『魔女の槌骨』(Mallesu Maleficarum)という本があるのですが、そこには魔女裁判に関する、ありとあらゆる記録が記されています。当時の記録が詳細に書かれているということで、かなり信憑性のある本なのですが、『赤い刻印』にも同じような雰囲気が感じられて」

「『赤い刻印』が、その『魔女の槌骨』を真似て書かれているという事はないのか? ジェインもオカルト関係の出版に携わっていたくらいだ。『魔女の槌骨』を読んだ可能性もあるだろ」

「勿論、その可能性はあります。ただ『赤い刻印』と『魔女の槌骨』では、論ずる内容がまったくの逆なのです。『魔女の槌骨』は、魔女裁判に携わってきた二人の異端審問官が編纂しただけに、魔女を撃滅する内容で世の中を煽っています。でも『赤い刻印』はその逆で、魔女を擁護する内容です。まるで迫害を受けた魔女側の意見を克明にえがいているよな・・・・・・。少なくとも想像で書いたというには現実味を帯びすぎた内容が多いんです」

 リチャードとエドガーは、お互いに顔を向けた。何かひっかかるものに気づいたからだ。

 次に口を開いたのはエドガーだった。

「まさかとは思うが、ジェインの婚約者は魔女とか言うんじゃあるまいな?」

 半信半疑ではあるが、口に出さずにはいられなかった。

「いや。その可能性もあるな。マリアの言葉を信じれば、ジェインが魔女にインタビューを行ったとすれば辻褄もあう」

「しかし、魔女なんてものが本当に存在するのか・・・・・・?」

 だが、言ったエドガー本人も、はっきりと否定はできなかった。ここまでの経緯を考えても、常識では計り知れないことが、彼の目の前で現実に起きている。

「魔女裁判で裁かれた人間の大半は無実でしょう。ですが、魔女が完全に存在しなかったとは言いきれません。私の霊能力にせよ、神秘の力という意味では、魔法と変わりないものかもしれませんし・・・・・・」

 マリアは少し顔をうつむけた。その表情にどこか翳りを感じたリチャードは、話題を締めくくるべく口を開いた。

「どちらにせよ、ジェインの婚約者に接触をとった方がいいのは間違いないだろう。彼女が何者であるにせよだ」

 彼はそれだけ言うと、食べかけのサンドイッチを腹におさめ、紅茶を一気の飲み干した。

 こうして朝食を終えた三人は、ジェインの婚約者と接触をはかるべく行動を開始するのであった。

 

 

 リチャードたちは、昼前にロンドン郊外にある墓地へとやってきた。

 今日はジェインの葬儀も行われるとあり、まずはそれに出席するためである。葬儀には、ジェインが生前懇意にしていた人々が多く集まり、ひょっとすれば婚約者も来ているかもしれないと考えた。

 しかし、それなりの数の人間が集まったというのに、この葬儀にジェインの婚約者は現れなかった。

 また、周りの人々に聞きこんでいっても、彼の婚約者のことを詳しく知るものは殆どいなかった。皆、噂のみを聞くだけであって、実際には会ったことがないというのだ。ましてや昨日の記念パーティーにも、婚約者は出席しなかったという。その様子からいっても、ジェインが婚約者のことを公表しなかったのには何か深い事情があるように思えた。

 その後も根気のよい聞きこみは続いた。その甲斐あってか、ジェインの出版社の同僚から、ちょっとした手がかりを得ることができた。それは、ジェインが遺品として持っていた物の中に、婚約者とおぼしき女性の写真があったことと、彼がグラストンベリーという街によく足を運んでいたという事実だ。

 写真の裏には『愛するジア』と書かれており、これがジェインの婚約者であることは、ほぼ間違いないように思えた。

 ジアという女性は英国人ではないのだろう。どこか南国風の顔立ちの神秘的な女性であった。そして、彼女が写っている写真の背景は、知る人間に言わせるとグラストンベリーの僧院らしい。

 ここまでの情報がそろった時点で、リチャードたちはグラストンベリーへ赴くことに決めた。ひょっとすれば、ジアはその街に住んでいるのかもしれないと考えたからだ。

 グラストンベリーへは、ロンドンのパディントン駅から国鉄を利用。その後は途中でバスなどに乗り継いでどうにか辿り着く。

 リチャードたちがこの街に着いたころには、すでに夕刻ともいえる時間であった。

 グラストンベリーは、丘陵地帯に広がるのどかな街だ。ここはアーサー王が葬られたという草原の島アヴァロンと目される土地で、廃墟の僧院をはじめとし、多くの伝説に満ち溢れている。伝説によれば、盟友ランスロットを含む騎士たちの反逆を鎮圧しようとしたアーサーは、カムランの地で戦い傷つき、修道僧の手でこの地に運ばれ、息をひきとったとされる。

 他にも僧院の南東、チャリス・ヒルの麓は、聖杯が埋められたという場所として名高く、そこから湧き出る泉として、チャリス・ウエルが存在する。しかし残念ながら、リチャードたちにはそれらを観光している余裕もなかった。

 現在は街を行く人々にジアの写真などを見せて、その手がかりを追う。

 そして、聞きこみから三時間ほどが経過し、ジアがこの土地に住んでいるという情報を得、彼女の家も特定できた。

「いやはや。聞きこみというのがこれほど大変なものとは、正直、想像だにしなかったわい」

 随分と歩きまわされ、少々疲れ気味のエドガーが愚痴た。

「今日のうちに居場所も特定できたんだ。まだ幸運といえるほうだ」

 リチャードの言葉にマリアも同意する。

「そうですね。困難な仕事ともなると、数日かけても手がかりを得られない場合がありますもの」

「ふむ。探偵というのも、楽ではないのですな。ワシも少し、見方をあらためんといかんの」

「今までどういう見方をしてたんだ?」

 リチャードが眉をひそめると、エドガーは悪びれもせずに言った。

「ここまで苦労する仕事とは思わんかったのだよ。情報集めにしても、専門の情報屋がいるのかと思っておったしな」

「そういう連中を雇うやつもいるだろうが、大半は自分の足で調べんことにはどうにもならないよ。それに探偵ってのは、専門の情報屋を持てるほど裕福でもないんでな」

 世の中どんな仕事においてもそうだが、苦労というものは常につきまとうものである。

「でも、リチャードさんたちが手伝ってくれたおかげで、色々と助かりました」

 マリアは素直な感想を述べた。正直、彼女一人では何かと時間もかかったことだろう。

「ま、礼はこの先でいいさ。まだ事件も解決した訳じゃないしな」

「そうですね」

 そんなやりとりを交わすうちに三人は、ジアの住むという家に辿り着いた。ジアの家は、グラストンベリー郊外にある二階建ての小さな一軒家であった。外から見る限り、暗い時間だというのに明かりが見えない。

「留守かの?」

 エドガーの問いに、リチャードは首を傾げた。

「確かに明かりはみえないな。だが、ここまで来たんだ。少し調べてみよう」

 とりあえず玄関まで近づき呼び鈴を鳴らしてみる。だが、中からの返事はかえってこない。しかし、ドアのノブにふれると、鍵が開いているのがわかった。

「・・・・・・中には入れるな」

「どうする?」

「ジアという人には悪いが、少しお邪魔をさせてもらおう」

 二人がそんな言葉を交わす中、マリアだけは少し考え事をしていた。

 虫の知らせとでも言うべきか、何か嫌な予感がしてならない。それは、この家全体に、どこか哀しみのようなものが漂っている。そんなイメージが彼女に伝わってくるからだ。

「どうかしたのか、マリア」

 彼女の様子がおかしい事に気づいたリチャードは、そっと声をかけた。

「・・・・・・どうも嫌な感じがするんです。この家全体に哀しみが満ち溢れている・・・・・・そんなイメージが漂ってきて」

「君がそういうと、気のせいという訳でもないのかもな」

 マリアはリチャードたちと違って目がみえない。だが、その反面、彼らとは違い、超常的な感覚に優れているといっても過言ではない。霊能力も高いだけに、彼女が感じる不吉なイメージは、なかなかどうして無視できるものでもなかった。

「うまくはいえないのですが・・・・・・犯人の心の中を予見した時と、同質の哀しみを感じるんです」

「ひょっとして、この家に犯人が?」

「可能性はあります」

「何があるにせよ、慎重に行くしかないのは事実だな。マリア。何か他にも感じたら、すぐに知らせてくれ」

 リチャードは念のために銃を構え、ドアをあけて家の内部に侵入した。全員そのあとに続く。

 まずは慎重を期しながら、ひとつひとつ部屋を調べて行く。リビング、キッチン、応接室と一通りまわるが、一階には誰の姿も見あたらず、不審な点も少なかった。キッチンでは、最近料理が作られたような形跡もなく、そのことを考えてもこの家の人間が留守にしているのもおかしい話ではない。

 その後は階段をあがり二階へ行く。二階では、まず寝室らしき部屋に入った。だがそこは、今まで見てきた他の部屋と比べて、色々なものが散乱していた。床一面には破れた紙の切れ端などが目立つ。

 エドガーは紙の切れ端を拾い、眉をひそめた。

「これは破り捨てた日記だな。しかもイタリア語だぞ」

「イタリア語だと? ならば俺にはちんぷんかんぷんだ。読めるか、エドガー」

「ああ。少し待ってくれ・・・・・・」

 エドガーは他の紙の切れ端もあつめ、一通り目を通していった。だが、読み進めていくうちに、その顔から血の気が失せていく。

「・・・・・・リチャード。信じたくはないが、ジェインを殺したのは、ジアという女かもしれんぞ」

「それは本当か?」

「この日記がジアのものだと仮定すればだが、間違いはないじゃろう。そして、おそらくはこの女は魔女だ」

 予想していなかった答えではないが、さすがに何ともいえないものがあった。これが事実だとすれば、ジェインは愛する婚約者に殺されたことになるのだから。

 エドガーは言葉を続ける。

「この日記の内容から察するに、ジェインはジアに対する裏切り行為を働いたらしい・・・・・・」

「まさか!? あのジェインが、婦人に対して裏切り行為なんて信じられるか」

 ジェインは少し変わり者であったが、現実は現実で冷静に踏まえ、どんな時でも紳士のような態度を崩さぬ立派な男であったはずだ。そんな彼が、女性に対してどんな裏切りが行えるというのか。

「ワシに言うな。だが日記には、犯行に至るまでの恨み言のようなものが、延々と綴られている。はっきりとした原因は何ひとつ書いておらんがな」

 エドガーは、やるせなく首を振った。

「でも、日記を破り捨てているということは、彼女も後悔してのことではないでしょうか・・・・・・」

 マリアはそう言うが、リチャードたちにすれば複雑な心境だった。さすがにジェインを殺したのかもしれないジアを庇う気にはなれないからだ。

 だが、そんな時である。この部屋の中にきな臭い煙が漂ってきたのは。

「おい! 廊下の方から煙が流れてきとらんか?」

 エドガーが叫んだ。その言葉通り、廊下へと通じるドアの隙間から白い煙が流れこんできた。

 そして数秒と経たぬうちに、この部屋はむせかえるような煙に包まれる。

「エドガー。外側の窓を開けろっ!」

 リチャードは言い、自分は廊下へと通じるドアを開けようとした。外で何が起こっているか確かめなければならない。

 しかし。ドアは開かなかった。鍵がかかっている訳でもないのに、いくらノブをまわしても開く様子はない。

「どうなっているんだ?」

 焦るリチャードに追い討ちをかけるように、エドガーの悲痛な声が響く。

「リチャード。おかしいぞ。窓が開かんっ!」

「何だと!?」

 見ればエドガーは、近くにあった小物入れなどを投げつけてまで、窓を破ろうとしている。それなのにガラスの窓は、一切割れることもなかった。

 廊下の外からは何かが燃えるような音と、それに伴う熱気のようなものが漂ってきた。これは明らかに罠にかかったとしか言いようもない。

「迂闊でした。・・・・・・私がもっと注意していれば」

 煙を吸わないように口許を押さえながらも、マリアは懸命に言葉を出す。

「マリアの責任じゃない。それに後悔していてもはじまらないぞ。どうにか脱出することだけを考えろ」

 リチャードは叱咤し、エドガーを手伝うべく手近にあった椅子を窓にぶつける。だが、結果は何も変わらない。

「常識では考えられん。ワシらは魔法の力で、この部屋に閉じこめられておるのか?」

 エドガーは戦慄をおぼえた。少しでも油断すれば気力が萎えそうだった。

 そして、それはリチャードにしても同様である。このような状況下においては、冷静さを保つのにも限度がある。だが、煙が無情にも充満していき、目眩すら引き起こす。

 そこへ、マリアの声が響いた。

「・・・二人とも・・・私につかまってください」

 リチャードとエドガーは迷った。彼女につかまったところで何になるのか、今一つピンとこなかったからだ。

 だから、マリアはもう一度叫んだ。

「早くっ!!」

 その後、彼女は大きく咳き込み、膝を崩した。さすがにそれを見た二人は、心配して彼女にかけよる。

「大丈夫か、マリア?」

 リチャードが彼女の肩を支えると、マリアは小さいながらも何度も頷いた。

「まだ大丈夫です。それより二人ともいますね? ここからの脱出を試みますので、私の腕につかまってください」

 そこまで言われた以上、彼女を信じて従うしかなかった。

 マリアは、二人がつかまったことを感じると、自らの望む奇跡を引き起こすべく意識を集中させた。今、彼女が望む奇跡は、かなりの精神力を必要とする。うまくいくかはわからないが、成功させなければどのみち後も無い。

 しばらくもしない内に、彼女の霊能力は発動した。

 そしてマリアは、頬に触れる外の風を感じて安堵する。どうやら、うまくいったように思えたからだ。

「・・・・・・ここは・・・・・・外なのか?」

 リチャードが呆然とつぶやいたのを聞いて、マリアは霊能力の成功を確信する。

「・・・・・・どうにか、うまく能力は働いてくれたようですね」

 思わず笑みがもれるが、彼女の精神にかかった負担は相当なものだった。

「おい! あれは?」

 落ちついたのも束の間、エドガーがとある方を指さして声をあげる。その方向では家が燃えていた。

 それは先程まで彼らがいたジアの家だ。

「・・・・・・俺たちを家ごと消すつもりだったんだろうな」

 燃え上がる家を見つめながら、リチャードはつぶたいた。

「しかし、何でワシらがこうも狙われねばならん。ワシらは彼女と面識は無いはずなんじゃぞ」

「こればかりはジアという女性に尋ねるしか答えはでないだろうさ」

「ひょっとすれば彼女、まだこの近くに潜んでいるかもしれませんね」

「可能性はあるな。俺たちの焼け死ぬ様をどこかで見学しているかもしれないしな。探すか?」

 近くにいるのであらば、写真という手がかりもあるし、探すのにも不都合は無い。

「念のために霊能力も行使してみます。成功する保証はありませんが、うまくいけば彼女の居所をはっきり掴めるかもしれません」

 霊能力で人をさがす場合、対象となる相手を詳しく知っておかないと成功の確率は低い。だが今は、そんなことを迷っている場合でもなかった。犯人がジアで、まだこの辺りに潜んでいるのなら、今が追い詰めるチャンスかもしれないのだから。

「無理をかけ通しですまない」

「気になさらないでください。私は自分にできることをしているだけですから」

 こうしてマリアは、再び霊能力を行使した。

 そして・・・・・・。

 

 

 

 闇夜に赤々と炎が揺れる。

 燃えてゆく家を見つめながら、彼女は自分に言い聞かせた。

 これでよかった。これでよかったのだと・・・・・・。

 感慨はそれほどない。彼女が少しの時間暮らしてきた家といえども、そこにあったのは偽りの幸せだったのだから。

 少なくとも自分を脅かす人間はもう存在しないだろう。自分を愛しているなどと偽りを言ったジェインも、彼の死に疑問をもった友人たちも、もうこの世にはいないはずだ。

 彼女を追いたて、心の平穏を奪わんとする人間は全て消してやった。

 そう。

 そのはずだった。

 しかし。

「そこにいるのはジアさんだな」

 彼女の背後で、聞きなれぬ男の声が響いた。ジアはとっさに振りかえり、驚愕した。

 そこにいたのは、初対面ではあるものの、彼女を脅かす存在として予見された人間たちだったからだ。そして彼らは、燃え落ちる家の中に閉じこめてやったはずなのに・・・・・・。

「俺たちが生きていたことが、よほど驚きとみえるな」

 リチャードは落ちついた口調で言った。

 ジアは、恐怖のあまり後ずさりをはじめる。そこへエドガーが制止の声をかけた。

「逃げんでくれ。ワシらはおまえさんに聞きたいことがあるんじゃ。どうしてワシらを殺そうとした? どうしてジェインを・・・・・・ワシらの友人を殺したんじゃ?」

「・・・・・・は、話すことなんて何もないわ」

 ジアの声は震えていた。また知らない人間が、彼女を責めたてようとする。

「ジアさん。落ちついてください。あなたの理由によっては、私たちも悪いようにはしません」

 マリアが真摯に話しかける。しかし、今のジアにはそんな言葉に耳を傾ける余裕もなかった。

「嘘よ。・・・・・・あなたたちもうまいこといって、また私を騙すつもりだわ」

「そんなことありません。私はあなたを助けたいと、本気で思っていますから」

「信じない。信じるものですか。だって、あなたたちは私に害意をなす者だもの。そう夢で見たのよ!」

「・・・・・・それは君の魔法の力が予見させたことか?」

 リチャードが問うが、ジアは押し黙った。だが、その表情は苦々しく、指摘したことは図星に思える。

 おそらくジアは、特殊な力によって、リチャードたちが自分に害意をなす者と予見したのだろう。だが、それも大きな意味でいえば間違いでは無い。ジアの返答いかんによっては、直接対決もやむを得ないのだから。

「ジアさん。信じてください。私はあなたを追い詰めるためにここへ来たのではないんです。あなたが助けを求める声を聞いたから・・・だから、こうやってやってきたんです」

「そんなの絶対に嘘。いままで知っている人間も、そんな言葉を言っては、みんな私をひどい目にあわせたわ!!」

 ジアはマリアの言葉をはね退け、自分の境遇を語った。

 彼女の故郷はイタリアの片田舎にある閉鎖的な村だった。だが、彼女はそこで魔女としての烙印を押され、時代錯誤ともいえる魔女裁判にかけられた。

 その時、彼女の村の人間は口々に言った。おまえを悪魔の誘惑から解放し、助けてやろうと・・・・・・。しかしその後、彼女の身に訪れたのは、容赦のない私刑だった。村人たちはジアの中に潜む悪魔を追い出すと称して、様々な制裁を加えたのだから。

 確かにジアには不思議な力はあった。魔女の証ともいえる、“赤い刻印”もあったかもしれない。

 しかし、悪魔と契約を結んだ覚えなど一度もない。彼女は村人の害になるようなことなど、何ひとつしていないつもりだ。

 それなのに故郷の人間は、彼女を責めたてた。このままでは本当に殺されかもしれないとさえ思った。

 だから、彼女は故郷を逃げ出した。故郷を離れて、この英国で新しい人生を送ろうと考えたのに・・・・・・。

「・・・・・・君の境遇には同情する。だが、ジェインも君をひどいめにあわせたというのか?」

 リチャードが問うと、ジアは唇を噛んだ。

 ジェインとはこの国に来てから知り合った。最初は良い人間だと思っていたが、それは間違いだった。

「そうよ。彼も私を騙したわ・・・・・・」

「信じられん。あいつは君の婚約者で、君を本当に愛しているように思えたんだがな」

「愛しているなんて嘘よ。彼に興味があったのは、私の力だけよ!」

「君の魔女としての力か?」

「・・・・・・そうよ。力のことは誰にも明かされたくなかった。ジェインに魔法の力がばれた時も、その事実は秘密にしてと何度も頼んだわ。でも、彼はしぶったの。私の力は素晴らしい力だって言って。それでも私は秘密にしてほしかったの」

 ジアは哀しそうに首を振った。

「最初はよかったわ。まだ二人だけの秘密で済んだもの。でも、そんな中よ。彼が例の本を出版したのは」

「それが『赤い刻印』という訳か」

「ええ。そのとおりよ。あんな本が世の中に出まわると言う事がどういうことかわかる!? 下手をすれば私という魔女の存在が、世の中に知れ渡るかもしれないのよ。私、また誰かに責めたてられるかもしれない。・・・・・・ジェインは私の秘密を、私に内緒で勝手に公開したようなものなのよ。これで騙されてないと言えて?」

 リチャードはグッと拳を握った。ジアの言い分は確かにわかならいでもないが、それでも釈然としないものがある。

「・・・・・・ジェインはおまえさんの力を素晴らしいと言ったんじゃよな?」

 確認するようにエドガーが訊ねる。

「秘密にするなんて勿体ないって褒め称えてたわ。でもそれだって、私から魔法の話を聞き出そうとするための方便だったのよ」

「それだけじゃないと思います。ジェインさんは本気であなたの力を素晴らしいと感じていたのではないでしょうか? それゆえ『赤い刻印』の中では、魔女裁判の理不尽さを語り、神秘の力の素晴らしさを描いていたわけですから」

「だったらどうだと言うのよ。素晴らしかろうとなかろうと、彼が私の秘密を公開したことに変わりはないわ。そこには愛情なんてなかったのよ。あったのは彼の好奇心だけ」

 ジアはマリアの言葉にも反発する。だが、ここにきてリチャードも黙ってはいられなかった。

「違うな。君はまだ何もわかっちゃいない」

「・・・・・・・・・・・・!?」

「確かにジェインは君の秘密を明かそうとした。だが、それは君を想ってのことだろう」

「・・・・・・そんな訳ないわ」

「話は最後まできけ。君は自分の持つ魔法の力を、必要以上に恐れている。確かに今までの境遇を考えれば、それも仕方はないだろう。だが、それらを秘密にしておくことは君にとっての弱みにもなる。しかしだ。秘密というものは、それを公開し、万人の認めるところになれば、弱みでも何でもなくなるんだ。ジェインは君の秘密をあえて公表することによって、君の弱みを消そうとしたんじゃないだろうか」

「ワシもリチャードの意見と同じだ。ジェインはおまえさんを愛すればこそ、おまえさんの心の悩みを取り払ってやりたかったんじゃろうて」

「それに・・・・・・仮に問題が起きても、ジェインならば最後まで君を守ろうとするだろう」

 リチャードは自信をもって断言した。少なくとも、彼らが知るジェインはそういう男の筈だ。

 ジアはうろたえた。もし彼らの言ったことが事実だとしたら、自分の行ったことは一体何だったというのか?

 心が揺れる。確かにジェインは、ジアのことを本気で慈しんでくれたかもしれない。そう思えばこそ彼女も、彼に心を開いた。しかし、『赤い刻印』を出版されてからは、ジェインが自分を利用したとしか思えなかった。

 だから、殺してやった。ジェインの口からこれ以上の秘密がもれないためにも。

 それが今になって何だ。彼はジアのことを想って、『赤い刻印』を出版したなどと言われようとは・・・・・・。

「ジア。君だってジェインを愛してはいなかったのか?」

「愛していたわ! 信じてもいた! でも、裏切られたって感じたのよっ!!」

「本気で愛していたのなら、なぜ最後まで信じようとしない? 彼が君を裏切ったと本当に言いきれるのか? 君はそれを確認したのか?」

 リチャードは思うがままに叫んだ。ジェインという友人を誇らしく感じるが故に、彼の潔白を証明したかった。

 風が流れる。そして、ジアの目に涙が溢れる。

「いまさら・・・・・・遅いわ。手遅れ・・・なの・・・よ。だって、彼は・・・・・・私が、殺しちゃった・・・もの」

 ここに至って、ジアは後悔を感じた。リチャードの言葉ひとつひとつが胸に突きささる。

 そして、彼女は思い知らされた。自分は今、ジェインを失ったことに涙を流している。それは未だにジェインを愛している事の証。

 自分が呪わしくてならなかった。魔法の力なんてあるから、こんな悲劇を生む。故郷の人間の言葉ではないが、やはり“魔女”なんてものは、呪われた存在でしかないと痛感する。

「・・・・・・私、自分がどんなに否定しても“魔女”なのよ。だから、いくらあがいても呪われた人生を歩むしかないのよ」

「そんなことはありません。例え“魔女”であったとしても、その人生が呪われていると決めつけるのは早計です。あなたはまだ若いんです。これからだって、とりかえしはききます」

 マリアの言葉に、ジアは穏やかに笑った。

「気休めは言わないで。もう、私、とりかえしのつかないことをしてしまったのよ」

「まだ、そんな・・・・・・」

 そこまで言いかけて、マリアは何かを感じ取った。それは彼女にしかわからない、霊的な力の奔流とでも言おうか。

 それと同時にマリアの心に「さようなら」という寂しい声が響く。

「いけませんっ! ジアさん」

 何が起こるか察したマリアだが、叫んだときには既に手遅れだった。ジアを中心として猛烈な熱気が吹きあがる。

「あぶない。マリアっ!」

 リチャードは咄嗟にマリアを庇った。エドガーも腕で熱気をさえぎり、後ずさる。

 ジアを中心に吹きあがった熱気は、まるで炎の柱だった。そして、その炎はジアの身を焼く。

「・・・・・・・・・うっ」

 リチャードは息をのんだ。炎に包まれたジアの姿は、まるで火あぶりにかけられた“魔女”を彷彿とさせた。いや、案外そのままなのかもしれない。

 炎の中のジアは、心なしか穏やかに見えた。そんな彼女の口が静かに動く。

 実際の声は、音となって聞こえはしない。だが、リチャードには彼女の声が聞こえたような気がした。

『もう、夢から醒めてもいいでしょ』

 そんな声が彼の心に響き、そして胸を苦しくさせた。

 ジアは、自分ですべての決着をつけた。哀しい「夢」から醒めるために。

 リチャードの腕の中ではマリアが泣いていた。目の見えない彼女にも、何が起きたのかはっきりわかったのだ。そしておそらく、リチャードの胸に響いた言葉は、彼女にも伝わっているように思えた。

 事件の真相は明らかとなったが、どこか後味の悪いものがあった。特にマリアには、その思いが強いかもしれない。

 彼女は、ジアを救おうとこの事件を追っていたのだから。

 リチャードは、泣き止むことのできないマリアを強く抱きしめた。今の自分にはこうしてやることしかできなかったから。

 

 

 事件が終わった翌日、リチャードたちはロンドンに帰りついた。

 さすがに昨夜の事件のあとは、皆、ほとんど口を開くことはなかった。後味の悪い事件であると共に、色々と考えさせられる事件でもあったからだ。

 最初はオカルトじみた一件として追っていたこの事件も、結末は男女のすれ違いが生んだ悲しい事件だった。

 リチャードはジアに心から同情した。普通の人間とは違っていた苦しみ。それによる周りからの迫害。ジアが受けてきた仕打ちは、あまりにもといえばあまりだ。人間不信になるのも当然といえるくらいに。

 あのとき、リチャードとしては正論を述べたつもりだ。ジェインを本気で愛していたのなら、なぜ最後まで信じようとしない?、と。

 しかし、例えそれが正論だとしても、それが結果正しかったのかどうかは疑問だった。あの言葉がかえって、ジアを追い詰めたのではないだろうか? そうも思えてきたからだ。

 結局、リチャードが言ったことはジェインを擁護する言葉であって、ジアを救う言葉にはならなかった。

 己の感情だけを優先させた結果、そうなったのかもしれない。

 あのとき、もう少し理性的に考えることができたら、別の解決法もあったのだろうか。

 昨夜からこの考えは続き、未だに答えはでていない。

「リチャード。ワシはこのままスコットランドへ帰ることにするよ」

 ロンドンに帰りつき、列車を下りた途端、エドガーがそう言った。

「そうか。帰るか」

「ああ。ワシもまだ研究が残っておるからな」

「わかった。そちらも頑張ってくれよ」

「とんだ再開になってしまったが、ワシはおまえさんに会えただけでもよかったと思っておるよ」

 エドガーとリチャードはお互いに握手を交わし合った。

「また会おう。近い内には手紙も出す」

「楽しみにしているよ」

「それとリチャード。・・・・・・うまくは言えんが、今回の事件、ワシはこれでも良かった方じゃと思っておる。ジアも最後の最後で、ジェインへの想いに気づいた筈じゃろうしな」

「・・・・・・ああ。わかっている」

 エドガーなりの慰めであろうが、その言葉は決して間違いでも無い。ジアはジェインへの想いを再確認し、自ら悪夢から醒めることを選んだのだから。あのまま哀しい「夢」にとらわれるよりは、断然良いはずだ。

「あと、マリアさんも元気での。今回は本当に世話になった」

「いえ。こちらこそ」

 マリアは寂しそうながらも、とりあえずは笑い返す。

「それでは失礼するよ」

 エドガーは二人に一礼すると、別のホームへと歩いて行った。リチャードは彼の姿が消えるまで見届ける。

「それではリチャードさん。私もここで失礼します。本当にありがとうございました」

 マリアも言って、丁寧に頭を下げた。

「・・・・・・ああ」

 リチャードが返事すると、マリアも駅構内から立ち去って行く。

 駅は出会いの場所であると共に、別れの場所でもある。そんなことを思い知らされる光景。

 しかし。

 リチャードはしばらく考えると、マリアを追いかけて走った。そして、駅を出たあたりで彼女に追いつく。

「どうしたのですか? リチャードさん」

 いきなり彼に呼びとめられたマリアは、驚いて振り向く。

「マリア。少し訊ねたいことがあるんだ。いいかい?」

「何でしょう」

「君はこれからも霊障探偵という仕事を続けるのかい?」

「・・・・・・ええ。そのつもりですが」

「だったら、俺を君の相棒にしてくれないか?」

 突然の言葉に、マリアは呆然となる。だが、リチャードはそのまま言葉を続けた。

「俺、今回の事件でジアという女性を追い詰めたのかもしれない。他に解決方法があったのかもしれないのにな。だから、今後先にもこのような事件があるとするのならば、今度こそそういう人々を救ってやりたいんだ」

「・・・・・・でも、リチャードさん。ジアさんがああなったのは、別段あなただけの責任でもないと思います。私も力不足でしたし」

「まあな。俺もあまり自分を責める気はない。だがこれ以上、こんな事件を増やしたくはない。そういう思いで頼んでいるんだ。それにマリア・・・・・・君だって自分自身を責めていないか?」

「・・・・・・・・・・・・」

 マリアは押し黙った。確かにリチャードの言うとおりだったから。

 彼女にしても、この事件は悔いが多い。マリアは、ジアと同じような不思議な力を使えるだけに、それらが生み出した悲劇には胸が痛んだ。せめて正しい力の使い方を示してやれれば、ジアだって楽になれたのかもしれないのに。

「マリア。俺は未だに悩んでいる。あの時、どうすれば彼女を説得できたんだろうって。でも、一人で考えるのにも限界がある。もし君も悩んでいるのなら、俺は君と一緒に答えを見つけたいんだ・・・・・・それに」

「・・・・・・それに?」

「俺は君を守りたい。君だけが辛い目にあわないよう、守ってやりたいんだ」

 ジアの境遇を聞いて特にそう思えた。世の中にはまだまだ不思議な力を恐れ、それらを排除しようとする人間はいるのだ。そういう人間を悪人とまでは断じないが、恐怖からくる不当な真似は許せなかった。

 だから、マリアを間違ってそんな目にあわさないためにも、リチャードは彼女を守りたいと思う。

「・・・・・・まるでプロポーズですね」

 マリアは顔を赤らめ、うつむきながらつぶやいた。

「そう受け取ってもらえるなら、それはそれで嬉しいかもな」

「私、目が見せませんから、そんな優しい言葉をかけられたら、その通りに受け取ってしまいますよ」

「それで返事は?」

 リチャードが訊ねると、マリアはそっと彼の唇に自分のそれを触れさせた。

 それがすべての返事だった。

 

〈了〉

 

あとがき

 「赤い刻印」後編、終わりました。

 とりあえず、この事件の結末はこんな感じで終わりです。まあ、オカルトっていうものは、どこか後味の悪い事件が多いですしね。

 とはいえ今回のこの話は、オカルトじみた事件がベースであって、別段怖いお話ではなかったかもしれません。これは私としても意図したところであって、キャラクターたちを表に出す以上は、あまり悲惨な結末ってのも嫌だったからです。

 それに一番は、リチャードとマリアの出会いのきっかけや、成長のはじまりってのを書きたかったわけです(笑)

 まあ、これ以上は私も黙るとして、あとは読者さま方の感じるままにお任せします。

 

 

SHORT STORYに戻る

ホームに戻る