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  入学  〜ONEより〜

 

 生きている限り、闇の中にいても時間は流れてゆく。

 それは、ゆっくりとゆっくりと。

 でも、気がついてみると、あっという間に。

 それがきっと時を重ねるということ。

 闇の中にいても、季節は巡ってゆく。

 季節が巡れば、また新しい生活もはじまる。

 そして、今。

 新しい生活のはじまりと共に、私は闇の中で光を得る。

 

 

 朝の目覚め。

 今日はいつもより早く、起きることができた。

 でも、それも当然。今日は私にとって、とても大切な日であるから。

 春の訪れとともに始まる、新しい生活・・・・・・。

 今日は、高校の入学式だった。

 私は早起きすると共に、部屋の窓をあける。すると、心地よい春の風が室内に流れこんだ。

「いい風。今日の風は百点満点だね」

 本当なら九十点くらいかもしれないが、色々と気分もいいから百点満点。

 肌に感じる風はやさしく、静かだった。それだけでも今日がいい天気だと理解できる。

 ・・・・・・そう。理解できるだけ。

 私の目の前には闇しか広がっていない。だって、私は目が見えないから・・・・・・。

 永遠の闇が私を包んだのは五年前。当時は絶望して、死のうとすら考えたこともある。でも、たくさんの人に励まされ、勇気づけられ、私は生きるという選択肢をとった。

 勿論、生きることを選んでも、何度もくじけそうになった。私の心の中にある不安は完全に消え去った訳でもない。

 それでも、今日のこの日まで頑張ってきた。これからの新しい学校生活は、私の心の不安を少しでも和らげてくれる筈だから。

 私の通う高校。

 その学校は、私の家の目の前にある。幼い頃、光を失う前から、私にとって慣れ親しんだ学校・・・・・・。

 学校は、幼い私にとっての遊び場だった。友達は不法浸入とか言って感心はしてくれなかったけれど、とてもお気に入りだったので、何度も一人で通った場所。

 今、目の見えない私でも、その学校のことは何だってわかるつもりだ。どこに何があって、どこが何の部屋であるのかは大半覚えているから・・・・・・。

 そこは、私の部屋同様、例え目に見えなくとも、光を取り戻せる大切な場所なのだ。

「これで堂々とあの学校を歩けるよ」

 今までだって堂々としていたかもしれないけど、今度は誰にも見咎められないし、呆れられることもない筈だ。

 これからの三年間、慣れ親しんだ場所での生活を送れる。そんな些細なことが、たまらなく嬉しかった。

「着替えないとね」

 学校に通う以上は制服を着る。真新しい制服に袖を通すだけでも、高校生になったんだと実感できた。

 でも、余裕をもってつくってあるせいか、少し大きいかな。

「・・・・・・よしっ」

 どうにか制服に着替え終わった後は台所へ行く。

 台所からは、お母さんが朝食を準備している音が聞こえる。

「おはよう。お母さん」

「あら。みさき、今朝は早いのね」

「うん。今日は私にとっても大切な日だからね。早起きにもなるよ」

「でも昨夜だって遅くまで起きていたんじゃないの?」

「・・・・・・うん。今日のことを考えたら、嬉しくて眠れなかったんだよ」

「気持ちはわからないでもないけど、入学式の最中に居眠りなんかしたら駄目よ」

 お母さんは笑いながら私に言う。

「ねえ、お母さん」

「なあに。みさき?」

「私、ちゃんと制服着れているかな? ちゃんと似合っている?」

 制服が来てからというもの、何度も試し着をして、何回この質問を繰り返しただろう。それでもやはり心配でならなかった。私には、自分の制服姿が似合っているのかなど、確かめる術もないのだから。

「着れてはいるけど、似合ってはいないかもね」

「えぇ〜!?」

「・・・・・・・・・・・・嘘よ」

「ひどいよ。お母さん。私、傷ついたもん」

「ごめんなさい。ちゃんと似合っているから安心なさい」

「よかったよ。でも、どれくらい似合っているのかな。今日入学する子の中で、2番目に制服が似合うくらいの女の子に見えるかな」

「・・・・・・そこまではどうかしら」

 お母さんが苦笑する。

「でも、どうして2番目なの?」

「きっと1番は雪ちゃんだからだよ」

 私は、今日一緒に入学する親友・・・・・・深山雪見こと、雪ちゃんの名前を持ち出した。

「雪ちゃんはね。将来、女優になるんだよ。だから、とっても綺麗なんだと思う。だから私は2番」

「確かに深山さんならなれるかもしれないわね。みさきと違って、しっかりもしているし」

「お母さん、さりげなくひどいこと言ってるよ」

 拗ねてはみるものの、お母さんの言うことは事実かもしれない。雪ちゃんは、私と同い年とは思えないほどしっかとしいて、大人びても感じられる。そういう部分は、親友として少し憧れないでもない。

「さ、みさき。そろそろ朝食でもとる?」

「うん。そうするよ」

 今日の入学式を頑張るためにも、たくさん食べて元気を出さないと。

 学校に出るまでまだまだ時間もあるし、ゆっくり味わってたくさん食べる。お母さんのつくる和食は、いつ食べても絶品だった。

 家で漬けたおつけものもあれば、ごはんは何杯だっておかわりできる。

 五杯目のおかわりを終えた頃、私の家のチャイムが鳴った。

「あら、誰かしら? 少し見てくるわね」

 そう言ってお母さんが台所を出る。そして、しばらくしてから。

「お邪魔するわよ。みさき」

 そんな声がしたかと思うと、台所に誰かが入ってきた。

「あ。雪ちゃん。来てくれたんだ」

 声の主は、私の親友、雪ちゃんだった。

「昨日電話で、迎えに来る約束をしたでしょ。少し早すぎたかしら」

「ううん。別にいいよ。でも、今は朝食中だから少し待ってね。六杯目のおかわり食べるから、近くの椅子に座ってて」

「・・・・・・六杯目って。みさきってば、相変わらずの食欲ね」

 呆れているのか、感心しているのかわからない雪ちゃんの声。多分、前者だろうけど。

「よかったら雪ちゃんも食べる? ごはんだったらまだまだあるから遠慮しなくていいよ」

「パス。わたしは、みさきみたいに朝から食欲なんてないもの」

「そんなことじゃ、ストロング深山になれないよ」

「何よ。それ?」

「雪ちゃんが女優になった時の芸名」

「・・・あのね。そんなプロレスラーみたいな名前の女優いないわよ」

「だったら、世界初だよ」

 私が笑って言うと、雪ちゃんの方は深いためいきをつく。

「いつものことだけど、みさきのセンスってどこかヘンよ」

「そうかな。格好いいと思うんだけど」

「親友がそんな名前で女優になって、みさきはそれを自慢できる?」

「・・・・・・うぅん。ちょっと嫌かも。恥ずかしいよ、きっと」

「それみなさい」

 雪ちゃんの冷静な突っ込み。

「でも、恥ずかしいけど、格好いいとは思うよ」

 私はささやかな反論を試みる。

「却下」

「そんなきっぱりと言わなくてもいいのに・・・・・・」

「いくら格好よくても女優につける名前じゃないでしょ。それにまだ、女優になれるって決まった訳じゃないんだから」

「雪ちゃんなら大丈夫だよ」

 根拠はないけど、そんな気がしてならない。雪ちゃんはしっかりものだもの。

「ま、その言葉、良い方にとらえておくわ。でも、今は女優以前に、高校生活を頑張らないとね」

「そうだね。学食のカツカレーもたくさん食べられるように頑張るよ」

「みさきってば、食べることばかりね」

「それも楽しみのひとつだからね」

 私たちは自然と笑い出していた。入学式の朝、親友と笑いあえる、ささやかな喜び。

 生きていないとできないこと。

「みさき。制服、良く似合っているわよ」

「雪ちゃんもすごく似合っているよ」

 私の瞳には何も映らなくても、心の目ではちゃんと見えている。堂々とした雪ちゃんの声を聞いていれば、それがわかるもの。

「ありがとう。みさき」

「私は素直に感想を言ったまでだよ。それより、そろそろ学校にいこうか」

「みさきはもういいの?」

「うん。少し早いけど、入学式前に、学校を少し歩きたいしね」

 その後、私は学校に行く準備だけを整えると、お母さんに一足先に出ることを告げる。

 私と雪ちゃんは、揃って玄関を出た。

 目の前すぐには、私たちの通う学校の校門。

 春の優しい風が私の背中を後押ししてくれる。ようこそ学校へ・・・・・・と。

 心に描かれた風景には、綺麗な桜が咲き誇っている。そして、実際にもそれは間違いないだろう。

 そんなことを考えていると、ふいに手を握られた。それは優しく、柔らかい、親友の手。

「・・・・・・雪ちゃん」

「みさき。大丈夫・・・だよね?」

 確認するような雪ちゃんの声。その意図がわかった私は、小さく、でも力強くうなずく。

「うん。ここなら大丈夫。ここなら私は、光をとりもどせるから」

 私は外の世界が怖かった。永遠の闇が私を包みこんだ日から、今だってそれは変わりない。

 それでも、少しずつ頑張ろうとした。

 私、死ぬことはできなかったから・・・。

 生きることを選んだから・・・・・・。

 励ましてくれた沢山の人がいて・・・・・・そして、手をとってくれる、大切な親友がいて。

 ・・・・・・私は雪ちゃんの手を握り返した。

「二度目の入学式ね」

 雪ちゃんが言った。

「・・・そうだったね」

 小学校の卒業式の日、私と雪ちゃんはここで、一足早い高校の入学式を二人で済ました思い出がある。

 あの時の私は、外の世界が怖くて卒業式にいけなかった。雪ちゃんと約束していたにもかかわらず・・・・・・。

 でも、このままではいけないと思い、卒業式が終わったあとに、勇気を振り絞って小学校に行こうとした。

 けれど、一人では家の外に出た時点で限界だった。

 闇が怖くて、一歩も動けなくなって・・・・・・。

 どうしようもなくて・・・・・・。

 その時、雪ちゃんが来てくれて、こう言ってくれた。

『卒業式には間に合わなかったけど、代わりに入学式をしようか』

 ・・・・・・これが、私たちの一度目の入学式だった。

 でも、今からは。

「今度はちゃんとした入学式だよ」

「そうね」

 沢山の人に囲まれての入学式。これから始まる、本当の学校生活。

「みさき。入学・・・・・・おめでとう」

「・・・・・・雪ちゃんもだよ」

 嬉しくて、胸に熱いものがこみあげてくる。そして、瞼も微かに濡れる。

 私たちは二人で校門をくぐった。

 

 桜の季節、春の風に流されるように、私、川名みさきは高校生となる・・・・・・。

 

〈了〉

 

あとがき

 春は入学の季節ということで、こんな話を書いてみました。今回は「ONE 〜輝く季節へ〜」というゲームの、川名みさき先輩が元ネタですが、いかがなものでございましょうか? ゲーム本編は、みさき先輩の卒業を扱っていたので、こちらはその逆で入学式の朝を描いてみようかなってのが始まりです。

 ゲーム本編の他にも、同人誌からとかもネタをひっぱっていますが、それほど気にせず読んでもらえたなら嬉しいです。

 何気ない話なのですが、こういう日常的なエピソードを書くのも結構好きなんですよ。

 あと余談ですが、私、昔は福祉関連の職場で盲人の方を相手にしていたことがあるんですが、目が見えなくてもすごい人はすごいですよね。自分が慣れ親しんでいる世界なら、ホント目が見えているのと変わらないほどの行動もできますし。ちなみに私も点字は読めたりします(笑) 今回はそういうネタも絡めようかと思いましたが、さすがに話が逸れそうなので止めました。

 何はともあれこの作品で、ゲーム本編に興味をもってもらえたり、色々と思い返せる要素になったりしたらありがたいですね。

 

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