◆
幕
間◆
ボクはクマだ。といっても本物のクマじゃない。
紅茶館“さくら”。そのお店の窓際に飾られているテディ・ベア。それがボクだ。フリッツっていう名前で呼ばれている。
昔からの常連さんの中には、ボクのことを三番目の店員なんて言う人がいるんだけど、ボクはニ.五番目でいいと思う。
店員と呼ばれるには中途半端な立場だと思うし、自分としてもそれくらいのほうがしっくりくる。それに何よりも謙虚じゃないか。
・……………………………
………………
いや、まあ、謙虚かどうかはさておいて。ボクはこのお店を見守る物言わぬ存在。
この一年間もみんなの頑張りを見守ってきた。
そして今日はクリスマス・イブ。
去年のイブは、ここでお客様を招いてのクリスマス企画を行ったみたいだけど、今年はそういうイベントをしなかったみたいだ。
普通にお店を営業して、それが終わってから身内でささやかなパーティーをするとか話していた。
そして今。お店を終えた彼女たちは、まさにそのパーティーをはじめようとしている。
テーブルにはご馳走やケーキ、紅茶等が並び、華やいだ見た目が楽しそうだった。
ご馳走の味なんてわかんないけれど、彼女たちがそれを食べて幸せそうにしているのをみると、それが楽しいということなんだなって感じることはできる。
楽しい食事のあとは、どうも皆で持ち寄った品でプレゼントの交換をするみたいだった。
厳正なるクジ引きの結果で、誰にどのプレゼントが当たるのか決まる。
ボクはその様子を興味深げに見守った。
「あ。私はさやさんのプレゼントだ」
クジを引き終えたまりあちゃんが開口一番に叫んだ。とても嬉しそう。
ま、一番欲しかった本命なんだろうね。彼女はさやさんのことが大好きでたまらない子だから。
「わたしはしおりちゃんのプレゼントね」
さやさんが言う。
「私はまりあさんの物のようです」
「こっちはふみかさんのですね」
ふみかちゃん、しおりちゃんもそれぞれにクジを見せながら言う。
こうして皆に行き届くプレゼントが決まったようだった。早速、交換がはじめられる。
それぞれのプレゼントは包装紙にくるまれたままだから、中身はまだわからない。
「じゃあ、皆で開けて見ましょうか」
さやさんの提案に皆が頷く。そして、プレゼントを開封されていく。
「……………七人の侍のDVD」
しおりちゃんが出てきた品をみてポツリと呟く。これを用意したのはふみかちゃんだ。
「お気に召しませんか? いささか私の趣味が入っているとは思いますが、世界に誇れる名作ですよ」
「はは。確かに有名みたいですよね。うちのお父さんも好きそうですし、今度一緒に観てみます」
「是非とも。そのうち、私とも一緒に語り合いましょう」
ふみかちゃんは淡々としているが、一番熱い魂の持ち主のようにも思える。
「わたしの方は絵本ね。可愛いらしい絵ね」
しおりちゃんのプレゼントを当てたさやさんがニッコリ微笑む。
「ペネロペってあるけど…………この子はクマさんかしら?」
クマさんと聞いてボクは「お!」と思う。見れば表紙にはそれっぽいものが描かれている。
「それはクマさんじゃなくて、コアラの女の子なんですよ」
しおりちゃんが訂正をいれた。
「コアラだったんだ。言われても見ると確かにコアラにもみえるけど、パッとみた感じだとすぐにはわからないわね」
横から覗き込んだまりあちゃんがそんな感想をもらす。ボクもそれには同感だ。
「ちなみにその本、クリスマスが題材の仕掛け絵本になっているんです」
「あ。本当。面白いわね」
本を開いたさやさんが楽しそうにページをめくっていく。他の子もそれを眺めて感心している。
ボクが言うのも何だけど、みんな揃って子供っぽいな。いや、悪い意味じゃないんだけどね。
微笑ましいよ。夢いっぱいじゃないか。
ああいう人たちの側にいられるからこそ、ボクも幸せ者だと思うし。
夢の無い人にもらわれていくテディ・ベアなんて哀れな存在だからね。
…………おっと。ボクとしたことが、なに難しいことを考えているんだか。
プレゼントの見せ合いはまだ続いていく。今度はふみかちゃんがまりあちゃんに貰った物を見せる。
「これはティーカップですね。それもウェッジウッドのプシュケですね」
「すごい! さすがにふみかさんは詳しいですね。ウエッジウッドまではすぐにわかるにしても、ひと目でプシュケって見抜いてしまうなんて」
「そんなに難しいものじゃないですよ。プシュケのシリーズは絵柄に
Love Knot……つまりは愛の絆が描かれていますから。それにこの箱の絵柄も」「プシュケのシリーズはギリシャ神話のキューピッドとプシュケの結婚がモチーフになっているのよね」
さやさんも知識を披露する。
「でも、まりあさん。これ高かったでしょうに?」
「多少は。ただ買い終えたから気づいたんですよ。もしかして自分だけ張り切りすぎたものを買ってしまったかなって。でも、お小遣いに余裕はありましたし、無理して購入したとかじゃないんで」
「まりあさんがそう仰るなら有り難く頂いておきます。大事に使わせてもらいますよ」
「はい。お願いしますね」
まりあちゃんは笑顔でそう言った。そして、最後に自分に当たったプレゼントを開封する。
「あれ? これもウェッジウッドの箱」
「うん。まりあちゃんが送ったものほどではないけれど、それと対を成すようなものかしら。自分でもちょっと驚いちゃったわ」
箱から中身を取り出すと、キューピッド柄の水色の缶が出てきた。
「アールグレイ……ブルー?」
缶に書かれた文字を読むまりあちゃん。
アールグレイということは察するに紅茶のことなのだろうか。よく彼女たちが話している中に登場する。
ふみかちゃんは隣で感心顔。
「これはまたお洒落なものを」
「一体どんなものなんですか?」
しおりちゃんが興味を持って訊ねた。
「そのアールグレイには矢車草の青い花びらが散りばめられているんです。それは幸せを運ぶ色なんですよ」
「へえ、それは素敵ですね」
しおりちゃんが感心する。
「こういう日の贈り物にはピッタリかなって思って」
「さやさん。私、これ大事に飲みます。っていうか、後で皆で飲みましょう」
缶を大事そうに抱きしめてまりあちゃんが言う。幸せそうな表情だ。
「じゃあ、まりあちゃんが淹れて頂戴ね」
「え? いや、それはちょっと。できればさやさんにお願いしたいです。私が扱うには分不相応っていうか」
「そんなことないわよ。紅茶は気楽に淹れて楽しめばいいだから」
「それはまあわかっているつもりなんですが…………じゃあ、一緒に教えながら淹れてもらえますか?」
「うふふ。いいわよ」
楽しそうなやりとりが繰り広げられる。何だかほっとする光景だね。ボクも直接参加できないまでも、この空気は大好きだ。
でも、そんな時だ。
「そういえばフリッツくんにもプレゼントがあるんです」
まりあちゃんがボクの名前を口に出した。
うん? なんだろう。ボクにプレゼントだなんて。
まりあちゃんはボクに近づいてくると紙袋から何かを取り出した。
それは真っ赤な帽子とマフラーだ。それをボクにかぶせてくれる。
「うん。サイズもぴったりですね」
満足気に頷くまりあちゃん。
「サンタさんの帽子にトナカイさんのマフラーなのね。似合っているわ」
「とっても可愛いです。写真におさめてもいいですか?」
さやさん、しおりちゃんが口々に言う。そしてふみかちゃんも、
「フリッツ先輩。モテモテですね。女殺しの可愛さとはまさにこのことです」
などと呟く。
そっか。そんなに似合っているのか。嬉しいなあ。
でも、たしかに嫌な気はしない。皆がボクを褒めてくれる。ボクの姿を見て嬉しそうに喜んでくれる。
これってテディ・ベア冥利に尽きるよね。
それにしても、まりあちゃん。みんな。ありがとう。
ボクはこのお店のテディ・ベアであることを幸せに思うよ。
ボクにできることなんてたかだかしれているけど、これからもボクは皆のことを見守っていくよ。
だから来年もよろしくね!