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[Magical Essence 番外編3]

 それぞれの風景

 

 

 

〜マコトくんの場合〜

 

 まだ屋敷の人間が眠りについとる時間。ワシは誰よりも先に目を覚ます。

 冬の季節やから辺りはまだ暗いけど、早朝と呼べる時間ではある。ちなみにワシがこんな時に目覚めたんも偶然やない。最近はいつもこれくらいに起きとる。

 そう。ワシは早起きさんなんや。むっちゃ健康。

 いつまでもダラダラと寝とるようなこの屋敷のクソガキ(宗太郎)とは違う。

 …………ま、そんなんはどうでもエエねんけどな。ワシからすればあんなクソガキはアウトオブ眼中や。

 そないなことよりも、ワシは朝の日課をこなすことにする。

 その日課とは、平たくいえば屋敷の掃除や。

 ワシは精霊やけど、今は掃除用具のホウキに宿っとるからな。この姿を活かした働きをしようっちゅうことや。

 ちなみに誰かに強要されてやらされとる訳やない。ワシ自身が自発的にやっとることやからのぉ。

 なんて偉いねん、ワシ……みたいな、そんな自賛をする気はあらへん。すべては己を鍛えるためのモンと考えとるしな。

 真の漢(オトコ)っちゅうもんは、常に鍛錬を怠ったらアカンのや。鍛えに鍛え抜いてこそ、漢(オトコ)は磨き抜かれるんじゃ。そうすれば見てくれでこそホウキのワシも、鋼にも勝るとも劣らん強度を持てる。

 相方のボケ妖精ティルからすれば「鋼に勝るなんて無理だぞ〜」とか突っ込んできよるかもしれんが、常識の限界を超えてこそ漢(オトコ)として一皮むけるっちゅうもんや。

 要は気合いや。成せばなる。なんもせんまえにやめてしまうのは負け犬や。

 ちゅう訳でワシはまだ寝とる鈴音とかを起こさんよう部屋から出る。見かけでこそホウキやけど、ワシも力のある精霊やさかい一人で動くくらい朝飯まえや。部屋の扉かて念じれば開けられる。ま、これは魔法に通じる力みたいなもんやけどな。

 部屋を出て廊下に踏み出すと、寒さが際立つ。

 実を言うと、寒いんはあんま得意とちゃう。それでも苦手な環境の中で頑張ろうというワシ。

 こればかりは自分でいうのもなんやけど、カッコええと思うねん。

「よっしゃぁっ! 今朝も一発、綺麗に掃除したるでぇ」

 声を出すことによって気合を注入。まずは目の前の廊下からや! ワシは絨毯の敷かれた上を掃いてゆく。

 ホレ、サッサッサ〜のサ〜。

 うむ! 絶好調や。この優雅にして華麗な動き。一切の無駄もあらへん。

 隅から隅までサッサッサ〜のサ〜。

 廊下の次は階段じゃい。どりゃぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。

 更にお次は一階へと突入。ずばばばば〜〜〜〜〜〜〜〜ん。

 そして、居間への侵入を果たした時点でワシは動きをピタリと止めた。その部屋の端には“やつ”がいたから。

「なんじゃい、おまえ。今日はこんなところにおるんかい。普段は倉庫で寝かされとることが多いやろうに」

 ワシは目の前にいる“やつ”に話しかけてみた。けれど、返事はかえってこうへん。

 相変わらず、普段は無口な奴だ。何もしとらん時は一見おとなしそうな奴にみえるのに。

 しかし、こいつは働かされる時、ヴィィ〜〜〜〜ン!!!!!!って激しく怒りよるんや。ものすごい唸り声で。

 そんな“やつ”の名前はソージキ。なんでも掃除をするための道具とのことやけど、あの狂ったような唸りはただモンやあらへん。鈴音たちは違うっていうけど、こいつにも精霊が宿っとるんとちゃうんかい?って思う。

 なんにしても、いけすかん奴ではある。怒り狂いながら働く姿は文句タラタラに見えて男らしゅうない。そのくせ、何故か鈴音に頼られとるのが益々もって気にくわん。

 ワシがいくら掃除しても、いつも鈴音はこいつを使って掃除しなおしよるからな。

 悔しいが、いまのところ掃除の技術ではワシの方が負けとるっちゅうことなんやろう。

 けどな、このまま黙って引き下がる気はないで。ワシが自分を鍛えている理由のひとつには、“打倒! ソージキ”っちゅう意味もあるんやからのぉ。

「取り敢えずソージキよ。おまえに改めて言っといたる。おまえはワシのライバルなんじゃ。今日こそはその長い鼻っ柱をヘシおったるさかい、覚悟しとれや」

 堂々たるライバル宣言。それでもむこうは何も返してこん。

 うが〜〜〜〜。あの余裕ぶった態度も気にいらん。クールに受け流しとるつもりなんか?

 でもなぁ、男は熱いハートを持ってこそ漢(オトコ)なんやぞ。

 ま、余裕こいとれるのも今のうちや。ライバルのおまえとこんな朝から遭遇したことで、ワシの魂に更に燃え上がったで。

 続きの掃除も完璧にこなして、今日こそはおまえの出番をなくしたる。

 ワシは気合を入れなおし、再び掃除に戻ることにした。

 

 

〜水沢芳美の場合〜

 

 日曜日の朝。あたしは学校に行くよりも早い時間に起きた。

 本当ならばもう少しゆっくり寝ていても良い日だけど、今日は特別な日だから目覚めも早い。

 カーテンの隙間からは優しい日差しが差し込んでいて、外が良い天気であることをうかがわせる。

 よかった。天気予報通りだわ。もし雨なんて降っていようものなら、あたしはありとあらゆる神様を呪うことだろう。でも、ちゃんと晴れているので神様に感謝。特に“恋の神様”なんていうのがいたら、一番に感謝したいところ。

 なんといっても今日は特別な日。

 そう。今日はなんと宗太郎くんとデートをする日だから♪

 しかも誘ってきたのは彼の方から。いつも素っ気ない宗太郎くんから誘ってくれるなんて、これはポイント高いわよね。

 更にそのデート内容も、あたしの誕生日が近いからプレゼントを買ってくれるというのだから素晴らしい。ま、宗太郎くんってば律儀だから、以前あたしから彼にあげた誕生日プレゼントのお返しという意味もあるんだろうけど。

 それでも! 彼と一緒にショッピングなんて、これをデートと言わずしてなんといおう。

 このチャンスをきっかけとして、親密度も一気にアップ。それこそ今日のデートの終わりには思わず結婚を申し込みたくなるような展開まで持っていきたいところね!

 宗太郎くんが望むならホテルで既成事実だって…………げふんげふん。

 小学生がなんて想像してるのよ?って思われそうだけど、名門水沢家の娘としては今から将来のことも視野にいれておく必要があるのよ。当家の家訓には「後悔せぬよう先まわり」っていうのもあるくらいだしね。

 他にも「仕掛けるなら手段は選ばず」、「悔いるのは死んだときだけ」なんていうのもある。勇ましすぎて惚れ惚れする家訓だわ。

 おっと、今は家訓がどうのとか言ってる場合じゃない。早起きしたんだし、デートのために入念な準備をしないとね。

 まずはシャワーでも浴びようかしら。“いざというとき”の為にも、身体はしっかりと磨いておかなきゃいけないもの。

 そうときまれば行動開始。バスタオルなどを用意し、あたしは一糸まとわぬ姿でバスルームに入った。そして、少し熱めのお湯を頭から浴びる。

 はぁぁ〜ん。落ち着くなぁ。それに目もどんどんと覚めていく感じ。

 まずは頭をシャンプーし、それからボディーソープで身体も洗う。

 自分で言うのも何だけど綺麗な体型をしていると思う。ただ、胸はもうすこし欲しい所だけど。

「…………宗太郎くん、大きい方が好きなのかしら」

 膨らみかけの胸をおさえながらボソリとつぶやく。彼の好みが気になるところだ。

「もし大きい方がいいとか言われたらヤダなあ」

 とても気になると同時に、イヤな奴のことも思い出す。

 それは、生意気にも宗太郎くんの家でメイドとして居座っている鈴音とかいう女のこと。

 貧乏人(あたしの勝手な想像だけど)で且つ暴力的(これは事実だと思うわ)な、レディの風上にもおけぬ奴。更に言えば、普段はとても良い人ぶって周囲に媚びている所が大っ嫌い。

 …………おほん。

 ちょっと言いすぎたかしら。“少し”偏見が混じっていたかもね。

 でもでも。そういう部分を抜きにしてもムカつく部分がある。

 悔しいけどスタイルはいいのよね、あいつ。胸だって目立つくらい大きいくせに、全体としてのバランスは取れているし。

 あんなのが宗太郎くんと二人きりで暮らしているんだから、あたしは気が気じゃないわ。

 いつ彼が、あの貧乏暴力メイドの淫らな誘惑に負けるとも限らない訳だから。

 それに最近の宗太郎くんは、あの鈴音に対してもどこか優しい気がする。一時期はものすごく嫌っていたらしいのにね。

 でも、それってもう誘惑されたってこと?

 ……………………

 …………ぐわぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜。

 そんなのダメっ。絶対ダメ。あたしは認めない。許さない!

「信じるのよ、芳美。大丈夫。宗太郎くんに限ってそんなことある訳ないって」

 声に出して自分に言い聞かせる。

 けれど、それは虚しい行動にすぎなかった。いくら自分を言い聞かせようとも、どことなく不安があるのは否めない。

 それは女としての勘。

 もし、宗太郎くんがあのメイドのことを好きになってたらどうしよう。

 そんなの嫌だ。

 そんなことになってしまったらあたしは…………

「…………負けるもんですかっ!」

 そうよ。不安なんかに押しつぶされるなんてあたしらしくもない。

 もうこんな気持ちにならない為にも、今日のデートでバッチリとキメてやるわ。

 あたしが何より欲しいものは、どんなプレゼントよりも宗太郎くん自身なんだから! 二人で既成事実を作って、もう後戻りできない大人の世界に突入するのよ!

 そうだ! シャワーを浴び終わったら、勝負下着も用意しなおさないとね。

 情熱を表すような赤にするか、アダルトな黒にするか。どっちの色も普段はつけたことはないけれど、いつ“最終決戦”が来てもいいようにと買い揃えてはあるんだから。

 でも、そんな感じで盛り上がるあたしに、水を差すような呼び声が外側より響いた。

「お嬢さま。芳美お嬢さま〜」

 それはウチで雇っている使用人の声だった。声で呼びかけるだけでなく、ドンドンドンっと扉まで叩いている。

 まったくうるさいわね。一体、なんだって言うのよ。

 あたしは軽く舌打ちするが、次の瞬間、自分の耳を疑うような言葉が入ってくる。

「日曜だからっていつまで寝ているつもりですか。もうお昼もすぎているんですから、早く起きてください」

 はっ? お昼を過ぎてる。何を言ってるのよ、あの使用人。

 あたしは学校に行くよりも早く起きているというのに。まだ早朝よ。

 ついでを言えば、ここはバスルーム。そんな所で寝ている訳ないでしょうが。

「体調でも崩しておられるのですか?」

 心配そうに気遣う声。

 そんな訳ない。あたしはすこぶる元気よ。

 で、そのことだけでも伝えるべく声をあげようとしたら、パッと目が覚めた。

 ………………え。ちょっと待った。目が覚めたって何?

 熱いお湯のシャワーは? 勝負下着は?

 でも、目に飛び込んできた景色は自分の部屋の天井。あたしは仰向けになってベッドの上で寝ている。

 ひょっとして、今までのことは全部夢? 宗太郎くんからデートに誘われたと思っていたことも、あたしの勝手な想像?

 現実を把握していくに従って、デートに誘われた事実がないことも思い出す。

 あたしは一気に力が抜けていくのを実感した。部屋の外からは相変わらず使用人の声が空しく響く。

 天国から地獄へ叩き落された気分。

「ねえ、いまは何時なの?」

 自分で時計を確認する気力もないあたしは、外にいる使用人に訊ねた。

13時を過ぎたところです」

 なるほど。そんな時間なのね。夕方だったらどうしようかと思ったけれど、まだその時間なら…………

 あたしはある覚悟を決めてベッドから跳ね起きた。そして、部屋の扉をあけると使用人にこう言い放った。

「今から栗林家に遊びに行くわ。黒部に車の用意をさせて頂戴。あと軽い食事を車の中で摂るから、サンドイッチも大至急で作って」

 そうよ。宗太郎くんが誘ってくれないならこっちから誘うのみ。

 あんな悶々とした夢をみて、このまま黙って引き下がれるものですか。地獄に叩き落とされたってそこから這い上がるのが、あたしという女よ。

 そして、それこそが愛の試練っ!

 行動なさずして、何かを得ようなんて甘かったのよ。

 さあ、今の時間なら間に合うと信じて、これからでも宗太郎くんを拉致しにいくわよ。

 頑張りなさいっ、あたし!

 

 

〜栗林宗太郎の場合〜

 

 日曜日。今日、俺はひとつの行動を起こすべく少し早起きした。

 ま、それでも昼前なんだが、これでも普段の休みの日よりは一時間早い目覚めだ。

 俺はとっとと着替えだけ済ませて、冬の冷たい水で顔などを洗う。キリリとすっきりしておくことから、今日起こす行動の第一歩がはじまっているともいえるから。

 さすがに昼前の時間だけあって鈴音も既に起きていた。あいつはメイドだから、朝から色々な仕事をこなしているといった所だ。

 既に洗濯物などを干し終え、いまは掃除機を手に屋敷を掃除してまわっている。

 とりあえず俺は彼女のいる場所へと向かう。途中の廊下でホウキに宿った精霊のマコトとすれ違うが、「また敗北してもうた」などという訳のわからない台詞をどんよりとした調子で呟いている。

 一体、何に敗北したんだ?とも思うが、今はこんな奴の相手をしている場合でもなかった。今日の俺はそこまで暇じゃない。

 俺は鈴音が掃除している場所までくると、仕事が一段落したあたりを見計らって話しかける。

「おはよう。鈴音」

 まずは無難に挨拶からだ。すると彼女からも。

「あ、おはようございます。宗太郎さま。今日はいつもより少し早いのですね」

 そう言ってにっこりと微笑まれる。

 最近は、その癒されるような愛らしい笑みをむけられるだけで胸の鼓動が高鳴ってしまう。でも、それを悟られないように俺も平静を装って受け答えをする。

「今日はちょっとある用事を考えていてな。それでいつもより早く起きた」

「どこかにおでかけでもなさるのですか?」

「そのつもりなんだけど、鈴音も俺と一緒にどうだ」

 何気ない調子でさらりと言ってみる。

 そう。俺の今日の行動目的は、鈴音を誘って二人きりでどこかに行こうというものだった。つまりはなんだ……こいつとデートしたいってことだ。

 でも、いきなりデートなんて言葉をつかうと敬遠されそうだったので、遠まわしにさらりと言ってみた感じなんだが…………

「私なんかがいてはお邪魔になるのでは?」

「そんなことはない。他に誰かいる訳じゃないし、俺ひとりだから」

 遠まわしにやったのは失敗だったろうか。俺自身、こういうスタイルは性にあわない分やりにくい。

「では、どこにいかれるのでしょうか?」

「えっと…………それはだな」

 映画、食事、静かな公園とか言ったら、やっぱりデートじゃないかと思われるだろうか。

 いや、俺としてはデートのつもりなんだが、断られたら元も子もない訳だから、まずはどんな理由をつけても連れ出すのが肝心。

「買い物だ。欲しいものがあるんだ」

「それじゃあ荷物持ちということですね」

 色気のない鈴音の受け答え。こいつは大真面目なつもりなんだろうが、俺の想いとは大きく食い違っている。

「ち、違う。違う。違う。荷物持ちとかじゃないんだ」

「だったら私が一緒にいかなくても。まだ屋敷でのお仕事も残っていますし」

 控えめに言う鈴音。まずいな、このままだと連れ出せなくなる。なんとかしないと!

「いや、できれば一緒に来てくれたほうが嬉しい……というか助かる。その、ほら、ええと、プレゼントを選びたいんだ」

「プレゼント?」

「そうなんだ。水沢の誕生日も近いし。俺はこの前の誕生日にあいつから貰ったから、こっちも一応は何か返しといたほうがいいだろ。でも、俺は何を送ればいいかわかんないから鈴音に見立ててもらおうかなと」

 とにかく一気に適当な理由をまくしたてる。

「そういう理由でしたら、同行しない訳にもまいりませんね。私なんかでお役に立てるかはわかりませんが」

「来てくれるだけで充分だ」

「うふふ。わかりました。でも、宗太郎さまは本当にお優しいですね。お返しとはいえ、ちゃんと芳美ちゃんの誕生日のことを考えていたのですから。彼女もとても喜んでくれますよ」

 微笑ましげにそう述べる鈴音。

 その時になって俺は「しまった!」と後悔する。

 ようやく意中の彼女を誘い出せたというのに、そのデートの中で他の女へのプレゼントを探すなんてバカすぎるぞ。

 これじゃあ、荷物持ちとかのほうが良かったんじゃないのか?

「変な誤解はするなよ! あくまでも義理なんだからな」

 とにかくそれだけは強調しておく。

「はいはい。わかりましたから」

 にこやかにそう返されるが、本当にわかっているのか?と言いたくなる。

 でも、鈴音だって知っているんだ。俺が鈴音のことを好きだっていうのは。何度もはっきり告白はしたんだからな。

 けれど、彼女はまだそれをどう受け入れていいのか迷っている。

 無理もない。鈴音は俺より四歳年上。おまけに俺はもうすぐ卒業とはいえ小学校六年生。

 大人同士ならこれくらいの年の差はささいな事かもしれないが、自分たちの年頃では案外大きな問題だ。

 鈴音からすれば、俺は明らかに子供なんだから。

 もどかしいな。今まではこんなことで悩んだこともないのに。俺は欲しいものは遠慮なくはっきりいう性格だし、それで特に手に入らなかったものはない。

 でも、人の気持ちは物のように簡単に手に入るものじゃないからな。それがわかってしまった今だからこそ、俺はかえって遠まわしで不器用になってしまう。強引すぎても大事なものを失うかもしれないのだから。

 なんにせよ、俺の鈴音への想いは前途多難ではあった。

 

 

〜羽月鈴音の場合〜

 

 お昼を過ぎた頃、私は宗太郎さまと共に出かけることになった。何でも芳美ちゃんへの誕生日プレゼントを一緒に見繕って欲しいということで。

 そんな訳で私たちは、電車で三十分ほどの距離にある繁華街までやってきた。

 今日は日曜日ということもあって、沢山の人の姿が目につく。

「人がいっぱいで賑やかですねぇ」

 久しぶりの繁華街に少し気持ちが浮かれる。よくよく考えてもみたら、リートプレアから戻ってきて以来、こういう場所に出かけることもなかったのだから。

「きょろきょろしすぎて迷子になるなよ」

「あ、はい。気をつけます」

 年下の宗太郎さまに心配されるのもどうかと思うけど、この街に慣れていないのも確かなので素直に頷いてはおく。

「なんだったら、手を繋いでやってもいいぞ」

 そう言って、そっと手を差し出してくる彼。そんな風にされては手を掴むしかない。

 私は宗太郎さまと手を繋いだ。少しだけ気恥ずかしい気分。

 相手は自分より年下の男の子だけど、私に特別な感情を持っているのは知っているので、そのことを意識してしまう。彼も同じ気持ちなのか、ほんの少し顔が赤いように思えた。

「とりあえずどういう店にいきましょう? こういうものを贈りたいとかいうのがあれば良いのですが」

 気まずさを隠すことも含め、これからの行き先について訊ねてみる。

「そういうのは全然…………いや、あんまり考えてなかったな。どうせ義理で返すようなものなんだし適当でいいだろうし。ジュースの詰め合わせセットにでもしとくか」

「お歳暮とかじゃあるまいし、それはちょっとどうかと」

「じゃあスナック菓子の詰め合わせで」

「そんなのわざわざここに来なくても買えるじゃないですか。それに私が見立てる程のものでもないでしょうし」

 さすがに苦笑しかでない。これは私もしっかり考えてあげないと、本当に何を贈るかわかったものじゃない。

「宗太郎さまは誕生日のとき、芳美ちゃんにどんなものを貰ったのですか?」

「小屋の形をした目覚まし時計だった」

「へえ。それは実用的で且つ、洒落ていますね」

 寝起きの悪い宗太郎さまにはピッタリ、なんて思ったら少し悪いかな。

「でも、さすがに使ってないけどな。趣味悪くて」

「そうなんですか? 形だってそんなに悪くなさそうに思えますが」

「形はともかくとして問題は機能だ。喋る目覚まし時計で、あいつの声が入っているんだ」

 げんなりとした様子で呟く宗太郎さま。

「それってつまり、芳美ちゃんの声で起こしてくれるというものですか?」

「ああ。しかも、ロクでもないメッセージが延々と。あんな恥ずかしいもの使えるかよ」

 あはは。なんだか芳美ちゃんらしいなと納得。メッセージの内容もなんとなくだけど想像がつくし。

 きっと彼女からの熱烈なラブコールなんでしょうね。

「それじゃあ、その目覚まし時計と似たような値段のものを探すのがいいかもしれませんね」

 目覚ましのメッセージ内容に触れるのも可哀想なので話題を本筋に戻す。

「宗太郎さまは予算どれくらいで?」

「三千円くらいかな」

 ふむふむ。妥当な予算。むしろ小学生としては気前が良いほど。

「だったら可愛いぬいぐるみなんていかがでしょうか」

「悪くないとは思うけど、男の俺が物色するには少し恥ずかしいぞ」

「大丈夫ですよ。そんなの気にしなくても。その為に私も一緒にいるんですから。それに……」

 私は自分の髪をまとめている淡いピンクのリボンをチョンチョンと指差した。

「このリボンだって宗太郎さまが選んでプレゼントしてくれたものなんだし、今さら女の子へのプレゼント選びが恥ずかしいなんてこともないのでは?」

「そ、それは大好きなおまえのために勇気を振り絞ってだな……」

 その言葉の後、お互いの顔が一気に真っ赤になる。

 ちょっと墓穴だったかも。

「まあ、それはそれとして……ぬいぐるみにでもしておくか」

 先に宗太郎さまが取り繕ってくださったので、私も頷いておく。

 その後は二人でいくつかの店をまわって、芳美ちゃんに似合いそうなぬいぐるみを探し歩いた。宗太郎さまからすれば、最初に立ち寄った店で適当に決めてしまいたかったようだけど、私の方がこだわってしまい彼をひっぱりまわす形になっていた。

「どれも可愛くて迷ってしまいますね〜」

 今もとある店でウサギのぬいぐるみを手にしながら、その手触りなどを楽しむ。

 私の方が夢中になっているのは言うまでもない。

「俺は何だっていいと思うけどな」

「そんな寂しい選び方をしたんじゃ、芳美ちゃんが可哀想ですよ。ちゃんと彼女に似合いそうなイメージも考えてあげないと」

「そういわれてもなぁ」

「何かありませんか。芳美ちゃんを動物に例えたりなんかして」

「カマキリ」

 即答。しかも、あまりな例えだった。それにそれは動物というより虫。

 宗太郎さまの中における芳美ちゃんのイメージって一体。

「もうちょっとまともな感じのものはありませんか?」

「んじゃあ、犬だな。その中でもドーベルマン」

「はぁ……」

 犬はいいとしても、ドーベルマンって例えられる女の子も哀れな気がする。たしかに芳美ちゃんは、食らいついたら離さないみたいなイメージはあるけど。

「さすがにドーベルマンのぬいぐるみはないようなので、普通に小犬のぬいぐるみにしておきましょうか」

 結局、無難なところで手を打ってしまう。これ以上、彼のイメージを聞くのも怖い気がしたので。

 こうして、会計を済ませて店を出た後は、日も暮れて結構いい時間になっていた。

「目的も達成しましたし、そろそろ帰りましょうか」

 私がそう言うと、宗太郎さまはどこか名残おさそうな様子で立ち止まる。

「どうかなさいましたか?」

「あのさ、鈴音は何か欲しいものはないか」

「特に必要なものはなかったように思えますよ。洗剤とかは昨日の買い物で買っておきましたし」

「いや、そういうのじゃなくて個人的なものでだ。その……今日付き合ってくれたお礼に、俺から何か買ってやってもいいんだぞ」

 彼の顔が少し赤い。

 そこには、私への想いが見て取れる。好いている相手に何かプレゼントをしたいという気持ちのあらわれが。

「そんなに気を遣わなくてもいいですよ。お金は大事にしてください」

 はぐらかすようでちょっと罪悪感があるけれど、何気ない調子を装って無難に遠慮しておく。

 宗太郎さまの想いに対して、未だどう応えてよいのかわからない以上、こちらも慎重にならなければいけない。主従関係とはいえ、相手は小学生の男の子。こちらから恋愛感情を持つのは正直言って難しいもの。

 それに彼には、これから先にも様々な出会いがあるかもしれないのだ。その中で、私以上に大切な相手と巡りあえるかもしれない訳だし。

「鈴音。本当に何でもいいんだぞ。おまえさえよければ婚約指輪とか!」

 私への想いでいっぱいいっぱいの彼は、たまにこのような突飛な発想をしだす。

 大体、婚約指輪って。そんなところまで視野にいれてるところが性急に思えてならない。

「あ、あの〜。もう少し落ち着いてください」

「…………ごめん。また俺、勝手なこと言ってるよな」

 我にかえった彼は寂しげに顔をうつむける。

 そんな表情をされると心苦しかった。宗太郎さまが私へと向ける気持ちも真剣なものとわかっているだけに。

 私はそっと彼の頭を撫でてあげた。

「鈴音?」

「私の方こそごめんなさい。宗太郎さまの気持ちは嬉しいのですが、今はまだどう応えていいのかわからないんです」

「謝るなよ。俺だってそれくらいわかっているつもりだ」

「でも……私がそんな有様だから、宗太郎さまの気持ちを悶々とさせているように思えて」

 彼はしばらくの間、何も答えなかった。

 それから二分ほど互いに沈黙が続く。

「なあ、鈴音」

 次に言葉をきりだしたのは彼の方からだった。

「なんでしょうか」

「いますぐ俺の気持ちに応えて欲しいなんてわがままは、なるべく言わないようにする。でも、これから数年後も俺がおまえのことを想っていられるようなら、もう少し俺の気持ちを真剣に受け止めてくれ。そう約束してくれるなら俺は大丈夫だ」

 そう言った彼の表情は、年下の男の子とは思えないほどしっかりとしたものだった。なので私もその雰囲気に呑まれ、素直に頷いてしまう。

「善処します」

「ありがとう。今日はその言葉が聞けただけでも収穫と思っておく」

 彼はそれで納得してくれたのか、穏やかに微笑む。

 私の返した言葉は簡単で何気ないものだけど、まじめに相手の想いに向き合って、一言だけでも返してあげれたら、その人は何らかの安心を得れるものなんだね。私は今、そのことを知った気がする。

「そうだ、鈴音。どこかで夕飯くらいはたべていかないか。それくらいのお礼は構わないだろう?」

「そうですね……では、その言葉にだけ甘えさせていただきます」

 これ以上、彼の提案を無碍にするのも何なので素直にうなずいておく。それに、今から帰って夕飯の準備をしたのでは、かなり遅くなってしまいそうなのはあるしね。

 また、そういう理由をさしおいても、食事くらいは一緒に付き合ってあげるべきかなと思った。

 もしかするとだけど、今日の彼の本当の目的は、私と一緒にどこかへ出かけたかっただけなんじゃないかなと感じたから。

 芳美ちゃんのプレゼントを見立てて欲しいというのも、私を連れ出すための口実。

 そうだとすると、多少はその気持ちも汲んであげないといけませんね。

 けれど、そう思った次の瞬間。

「あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!

 突拍子もない叫び声が近くより聞こえた。周りにいる人々は何事?とばかりに、その声の方をむく。

 そして、宗太郎さまがポツリと呟いた。

「げっ、カマキリ」

 えっ? えっ? カマキリ? ということは、つまり。

 今の声といい、私にもピンとくるものがあったので宗太郎さまの視線の先を追う。

 するとそこには案の定、その子…………水沢芳美ちゃんがいた。そして今、彼女はものすごい勢いでこっちに向かってくる。その勢いは赤い布を前にした猛牛か、猪のよう。

「ちょっと。どういうことなのよ、宗太郎くん?!

 芳美ちゃんは目も前にやってくるなり、開口一番そう告げた。表情は怒りと戸惑いが入り混じった感じ。

「どういうことって言われても」

 彼女の勢いに圧倒されて、宗太郎さまもしどろもどろ。

「なんでっ? なんでこいつと一緒にこんなところにいるのよぉ! しかも二人っきりだなんてぇぇ〜!!

 “こいつ”というのは勿論、私のこと。

「…………俺たちは買い物にきただけだ。それに俺が誰といようがおまえには関係ないだろ」

「関係大ありよ。だって、こいつは宗太郎くんをたぶらかそうとする魔性の女なのよ。未来の妻のあたしとしては、宗太郎くんをこんな女と一緒にしておけないわ」

「勝手なこと言うな! 大体、俺はおまえを妻にする気なんてないぞ」

「き〜〜〜〜っ。なによ、なによ。浮気だわ。裏切りだわ。背信行為だわ〜」

 半泣き状態で地団駄を踏む芳美ちゃん。周囲を歩いていた人たちも、この珍しい子供の痴話喧嘩に注目しだす。

 これはちょっとマズイ状態かも。騒ぎの渦中にいる私も居心地悪すぎ。しかも、芳美ちゃんの言葉のせいで私は魔性の女にされてるし…………

 その時、周囲の人をかきわけて、もうひとりこちらにやって来る。

「お嬢さま。このような場所での騒ぎはお控えください」

 その声は芳美ちゃんのボディーガード、黒部さんのものだった。その彼は、腕や手に沢山の荷物を抱えてヨタヨタの状態。

「おまえは黙ってなさい。これはあたしの女としての問題にかかわることよ!」

「しかし…………」

 体型もがっちりして、こわもてなサングラスをかけている黒部さんではあるが、こうやって年下の女の子に言い負かされている姿は少し哀れ。私もそうだけど、お互い気の強い主を持つと苦労がありますよね。

 何だかしみじみと感じてしまう。

 でも、いまはそんな呑気なことを思っている場合じゃない。なんとかして芳美ちゃんのヒステリーをとめてあげないと。

「あの〜、芳美ちゃんに少し聞いて欲しいことがあるのですが」

 おそるおそる声をかけると、ものすごい形相で睨み返された。

「何よ、宣戦布告でもしようっての?」

「そうじゃなくて、宗太郎さまが今日こちらにきたのは芳美ちゃんの為なんですよ! なんでも芳美ちゃんの誕生日のプレゼントを買いたいとかいうことで、私にも一緒にプレゼントを見立てて欲しいと言われまして」

 相手に気圧されないよう、一気にまくしたてる。それに嘘でもないんだから堂々と言う。

 するとどうであろう。彼女の表情がみるみるうちに緩んだものになっていく。

「どうでしょう。もうバレてしまった訳だし、一足先にプレゼントだけ渡してあげましょうか?」

 駄目押しとばかりに、宗太郎さまにもそう促す。

「……仕方ない。そうするか」

 余計な意地を張らなかったので少しホッとする。そして彼は、荷物からプレゼントを取り出すと、ぶっきらぼうにそれを芳美ちゃんに手渡す。

「ほれ、一足早いけど誕生日おめでとうってことで。中身は犬のぬいぐるみだ。気に入るかわかんないがな」

「ううううう。ありがとう、宗太郎くん。大事にするね! それと、あなたの愛を疑ったあたしを許して頂戴。さっきまでの宗太郎くんの態度も照れ隠しなんだよね!」

「それはち……うぐぉっ」

 違う、と続けようとした宗太郎さまの口を慌てて塞ぐ。

「ちょっと、いきなり彼に何するのよ。貧乏暴力メイド!」

「あっ、いえ、その。宗太郎さまがくしゃみしそうだったので…………」

 我ながら苦しい言い訳だった。芳美ちゃんには怪訝そうな顔をされる。

 でも、そこに宗太郎さまが助け舟をだしてくださる。

「と、とりあえずそんな細かいことはもういいだろ。それより水沢、おまえも今日は買い物だったのか?」

 意中の彼にそう振られたのでは彼女もそちらに反応するしかない。うまいやりかただった。

「………うん、そんなところ。ちょっとしたやけ買い」

 確かに黒部さんの持つ荷物の量をみていると、相当なものであったのは想像がつく。

「なんか嫌なことでもあったのか?」

「本当は今日、宗太郎くんを誘って既成事……じゃない、どこかに遊びにいこうかなって思ってたの。でも、屋敷におしかけたら誰もいなくて。それで寂しくてこんなところにきちゃったのよ」

「そいつは悪かったな」

「でも、もういいの。こうやって宗太郎くんにも会えたし、誕生日のこと覚えてくれていた上にプレゼントも貰えたんだもの。今日は良い一日だったかも」

 そう言って微笑む芳美ちゃんは、年相応の素直さがあってちょっと可愛く思えた。

 その時だ。宗太郎さまが意外な提案をしたのは。

「俺たち今から夕飯を食べて帰るんだが、時間があったら水沢たちも一緒にどうだ?」

 これには私も少し驚いた。失礼だけど芳美ちゃんを相手に、彼からそんな気の利いた誘いをするなんて思わなかっただけに。

「いいの?」

「ま、ここで会ってしまったのも何かの縁だろうしな。もっとも、さっきみたいな騒ぎをおこしたりするのは勘弁してくれよ」

「大丈夫。騒がないよ。誤解は解けたんだもの! 約束するわ」

「よし、それじゃあ決まりだな。鈴音もそれでいいだろ?」

「勿論です」

 私も微笑みながら頷いた。そして、彼の耳元でそっとこれだけ囁く。

「見直しました。こういう宗太郎さまの優しいところ、私は好きですよ」

「俺は水沢より大人なつもりだからな」

 照れたような彼の顔。

 芳美ちゃんはそんな私たちの様子をみて、「顔見つめ合わせて、何をコソコソ話してるのよ〜!」なんて再び騒ぎかけていたけれど、宗太郎さまに「さっきの約束は?」と問われると慌てたように押し黙る。

 もっとも芳美ちゃんは、この後も何度か同じようなことを繰り返すけれど、大きな騒ぎに発展することはなかった。

 こうして私たちは何だかんだと盛り上がりながら、その日を締めくくる夕飯を楽しんだのでありました。

 

 

〜ティルの場合〜

 

 最近、夜明け前の時間になると、いつもガサゴソという妙な音が響く。

 そしてそれは、今日もまた感じられる。普段なら気にせず寝ていることが多いんだけど、今朝は目が冴えたので余計に気になる感じだぞぉ。

 気になる以上は、このままじっとしているのもつまんないし、わたしは鈴音ちゃんのベッドの中から飛び出して音の正体を調べにいくことにした。

 まあ、泥棒さんなんてことはないだろうけどねぇ〜。これまでだって何か盗まれたとかいう騒ぎはおきていないし。

 それに何かヤバイものがいたとしても、わたしならそう簡単に見つからない自信もあるしね。

 なにせわたしは妖精さん。透き通るような羽を持った、ちっちゃな手のひらサイズの女の子〜。でも、心意気ならおっきな巨人さんにも負けないんだぞぉ〜。力はなくとも、冴え渡る知略で鈴音ちゃんをサポートするのがわたしの役目。

 ま、いまはそれ関係ないか。

 ちなみに妙な音は、屋敷の下の階より響いている。なのでそちらにレッツらゴ〜♪

 で、その音の元にやってくるんだけど、そこにいたのはあまり面白みのない相手だった。

「こんな時間になにやってるのぉ、マコぽん?」

 わたしは、妙ちくりんな気合いを発しながら室内を掃除しているホウキに声をかけた。正確にはホウキに宿った精霊。

 名前はマコトくん。でも、わたしは親しみをこめてマコぽんと呼ぶけどねぇ〜。

「ん? なんじゃい、妖精か。ワシがやっとるのは見ての通り鍛錬や」

「それが鍛錬なの〜? 普通に掃除してるようにしかみえないんだぞぉ」

「けっ、素人にはワシの優雅で無駄のない動きが理解できんようやな」

 うむむぅ。なんかバカにされた。でも、マコぽんに優雅で無駄のないっていう形容は似合わないと思うぞぉ。

 マコぽんにピッタリなのはガサツで大雑把。

「それにしても、こんな早朝からやってるなんて気合いは入ってるね〜」

「当たり前や。ここんとこ毎日、ライバルに負け続きなんや。ワシがまだまだ未熟なばかりに」

 マコぽんが誰かと張り合っていたなんて初耳。

 あ、でも、最近の彼って躁鬱が激しいから、もしかしてそれが理由なのかなぁ。たまに一人でどんよりとして、ブツブツ呟いてる姿とかもみるし。

「ねぇねぇ、マコぽんのライバルってどんな奴ぅ?」

「おまえも知っとる奴や」

「うにゃ? 宗太郎ちゃんとかのこと?」

「ボケッ! ちゃうわい。なんであんなクソガキごときにワシが連敗せなあかんねん。もっと強烈なやつがおるやろうが」

「わかりにくいんだぞぉ〜。そもそも毎日負け続きだなんて」

 わたしや鈴音ちゃんでないことは確かだろうし、他にマコぽんと毎日付き合ってるような相手なんていたかな?

 冴え渡る頭脳をもつわたしでも、さすがに想像がつかないぞぉ。

「まだわからんのかいな。しゃあないのぉ。名前くらい教えたる。ライバルの名前はソージキや」

「ソージキ?」

「おとろしい唸りをあげてゴミを吸い取る奴やがな」

「ああ。掃除機のことかぁ〜」

 うむうむ、納得…………と言いたいところだけど、なんで掃除機がライバル? そもそもあれは生き物じゃないぞぉ。わたしはそのことについてもマコぽんに訊ねてみる。すると。

「ワシかて形こそ違っても、あいつと同じ掃除の道具なんやで。せやのに鈴音はワシに頼らんと、あいつばっかり頼りよる。これは屈辱やで〜。まるでワシが役立たずみたいやんけ!」

 思い返すのも悔しいとばかりに地団駄を踏むマコぽん。

「せやからワシは毎朝、このようにして鍛錬しながら掃除しとるんや! けれど、頑張っとる筈やのに、いっつも後でソージキを使われるんや」

「それは仕方ないと思うんだぞぉ」

 だって、マコぽんの形は屋外用のホウキであって、室内用ではないもんねぇ。ついでを言えば、室内の掃除はホウキだけだと限界もある。

 でも、それを説明する前に、ものすごい形相で睨まれた。

「おいこら妖精。おまえもワシが役立たずや思っとるんちゃうやろうな?」

 負け続きで気持ちにゆとりがなさそうだった。これは論理的に説明しても、あまり理解されそうにないなぁ。

 そもそも生き物でもない掃除機をライバル視しているあたりで、おかしいんだから。

 ただ、このまま放っておいても掃除機に敵う訳もないし、そうなればマコぽんはますます凶暴になりそう。それはさすがに困るんだぞぉ。

 なのでわたしは、うまく言いくるめることにした。ひとついいアイデアを思いついたから。

「わたしはマコぽんのほうが断然すごいと思うぞぉ〜。なんであんな掃除機をライバル視するのか、そっちのほうが理解できないぞぉ」

「心にもないお世辞やったら、余計なお世話やぞ」

「わたしは事実を言ったまでだぞぉ。大体考えても見て。マコぽんは一人で自由に動けるのに対し、掃除機は鈴音ちゃんが手をひいてあげないと動くこともできないんだぞぉ〜」

「む。たしかに言われてもみればそうやな」

「でしょ〜? つまり掃除機は一人じゃ何もできない未熟者さんなんだぞぉ」

「な、なるほど。そうか! そういうことやったんやな。鈴音があいつに構うんも、あいつがどうしようもない未熟ものやったからなんやな」

「そうそう♪」

 マコぽんの表情に優越感がにじみでてくる。わたしもそれにあわせるようにニコニコ頷いておく。

「いや〜、妖精。おまえもたまにはエエこと言うのぉ」

「そりゃもう、ちゃんと皆のこと見ているからねぇ」

 相手を観察して性格を知る。そういった情報をうまく扱えれば、トラブル回避の良い知恵だって浮かぶ。

 なんにせよ、マコぽんが単純な奴で良かったんだぞ〜。

 こうして彼は、掃除機への妙なライバル心を燃やす事もなくなり一件落着。

 栗林家のささやかな日常は、わたしのこういう気配りからも成り立っている。

 ……と思うんだぞぉ。

 

 

 

〈了〉

 

 

 

【あとがき】

 番外編の第三弾です。お話的には何気ないものですが、今回は新しい試みとして、それぞれの登場人物の視点から書いてみました。

 このシリーズは色々とクセの強いキャラクターが出てくるだけに、今後の話を広げていく上でもこういう書き方はしてみたかったのはあります。

 今後もまた、やってみたいアイデアもありますので、気長にお待ちいただけると嬉しいです。

 

 

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