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[Magical Essence 番外編2]

 千春、あらわる

 

 

 

 それは、冬のある日のことだった。

 お屋敷の庭掃除をしていたときに、その人は唐突に現れた。

「やっほ〜〜。こんにちは、メイドさん。しっかり働いておるかね」

 その人は外からズカズカと庭へ踏み入り、なれなれしく話しかけてくる。少し語尾が中年のおじさんくさい。

 しかし、目の前に立っているのは中年のおじさんという訳でもなかった。

 そこにいるのはまだ若い、二十歳ほどの女性。ジーンズに赤いセーター。その上にクリーム色のコートを着込んでいる。髪の毛は短く、あまり気を遣って手入れをしている感じではなかったが、それがかえって活発そうな印象を与える。

 ちなみに私は、この人を知らない。だが、目の前の女性は…………。

「しかし、本当にメイド服で働いているんだね〜。お姉さんびっくりだよ。いまどきの日本で、そんな格好で働いているのって、オタク御用達のメイド喫茶の店員ぐらいかと思ってた」

 まじまじと見つめながらそんな感想をもらす。

 確かに珍しいのはわかるが、持ち出す例えがあんまりだった。少なくとも初対面の相手に言うべきような内容ではない。

 ついでを言えばこの人が誰であるのか、いまだわからないままだ。

「あっ、あの。申し訳ありませんがそんなにジロジロと見つめないでいただけますか」

 不躾な視線にさらされるのはいい気がしない。

「恥ずかしかった?」

「…………少し」

「いかんなあ。そんなことでは立派なコスプレイヤーになれんぜよ。もっと堂々としてないと」

「コスプレイヤーって、私はそんなのじゃありませんっ!」

「あれ、違った? 普段からそんな格好で働いているっていうから、てっきりそういう趣味をもっているのかと思ってたけど」

 それは甚だしい勘違いだ。私もコスプレがなんであるのかぐらいは知っているが、特にそういうものを趣味にしているつもりなどない。

 私は自分の仕事に誇りをもって、このメイド服を着ているのだから。

「そんなことより、あなたは一体どちらさまなのです? ここは栗林家のお庭ですよ。ご用のない人が入ってきて良い場所ではありませんよ」

 このままでは彼女のペースに流されそうなので、そうならないためにも釘をさしておく。

 で、目の前の女性の反応はというと。

「ああ。そういえば自己紹介がまだだったね。あたしは千春」

「千春さんですか」

 名前はわかったものの、素性はわからないまま。

「ま、あたしのほうが年上みたいだし、ちぃ姉って呼んでくれてもいいよ」

「遠慮します」

「鈴音ちゃん、ノリ悪いぜよ。魔女っ子はもっとノリノリでないと」

 その言葉に私は、えっ!となる。名前を知られているのもびっくりだが、問題となるのは後半の部分だ。

 そんな私の驚きに気がついたのか、千春さんは意味ありげにニヤリと微笑む。

「あたし知っているんだよ。鈴音ちゃんが魔法使いであるということを」

「…………千春さん、あなた一体?」

 言葉が硬くなる。

 確かに彼女が言うように、私は魔法使いである。といってもまだまだ未熟者だけど。

 子供の頃、ひょんなことからリートプレアという異世界に迷い込んだ私は、そこで魔法の技術を学び、最近になってこの人間世界に戻ってきたのだ。だが、こっちの世界でその事実を知る者は、ごく一握りの人間だけの筈。

「くっくっくっ。警戒してるわね」

 千春さんはドラマに出てくる悪役のような笑みを浮かべる。

 私はどう反応してよいのかわからなかった。彼女の正体がみえなさすぎる。

「ま、あたしの正体は後にして、先に宗太郎と会わせて頂戴よ」

「宗太郎さまにですか? 一体どういうつもりで」

 ちなみに宗太郎さまというのは、私の仕えるこの栗林家に住む小学生の男の子。ご当主である龍太郎さまのお孫さんだ。

「会いに来たからに決まってるじゃない」

「それだけじゃわかりません」

「鈴音ちゃ〜ん。あなたも魔法使いなんだったら、もう少し頭を働かせなさいな。あたし面倒くさい説明ってしたくないの」

 それだけ言うと千春さんは大きく息を吸い込み、次の瞬間にはお腹の底から大声で叫んだ。

「宗太郎〜〜〜〜〜。屋敷の中にいるなら出てこ〜〜〜〜〜〜い。ちぃ姉ちゃんが来てやったぞ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!」

 耳にキンとくるような声だった。お屋敷の中はおろか、ご近所周辺にも響いていそうなほどの元気よさ。

 それから間もなくしてからのことだ。お屋敷の中から慌てた様子の宗太郎さまが姿をあらわしたのは。

「おっ、宗太郎みっけ♪」

 千春さんが飛びぬけて明るい声をだす。そして宗太郎さまはというと。

 彼女をみて、なにやら固まっていた。その姿はまるで蛇に睨まれたカエルがごとく。

 でも、そんな宗太郎さまに対し、千春さんは両手を広げてかけよっていく。

「おおお。我が麗しのいとこよ。会いたかったぞ〜〜〜〜〜〜」

 走り寄った彼女によって、宗太郎さまは食べられ……じゃなくて、ぎゅっと抱きつかれた。

 それにしても今、いとことかなんとか聞こえたような。

 でも、それってつまり……

 千春さんの正体って、宗太郎さまのいとこって事!? いや、当人がはっきりそう言ったんだからそれ以外の何者でもない。

 とはいうものの。

 固まって声を発せないでいる宗太郎さまを見ていると、本当にいとこ同士なのかあやしく思えたりもするのだけど。

 それが千春さんに対する、私の第一印象だった。

 

 

 

 居間には私と宗太郎さま、それにお客さまである千春さんの三人以外に、あと二人?特別な存在が集まっていた。

 その特別な存在のうちの片方は、掃除などで使うホウキに目と口などがくっついた姿をしており、もう片方は手のひらサイズで、背中に羽のはえた女の子だったりする。この二人?は私がリートプレアで知り合った友達で、ホウキに宿った精霊のマコトくんと妖精のティルという。

 現在は、そんな三人と二人?が顔をみあわせているという状況だった。

「なるほど。これが噂にきいてたマコトくんとティルか〜。精霊や妖精とかってはじめてみるよ」

 二人?を見つめながら、千春さんは感心したような顔をする。確かにこちらの世界では精霊も妖精も表立っては存在しない分、珍しいのはわかるのだが、彼女のマコトくんたちを見る目といったら、まるで珍獣でもみるような目つきだった。

「…………おい、鈴音。このヘンな姉ちゃんなんやねん?」

「この人、こっちの世界の人だよねぇ〜。わたしたちモロに見られているんだけど、これって構わないのかなぁ?」

 マコトくんとティルが口々に質問する。

「彼女は宗太郎さまのいとこの千春さんです。ちなみに私たちのことも既にバレているようです」

 そう。彼女が宗太郎さまのいとこであるということは、どうやら間違いなかったらしい。そして私たちリートプレア関係者のことは、長い間お屋敷を留守にしておられる龍太郎さまに聞いたのだそうな。

「そそ。あんたたちのことは全てお見通し。だから堅苦しくすることないよ。よきにはからえ」

 ソファーに深く座りながら手をヒラヒラさせる千春さん。随分と偉そうな感じだ。

 そんな彼女に対し、マコトくんは思ったままの感情を口にする。

「なんか微妙にムカつくのお」

「どこが?」

 千春さんはしれっと訊き返す。

「全体的にじゃ。おのれ一体何様のつもりじゃい。ワシらを珍獣のようにみくさってからに」

「素直な反応をしただけじゃん。それにそこらの珍獣以上に珍しいわよ」

「ぐあ〜。ようわからんけど、なんかバカにされとる気分や!」

「そりゃあ、あんたの心が狭いからそう思えるのよ。きっと」

 う、千春さん、そういう言い方はまずいです。少なくともマコトくんは短気な性格だけに、そんな事を言われようものなら。

「ぬあ〜! 今の言葉、ワシに対する宣戦布告と判断する」

 …………という具合になる。

 しかし、それに対する千春さんの反応は落ち着いたものだった。

「勝手に思えば。…………それにしたってあんた、「ぐあ〜」とか「ぬあ〜!」とかやかましいわね」

「ゆ、許さん。もはや明日の太陽を拝めるとは思わんこっちゃな」

「おっかないこと言うわね〜。そっちの妖精ちゃんも同じ心境な訳?」

 挑戦的な目つきで、千春さんはティルにまで話を振る。

「わたしはそこまで思ってないぞぉ。それにお姉ちゃんがマコぽんに指摘したことは、これといって間違いでもないしねぇ〜」

「コラ、妖精! おのれはワシを裏切る気かい!」

「別にそんな気はないぞぉ」

「妖精ちゃんは素直なだけよ。あんたと違ってね」

 すかさず千春さんが横ヤリをいれる。

「いちいちうるさいんじゃ〜〜〜」

 マコトくんは今にも千春さんに飛び掛らん様子であった。でも、このままそうなるのも危険なので、そろそろ止めに入る。

「二人とも喧嘩はよくないと思いますよ」

 我ながらなんて気の利かない仲裁なんだろう。ついでを言えば、私ってばこんな役回りばっかり。

「鈴音。これはもはや喧嘩なんて生易しいもんやあらへん。血で血を洗う抗争や。漢(おとこ)のプライドをかけた魂の戦いや」

「あんたのプライドって小さすぎ〜」

「千春さんもマコトくんを挑発するようなこと言わないでください!」

「挑発じゃなくて、単に事実を述べてるだけなんだけど」

 悪びれもせずにいう彼女。だからそれが問題なんだって…………。

 私はもうどうしていいのかわからず、宗太郎さまに助けを求める視線をむけた。彼はさきほどからずっと黙っている。

「そういや宗太郎。ここに入ってから何も喋ってないけど、どっか体調でも悪いの?」

 千春さんも私の視線に気づいたのか、宗太郎さまに話を振る。マコトくんとのやりとりなどなかったかのように。

「あっ、いや……そういうわけじゃないんだけどさ」

 宗太郎さまがしどろもどろになって答える。どうも千春さんが来てからというもの、彼の様子がいつもと違う。普段は小学生とは思えないほどに堂々とした態度なのに、今はどこか消極的な感じに思えた。

「ふうん。ならばいいんだけどさ。それにしたって龍太郎爺ちゃんも思い切ったことをしたよね。あんたと鈴音ちゃん、若い二人をひとつ屋根の下で暮らさせるとは」

「別に問題がある訳じゃないからいいだろ……」

「今はそうでも、この先あるかもしれないじゃん。あんたももうすぐ中学生なんだし、最近の中学生は進んでるしね」

「ど、どういう意味だよ」

「あんたが鈴音ちゃん押し倒して、子供を孕ませるかもしれないってことよ」

 あまりにもストレートな物言いに私たちは固まる。

 千春さん、いくらなんでもそれは言いすぎ。さすがの彼でもそこまではしないと思うのですが。

 いや、そうであってもらわないと困る。

 とはいうものの、冷静になると少しだけ不安要素はあったりする。

 それは今から一ヶ月ほど前、私は宗太郎さまに告白されてしまったことがあったからだ。

 告白とは勿論…………その、愛しているとかいうアレ。しかもその告白から数日後には、不意打ちとはいえキスまでされているしで。うぅ、思い返しただけでも恥ずかしい。

 でも、そう考えると彼は小学生にしてそこまでのことをしているのだから、中学生になれば当然……なんて不安も。

 ああ〜〜ん。ダメだダメ。そんな想像しちゃ、ダメ〜〜〜〜!

 そんなことになってしまったら私、ここでは気まずくて暮らしていけない。

 それに私は彼よりも五歳年上なんだし、釣り合いというものが。

 とはいえ、五歳程度の年の差なんて、彼が高校生ぐらいになれば違和感なく思えてくるのだろうか。

 意識しないようにすればするほど、恥ずかしさがこみあげてくる。そこでふと宗太郎さまと目があった私は、お互いが真っ赤になっていることに気がつく。

「どうしたどうした? 二人とも真っ赤になっちゃってさ。まさかあんたたち、もうしちゃったとか?」

「まだしてない!」

「してませんっ」

 宗太郎さまも私も目一杯に否定する。しかし千春さんは、ある一言を聞き逃さなかった。

「ふふ〜ん。宗太郎。“まだ”ってどういうことかな?」

「うっ」

「宗太郎ちゃん、いずれはやる気まんまんってことだぞぉ」

 ティルが余計なツッコミを入れ、マコトくんがボソリと一言。

「そこのアマもろともブッ殺したる」

 …………ダメだ、これは。どうして皆、ヘンな方向へもっていきたがるかなぁ。

「千春姉ちゃん。ヘンな勘ぐりはやめてくれ」

 さすがに宗太郎さまも抗議する。

「あたしはあんたのことを心配して言ってやってんだぞ。あ、それとあたしのことは、ちぃ姉ちゃんと呼べ」

「嫌だよ」

「恥ずかしがらなくてもいいじゃん。あんたとあたしの仲だろ。共に戦場を生き抜いた者同士、仲良くやろうや」

「戦場って何だよ」

「忘れたの? あれはたしか、二十世が終わろうかという時のこと。あたしたちは人類を脅かすテロリスト集団の基地に殴りこみをかけたじゃない」

「そんな覚えない。からかわないでくれよ」

「からかってなんかいないわよ。あの頃は二人してハマったじゃない。あのテレビゲーム」

 ああ。なるほどね、そういうオチ。でも、これってどう考えてもからかわれているような…………。

 宗太郎さまはどっと疲れたのか、ガックリうなだれている。

「どうして千春姉ちゃんっていつもこうなんだよ」

「あたしがいつもと違うようだったら、それはあたしじゃない」

 ふんぞりかえって偉そうに言われるが、会話の流れは支離滅裂だ。

「俺、頭痛くなってきた」

「大丈夫ですか、宗太郎さま?」

 頭をおさえる彼。私は心配になって声をかける。

「悪いが自室で休ませてもらう。鈴音、すまないが部屋まで送ってくれるか?」

「それは構いませんが、千春さんのほうはどういたしましょう」

 彼女は一応お客さまである。このままにしておいてよいのかが気になった。

「あっ、あたしのことは放っておいても構わないよ。鈴音ちゃんは宗太郎の看病でもしてやって」

「申し訳ありません」

「気にすんな。あたしはここらへんで適当にくつろいでるし。なっ、マコトくん。ティル?」

「何でいきなりワシらに振るっ!」

「あんたらはあたしの話し相手にでもなってよ。特にマコトくんのほうは、あたしに“言いたいこと”もあるんじゃないの?」

「おうっ! 上等やないけ。おのれの暴虐さには色々と文句もつけたいよってな」

 千春さんとマコトくん。両者の間に見えない火花が散っているように思えた。

 まいったなあ。放って置いて大事にならなきゃいいんだけど。

 でも、そんな私の不安を察してかティルが耳元にやってきて囁く。

「あの二人はわたしが監視しておくから大丈夫なんだぞぉ」

「信じてよろしいですか?」

「任せておくんだぞぉ。鈴音ちゃんが心配するようなことにはしないから」

 そう言って軽くウィンクするティル。本当はすごく気になるんだけど、彼女がそこまでいうなら少しの間だけでも任せることにする。

「わかりました。なるべく早く戻るようにしますので、それまでお願いしますね」

 私はそれだけ言うと、宗太郎さまをお部屋まで送るべく付き添って行った。

 こうして部屋まで辿り着いた後、彼はベッドの上に座って大きな溜め息をつく。それは小学生の男の子がつくには、あまりに似つかわしくない溜め息だった。まるで人生に疲れた大人のように見えるから。

「宗太郎さま、本当に大丈夫ですか?」

「正直、あまり大丈夫とは言えない…………俺、昔からあの人、苦手なんだ」

「確かに個性の強そうな方ですものね」

「それだけじゃない。千春姉ちゃんが来ると、いつも何かしらとんでもないことがおきるんだ」

「とんでもないこと?」

 私はキョトンと首を傾げた。

「昔、俺が泳げなかった時なんか、無理矢理プールにつれていかれて溺れ死にそうになるまでスパルタの特訓をされた。他には幼稚園で喧嘩に負けたとき、相手の園児にやりかえしてやれとか言って金属バッドをプレゼントされた。挙句の果てには何て言われたと思う」

「な、なんでしょう?」

「そのバッドが血にまみれて汚れるまで帰ってくるなって」

 私は口をポカンとあけた。プールの方はともかくとしても、金属バッドはちょっとやりすぎだと思う。

 このことから想像できる千春さんのイメージは、マコトくん以上に狂暴でなりふり構わない人。

「クソぉ。千春姉ちゃん、一体どういうつもりできたんだよ。あの人のことだ。絶対何か企んでいるに違いない」

「それは考えすぎなのでは」

 完全なトラウマ状態に陥っている宗太郎さま。そっと宥めてはみるものの、彼の取り乱しぶりは想像以上のものがあった。

「鈴音は初対面だから、そんなことが言ってられるんだ。とにかく気をつけろよ。爺さんから魔法に関することもバラされている訳だし、どんな言いがかりをつけてくるかわかんないぞ」

「心配しすぎでは…………」

「それぐらい警戒しとかないとダメだ。それにおまえって隙だらけだしな」

「隙だら…………ひゃっ?」

 訊ねかけて、語尾が悲鳴にかわる。何故なら宗太郎さまの手がスッとのびてきて、私の胸をむぎゅっと掴んだからだ。

「ほら、隙だらけだ」

 悪びれた様子もなく彼は私の胸を揉みしだく。

 思わず逃げるか殴り返すなりしたかったが、今回は恥ずかしさが先行してしまい、すぐにその行動にはうつれなかった。

 ずっと以前にも不可抗力で触られたことはあったが、いまのは明らかに故意。

「やぁっ、やめてくださぃ……」

 立っているのもままならず床にペタンと腰がおちる。その時点で宗太郎さまは手を離してくれた。

「ひどいです。どうして……どうして、こんなことをするんですか」

 私は涙目になりながら抗議した。いくらなんでも唐突にこんなことをするのはあんまりだと思う。

 最近はただでさえ彼を意識しているのだ。そんな中でこんなことをされたのでは、一緒にいることすら怖く感じてしまう。

 なのに、宗太郎さまときたら。

「悪かったな。でも、おまえだって将来は俺の妻になるんだから、少し触るぐらい構わないだろ」

 勝手なことをしれっと言ってのける。

「そんな約束したつもりはありませんっ!」

「俺の気持ちは以前に伝えただろ」

「それは聞きました。でも、私の気持ちはまだお伝えしてません」

「だったら、いま教えろよ」

「無茶いわないでください。それに私は…………」

 まだ宗太郎さまのことをそんな風に想う事なんてできないもの。

 私にとっての彼は、あくまでもご当主である龍太郎さまに託された大事なお孫さんであって、結婚相手とか恋愛の対象という訳ではない。

 ただ、いまそのことを告げるのは怖かった。なんとなくだが、宗太郎さまから負のイメージが揺らめいて見える。

 私も魔法使いの端くれとして、相手の感情の中からある程度のイメージを色としてみてとることができる。負のイメージは薄暗く澱んだ黒に近い灰色。それは混沌そのもの。どちらかといえば良いものとはいえない。

 そしてそんなイメージを、普段の生活の中でみることなど殆ど皆無といってもよかった。

「…………ごめんなさい。私、千春さんの接客もあるのでこれで」

 これ以上ここにいるのは危険だと判断した。募った負のイメージを爆発されたのでは、この先に何をされるのかわかったものではない。

 だから、逃げるようにして部屋を去る。

 宗太郎さまは追いかけてはこなかった。とりあえず今は、時間が経つことで彼の気持ちが落ち着くのを祈るしかない。

 それにしても。

 千春さんも随分と強引な人だが、宗太郎さまもそれに負けず劣らずという気がする。それはつまるところ、この栗林家の一族に共通する特徴なのかもしれないと、私は今になって思い知った。

 

 

 

 メイドである私にとって、夕食の準備をするのも大切な仕事のひとつである。

 特に今夜は、千春さんというお客様も来ているのだ。そのことから彼女の食事も追加して用意しないといけない。

 とはいったものの、いまの心境は食事の用意どころではなかった。先ほどの宗太郎さまとの一件が尾をひいているからだ。

 なんというか、やはり気まずいものがある。

 それでも仕事の手を休めるわけにはいかないので、事務的に手だけが動いているという状況。

「…………はぁ」

 憂鬱な溜め息がもれる。本来ならば、料理を食べてくれる人が喜んでくれるよう思いを込めて作るのだが、いまはそんな配慮すら欠けている自分が情けない。

 少なくとも、自分より年下の男の子に振り回されている私って一体なんなのだろう? いや、本当はそんな考え方をしちゃいけないんだろうが、どうしても気になってしまうのだ。

 悪いことは悪いことで、もっとビシっと怒ってあげる方がいいのだろうか。

 ただ、これまた情けないことだが、そんな風にできる自分の姿など想像もつかなかった。

 強引で乱暴な宗太郎さまも困るが、その根底には彼の私に対する真剣な想いが混じっている。そして私は、その想いに対する答えを真剣に返す以前に、どこかはぐらかしているという罪悪感もある。

 はっきり言ってお互いの気持ちはすれ違っていた。

 でも、悪いのはきっと私の方。今は宗太郎さまの気持ちにどう応えていいのかわからない。それが本音なのに、それすらもはっきり言えないんだから…………。

「私って、この屋敷にいるべき人間ではないのかな」

 なんとなくだが言葉に出して呟いてしまう。宗太郎さまのお世話も大切だが、そんな中で彼を傷つけてしまう自分はもっと嫌だった。

 だが、そんなことを思った瞬間。

「ふうん。鈴音ちゃん、この屋敷を出て行きたいの?」

 急に背後から声をかけられ、私はギョッとなった。

「ちっ、ちっ、ちっ、千春さんっ!?

「なにそんなに驚いてるのさ」

 彼女は私から数十センチも離れない位置に立っていた。そこまで近づかれているのに、まるで気配を感じなかったなんて不覚。

「おっ、今夜の夕食はハンバーグってところかな」

 目の前にある材料を見て取った千春さんはそう口にする。

「…………ええ。冷蔵庫にあったありあわせの材料で申し訳ないのですが」

「別に何だっていいよ。ヘンに贅沢にされるのも好きじゃないしね。食えるもんなら犬猫の餌だって食べたことがある」

「そんなの好きなんですか?」

「食べたことがあるって言っただけで好きとは言っとらん。アパートの同居人と興味半分に試したぐらいよ」

「アパートの同居人? どこかのお屋敷に暮らしているのではないのですか?」

「あたしは大学に通ってて、今はボロっちいアパートで友人と一緒に住んでるのよ」

「そうだったんですか。でもどうしてアパートになんか」

 彼女だって親戚とはいえ栗林の一族なのだし、もっと高級なマンションでも借りてそうなイメージがあったのに。

「あたしの勝手都合で、親が期待していた一流大学をそっちのけにして、別の大学を選んだからね。だから実家からの仕送りはしてもらってないんだ。学費や生活費も自分でなんとかしてる」

「苦労なされているんですね」

「そんなことないさ。何しろ自由だからね。生活が大変でも、それだっていい思い出。青春になる」

「大変でもいい思い出ですか。私にも少しわかる気がします」

「リートプレアで暮らしていた時のことかい?」

 千春さんは本当に察しがいい。私も素直に頷いた。

「あっちの世界はこっちとは違って魔法文化が発展していましたからね。馴染むまで苦労の連続でしたよ。魔法学院では落ちこぼれ生徒だったし」

「龍太郎爺ちゃんから噂はきいてるよ」

「お恥ずかしい限りです。でも、むこうでも何人かのお友達はいたし、大勢の人にも守ってもらえましたから案外幸せでした」

 人間世界から異世界リートプレアに迷い込んだ私は、いわば異端の存在であった。そんな私を危険視する勢力もあったが、魔法学院のステラ学長などはそういった者たちの圧力を退け、平穏な生活を与えてくれたのだ。

「鈴音ちゃんは前向きだね。それはとても良い事だ」

「そういえば千春さんは、龍太郎さまからどうやってリートプレアのことを聞かれたのですか?」

「普通に聞かされただけだよ。最初は宗太郎の様子を知りたかっただけなんだけど、そのことを訊ねたらあんたの話も出てきてさ。その後は話の流れで色々と教えられた。外部には秘密ってことだがね」

「驚きませんでしたか? 普通だったら信じがたい話でしょうに」

「そりゃ驚いたさ。爺いもボケてきやがったのかと真剣に疑ったぐらいだ。だが、それが真実だったら面白そうだなと思った」

「面白そう……ですか」

「本物の魔法使いなんて普通は拝めるモンじゃないだろ。マコトやティルだってそうだ」

 そういえばそのマコトくんだが、千春さんとの言い争いで完全に打ち負かされたらしい。ティルの話だと「おまえも真の漢(オトコ)なら、いつまでも女々しくほざいてんじゃねぇよ」という千春さんの一言がトドメだったようだ。

 でも、その後が少しおかしかった。負かされたマコトくんは急に態度を一変させ、千春さんを“姐御”などと呼ぶようになったのである。そしてこれには彼女も気分をよくしたようで、二人は一気に意気投合してしまったのであった。

 千春さんって強引ではあるけれど、不思議な魅力をもった人だ。

 私もさっきの憂鬱さはどこへやら、自然と談笑しているのだから。

「鈴音ちゃん。あたしも料理手伝っていい?」

「え。でも、千春さんはお客さまな訳ですし…………」

「そんなの気にせんでいい。どうせ暇だしね。働かざるもの食うべからずだ」

 そう言うなり彼女は手を洗い、慣れた手つきで挽き肉をこねあげる。その手際のよさには私も思わず感心してしまう。

「お上手ですね」

「毎日自炊してるから、これぐらいできて当然。それにあたしは何もできないお嬢様なんて思われんのは癪だしな」

「しっかりしてるんですね」

「自分に正直に生きてるだけよ。その結果、相手にカッコよく思ってもらえたら、そりゃもう言うことなしかな」

 ふふっ、と笑う千春さん。彼女はとても大人だった。

 宗太郎さまは彼女のことを警戒しろとは言っていたけれど、私にはとてもそう思えることができなかった。

 少なくとも目の前にいる千春さんは、とても輝いてカッコいい女性にみえたもの。

 

 

 

 そして、夕食の時間がやってきた。

 食堂のテーブルにはそれぞれの料理が並べられ、いつでも食べれらる準備が整う。

 お部屋で休んでいた宗太郎さまも、いまはこの場所におられ、とりあえずは全員揃っていただきますとなった。

「さっ、あたしと鈴音ちゃんが心をこめて作った料理だ。心して食えよ、宗太郎」

 テンションの高い千春さんに対し、宗太郎さまは遠慮がちに頷く程度。どうもまだ、彼女のことを警戒しているような様子だった。

 それでも食事は賑やかに進んでいく。ま、その明るさの大部分を占めているのは千春さんとマコトくんだったりするのだけど。

「しかしさあ、マコト。精霊ってのも可哀想なものだねぇ。こんなウマいもんが食えないなんて」

「ワシは別に気にしとらんですよ。それに食ったところで味もわからん思いますねん」

 既に千春さんはマコトくんを呼び捨て。更にはマコトくんも敬語っぽさを意識しているのか、ちょっと違和感がある。

「そのくっついてる口の中に食べ物を放り込んだらどうなるんだろうね。試してみていい?」

「どうもならん思いますで。ワシの目と口は飾りみたいなモンよってに、放り込んだところで食べ物が床に落ちるのがオチでっせ」

「なんだくだらん」

「すんません、姐御。ワシ、ホンマくだらんやつで」

 ペコペコと頭?を下げるホウキ。それにしたってマコトくん、あれでは卑屈すぎだ。

 とはいえ、ある意味では珍しい光景なので微笑ましく思ってしまう。

 でも、そんな他愛もないかけあいがしばらく続いた後、千春さんは不意に宗太郎さまの名を呼んだ。

「宗太郎。あんた楽しそうじゃないね?」

「別にそんな訳じゃ」

「鈴音ちゃんやティルは笑いぐらい返してくれてんのに、あんただけ随分と無愛想だしさ」

「あ、でもそれは宗太郎さまの具合がまだよろしくないだけでは?」

 なんとなく彼が攻められているような感じになったので、助け舟を出してあげる。

 しかし、千春さんは私の言葉を気にする様子もなく、宗太郎さまに問い詰めた。

「言いたいことがあるならハッキリ言いなさい」

「だから別にそんなつもりは」

「でも、あんたのその顔、あたしに対して何か言いたげに見えるんだけどな〜」

「…………だったらひとつだけ聞くけど、千春姉ちゃんは今回何しにここへ来たんだよ」

 おそるおそる訊ねる宗太郎さま。その言葉で千春さんも「ああ、そういえば」とか呟いて、手をポンっと叩く。

「あたしがここに来た理由は、龍太郎爺ちゃんの伝言をつたえにきたんだ」

「伝言?」

「ああ。でもあんたというよりは、鈴音ちゃんに対してだけどね」

「え? 私のほうにですか」

 急に話を振られ、目をキョトンとさせる。

「そうよ。大事な話だから落ち着いてからしようと思ってたんだけど、今なら丁度いいね。鈴音ちゃん、あんたリートプレアに戻りな。宗太郎のお世話はもういいから」

 千春さんの一言は、あまりに何気なく投げつけられた。でも、その意味を理解するにつれて「ええっ!?」となる。

「リートプレアに戻れって、ここを解雇されるということですか?」

「ま、そうなるね。そもそも鈴音ちゃんがこの屋敷に来た理由は、正式な魔法使いになるための最終試験のためだった訳でしょ。でも、いまはそれだって終わったことだしね。リートプレアに戻って、もっとちゃんとした魔法の研究をしろってことさ」

「で、でも、私がここを離れたら宗太郎さまはお一人になるのでは…………」

「手伝いなんてすぐに雇えるよ。それに鈴音ちゃんだってこの屋敷を出ていきたいんじゃないの? さっきそんなこと呟いてなかった?」

「え、あれは……その」

 さっきとは、厨房に千春さんが来たときのことだ。でも、あれは悩んでいた時にポツリと出た一言であって、出て行きたいとはっきり思った訳ではない。

「鈴音、それは本当なのか?」

 宗太郎さまが驚いた顔で私を見る。ショックを隠しきれない様子だ。

 私は瞬時に返答できなかった。

「ま、次のお手伝いさんが決まったら、鈴音ちゃんは晴れて自由の身ってことで」

「俺は反対だ!」

 ダンッとテーブルを叩いて、宗太郎さまが叫ぶ。

「爺ちゃんが決めたことなんだ。あんたがとやかく口を出す問題じゃない。それにあたしに八つ当たりもするな」

「でも、こんなの納得いかない。俺の気持ちはどうなるんだよ。俺には鈴音が必要なんだ。皆、勝手すぎる」

 ついには悔し涙を流しだす宗太郎さま。

 私はいてもたってもいられなくなり、彼の側にまで走り寄った。

 でも、その時だ。宗太郎さまがポツリと私につぶやいたのは。

「さっきはごめんな、鈴音。俺も他の連中同様に勝手なんだよな。おまえの気持ちを無視して」

「もう気にしていませんって。今こうやって謝ってくださっているんですから」

「本当にごめんな」

 何度も謝る彼の肩をそっと抱き、私は千春さんに向き直る。

「どうしてもここを出ていかなきゃいけませんか? できれば私、ここに残って宗太郎さまのお世話を続けたいのですが」

「本気で言ってるの」

「勿論です。こんなことを言うのは偉そうかもしれませんが、今の宗太郎さまに私が必要なのも事実です」

 真剣に目をみつめて向き合う。

 すると宗太郎さまも泣いていた顔をあげ、千春さんに告げた。

「俺も爺さんに直接かけあってみる。それなら文句ないだろ。千春姉ちゃんは伝言をつたえに来ただけなんだ。あとをどうするかは、俺たちが爺さんと相談して決める」

 千春さんと宗太郎さまは睨み合い、部屋はしんと静まりかえる。

 だが、次に静寂を破ったのは意外なことにティルの一言だった。

「千春ちゃん。悪役ぶるのもそろそろ限界じゃないかなぁ〜」

「そうだな」

 千春さんは、ふふっと笑うと急に肩をすくめた。

 どうもすぐには状況をのみこめない。

「姐御、それは一体どういうことですねん?」

 私同様、この状況を把握できていないマコトくんが疑問の声をあげる。

「う〜〜〜ん。まあそのなんだ。爺ちゃんの伝言ってのは嘘だ」

「はい?」

 私、マコトくん、宗太郎さまの声が重なる。

 嘘ってことはつまり、私がこの屋敷を出て行かされることはないってこと?

「なんだってそんな嘘を…………」

「そうやがな。いくらなんでもたちが悪すぎるでぇ。そもそも妖精、おのれは最初から知っとったんかい」

「最初からわかってた訳じゃないぞぉ。ただ、千春ちゃんが本気で言ってるとは思えなかったからね。これには何か理由もありそうだな〜ってピンときたんだぞぉ」

 確かにティルの勘って鋭い時はある。

「千春ちゃんは強引にみえて優しい人だからね。さっきの嘘がもし事実だとしても、もっと別の言い回しをすると思ったんだぞぉ」

「ふふ。それはかいかぶりすぎかもよ。でも、ティルもあたしと同様、察しはいい子みたいだな」

 さっきまでの睨み合いなどなかったかのように、千春さんは完全にリラックスしている。

 でも、さっきの言葉が嘘だとわかって、少し安心した。それと同時にどっと疲れたのはあるけど。

「宗太郎。嘘ついて悪かったな。でも、あたし安心したよ」

「どういうことだよ」

「あたし、ずっと心配していたんだぞ。二年前、あんたは両親を失ってからというものずっと塞ぎこんでただろ。近寄ろうとする人間をすべて拒絶してさ」

「………………」

「でも、今の宗太郎は違う。鈴音ちゃんのことを大事にしようとしているのがわかるし、彼女もできる限りでそれに応えようとしてくれている。少なくとも二年前のあんたとは大違いだ。ちゃんと人に心を開けるようになったんだから」

「それじゃあ千春姉ちゃんがここに来た本当の理由って」

「単純にあんたの様子を見にきただけ。元気になったって聞いたからさ、それを直に確かめたかったのさ」

 そう言ってウィンクしてから、千春さんは私のほうにも向き直る。

「鈴音ちゃんもごめんな。さっきの嘘、ひやっとしただろ」

「それはもう」

「ただ、本当に確かめたかったんだ。宗太郎のやつが鈴音ちゃんにどこまで心を開いているのかをね」

 ちょっとやり方は乱暴だったかもしれないけれど、千春さんの気持ちはわかるような気がした。

 昔の宗太郎さまのことを思えば、周囲の人間の心配は計りしれないものだったのだろう。龍太郎さまといった身内ですら、手を焼いていたほどなのだ。

 でも、そんな彼が今は元気になっている。心配していた周りからすれば、本当なのかと確かめたくもなる。

「何かとガキんちょな宗太郎だけど、これからもしっかり面倒みてやってくれるかな?」

 そう頼む千春さんは、とても優しいお姉さんの顔。

 そんな顔で頼まれてしまっては断るなんてできない。だから私も。

「勿論です。それは私も望んでいることですから」

 元気よく素直な気持ちで返事をした。

 千春さんは「ありがとう」とだけ言うと、宗太郎さまに向いた。

「さ、今度はあんたにも言っとく。甘えるのはいいが、惚れた女を不安にさせるような男にだけはなるよな」

「…………わかったよ。肝に銘じておく」

「鈴音ちゃんが欲しいなら、全力で彼女をまもってやれるようになりな」

「ちょ、ちょっと千春さん、いきなり何を」

 欲しいだなんて生々しいことを言われては、私も戸惑ってしまう。

「気になさんな。宗太郎に男の心得を説いてるだけだし」

 男の心得って……千春さんは女性な訳だし、そんなことをしても説得力があるんだかないんだか。ただ、彼女のおしゃべりは止まらない。そして勢いは加速し、とんでもないことを言い出される。

「エッチするならお互いの合意の上でやること。あと、あんたまだ学生なんだから避妊だけは忘れんな」

 千春さんの言葉は、唐突に投げ込まれた爆弾並みの威力だった。

 いくらなんでも飛躍しすぎなのでは。私は恥ずかしさのあまり顔が真っ赤になる。

 なのに宗太郎さまときたら…………。

「そうだな。千春姉ちゃんの言うとおりだ。鈴音を不安にさせないためにも避妊は必要だな。俺は男として、惚れた女の子を不安にはさせない!」

 ちょっとそれ意味が違ってません? それに何故、そんな会話だけ力強く同意するかなあ。

 ただ、千春さんの方はお腹をかかえて大笑いしていた。

 マコトくんは「鈴音に手ぇ出す前に、下半身メッタ打ちにして使いモンならんようにしたる」とか叫ぶし、ティルに至っては「できることなら結婚してから子供を作るべきだぞぉ」とか生真面目に言っている。

 もう。みんな、ひどい。

 このまま放っておいたら更に何を言われるかわかったものではない。

 だから、私も。

「そういう話題はもうやめましょうよ。そんなのだから、私だってここでの暮らしに悩むんですよ〜」

 とにかく話に加わった。

 不本意だからって、黙っているだけではあまりにも寂しいもの。自分の意見を通せるうちは、ちゃんと口に出す。

 それにこんな話題でも、皆でワイワイ言い合えるのが少し楽しかったりする。

 それぞれ言っていることは無茶苦茶だが、この場を満たす空気は険悪なものではなかった。

 こうして千春さんを迎えての夕食は、良い意味で賑やかなものになっていったのであった。

 

 最後に、千春さんの滞在中、ひとつだけ叶わなかった彼女の願いがある。

「今度からあたしのことを、ちぃ姉って呼んでおくれ」

 これに関しては結局、誰もそう呼ぼうとはしなかった。

 そう気安く呼ぶのが畏れ多い気もしたから。

 

 

〈了〉

 

 

 

【あとがき】

 番外編第二弾です。今回は宗太郎のいとこ、千春の登場でしたがいかがでしたでしょうか?

 強引で我が道をいくタイプの彼女ですが、面倒見もよく姐御肌の頼れる存在。そんなイメージで書いております。

 物語中の時間としては、本編第二部の終了から数週間後という設定です。

 あと、今回のとはまた別の話になりますが、番外編第三弾の構想も仕上がっているので、また近いうちに公開するかもしれません。

 そちらは今まで以上に、鈴音以外のキャラも掘り下げたものになるので、期待してもらえると嬉しいです。

 

 

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