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[Magical Essence 番外編1]

 眠れぬ夜に……

 

 

 その日の真夜中、目が覚めたのは偶然だった。

 まだ人々が寝静まっている時間。

 私の部屋の明かりも消え、窓から差し込む月の光だけが部屋の中を照らしている。

 何故、目が覚めたのかはわからない。ヘンな夢でも見たのかもしれないが、これといっては覚えていない。

 部屋の中には、かすかではあるが二つの寝息が聞こえる。私はその音がする方を向いた。

 ひとつは私の枕のすぐ側。ちっちゃな手のひらサイズの女の子が眠っている。そしてもうひとつは、部屋の壁に立て掛けられたホウキ……。

 手の平サイズの女の子と壁に立て掛けられたホウキ。それらが寝息を立てているというのも、普通に考えれば妙な話だけど、私には別段驚くものでもなかった。だってこの二人?は、私にとっての友達だから。

 ちっちゃな方は妖精で、名前をティルという。そしてもう一方は、マコトくんという名のホウキに宿る精霊だ。

 二人?は、ここ人間界とは異なる別世界、リートプレアからやってきた存在である。

 リートプレアは、魔法という力が実在する不思議な世界。幼い頃、その異世界に迷い込んでしまった私は、紆余曲折を経て、故郷である人間界に最近戻ってくることができた。しかも、正式な魔法使いになるための最終試験とやらで……。

 でも、その最終試験には一ヶ月前に合格し、今では私も正式な魔法使いとなった。まだまだ未熟ではあるけれど。

 そして現在は、最終試験の時にお世話になった栗林家で、住みこみのメイドとして働いている。

 ……それはさておき。

 ティルとマコトくんはグッスリと眠っているようだった。それこそ物音も立てずに。

 私が目覚めた原因に、この二人?は無関係そうであった。

 まあ、それならそれで構わない。私だって別段、目が覚めた原因を深く追求する気もないのだから。

 とはいえ、いまはハッキリと目が覚めてしまい、このまますぐ眠れそうにもなかった。おまけに少し、喉が渇いている。

「……水でも飲みにいきますか」

 小さく呟いてから、ショールを羽織った。今は秋に入りたての時期で、夜にもなると少し肌寒い。

 私は、ティルたちを起こさないようそっと部屋を出た。

 栗林家はお金持ちのお屋敷だけに、やたらと広かった。それ故、私の部屋から厨房に向かうだけでも、ちょっとした距離を感じてしまう。まあ、あくまでも一般の家と比較してのものなので、あまり大袈裟に言うのも何だけど……。

 私は階段を下り、厨房に続く廊下へと出た。すると厨房のあたりから、うっすらと明かりがもれているのに気がつく。

 こんな時間に誰かいるのだろうか? 私は少し考えた。

 この屋敷に暮らしているのは、私やティルたちを除けば、使用人の玉枝さんとご当主のお孫さんである宗太郎さまぐらい。屋敷の大きさの割には、それほど人は住んでいないのだ。

 それにしても一体なんの明かりだろう。ティルとマコトくんは部屋で寝ていた筈だし、誰かいるとすれば玉枝さんか宗太郎さましかいない。

 もしかして……泥棒さんなんてことはないですよね?

 とりあえずは考えていても仕方ないので、そっと厨房まで近づき、ゆっくりその中を覗いて見る。

 するとそこには、子供らしき後ろ姿が見えた。あれは宗太郎さまだ。

 ……何をしているのだろう?

 彼は懐中電灯を自分の近くに置き、何やらゴソゴソとやっている。厨房にはちゃんと電気だってあるのだから、それをつければいいのに…………。

 しばらく様子を見ていると、彼は「ふぅ」っと息をついた。その響きは、何だか「ウットリ」したような溜め息に近い。

 自分の顔でも鏡で見て、うっとりとしているのだろうか? でも、そんな訳ないか。宗太郎さまはそんなナルシストでもないだろうし、厨房で鏡を見たって意味は無い。そういうことがしたければ、自分の部屋で事足りるのだから。

 わからない。一体、何をしているのだろう。

 しかし、そんなことを思った瞬間、厨房の中から何かの匂いが漂ってきた。

「うん?」

 中から漂ってくる匂いは、つんと鼻をつく。私は眉をひそめた。

 この匂いって、もしかしてアルコールなんじゃ…………。

 そう思った瞬間、私は厨房の電気をつけて中に入った。

「宗太郎さま、何をしているんですか?」

「うわぁっ!」

 声をかけると、彼は思いっきり慌てたようだった。それこそ、腰でも抜かしかねない勢いで。

 私は、しげしげと宗太郎さまの周りを見た。そこには倉庫に仕舞われていた筈のワインとグラスが転がっている。

「…………す、鈴音?」

 我にかえった宗太郎さまが、おそるおそる振り返る。私は転がったワインなどを見つめながら彼に訊ねた。

「そのようなものを持ち出して、何をしていたのですか?」

「あっ……これは、その……別に」

「ワインを飲んでいたなんてことありませんよね?」

「う……」

 バツの悪そうな宗太郎さま。

「まさか、本当に飲んでいたのですか?」

「……ちょっとだけ、だよ」

「そんな! ダメじゃないですか。宗太郎さまは、まだ小学生なんですよ。お酒だなんてとんでもないです!!

 彼は小学六年生で十二歳だ。お酒を飲むには八年も早過ぎる。

「本当に少しだけなんだし、そんなに怒ることでもないだろう」

「別に怒っている訳じゃありませんが、驚いてはいます。どうしてコソコソ、ワインなんか飲んでるんですか? まさか、学校で嫌なことがあってヤケ酒ですか? あるいはその年齢で、アルコール中毒とか言いませんよね?」

「俺をそこらのオヤジみたいに例えるなっ!」

「じゃあ、一体どうして……」

 心配そうに見つめると、宗太郎さまはボソリと呟いた。

「単に寝つけなかっただけだ。寝つけない時は、爺さんもよく酒を飲んでいたからな」

「龍太郎さまの真似という訳ですか」

 私は小さく溜め息をついた。

 ちなみに龍太郎さまというのは、この栗林家の当主で、宗太郎さまの祖父にあたるお方だ。今は用事があって、お屋敷をお留守にされているけど。

「……それにしても寝つけないからって、何もワインだなんて。子供の宗太郎さまが飲んでも、美味しくないんじゃないですか?」

「俺のことを子供って言うけど、鈴音、おまえだって何歳なんだよ」

「私は、十七歳ですけど」

「じゃあ、おまえだってまだ子供じゃないか。酒だって飲んだことないんじゃないのか?」

「そりゃあ成人してませんから、飲んだことはありませんけど……」

「だったら、おまえが酒の味のことをどうこう言う権利はないと思うぞ」

「でも、お酒なんてヘンに苦いものばっかりじゃないんですか?」

「確かにそういうのが多いのも事実だが、このワインは爺さん秘蔵のものだけあって、甘くて美味しいぞ」

 そう言ってワインのボトルを掲げてくる宗太郎さま。そして彼は、悪戯っぽく笑った。

「どうだ、鈴音も少し飲んでみないか?」

「そんなのダメですよ。お酒は二十歳になってからなんですよ」

「堅いこと言うなよ。少しぐらいなら平気だって。本当に甘くて美味しいんだぜ」

 宗太郎さまは、グラスにワインを注いで勧めてくる。止める隙もないくらいだ。

 彼の顔は少し赤かったし、ちょっぴり酔っているのかも。

「ほら、受け取れよ。甘くて良い匂いもするだろ?」

 突き付けられたグラスから、宗太郎さまが仰るように、確かに甘ったるい香りもした。

 本当に美味しいのかも…………。

「早く手に取れよ。それともいらないのか? いらないのなら、俺が飲んでしまうぞ」

「ちょ、ちょっと、それはダメでしょう。いくらなんでも」

「だったら、鈴音が飲むんだな。ほら」

 そのまま強引にグラスを手渡されてしまう。

 うぅん。やっぱり宗太郎さま、少し酔ってる気がする。何だか絡まれているようにも思えるし……。

「さあ、グイグイっと飲んじゃえ」

「そ、それじゃあ、一口だけですよ……」

 私はぎゅっと目をつぶって、グラスを顔に近づける。甘い香りにまじって漂う、クラッとくるアルコールの匂い。

 お酒を飲むなんて生まれて初めての行為だ。それだけに、少しドキドキもする。

「で、では、いただきます!」

 私は意を決して、ワインを口の中に含んだ。そして、何かの本で知った知識がごとく、舌の上でゆっくりとワインを転がし、最後には喉の奥へと流し込む。

 最初はピンとこなかった。でも、もう一度同じように試して思ったことは……。

「……美味しい、です」

 私は思わず、口に出して言ってしまった。

「そうだろ。でも、これでアレだな」

「はい?」

「鈴音も俺と同罪ってことだ」

 したり顔の宗太郎さま。どうやらワインを勧めてきた理由は、そういうことらしい。

 私は苦笑するしかなかった。

「ひどいです。私まで同罪にするだなんて」

「でも、こんなことが玉枝さんとかにバレたら大変だからな。とりあえずは俺と鈴音、同じ罪を持つもの同士の秘密ってことだ」

「仕方がありませんね。けれど、お酒なんて本当にこれっきりですよ」

「わかってるよ。もうこんなことしないさ」

「それじゃあ私も、このグラスを最後に、成人するまではお酒を飲まないようにします」

「おい。一口だけでいいんじゃないのか? 無理して全部飲むことはないんだぞ」

「大丈夫です。無理はしていませんから。こんなに美味しいのですし」

 私は、ちびりちびりとではあるが、グラスの中のワインを飲んだ。

 あーあ。やっぱり甘くて美味しい。他のお酒がみんなこうだとは思わないが、さすがはお金持ちのお屋敷だけあって、良いワインを選んでいるんだなあとは思う。

 また、この飲んだ後のほわわ〜んとした感覚が良い。これがいわゆる、酔っていくという感覚なのだろうか。

 身体がほんのりと熱を帯び、それでいてちょっとした浮遊感もある。

「鈴音。何だかんだといいつつ、俺より酒にハマってないか?」

「あはは。ちょっぴり」

 にこやかに答える私を見て、宗太郎さまは少し呆れ顔。

「まあいいか。それじゃあ俺も最後に一口だけ」

「お注ぎしましょうか?」

「ああ、頼む」

 新しく用意したワイングラスに、ほんの少しだけ注ぐ。そして二人で、軽く乾杯の真似事。

 未成年の私たちが、こんなことをするのはいけないことだけど、お酒の力も手伝ってか、ちょっとワクワクした気分だった。幼かった頃の、楽しいイタズラを行うときのような感覚といえばよいだろうか。

 それにしても。

 こうやって宗太郎さまとお酒を飲むなんて事、ここに来たときは想像もしなかったかな……。

 私がこの屋敷に来たての頃は、何かと彼にも嫌われてもいたし。

 けれど今は……もう嫌われてなんかいないよね。多分……。

「ねえ、宗太郎さま。ひとつ聞きたいことがあるんですが、いいですか?」

「何だよ。急に改まって」

「あのですねぇ〜。宗太郎さまは、私のこと好きですか?」

「げふっ!?」

 ふいの質問に、宗太郎さまはワインを吐き出した。更には真っ赤になって取り乱す。

「あはは〜〜。赤くなって可愛い♪」

「お、おい。俺をからかっているのか?」

「別にそういうつもりはありませんよ。ただ、聞いてみたかったんです。最初出会った時は、お世辞にも好かれているようには思えませんでしたから、今はどうなんだろうなぁ〜って」

「そういうことかよ。……まあ、それだったら別に嫌ってはいない、と思う」

「そうですか。少し安心しました。もしあのまま宗太郎さまに嫌われていたら、このお屋敷での生活も辛いものだったかもしれません。かといって、このお屋敷を出たら、私はどこにも行くあてがありませんし」

 私は小さく息をついてから、そっと宗太郎さまの瞳を覗きこんだ。

「宗太郎さま、本当に感謝しています。最終試験が終わっても、未だにこうやって居場所があるのは、宗太郎さまがここで暮らしてもいいって言ってくれたからですし」

「そんな感謝をされるようなことはしてないぞ。第一、おまえは爺さんから俺の世話を言いつけられているんだろ。だったら、その仕事はまだ続いているんだ。勝手に出ていかれてたまるものか」

 ぶっきらぼうに宗太郎さまは言われるが、私に余計な気をかけさせまいという配慮が感じられる。

 一ヶ月以上付き合ってきて、段々とわかってきた彼の優しさ。不器用だけど、ヘンに言葉巧みというよりは、年齢相応で良いのかもしれない。

「ありがとうございます」

 私はそう言ってから彼のほうに近づき、その頬に軽く口付けをした。

 言葉を重ねるのではなく、感謝の気持ちを形であらわす。

「わわわわわわ…………!? な、なにするんだよっ!」

「嫌でしたか?」

「あ、い、いや、そうじゃないけど」

「うふふ。そうですよね。綺麗なお姉さんにキスされて、嫌な男の子っていないですよね」

 あは。私ってば、何を言ってるんだろ。普通ならこんなこと言わないのに、今夜は不思議と口が軽い。

 これってお酒のせいだろうか?

「お、おい。鈴音。酔ってるんじゃないのか」

 宗太郎さまにも、やはりそう指摘されてしまう。でも、私は思わず。

「酔ってませんよ〜〜〜〜」

 典型的な酔っ払いみたいな返事をかえしてしまう。

「……それに酔ってるっていえば、宗太郎さまの方こそ顔が真っ赤じゃないですかぁ〜」

 先程口付けした彼の頬を、指先でつんつんと突つく。

「そ、それは別に酒のせいじゃ…………」

「ふぅ〜ん。じゃあ、照れていらっしゃるのですか。さっきのようなことをされて」

「…………………」

 黙ってますます真っ赤になる宗太郎さま。あまりにも正直な反応が、とてつもなく可愛らしい。

 こういうと何だけど、普段の宗太郎さまってぶっきらぼうすぎて、何を考えているのかわからないときがある。でも、こういう風な一面も見てしまうと、かなり新鮮な気がしてくる。

「そんなに照れることありませんよ。私、今は宗太郎さまのお母さま代わりのようなものだし。何だったら、私のことママって呼んでくれても構いませんよ〜」

「何でいきなりそうなる〜〜〜っ!!」

「……だって宗太郎さま、お母さまを亡くされているし、寂しい時とかありませんか? そんな時は、私をママって呼んで甘えてくれてもいいのですよ。ママが抵抗あるなら、お姉ちゃん♪でもいいのですが」

「馬鹿なこと言うなっ! 鈴音は俺の肉親でもないだろう。第一、俺はおまえをそんな感じには見ていない……」

「だったら、どんな感じに見ているのですか?」

 ちょこんと首を傾げて訊ねてみる。すると宗太郎さまは視線をさ迷わせて、小声で呟いた。

「……そりゃあ、普通のメイドとして……だな」

「あは。それじゃあこれからは宗太郎さまのこと、ご主人さまってお呼びしたほうがいいでしょうか」

 宗太郎さまは綺麗にずっこけた。

「ごっ、ご主人さまぁっ!?」

「良いアイデアだと思いませんか。古今東西、メイドは自分の主を『ご主人さま』と呼ぶのが鉄則と聞きます。龍太郎さまがお留守である以上、宗太郎さまが当主の代理みたいなものですし」

「そりゃそうだけどさ。いくらなんでもそういう呼ばれ方は」

「うぅ〜〜〜ん。だったら、こういうのはどうでしょう…………お兄ちゃん」

 『お兄ちゃん』の部分は、特に甘えるような感じで強調してみる。

 宗太郎さまは、ずっこけるを通りすぎて、もはや放心状態に近かった。

「お兄ちゃん、どうしたの? 固まってるよ?」

 思わず調子に乗って、からかってしまう。いけないとはわかっているのに、何だか止まらない。

「だぁ〜〜〜っ! 何でそうなるんだよ。俺はお前より年下なんだぞ。お兄ちゃんなんて呼ばれるのは絶対ヘンだ!」

「だったら、ご主人さまのほうが良かったですか?」

「それも違〜〜〜〜う!!」

「宗太郎さま、わがままです。最近の男の子は、『ご主人さま』とか『お兄ちゃん』って呼ばれたら、大喜びするものなんですよ」

「そんなの俺は知らないぞ! 一体、どこの知識なんだよぉ〜」

「……ティルが読んでた本に、そういうものが多かったもので」

 ティルを連れて買い物に行ったときなど、よく本屋さんに立ち読みにいくのだが、そこで彼女が気に入っているのが美少女モノのゲーム雑誌だったりするのだ。その本には十二人の可愛い尼さんの物語なんかが好評連載中だったりする。

 中には露骨にえっちな雑誌もあったりして、ちょっと恥ずかしい気分になったこともしばし。

「とにかく、もう勘弁してくれよ」

 宗太郎さまは情けない顔で訴えた。さすがにこれ以上からかったら可哀相かな。

「うふふ。じゃあ、このへんで止めておきますね。宗太郎さま、許してくださいね」

「まったく、酒が入っているといってもたちが悪すぎるぞ」

「反省します」

 そう言って神妙に頭を下げるが、その後は笑みがこぼれた。

「何だよ、その笑い。まだ俺をからかうのか?」

 憮然とした顔の宗太郎さま。でも、私は首を横に振ってから答えた。

「そうじゃありません。ちょっと嬉しいんです。こうやって宗太郎さまとも、冗談じみた会話ができたってことが」

「……俺は嬉しくないぞ。からかわれたんだからな」

「それに関してはホント謝りますって。でも、始めて会った時と比べると、私たちも馴染んできた感じがしませんか? 以前の宗太郎さまなら、こんな冗談にも付き合ってくれなかったでしょうし」

「そうだな。聞く耳もたなかっただろうな」

「だけど、今ではこうやってお話しができている。こんなに嬉しいことはないです」

 そっと胸に手を当て、ここに来てからのことを思い出す。

 宗太郎さまと出会って、それほど時は経っていない。それなのに、思い返せば色々なことがあった。

 マコトくんで彼を殴っちゃったこと(不可抗力だけど)、授業参観に行ったこと、私が魔法使いであることがバレたこと、そして、お互いのことがわかりあえた花火の夜。

 他にも細かいことが沢山……。

「今の俺たちの関係があるのは、ある意味で鈴音の魔法の力かもな」

「え?」

「魔法は純粋なる願いの力。そして鈴音は、俺と仲良くなりたいって、ずっと願っていたんだろ?」

「確かにそういう意味では、これも魔法なんでしょうね」

 宗太郎さまの仰ることは一理ある。

 すべての結果を魔法に例えるのも何だけど、純粋なる願いがなくては、魔法だって発動しない。

 結局魔法というものは、何かを望んだ末に得られた結果の、ひとつの呼び名にしかすぎないともいえる。

「…………なあ、鈴音。おまえはもっと、俺と仲良くなりたいって思っているか?」

 宗太郎さまのこの質問は、今までとは少し違う響きに聞こえた。

 はっきりと言葉には出しているが、そこにはためらいや戸惑いなどの感情が見え隠れする。

 真意はわからない。

 だから私も、正直に思ったことで言葉をかえすしかなかった。

「勿論、もっと仲良くなりたいとは思っていますよ」

「そうか。……おまえがそう願い続けていけば、俺はどんどんとおまえの魔法に惹かれていくんだろうな」

 目を伏せて、意味深に呟く宗太郎さま。その言葉は不思議と重く、私の心に響いた。

「ま、あまり深くは考えなくていいぞ。ちょっと言ってみたかっただけなんだ」

 言葉を返せないでいる私に、彼はさらりと言った。

「それよりも鈴音。俺はさっきのおまえの冗談、許すとは言ってないからな」

「……え?」

「当主である俺に無礼を働いたメイドには、たっぷりとお仕置きしないとな」

 ふっ、と冷たく笑う宗太郎さま。いつも知る彼とは、少しキャラクターが違う。

 いや、それ以前に、お仕置きって一体なに……?

 まさかとは思うけど、とてつもなくえっちなことでもされてしまうのだろうか。

 頭の中をよぎる、生々しいまでの想像。

 だ、だめぇぇ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!

 そんなことになったら、さすがに困ります!

 私のあたふたと手を動かして暴れた。頭の中は、次々と浮かぶアブナイ想像でパニック寸前。

「とりあえずお仕置きの内容だが、一週間俺の勉強をみるってのはどうだ?」

 へ? 一週間……べっ、べっ、べっ…………

 便器ぃ!? 

 混乱している私の耳には、そんな言葉で聞こえてしまった。

 つまり、一週間俺の便器をみろ?

 えぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜っ!! 何ですか、それぇ〜〜? 訳わかりませんよ〜〜〜〜。

 直接えっちなものではないけれど、そんな汚いお仕置きは嫌ぁ……。私は半泣きになりながら許しを乞うた。

「おいおい。勉強みろってだけで、そんなに嫌がるか? じゃあ、これならどうだ。今度から俺の小腹が空いたら、何も言わずに手作りのおやつを用意する」

 次に耳に入ったきたのは、こんな言葉。

 今度から俺の……コ? すいたら、何も言わずに……作り……おや? 用意する??

 え? え? 良くわからないけれど、少しでも頭の中で言葉になおすよう考える。

(今度から俺の子、好いたら、何も言わずに作り、親、用意する?)

 うぅ。つながったような、つながっていないような。

 無理やり意味にすると……俺の子、好いたら(つまり、宗太郎さまの子を好くの?)、何も言わずに親を用意する?

 ……まるで訳わかんない。

 他に考えられそうな意味は……。

(今度から俺の子、何も言わずに作り、親になる用意をする?)

 ……ダメだ。これだったら、好いたら(すいたら)、が繋がらない。

 でも、もし今のが正解に近かったとすれば……宗太郎さまの子供を、私が産んで親になれって意味?

 思わずよぎった考えに、頭の混乱は更に増していった。

「い、いくらなんでも、それはあまりに唐突すぎます!! 宗太郎さまも私もそんな年齢じゃないでしょうに! それに、芳美ちゃんにだって申し訳ありませんし」

「手作りおやつを用意するだけで、年齢もへったくれもあるのかよ。第一、水沢に申し訳ないってなんなんだよ!」

「だって、子作りおやつなんて……」

 そこまで言ってから、私は「あれ?」と思った。

 ……子作りおやつって…何?

「おい、鈴音。おまえヘンな誤解してないか? 俺は手作りのおやつを用意しろって言っただけだぞ」

 宗太郎さまに改めて言われ、それが自分の頭の中に浸透していくにつれ、私は真っ赤になった。

 いやだ、私ってば。何てとんでもない間違いをしているんだろう。

 もう今すぐにでもこの部屋を立ち去りたい気分。

 でも、そう思った瞬間。

「鈴音さん、宗太郎さま。こんな真夜中に何の騒ぎですか」

 厨房の入り口からそんな声がしたかと思うと、目の細いおばさんがそこに立っていた。

「「いっ、玉枝さん?」」

 私と宗太郎さまの声が重なった。そう、そこにいたのはこの屋敷の使用人である玉枝さんだったのだ。

「お二人ともこんな夜更けに騒がれるとは何事です。しかも、ワインなどまで引っ張りだして」

 彼女の指摘に、私たちは思わず身を寄せ合った。

「どういうことか説明していただきましょうか?」

 淡々とした口調で玉枝さんが言う。いつもの調子といえばそれまでだが、こういう時の彼女の口調は、聞くものに圧倒的な威圧感を誇る…………。

 こうして私たちは、玉枝さんに洗いざらい事情を語ることになり、その後はたっぷり一時間近くお説教されたのであった。

 

 

〈了〉

 

 

【あとがき……というか解説】

 『Magical Essence』番外編の第1作目です。

 とりあえず本編の外伝的な話で、今回のは第一部と第二部の中埋めのような展開です。

 本編第二部の第三章で、宗太郎が鈴音に告白するシーンがありますが、彼は今回のような思い出を繰り返すことによって、段々と鈴音にも惹かれていったって感じなのです。

 まあ今回もノリ任せのドタバタになっておりますが、こういうのは書いていて楽しいですね。

 普段はおとなしい鈴音も、暴走するとヘンな方面へ突っ切っていくしで(笑)

 本編を読んでいなくても少しはわかるよう配慮したつもりですが、読んでいるほうが人間関係などわかりやすいのも事実。

 まだ読んでいないという方は、これを機会に読んでみてくれると嬉しいですね。

 

 

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