マリア様がみてる 競作短編 【黄薔薇編】

 

 

 

日曜の午後。

柔らかな日差しに誘われて、由乃と二人出かけた・・・。

 

「令ちゃん、きれいな日記の内容を考えて現実逃避してる。約束してたんだから、大雨だろうと首に縄つけてでもつれていくんだからね!」

 残念ながらほろ苦い現実に引き戻されてしまった。

 あんなことはもう思い出したくもない。

 

 

 

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 それは木曜日のことだった。

 剣道部の練習が始まる前に由乃が、私に練習の成果を見て欲しいといってきた。

 これからすぐ練習があるから部活が終わってからでいい?、とたずねたら、

「うん、令ちゃんだけに見てほしいから家の道場で」といって部員たちの輪にもどっていった。

 なんでも最近、山村先生に志願して秘密特訓をしているのだという。

 確かに最近、由乃の「令ちゃん、部活終わったら先に帰ってて」をよく聞いたがどうやら秘密特訓のためだったことを最近知った。

 日が暮れて真っ暗になったころ、へとへとになって帰ってくるのを何度か目撃している。

 それだけではない。

 時間のあるときには、私のお父さまの指導を受けているそうだ。

 お父さまは

「はじめたばかりだから、実力はまだまだだが心構えがいい。多少技量があったとしても心が乱れていては話にならないからな」

 といって褒めていた。

 由乃をかわいがるお父さまを想像すると何か気に入らない。

 どうしてだろうか。

 ともかく、由乃が頑張っているのだから、私も自分の練習だけでなく後輩たちの指導まで熱が入る。

 今回はそれが仇となってしまった。

 部活の練習終了後、田沼ちさとちゃんが練習に付き合ってほしいといってきた。

 彼女の熱心さには以前から感心していたので快く付き合うことにした。

 だが、練習に打ち込むあまり、あろうことか由乃のことを忘れてしまったのだ。

 次の日の朝、由乃は私を無視してさっさと学校にいってしまった。

 私は朝食もほどほどに由乃を追いかけた。

 やっとのことで追いついて、昨日のことを謝ったのだが相手にされない。

 どうにか機嫌をなおしてもらおうと、ケーキを食べに誘った。

 すると由乃は手のひらを返したように笑顔をみせて、雑誌も買って欲しいと私にせがむ。

 やられた、と思った。

 この程度のことで私たちの関係が崩れるはずはないのだ。

 そのことを見越した上で由乃はウップンを晴らす機会をうかがっていたようだ。

 当然断ることもできず、うなずいた。

 

 これが今日出かける本当の理由。

 とはいえ、久しぶりに二人で出かけられるのはうれしい。

 以前はよくふたりで出かけていたのだが、由乃も剣道部に入部後は回数が減っていたから喜びもひとしおなのだ。

 由乃は高校野球の雑誌(私のおごり)、私はコスモス文庫の新刊を買いにいく。

 そして、紅茶の香りを楽しみながらケーキを食べる(これも私のおごり)

 あそこのケーキは少し割高なのだが、おいしいので16時ごろには売り切れてしまう。

 由乃とふたり楽しく、おいしいケーキを頬張る。

 想像するだけで、心がとろけてしまいそうだ。

 

 

 

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「令ちゃん、またきれいな日記? ムダなことしてないで早くいこう」

 由乃の声で回想から抜け出したころには、家の近所にある公園のところまで歩いてきていた。

 あたりは見慣れた公園。

 そして見覚えのある丸太でできた馬の遊具。

 あれ?

 見覚えがある人影が。

「お姉さま!」

 前の黄薔薇さま(ロサ・フェティダ)にして私のお姉さまである鳥居江利子さまが知らない女の子といっしょにたたずんでいた。幼稚園児だろうか。

 ジャマしては悪いし、立ち去ったほうがよいのだろうか。

 由乃も気がついていたらしい。

 私に目配せをして、立ち去ろうとしたとき。

「令、由乃ちゃん、こっちよ」

 江利子さまがこちらに気がついて私たちの名前を呼んでいる。

 呼ばれたので無視するわけにもいかず、江利子さまのところにいく。

 近くでみて思ったのだが、自信がないというか、元気がない。

 また視線も、どこか落ち着きがない。

 いつもの江利子さまではないように思えた。

 いや、卒業して以来、ほとんど会っていないのだから今はこれが普通なのかもしれない。

 それだけではない。つれている女の子と目をあわせようともしない。

 顔を会わせてすぐに、険悪とまではいかないまでも張り詰めた雰囲気が読み取れた。

 お姉さまの心配を出来るなんて自分もえらくなったものだ。

「ごきげんよう」 

 私へのあいさつもほどほどに由乃に絡む江利子さま。

11月が楽しみね。調子はいかがかしら、由乃ちゃん」

 11月? なんのことだろうか? 11月といえば剣道部の交流試合があるのだが、由乃はまだ試合に出られないはずだが。

「次にお会いするときを楽しみにしていてください、江利子さま。それより、その子はどなたかしら。まさか、山辺さんと江利子さまの子供というにはあまりにも大きすぎるようですけど」

 ・・・由乃ぉ。どうしてそんなこというんだ。

 手術後、お姉さまと絡むといつも喰ってかかる由乃。

 お姉さまは由乃かわいさのあまりにいじめているのはわかっているはずなのに、なんて大胆なことを。

「令、いいのよ気にしなくて。半分あたってるから。この子は、山辺さんの娘さんなの。前の奥さんとの間にできた。ちなみに山辺さんは花寺学院の講師。別名:熊男なんていっていたかしら。令はヒゲ面教師って呼んでたかしら」

 えっ!!

 ヒゲ面教師の存在は知っていたけれど子供がいるとは聞いていなかった。

 由乃は冗談が半分本当だったので相当驚いているようだ。

 おそらく、親戚の子供だと思っていたのだろう。

 私もそう思っていたから、かなり驚いた。

 でも冷静にしていないと。

「そういえば、いってなかったわね。予想どおり驚いてくれるものね」

 そういって私を見つめて笑みを浮かべている。

 江利子さまには冷静な顔を作っていたのだが、どうやらお見通しのようだ。

 かなわないなと思う。

 

 

 

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 私は絶対にかなわないと思った人が3人いる。

 一人目はお父様。

 剣道家としての姿勢、そして弟子の指導、父としての毅然とした態度。

 とてもまねできない。極端にいえば雲の上の存在。

 今はすこしでも父のような強い精神を持つために修行をつづけるしかない。

 二人目が江利子さま。

 何をやっても優秀で、物腰も上品。

 紅薔薇さま(ロサ・キネンシス)、白薔薇(ロサ・ギガンティア)とともに頼りになるお姉さま。

 それだけでなく、新しいことにどんどん興味をもって進んでいく。

 大胆にも学校でプロポーズするなんてそんな芸当は、私にはできない。

 最後は由乃。

 私のこころの支え。

 そして、私をかえてゆく存在。

 お父様と江利子さまはすごい存在なのだが、わたしを変えてしまうということはない。

 由乃はそれを平気でやってしまうのだ。

『黄薔薇革命』のときがそう。

 病弱な由乃を守ることで自分の存在を支えていたことを見透かし、ゆり動かした。

 目の前の恐怖さえも乗り越えて。

 由乃が行動しなければ、私はいつまでも由乃がいなければどうにもならない存在となっていただろう。

 たとえ由乃の自分勝手な行動ですら私を変えてゆく。

 自分では何も変えられない弱い存在だから由乃は貴重なのだ。

 もちろん、それだけではないのだが。

 

 

 

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「どうしたの、令。この子といるのがそんなに変かしら?」

「あ、いえ。そんなつもりは」

 すこしぼ〜っとしていたかしら。

 いけない。由乃のことを考えるとつい周りが見えなくなり、のめりこんでしまう。

「あれ、いっしょにいた女の子は? それに由乃は?」

「ああ、二人なら向こうで遊んでいるわ。由乃ちゃん、最初あの子を威嚇していたのだけど、今はあんなに楽しそうにしているわ」

 会ったばかりの江利子さまとは、うってかわって優しい視線。

 その先には、女の子と由乃がたのしそうにアニメごっこをして遊んでいる。

 女の子もさっきまでみせなかった、あかるい表情で心からあそびをたのしんでいるようにみえる。

 由乃が子供のおもり上手だという事実は意外だった。

 とてもそんな気はしなかったのだが。

「子供みたいなところがあるでしょ。そこがあの子の共感を得たのだと思うわ。」

 と江利子さま。

 全くそのとおりなのかもしれない。

 由乃の子供っぽいところは一見欠点のように見えるかもしれないが、それは長所なのかもしれない。

 実際、私も由乃のそんなところにひかれている。

「由乃ちゃん、私がリリアンにいたころと変わらないわ。変わらないっていうのは成長してないって意味じゃなくて。実際に今もあの子と私が険悪な雰囲気だったのを察して遊んでくれているし、本意ではないようだけれど、私と令が話す時間をつくってくれている」

 なるほど。そうなのかもしれない。

 お姉さまは私の知らない由乃を知っている。

 私は100%由乃のことを知っているつもりでいたが実際知っているのは6070%なのかもしれない。

 近くにいることでわかることは非常に多いけど、ときには離れていないと見えないこともある。

 『灯台もと暗し』という言葉があるのだから事実なのだろう。

 新しい由乃を教えてくれるお姉さま。

 由乃、祥子、祐巳ちゃん、志摩子、乃梨子ちゃん。

 大切な人々に囲まれた生活を送ることができるのはなんて幸せなことだろう。

 

 

 

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「令、いまさらいうまでもないけど由乃ちゃんのこと大切にしてあげなさい」

「はい、お姉さま」

 どうしたのだろうか?

 私が由乃のことを大切に思っていることはお姉さまがよく知っているはずだけれど。

 それなのに。

「由乃ちゃん、本当にかわいいわね」

 いまさら当たり前(?)のことをなぜ今頃。

 ヒゲ面教師となにかあったのだろうか。おせっかいとは知りつつも気になってしょうがない。

「どうしたんですか、お姉さま。よろしければ私に話していただけませんか。こんな私ですから力になれるかわかりませんが」

 黄薔薇(ロサ・フェティダ)になった今だから聞ける。

 それは押し売りであってはならない。

 黄薔薇のつぼみ(ロサ・フェティダ・アン・ブゥトン)だったころは薔薇のお姉さま方がいるからそこまで気を回す必要はなかったけど今は違う。

 私が薔薇さまと呼ばれる立場なのだから。

「ありがとう令。二人にあったら元気になったわ。実はね、あの子とどう接していいかわからなかったのよ。あの子もそれがわかったらしく、私になつかなかった」

 お姉さまの話にどうしていいのかわからなかった。

 ただ、聞いていることしか。

「そんなとき、あなたたちがあらわれたのよ。二人にあって思ったのだけれど、あの子に接するとき、私らしくなく、いい人になろうとしてしまったのがよくなかったのよ。それをきっちり感じ取られちゃったわけ。無理することなんてなかったんだわ。由乃ちゃんに接するみたいにすればよかったのよ。ほら、あの様子だと由乃ちゃんと似たところがあるみたいだからやってみる価値はありそうね」

 そういう視線の先には由乃と女の子が楽しそうに遊んでいる。

 まるで姉妹みたいに。

「最近、由乃ちゃんに会うたびに思うのよ。私たちにとって由乃ちゃんってとても大事な存在みたいね。令にとっては当然かもしれないけど、私にとっても、そうみたい。黄薔薇三人の中心は由乃ちゃんなのかもしれない。あ、これは由乃ちゃんにはナイショ。いってしまうと調子に乗っちゃうでしょ」

 目の前には、いたずらっぽい笑みを浮かべる江利子さまがいた。

 そういう江利子さまはいつもの江利子さまを完全に取り戻していた。

 なにか自信に満ち溢れていて、それでいてミステリアス。

「今年の黄薔薇さま(ロサ・フェティダ)は、信用するに値しそうね。まあ、私が選んだのだから当然よね。令におまけとしてついてきた黄薔薇のつぼみ(ロサ・フェティダ・アン・ブゥトン)。こちらもやってくれそうね」

 由乃のことをおまけといっているのは、素直に褒めるのをあえて避けている。

 避けているのを楽しんでいる。

 もう何も心配する必要はない。

 

 

 

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「令、もうすぐ15時だけど、由乃ちゃんと出かける予定じゃなかったの。いけなかったら由乃ちゃんの機嫌をそこねちゃうじゃない?」

「あ、いけない。今日行くケーキ屋さんは16時にはほとんどのケーキが売れてしまうから急がないと。それでは、失礼します」

 とても恥ずかしい。

 由乃と出かけることをすっかり忘れているなんて。

 こんなところを見せてしまうとはうかつだった。

「由乃〜、そろそろ行こう。ケーキ屋のケーキが売り切れてしまうよ」

 それを聞いた由乃が女の子を連れて駆け足で私たちのところに戻ってくる。

 女の子にひとことふたこと声をかけて別れる。

 しかし、あまりに名残惜しそうな顔をするものだから、由乃が「また遊ぼうね」と声をかけた。

 すると、女の子は輝く笑顔で「うん」といった。

 由乃は完全にこの子の心をつかんだらしい。

「江利子さま、ごきげんよう」

 そういって由乃はグイグイと私の手を引いて歩いていく。

「ごきげんよう、お姉さま」

 そして公園をあとにした。

 江利子さまは女の子と手をつなぎ、見えなくなるまでこちらを見ていた。

 

 

 

 私にはわかる。

 由乃という名の栄養を得て、元気になったお姉さまには怖いものはない。

 きっとあの子とうまくやっていくだろう。

 リリアンにいたころも、自分のペースでやっているときにはどれだけ困難に見えることでも難なくやってのけたのだから。

 

 

〈了〉

 

 

 

【黄薔薇編あとがき】

 

 ついに公開ですか。信じられないですね。

 実はギャグ路線で最初に作品を書いていたのですが変更しました。

 多少、紅薔薇を意識してますね。

 作品の雰囲気について報告を受けていましたので、無謀と知りつつも、しっとりした雰囲気の作品をめざしました。

 読めるレベルに達することができてよかった。

 見事に紅白薔薇に挑戦し、玉砕できたことを誇りに思います(爆

 『あっぱれ!』をあげてよいかな(w

 

 内容についてですが黄薔薇は意外と難しかったです。三人がしっかり絡んでるって話はすくないですからね。

 とにかく原作を意識して書くことを考えました。

 原作を意識した小ネタ等をちりばめてあります。

 また、話の視点は令になってますね。

 由乃や江利子の視点でもそれなりに書けたのでしょうけど、三人のバランスを考えると令で落ち着きました。

 自分なりに原作から読み取った黄薔薇ファミリーの関係を表現できているとよいのですが。

 

 ちなみに、黄薔薇ファミリーでは由乃がいいです。スポーツ観戦好きなところが共通してますからね。由乃らしさはでているでしょうか?

 

 最後に、このような企画に参加させて下さった沙絵さんに感謝です。

 小箱で私の弱気なグチにも付き合っていただきすみませんでした。

 また、一緒に参加してくださった隻眼の道化師さん。

 ありがとうございます。

 無事完成することができました。

 完成してみると、またこのような企画に参加してみたいと思ってしまいます。

 機会があれば、よろしくということでw

 

 読んでいたいた方には感想をいただけると幸いです。

 

【追加のあとがき】

ついに黄薔薇ファミリー+1の絵を庭瀬ひのえさんに書いて頂きました。

 TOP絵がとてもよい雰囲気だったので、つい無理なお願いをしてしまいました。

 短編を読んでいただいた上で書いてもらったのでその雰囲気を十二分に盛り込んだすばらしい絵だと思います。やさしい、やわらかい感じがよく出ています。

 本当にありがとうございました。絵はこちらにありますのでご覧ください。