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第七章 その出会いも、また小さな魔法

 

「鈴音。・・・・・・おまえは一体、何者なんだ?」

 夜の帰り道における、ふいの質問。

 宗太郎さまが何故、そんなことを訊いてきたのかは判らないが、私の中で嫌な予感がはしった。

「何者って言われても、私は鈴音で、宗太郎さまにお仕えするメイドで・・・・・・」

 沈黙するのも何なので、とりあえずは無難な返事をかえす。

 とはいえ、自然に柔らかく言えたかというと、あまりうまくいっていないような気がする。

 心の中にある不安は、どうも言葉を歯切れ悪くする。

「俺が訊きたいのは、そういうことじゃない!!」

 宗太郎さまは、きっぱりとそう言い、そして。

「鈴音。おまえ、ひょっとして宇宙人か何かじゃないのか?」

「へ?」

 あまりにも突飛な指摘に、私は目を丸くした。

 宇宙人と言われて、私の貧弱な想像力では、タコみたいな姿の火星人がポンと思い浮かぶ。

 良くはわからないけど、宇宙人ってのもあんまりな言われような気がする。勿論、こんな場違いな想像をしている時でもないだろうが・・・・・・。

「宗太郎さま。私、タコみたいなものと一緒にされたくはありません」

「誰もタコだなんて言ってないだろ」

「それはそうですけど、また宗太郎さまは、私に意地悪なことを言うのかな〜って思いまして」

「俺はおまえに意地悪なんて言った覚えはないぞ。仮に意地悪く聞こえたとしたなら、それはおまえの心が貧しい証拠だ」

「そういう言い方が意地悪に感じるんですよ」

 もっとも今は、こういう口論をしているほうがありがたい。それで話題の方向がそれるのなら、その方が助かるもの。

 だが、残念なことに私の望む展開にはならなかった。

「・・・・・・悪かった。そう感じたのだったら謝ってやる」

「えっ?・・・・・・は、はい」

 こう素直に謝られたのでは、いつもの調子が狂ってしまう。

「それよりもさっきの話に戻るぞ」

「・・・・・・私が宇宙人とかいう話ですか?」

「ああ」

 宗太郎さまは、真剣に私の顔をみて言う。そんな顔で見られると、はぐらかすのにも罪悪感を覚える。

 そして、彼が本当に何を言いたいのか不安でならなかった。

「私、宇宙人なんかじゃないですよ」

「でも、俺見たんだ」

 その言葉にドキッとする。見たって一体何を・・・・・・?

 私が黙ったままでいると、宗太郎さまはおもむろに口を開いた。

「おまえ、そのホウキにまたがって空を飛んでいただろう? あと、小さいヘンな生き物も連れていた」

「・・・・・・・・・・・・」

 とっさに言葉は出ない。宗太郎さまには、見られていたのだ。

「水沢の部屋の窓から、はっきりと見えたんだ。お前が空に浮かんでいるところを」

「・・・・・・夢でも見ていたのではないですか?」

「あれは夢なんかじゃない。現実に見たものだ!!」

 宗太郎さまが、乱暴に詰め寄る。

「宇宙人じゃなければ、魔法使いか超能力者じゃないのか? 一体、何者なんだよ!」

「・・・・・・そういわれましても」

 ものすごく困る。宗太郎さまたちの前では、魔法のことは秘密なのだから。

 けれど、私が戸惑っていると、彼は意外な行動に出た。

「頼む。本当のことを教えてくれ。この通りだ」

 彼はそう言うなり、いきなりこの場で土下座をはじめたのだ。

 さすがにこの行動には、私の困惑は増すばかりだった。非難されるならまだしも、なぜ土下座なんて・・・・・・。

 一体、どうすればいいのだろう? 私には私の事情があるけど、宗太郎さまにも何か事情がありそうだった。彼をここまでさせるような深い事情が・・・・・・。

「宗太郎さま。頭をあげてください。何があったかは知りませんが」

「おまえが本当のことを教えてくれるまで、頭はあげない」

「そんなわがままおっしゃらないでください」

「どうしても知りたいんだ。・・・・・・それとも人には教えられない事情でもあるのか? だったら、俺は誰にも喋らない。絶対に秘密にしてやるから」

 真剣な顔の宗太郎さま。私は彼の前にしゃがむ。

「一体、どうしちゃったのですか。私がそんなすごいものな訳ないじゃないですか」

「今更ごまかさないでくれ。俺は見たんだぞ」

「だから、それはきっと夢であって・・・・・・」

 私がそこまで言った時、急に懐のあたりがモソモソとした。

 そして・・・・・・。

 懐から、ひょっこりとティルが顔を出した。

「ぷふぁ〜〜。鈴音ちゃん、ひどいんだぞぉ〜。さっきは急に中に押し込められて、ビックリしたんだよ〜」

 絶句。宗太郎さまにいたっては、口をワナワナと震わせてティルを指さす。

 はっきりいって最悪のタイミング。ティルのことを失念していた自分が呪わしい。

「す、鈴音。こ、こいつだ。俺が見た小さな生き物」

「・・・・・・・あ、あは、あは、あはははは」

 もはや乾いた笑いしかでなかった。

 とっさにごまかそうとしても、頭の中が混乱して、もうそれどころではない。

 ここまで来れば、もはや観念するしかないのだろうか? ホント、泣きたい気分だった。

 ティルは状況がのみこめていないのか、顔をキョロキョロとさせるが、宗太郎さまと視線が合うと咄嗟に懐に戻る。

「あ。待て、こら!」

 宗太郎さまはティルを捕まえようと腕を伸ばした。だが、またしても・・・・・・。

 ・・・・・・むぎゅ。

 以前のように、私の胸は掴まれる。

「いやぁ〜〜〜っ! ひどいですぅ〜。宗太郎さま、わざとやってませんか!!」

 半泣き状態で、宗太郎さまを撥ね除けてしまう。しかも今回は、マコトくんでの追い討ちもかかって更に哀れ。

 したたかに腰を打ちつけた彼は、痛みに顔を歪めながら抗議してくる。

「今のは不可抗力だろう」

「不可抗力でも、ひどいです。一度ならず二度までも」

「仕方ないだろ。ヘンチクリンな生き物を捕まえようとしたらそうなったんだ。文句はその生き物に言え」

「うむむぅ。今のは聞き捨てならない言葉だぞぉ〜」

 宗太郎さまの言葉に反応してか、ティルがまたモソモソと現れる。

 あ〜ん。もう、どうしてこうなるんだろう・・・・・・。

「この生き物しゃべったぞ!!」

「わたしは宗太郎ちゃんと比べて、頭がいいから、人間の言葉だってしゃべれるのだ〜」

 ティルは威張って言うが、自慢してもカッコよく見えない。それ以前に・・・・・・。

「俺の頭のどこが悪いっていうんだよ!!」

「自分の責任を他人におしつけるのは、頭の悪い証拠なんだぞぉ〜」

「ヘンチクリンの分際で生意気言うな」

 売り言葉に買い言葉。ティルと宗太郎さまの低レベルな言い争いがはじまる。私はもう、呆然とそれを眺めるしかできない。

「こらあ、ドロ沼やな。隠しようもあらへんのとちゃうか?」

 マコトくんが、ボソリとつぶやいた。

 悲しいけれど、マコトくんの言うとおり。ここでうまくごまかしきれる自信なんて、私にはもうなかった。

 

§

 

 ティルと宗太郎さまの言い争いが終わったのは、あれから三十分ほど経った後だった。

 しかも、終わったというよりは、終わらせたといった方が正解。私が止めなければ、いつもでも不毛な口論が続いていただろうから。

 今、私たちは夜の川原にいる。

 宗太郎さまに全てを話すという約束で、ここまで移動してきたのだ。

 今の時間、このあたりには誰も居なかった。色々と落ちついて話すには、うってつけの場所といえるだろう。

「宗太郎さま、とりあえずこれをどうぞ」

 私は近くの自動販売機で購入したジュースを彼に渡してあげる。

 休みなしに言い争っていたし、きっと喉も乾いていると思う。

「すまない」

 宗太郎さまは、ぶっきらぼうにジュースを受け取ると、そのまま開けて一気に飲み干してしまう。

「少しは落ちつきましたか?」

「ああ。まあな」

 宗太郎さまは頷くと、私の方へ向き直った。

「それよりも、本当に話してくれるんだな?」

「・・・・・・ここまでバレちゃったら仕方ないですもの」

 私は膝にいるティルに一度だけ視線を送ると、ティルは申し訳なさそうに肩を竦めた。

「ごめんだぞぉ。鈴音ちゃん」

「もういいですよ、ティル。すぎちゃったことですし」

 軽く彼女の頭を撫でた後は、心を決めて宗太郎さまに向き直る。

「さあ、何から話せばいいですか?」

「・・・・・・まず、おまえたちが何者かってことだ」

「何者かって言われれば、私も普通の人間ですよ。もっとも、リートプレアという異世界から帰ってきた魔法使い見習いですけど」

「リートプレアって、そんな世界があるのか?」

「はい。今いるこの世界とは違った、もうひとつの別世界です。そこは魔法が常識として存在する世界で、私はその世界で魔法を学んでいたんです」

 宗太郎さまは比較的落ちついて見えるが、良く見れば顔が緊張している。

 まあ、魔法などというものに馴染みがない以上は、それも仕方のないことだけど。

「信じられませんか?」

「・・・・・・いや、信じる。俺が聞き出したことだしな。それよりも鈴音。おまえ、その異世界から帰ってきたって言ったけど、それはどういう意味なんだ」

「私はリートプレアの人間ではなく、宗太郎さまと同じこっちの世界の人間なんです。リートプレアには三年前、ひょんなことから迷いこんじゃっただけで。その後は、向こうの世界で魔法の基礎を学んで、今は正式な魔法使いになる最終試験のためにこちらの世界に戻ってきたんです」

「そうだったのか」

「はい。そして向こうの世界で知り合ったのが、この妖精のティルと・・・・・・こっちのホウキに宿る、精霊のマコトくん」

 私はティルとマコトくんを、それぞれ紹介してあげた。

「二人とも、自己紹介して」

「ほ〜い。わたしが妖精のティルだぞ〜。鈴音ちゃんの一番の友達だぞぉ〜。どうだ、驚いたか」

「ワシがホウキに宿る精霊にして、燃える義侠心のマコトや。ワシのことは敬意をこめて、マコトさんと呼ぶように」

「ホ、ホウキも喋るのか!?」

 マコトくんの紹介に少し腰がひける宗太郎さま。まあ、ホウキがいきなり喋りもすれば驚くだろう。普通。

「・・・・・・マコトくんは口は悪いですけど、根はいいので許してください」

「あ、ああ。わかった。よろしくな、ティル、マコト」

「誰がマコトじゃ! おのれみたいな、ケツの青いガキに呼び捨てにされるいわれはない。ちゃんと、マコトさんと呼ばんか・・・・・・いっ?」

 私は、マコトくんをゲシッと踏みつけた。

「マコトくん! 宗太郎さまに、そのような口の聞き方をしたら許しませんからね」

「・・・・・・ワシはただ、礼儀っちゅうものを教えたろうとしただけやんか」

「余計です。第一、私もマコトくんも栗林家にお世話になる身。私たちこそ礼儀を払わないとダメでしょう」

 きっぱりと言いきる。もっとも、それは建前。本音は、宗太郎さまとマコトくんがぶつかるのが嫌なだけ。

「うんうん。それはいえるねぇ。燃える義侠心と言う以上は、心を広くもって男気を示さないとダメだぞぉ〜」

 ティルも腕を組んで頷く。

「とりあえず二人の自己紹介はこれで終わりです。マコトくんとティルは、しばらく黙っていてもらえませんか?」

 この二人が喋り出すと収拾がつかない。二人とも言うとおりに頷いてはくれたけど、どこまで理解しているやら・・・・・・。

「おまえら、賑やかだな」

 宗太郎さまが、そんな感想をもらした。その表情を見ると、少し笑っているようにも見えた。

「そんなふうに見えますか?」

「まあな。・・・・・・それと、礼儀うんぬんに関しては俺もあまりうるさくは言わないでおく。おまえらには、水沢の家から助けてもらった恩もあるしな。そうなんだろ?」

「・・・一応はそうなりますね」

「だったら、礼は言う」

 宗太郎さまはそう言って、軽く頭を下げた。

「・・・・・・ありがとうございます」

 ぶっきらぼうではあったが、宗太郎さまの配慮は嬉しかった。少しでも彼の心に近づけた気がするから。

「それよりも、本題の続きいいか?」

「ええ」

 穏やかな夏の夜。川原をぬける風が、ほんの少し心地よかった。

 そう感じれるのも、私の心に少し余裕ができたからなのかもしれない。

「最終試験のためにこっちの世界に戻ってきたっていうけど、どうして俺の家に来たんだ?」

「・・・・・・実は私も、そこらへんの事情がわからないんです。魔法学院のステラ学長に、宗太郎さまの屋敷でお仕えするように言われただけで。でも、それが正式な魔法使いになる、最終試験のようなんです」

「メイドとして仕えると、魔法が使えるとでもいうのか?」

「わかりませんが、私としてはそうするしかなかったんです。もっとも今となっては、魔法使いになる夢も半分諦めていますけどね」

「なぜなんだ?」

 宗太郎さまは勢いこんで、訊ねてくる。

「魔法のことは龍太郎さま以外には秘密だったんです。けれど、宗太郎さまにもバレちゃったし、最終試験は不合格かもしれません」

「・・・・・・うちの爺さんは、魔法のこと知ってたんだ」

「ええ。龍太郎さまとステラ学長は、どうもお知りあいみたいで」

「我が祖父ながら、食えない爺さんだな。・・・・・・でも、安心しろ。俺はおまえの秘密、誰にも喋らない。俺が知らないってことにしておけば、試験だって不合格にならないかもしれないだろ」

 宗太郎さまはそこまで言うと、私の手を掴んだ。

「鈴音。立派な魔法使いになれ。そのためだったら、俺はおまえを側においてやる」

 思いもかけない言葉。本当なら嬉しいはずなのに、先程の土下座といい、どこか釈然としないものがあった。

「宗太郎さま。どうしてそこまで?」

「本物の魔法使いが知り合いにいるなんてスゴイじゃないか。それに魔法ってのは、不可思議で万能な力なんだろ?」

「不可思議な力ではありますが、万能かどうかは・・・・・・」

「でも、空を飛んだり、大勢の相手を一瞬で無力にしたりとかできるんじゃないのか?」

「確かにそういうこともできますけど」

「だったら、すごい力さ。あと、すごい魔法になれば、死んだ人間を生き返らせたり、時を遡ったりすることもできるんだろ?」

 そこまで言われた時、心の中で警鐘が鳴った。私の手を握る宗太郎さまの手にも、どこか力がこもっている。

「・・・・・・・・宗太郎さま。そんなことを訊ねて、どうするのですか?」

 少し慎重に言葉を運ぶ。安易に答えるのは危険な気がしたから。

「俺、おまえがすごい魔法使いになったら、頼みたいことがあるんだ」

「頼みですか?」

「ああ。・・・・・・俺、もう一度、死んだ両親に会いたいんだ。鈴音の魔法の力で、どうにかならないか?」

 宗太郎さまは真剣な目で私を見つめる。そこには強い期待と願いが宿り、その思いが痛いほどに伝わってくる。

 私はしばらく言葉に詰まった。彼の願いはわかる。私だって、異世界の門を開いたときは同じ願いをもっていたもの。

 けれど現実は厳しい。蘇生や時を遡る魔法がないわけでもないが、それをむやみに使うのは禁止されている。

 第一、安易に死者を生き返らせようものなら、人口は減らない一方だろうし、他にも生態系のバランスを乱す問題が続出する。

 たとえ個人レベルの願いであったとしても、それをかなえることは許されないのだ。

「・・・・・・宗太郎さま。いくら魔法でも、そこまでの奇跡は起こせませんよ。そんな魔法は存在しませんから」

 結果、完全に嘘になるが、そう言っておくしかなかった。

 でも、そこにマコトくんが余計な口をはさんだ。

「おいおい。蘇生の魔法とかは、ちゃんとあったはずやで。鈴音は知らんのかいな? まだまだ勉強不足やのお」

「マコトくん!!」

 私は厳しい声をあげて、マコトくんを睨んだ。

「な、なんや。鈴音。そない怖い顔してからに。ワシ、なんか悪いこというたか?」

 言ってます。確実に。

 すると今度は、宗太郎さまが口を開いた。

「どういうことだ鈴音。おまえ、まさか、嘘を言ったんじゃないだろうな。蘇生の魔法はないって」

「・・・・・・いえ、別にそのようなつもりは」

 段々と言葉が弱くなる。どうしてこう、次から次へタイミングが悪いのだろう。

「だったら、いつかそういう魔法を使って、俺の願いをかなえてくれるよな?」

「・・・・・・それは、無理です」

「どうして!?」

「だって私、そこまですごい魔法使いになる自信はありませんもの」

「おまえの知っている、すごい魔法使いに頼んでくれてもいいんだぞ」

「それも無理です。・・・・・・死んだ人間を生き返らせるなんて、簡単に許されるものではないと思いますし」

「だったら、何とかできるように努力しろよ!!」

 宗太郎さまの悲痛な叫び。私にも同じ覚えがあるだけに、すごく辛い。

 でも、私ではどうにもできない。いや、仮にできたとしても、どうにかしてはいけないのだ。

「いくら宗太郎さまの願いでも、そればかりはできません」

「わかった。もういいっ!!」

 宗太郎さまは叫ぶと、この場を立ちあがった。

 そして。

「俺は自分の力で、いつか魔法を学んでやる。そして、自分で願いをかなえる」

 そう言って宗太郎さまは、この場を走り去ってしまった。

 私も慌てて、彼を追いかけようとする。

 だが、その時だ。

「鈴音さん。少しお待ちなさいな」

 ふいに、あらぬ方向より声がかけられた。

 それもどこかで聞き覚えのある、落ちついた女性の声。

 この声の主は誰だったろう? だが、私が思い出すよりも先に、答えはティルの驚き声によって示された。

「うわぁっ。ステラのおばちゃん、どうしてここにいるのぉ〜?」

「ええっ!?」

 私も振りかえって驚いた。そこにいたのはまぎれもなく、魔法学院のステラ学長だったからだ。

「・・・・・・なぜステラ学長が」

 呆然とする私に、学長は穏やかに微笑んで見せた。

「久しぶりね。鈴音さん。それに、マコトやティルも」

「いきなりご登場とは、学長はんも人が悪いのぉ。さっきまでのやりとりかて、ずっと見てたんちゃうんか?」

「ええ。見せていただいたし、何があったのかも大体は知っているわ。色々と大変みたいね」

 悪びれもせず、笑顔で答えるステラ学長。

 何を考えているのかはわからないが、学長の笑みは、いつだって人を穏やかにする魅力があった。

「・・・・・・確かに色々とありました。それに見ていたのなら、学長もご存知ですよね。私、宗太郎さまに、魔法のことバレてしまって」

「そのようですね」

「・・・・・・バレてしまった以上、最終試験は失敗ですよね。ステラ学長はそれを伝えに来たのでしょうか?」

 私が言った矢先、マコトくんが割ってはいる。

「おいおい。それやったら、待ったってくれや。鈴音は、よお頑張っとるで。学長はん、堪忍したってや」

「鈴音さん、それにマコト。わたしは別に、最終試験の終了を伝えにきた訳じゃありませんわよ。それに、試験はまだ続いている訳ですし」

「え? でも」

 戸惑う私をよそに、ステラ学長は静かに言った。

「とりあえずは座りましょう」

「ですが、宗太郎さまが・・・・・・」

「あの子なら、きっと大丈夫。その気になって探せば、どこにいたって見つかる筈よ。だから、今は落ちついてお話しましょう」

 学長にここまで言われたら、従うしかなかった。私はステラ学長に習い、川原に腰を下ろした。

「それで、お話って何なのでしょう?」

 若干、緊張も混じりながら、私のほうから会話を切り出す。すると。

「鈴音さんは、宗太郎くんのことをどう思ってるのかしら?」

 いきなり、このような質問がなされた。

「・・・・・・どう思うと言われても、それは心配に思っています」

「だったら、何がどう心配なのかしら?」

「・・・・・・・・・・・・え」

 すぐには答えられなかった。心配な気持ちに嘘はないが、何が心配なのかと問われれば、とっさには出てこない。

 宗太郎さま誘拐の件に関しても、形の上では解決もしているもの。

 だったら私は、何を心配しているの? 

 せいぜいを言えば、この場を去ってしまった宗太郎さまのこと?

 でも、それは言い訳のように思えた。

 本当に心配しているのなら、ここに座っている私は何? 

 いてもたってもいられないのなら、例えステラ学長の言葉でも、従っているとは思えない。

「鈴音さんが心配なのは、宗太郎くんのことではなく、自分自身のことじゃないのかしら?」

 淡々とした声で、ステラ学長は言った。

「・・・・・・自分自身のこと?」

「そうよ。宗太郎くんに魔法のことがバレて、魔法使いになる夢が潰えるかもしれない。それは、ひいてはあなた自身の居場所すら無くすかもしれないこと」

「・・・・・・・・・・・・」

「魔法使いになれなければ、リートプレアに戻る意味もない。かといって、宗太郎くんの屋敷に止まる意味もない。鈴音さんは、どこにも居場所がなくなる。あなたはそれが心配なだけじゃなくて?」

「おいおい。学長はん。何、勝手に決めつけとんのや。いくらあんたでも、そんな言い方ないんちゃうか?」

「そうだぞ〜。ステラのおばちゃん、厳しすぎるぞぉ」

 マコトくんやティルが、何も言えない私に代わって、ステラ学長に意見する。

 けれど学長は、そんな二人の言葉を一蹴した。

「あなた達はお黙りなさい。わたしは事実を客観的に述べたまでよ。そうでしょ? 鈴音さん」

 確認をとるかのように私を見つめる学長。

 でも、私は・・・・・・言いたいことがある。さっき何も言えなかったのは、単に言い返せなかっただけじゃない。ステラ学長の言葉を、自分の中で吟味していただけ。

 その結果、はっきりといえることがあった。ステラ学長の述べた言葉は、今の自分には当てはまらない・・・・・・というか、考えたこともない。

 だから私は、きっぱりと言い返した。

「ステラ学長の仰ったことは、私、考えたこともありません。私は自分自身のことより、宗太郎さまのことが心配なんです」

「本当にそう言いきれて?」

「ええ。断言します。第一、自分自身の居場所がないなら、それはまた自分で探せばいいことです。私だって、それくらいの心の余裕はあるつもりですから。ティルやマコトくんといった友達も、私を支えてくれますしね。でも、宗太郎さまには、私のような余裕がないと思うんです。両親を亡くした悲しみに捕らわれたまま、他を見つめる余裕もないんです。昔の私がそうだったから、宗太郎さまの気持ちは痛いほどわかります。私は、そんな彼が心配だから、どうしても助けてあげたいんです」

 言ってから自分でも驚いた。先程と比べて、宗太郎さまの何が心配なのか、スラスラと言えたのだから。

 するとステラ学長は、パチパチと小さく手を叩いた。

「はい。よく言えましたね。鈴音さん」

 そう言った学長の声は、すごく穏やかで、どこか笑いが含まれていた。

 これはある種、見事にかつがれたような気がする。彼女の意図がわかった私は、苦笑するしかない。

「・・・・・・学長。人が悪いです」

「ごめんなさい。でも、ああでも言わなければ、鈴音さんもヘンに悩み続けて、気持ちの整理はつかなかったと思うの」

「ただ、学長の仰ったことも、別の意味では事実ですよね。・・・・・・私、やっぱり自分自身のことしか考えれていなかったのかもしれません。宗太郎さまのことをもっと真剣に思っていたのなら、さっきの答えだっていつでも言えただろうに」

「もういいじゃありませんか。これまで色々と悩みが山積みになってきたんですもの。それらが完全に消えないままに、今夜のような事件も起きて・・・・・・。こう何かと起きては、本質を見失い、混乱するのも仕方のないことよ。でも、あなたはちゃんと本質を見なおせた。それで充分なんですよ」

 ステラ学長は、私の両肩をポンポンと叩いて、言葉を続けた。

「鈴音さん。あなたは合格よ。今日からあなたは正式な魔法使いよ」

「・・・・・・え?」

 一瞬、何を言われたのかわからず、私は目をしばたかせる。

「学長はん。今の一言って、鈴音が最終試験に合格したっちゅうことか!?」

「そうよ。マコト。鈴音さんは、今日からわたしが認めた正式な魔法使いになったのよ」

 まだ、実感がわかない。頭の中が真っ白のままだ。

「鈴音ちゃん。合格ぅ、合格らしいぞぉ〜。おめでとうなんだぞぉ〜」

 ティルが私の頭をガンガンと揺らし、ようやく我にかえることができた。

「おめでとう。鈴音さん」

 優しげに告げる学長。けれど、私は・・・・・・。

「・・・・・・ちょ、ちょっと待ってください。どうして合格なんですか。それを教えてください」

 私には何がなんだかわからない。最終試験の意味だって知らないし、合格の理由だってわからないままなのだ。こんな状況で、素直に喜べるはずもない。

 けれど、そんな私の慌てぶりとは対照的に、ステラ学長はゆっくりと言葉をつむいだ。

「鈴音さんは、宗太郎くんの使った魔法を感じることができたからですよ」

「宗太郎さまの魔法?」

「ええ。彼は無意識のうちに魔法をつかっていたのよ。誰かにすがりたい、助けて欲しいって願う魔法を。あなたはそれを感じたから、宗太郎くんを助けてあげたいって思ったの」

「でも、それって魔法なんかじゃないのでは。第一、私が宗太郎さまを助けたいと思うのは、彼の気持ちが痛いほどわかるからであって、決して魔法とは関係ないことだと思います」

「鈴音さん。あなたの言いたい気持ちはわかるし、それも決して間違いではないわ。でも、正しいとか間違っているとか、そういうことが問題ではないの。それに、あなたは魔法とは関係ないっていうけれど、魔法の本質が本当にどういうものか知っているの?」

「魔法は“見えざる真理”に呼びかけて発動する・・・・・・」

「それは技術的な話であって、魔法の本質ではないわ。いい、鈴音さん。よく聞きなさい。魔法の本質は、奇跡の力でも万能の力でもないの。単純に、人の純粋な思いそのものなのよ。だから、何かを純粋に思い願える人は、それだけで立派な魔法使いとも言えるの。そしてね、鈴音さん。あなたはその純粋な思いを大事にできる人だから、この試験に合格したの」

「けれど、純粋な思いだけでは、リートプレアの人みたいに不思議な力を自在に使えるとは思えません。こっちの世界の人だって、純粋な思いの人はたくさんいるけど、本当の奇跡を起こせる人は少ないですし」

「そこに絡むのが“見えざる真理”よ。“見えざる真理”は、魔法の本質たる純粋な思いに反応するひとつの法則だけど、それは呼びかけてこそ、願いを形に変えて応えてくれるものなの。リートプレアの人間は“見えざる真理”の存在は知っているけど、こちらの世界の人間はその存在すら知らない」

 さっき、これと似たような話をマコトくんに聞いたような気がする。

 要は魔法が常識としてあった世界か、そうでないかの違いだけ。

「でもね。鈴音さんや宗太郎くんは違ったのよ。偶然とはいえ“見えざる真理”に呼びかけるに至った。けどその理由は、この世界に絶望し、この世界にはない別の未知なる存在に思いを馳せたから」

「・・・・・・確かに私は、この世界にない奇跡や魔法にすがろうとしたことがあります。その思いが“見えざる真理”に反応して、魔法世界の門を開いたのも理解できます。でも、宗太郎さままでどうして」

「それは、さっきまでの宗太郎くんの願いが全ての答えよ。彼だって魔法や奇跡が欲しかったの。もっともそれ以前に、天国にいるご両親に思いを馳せていたのでしょうけどね。でも、天国はこの世界には存在しない。かといって、思いを馳せずにはいられない。行き場のない未知なるものへの思いは、やがて“見えざる真理”の反応するところになったのよ。だから、宗太郎くんは魔法を使ったことになるの。そして、わたしも彼の思いを感じたから、宗太郎くんを理解してあげられる存在を栗林家に送ったの」

 そこまで聞いて、私は小さく頷いた。

「それが私であったというわけですか?」

「そういうことよ。宗太郎くんとあなたでは、魔力・・・・・・というか、思いの力の差は大きく異なるけれど、それでも魔法を使う人間はお互いを惹き付けあう性質もあるの。鈴音さんが宗太郎くんを助けたいと思う気持ちも、それだけ彼の発する魔力に惹かれている証拠よ」

「言いたい意味は段々とわかりましたが、それでも複雑な気分です」

「それでいいですよ。もう難しい話は終わりだから。鈴音さんは、あなたの思うやり方で、宗太郎くんを助ければいいんです。それがあなたにできる魔法になるはずだから」

「・・・・・・きっと、本当の魔法には、形なんてものはないのかもしれませんね」

「そうね。魔法なんてものは、あくまで呼び名にすぎないのかも。でも、あなたと宗太郎くんの出会いも、また小さな魔法の産物だし、奥は深いわよ」

 ステラ学長の言葉に、私も小さく笑った。

「少し運命的な感じもしますね」

「まさにそうなのかもね。・・・・・・さあ、わたしもそろそろ戻るとしようかしら。鈴音さんに伝えることも済んだしね」

「もう帰られるのですか?」

「最終試験の判定も終わりましたしね。それに、鈴音さんも宗太郎くんのことを放ってはおけないでしょう。そろそろ彼の元に行ってあげなさい。未熟な魔法使いを正しい方向に導くのも、正式な魔法使いとしての仕事。あとはもうあなたの自由よ。彼をどう助けて、自分自身の居場所をどうみつけていくかも、鈴音さん次第」

「ありがとうございます。ステラ学長。これからも頑張ります」

 私は、力強く頷いた。

「いい返事だわ。正式な魔法使いになっても、まだまだ学ぶことは多いし、目的をもって生きなさい。・・・・・・それと宗太郎くんだけど、ここからそれほど離れていない公園にいるわよ」

「わかりました」

 ステラ学長に深く頭を下げる。そして。

「ティル。マコトくん。行きましょう。宗太郎さまが待っています」

 私は勢い良く、二人に呼びかける。

「よっしゃ」

「公園まで、れっつご〜だぞぉ」

 私に応えてくれる友達。少しの言葉のやりとりでも、頼もしく感じられる。

 これから先、自分のやろうとすることがうまくいくかはわからない。けれど、私は自分にできることを見失わず、それを努力していくしかない。

 きっとそれが、皆の幸せに繋がると純粋に信じているから。

 ステラ学長と別れた私は、公園に向かう前にコンビニへ立ち寄り、あるものを購入した。

 これがあれば、私がこれから思い描く魔法に、少しでも役だってくれるかもしれないから。

 

§

 

 夜の公園は、思った以上にひっそりとしていた。

 もうかなり遅い時間だけに、それも仕方のないこと。

 それでも、街灯の明かりがあるだけ、まだ良い。

 完全な闇は不安しか与えないが、少しの明かりでも灯っていれば、そこには落ちついた空間が生まれる。

 公園に入り、しばらくも歩くと、宗太郎さまはすぐに見つかった。ブランコに腰をかけ、静かにしている。

 私は、彼の背後にそっと近づくと、小さく声をかけた。

「宗太郎さま」

 できるだけ落ちついた、穏やかな声での呼びかけ。それに対する宗太郎さまの反応は。

「何しに来たんだよ。俺を連れ戻しにでも来たのか」

 こちらに向き直ることもなく、ぶっきらぼうに答える。

 だから、私も言い返してあげた。

「違いますよ。私はここに遊びに来ただけです」

 言ってから、宗太郎さまの前へとまわりこむ。そして、彼の顔を見て、ニコリと微笑んであげる。

「宗太郎さまも、私と一緒に遊びませんか?」

「いやだ」

「それは残念。楽しいと思うんですけどね。あとで混ぜて欲しいっていっても、知りませんから」

 私はそう言うと、先程コンビニで買ってきたものを、袋から取り出した。

 中から出てきたものは、花火のセットだ。夏らしい遊び道具のひとつ。

「それじゃあ、ティルとマコトくんとで楽しみましょうね〜」

「おおっ、花火はわたしも大好きだ。望むところなんだぞぉ」

「まあ、こういう時に花火っちゅうのも、綺麗なもんやろうな〜」

 ロウソクに火を灯し、三人でわいわいと準備を楽しむ。すると宗太郎さまが、不機嫌そうに口をはさんだ。

「おまえら。何をたくらんでいるかは知らないが、俺の前でわざとらしいことするな」

「わざとらしいって何がです?」

「そりゃあ、きまっている。俺の機嫌とりでもしようと思っているんだろ」

「宗太郎ちゃん。それって自意識過剰なだけだぞぉ。宗太郎ちゃんも誘ってはやったけど、別に機嫌とりをしている訳じゃないもん。わたしたちは遊びたいから、花火をするんだぞ〜」

「そやそや。興味ないんやったら、おのれこそ、どこぞなり行けばエエやろ」

「何ぃ?」

 宗太郎さまとマコトくんの睨み合い。でも私は、やんわりとそれを止めた。

「楽しく遊ぶときくらい、言い争いは止めましょう。ね、マトコくん」

「それもそうやの。今は花火を楽しむのが一番やしな」

「そういうことです。じゃあ、まずこれでもやってみましょう」

 私は手持ちの花火に火をつける。すると、パチパチパチっと綺麗な光が爆ぜはじめる。

「うお〜。ピカピカのパチパチなんだぞ。わたしもこっちで遊んでみるんだぞぉ」

 ティルもそう言って、新しい花火に点火。すると。

「のわぁぁぁ〜〜〜〜〜」

 勢い良く火が噴出して、ティルは宙に浮いたまま、ヨロヨロとのたうった。

 私とマコトくんは、それを見て笑う。ティルには悪いけど、彼女の慌てぶりがとてもおかしい。

「妖精には、もう少し穏やかな花火の方がよさそうやの」

「線香花火なんかが、似合いなのかもしれませんね」

 そこなことを言いながら、私たち三人は純粋に花火を楽しみあった。

「ほな、そろそろ一発、打ち上げ花火でもいくか〜」

「いいねえ。マコぽん。やろうやろう」

「それじゃあ、ここに筒を置きますし、ティルの方で点火してもらえますか?」

「らじゃ〜、だぞぉ」

 打ち上げ花火の筒に、ゆっくりと点火するティル。しばらくもすると。

 ボンッ!!

 花火は見事打ち上がり、上空で光が華が咲いた。

「おお、ええ感じや。やっぱ、花火は打ち上げに限るでぇ」

「お祭りみたいに派手な花火じゃないけど、あれはあれで綺麗だったぞぉ」

 マコトくんとティルは、嬉しそうにはしゃいでいる。そして、宗太郎さまは・・・・・・。

 呆然と今の花火を眺めていたようだった。

 私は、彼にそっと近づき言葉をかける。

「今の花火、綺麗でしたよね」

「・・・・・・ああ」

 宗太郎さまは無意識のうちに答えるが、途中でそのことに気がつき、ムッと口を閉ざす。

 私はそんな彼を見て、思わず笑ってしまった。

 そして。

「はい。宗太郎さまもこれを手に持って、一緒に遊びましょう」

 私は彼に花火を一本握らせると、有無をいわさずそれに点火する。

 すると、色とりどりの光が、私たちの目の前で鮮やかに瞬く。

 赤、緑、青と、どんどんと色がかわり、単純だけど飽きがこない。

「綺麗ですね〜」

 宗太郎さまの耳元に、静かに語りかける。花火は長くつづいていた。

「・・・・・・宗太郎さまも昔こうやって、ご両親と花火で遊んだりしたんですか?」

「・・・・・・・・・・・・」

 彼は何もこたえてはくれない。それでも私は、言葉を続けた。

「私も昔、お母さんと花火で遊ぶのが好きでした。でも、お母さんが亡くなってからは、一緒に花火をしてくれる人がいなくなりました。今、この瞬間を迎えるまでは」

「・・・・・・・・・・・・」

「私も宗太郎さまと同じように、お母さんを生き返らせたかったです。とても寂しかったから。けれど、死んだ人を生き返らせるのはやはりいけないことなんです。だって、自分は喜べたとしても、まわりの人たちはどう思うでしょう? きっと驚きます。ひょっとしたらそれが原因で、お母さんは周りの人々にヘンな目で見られるかもしれない。そう思うと残酷な気がしたんです」

「・・・・・・・・・・・・」

「人を生き返らせることは、よほどのことでもない限り、リートプレアでだって許されていません。色々と難しい事情もあるから、私も完全には理解できていません。でも、いま私が言ったことだけでも、死んだ人を生き返らせるのはどうかと思いませんか?」

「・・・・・・もういい。わかった」

 宗太郎さまが口を開いたとき、花火は終わった。

「人を生き返らせるのが駄目な理由はよくわかった。でも、俺はそれで納得できると思うか?」

「できれば、納得してほしいです。私が、みんなを得て立ち直れたように、宗太郎さまにだって立ち直って欲しいです」

 私は彼の目の前に屈んで、まっすぐにその瞳をのぞく。

「宗太郎さま。私では、あなたの寂しさを埋めることはできませんか?」

「・・・・・・・・・」

「私、宗太郎さまと仲良くなりたいです。あなたの寂しさを少しでも埋めてあげたい。・・・・・・でないと、私だって寂しいですから」

「・・・・・・・・・う」

 宗太郎さまの、瞳の奥が揺れる。同時に私の瞳も。

「みんなで花火をしましょう。楽しい思い出をつくれば、きっと寂しさは和らぎます」

 その言葉が終わった瞬間、宗太郎さまは私の胸にとびこんで、声をあげて泣いた。

 私は、そんな彼を優しく抱いて、包んであげる。

 宗太郎さまは、しばらくのあいだ泣きつづけた。でも、それでいい。

 彼は一人で泣いていない。私に甘えて泣いている。それはきっと、信頼の証だと思う。

 やがて、宗太郎さまは言った。

「鈴音。おまえ、母さんの匂いがする」

「光栄です」

 私は、彼の頭をそっと撫でた。

 宗太郎さまの感じたお母さんの匂い。彼の思いや願いが、私を通じてそれを感じさせたのだろうか。

 だとすれば、それは宗太郎さまの魔法?

 ・・・いや、もう何でも良いのかも知れない。宗太郎さまが幸せで、寂しさが癒えるのなら。

 

 その後、花火は続いた。

 夏の夜の魔法は、静かな時間をつくりだす。

 

 

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