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第六章 メイドさんVS女王サマ?

 

 屋敷に近づいた私たちは、二階に張り出したテラスに降り立った。

 この奥には、ティルが見たという黒服の男たちがいる。私たちは彼らに見つからないよう、死角となる位置で待機した。

 チラリと中を覗き見した所、黒服の男たちは5人ほどいる。どれも怖そうな人たちばかりだ。

「どうするの鈴音ちゃん? 魔法で眠らすといっても、あれだけいっぺんに眠らすとなると大変だぞぉ」

 ティルの言う通りではあった。部屋の中、すべての範囲に魔法をかければ、普通よりも余計に疲れてしまう。ましてや魔法が使えるのも、あと一回ぐらいが限度。

「なんやったら別の入り口から浸入するか?」

 マコトくんはそう提案するが、私は首を横に振った。

「やはりここから入りましょう。障害は早いうちに取り除いた方がよいでしょうから」

 黒服の男たちを今のうちに無力化できれば、後々の危険を減らすことにもなる。

 私は魔法書を取り出すと、再び魔法を使うべく意識を集中させた。

 眠りの呪文は、学院でも最初に学ぶ初歩的な魔法だ。

 それだけに、魔法語の発音もそれほど複雑ではないし、呪文自体も長くない。

 私は心を研ぎ澄まし、自らの願いを呪文にのせ、“見えざる真理”へと呼びかける。

 中の人たちが眠るようにと、ただそれだけを強く思うのだ。

 すると。

「おお! 鈴音ちゃん。中の連中がパタパタ倒れていくぞぉ」

 ティルの言葉で、魔法が成功したことを実感する。

 私は大きく肩で息をついた。まず第一の関門は突破といったところか・・・・・・。

「大丈夫かいな? 鈴音」

「ええ、気にすることはありません。それに思ったより、疲れませんでした」

 これは嘘ではない。最初に考えていたよりも疲労は少なかった。自分でも驚く程、効率良く呪文が唱えられたような気がする。

 何にせよ、これは喜ぶべきことだろう。宗太郎さまをお救いする前に、精根尽きたのでは話にもならないのだから。

「さあ、のんびりしている暇はありません。早速、中に入りましょう」

「そうやの。とにかく中へ突入や!」

 私とマコトくんが盛りあがる中、ティルだけは小さく首を傾げた。

「素朴な疑問なんだけど、部屋の中にはどうやって入るのぉ〜?」

「どうやってって、それは普通に・・・・・・あっ!!」

 私はティルの言わんとする意味に気がつき、テラスから部屋の中へと通じる戸口の部分を確認する。

 そして、案の定。

「・・・・・・鍵がかかってまいす」

 中に入るための戸口は閉められ、中から鍵がかけられている。

 はっきり言って迂闊。厳しい言い方でいえば間抜け。第一関門突破どころではない。

「おいおい。どないするっちゅうねん」

 マコトくんまで呆れた口調。

「どうすると言われても・・・・・・」

 何か良い方法があるのなら、とっくにやっている。

「鍵がかかっとるかどうかぐらい、最初のうちに確認しとかんかいな。ホンマ、鈴音は間抜けやのお」

「マコトくんに、そこまで言われたくありません。大体、私がドジで間抜けでスカタンのおっちょこちょいだってわかっていたのなら、あらかじめ注意してくれてもいいじゃありませんか」

「おいおい。ドジやらスカタンとか、ワシ、そこまで酷いこと言うてへんがな〜〜」

 マコトくんが情けない声をあげる。

「仮にそうだとしても、マコトくんに呆れられる筋合いはありません」

 もはや半分以上は八つ当たりだった。ここまで苦労して魔法を使ったのって一体なんだったのだろう・・・・・・。

「しかし、よお考えたら、一番悪いのはこっちの妖精やで」

「ほえ? わたしか?」

「そらそうや。第一、鍵かかっとるって一番はじめに気付いたの、おまえやろが!!」

「うん。気付いていたけど、何か策でもあるのかなと思って見てたんだぞぉ。てっきり開錠の魔法でも使うのかと思っていたしね〜」

 ティルは悪びれた様子もなく、そんなことを言う。

「残念ですが魔法はもう打ち止めに近いです。だから、開錠の魔法は難しいと思います」

「うむむぅ。それは困ったぞぉ」

「困っとらんと、少しはエエ策でも考えんかい。このボケ妖精が!!」

「そういうマコぽんは何か考えてるの〜?」

「当たり前や。知的なワシはいつでも考えは巡らしておるんじゃい」

 マコトくんが言っても、まったく説得力がないのはミソだ。偉そうに言うだけなら誰でもできる。

「こうなったら、別の入口を探すしかないでしょうか・・・・・」

「あるいはこの戸口をぶち破って強行突入するかや!!」

 所詮、マコトくんの考えなんてこの程度のものだ。でも、今の私にとっては、少しだけ誘惑にかられる提案ではあった。

 ただでさえ、こうやって考えているのがもどかしいのだから。

 結局、こうしている間にも、どんどん時間は流れていった。宗太郎さまの身を案じれば、心の中に焦りも生じてゆく。

 これは悪い兆候だ。私は自分の心を落ちつけようと必死になった。

「ねえねえ、鈴音ちゃん。こういうのはどうかな?」

「どういうものですか、ティル?」

「わたし、音を消す魔法が使えるんだけど、それをこの戸口にかけたら駄目かな〜? そうすれば、ぶち破ってもうるさくないと思うぞぉ〜」

「なるほど! それはいい考え・・・・・・です」

 思わず叫びそうになって、途中で声のトーンを落とす。

「それではティル。早速、その魔法をお願いできますか?」

「お任せだよぉ〜、鈴音ちゃん♪」

 ティルはヒラリと戸口の前に浮かぶと、ゆっくりとした動作で魔法の詠唱をはじめた。その仕草や魔法語の発音は、私なんかとは比べ物にならないほど流暢で手慣れている。

 それからしばらくして。

「よっし。鈴音ちゃん、おっけ〜だよ〜」

 魔法をかけおわったティルが私たちに向き直る。

「・・・・・・おい妖精。ホンマにその戸口は音をたてへんのやろうな?」

 マコトくんの指摘する通り、見た目的には何ら変化はない。

「成功したとは思うけど、実際は色々とためしてみないと何ともいえないね〜」

「おいおい。そら無責任やのお〜」

 マコトくんはぼやくが、私はやんわりと彼を黙らせた。とりあえず今は、ティルのかけた魔法を信じるしかない。

「・・・・・・マコトくん。戸口をぶち破りますよ」

 私は、マコトくんを正眼に構えた。

「おう!!・・・…って、ちょい待て鈴音。ひょっとしてワシでこの戸口をぶち破るつもりかいっ!?」

「当たり前です。他にどうやってぶち破るというのです」

 幸いこの戸口はガラス戸だ。多少勢い良くやれば、ホウキでも割ることができるだろう。

「コラ待たんかい。ホウキは大事に扱わなアカンやろ〜〜!!」

「大丈夫。マコトくんは精霊です。そして、マコトくんは強い子です」

「そんな誉められかたしても、嬉しゅうない〜〜!」

「男の子がピ〜ピ〜騒ぐなんて見苦しいですよ」

「騒ぎとうもなるわい。鈴音、いつからそんな暴力少女になったんや」

「私だってやるときはやります!!」

「おお〜、鈴音ちゃん。とっても気合い入ってるぞぉ〜」

 ティルの声援を背中に受けながら、私は呼吸を整えた。

 そして、小さな気合いと共に、ホウキの先端をガラス戸に叩きつける。

 ガツンッ! ガツンッ! ガツンッ!

 ティルの魔法が効いていることもあってか、音は響かない。むしろマコトくんの方がうるさいくらいだ。

「のわ〜〜〜〜〜!! もう勘弁したってくれや〜!!」

 マコトくんの叫びにまじって、私も手が痺れた。さすがに簡単にはガラス戸も破れない。でも、少しばかりヒビは入ってきた。私は手の痺れが収まるのを待って、再びホウキを構えた。

「マコトくん。今度は叫ばないでくださいね。中に聞こえてしまったら、元も子もないです」

「あっさりと殺生なこと言わんどいてくれ」

「マコぽん。ふぁいと〜!!」

「このクソ妖精。他人事や思うてからに〜!」

「とにかく問答無用!」

 ガラス戸のヒビ割れた部分に、何度もホウキを叩きつける。すると、どうにか小さな穴ぐらいはできた。

「ティル。この穴から部屋の中に入って、鍵を開けてください」

「らじゃ〜!!」

 姿の小さなティルは、こういう時に頼もしい。彼女は素早く中に浸入すると、内部から鍵を開けてくれた。

 こうして私たちは全員、屋敷の内部に入ることができた。

「ふぅぅ。ホンマ、ひどい目にあったでぇ」

「マコトくん、よく頑張ってくれました。見なおしてあげます」

「トホホ。それだけかいな。ワシ、折れてまうんやないか思うて、ものごっつうビビッたんやで〜」

「うぅ。ごめんなさい」

 さすがにそこまで言われると、少し悪かったかなぁとも思う。

「でも、マコぽんは折れても大丈夫だぞぉ。折れても、また別のホウキにでも宿ればいいんだから〜」

「簡単に言わんといてくれ。これでも今のホウキに宿るのが気に入っとるんや」

「・・・・・・とにかく謝ります。これからは大事に扱いますから、今は宗太郎さまを探しましょう」

「ま、そうやの。で、どうやって探し出すねん。寝とるこいつらでも起こして、拷問するか?」

 この部屋には、さっき魔法で眠らせた人たちがいる。でも、さすがに拷問っていうのはイヤかも。

 かといって、私と宗太郎さまを繋ぐ魔法の糸は、もう途切れている。そうなると、この中の一人でも起こして、居場所を聞き出すしかないのかもしれない。

「とりあえずは、誰か起こしてみますか」

「そうだねぇ。一人起こして楽しい拷問タ〜イム」

 ティル。拷問するなんて一言も言ってないんですが・・・・・・。それに拷問の意味ってわかっているのですか?

 でも、あえて聞かない事にする。怖い返事がかえってきても嫌だから。

 しかし、私たちがそのようなやりとりをしていると、急にこの部屋の扉が開かれた。

「あなたたち、差し入れ持ってきてあげたわよ」

 そう言って入ってきたのは、ケーキなどをのせたお盆を持った女の子。

 でも、この子は・・・・・・。

「よ、芳美ちゃん!?」

 私は入ってきた女の子を見て絶句した。その子は、宗太郎さまのクラスメイトの水沢芳美ちゃんだったからだ。

 芳美ちゃんと私はモロに視線が合い、彼女はお盆を落とす。

「どうしてメイドが??・・・・・・ああ〜〜〜〜〜っ!? あなた、宗太郎くんの屋敷の貧乏娘っ!!」

「あのお、勝手に貧乏娘と決め付けられるのは、心外なのですが・・・・・・」

 この状況下において、明らかに場違いなやりとりではあろうが、思わず反射的にかえしてしまう。

 けれど、芳美ちゃんも律儀だった。

「メイドなんて所詮は雇われの身。あたしたちお金持ちからすれば、貧乏人よ!!」

「は、はあ」

 そう言われると何も言い返せない。

「それよりも何であなたがここにいるのよ〜〜?」

「何でって、私は宗太郎さまを・・・・・・。ひょっとして芳美ちゃんも誘拐されたのですか!?」

「誘拐? なに馬鹿なこといってるのよ。ここはあたしの屋敷よ!」

「ええ〜〜っ!!」

 ここって芳美ちゃんの住んでいる屋敷だったの??

 でも、ここに宗太郎さまがいるということは、彼を誘拐したのは水沢家の人々?? 私の頭は段々とパニックになってきた。

「うむむぅ。なぁ〜るほど。この事件の全景、段々と見えてきたぞぉ〜」

 ティルは腕を組んでうんうんと頷くが、私には何がなんだかわからない。それ以前に・・・・・・。

「そ、その空中に浮かんでるヘンな物体は何よ〜〜〜〜っ!」

 芳美ちゃんがティルを指差して、あたふたとしているのが見える。

 よく見るとティルは姿を現したままだった。私はティルをぐしゃっと掴むと、乱暴に自分の懐へと押しこんだ。

「あははははは。今のは喋る人形なんです。宙にも浮かんで、アメリカでも大人気」

 完全に嘘っぽい言い訳をして、私はお茶を濁す。

 第一、今はそれどころではない筈だ。私はとにかく、自分の心を鎮めようと必死になる。

「芳美ちゃん。この屋敷に宗太郎さまがいますよね?」

 私は自分を落ちつけながら、ゆっくりと訊ねる。すると芳美ちゃんの表情が少し硬くなった。

「宗太郎くんなんていないわよ。どういう根拠があって、そんなこと言うのよ」

 根拠と問われると、どうにも困ってしまう。魔法で探し当てただなんて言えるわけもないからだ。

 でも、ここで引き下がってしまうと、これ以上の展開は望めない。私は適当でもいいから、思いついた言葉を口にした。

「宗太郎さまから電話があったんです。ここのお屋敷にいるから、迎えにきてくれって」

「ウソ!! 宗太郎くんは、そんな電話かけてないわ。だって電話をかけたのは・・・・・・」

 芳美ちゃんはそこまで言ってから、ハッとなって口を閉ざす。明らかに態度がおかしい。

「・・・・・・芳美ちゃん。本当の事を教えてもらえませんか?」

「う、うぅぅ。あたしは何も知らないんだから。貧乏娘があたしを疑うなんて名誉棄損だわ」

「芳美ちゃん、話をはぐらかさないで」

「うるさい、うるさい、うるさ〜い!! 大体、あなた何様のつもりよ。人の屋敷に勝手に侵入した上に、あたしの名誉を傷つけようだなんていい根性してるわ。そこのガラスをブチ破ったのも、ここの男たちをこんなふうに気絶させたのも、みんなあなたの仕業よね?」

 さすがに言い返せない。事実の部分が大半だから。

「人の家に不法浸入しただけでも罪は重いわよ。警察に突き出してやるから、そのつもりでいなさい!」

 ピシッと指をつきつけて、そう宣言する芳美ちゃん。

 その時、私の手にあるマコトくんがブルブルっと震え、ひとりでに動き出そうとする。

「このクソ小娘が〜。人が下手にでとったらつけあがりよってからに〜」

 地獄の底から響くような、マコトくんの唸り。私は必死にマコトくんを取り押さえようとした。

 芳美ちゃんは、徐々に後ずさりをはじめている。

「な、何よ。ドスの効いた声なんてあげちゃって・・・・・・。まさか、あたしに危害を加えようって気じゃないでしょうね? そ、そんなことしてごらんなさい。ボディーガードが黙っちゃいないんだから。あなたなんて、イチコロのプ〜なんだから!」

「その前におのれのドタマかち割って、ざくろ状態にしたるわいっ!!」

 吠えるマコトくんの迫力に、芳美ちゃんはたまらずこの部屋から逃げ出してしまう。

 それにしても何かやだなぁ……。今、マコトくんが言った言葉は、全部私が言ったことと勘違いされているような気がする。彼の正体がバレるのと、どっちがよいかといえば複雑だが。

「マコトくん。言いすぎです」

「何、甘っちょろいこと言うてんねん。あんなクソ小娘にあそこまで言わせとったら、この世界の未来は真っ暗やでぇ」

「確かに言葉遣いには問題もありますが、芳美ちゃんの言うことも事実ですし」

「鈴音はガキに甘いわ。ワシには厳しいクセに」

「それはマコトくんだからですよ。・・・・・・それよりも、芳美ちゃんを追います」

「それまったく答えになってへんがな」

 マコトくんのぼやきはとりあえず無視し、私はこの部屋を飛び出した。

 部屋を出ると、すぐに広い廊下が続く。栗林邸と負けず劣らずの立派な内装だ。

 そこかしこに置かれた調度品ひとつにしても、一体どれほどの値段がするのか想像もつかなかった。

 もっとも、今はそんなものに感心している場合ではない。早く芳美ちゃんを追わなくては・・・・・・。

 しかし。その手間はすぐにはぶかれた。

 私の立っている場所から、数メートルもしないところで芳美ちゃんが立っていたからだ。ただ、彼女の背後には、かなり背の高い黒服の男性が控えている。

「出てきたわね。この貧乏暴力娘!!」

 私の呼び名に“暴力”という肩書きが追加されるが、やはり心外な呼び名であることには変わりない。

「芳美ちゃん、落ちついて話を聞いてくれませんか。さっきの言葉は私が言ったのではなくて・・・いえ、その・・・冗談みたいなものですから」

「何が冗談よ。今更謝ったって遅いわ。あなたはあたしのボディーガードによってケチョンケチョンにされる運命なのよ」

 腕を組んで尊大な高笑いをあげる芳美ちゃん。そして、彼女は背後に控えた大男に命令を下した。

「行きなさい、黒部っ!! あの愚かな小娘をギタンギタンに始末しちゃって頂戴」

「了解しました。お嬢様」

 黒部と呼ばれた大男は静かに答え、ゆっくりと不気味に近づいてくる。それはまるで、意思のないゴーレムのよう。

 正直、足が竦む思いだった。あのような男の人を相手にして、勝てるわけなどないように思える。

 ましてや魔法を使いたくても、そだけの余裕はもう残っていない。

 心に焦りが生じる。だが、私のそんな不安を感じ取ってか、マコトくんが囁いた。

「落ちつけ鈴音。・・・・・・とりあえずはホウキを構えてワシの動く通りに合わせるんや。そないしたら勝てる」

「ホントに大丈夫なんですか?」

「信用せんかい。とりあえずは気合いみせたれ。でないと、ナメられるだけや」

「やれる限りはやってみます」

 目の前には大男が近づきつつある。私は覚悟を決めてホウキを構えた。

「メイド風情が、この俺とやりあおうというのか?」

 黒部という大男も腰を低くして身構える。その声には聞き覚えがあった。

「あなた、栗林家に電話をかけた人ですね」

「ほお。覚えているとはな。・・・・・・どういう手順を辿ってここまで行きついたかは知らないが、おとなしく用件通りにしていれば、怪我などしなかったものを」

「お生憎さまです。その言葉は私が本当に怪我をしてから言うべきですね」

 ハッタリもいいところだが、ここで勢い負けするわけにもいかない。

「いい覚悟だ。ならばとっとと倒れることだなっ!!」

 大男は吠えると、その拳が私めがけてとんでくる。

 速い、怖い!!

 私はとっさに目を閉じかけるが、手の中にあるホウキが男の拳をピシリと払いのけ、そのまま返す手で男の胴を打ち据えた。

「や、やった!?」

 男が片膝をつき軽く咳き込むのを見て、私は感嘆の声をあげた。

 だが、喜ぶのはまだ早い。黒部という大男はすぐに立ちあがって、不気味に笑う。

「思ったよりやるようだ。・・・・・・だが、今度はどうかな!!」

「鈴音! 背後に飛びのくんやっ」

 マコトくんの言葉に反応して素早く飛びのくや否や、男の蹴りが私の目の前をかすめる。

 正直、ぞっとした。

 大男の脚は丸太のごとく太い。そんな蹴りをまともに受けたら、怪我どころか死んでしまいかねない。

「心をしっかり持て鈴音。こんな図体だけがデカいボケは、あと一、ニ撃で沈めたる。ホレ、きよったぞ!!」

「はぅ。わっわっわぁっ〜〜〜〜〜!!!!」

 大男から連続の蹴りが繰り出されるが、それらはマコトくんによって全て払い返される。私は無我夢中でその動きについていくだけ・・・…というか振りまわされてるだけ。

「今度はこっちから仕掛けるでぇ」

 最後の蹴りを払いのけた瞬間、マコトくんは男の脛を打つ。そして、男がもんどりうった所で・・・・・・。

「とどめや」

 大男の無防備なみぞおちめがけて、ホウキの柄の先端で強烈な突きを入れる。突きは狙いあやまたず、彼のみぞおち深くにヒット!

「ぐおっ! ・・・・・・み、見事」

 黒部という大男は唸ると、そのままゆっくりと倒れ伏した。

「ふ。おのれも強かったが、相手が悪かっただけや」

 決め台詞のつもりだろうか、マコトくんは静かにつぶやく。

 なにわともあれ、どうにか勝ったということだけは私も理解する。そして、安心した途端に腰がぬけそうになった。

「おいおい。鈴音、しっかりせんかい」

「だ、大丈夫です」

 ホウキのマコトくんを支えにしている分、実際には倒れることはない。

 それよりも芳美ちゃんだ。私は彼女の方を向き直った。

 芳美ちゃんは泣きそうな顔で、床にへたりこんでいた。黒部という大男が倒されたことが信じられないといった様子だ。

 私はそっと、彼女に近づいた。

「芳美ちゃん。色々と教えてもらいたいのですが」

「あ、あなたなんかに・・・教える事なんて・・・ないもん」

 泣きそうになりながらも精一杯の虚勢を張る彼女は、ある意味では立派なのかもしれない。けど、今にも涙をこぼしそうなこの子を見ていると、自分が極悪人になったような気がしてならなかった。

 私は、彼女が怖がらないよう、できる限り優しく訊ねた。

「芳美ちゃん、正直に教えてください。この屋敷に宗太郎さまがいますよね?」

「いたとしても、あなたなんかに教えてあげないわよ」

「そのようなこと言わないでください。私も玉枝さんという方も、宗太郎さまのことをものすごく心配しているんです」

「・・・・・・・・・・・・・」

「芳美ちゃんだって、私たちの気持ちになれば判るはずですよ」

「・・・・・・あなたは宗太郎くんのことが好きなの?」

 芳美ちゃんが、そっと訊ねてきた。だから私は、素直に答えてあげる。

「ええ。好きですよ。・・・・・・まだ仲良くはないですけど、早く仲良くなりたいなって考えてます。私、栗林家に来て日が浅いですから」

「そう」

「芳美ちゃんの方はどうなのですか? 宗太郎さまのこと好きなのでは?」

 訊ねると、彼女の顔がみるみる真っ赤に染まる。そして。

「宗太郎くんの事は好きよ。・・・・・・あなたに取られたくないぐらい好き」

 恥ずかしそうにしながらも、はっきり明言する彼女。それは何だか微笑ましい告白だった。

 芳美ちゃんは少し高慢なところもあるけれど、基本的には感情に素直で正直だ。その素直さは、今のような状況においては、とても好ましく思えた。ヘンに自分の気持ちを隠して、後でややこしくなるよりは断然良いのだから。

「大丈夫。芳美ちゃんから宗太郎さまを取ったりはしませんよ。第一、私と彼は主従関係ですもの」

「でも、同じ屋敷に暮らしている以上、何があるのかわからないわ」

「・・・・・・だから、私を屋敷から出ていくように仕向けたのですか?」

「そうよ」

 芳美ちゃんは認めた。私もここに至って、今回の事件についての全容が把握できた。

 要は私に嫉妬心を抱いた芳美ちゃんが、宗太郎さま誘拐という事件を引き起こし、彼を返す交換条件として私を栗林家から追い出そうとした。それだけだったのだ。

 とはいえ、リートプレアの人間が関わるような事件でなくて本当に良かったと思う。

 私は、そっと芳美ちゃんの頭を撫でた。

「宗太郎さまを取られたくないのなら、私のことなど気にせず、純粋に彼のことを想えば充分ですよ。強い想いは、いつかきっと通じるものですから」

「・・・・・・わかっているわよ。あなたに言われるまでもないわ」

 最後まで強がってはいるが、これが芳美ちゃんの性格ならば、これ以上は突っ込まないでおく。

 そんなことよりも。

「宗太郎さまは無事なのですか?」

 私が一番気にしている質問をした時・・・・・・。

「・・・・・・俺なら無事だ」

 背後から、そんな声が響いた。

「宗太郎さま!!」

「宗太郎くん!?」

 私と芳美ちゃんの声が重なる。そして、振り向いた先には、元気な姿の宗太郎さまが立っていた。

 彼は私を軽く一瞥すると、ゆっくりと口を開いた。

「鈴音」

「は、はい?」

「・・・・・・屋敷に帰るぞ」

「はい!!」

 相変わらずのぶっきらぼうな態度で言われるが、私は満面の笑みで頷いた。

「ちょ、ちょっと待ってよ、宗太郎くん」

 芳美ちゃんはヨロヨロっと立ちあがって、宗太郎さまを呼びとめる。

「どうした、水沢」

「・・・・・・本当に帰ってしまうの?」

「ああ。さすがにこれだけ遅くなると、俺の屋敷の玉枝さんも心配するからな」

「・・・・・・そ、そうだよね」

「今日はありがとうな。誘拐ごっこ楽しかった」

「え・・・」

 芳美ちゃんは少し戸惑った顔をするが、やがて小さく頷いた。

「・・・うん。あたしも楽しかった」

「それじゃあ、また明日学校でな」

 宗太郎さまはそれだけ言うと、軽く手を振って、この場を立ち去ってゆく。

「・・・・・・おやすみ、宗太郎くん」

 芳美ちゃんも小さく囁いて、手を振る。

 私は、そんな彼女の肩を、そっと叩いてあげた。

「また栗林家にも遊びに来て下さい。その時にはお菓子でも作って歓迎しますから」

「そうさせてもらうわ。あなたに宗太郎さまをとられないためにも頑張るんだから。・・・・・・それよりも、早く宗太郎くんを追いなさいよね。主を一人で帰らせるなんて、迎えにきたメイドとして失格じゃなくって?」

「あはは。それもそうですね」

「まったく、馬鹿らしくなってきたわ。あなたって間抜けそうだし、私が手を下すまでもなく、あの家には長くいれそうもないわね」

「そうならないよう、努力はしますよ」

「止めときなさいよ。そういうのってね、無駄な努力っていうのよ」

「努力や想いは、頑張れば報われる時も来るものです。芳美ちゃんにも、いつかそのことを教えてあげます」

 私はニコリと笑って一礼した。そして、宗太郎さまを追いかける。

「宗太郎さま、待ってくださいよぉ〜〜」

 走って追いかけて行くと、宗太郎さまは玄関を出たあたりで待っていてくれた。私など放って、もっと先の方を歩いていると思っただけに少し意外だった。

「待っていてくれたのですか?」

「おまえと一緒に帰るんだから、当たり前だろう」

 更に意外な言葉。思わず自分の耳を疑うほど。

 ひょっとしたら、私のことを少しは認めてくれたのだろうか。だとしたら、本当嬉しいんだけど。

「とにかく歩こう」

「はい」

 宗太郎さまと共に夜の道を歩く。お互い、これといった会話はなかったけれど、それでも悪い感じはしなかった。

 聞きたいこと、話したいことは沢山あった。でも、何から話してよいのか、いざとなると迷ってしまう。

 結局、先に沈黙を破ったのは宗太郎さまだった。

「・・・・・・鈴音。おまえに訊ねたいことがある」

 急に立ち止まって、そんなことを言う宗太郎さま。

「一体、何ですか?」

 私も止まって、彼の顔をのぞきこむ。

 そして宗太郎さまは、おもむろに口を開いた。

「鈴音。・・・・・・おまえは一体、何者なんだ?」

「え?」

 唐突がゆえに、質問の意図が理解できなかった。

 でも、私の心の中で、何か嫌な予感だけがはしるのであった・・・・・・。

 

 

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