目次に戻る

ホームに戻る

 

第五章 宗太郎さまピンチ!?

 

 廊下の柱時計が、ある時間を知らせるべく音を鳴らした。

 それは、気まずい沈黙に包まれた屋敷に響いた、久しぶりの音のようにも思える。

 午後8時。

 宗太郎さまは、まだ学校から帰ってきていない。

 いくらなんでも学校はもう終わっている筈だし、どこかに寄り道していても遅すぎる時間。

 厨房には宗太郎さまの大好きなカレーが準備され、美味しそうな匂いを鍋から漂わせているが、今は誰も手をつけていない。よって、少し冷めてきている。

「・・・・・・いくらなんでも遅すぎますね」

 玉枝さんが、小さな溜め息とともにつぶやいた。

「今までこういうことはなかったのですか?」

「なかったです」

 私の問いかけに、きっぱり答える玉枝さん。

 正直、何も言い返せなかった。それと同時に後悔もよぎってくる。

 ・・・・・・やはり、私が授業参観に行ったのは失敗だったのだろうか?

 もし、私のせいで宗太郎さまが帰ってこないのだとしたら、私はどうすればよいのだろう。

 重苦しい沈黙は、嫌な考えばかりしか生み出さない。

 けれど、そんな時。

 廊下に置かれている電話が鳴り響いた。

 私と玉枝さんは、お互いに顔を見合わせる。ひょっとしたら宗太郎さまからの連絡かもしれない。

「とりあえず私が出ましょう」

 玉枝さんはそう言うと、電話をとりに廊下へ向かった。私もそれを追う。

 電話の音は絶え間無く鳴り続いた。

 玉枝さんは受話器をとる。

「もしもし、こちら栗林家でございますが・・・・・・・はい?・・・鈴音さんですか?」

 側で電話のやりとりを聞いていると、なぜか私の名前が出てくる。一体、何なのだろうか? でも、玉枝さんの応対の様子からすると、電話の相手は宗太郎さまでなさそうだった。

「あの、そちらは一体どなたさまなので? 鈴音さんに何か用で・・・・・・・・・」

 そこまで言ってから玉枝さんの様子が変わった。受話器を持つ手が硬直し、心なしか青ざめた顔。

 そして。

 玉枝さんは受話器を取り落とし、そのままフラリと倒れこんだ。

「た、玉枝さん!!」

 私は慌てて彼女に駆け寄り、どうにか支えるに至る。しかし、玉枝さんは気を失っており、目を覚ます気配はなかった。

「・・・・・・どうなっているのですか」

 呆然とつぶやくが、考えられる原因はひとつだけ。

 私は、落ちている受話器を拾い上げた。

「・・・・・・もしもし、お電話変わりましたが」

「お前か? 鈴音という女は」

 受話器のむこう側から、低い男性の声が響いた。初めて聞く声だ。

「そうですけど、あなたは誰ですか?」

「・・・・・・俺のことなど詮索するな。宗太郎とかいうガキの命が惜しけりゃな」

「え?」

 私は思わず絶句した。

「あ、あのう、宗太郎さまの命って、それ一体、どういうことなのです!?」

「宗太郎とかいうガキの命が惜しければ、栗林家から永遠に出ていくことだ。そうすればガキは屋敷に返してやる」

「ちょっと、それって・・・・・・」

「伝えることは伝えた。お前は俺たちの言うとおりにすればいい。ガキを殺されたくなければな」

 その言葉を最後に、電話は一方的に切られてしまった。

 私は、しばらく立ち尽くしてしまう。

 今の電話は明らかに宗太郎さまの身に何かがあったという証拠。そして、その原因の一端を担っているのが、この私らしいということだ・・・・・・。

「一体、どうして・・・・・・」

 正直言って、何も心当たりがなかった。

 宗太郎さまが誘拐され、身代金が要求されるならまだしも、私にこの屋敷を出ていけなどとは・・・・・・。

 いくら考えても頭の整理はつかなかった。

 とりあえず今は、気を失っている玉枝さんをどうにかしないといけない。

 私は複雑な気持ちを抑えながらも、玉枝さんに詫びると、彼女を寝室にまで運んであげた。

 そして、玉枝さんを休ませた後には、自分もまた自室に戻る。マコトくんやティルと相談するために。

 

§

 

「おいおい。そら、ものごっつう、エライことになってんのとちゃうんかい?」

 自室に戻り、先程の電話の内容を聞かせるなり、ホウキのマコトくんは唸った。

「ええ。かなり困った状況にはなっています。普通に考えれば警察にでも連絡して、協力をあおぐのが良いのでしょうが・・・・・・」

「なんやい、そのケーサツって?」

「マコぽん不勉強だぞぉ。ケーサツっていうのは、こっちの世界でいう法の執行人。リートプレアでいう、衛士隊みたいなものかなぁ」

 相変わらず、どこでそんな知識を仕入れてくるのか、私の代わりにティルが説明してくれる。

「法の執行人? なんやワシの敵やんけ。そんなややこしい連中に協力あおいだって、何ぞエエことあらへんぞ」

「そういや、マコぽんは衛士のオジさんたちに、よく怒られてたもんね〜」

「あいつら細かいことで、ごちゃごちゃぬかしすぎなんや。大体、ワシを侮辱したクソガキを多少半殺しの目に会わせただけで、十日近くも魔法陣の中で封印されたんやぞ」

「そんなこともあったねぇ〜。あの時は鈴音ちゃんが口添えしてくれなきゃ、永久封印されてたかも」

「ま、鈴音にはホンマ感謝しとるでぇ」

「・・・・・・感謝してくれるのなら、思い出話に華を咲かせるよりは、もう少しこの現状をどうにかできるよう考えてください」

「わかっとる。わかっとる。ちゃんと考えとるがな」

 マコトくんはそう言うが、全然そういう風に見えないところがミソだ。

「しかしまあ、普通はそのケーサツっちゅうものに協力あおいだら、どうにかなるものなんか? てっとり早く事件解決になるんやったら、それでもエエとは思うけどな」

「警察に協力を頼みたいのはやまやまですが、今回は少し悩んでいます」

「なんでや?」

「・・・・・・理由としては、犯人があまりにも不明瞭な点です。普通こういう事件の場合、宗太郎さまを誘拐し、身代金を要求するものです。でも、犯人の要求は、私がこの屋敷を出ていくこと。そんな要求をするぐらいですから、犯人は私のことを知っている人間かもしれません。けれど私は、こっちの世界に帰ってきて間も無い訳ですし、多くの人間に知られているわけでもありません」

「誘拐犯がこっちの世界の人間やないとすると、あと考えられるのは、リートプレアから来た連中でもおって、それが鈴音の邪魔をしとるとでも?」

「それも断言はできませんが、判断材料のひとつとしては・・・・・・」

「でも、鈴音ちゃんの心配もわからないでもないよね。鈴音ちゃんがこの屋敷を出るってことは、最終試験の中止だって意味するもの」

 ティルも腕を組んで唸る。

 そもそもリートプレアでは、異世界からやってきた私を受け入れるのを、反対する人間もいた。異世界の娘に魔法を学ばせるのは危険ではないのか? そう主張する勢力があったのだ。

 幸いステラ学長らによって、私はそういった人間達から守られることにはなったが、それでも私が正規の魔法使いになることを快く思わないものが消えた訳ではない。

「この一件に、もしリートプレアの人間が絡んでいるとしたら、こっちの世界の警察を頼ることはできません」

「こっちの世界じゃ表向き、魔法はご法度だからねぇ。面倒な大騒ぎが起きても、最終試験は中止だろうしね」

「けっ、ややこしい限りやのお。しかし、ケーサツっちゅうもんを頼れん以上は、ワシらでどうにかするしかないやろな」

「マコぽんには何か具体的な策でもあるの?」

「そんなもんない。要は犯人を見つけて、ギッタンギッタンのバッタンバッタンにしたるまでや」

 わかってはいたことだけど、マコトくん、あまりにも直接的です。

 その犯人を見つけるまでが苦労だというのに。

 私は、思わず溜め息をついた。

 宗太郎さまの身の危険などを考えると、心苦しくてならない。

 いったい私は、どうすればいいのだろう? 犯人の要求通りに、この屋敷を出ていくのが良いのだろうか・・・・・・。

「鈴音ちゃん、元気を出すんだぞぉ。鈴音ちゃんが前向きに考えていかなきゃ、宗太郎ちゃんは救われないぞ。それにこれは、ある意味でチャンスだよ〜」

「チャンス・・・・・・ですか?」

「そうそう。チャンスだぞぉ。もし、この事件を解決できれば、宗太郎ちゃんだって鈴音ちゃんに感謝すると思う。そうすれば一気に仲良くなれるかもしれないよ〜」

 ティルは身振り手振りで交えて明るく言ってくれる。

 しかし、今回の事件の原因が私にある以上、宗太郎さまを救い出して感謝されても、申し訳ない気持ちのほうが一杯で喜べないだろう。

 けれど今は、ティルのささやかな励ましが嬉しかった。こういう風に色々と語り掛けてもらえるだけでも、悪い思考に陥ることは避けられるのだから。

 自分一人で悩んでいても、きっとロクな答えは出ないだろう。

「そうですね。もうすこし前向きに考えないといけませんよね」

 私は、ティルに対して笑いかけた。

 そして。

「・・・・・・魔法を使いましょう」

 小さくそう宣言した。

「宗太郎さまを探すために魔法を使います。初歩的な探知魔法なら、私にだって時間をかければ使えると思います」

 もはやこれしか方法がないように思えた。手がかりもなく、地道に探していたのでは、どれほどの時間が費やされるかわかったものではない。

 とにかく、やるだけやってみる。成功したらそれでいいし、失敗すれば別の案を考えればいい。

「よぉし、鈴音ちゃん。それでいこう!」

「ま、手をこまねいて考えとるよりはマシやな」

 ティルもマコトくんも同意してくれる。

 そうなると行動は早かった。

 私は自分の荷物の中から魔法書を取り出すと、早速、心の準備を整えた。

 魔法を使うためには、かなりの精神集中が必要となる。そもそも魔法とは、自分の切なる願いを導き出し、呪文という言葉にのせて、世界を包む“見えざる真理”に呼びかけるものだと教わった。

 “見えざる真理”に呼びかける術を知れば、魔法は誰にだって使えるという。でも、その中でも一番大事なことは、信じる気持ち。

 何かを成し得る、何かを願うにしても、信じる気持ちの足りない半信半疑さでは、魔法は発動しない。

 自分が曖昧な気持ちで呼びかけても、“見えざる真理”は明確なこたえを返してくれないのだ。

 私は魔法書をめくり、自分の望む呪文が書かれたページを開く。

「・・・・・・そういえば、この魔法を使うのはじめてですね」

 はじめて使う魔法には、今まで一抹の不安があった。どういう形で効果が現れるのかわからないからだ。

 でも、今はその不安も少ない。

 そんなものを感じている余裕はなく、むしろ、不安よりも希望を感じたい。

「鈴音。落ちついていけや」

 マコトくんの言葉に小さく頷き、私は魔法書の呪文を唱え始めた。

 呪文は慣れない発音の魔法言語で、言葉そのものの意味はわからない。それでも私は、自分の望みを強く意識し、魔法が発動することを信じた。

 探知の魔法で更に重要なのは、その探す相手や物を、明確に想像すること。

「・・・・・・宗太郎さま」

 私は強く宗太郎さまの姿を思い浮かべる。すると、しばらくして自分の意識に何かがひっかかった。

 それは例えて言うなら、糸のようなものだ。それが自分の心の中で、ピンと張り詰めて繋がる。

 私は、そのひっかかった糸を、ゆっくりと意識で伝う。そして、その行きついた先には・・・・・・。

 宗太郎さまが感じられた。

「見つかりました!」

 現実にかえり、思わず叫んでしまう。

「やったね〜、鈴音ちゃん」

「よお頑張った。誉めたるで。それであのクソガキはどこにおるねん?」

「そんなに遠くはないようです」

 私は感じたままに答えた。まだ、宗太郎さまとの糸は意識下で繋がっている。

「よっしゃっ! 今から殴りこみや〜。行くんやろ、鈴音?」

「・・・・・・殴り込みかどうかはともかくとして、宗太郎さまを救いにはいきます」

 宗太郎さまが見つかった以上、時間をかけるつもりはない。魔法だっていつ途切れるのかわからないだから。

「よ〜し。魔法のメイドさん・まじかる鈴音ちゃん、華麗に出発だぞぉ〜」

「ティル。そのベタベタな名前、何か嫌です」

 まるで子供が見そうな、アニメ番組の名前みたいだ。

「所詮、妖精ごときにはそんな名前をつけるのが精一杯やろ。ワシやったら、もう少し勇ましい名前つけたるで。鉄鋼騎兵鈴音とか」

「・・・・・・マコトくん。もういいです」

 私のどこをとれば鉄鋼騎兵になるのだか。かなり疑問だったが、あえて口にはしない。

「そらともかくや。鈴音、ワシにまたがれ!」

「マコトくんにですか?」

 突然の申し出に、少し目をパチクリとさせる。

「そうや。魔女っていったら、ホウキにまたがって移動せなサマにもならんやろ。それにワシはそれなりに速度も出る」

「で、でも、それって目立ちませんか?」

「安心せい。今は夜やで。空高く飛んどったら、そうそう目立つもんでもあらへん。それに、早いとこあのクソガキを助けたいやろが」

「・・・・・・わかりました。それでは、マコトくんに乗せてもらいます」

 私は覚悟をきめた。とりあえず速いのならば、それにこしたことはない。

「ほな、ワシに乗ったら、しっかり掴まっとれよ」

「振り落とすような真似はしないでくださいね」

 一抹の不安を口にしながらも、私はマコトくんにまたがる。

 ホウキにのって飛ぶという行為は、リートプレアの魔法学院でも経験したことはあるが、マコトくんで飛ぶというのは初めてだった。

「わかっとるがな」

 マコトくんは答えるなり、フワリと浮かび上がった。

 これも一種の魔法の力なのだろうが、それを平然とつかいこなすあたり、マコトくんも精霊だということを実感する。

「よ〜し。改めて、れっつご〜だぞぉ!!」

 ティルが窓を開き、先に飛び出してゆく。私たちもそれに続いた。

 外に出るなり、空高くまで上昇するマコトくん。私の眼下には、だんだんと街の光景が広がって見える。

 高所恐怖症の人間なら、それこそ気を失いそうな状況かもしれないが、幸いにして自分はそういう類の人間じゃない。だから、比較的余裕をもって、街の夜景をのぞむことができた。

「綺麗ですね」

 今の状況を忘れて、思わずそんな感想がもれる。

 よく考えてもみれば、この世界で夜景を見下ろすなんてことは、ほとんどなかった。

 電気や科学文明の発達してないリートプレアの夜景とは明らかに違う。こっちの世界の夜景は、地上に広がった光の海。

 でも、どちらがいいとか比較するつもりはない。リートプレアの夜は夜で、この世界よりも星は綺麗だったから。

「色々と見とれとんのもエエけど、あのクソガキがおる所を指示したってや」

「あ、ごめんなさい」

 私は反省した。宗太郎さまの身が危険かもしれない時に不謹慎だった。

「まあ、エエけどな。ワシはこのままの状況でおる限り、鈴音のやわらかい尻の感触を味わってられるし」

「・・・・・・うぅ」

 思わずマコトくんを殴りそうになったが、今この状況でやってしまえば自分も危ない。

 結局、私は涙目になって唸るしかできなかった。

「マコぽん、えろえろだぞぉ〜。鈴音ちゃんが可哀相〜」

 ティルはマコトくんを非難するが、ニコニコ笑いながら言われても何だか悲しい・・・・・・。

 とにかく気分をとりなおさないと。

「とりあえず、私の指示する方へと向かってください」

「了解やで〜!」

 それから先、私は的確にマコトくんに指示を与えた。意識の奥に引っかかる宗太郎さまの感覚は、魔法の糸を伝うにつれ、だんだんと強く感じられるから間違い無いだろう。

 そして、ほどなくして、私たちはある場所に辿り着いた。その眼下には、栗林邸に負けず劣らずの豪邸が広がっている。

「・・・・・・あの屋敷に、宗太郎さまがいるように感じます」

 そう言った時、魔法はちょうど途切れた。

「どないする? 一気に突撃でも仕掛けるか。不意をつけば、相手も混乱するかもしれんで」

 マコトくんの言うことにも一理はあるが、相手が何者かわからない以上は、もう少し慎重になるべきかもしれない。

「突撃は最後の手段として、まずは屋敷の様子を調べましょう。犯人と事を構えずして、宗太郎さまを奪還できるのならば、それにこしたこともないでしょうし」

「しかし、犯人をギッタンギッタンにせんことには、また同じ事件を起こしよるかもしれんで」

「犯人と対するにしても、先に宗太郎さまの身柄の確保しておくのが懸命です。後で人質にとられるのも厄介ですし」

「なるほどな。喧嘩は後の心配をなくした上で、思う存分やれっちゅうことやな」

「・・・・・・とりあえず、そういうことにしておいてください」

 これ以上は説明するのも面倒だった。

「屋敷はどうやって調べよう? 鈴音ちゃんは、探索系の魔法とか自信ある?」

「残念ながら、あんまり自信はないですね。それにこれ以上の魔法を使うと後が心配です」

 魔法を使えば、精神的にもかなり消耗する。魔法とは“信じる力”であるが、それゆえに精神を高めて、強く思いを込めないと魔法は発動しない。私のように要領も悪く、呪文の暗記すらできないような未熟者では、精神を集中させる段階で、余計な負担ばかりを負って、必要以上に疲れてしまうというわけだ。

「とりあえずはティル、もしよければ外側からの様子を調べてきてもらえますか?」

 彼女ならば身体も小さいし、魔法で姿も消せる分、こういう役目のときは頼りになると思う。

「よぉし、おまかせだぞぉ」

 ティルは、えっへんと胸を反らせた後、屋敷の方へと飛び去ってゆく。

「おいおい。あの妖精だけで、大丈夫やろな?」

「ティルは私たちの中でも、一番しっかりしていますよ」

「そうけ? あいつより、ワシの方がよっぽどしっかりしとると思うけどな」

「そう思っているのは、マコトくんだけです」

「なんじゃいそれ。ワシ、またものごっつう傷つくやんけ」

「・・・・・・悪い意味で言ったんじゃありませんよ。マコトくんはマコトくんで、頼りにしている部分はちゃんとあります」

 私は、本心からそう言ってあげた。

 それが伝わったのか、マコトくんは照れくさそうに黙ってしまう。それが少し可笑しかった。

 しばらく静かな時間が訪れる。

 穏やかな夏の夜。空を流れる優しい風が、私の長い髪をさらう。

 こんな何もなさそうな夜でも、人々の知らないところで色々な事件が起きている。私は、宗太郎さまがいるであろう屋敷を見下ろし、そんなことを思った。

 それにしても。

 宗太郎さまを誘拐した犯人は、一体、私とどんな繋がりがあるのだろう? 少なくとも目の前の屋敷は、私の知っているものではない。昔、人間界にいた時の記憶をたどったとしても、それは断言できる。

「犯人は誰なのでしょうね」

「・・・・・・そんなもん、悪党や」

 私の何気ない一言に、マコトくんが答える。

「身も蓋も無いですね。でも、私個人の問題に宗太郎さまを巻き込んだとなると、私も悪党でしょうか?」

「ものごっつう飛躍した考えやな。けど、鈴音がそんなことを気にする必要はあらへん。所詮は仕掛けてきよった方が悪いんや」

「・・・・・・やはり、犯人はリートプレアの人間でしょうか」

 先ほどから拭い切れない不安が、口をついて出る。

「鈴音には覚えないんか?」

「個人的にはありませんね。でも、私が魔法使いになるのを快く思わない人たちは多いですから」

「まあ、しゃあないわな。鈴音は魔法使いとしての素質は高すぎるし、それを危険視しとるドアホどもがおるのも無理ないで」

 マコトくんの言葉に、私は一瞬、目を丸くした。

「冗談言わないでください。私、素質なんてないです。第一、魔法学院では劣等性なんですから」

「別に冗談を言うたつもりはあらへんで」

 いつになく真面目な口調で、マコトくんは答えた。

「鈴音がそう思うんは無理ないけど、ワシらから見れば少し違うで。鈴音は誰にも負けへんぐらい、魔力は強いと思う。偶然だけで、異世界への門を開けるやつなんて、そうそうおってたまるかいな。鈴音が魔法学院で劣等性やいうたかて、それは鈴音の世界で、魔法が常識的でなかっただけの話や。常識でないもんをいきなり信じろいうたかて、最初は戸惑うだけやろ?」

 マコトくんの言葉は、かなりもっともだった。

「リートプレアの人間が平然と魔法を使いよんのも、それが日常の常識として溶けこんどるからや。せやから、魔法を学ぶにしても余計な先入観はない」

「じゃあ、異世界人間である私が、未熟でも魔法を使えるってことは、それはそれで脅威なのですか?」

「・・・・・・まあ、そういう風にもとれるわな。鈴音が魔法使いになるのを反対しとるのも、鈴音の強大な魔力を恐れとる連中やし」

「だったら私は、魔法学院なんかで学ばなかった方がよかったのでは?」

「モノは考えようやで。鈴音が魔法を学ぼうが、学ぶまいが、魔力があることには変わりない。それやったら、無責任に放置して魔力が暴発するよりも、ちゃんとした知識を与えて魔力を制御させるほうが、よっぽど安全やろ」

 なるほど。だからステラ学長は私を引き取ったのか。

 マコトくんの一連の言葉で、それを実感する。

「ともかくや。鈴音は、もっと自信もったらエエねん」

「・・・・・・そうですね」

 私は目を閉じて、小さくうなずいた。

 けれど。

 いまだにステラ学長の与えた、最終試験の意図はわからなかった。

 もっとも今は、そんな事を考えてる場合ではないのだけど。

「おい、鈴音。妖精が戻ってきたで」

 マコトくんの言葉で、私は我に返る。

 見ると、ティルがものすごい勢いで戻ってきた。

「大変! 大変だぞぉ〜」

 慌てた様子のティルは、身振り手振りで大混乱といった様子だった。

「どうしたのですか?」

「宗太郎ちゃんは、女王サマに可愛がられてるらしいぞぉ」

「は?」

 言われたことの意味が、頭にすんなりと入ってこない。

 おそらくこの状況において、おおよそ似合わない単語が出てきて混乱しているのかもしれない。

 女王サマって、一体、何?

「で、妖精。肝心のクソガキは見つかったんかいな?」

「色々と見てまわったけど、どこにいるかまではわからなかったぞぉ」

「おのれは役立たずかい!」

「仕方ないだぞぉ。中にまでは入れそうになかったんだから」

「・・・・・・そんなことより、その女王サマって何なのです?」

 とりあえず二人の会話に割ってはいる。

「とある窓をのぞいた時、黒服の男たちが話していたの。今ごろ宗太郎ってガキも、うちの女王サマに可愛がられている頃だろうって」

「それ以上は、わからないのですか?」

「うむむぅ。残念ながら」

 無念そうにうなずく、ティル。

 何だか頭の中が混乱する。

 誘拐犯が女王サマって言われても、ますますもって心当たりがなかった。

 でも、女王サマっていうぐらいだから、リートプレアの人間なのだろうか?? たしかにリートプレアには、女王みたいな存在は、いくらかいるみたいだけど・・・・・・。

「しかしやで。例のクソガキも、可愛がられとるんやったら問題ないんちゃうか?」

「マコぽん。それは甘い認識だぞぉ。可愛がるっていっても、文字通りとは限らないんだから」

「ちゅうことは何かい? 可愛がると称して、いたぶっとるとかそういう訳かい」

「そうなるね〜。何せ相手は女王サマって言うぐらいだし、ヘンなマスクをつけて、鞭を振りかざして『お〜ほっほっ』とか高笑いしてるかもしれないよ」

 『お〜ほっほ』の部分を強調して、ティルがふんぞり返る。

 それはまさに、いかがわしい女王サマそのもの。

 嫌だ。嫌過ぎる。そんな女王サマなんて・・・・・・。

 生々しく想像してしまった私は、あまりの恥ずかしさに何も言えなかった。ましてやその女王サマが、宗太郎さまにあんなことやこんなことをしてるだなんて・・・・・・。

 ・・・・・・うぅ。そんなことを許していいのか、私?

 龍太郎さまから、宗太郎さまのことを任された私が、今のこの状況を許していいのか?

 許される訳がない。

 もし龍太郎さまが帰ってきた時に、宗太郎さまが女王サマの虜になんかなっていたら、私の立場はないも同然。

 思考が渦巻くにつれて、段々と訳がわからなくなる。

「マコトくん。突撃しましょう」

 気がつくと私は、そんなことを口走っていた。

「・・・・・・エエんかいな。鈴音?」

「とりあえずは不意打ちで、ティルが見た黒服の男たちを魔法で眠らせます。そして、その後に宗太郎さまの監禁場所を調べましょう」

 頑張れば、あと一回ぐらいは魔法を使えると信じたい。

 何にせよ迷っている時間も惜しいぐらいだ。我ながら、大胆になったと思う。

「よっしゃ、わかった。ワシもゴチャゴチャ考えとんのは好かんからのぉ。それでいこう」

 俄然はりきりだすマコトくん。もっとも今は、それが頼もしい。

「ティル。黒服の人たちがいた場所へ案内してください」

「おっけ〜だぞぉ。ほれ、マコぽん、ついてこい〜」

「言われんでもついていくわい!」

 ティルの案内を頼りに、屋敷へと近寄る私たち。

 果たして、そこに待ちうける女王サマとやらが何者かは知らないが、私は宗太郎さまの無事を心から祈るしかなかった。

 宗太郎さまのピンチを救うのは、私たちしかいないと信じて・・・・・・。

 

 

目次に戻る

ホームに戻る