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第一章 魔法の国から来てメイド

 

 洋風の大きなお屋敷が、目の前にドド〜ンと広がっていた

 タクシーで送られること、おおよそ十五分。

 私たちは、ようやく栗林邸にたどりつくことができた。タクシー代も幸い、私の手持ちでどうにか足りる額であった。

 それにしても。

 なんて大きな屋敷なんだろう。

 目の前には巨大な門があり、その奥には豊かな自然に恵まれた庭園などが見て取れた。

 それはある意味で現実離れした光景。魔法世界リートプレアで見た、地方領主の屋敷にはこういうものもあったが、人間界でこれほどの規模のお屋敷を見るのは初めてだった。

 それだけ規格外の大きさともいえる。

『日本にもこれだけのお屋敷が建つぐらいの土地があったんですね……』

 素直に感心をしている私をよそに、妖精のティルがちょんちょんとお腹をつついてくる。

「鈴音ちゃん、鈴音ちゃん。ボ〜ッと見とれてちゃダメだぞぉ。遅刻、遅刻ぅ〜」

 ティルの言葉で我に返る。

 いけない、いけない。ただでさえ、もう十分近くの遅刻なのだ。

 私は、門の近くにチャイムを見つけると、ピンポ〜ンとそれを押す。

 押してからしばらくの間は心臓がドキドキするが、やがてインターホンから返事がかえってくると、もうどうにでもなれという気分になる。

「こちら栗林家ですが、どちらさまでございましょう?」

 使用人とおぼしき、落ちついた女の人の声が響く。私は大きく深呼吸をした。

「……ええ、私、本日付けでこちらの使用人として働かせてもらうことになりました、羽月鈴音と申します。こちらの主であらせられる栗林龍太郎さまはご在宅でしょうか」

 そう訊ねると、しばらくの間が空く。

 何だか気まずい間だった。このまま無視されたり、何も聞いていないから帰れなんて言われたらどうしよう。

 でも、それは余計な心配だとすぐにわかった。

「門を開けます。そのまま中へ入って、まっすぐ玄関までおいでください」

 そう答えられると同時に、大きな門が自動的にグオオオ〜ンと開かれていく。なんとも物々しい感じだ。

 私は、そのまま庭の中へと足を踏み入れた。

「……うわぁ。これはすごいかも」

 庭園は、門の外から見えたものより大きなものだった。草花は丹念に手入れされており、さながらちょっとした植物園ともいえなくはない。

 あと、随所に配置された、不思議な形の石のオブジェ。中には人の形を模した、彫像のようなものも混じっている。

「あの彫像、いきなり襲って来たりせんやろうなぁ?」

 ホウキのマコトくんが、おそるおそる呟く。

「大丈夫ですよ。別にゴーレムとかいった、魔法人形の類ではないでしょう。そもそもこの人間界では、そういうものは存在しない筈ですから」

「……でも、本当にそう言いきれるかなぁ?」

 ティルが腕を組んで、首をかしげる。

「なんやい、妖精。なんぞ魔力でも感じるんかい?」

「そういうのじゃないんだけど、少々気になることがあるんだよぉ」

「気になることですか?」

「うん。だって、ここの屋敷に来たのは魔法学院の学長の勧めでしょ〜。そうなると、ここの人間と学長は、何らかの関係があるってことじゃない。普通の常識で考えるのもどうかと思うぞぉ」

 確かにティルの指摘はもっともだった。私も気にしなかった訳ではない。

 学長からは、ここの屋敷の栗林龍太郎という方に会い、そのまま使用人として働くことを言い渡されただけで、栗林龍太郎という方がどういう人なのかは教えてもらえなかった。

 彼はリートプレアの人間なのか、あるいは私のように人間界の者なのか。

 仮に人間界の方だとして、リートプレアとどういう接点で繋がっているのかもわからない。本来リートプレアは、人間界からすると知られざる異世界なのだから。

「まあ、鈴音ちゃん。深くは考えなくてもいいと思うけどねぇ。別に学長が、鈴音ちゃんを罠にハメるとかそういうことはしないと思うし。ただここでは、ひょっとしたら魔法もおっけ〜かなと思っただけだから」

「確かに学長はんの知り合いやったら、いくら人間界におるいうても、魔法に馴染んどる能性もあるわな」

 マコトくんも納得したように頷いている……というか、ホウキなのでカックンカックンと揺れている。

「とりあえずはまだ、はっきりしない訳ですから、マコトくんとティルは表だって出てこないでください。人間界では妖精もいないし、ホウキだって喋らないんですから。勝手に大騒ぎになるようなことは避けてくださいね」

「おう。鈴音が困るような真似はせんがな」

「そうそう。私やマコぽんを信じてよ」

 二人の言葉に、私は苦笑した。どこまで信じられるか少し疑問だったから。

 悪い意味ではないのだけど、二人ともお調子者なところがある。

 ……まあ、今更なにを言っても仕方がないのだけど。

 こうしてしばらく歩いた後、屋敷の玄関がようやく見えてきた。

 よく見ると玄関の前には、二人ほど人が立っている。

 一人は、人のよさそうな老人。そしてもう一人は、いかにも使用人といった割烹着姿の、目の細いおばさんだ。

 私が玄関の側まで近づくと、老人の方が両手を広げて出迎えてくれた。着ているものの身なりの良さといい、この方が栗林龍太郎さまかしら?

「ようこそ、栗林家に。君が羽月鈴音くんじゃな?」

 老人の問いに、私はうなずいて自己紹介をはじめる。

「はじめまして。本日よりこちらの方で働かせてもらうことになった、羽月鈴音です。少し到着の時間が遅れまして申し訳ありません」

 私は深く頭を下げて、遅れたことをお詫びした。すると老人は、「フォホホホ」と笑う。

「頭を上げなさい。はじめてくる土地で迷っておったのじゃろう。そう畏まることはないぞ」

「はい」

 とりあえず老人の言うとおり、頭だけは上げる。表情をみても、これといって怒っている様子ではないので、ほんの少しだけ安心する。

「それよりもこちらの自己紹介がまだじゃったな。わしがこの栗林家の当主である、栗林龍太郎じゃ。そして、わしの隣におるのが・・・・・・」

「この家の使用人をつとめている、園田玉枝です。よろしくね、鈴音さん」

 目の細いおばさん・・・・・・園田玉枝さんの紹介に、再び頭を下げておく。この家の使用人ということは、私の先輩にもあたるのだから、最初に良い印象を持ってもらわないと。

「さてと、こんな所で立ち話もなんじゃて。屋敷の中でゆっくり話をしようじゃないか」

 龍太郎さまはそう言うと、屋敷の中へと招いてくださる。

 私も早速、それに続こうとした矢先。

「鈴音さん。ちょっと」

 玉枝さんに呼びとめられた。

「はい?」

「・・・・・・屋敷の中にまで、その薄汚いホウキを持ちこむのですか」

「あ」

 薄汚いホウキ。それは勿論、マコトくんのことだ。私の手の中で、マコトくんがプルプル震えているのがわかる。

「あの、駄目でしょうか?」

「駄目です」

 キッパリ即答される。怒っているのならともかく、無表情に淡々と言われたものだから、なんとなく別の意味で怖い。

 私はしばらく躊躇した。今ここで、マコトくんを手放したら何をしでかすかわからない。今だって、怒りを我慢しているのが手に取るようにわかるのだから。

 その時、龍太郎さまが一声かけてくださった。

「玉枝さん。ホウキぐらい中に持ちこんでも問題はないじゃろう」

「しかし、旦那様。これどうみても室内ホウキではありませんよ」

「それはわかっとるよ。じゃが、そのホウキは鈴音くんの両親の形見の品じゃて。のお、鈴音くん?」

 最後でいきなり話を振られ、私はひどく慌ててしまう。でも、とりあえすは。

「え・・・あ、はい。そうなんですねぇ」

 思わず頷いてしまった。

「ま。そういうわけじゃ。じゃから、玉枝さん。大目にみてやってくれ」

「旦那様がそう申されるのなら」

 結局、玉枝さんは納得してくれた。

 それにしても、龍太郎さまも一体何を言い出すのだろう。ホウキが両親の形見だなんて、なんだかトホホな言われようだ。

 確かに、私には両親がいない。三年前、私がリートプレアに赴く前に病死しているから。

 でも、もし仮に両親が生きていたら、少したちの悪いごまかし方だ。勝手に人の両親をあの世に送らないでくださいって言いたくもなる。

 そんな私の気持ちなどをよそに、龍太郎さまは再び歩き出した。自分もとりあえず、それに続く。

 龍太郎さまは階段を上がり、二階のどこかの部屋へ向かっている様子だった。

 その途中、屋敷の内装などを横目で見てみるが、外の庭園に負けず劣らずといった豪華さだった。

 絵画や彫刻などが、いたるところで目に付くものの、私ごときにはその価値など計り知れない。ただ一つだけいえることは、壊したりなんかしようものなら、私の人生は真っ暗闇かもしれないということだろうか・・・・・・。

「さて、この部屋じゃ」

 龍太郎さまが、とある部屋の前で立ち止まった。

「わしは鈴音くんと話がある。玉枝さんはすまんが、台所の方で冷たいものでも準備しておいてくれるかの?」

「かしこまりました」

 玉枝さんは一礼すると、ゆっくりとこの場を離れていった。

「さあ、鈴音くん。ここはわしの書斎じゃ。入りなさい」

「それでは、失礼いたします」

 私は龍太郎さまに招かれて、書斎に足を踏み入れた。

 部屋の中は廊下とくらべ、まだ地味で落ちつく感じが漂っていた。広いことをのぞけば、それほど豪勢なものが置かれている様子もなかったからだ。

 龍太郎さまは、ソファーを勧めてくれる。

 私がソファーに座ると、龍太郎さまも目の前のソファーに座られた。

「鈴音くん。遠路はるばると、よく来てくれたのお」

「いえ。こちらこそ、初日から遅れてしまって申し訳ありません」

「かまわん、かまわん。そんなことよりも、そっちのホウキには玉枝さんが無礼を言ったの。許してやっておくれ」

 いきなり龍太郎さまは、マコトくんに向かって謝り出す。

「あ、あの。このホウキは・・・・・・」

「わしの前では隠さずともよい。精霊が宿っておるのであろう?」

 龍太郎さまは、ニコリと笑いながら言った。

「まあ、鈴音くんたちのことは、ステラからあらかじめ色々と聞いておる。少なくともわしの前では、何も隠し事をすることはないぞ。・・・・・・もっとも、他の人間たちの前では隠しておいた方がよいじゃろうがの」

 ポカンとする私を尻目に、マコトくんがいきなり喋り出した。

「さすがは学長はんの知り合いだけはあるな、爺さん。ワシが精霊やっちゅうこと、よお見抜いたで」

「あ。マコトくん。勝手に喋っちゃ駄目です」

「なにいうとんねん、鈴音。この爺さんの前では、別に隠し事せんだかてええんやろが。ワシ、さっきから黙っとって苦しかったんやでぇ。こういう機会に、パ〜ッと喋らせたってえな」

「フォホホホ。活きのよいホウキくんじゃの」

「おう! 活きがエエのがワシの信条や。ちなみに、ワシのことを呼ぶときはマコトでええぞ、爺さん」

「ちょっと、マコトくん。もう少し礼儀をわきまえてください」

 少なくとも龍太郎さまは私の雇い主なんだから、“爺さん”だなんて馴れ馴れしい呼び方はやめて欲しい。

 そこへ、ティルまでひょっこりと現れてこんなことを言う。

「こんちわ〜。龍太郎のおっちゃん。わたしは、鈴音ちゃんのお供のティルだぞぉ〜」

 ・・・・・・ティル。“おっちゃん”はないでしょ、“おっちゃん”は。

 私は、おそるおそる龍太郎さまの顔を見た。表面上はニコニコとしていて、怒っているようには見えない。

 もっとも、実際にはわからない。顔では笑って、心の中では怒りがメラメラという可能性だってあるのだから。

「精霊に続いて妖精もおったか。いやあ賑やかで結構、結構」

「何だか騒がしくて申し訳ありません」

 正直、冷や汗しかでなかった。今でこそ龍太郎さまは寛大だけど、マコトくんたちの態度がエスカレートすれば、いつどこで怒らせてしまうかわかなないのだ。

 だから、そうなる前に本題にうつった。

「それはそうと龍太郎さま。これステラ学長から預かってきた紹介状です」

 私は魔法学院の学長より預かっていた、紹介状をすっと差し出した。

「おお、どれどれ」

 龍太郎さまはそれを受け取って、さらっと目を通す。

「フォホホホ。ステラも元気そうじゃのう」

 紹介状を読みながら、龍太郎さまは愉快そうに笑う。それからしばらくして、紹介状を読み終えた龍太郎さまは、再び私に向き直る。

「とりあえずステラからの用件は改めて承った。これからはこの屋敷の使用人として頑張ってもらいまずぞ。鈴音くん」

「あ。はい」

 私は恐縮しながらも頷いた。

「それはそうと、私はこの屋敷の使用人として何をすればいいのですか? 魔法使いになる最終試験な訳ですから、何か特別なことをするとかあるのでしょうか」

「普通で構わんと思うよ。料理、洗濯、掃除、屋敷の者の世話、これといって特別なことはないじゃろう。・・・・・・まあ、せいぜいをいえば、わし以外の人前では魔法は禁止じゃの。何せこの屋敷に住んでおる者は、魔法には馴染みのない一般人じゃからの」

「はあ」

 曖昧にしか頷けなかった。魔法使いになる試験で、魔法は禁止。今回の試験の意図が、ますますもってわからなくなる。

「それより疑問なんやけど、爺さんは学長はんと、どないな関係やねん? 学長はんのことをステラと呼び捨てにしたりして、えらい親しげやんけ」

 マコトくんがそのようなことを訊ねる。これには私も少し興味があった。

「ステラはわしの初恋の人じゃよ」

「は、初恋っ!?」

 驚く私とは逆に、マコトくんの反応は違った。

「なんや想像どおりやな〜。ベタベタすぎて面白みないぞ、爺さん」

「マ、マコトくん。そんなこと言ったら失礼ですよ」

「いやあ、構わん、構わん。・・・・・・ステラと知り合ったのは、もう四十年以上も前のことでな、わしもまだ大学生じゃった。その時の彼女はリートプレアから来た留学生での。ステラの正体が異世界の魔法使いと知った時は、そりゃあ大層なほど驚いたものじゃわい」

 しみじみと過去を思い出し、遠い目をする龍太郎さま。

 そこへマコトくんが、またとんでもない事を言ってのける。

「爺さんはロリコンか? 学長はんはまだ四十歳過ぎやし、爺さんが出会った頃は四、五歳ぐらいちゃうんけ」

 更にはティルまで追い討ちをかける。

「違うよ、マコぽん。学長は自称四十代だけど、実際には二百歳を越えてるの。だから、このおっちゃんはロリコンじゃなくて、年増好みなんだぞぉ」

 二人の失言はとどまる気配をみせなかった。

 ・・・・・・私、この場から逃げてもいいですか? もう泣きたい気分だった。

 けれど龍太郎さまは、マコトくんたちの無礼に対しても、未だ笑顔でいてくださる。

 それがかえって怖かったりするのだが……。

「とりあえず昔話はこれぐらいにして、そろそろ仕事の段取りなどを教わりたく思うのですが」

 私はこの場の状況を何とか切り上げるべく、龍太郎さまに言った。

 今の状態から抜け出せるのなら、もはや何だっていいというのもある。

「そうじゃの。仕事の段取りなどは玉枝さんの指示を仰ぐとよかろう。わしからの続きの話は、別の家族に引き合わせてからにしたいしのお」

「はい」

 これだけ大きなお屋敷だ。きっと色々な人が住んでいるに違いない。

「・・・・・・お、そうじゃ。鈴音くんにはこれを渡しておかんとな」

 龍太郎さまはそう言って立ち上がると、棚の方から何か大きな箱をとりだして、それを私に手渡す。

「あの、これは?」

「メイド服じゃよ」

「・・・・・・メ、メイド服ですか?」

「そうじゃよ。若い使用人には、可愛らしいメイド服がピッタリじゃろうて」

 可愛いらしいメイド服って、一体? 私は、汗が流れ落ちるのを意識した。

 玉枝さんは普通の割烹着なのに・・・・・・。

「いやはや。楽しみじゃのお」

 龍太郎さまはそう言って、お得意の「フォホホホ」という笑い声をあげる。

「おい、鈴音。ひょっとして、この爺さん。ものごっつう、アブナイ趣味の持ち主とちゃうんけ?」

 マコトくんが小声で囁いた。

「あ。あは・・・あははは、ははは」

 この時ばかりは、私もマコトくんの言葉に頷きそうになった。

 

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