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その世界には魔法がある
。魔法とは一体何なのか。
便利な力? 不思議な力? それとも、あるいは……?
魔法を望んで、魔法の国の門を開いた少女がいる。
そして、少女は魔法を学んだ。
その中で少女を何を得たのであろう。
また、魔法の本質とは?
序章 魔法の国から戻って迷う
青い空と白い雲。
快晴とも呼べるぐらいにすっきりとしたお天気。夏のまぶしい陽射しが、かなりの暑さを感じさせてくれる。
道すがら、すれ違う人々は皆、額にハンカチを当てて、流れ出る汗を拭っている。
私もそんな中の一人。
でも、私が拭っている汗は、他の人たちとは少々違うものかもしれないけれど……。
「はあ〜。困りました。道に迷ってしまいました」
深い溜め息とともに、ガクンと肩を落とす。
いま私は、ある目的のために、栗林龍太郎という方のお屋敷を目指していた。
しかし。
先ほども口に出したように、道に迷っているという始末だった。
とっても急いでいるのに、これでは約束の時間にとうてい間に合いそうにない。
もし、時間に遅れたりしたら、相手の方はどう思うだろう?
私はまだ、栗林龍太郎という人に会った事がないので、彼がどういう人なのかは判らない。でも、厳しく怖い人だったら、カンカンに怒られるかも知れない。……そんなことを想像すると、冷や汗しか出てこなかったりする。
正直言って、とても泣きたい気分。私にとっては暑さどころの問題ではなかった。
その時である。
「オイ、コラ! 鈴音。また、道に迷ったんかい? エエ加減に目的の場所にたどりつかんかいな。ワシ、暑さで参ってしまうやんけ」
私のすぐ側から、口の悪い小声が響く。
「マコトくん。そんなこと言われても困ります。これでも一生懸命、目的地を目指しているんですよ」
私は自分が手に持っているホウキに答えた。そう、ホウキだ。ただ、普通のホウキとは訳が違う。なにしろこのホウキには、小さいながらも目と口がくっついているからだ。
このホウキの名前はマコトくん。もともと喋るホウキだったという訳ではなく、ホウキに何らかの精霊が宿って、このようにポンポンと喋っているのだ。
「まったく世話のやけるやっちゃなぁ。大体、この人間界は鈴音の故郷やろが。慣れ親しんだ世界で迷子になってどないすんねん」
「いくら慣れ親しんだ世界でも、知らない土地にくれば迷子にもなります」
そう。この人間界は私の故郷だ。
マコトくんのいた、魔法世界リートプレアと違い、魔法も精霊も馴染みのない世界。
魔法世界リートプレアは、三年前、当時十四歳であった私が、ふとしたきっかけで迷いこんだ異世界だ。そこには魔法や精霊たちが実在し、私の住んでいた人間界とは異なる文化体系が広がっていた。
私はそこで魔法を学ぶことになり、魔法使いとなった。
……いや、訂正。正確には魔法使い見習いだ。
なにしろ私ってば、魔法学院きっての劣等生らしく、まだ正式に魔法使いの資格を持っている訳じゃないから。
そんな私が今回、故郷である人間界に戻ってきたのも、学院を追放されたとかそういうものではない。正式な魔法使いになるための最終試験を受けるべく、この世界に帰ってきたのだ。
ただ、今回の最終試験の意図は、少々はかりかねている。魔法学院のステラ学長いわく、この試験は私専用の特別試験ということなので、普通でないことは覚悟していた。けれどその内容は、私の想像を遥かにこえた、意外なものだった。
で、その問題の試験内容なんだけど、それが栗林龍太郎という方の屋敷で、使用人として働くことにあるんだそうな。
使用人として働くことが、魔法とどんな繋がりがあるのかは、皆目検討もつかない。ついでをいえば、この試験において何が重要視されるのかも不明。けれど、正式な魔法使いになりたい私としては、この試験を拒むわけにもいかなかった。
劣等性として苦労した中で、ようやく最終試験にまでこぎつけたのだ。チャンスを無駄にはしたくない。
とはいうものの、このまま道に迷って遅刻し、怒られる以上に試験までダメになってしまったら目も当てられない。
「困りました。ホント、どうしましょう」
栗林邸には午後の三時に到着しなければならないのに、私の時計は二時五十分をさしている。
「地図はもらっとるんやろ。その通りに進んどるんかいな?」
「そのつもりではあるんですけど、どこで間違ったのか目印となるものが見つからなくて」
「相変わらず方向感覚のないやっちゃな。ほな、鈴音。時間を戻す魔法とかは使えんのかいな?」
「そんな高等な魔法、私に使えると思いますか?」
時間を操る魔法は、高位の術者でも使える者が限られている。第一、そんなことができていたら、私は試験なんて受けていない。
「スマン。愚問やったわ。それよりも贅沢は言わん、涼しくなる魔法とか、ワシにかけたってくれや。このままやったらワシ、暑さで燃え尽きてしまうかもしれん。それぐらいの魔法やったら、鈴音でもできるやろ?」
「口の悪いマコトくんには、そんな魔法があってもかけてはあげません。それにホウキが涼しくなりたいだなんて、ホント贅沢です」
「そない殺生なこと言わんどいてくれやぁ!」
マコトくんが情けない声で喚く。
「もう少し声を低くして。マコトくん」
そっとホウキをたしなめる私に、すれ違ったおばさんが奇異の目を向ける。何も知らない人から見れば、かなりヘンな行動に見えるんだろうな。ホウキに向かって、ボソボソ喋っているのって……。
その時だ。私のウエストポーチの中から、もぞもぞっと何かが顔を出してきた。
「もう〜。さっきからうるさくて、眠れないんだぞぉ〜」
「あ。ごめんなさい、ティル。起こしてしまいましたか?」
ポーチから顔を出したのは、小さな妖精の少女だった。
名前はティルといい、マコトくん同様にリートプレアで出会ったお友達だ。
本来なら連れてくる気はなかったのだけど、二人?の強引な押しと、ステラ学長の許可が得られたということもあって、同行を許している。ただ、精霊も妖精も人間界では馴染みの薄い存在だけに、正体を隠しておくようにという条件つきだけど。
「なんやい妖精。なんぞ文句でもあるんかい。ワシらが必至で困っとる時に、呑気に寝くさりよってからに」
「お言葉だけどマコぽん。わたし、別に寝てた訳じゃないぞぉ。君たちが喋ってるのがうるさくて、眠れなかったんだぞぉ〜」
「そら悪かったのぉ。それ以前に妖精。エエ加減にワシのこと、マコぽんとかいう恥ずかしい名前で呼ぶのやめんかい!」
「いやだぞぉ。マコぽんだって、わたしの名前をまともに呼んでくれないもん。わたしにはティルっていう名前があるんだからね〜」
「けっ、妖精なんざ、妖精で十分や」
「……ちょっと、二人とも喧嘩しないでください」
今にも顔を突き合わさんばかりのティルとマコトくんを、どうにか引きはなす。
「鈴音ちゃ〜ん。わたし、な〜んにも悪くないよね」
「そうですね。ティルは何も悪くないです。ただ、私もマコトくんも少し困っていますから、大目にみてあげてください」
何か言いたそうなマコトくんの口は、とりあえず塞いでおく。
「うん。まあ、鈴音ちゃんの話は大体聞こえていたからね。約束の時間に遅れそうなんでしょ?」
「お恥ずかながらその通りです。道に迷って、もうどうしようもないって感じですね」
「だったらさあ、わたしにいい考えがあるけどぉ」
「ティルに?」
私が興味深そうな顔で訊ねると、彼女は得意満面の顔で言った。
「人間界には、たくし〜とかいう便利な乗り物があるんでしょ? お金さえ払えば目的の場所まで連れてってくれるとかいう」
「あぁ。なるほど。……でも、私そんなにお金持ってませんよ。栗林邸までどれくらいかかるのかもわからないし」
「大丈夫。鈴音ちゃんがいくら方向音痴だっていっても、目的の場所からは海一つ隔てるほど離れてないと思うし、近いんだったらそれほどお金はかからないと思うぞぉ」
確かにティルの言葉は一理ある。それ以前に彼女、どこでこんな知識を仕入れたのだか??
「ワシはこのさい何でもエエぞ。早いところ目的地について、涼めるんやったらそれでエエ」
私の疑問をよそに、マコトくんが横から口をはさむ。
もう暑さで限界という感じだった。
とりあえず私は、自分の財布の中身を確認して、しばらく考えた。
学長からは当座の生活資金として、人間界のお金をいくらかは頂いている。ついでをいえば、栗林邸で働く以上、いくらかの給料もでるらしい。
他の手段では、周囲の人々に道を訊ねるという手もあるが、夏の炎天下のためか、すれ違う人も少ない。
そんな訳で答えは出た。
「わかりました。タクシーをつかまえましょう」
もしタクシー代が足りない場合は、栗林邸の人に立て替えてもらって、あとで自分の給料の中から返せばいい。
さすがに約束の時間には間に合いそうにないが、それでも大幅に遅れるよりはマシな筈だ。少なくとも、急ぎましたという誠意ぐらいは見せたいと思う。
人間界に戻ってからの、いきなりのハプニングだが、とりあえずは深く悩まないことにする。
深く悩むと、今後の先が思いやられるから……。
こうして私たちは、どうにかタクシーをつかまえ、栗林邸に向かうことができた。
私の最終試験の幕開けでもある。
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