終章 魔法は白く煌いて
あけましておめでとう。
雪山の別荘から帰って、数日後には年も明けた。
結局、スーディアさんがリートプレアに帰った日の朝、私たちも別荘から帰ることになった。
芳美ちゃんがあれ以上、滞在したがらなかったからだ。
まあ、それも無理はない。芳美ちゃんは幽霊の正体を知らない訳だし、それ故に色々と怖い思いもしたのだから。ただ、せっかく楽しみにしていた旅行が台無しになったのは、可哀想というしかない。
でも、今の彼女はもう大丈夫そうではあった。
「貧乏暴力メイド。紅茶がきれたわよ。新しいの淹れ直して」
「あ、はい。ただいま」
年明けも早々に、芳美ちゃんは栗林家に遊びにきていた。
そしてその様子を見る限りには、別荘でのショックからは立ち直ったようだった。
私の呼び名が完全に“貧乏暴力メイド”で定着してしまったのは複雑だが、これがいつもの彼女だとすれば、それでも良いと思えた。むしろ、いまさらまともに呼ばれるのも違和感ありそうだし。
「大至急、淹れなさい。あとこのクッキーだけど、選んだのはあなたなの?」
紅茶と一緒に用意したクッキーを一枚とり、芳美ちゃんは訊ねてくる。
「え? 多分、そうですが、何か問題でもありましたか」
「大ありよ。こんな近所のスーパーで売ってるようなクッキー、あたしの口にあうと思うわけ? 安っぽいセンスしか持ち合わせない貧乏人はこれだから困るのよ。お客に出すクッキーぐらい、もうちょっと高級感あるものになさいよね」
「おい、水沢。少しは態度をわきまえろよ。鈴音は俺の家の使用人なんだから、そういう口の利き方はどうかと思うぞ」
さすがに目にあまるものがあったのだろう。この場に一緒にいた宗太郎さまが、私を庇ってくださる。
いつもならここで、しゅんとなって黙る芳美ちゃんだが、今回は少しばかり強気だった。
「あのね、宗太郎くん。あたしは意地悪で言ってるんじゃないのよ。この貧乏暴力メイドに正しい使用人のあり方を教えているだけなのよ。栗林家の格調に相応しくなるようにね」
「だとしてもそれは余計なお世話だ。俺の家の使用人にかんしては、水沢家のおまえには関係ないだろ」
「あら。関係あるわよ。だってあたし、将来はここに嫁ぐ身ですもの」
「勝手に決めるなぁっ!」
怒鳴る宗太郎さまに、芳美ちゃんは悪びれた様子も無く笑う。
「照れて否定するところがまた可愛いわ」
「……勝手に言ってろ」
こういう話題に関しては、芳美ちゃんのほうが上手だった。ストレートに感情をぶつけられると、まだまだ恥ずかしいみたいだから。
宗太郎さまは不機嫌そうな顔をしつつ、クッキーを一枚かじる。
そして。
「水沢。……このクッキーだけど、これを選んで買ったのは実は俺だ」
「え?」
宗太郎さまがボソッと呟いた一言に、芳美ちゃんが固まる。
あ、たしかに言われてみればそうかもしれない。あのクッキーは以前、彼がクリスマスケーキの買い出しに行ってくれた時、ついでに買ってきたもののひとつだった気がする。
「……宗太郎くん。それ本当?」
「嘘言っても仕方ないだろ。以前、買い物に出たついでにスーパーで選んだんだ」
芳美ちゃんはあんぐりと口をあけ、その直後にはクッキーを数枚、一気に口の中に頬張った。
「んぐぉあ。よくたべれみりゅと……けっごうおいひいはも……」
無理にクッキーを頬張りつつ、芳美ちゃんは指でマルを作ってうんうんと笑う。
宗太郎さまは完全に呆れているようだった。
そして私からすれば、そんな芳美ちゃんが微笑ましくもあった。
とりあえずこのまま彼女が喉をつまらせるのも何だし、紅茶を淹れ直してあげないとね。
私は一旦この部屋を出て、厨房へ向かった。
その途中である。マコトくんとティルが私を見つけて呼びかけてきた。
「鈴音ちゃ〜ん。これを見て欲しいんだぞぉ〜」
「あら? どうかしたのですか」
二人とも本来なら、私の自室で待機していた筈だった。芳美ちゃんにヘタに見つからないためにも。
「それなんやけど、鈴音の部屋ん中に、急にこんなもんが送られてきよったんや」
「どうも何かの手紙みたいだぞぉ」
その言葉通り、ティルの腕の中には白い封筒が抱えられていた。その表面には私の名前が宛てられている。
私は封筒を受け取ると早速、中身を確認した。
「あ、スーディアさんからの便りです!」
「おお。あの姉ちゃんからかいな。何を書いとんねん。向こうではうまくいきよったんかいな?」
「わたしたちにも読んで聞かせて欲しいんだぞぉ」
急かしてくるマコトくんやティルを抑えつつ、私はさっと文面に目を通した。
そして、思わず「うん」と頷いてしまった。
少なくとも悪い内容の手紙ではなかったから。
「それじゃあ読んであげますから、静かに聞いてくださいね」
私は手紙の文面をゆっくり読み上げた。
前略。
鈴音殿、お元気か?
貴殿らと別れ、リートプレアに戻ったわたくしは、評議会を正すべく行動を開始している。
まずは味方を作るところからはじめているのだが、これに関しては魔法学院のステラ学長の支援もあり、順調に事は進んでおる。あと、旧評議会より追放されたものにも声をかけ、それらの協力もとりつけつつある。
まあ、現評議会の不正に関しては、ヴェノスの方も色々と口を割ってくれた。あとはそれらの裏づけをとり、しかるべき証拠が揃った後には王国の司法院に伝えるつもりだ。
これによって評議会の恥を世間に晒すことにはなるだろうが、もはやそのことを恐れていても仕方はない。
例え評議会の信頼が失墜しようとも、一から出直せばよいとも考えている。それがいかなる苦労に繋がろうとな。
いや、むしろ苦労をするだけの価値もある。わたくしの望む、正しき評議会をつくる足がかりにはなるのだ。
とりあえず、わたくしの状況としてはこんなものだ。
鈴音殿と出会い、感じたことは、今もわたくしの中で生きている。
マコト殿やティル殿にも世話をかけた。ウィムド共々、感謝はしているつもりだ。
そして、宗太郎殿にも深い感謝を。
今度再会するときには、更なる朗報をもって駆け付けよう。
そのときまで、皆が元気で過ごされる事を願う。
〜追伸〜
以前、芳美殿や宗太郎殿の旅行を台無しにした埋め合わせとして、白く煌くものを贈ろうと思う。
明日の朝、楽しみにされたし。
スーディア・メルレード
「白く煌くものって何やろうな?」
マコトくんが眉をよせて唸る。
「キラキラとした肉まんかもしれないぞぉ〜」
「このボケ妖精が。んなもん、あるかいっ!」
「マコぽん、世界は広いんだぞぉ。絶対にないだなんて言いきれないぞぉ〜」
睨み合うティルとマコトくん。私はとりあえず割って入った。
「まあまあ。そんなことで口論しないでください。明日になればわかることなのですし」
ゆっくりとなだめると、二人はどうにかおさまってはくれた。
その後、私はマコトくんたちを部屋に戻すと、頼まれていた紅茶を淹れなおす。
そして宗太郎さまたちの元に戻ったとき、何やらはしゃぎ声が聞こえてきた。
「どうかしたのですか? 楽しそうな声をあげて」
「あ、鈴音。窓の外を見てみろよ」
「外ですか?」
私は言われるままに、二人と一緒に外を見る。
するとそこには、チラチラと白い粉雪が舞っていた。
「このあたりで雪を見るのも珍しいよね。このまま明日まで降ったら積もるかな?」
芳美ちゃんがうっとりしたように呟く。まるでそうなることを願うように。
「積もるのは無理じゃないか。天気予報を見ていてもそんな感じではなかった筈だし」
「残念だなぁ。もし積もったら、今度こそ宗太郎くんと雪合戦とかできると思ったのに」
がっかりとした表情の芳美ちゃん。
でもそこで、私は言ってあげた。
「案外、明日の朝には積もっているかもしれませんよ」
「え? 本当に」
「はい。そう思えるんです」
何となくではあるが確信めいたものはあった。
スーディアさんの手紙にあった、白く煌くもの。それはこの雪ではないだろうかと。
そして、私の考えは見事に当たったのであった。
翌朝、この街一帯は銀世界に包まれたから。
〈了〉
あとがき
滝沢沙絵です。
「Magical Essence第2部」、どうにか終わりました。
…………ちょっと感慨深いものありますね。
当サイトの看板小説でもあるだけに、終わった喜びもひとしおなのです。
でも、第1部完結からもうすぐ二年が経とうとしているのですね。第2部もここまで完結するのに、途中で間があいたりしましたが、最後まで書ききることができてホッとしております。
お読みになった方々はどう感じて頂けたでしょうか?
著者としてはそこが一番、気になるところではあります。
ま、私としては第1部よりはスケールアップして頑張ってはみたつもりです。
この世界における“魔法”というものがどういうものであるのか、より大きな事件を通じて書いてはみたと思います。
そして鈴音という女の子がどういう子かも。
今回のメインは鈴音とスーディア、この二人が出会って、どうお互いを成長させていくかというテーマもありました。
結果は読んでの通りです。
少なくともお互いをわかりあってゆく。それは何にも勝る成長にも繋がるのではないでしょうか?
あとは宗太郎の鈴音に対する気持ちも、現状ではこんなところです。芳美は……もうちょっと出番をあげたかったのですが、今回は断念しました。まあ、芳美ってキャラクターの位置付けはこういうものかなっていうのもありますし、こういう彼女を私としては気に入っている部分もありまして(苦笑)
とりあえず今後のことなのですが、長編としての「Magical Essence」は、この第2部をもって終了です。
ぶっちゃけた話、第3部の予定はありません。
……ただ、この先は短編シリーズとしてちょこちょこと執筆していくつもりです。
その方が各キャラクターにもスポットは当てやすいし、何よりもバリエーションに富んだお話が書けると思うからです。
そんな訳で長編としては終わっちゃいますが、「Magical Essence」の世界はまだまだどこかで続けていきたいと考えています。
ま、いつになるかは未定ですが、今後もよろしくお付き合い願えると幸いです。
2002年 11月19日
滝沢沙絵
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