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第四章 雪山へ行こう

 

「あの、とりあえず紅茶などを淹れましたがいかがですか?」

 栗林家の居間。私は、先ほど訪れてきたお客さまに対し、温かい紅茶を勧めた。

 お客さまは赤い帽子に赤い服のサンタクロースが二人。それも小柄な少女と大柄なサングラスの男性。

 勿論、この二人は本物のサンタクロースではない。

 少女は、宗太郎さまのクラスメイトである水沢芳美ちゃん。そして、大柄な男性の方は、芳美ちゃんのボディーガードである黒部さんだ。

 ちなみにこの居間にいるのは、お客さまの二人を除けば、私、宗太郎さま、スーディアさんの三人だけ。マコトくんとティルは、話がややこしくなると困るので席をはずしてもらっている。

「頂いてやってもいいけど、他に何か謝るようなことはない訳? 貧乏暴力メイド」

 芳美ちゃんはムスッとした顔で、睨みつけてくる。

 その表情からして、彼女らを賊?と間違えて、コテンパンにしたのを恨みにもっているのは明らかだった。ただ、コテンパンにしたのは私じゃなくて、スーディアさんとマコトくんなのだけど・・・・・・。

 とはいっても、誰かが謝らないと収まりはつかないので、私が頭を下げておく。

「本当に申し訳ありませんでした。まさか芳美ちゃんが来るなんて思わなかったもので、ついつい不審人物と勘違いして」

「あなたねぇ、この格好を見て不審人物だなんておかしいんじゃないの? クリスマス・イブなんだからサンタがいたっておかしくないでしょう」

 ・・・・・・うぅ、お言葉ですけど、おかしいのは芳美ちゃんの方のような。

 いくらクリスマス・イブといっても、サンタの格好で人様の家の庭をうろついているのは、絶対に不審人物ですってば。

 そう心で思っても、口に出す勇気はない。

 言った所で通じる相手じゃないのは、私にもわかっているから。

 芳美ちゃんは、この栗林家に匹敵するほどのお金持ちのお嬢さまで、どこか世間ずれしたわがままな女の子だ。宗太郎さまに片想いしており、私のことを恋敵のように勘違いもしている。

 とはいえ、さっき宗太郎さまに告白されたことを思えば、恋敵と言われてもあながち間違いではないのだけど。

「芳美殿とか申したな。勘違いをして貴殿らに危害を加えたのは、わたくしだ。鈴音殿を責めるのはお門違いというものだぞ」

 今度はスーディアさんが口をはさんだ。

「・・・・・・そういや、あなた初めてみる顔だけど、何者よ?」

 露骨に嫌悪をむき出して、芳美ちゃんが彼女に問う。

「わたくしは鈴音殿の知人でスーディア。今は訳あって、この屋敷に厄介になっておる」

「スーディア? 変わった名前ね。あなた外人か何か?」

「どのように解釈してもらっても結構」

「ふぅん。ま、何にせよ、この貧乏暴力メイドの知り合いな訳よね。類は友を呼ぶということね」

「先程の過ちはこの通り詫びる。されど、それ以上の暴言をはくというのならば、わたくしの名誉にかけて看過しえぬ」

 芳美ちゃんとスーディアさんは互いに睨み合った。こう言うのも何だけど、この二人は明らかに相性が悪そうだ。

「看過しえぬ場合、どうするっていうのよ?」

「勿論、貴殿らの首を・・・・・・」

 スーディアさんの目がスッと細まり、殺気が漂った。

 これには、この場にいる全員の血の気が引く。

 芳美ちゃんのボディーガードである黒部さんですら腰がひけているくらいだ。只ならぬ迫力なのは言うまでもない。

「ちょ、ちょっと黒部。こんな女に何ビビッてんのよ! 何か言い返してやりなさいよ」

「しかし、お嬢さま・・・・・・」

 黒部さんは可哀相なぐらいに取り乱していた。いつもは立っているだけでも威圧感があるというのに、今はその迫力もなりをひそめている。

 おまけを言えば、その迫力を削いでいる一部の原因は、可愛らしいサンタの格好にもあるだろうが。

 何にしても、このままでは彼が哀れで仕方がなかった。

 そんな時。今まで黙っていた宗太郎さまが口を開く。

「お互いに睨み合うのはやめてくれ。大体、水沢だって何しにきたんだよ。こんな夜更けに」

「何しにきたって、クリスマス・イブだから・・・・・・」

 さすがの芳美ちゃんも、宗太郎さまに詰問されると勢いは弱くなる。

「水沢たちを不審人物と間違ったことは謝る。けれど、間違われるようなことをした水沢たちにも問題はあるんだ。俺もこれ以上は何も言わないから、今夜は帰ってくれ」

「えぇ〜っ! そんなの殺生だよぉ」

 涙目になりながら、泣きそうな声をあげる芳美ちゃん。

 私に対する険悪な態度と比べると、天と地ほどの違いがある。

「とにかく帰れ!」

 今回ばかりは宗太郎さまも取り合おうとはしなかった。どこか不機嫌な雰囲気が、彼からは伝わってくる。

 これって、告白後のしんみりとした時間を邪魔されたのを怒ってのことだろうか?

 もしそうならば、それはやつあたりというものだ。今度は芳美ちゃんが可哀相になってくる。

「宗太郎さま。彼女がこんな夜更けに訪れてきたのにも、何か理由があってのことでしょう。もう少し穏便に、話を聞いてあげてもよいのではありませんか?」

 さすがに彼女が不憫に思えてきたのか、私は宗太郎さまに進言した。

「・・・・・・鈴音がそう言うんだったら、少しぐらいは聞いてやってもいいけどな」

「ありがとうございます、宗太郎さま。良かったですね、芳美ちゃん」

「ふん。あなたになんか感謝しないわよ。この貧乏暴力メイド」

「水沢。そんなことを言うんだったら、やっぱり話は聞かないぞ」

「あぁ〜〜ん。嘘。今のは冗談! だから、お話を聞いてぇ〜〜」

 大慌てで訂正する芳美ちゃん。彼女もこういう部分は可愛いんだけど。

「で、結局は何なんだ。こんな夜更けにまで訪ねてくる理由って」

「わかんない? クリスマス・イブなんだよ。訪れる理由なんて一つじゃない」

「わからないから、聞いてるんだろ」

「ヒントはこの格好。今、あたしが着ている服でピンとくるものはない?」

「・・・・・・・・・・・・クリスマスツリーに吊るされた人形のように、木に吊るされにきた」

 スーディアさんがボソッとつぶやいた。

「だぁぁ〜〜〜っ! 違うわよ。何であたしが木に吊るされなきゃなんないのよ!! それにあなたになんか聞いてないっ」

「それは失礼したな」

「まったくもぅ、ホント失礼だわ。で、宗太郎くん、わかった?」

「わからない」

 気がのらないのか、そっぽをむく宗太郎さま。

 あまり真面目に考える気はなさそうだった。

 でも、それでは芳美ちゃんが可哀相なので、私が言葉をかけることにした。

「サンタさんの格好ですから、プレゼントでも運んできたのでしょうか?」

「そう! それが、正解・・・・・・って、何であなたが答えるのよ〜〜!!」

「い、いえ。なんとなく」

「もういいわよ、あなたは。そんな訳だから、宗太郎くん。あたしのプレゼントを受けとってぇ」

 ずいっと身体を乗り出し、上目遣いになる芳美ちゃん。

 よくここまでコロコロと態度が変われる物だと感心する。

「・・・・・・水沢。おまえ、プレゼントっていっても、何か持っているようには見えないぞ」

 あ、言われてもみれば宗太郎さまの言う通り。芳美ちゃんも黒部さんもこれといった荷物は持っておらず、プレゼントらしいものは見うけられない。

 これって、「宗太郎くんにプレゼントするのは、あたし本人よ〜」なんてオチなのでは。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 ・・・・・・あぁぁぁ〜〜〜。それって何か違います。

 思いっきりいかがわしい想像をしてしまった私は、自分の頭をポカポカ殴る。

  1. 二人ともまだ小学生なのだから、そんなことあるはずない。

 いや、あってはならない!。

 それ以前に、何故こんな想像をしてるんだろう。私ってば、知らない間にいけない子になったんだろうか?

 そんな私の悩みをよそに、芳美ちゃんの話は続いてゆく。

「宗太郎くんへのプレゼントは物じゃないの。実はあなたを、あたしの家が所有する雪山の別荘に招待しようと思って」

 雪山の別荘? もしかしてそこで!?

 ・・・・・・って、もうこの考えから離れてよ、私。

「何で俺がそんな別荘に招待されなきゃならないんだよ」

「何でって、そりゃあ、宗太郎くんもいたら楽しそうかなぁって。明々後日から二泊三日で行くんだけど、もしかして迷惑?」

「迷惑だな」

「えぇ〜〜! そんなきっぱり言わないでよぉ。せっかく、誘ってあげてるんだよ。絶対に楽しいよ。スキーだってできるし、雪だるまつくったり、雪合戦だってできるよ〜〜」

「そういう問題じゃなくて・・・・・・」

 宗太郎さまはまだ何かを言おうとするが、それを遮ってスーディアさんが口をはさんだ。

「わたくし、スキーなるものには興味がある。宗太郎殿、できれば連れていってくださらんか?」

「そ、そうですよ。せっかくの芳美ちゃんのお誘いでもありますし、ここはひとつ甘えても良いのでは?。それに皆で旅行ができるなんて、はじめてのことではありませんか」

 私も追随するように言った。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。あなたたちまで連れていくなんて、言ってないんだから!!」

 勿論、芳美ちゃんがこう言ってくることは想像していた。

 でも、宗太郎さま一人だけを誘うとなると、彼が承諾しないのは目に見えている。

 芳美ちゃんがどうしても彼を誘いたいと願うのなら、おせっかいだとしても、私が出張る必要はあるだろう。

「ね、宗太郎さま、どうでしょうか?」

 私は、あえて芳美ちゃんを無視して、彼をうながす。

「そんなに行きたいのか、鈴音は」

「はい! とっても。・・・・・・私も宗太郎さまと楽しい思い出をつくりたいですから」

 言葉の後半は、彼にだけ聞こえるようにそっと囁く。

 彼の想いを利用しているようで、少し悪い気がしないではないが、この場は仕方がないよねと自分に言い訳。

 こうして、しばらく考えこんだ宗太郎さまは、芳美ちゃんに向き直った。

「鈴音やスーディアさんを連れていってもいいのなら、招待を受けてもいい」

「うぅ、こいつらも連れていくのぉ。宗太郎くんの世話だったら、あたしたちのほうで・・・・・・」

「連れていく気がないんだったら、俺もいかない」

「わ、わかったわよ。宗太郎くんの好きにしていいよ」

 かなり不本意そうではあるが、芳美ちゃんは小声で承諾した。

「ありがとう、水沢」

 宗太郎さまは、芳美ちゃんに小さく頭を下げた。そして。

「それじゃあ、鈴音。明々後日には出発だから、それまでに準備の方を頼む」

「はい。お任せください」

 宗太郎さまのご命令に対し、私は笑顔で頷いたのであった。

 

§

 

 芳美ちゃんの誘いから三日後。

 私たちは栗林家を離れ、雪山までやってきた。

 主だったメンバーは、私、宗太郎さま、スーディアさん、芳美ちゃん、黒部さんの五人。

 あとは芳美ちゃんに内緒で、マコトくんやティルもいたりする。この二人を屋敷に留守番させておくと、帰ったときにどんな面倒が起きているのかわかったものでもないし。

 今日も穏やかな冬晴れの日だった。

 三時間ほどかけて辿り着いた雪山は、遠くまでその景色を見渡せるほどだ。あたり一面の見事なまでの銀世界は、太陽の光などを反射して眩しいまでに輝いている。

 これほどまでの雪景色を間近で見るのは、私も久しぶりだった。

 あとついでをいえば、この雪山は水沢家の所有物でもあるらしい。それゆえに、踏み入ってくる者も殆どおらず、まさに貸し切りみたいな状態であった。

 いつもながら思うけど、お金持ちってホントすごいよね。

 そんな感心をしているうちに、今度は芳美ちゃんの別荘にも辿り着く。

 別荘は山の奥ほどにある、そこそこ大きな二階建ての建物だった。私たちは早速、その中にお邪魔して部屋の割り当てを決められる。

 こうして決まった部屋割りは、私とスーディアさんで一部屋。残りの人たちには、それぞれに個室というものだった。

 まあ、それが妥当な所だとも思う。

 部屋割り後、自分たちにあてがわれた部屋に入った私とスーディアさんは、まずは窓をあけて中の空気を入れ換える。しばらく使われていなかったせいか、空気も淀んでいたしね。

 それと同時に、私の荷物の中に隠れていたティルがひょっこりとあらわれ、大きく伸びをする。

「ふわぁぁ〜。もう出てきても大丈夫だよねぇ?」

「ええ。しばらくは問題ないと思いますよ」

 私の言葉に、ティルも安心したような顔になる。

「荷物の中は窮屈だったんだぞぉ。あんなところに押しこめられるものじゃないね」

「ものごっつうおとなしいから、圧死でもしたんか思うとったで」

 近くに置いていたホウキのマコトくんも、ようやくの解放感からか軽口をたたく。

「二人ともご苦労さまでした。今回はちゃんとおとなしくしていてくれたから、ホッとしています」

「まぁ、ワシかて時と場合は考えるがな。あのクソ小娘への報復ぐらい、いつだってできる」

 誉めたそばから、物騒なことを言い出すマコトくん。

「ちょ、ちょっと、報復って何ですか?」

「ここに来るまでの車の中で、マコぽん、芳美ちゃんに言われたい放題だったもんねぇ〜」

「おう。ワシのことを汚いホウキやとか、いい加減に捨てたらどうやとか、勝手放題ぬかしよったしのぉ」

 なるほど。確かにそんなことは言われていた気がする。とはいえ、そんなことを言われる原因をつくったのは私なので、あまり芳美ちゃんをとやかくも言えない。

 こんな旅行にホウキを持ってくれば、おかしいと思われるのは当然だ。芳美ちゃんの言葉は、そこから派生した嫌味でしかない。

「マコトくん、できれば穏便に願います。あなたが暴れて実害を被るのは私なんですから」

 そう。彼が芳美ちゃんに害を加えれば、また私が“貧乏暴力メイド”と呼ばれるのだから。

「ぬぬぅ。それを言われると弱いんやけどな」

 マコトくんの弱ったような声に、スーディアさんも軽く笑う。

「この場合、正体が明かせぬというのも面倒なものだな」

「ホンマ、面倒やで。正体がバレてもエエんやったら、ワシから堂々とあの小娘に挑んだるものを」

 メラメラと闘志を燃やすマコトくん。相変わらず、血の気が多いようだった。

 とりあえず、これ以上は彼の話につきあっていても何なので、私は話題を変える意味でもスーディアさんに向き直った。

「雪山の景色はどうですか?」

 窓から外を見ている彼女に、そう訊ねてみる。

「リートプレアのスメドニアに似ているな」

「へぇ。スメドニアですか」

 スメドニアというのは、魔法世界リートプレアにある寒冷地帯のことだ。私は行った事がないのだけど、そこには氷につつまれた巨人の宮殿があると聞いたことがある。

「スーディアさんは、そこに行かれたことがあるんですか?」

「評議会の使命で何度かな。あそこに住まう氷の精霊王は、リートプレアの世界バランスを維持するためにも影響のある御方だ。故に一年に何度か訪れては、いろいろと様子を確かめねばならん」

「なるほど。そういうものなのですか」

 そういえばリートプレアの四季を支えているのは、それぞれの精霊王にかかわりがあるとも聞く。きっとスーディアさんが遣わされた役目も、そういうものと関連するのかもしれない。

「スーディアさんも、お忙しい方なのですね」

「そうだな。面倒な役目は殆どと言って良いほど、わたくしがこなしているゆえな。でも、それでいいとは思っている。熱心に仕事をしていれば、嫌な事も忘れられるというものだ」

「嫌なこと・・・・・・ですか?」

 意外な言葉を聞いたような気がして、私は訊ねかえす。

「鈴音殿には初めて話すが、わたくしは、評議会の中でも疎まれている存在なのだ」

「・・・・・・・・・・・・」

 急な告白。咄嗟に言葉をかえせなかった。

 スーディアさんは、一度間を置いて、言葉を続ける。

「今の評議会は、昔ほど役目に忠実とは言いかねる。先代の評議会の長が亡くなり、新しい長が任命されるや否や、評議会の体質はかわってしまったのだ。その結果、魔法学院側との対立や、権威の向上に固執するあまり、本来こなさねばならない細かい使命などを軽んじるようになった・・・・・・。だがわたくしは、そんな評議会のやり方に異論を唱え、ことあるごとに運営に口をだしてきた。それが、上の連中にとっては目障りなんだ」

「けれど、スーディアさんは間違ったことはしていませんよね? 本来の使命を軽んじる評議会に異論を唱えている訳ですから」

「そうだな。わたしくはそのつもりでいる。そもそも評議会に、必要以上の権威がいるとも思わぬゆえな。昔のままの状態で充分だった筈なのだ。評議会は世界のバランスを維持するのが務めであって、世界そのものを評議会の理想で統べるのが務めではない」

 静かに、それでいてきっぱりと言うスーディアさん。

 その言葉は、彼女の生真面目さを更に浮き彫りにした感じであった。

「あのう・・・・・・このようなことを聞くのは何なのですが、評議会の中にスーディアさんの味方はいないのですか?」

 いくら評議会の体質がかわったとはいえ、中には以前の体制を重んじる者もいるのではないだろうか? 私はそう思って、彼女に訊ねてみた。

 するとスーディアさんは、首を横に振る。

「生憎と今はわたくし一人だ。新体制の目障りになるものは、ことごとく評議会を追放されておるゆえな」

「・・・・・・そんな。それって横暴すぎるのでは」

「横暴ではあるが、奴らは巧みだ。昔とは中身こそ違えど、世界のバランスを維持するという面では、今の評議会とて掲げているものは変わっていない。それに異を唱えようものなら、それは上の目から見れば運営実行の妨げとも見なされる。そんな形で追放に追いこまれた者がどれほどいることか」

「要するに今の評議会は腐っとるちゅうことやな」

 マコトくんが容赦なく吐き捨てる。それに対し、彼女も静かに頷く。

「ま、そういうことだ。今の評議会は大事にのみ目を向け、小事には関心を示さぬ。組織的に腐敗しているといっても過言ではあるまい。かといって、わたくし一人では、評議会を相手どるにも限界がある」

 遠い目をするスーディアさん。生真面目な彼女ゆえ、その心の内は悔しさで一杯なのだろう。

「これは言い訳にしかすぎぬだろうが、今のわたくしには、評議会が軽んじる物事をこなしていくしかできぬのだ・・・・・・」

 その言葉を聞いた時、私は思わず彼女の手をとった。

 それは無意識の行動であったが、どうしてもそうしたい衝動にかられたのだ。

 スーディアさんは、驚いたように私に向き直る。

「鈴音殿、どうなされた?」

「・・・・・・私、その・・・・・・うまくは言えないのですが、スーディアさんを応援します。もし、味方がいないのでしたら、私がスーディアさんの味方になって・・・・・・」

 うまく言葉が続かない。勢いから出た言葉だから仕方がないのだけど、それでも私の本心からの気持ちには違いない。

 スーディアさんは一瞬、呆然とするものの、次の瞬間には小さく笑い出した。

 私の言ったことってヘンだったかな?

「鈴音殿の気持ちはありがたいが、わたくしは評議会の人間なのだぞ。評議会はそなたを良い形では見ておらぬ。そんなわたくしの味方になっても、鈴音殿に得はなかろう」

「でも、スーディアさん個人はどうでしょう? 私を良い形には見てくれていないのですか」

「・・・・・・さて、どうであろう。正直、わたくしにもはっきりとしたことはわからぬ。むしろそれを見定めるべく、今回は鈴音殿を試しにきたというのもあるだろうが」

 苦笑する、スーディアさん。

 それでも。

 それでも私は・・・・・・。

「私、スーディアさんを信頼しています。試されているとはいえ、あなたなら公正な目で私を見てくれると信じていますから。それにスーディアさん、以前に言ってくれましたよね。評議会が私に対して言った辛いことは、評議会の総意ではないと。あの時、謝ってくれたこと、私はどれほど嬉しかったことか」

 握ったままの手に力をこめ、じっと彼女の瞳をのぞきこむ。

「・・・・・・私、自分のためにもスーディアさんを応援したいんです。スーディアさんが評議会を正してくれるのならば、それは私にとっても悪いことにはなりません。偏見を排除して、公正に見てもらえると思いますから」

「鈴音殿は優しいな」

 スーディアさんは小さく笑うと、私の手をそっとほどいた。

「本当にそう思ってくれるのなら、しっかり応援して頂けると有り難い」

 彼女はそれだけ言うと、顔をうつむけて、この部屋を立ち去っていった。

 私は呼び止めようとするが、それはマコトくんによって制される。

「今は一人にしといたれ」

「・・・・・・スーディアさん、どうかしちゃったのでしょう?」

「多分、今頃は泣いてるんじゃないかなぁ〜」

 あっけらかんとした顔でティルが言う。

「おい、妖精。もう少し言いようはあるやろが。そないストレートに言いよってからに」

「うむむぅ。なんかマズかったかなぁ」

「ああいう孤高の姉ちゃんは、人の優しさに触れた時、ひっそりと涙するもんなんや」

 マコトくんはしみじみと語る。まるで自分にも覚えがあると言わんばかりに。

「彼女を一人にしておいてよいのでしょうか」

 どんな形であれ、泣かせてしまったというのは少し心配だった。側にいてあげなくてよいのだろうか?

「今は一人にさせておく方がいいと思うよ〜。彼女も色々と考えたいだろうしね」

「妖精の言うとおりや。ここでワシらから手を差し伸べるのは、かえってお節介っちゅうもんやで」

「ま、スーディアちゃんとの関係も悪い方向には進んでいないし、もっと馴染んでくれば彼女の方から甘えてくると思うよ〜。側にいるのは、その時でも遅くないぞぉ」

 二人の言葉に、私も目を閉じて頷いた。

 そうだよね。

 別に焦ることはないものね。

 ここはゆっくりと、スーディアさんが歩み寄ってくれるのを待てばいい。

 彼女がゆっくりと私を試してくれるように、私だって時間をかけて信頼を築けばいいのだ。

 少なくとも今は悪い関係でもないのだから、焦ってそれを崩す必要もない。

「・・・・・・それじゃあ、スーディアさんのことは後においておいて、今は自分の仕事に専念しますか」

 気分を入れ換える意味で、私は明るい声をあげた。

 そして荷物の中から、屋敷より持参したメイド服を取り出す。

「おいおい、鈴音。こんなところに来てまで、そんなもん着るんかい?」

 マコトくんは呆れたような顔をするが、これが自分の仕事着なのだから仕方がない。

「私はここへ遊びに来ただけじゃありませんからね。宗太郎さまのお世話をする意味でも、色々と仕事はあるでしょうし」

「鈴音ちゃんも真面目だぞぉ〜。・・・・・・そういや、ひとつ気になってたんだけど、以前のクリスマスの夜、宗太郎ちゃんと二人で何を話していたのぉ?」

 どこかニヤニヤとしながら、急にそんなことを訊ねるティル。

「お、そやそや。ワシもそれが気になっとったんや」

「二人でベランダに出て、どこかいい雰囲気に見えた気もするぞぉ〜」

 何故か腰をくねらせながら、ティルがにじりよる。

 ・・・・・・何だか妙な誤解を受けてるような。

 とはいえ、いい雰囲気っていうのは真実かもしれない。宗太郎さまに告白された訳ですしね・・・・・・。

 かといって今は、あの時のことを誰にも話せるわけがない。

 宗太郎さまにだって、はっきりした返事はかえしていないのだ。そんな状況の中で、話だけがヘンに広がるのだけは避けたかった。

「鈴音ぇ。口にも出されへんほど、えげつないことされたんちゃうやろな?」

 えげつないことって、一体、何をもってして・・・・・・。

 そんな発想をするマコトくんの方が、よっぽどえげつないような。

「と、とにかく大したことはありませんから。ちょっと宗太郎さまの昔話を聞かされていただけですから」

 そう、それだ。これなら別に嘘でもない。そんな話も確かにしていたのだから。

 しかし、ティルは。

「ふぅん。抱き合いながら昔話してたんだぁ。もっとスゴイ話をしているのかと思ったぞぉ」

 身も蓋もないことを言って、また話をややこしくする。恐らく彼女には悪気はないのだろうけど・・・・・・。

 いや、それ以前に、抱き合っているところを見られちゃった?? 

 私の顔は段々と真っ赤になっていった。

「おい、妖精の言ったことはホンマかい? もしそうやとしたら、あのクソガキ、メッタメタのギッタギタに・・・・・・」

 ああぁ。やっぱり、マコトくんはこんな発想になってしまうし。

 これだから、真面目に説明するのも嫌なんだよね。

 この後は、色々と弁解するので大変だった。

 結局、いつもの屋敷と同じ調子で、雪山での生活もはじまりをつげたのであった。

 

 

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