第三章 聖なる夜に
「鈴音殿、それは何なのだ?」
居間で作業をしている私に対し、スーディアさんがそう声をかけてきた。
「あ。これはクリスマスツリーというものなんですよ」
私は笑顔で答えた。
そう。今日は12月24日でクリスマス・イブ。
楽しい冬の行事のひとつだ。
「ほお。それがクリスマスツリーというものか。・・・・・・そういえば街の店先にも、そういうものが飾られておったな」
「そうですね。今はそういう時期ですから」
こうやってツリーを見たり、飾りつけをするのも久しぶりのことだった。
去年までリートプレアにいた私にとって、こっちに戻ってクリスマスを過ごすなど数年ぶりのことだから。
「スーディアちゃんも一緒に飾り付けする〜?」
私の手伝いをしていたティルが、彼女に呼びかける。
「手伝ってよいのなら」
「遠慮無くどうぞ。こういうものは皆で作業するほうが面白いでしょうし」
ちなみに栗林家のツリーは、お金持ちの家らしく、さすがに大きいものだった。何せ私の背丈近くもあるのだから。
これを一人で飾り付けするとなると、それはそれで大変というのもある。
「それにしてもクリスマスか。祭りみたいなものと聞き及んではいるが、実際どういうものなのだ?」
飾り付けを手伝いはじめながら、スーディアさんは疑問を口にする。
「クリスマスってのは、サンタとかいうお爺さんが良い子たちにプレゼントをくれる日だぞぉ」
サンタクロースの人形を一生懸命ツリーに吊るしながら、ティルが身も蓋もない答えを示す。
それはそれで間違いとも言わないけれど、もう少しちゃんとした説明があるような・・・・・・。
だから私は、ちゃんと教えてあげる。
「正確にいえば、キリストという人の誕生日なんです」
「キリスト殿の誕生日? ・・・・・・そんな日に、サンタなる老人が良い子にプレゼントをするのか? よくわからぬなあ。誕生日ならば、プレゼントを貰うのはキリスト殿だけでよかろうに」
スーディアさんは妙なことで悩み出す。私、何か説明間違っただろうか・・・・・・。
「鈴音殿。どうしてキリスト殿の誕生日で、良い子がプレゼントを貰えるのだ?」
「えっ、それは・・・・・・」
クリスマスがキリストの誕生日だとは知っていても、それ以上の意味まで深く考えたことなどなかった。
「・・・・・・すみません。そこまではちょっとわからないですね」
「そうか。わからぬのであらば仕方はあるまい。それにしても、サンタなる老人も奇特な方だな。良い子にプレゼントを配るなど」
「でもねぇ、サンタのお爺さんは本当はいないんだよぉ」
「どういう意味だ、ティル殿? クリスマスは、サンタなる老人がプレゼントをくれるのではなかったのか?」
ますます疑問顔のスーディアさん。
とはいえ、ティルに訊ね返したところで、まともな答えが返るとも思えない。
「サンタさんは小さな子供に夢を与えるような存在で、本当はそれぞれの両親が内緒でプレゼントをあげているんですよ。でも、子供たちはそのことを知らずにサンタの存在を信じているんです」
結局、また私がフォローする。
スーディアさんは説明を聞いた後、腕を組んで眉をひそめた。
「それって、騙しているとは言わぬか?」
「騙しているかもしれませんが、別に悪いことをしている訳ではありません。それに夢があってよいとは思いませんか」
「・・・・・・生憎だが、そこらへんはよくわからぬな」
彼女はピンとこないのか、首を傾げたままだった。
それも仕方のないことかもしれない。リートプレア生まれの彼女は、クリスマスの楽しみを何一つ知らないのだから。
けれど、この世界で生まれた私だって似たようなものだ。
クリスマスのことを詳しく説明しろといわれても、うまくは説明できないだろうから。
あえてスーディアさんとの違いを述べれば、経験上クリスマスという日が楽しいということを知っているだけ。
「あまり悩まなくて良いですよ。少なくとも楽しいお祭りには違いありませんから」
「了解した。祭りはそれ自体、楽しいものも多いからな。それでクリスマスでは、他に何をするのだ? 良い子ににプレゼントを与える以外、大人は夜を徹して踊りまくったりするのか?」
「う〜〜ん。それはないかと思います」
仮にあったとしても、そんなことをするのは一部の人ぐらいだろう。
「ならば花火を派手にあげて、一大パレードでもするのだろうか?」
「他の国ではそういうのもあるかもしれませんが、このあたりではそういうのはしませんね」
「わからぬなあ。踊りもなく、パレードもない。この祭りは一体、何が楽しいというのだ?」
スーディアさんは完全に別の物を想像しているようだった。
私の“祭り”という説明が、どうもまずかったようだ。
「この国ではそんなに派手なことはしないみたいです。そのかわり、家族やお友達なんかとパーティーをしたりしますよ」
「パーティーか。確かにそれは楽しいかもしれぬが、祭りと呼ぶほどのものだろうか」
「あまり典型的な祭りを想像しないほうがいいです。少なくともこの国でのクリスマスは、こぢんまりとした静かなものですから」
この説明もどうかとは思うが、自分にはこれが限界だった。
私にとってのクリスマスは、静かでロマンチックな雰囲気を皆で楽しむというイメージしかない。
「静かな祭りか……。よかろう。了解した。このスーディア、クリスマスとやらを肌で感じてみることにしよう」
スーディアさんは小さく頷いた。
彼女がここで暮らし始めて、そろそろ十日が経とうとしているが、彼女はこの調子で色々と学ぶことに前向きだ。
少なくともその姿勢には、見習うべきところが多い。
これで、私を試すなどという本来の目的がなくなってくれれば、一番良いのだけれど・・・・・・。
そんなことを思った時。宗太郎さまとマコトくんが部屋に入ってきた。
「鈴音〜。クソガキが帰ってきよったぞ」
またマコトくんは、彼を失礼な名前で呼ぶ。もっとも宗太郎さま自身、さほど気にしている様子でもないけれど。
「お帰りなさい、宗太郎さま。良いケーキありましたか?」
「ああ。とりあえず大きめのクリスマスケーキを買ってきた」
そう言って彼は、ケーキの箱を手渡してくる。
ちなみに宗太郎さまも、昨日から冬休み。今日は終業式で学校が早く終わったので、自らクリスマスケーキを買いに出てくれたのだ。
「それでは冷蔵庫のほうにいれておきますね」
「頼む。ツリーの方も、随分と飾りつけは進んだようだな」
「ティルとスーディアさんが手伝ってくれますので、かなり順調ですよ」
「それならよかった。・・・・・・あ、それと鈴音。夜中でいいんだが、時間が空いたら俺の部屋にきてくれないか?」
「え? 宗太郎さまのお部屋ですか。いいですけれど、何かあるんですか」
「まあ、ちょっとな・・・・・・」
少し歯切れが悪そうな宗太郎さま。そこへマコトくんが突っ込む。
「まさかとは思うけど、鈴音にヘンなちょっかいをかけるんやないやろな?」
「なっ!」
宗太郎さまは言い返そうとして、何故か赤くなった。そして、そのまま黙ってしまう。
「マコトくん。妙なことを言わないでください。宗太郎さまに限って、そんなことある訳ないじゃないですか」
「いや、わからんでぇ。以前も風呂で大騒ぎになっとったやんけ。あれ以来、鈴音のことを考えては悶々としてるんかもしれんで」
ジト目で宗太郎さまを睨むマコトくん。
確かに前のお風呂場ではちょっとした騒動もあったが、あれは宗太郎さまが悪かったわけではないと思う。
不運な事故。不可抗力だと思うようにしている。
・・・・・・でないと、私が恥ずかしいもの。
「どないやねん、クソガキ。黙っとらんと、何ぞ言う事はないんかい?」
「マコトの勘ぐるようなこと何もない」
「じゃあ、鈴音に何の用やねん?」
「・・・・・・何だっていいだろ。おまえには関係ないんだから」
宗太郎さまはそれだけ言い捨てると、この部屋を出ていった。
「あっ、逃げよった。ありゃあ後ろめたいことのある証拠や・・・・・・のわぁっ!!」
気がつくと、私はマコトくんをゲシッと蹴っていた。もう半分以上は条件反射。
「マコトくん。あんな言いかたしなくてもよいじゃありませんか」
「いや、ワシは鈴音の身を案じてやなあ・・・・・・」
「その気持ちは嬉しいですけど、むやみに宗太郎さまを疑うのは感心できませんよ」
私の言葉にスーディアさんも相槌をうつように頷く。
「先ほどの場合、マコト殿に非礼があるな。少なくとも宗太郎殿は、妙なちょっかいをかけてくるような御仁とも思えぬ」
「なんやい、姉ちゃんまでワシの非難するんかいな〜」
「非難とまでは言わぬ。貴殿が宗太郎殿をどう思うかは自由ゆえな。ただ、彼を信じる鈴音殿の気持ちも考えるがよい。信じるものを無闇に疑われたのでは、彼女とてよい気分はせぬ。貴殿が鈴音殿の友人というのならば、そういう部分にも気を配るがよかろう」
「おおぉ〜。スーディアちゃん、カッコいいこと言ってるぞぉ」
ティルがパチパチと手をたたいて感心する。
「け。妖精は気楽なもんやのお。・・・・・・ま、ええわい。ここでゴタゴタぬかしても男らしゅうないからな。ただ、鈴音。もし何かあったら、すぐにワシに言うんやぞ。心配しとるんは事実やねんからな」
「ええ。わかっています。その時はちゃんと相談にのってもらいますから」
マコトくんの気持ちはありがたくうけとりながら、私は小さく頷いた。
それにしても。
こうやって色々と心配されると、ある意味、宗太郎さまの用事というものが気になってくる。
とはいえ、実際はどうこう思ったところではじまらない。
今はツリーの飾り付けをはじめ、色々とこなすべき仕事を終えることにした。
§
夕食はささやかな形で終わりを迎えた。
クリスマス・イブとはいえ、別に大騒ぎするようなパーティーをした訳でもないので、それはそれで当たり前なのだけど。
それでも、それなりのご馳走をつくったり、クリスマスケーキを食べたりで、いつもと違った趣はあったと思う。
マコトくんにいたっては、どこで覚えたのか妙な演歌をうたっていたりもしたし・・・・・・。
そんなささやかな夕食も終わり、あとに待っているのはいつもと同じ後片付け。
今夜はいつもにも増して洗う食器が多い。
それでも、スーディアさんが手伝ってくれるので、効率良く片付けは進んでゆく。
私の洗った食器を、彼女が拭いて棚にしまっていく。そんな作業の繰り返し。
けれど、それだけでも本当に助かっている。物覚えも早いだけに、私があれこれと指図する必要もないからだ。
こうして片付けはいつの間にか終わり、今夜の仕事は終わりを迎える。
最後は一息ついたところで、私たち二人は居間でお茶を頂く。
「鈴音殿。今夜の夕食は楽しかったぞ」
熱いお茶をゆっくり飲みながら、スーディアさんは言った。
「それはよかったです」
彼女がそう言ってくれたことに、少なからずとも嬉しさを感じる。
「食卓を囲むこと事体、いつもと変わりはないのだが、不思議と高揚するものがあった。うまくはいえぬのだがな・・・・・・」
スーディアさんの言わんとすることは、何となくではあるがわかる。
特別に飾り立てられた沢山のご馳走やケーキ。火を灯したクリスマスキャンドル。その近くでは色とりどりに電飾を輝かせる大きなツリー。
いつもと違った雰囲気に、それだけでもワクワクするものがある。
「それで充分だと思いますよ。クリスマスにも色々な楽しみ方はありますが、その楽しみ方は人それぞれで自由でしょうしね。今日と言う日を特別に感じて、その雰囲気に浸れたのならまず問題ないですよ」
「・・・・・・鈴音殿。わたくし思ったのだが、サンタという老人は、良い子にとって魔法のような存在ではなかろうか?」
「へ?」
スーディアさんの突然の言葉に、少し目が丸くなる。
「唐突にすまぬ。ただ、ずっと考えていたのだ。本当のサンタは存在しないが、子供はサンタを信じている。そして、それを信じるがゆえに、子供は自分に“良い子”であれという魔法をかけるのだ。サンタがくることを願って」
「まるで召還魔法ですね。“良い子”という言葉が呪文となった」
「そんな所だな。だが、そう思えば納得がいくのだ。サンタが夢のある存在だということが。わたくしも初めて召還魔法を学んだときはドキドキしたものだ。何度も失敗はしたが、そこには夢があったぞ」
「そういう考え方って素敵ですよね」
私は思わず感心してしまった。
それに、その考え方は決して間違いではないのだろう。魔法の基本は“純粋なる願いの力”。
無垢なる子供の心は、いつだって無意識のうちに魔法をつかっているともいえなくはないのだ。
「それはそうと、鈴音殿」
スーディアさんが、じっと私を見つめてくる。そこから感じるのはどこか優しい雰囲気。
「どうかしましたか?」
「・・・・・・鈴音殿はやはり、魔法使いなのであろうな」
「急にどうなされたのです?」
「なんとなくそう感じただけだ。サンタの話から、すぐに召還魔法を想像するところなど、魔法使いらしい発想だと思ってな」
これって少しは認められているのかな? あらためてそう言われると恐縮しないでもない。
「スーディアさんの話がわかりやすかったからですよ。魔法とも絡めていたし」
「ふふふ。まあ、わたくしが言いたいところは単にそれだけではないがな。別の部分なども含めて、鈴音殿が魔法使いらしいと思ったまでだ」
「別の部分・・・・・・。私、なにか言いましたか?」
正直、よくわからなかった。
けれど、スーディアさんは含み笑いをもらすだけで何も教えてくれない。それどころか。
「鈴音殿。そろそろ宗太郎殿の所に行かれてはどうだ。待たせているのであろう」
そう言って話の方向を逸らそうとする。
「いきますけれど・・・・・・さっきのお話、気になります」
「今は気になさるな。どうでもよいことだ」
スーディアさんはそれだけ言って、ゆっくりこの場を立ち去ってしまった。
釈然とはしないけれど、無理に聞くほどの理由もない。
私はとりあえず諦めて、宗太郎さまのお部屋に向かうことにした。夕食前の約束を果たすために。
考えてもみれば、彼が改まって私を呼ぶことなど、今までにもそんなにあった訳ではない。
本当に何の用なのだろう。
「宗太郎さま。いらっしゃいますか?」
二階へ上がり、彼の部屋の前に着いた私は、扉を軽くノックする。
すると。
「鍵は開いている。入ってきてくれ」
中からそんな返事がかえってきた。
「それでは、おじゃましますね」
一言ことわりをいれてから、部屋に踏み入ろうとしたその瞬間。
「あれ?」
どこか肌寒いものを感じた。
良く見ると部屋の中は明かりもついておらず、暖房すらもはいっていない。寒いと感じるのは外からの風だろうか・・・・・・?
「宗太郎さま、明かりもつけずにどうなされたのですか?」
闇の中、宗太郎さまの姿をさがして声をかけると、ベランダの方から返事がかえった。
「俺はこっちにいる。鈴音も来てくれないか」
首を傾げつつも、声の方へと近づく。するとこの部屋を出たベランダに、彼の姿があった。
「このような寒いところで何をしているのです?」
冬の季節。いくら雪国でないとはいえ、このような場所に出れば当然のように寒い。
それなのにベランダで佇んでいる彼。
「・・・・・・月を見ていたんだ」
「月、ですか?」
私も夜空に顔を向けた。するとそこには月が見える。
とても澄んで輝いた、綺麗な月が。
「こんな日は雪とか降ったほうがロマンチックなんだろうけど、こっちの地方じゃそれも望めないしな」
「だから、月を?」
「ああ。たまにはこういう雰囲気に浸ってみるのも悪くないと思ってな」
宗太郎さまの言葉に、私はつい吹き出してしまう。
「何、笑ってんだよ」
憮然とした顔をされる。
「いえ。宗太郎さまには似合わない台詞かな〜って思いまして」
「俺が子供だからか?」
「そうですね。少なくとも今の宗太郎さまには似合わないのかも」
「・・・・・・おまえもズケズケ言うようになったよな」
苦笑する宗太郎さま。
「ま、いいさ。それだけおまえが、この屋敷に馴染んできた証拠だろうしな。・・・・・・ただ、似合う似合わないはともかくとして、クリスマスの月にはちょっとした思い出があるんだ」
「ご両親との思い出ですか?」
確信はないけれど、何となくそう思えた。そして彼自身も、それに頷く。
「正確には亡くなった母さんとの思い出だけどな。七歳の時のクリスマス・イブ、俺はここで母さんとサンタクロースを待っていたことがあるんだ」
「・・・・・・・・・・・・」
「あの時は何故かサンタクロースに会ってみたくてさ、最初は一人でここにいたんだ。そしたら後で母さんが来てくれて、咎めもせずに一緒にいてくれた。そのとき見ていた月も、今夜みたいに綺麗だった」
「それで、サンタさんは来てくれましたか?」
私の問いに、彼は頷く。
「俺と母さんが部屋の中に戻ったら、もうプレゼントが置いてあった。その時、サンタの正体がはじめて判ったんだ。もっとも、母さんたちには何も言わなかったけどさ」
「そうですか」
宗太郎さまの話を聞いていると、私も穏やかな気持ちになれた。
はじめてサンタクロースの正体を知った日。そのときに見た綺麗な月。
他人が聞けば、どうでもよい話かもしれない。でも、その思い出を持つ本人には重みのある出来事。
思い出そのものに価値をつけることは不可能に等しい。けれど、自分の持つ思い出などと照らしあわせて、相手の思い出の重みを計り知ることはできる。
「なあ、鈴音」
宗太郎さまの呼びかけ。その言葉は少しだけ硬い。
「どうなさいました?」
「・・・・・・これをおまえにやる」
彼はそう言って、綺麗な包装がなされた小さな包みを差し出す。
「なんですか? 開けてみてもいいですか」
受け取ってから訊ねると、宗太郎さまは小さく頷いた。
こうして包みを開いた私は、中に入っているものを見て微笑んだ。
「とても可愛らしいです。これ、貰ってもいいのですか?」
中に入っていたのは、淡いピンクのリボンだった。
「一応はクリスマスだからな。俺からのプレゼントだ。・・・・・・いつも迷惑かけたり、世話になったりしてるしな。あと、おまえは髪とか長いし、まとめるのにも役立つかなって」
宗太郎さまの言葉に少し苦笑する。
迷惑かけたり、お世話になっているのは私の方なのに。でも、あえてそんなことを言って、彼の気持ちを台無しにすることもない。
「つけてみてもいいですか?」
「ああ」
私は今のリボンをほどくと、再び髪を結い上げて、この新しいリボンで束ねた。
宗太郎さまは、じっとその動作に見とれている。
「とりあえずこんなところでどうですか。似合ってます?」
リボンをつけおわった私は、笑顔で彼に訊ねてみる。
「あ、ああ。良く似合っているぞ。その……可愛いとも思う」
「嬉しいです。お世辞でもそう言ってもらえると」
「馬鹿。俺は本気でだな……」
真っ赤になって言い返してくる彼。むきになている所が何だか可愛い。
「私も何かプレゼントを用意しておけばよかったですね。迂闊でした」
「それは気にするな。今夜のご馳走だけでも十分なプレゼントだと思ってる」
「あはは。宗太郎さまって欲がないんですね。まだ子供なんですから、欲しいものいってくれていいんですよ。私で出来る範囲なら、何かプレゼントさせてもらいますし」
「……だったら俺、おまえが欲しい」
「え?」
言われたことの意味がわからず、目が丸くなる。
言葉はハッキリ聞こえてはいた。けれど、頭の中での処理がついてこない。
その間にも宗太郎さまは、自らの思いを一生懸命口にする。
「鈴音。俺はおまえが好きなんだ。だから、おまえが欲しい」
熱を帯びた言葉。それは冗談などには聞こえない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
私は何も答えなかった。
正直なところ、思っていたよりは驚きも少ない。
なんとなくではあるが、彼の気持ちを知っていたからかもしれない。
とはいえ、返答に困るものはあるのだけれど。
彼の気持ちは素直なものだろう。かといって、その気持ちを安易に受けとめるのもどうかと思う。
少なくとも私には、心の準備なんてできていないもの。
宗太郎さまも恥ずかしかったのだろうか、一度顔を伏せた。だがその状態のまますぐに、言葉を振り絞る。
「俺は本気だからな。今はまだ子供かもしれないけれど、あと数年もすれば多少はおまえとも釣り合う。そうなったら俺は当主となって、おまえを花嫁にしたいんだ」
「ちょ、ちょっとそれは行き過ぎでは」
告白だけならまだしも、花嫁だなんて。
けれど、戸惑う私をよそに、宗太郎さまはそっと抱きついて来る。
「・・・・・・や、やだ、宗太郎さま」
思わず硬直。
引き離すのは簡単だろう。なのに、それはできなかった。
ひとつは、彼の身体がとても冷たかったという事。もうひとつは、彼が泣いていたと言う事。
色々な思いが複雑に入り混じっている。それだけは伝わってくる気がした。
「鈴音。ごめんな。いきなりこんなことを言って。でも、好きだってはっきり伝えたかったんだ。どこにもいかないで欲しい」
「・・・・・・・・・・・・」
私は彼の背中を撫でてあげた。甘えん坊の彼の背中を。
彼の中に交錯する様々な思い。過去の思い出もあれば、未来への願いもある。
半分は母親との思い出を今に重ねているのもあるだろう。
そしてもう半分は、私への素直な気持ち。
少なくとも今の私にできることは、ただ何も言わずに抱きしめてあげるだけ。
ただ、そんなしんみりとした時に限って。
・・・・・・・・・急に場違いな悲鳴がきこえてきた。それも特大の女の子の悲鳴が。
「なっ、何だ?」
さすがに宗太郎さまも私から離れ、悲鳴が聞こえた方へと目を向けた。
「……屋敷の庭先から聞こえましたよね」
「ああ」
そんな言葉を交わした途端、ベランダ真下の庭に誰かが走ってくる音がする。
私たちは、その走ってくる者の姿を確認した瞬間、互いに絶句した。
それは何とサンタクロースだったからだ。
しかも妙に大きいのと小柄なのが二人。
更にはそれを追って、駆け付けてくるスーディアさんたち。彼女は私の姿を確認するなり叫ぶ。
「鈴音殿! 賊だっ!!」
「ぞっ、賊ぅ〜!?」
呆然とする私。その間にもホウキのマコトくんが賊?に突っ込んで、小柄な方の足をひっかける。
「きゃあああああ〜」
小柄な方の賊?は、花壇の中へ見事すっ転ぶ。その悲鳴は女の子だった。
それも、さっき聞こえたものと同様の。
「おとなしくせんかい。このアホんだらがっ!!」
マコトくんが威圧するように唸る。
一方、スーディアさんは大きい方の賊?に肉薄。剣を抜き放つこともなく、数秒で倒してしまう。
その時、隣にいる宗太郎さまが顔を青くして呟いた。
「・・・・・・お、おい鈴音。あれって水沢だ。あとの大きい方は水沢のボディーガードで」
「ええっ!? 水沢って・・・・・・ひょっとして芳美ちゃんですか!」
またしても絶句。宗太郎さまが言う以上は間違いないだろう。
ちなみに水沢芳美ちゃんは、彼の学校のクラスメイトだ。それも、栗林家に匹敵するお金持ちのお嬢さまときている。
とりあえずは今の状況を頭の中で整理。その結果、出た答えは・・・・・・。
「皆さん、その人たちにそれ以上の乱暴をしてはいけません!!」
そう叫ぶしかなかった。
「しかし、鈴音殿。こやつらサンタなどと騙っておったぞ」
「サンタは賊なんかじゃありませんよ〜」
私の言葉に、スーディアさんは首をひねった。
「確かにサンタは賊とは違うかもしれぬが、本来は存在しないのであろう? 第一、宗太郎殿の両親も他界しておる状況で、この屋敷にサンタが訪れる理由などなかろうに」
ううう。この状況で、どう説明すれば理解してもらえるだろう。
それ以前に芳美ちゃんたちは大丈夫かしら??
私は、おそるおそる彼女たちを見て、がっくりとなる。
・・・・・・何か、完全に気を失っているような気がするんですけど。
「あとの処理が大変だねぇ〜」
近くに飛んできたティルが、気難しい顔で唸る。
言われるまでもない。
この先のことを考えると、私の気分は暗く沈むばかりであった。
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