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 魔法。

 それは純粋なる願いの力。

 奇跡を導く、不思議な力。

 難しいことはない。

 強い思いがあれば、きっと誰にでも使える。

 それが、魔法。

 

 

序章 試練は魔法の国より来たる

 

 時が経つのは、あっという間だと思う。

 ついこの間までは夏だと思っていたのに、今ではもう冬の季節。

 澄みきるように青かった空も、今ではどこか灰色がかり、流れる風も心地よいと言うよりは肌寒かった。

 こう寒くなってくると、お屋敷の庭掃除をするだけでも億劫になってくる。けれど、それが私の仕事である以上、文句をいうつもりもない。

 私・・・・・・羽月鈴音が、この栗林家にやってきてから、そろそろ五ヶ月が経とうとしている。

 五ヶ月。

 それは決して長い月日でもないが、今までにあったことを振り返ると、実に多くの出来事があった五ヶ月だと思う。

 ここへやって来る前の私は、魔法世界リートプレアという異世界にいた。

 リートプレアは“魔法世界”の名前が示すとおり、魔法文化が発達した異世界である。

 私はあるきっかけで、その世界へ通じる門を開いてしまい、そこで魔法を学ぶことになったのだ。

 そして今また、故郷である人間界に帰ってきた・・・・・・。

 人間界に戻ることとなった一番の理由は最終試験。その試験は、魔法学院きっての落ちこぼれの私が、正式な魔法使いとして認められるための特別試験だった。

 それに合格しないことには、私は正式な魔法使いにはなれなかったのだ。

 その試験があったのが夏の出来事。

 今ではその試験にも合格し、私は晴れて正式な魔法使いとして認められることとなった。

 けれど、正式な魔法使いになったとはいえ、いろいろと学ぶことも多い。“見習い”という立場ではなくなったのだろうが、まだまだ“かけだし”には違いないのだから。

 今は魔法修行のかたわら、栗林家というお屋敷でメイドをしている。

 この栗林家は、私が最終試験を行う際に、魔法学院のステラ学長から働くように言われた場所だ。そして今では、私の居場所といっても良いほどの場所。

 私は、この栗林家の人々が好きだった。当主の龍太郎さまや使用人の先輩である玉枝さん。そして、龍太郎さまの孫の宗太郎さま。みんな良い人たちで、自分にとっては家族同然の人々だ。

 龍太郎さまは現在、用事のために屋敷を離れておられるが、彼からは孫の宗太郎さまのことを任されている。宗太郎さまは私と同じく、幼い頃に事故で両親を亡くしおり、そんな彼の元気をとりもどすのも龍太郎さまに託された願いのひとつだった。

 ここに来た当初の頃は、宗太郎さまとも色々とトラブルはあったが、今では仲良くなってきたと思う。そして、それは玉枝さんも認めてくれている。

 とりあえず、屋敷内での人間関係は良好といったところだ。何よりも自分の居場所があることには安心を覚える。

 私は掃除の手を止めて、ふと空を見上げた。

 冬の灰色がかった空。どこか寂しげな雲たち。私のお母さんが亡くなったのも、冬のこんな日だった。

 私は、物心ついた時からお母さんしか知らない。だからお母さんが死んだ時は、自分の居場所を失ったように感じた。

 でも、今ならばはっきりと言える。

「お母さん。私、ちゃんと居場所を見つけましたよ」

 天国にいるお母さんへの言葉。笑顔でちゃんと言える。

 その言葉は聞き届けられただろうか?

 ……大丈夫だよね。

 世の中にはまだまだ、自分たちでは想像もできないような神秘に包まれている。私が魔法のある異世界に迷い込んだのだって、そのひとつなんだから。

 そう考えれば、天国という存在が本当にあり、そこにお母さんがいるというのも信じてみたい。

 そんなことを思った時。私の背後で足音がし、声をかけられた。

「鈴音さん。そろそろ行ってまいりますわ」

「あ、了解です」

 振り返ると、そこには目の細いおばさんが立っていた。

 彼女は園田玉枝さん。この屋敷におけるベテランの使用人で、私の先輩だ。

 玉枝さんは、感情を表に出さない淡々とした口調で喋る。最初ここに来たときは慣れなかったけれど、今ではもう大丈夫。

 そんな玉枝さんも、今日はいつもの割烹着ではなく、遠出用の服装に着替えていた。それというのも、屋敷を離れている龍太郎さまのお手伝いに、玉枝さんもいかなければならなくなってしまったからだ。

「屋敷の留守は鈴音さんにお任せします。色々と面倒をかけますが、よろしくお願いしますわね」

「はい。任せておいてください。ここでの仕事にも随分と慣れてきましたから」

「それは頼もしい限りです。あと、宗太郎さまのこと、くれぐれもよろしく頼みますね。あなたが面倒を見るしかないのですから」

「ええ。それも勿論」

 確かに玉枝さんが屋敷を出れば、ここに残るのは私と宗太郎さまの二人だけ。表向きは・・・・・・。

「それと鈴音さん」

「はい」

「もし宗太郎さまが、あなたに何かよからぬことをしようものなら、厳しく叱ってあげてください」

「は、はあ?」

 いきなりの言葉。何かよからぬことって一体・・・・・・?

「宗太郎さまも年頃の少年。鈴音さんのような若い娘とひとつ屋根の下ともなると、間違いの百や二百あってもおかしくはありません」

 玉枝さんの淡々とした口調で言われると、冗談に聞こえないところが怖い。

 それ以前に、百や二百ってどういう基準なんだろう??

「と、とりあえず、宗太郎さまなら大丈夫ですよ。そんなヘンなことをする子じゃありませんし」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 玉枝さんは無言で私を見つめる。いかにも、甘い、とでも言いたげなのだろうか。

 けれど、しばらくもすると。

「確かに宗太郎さまにはそんな心配、無用なのかもしれませんわね。まだ小学生ですし」

「そうでしょう。彼に限って、そんなことないですよ〜」

「・・・・・・ただ、油断はなさらないことです。今は小学生とはいえ来年には中学生。微妙な年頃だけに、気をつけるにこしたことはないでしょう」

 ううむ。そう言われると不安になってしまう。玉枝さん、私をからかって楽しんでません?

 でも、そんな私の気持ちなどをよそに、玉枝さんはマイペースだ。

「そろそろ時間なので出発しますわ。また戻る時には連絡をいれますので、その時までよろしくお願いします」

「え、はあ。行ってらっしゃいませ」

 心をよぎる不安のせいで、間の抜けた見送りになってしまう。それでも玉枝さんは、別段気にする様子もなく、屋敷をあとにしていった。

 そして、玉枝さんの姿が完全に見えなくなると同時に。

「行っちゃったのかな〜、あのオバサン?」

 何もなかった空間から、いきなり人型の小さな生き物が姿をあらわし、更には。

「うっおぉ〜!! ようやく自由が得られるでぇ〜」

 私の手の中にあったホウキが、勢いよく叫んでビョンっと動いた。

「玉枝さんがいなくなった途端いきなりですね」

 私は苦笑しながらも、小さな生き物とホウキに語りかけた。

 この二人は、魔法世界リートプレアで知り合った友達で、妖精の少女ティルとホウキに宿った精霊のマコトくんだ。

 二人は、私が人間界に戻ってくる時に、一緒についてきた仲間である。もっとも、半ば強引について来たという方が正解かもしれないが・・・・・・。

「あったりまえやがな。あのオバはんの前では、姿が現されへんのや。せやけど、あのオバはんが消えた以上はワシらの天下やで」

 ホウキのマコトくんが嬉々として語る。

 確かにここは人間界。基本的に魔法もなければ、妖精、精霊の類も表立っては存在しない。だから、玉枝さんのような普通の人間の前では、マコトくんたちの存在は秘密にしておかねばならなかった。

 今、この屋敷内の人間で、マコトくんたちのことを知っているのは龍太郎さまと宗太郎さまくらい。いいかえれば、玉枝さん以外は皆、知っていることになる。

「ああやって隠れているのも、結構疲れるものなんだぞぉ〜」

 ティルもしみじみと言う。

「でも、玉枝さんがいなくなったからって、あまりハメを外しては困りますよ。屋敷にはたまに外部からのお客様も来るのですから、そういう方たちに見られたらあとが厄介です」

「わかっとるがな。そないなもん心配せんでもええがな」

「そうそう。鈴音ちゃんは心配性だぞぉ〜」

 二人とも本当にわかっているのだろうか? 毎度のことだけど、それだけはいつも不安。

「そないなことより、せっかく自由が得られたんや。ワシはここに『マコトさん偉大王国』の建国を宣言し、この栗林家を拠点にどでかく君臨したろやないか」

「ぬお〜。マコぽん、王国とはでっかくでたねぇ。じゃあ、わたしは宮廷の道化師がいいぞ」

「うむ。おのれみたいにエエ加減な妖精には、道化師が似合いなんは事実やな」

「むむぅ〜。何か引っ掛かる言い方だけど、今回は許してやるぞぉ〜」

 いつの間にか怪しげな会話で盛りあがるマコトくんとティル。

 まあ、当人たちが楽しそうならば、それはそれでいいかな。

 身内でのお遊びな以上は、これといった迷惑もかかるわけでもないし。

「あのお。私はお姫様の役がいいです」

 私も二人の会話に加わった。

「鈴音はお姫様か。ま、似合いやからエエやろ。でも、どうせやったらワシの妃ってのはどうや?」

「イヤです」

 深い意味はないが、つい即答してしまう。

「マコぽん。いきなり、フラれてるぞぉ〜」

 ティルがお腹をかかえて笑い出す。

「うるさいわい! 道化の分際で王様を笑いものにすなっ!」

「でも、よく考えるとマコトくんが王様なんですよね? この王国ごっこは」

「王国ごっこってな、鈴音。ワシ、本気なんやけど・・・・・・」

「本気だなんてタチが悪いです」

 私はジロリとマコトくんを睨むと、ホウキの柄の部分をゲシッと蹴飛ばしてやった。

「のわっ、冗談やがな、冗談。鈴音〜、物は大事に扱わなアカンで〜」

「冗談なら許します。けれど、マコトくんが王様ってのは似合いませんね。マコトくんならせいぜい門番とか・・・・・・」

「そらないやろ〜。せっかくの『マコトさん偉大王国』なんやで。ワシが王様でのうて、なんやっちゅうねん」

「多分、その王国名からして間違いなんでしょうね」

「・・・・・・ただのお遊びやのに、手厳しいでぇ〜」

 マコトくんが、がっくりとした声を出す。

 ううむ、確かにちょっと言いすぎちゃったかな。少し反省。

 そこへ今度はティルが口をはさむ。

「マコぽんより、宗太郎ちゃんの方が王様に似合うかもね」

「あないなクソガキは奴隷階級でエエが・・・・・・のわぁ〜っ!!」

 気がつくと私は、またマコトくんをゲシゲシ蹴っていた。

「今の言葉、宗太郎さまに仕える私にとっては聞き捨てなりませんよ」

 そう言ったその時だ。

「わたくしもそう思いますね」

 ふいに、私たち三人とは別の声が、すぐ近くから響いた。私はとっさに振り向き、驚いた。

「た、玉枝さん!?」

 そう。目の前にいたのは、先程出ていったばかりの玉枝さんだった。

「楽しそうですね。皆さん」

 淡々とした口調で言う玉枝さん。

 正直、頭の中がパニック状態になりかけたが、私はどうにか笑顔をつくった。ぎこちないのは言うまでもないが・・・・・・。

「あっ、はは〜。楽しそうですか? いえね、これって腹話術の練習なんですよ〜」

「ほお。ホウキで腹話術ですか?」

「そ、そうです、そうです。『・・・・・・おっす、オラ、マコぽん。見ての通りホウキなんや』」

 混乱している私は、声音を変えて、全然似てもいない腹話術?を披露する。

 ・・・・・・ああ。一体何やってんだか。

「そっちの宙に浮いている生き物は?」

 今度はティルが指さされる。ティルは姿をあらわしたままだが、硬直したまま動いていない。

「え〜っと、そっちも腹話術の人形でして・・・・・・アメリカでも大人気の宙に浮かぶ人形なんです」

 以前にもどこかで使ったような言い訳をし、そのままティルをぐしゃっと掴んで懐に仕舞い込む。

 その際、ティルの「ぐえっ」っという呻きが聞こえたのは、気のせいだったと思いたい。

「それより玉枝さんこそどうしたんですかぁ〜? 忘れ物でもなされたのですか」

「わたくしですか。わたくしはですね・・・・・・」

 玉枝さんが何かを言いかけようとした瞬間。

 私の手の中にあるマコトくんが急に動き出し、彼女に襲いかかった。

 何もわからない人間がこの光景を見れば、私がホウキで玉枝さんに殴りかかったようにもうつる。

「・・・・・・!?」

 とっさのことで、マコトくんを自制することもできなかった。

 それ以前に玉枝さんの方も、この不意打ちともいえる攻撃を背後に飛び退いて避ける。私ですら唖然となるような運動能力で。

「おい。そこのオバはん。おのれは何モンじゃ?」

 急にマコトくんが喋りだすものだから、私にはもう何が何だかわからなかった。

 ただ、彼の様子から、尋常ではない何かは感じ取れた。

 そして、玉枝さんは笑った。普段の彼女では到底見せないような表情で。

「そちらのホウキ殿は察しがよいようだな」

「どういうことですか?」

 私はホウキをかまえたまま、玉枝さんに問うた。だが、その問いに答えたのはマコトくんの方だった。

「鈴音。気ぃつけるんや。あれは、ワシらの知っとるオバはんとは違うで。どっか魔法的な力を感じる」

「魔法的? 何かの力で操られているとか、霊的な類に憑依されてるとかですか?」

「詳しゅうはよおわからん。・・・・・・それより、来るでっ!!」

 マコトくんの言葉通り、玉枝さんの姿をした者が突っ込んでくる。

「鈴音。ワシに動きを合わせろっ!」

 私は無言で頷くと、マコトくんのなすがままに動きを合わせた。そして、そのままホウキで玉枝さんをなぎ払う・・・・・・。

 その時だ。

「嘘っ!?」

 己の目を疑う思いだった。玉枝さんはホウキの一撃を跳躍して避け、そのまま屋敷二階にあるバルコニーにまで降り立ったのだ。

 あんなこと普通の人間にできる芸当ではない。

「あなたは一体何者なんですかっ?」

 私はバルコニーに向き直ると、あらためて問いただした。

 すると、玉枝さんの姿が急に霞みだし、かわって別の者の姿へと変わっていった。

 その姿は、私と同じくらいの年代の若い女の子だった。

 短く切りそろえた黒髪に、感情を感じさせない冷めた表情。格好にいたっては、この世界ではあまり見ることのないような、漆黒のクロークを羽織っている。

「はじめまして、鈴音殿。わたくし、リートプレア魔法評議会より遣わされた特務監察官のスーディアと申す」

「魔法評議会の特務監察官やて!?」

 マコトくんが驚きの声をあげた。

「いかにも。このたびは魔法評議会よりの使命を帯び、こちらへと参らせてもらった」

 スーディアと名乗った女の子は、玉枝さん以上に淡々とした口調で喋る。その冷たい響きは、ある意味で人の心に突きささり、それがかえって彼女の存在感を増す。

「・・・・・・スーディアさんといいましたよね。一体、どういう使命を帯びてこちらに?」

 おそるおそる訊ねると、彼女と真っ向から目があった。

 そして、告げられる。

「鈴音殿。あなたはついこの間、魔法学院の方より正式な魔法使いとして認められたそうですね。しかし、評議会側としては、その決定が真に正しかったものかどうか疑問視する声もあがっておる。・・・・・・よって、鈴音殿。あなたが本当に正式なる魔法使いとして相応しいかどうか、このわたくしが試させていただく」

「「ええ〜っ!?」」

 私とマコトくんは声を揃えて叫んだ。

 このいきなりの宣告に、私の頭はパニックに陥っていく。

 しかし……。

「それでは早速で申し訳ないが、このスーディア、あなたの腕前を試させてもらう」

「ちょ、ちょっと。いきなりそんなこと言われましても!」

「問答無用。いざ、参るっ!」

 結局、なんだかんだと考える余裕も与えられず、事態は勝手に進行してゆくのであった。

 私、一体どうなっちゃうんですか? 

 もういきなり泣きたい気分だった。

 

 

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