終章
きえたもの。うまれたもの
〜
once yet again 〜
約束の地へ行こう
雪の大地に俺は立っていた。
元に住んでいた場所より遠く離れた土地。このあたりは冬になると一面が銀世界になる。
雪は降っていない。空は冷たいまでの青さを保っていた。
雨のやまなかったあの出来事から、いくつかの月日が流れた。世界はまだ滅びることなく残っている。この目の前に広がる光景は、俺にとってかけがえのない少女が守ったものだ。
世界はひとりの少女の心を犠牲として救われた。
でも、その事実を知るものなんて数少ない。
俺はそれが悲しくもあり、切なくもあった。
世界中の人間すべてに今までのことをぶちまけて、すべてを知って欲しいという思いはあった。けれど、それをしたところでどれくらいの人が理解してくれるだろう。
多くの人間がそうであるように、みんな世界が滅びかけていたことなど知らないのだ。
実感のないものを理解しろというのは難しい問題。こればかりは仕方のないことだとあきらめている。
それにしても。
俺もまだ難しく考えすぎだよな。
過去を振り返って考えることは悪いことではないが、これから先にやるべきことがあるというのに、ずっと過去にとらわれていては話しにならない。
それに少なくとも、自分にできることはやってきた筈なのだ。多恵さんを失った時のような、何もできなかったという後悔はない。
俺は物思いにふけるのをやめ、少し歩き出した。
そして足の向く先では、雪のような真っ白な小犬とひとりの美しい少女がじゃれあうように雪遊びをしている。
近づいていくと、小犬と少女は俺の存在に気づいてくれた。小犬が嬉しそうに駆け寄ってきて足元にまとわりつく。
「お待たせスノー。お姫様の面倒をちゃんと見ていてくれたかい?」
俺は雪と同じ名を持つ小犬を抱えあげると、身体についた雪をはらってやった。
スノーは「勿論」とでも言うかのように、こくこくと首を動かした。
「ありがとうな」
小犬の頭をぽんぽんと撫でた後、今度は少女のほうに目を向ける。
色白の肌をした華奢な少女。つややかな長い髪が美しい。少女は楽しそうに俺に語りかけた。
「はじめてのゆきあそび。とてもたのしいです」
愛らしいその表情に、思わず笑みが浮かぶ。
「良かったな、瑞葉」
瑞葉。俺はかけがえのない少女の名を口にした。
そう。目の前にいる少女は瑞葉なのだ。
けれど、厳密には昔の彼女とは違う………………
俺の知っている神子の瑞葉はもうこの世には存在せず、目の前にいる少女は俺との過去など何も覚えていない瑞葉だから。
神子であった頃の少女の心は“神”の浄化と共に消えうせ、残ったのは何もかもを知らないひとりの少女だったのだ。
記憶を失っているのとは少し違うらしい。彼女は完全にうまれたての状態。言い換えれば赤ん坊に近いのだという。
多少、複雑な気がするのは事実だが、それでも俺は彼女を受け入れることを誓った。
佐山さんたちとも協力し、彼女が今度こそ本当の人間のような暮らしができるようはたらきかけた。
そして今は、こうやって雪を見に来ている。
雪を知らない彼女と、いつか一緒にそれを見れたらいいなという昔の言葉を思い出して。
それで昔を取り戻そうというわけではない。少しずつでも瑞葉に色々なことを教えてあげたいだけ。
すべては雪のように真っ白な状態に戻ったけれど、彼女と俺たちが生きている限り、この先へと続く希望がある。
そこでうまれた希望を、決して儚いものにしないためにも頑張らないとな。
俺は瑞葉の側にそっと寄り、彼女を優しく抱きしめた。
「かずや……さん?」
彼女は少し戸惑ったような感じではあったけれど、そのままゆっくりと俺の胸に頬をあずけてくれた。
この温もりがある限り。
俺たちはまだこれからはじめられる。
〈了〉
【あとがき】
最後まで読んでくださった方、ありがとうございます。
この物語は長編で恋愛モノを書きたいな〜という所からはじまっております。ただ、読んでくださった方にはおわかりのとおり、ごく普通の恋愛モノという話ではありませんw
世に存在する多くの物語の中でも語られる普遍的なテーマのひとつ「個人を救って多くの犠牲をだすか、多くを救って個人を犠牲にするか」という選択が強いられるお話です。
そんな究極の選択の中で、各キャラクターがどんな答えを導き出すのか。そしてその答えの果てにどういう結末になるのか。そこが見所なんだと思います。
この物語では一矢はあのような答えをだし、瑞葉はあんなふうになってしまいましたが、人によっては別の思惑や解決法を見出すこともあるかもしれません。そんな想像も色々としつつ楽しんでもらえたら幸いです。