第一章  

雨の中。ちいさなちいさな、しろいもの

〜 in rain 〜

 

 

 

 

 

 

この雨が永遠に止まないかもしれないことを、俺はまだ知らなかった……

 

 

 

 

 

 

 

 くぅーん、くぅーん。

 それは空き地から聞こえる、か細い鳴き声だった。

 今は雨が降っている。それもかなりの大降りで。

 下手をすれば雨音にかき消されて、その声は聞き逃してもおかしくはない。

 それでも俺の耳にその鳴き声が入ってきたのは、ある意味で運命だったのかもしれない。

 俺は空き地に入った。

 そして、ゆっくりと鳴き声のする方向に近づいてみる。

 すると、そいつはいた。

 くぅーん、くぅーん。

 空き地の隅っこ。小さなダンボールの中にいる、ちっちゃくて白いまん丸。鳴き声は、その白いまん丸から聞こえる。

 俺はその場にしゃがむと、そっと手をのばして白いものに触れた。

 くぅん。

 白いまん丸がブルッと震えた。そして、そのままゆっくりと顔を上げてくる。

「そんなに驚くなよ。俺は悪いことしないって」

 まん丸は雨にぬれて冷たかった。俺を見上げる顔は、情けないほどに弱々しい。

 ちなみに、先ほどからまん丸といっているものは、平たく言えば白い小犬。

 犬には詳しくないから、どういう種類のやつかはわからないが、ダンボールに入れられて置かれている以上、考えられることはひとつだった。

 そう。こいつは捨て犬なんだということ。

 ダンボールの中には、紙切れが入っており「この子をもらってやってください」などと書かれている。……多分。

 というのも、紙切れの文字は雨によって滲んでおり、ところどころ字がつぶれていたからだ。

 俺はじっと小犬を見つめた。小犬も俺を見つめ返す。

 訴えるような、つぶらな瞳。

 小犬は雨に濡れて震えていた。本当なら真っ白な毛並みなんだろうが、今は少し汚れてもいる。

 それに加えて「くぅーん、くぅーん」という鳴き声だ。人の同情をかうには申し分のない要素を兼ね備えている。

「ふぅ、仕方ないな」

 俺は傘を地面に置き、自分が濡れるのも構わず、その子犬を両手で抱き上げた。

 そして、ゆっくりと撫でてやる。

「おまえ、俺の家に来るか?」

 俺は犬に訊ねた。勿論、犬に人間の言葉などわかるはずもないだろうが、こいつは甘えるようにして俺の頬をなめた。

 それだけでこいつは誰かに構って欲しいんだということが、ありありと伝わってくる。

「よし。連れてってやるよ。だから良い子にしてるんだぞ」

 俺は現在、美術関係の専門学校に通っているが、家に帰れば一人暮らしの身。

 両親は仕事の関係で海外に赴任していて、こっちに帰ってくるのも年に1、2回、あるか無いかだ。

 だから、小犬の一匹ぐらい飼ったってどうと言われることもない。

「帰ったら何か食わしてやるよ」

 何度も小犬の頭を撫でながら、俺は自分の傘を拾おうとした。

 季節は秋。

 落ち葉の舞い散る頃。

 空気が段々とひんやりしてくる時期。

 こんなときに雨に打たれたままだと、風邪だって引きかねない。

 しかし。

 拾おうとした傘は、その手に掴むことはできなかった……。

 そのかわりに。

 頭上にすっと、傘が差し出された。それも俺の傘が。

「わたしが、傘をお持ちしていますね」

 頭の上から、そんな声がかかった。それは柔らかい鈴のような声。

 俺は小犬と一緒に、顔をあげた。

 するとそこには、俺の傘を持った女の子が、優しい笑顔を向けて立っていた。

「…………………」

 思わず言葉がでなかった。

 つい、その女の子に見惚れてしまったからだ。

 色白の肌に、ほっそりとした華奢な身体。それに加えて、つややかで長い黒髪。

 どこか、幻のような儚さを漂わせる少女。それが目の前に立つ彼女の第一印象だった。

 ただ、その顔からのぞく優しい笑みは、彼女が血の通った普通の人間であると感じさせる。

「どうかなさいましたか? わたしの顔、知っている顔ですか?」

 笑顔のまま、女の子が言った。ちょっとヘンな質問ではあったが、今の俺はそれに気づくこともなかった。

「あ、いや。そういう訳ではなくて……とりあえず、ごめん」

 俺は意味不明に謝りつつ立ちあがろうとした。

 すると、傘にゴツンと頭にぶつけてしまう。

「わわぁ。大丈夫ですか?」

 女の子が慌てて言った。

「…………うん、大丈夫。とりあえず、傘は俺で持つよ」

 俺は気がついた。傘を持っていた女の子は、自分よりも背丈が小さいことに。

 立ちあがろうとすれば、頭をぶつけるのも当然だった。

 腕の中にいる小犬も、心配そうに俺を見つめる。

 犬にまで心配されるのも複雑ではあるが。

 俺は女の子から傘を返してもらうと、もうひとつのことに気がついた。

 なんと、女の子もずぶ濡れになっていたのである。

「…………君、自分の傘は持ってないのかい?」

「はい! どうも自分の傘はないみたいなんです」

 なぜか元気に、しかも笑顔で答えられてしまう。

 今日って朝からずっと雨だったよな? そんな日に傘も持たずに出歩くなんて。

 もしかして、どこかに置き忘れてきたのか? あるいは盗まれたのだろうか?

 それにしたって、笑顔で答えられる返事でもなかろうに。

 ヘンな女の子だった。

 ヘンといえば、着ている服も少し変わっていた。というのも、この子が着ているのは真っ白な薄い着物だったからだ。

 艶やかな色も柄もない、本当に真っ白な着物。妙な例えかもしれないが、どこかの古い良家で、病弱なお嬢様が寝巻きがわりに着ていそうなものにも見える。

 顔だちだって綺麗だし、本当にどこかのお嬢様なんじゃないか? 

 背丈の小ささからも考えると、年齢的には中学生か、良く見ても高校生ってところだろうか。

 ただ、雨に濡れ、ぴったりと肌に張付いた着物は、彼女の身体の線をはっきりと浮かび上がらせる。その線を見る限りでは、発育は良いようだった。…………しかも、微妙に着物が透けてみえるし。

 おっと、いかんいかん。何を考えてるんだよ、俺。

 ただ、自分で弁解しておけば、別にいやらしい気持ちで彼女の身体をみつめていた訳ではない。あくまでも美術家の卵として、美しい線だなと感じただけであって、断じてやましい気持ちなどはない……と思いたい。

「あの〜。やっぱり、わたしの顔、知っているんですか?」

 俺がまじまじと見ていたからだろう。また質問された。

「いっ、いや。知らない顔……だと思う」

 突然、声をかけられた驚きで、若干だが声が裏返る。我ながら情けない。

 ただ、質問の答えに関しては、いま言った通りだった。少なくとも記憶を辿っても覚えのない顔だ。それは間違いないと思う。

「……それよりも。こんな雨の日に傘もささずに、そんな格好だと風邪をひくよ」

「そうですね。冷たいです。風邪をひいちゃうかもしれませんね」

 口許に手をあてて、女の子はクスクス笑う。

 やはりヘンだ。こんなことを思うのは失礼だが、頭のネジがゆるんでいるのでは?と思えるほどに。

「とりあえず傘に入りなよ」

 俺は彼女に近づき、傘の中に入れてやった。

「家まで送っていってあげるから、場所を教えて」

「家?」

 彼女の表情が急に曇った。それも、何かを怯えるように。

 俺は首をかしげる。

「どうしたの? 何かあったのかい?」

 俺の問いに、女の子は顔をうつむけて、小さくだが震えた。

「家には……帰りたくありません。それに、家の場所も、知りません」

「それはどういうことだい?」

 訳がわからなかった。

 家には帰りたくない……。

 おまけに、場所も知らない?

 それってどういうことだ? 家に帰りたくないから、その場所を俺には教えたくないのだろうか。

 それ以前に、なぜ帰りたくないんだ? この子の家では何かあったのか?

 女の子は小さく震えたままだった。本当に何かに恐れるかのように。

 この子のそんな姿を見ていると、感ではあるが、単なるわがままだけでこんなことを言っているようには思えなかった。

 ちいさくて、ちいさくて、とても儚げな存在。

 今の女の子は、そう感じるほどに脆い見えた。

 最初に見た笑顔が、どこか遠い日のことに思えるほど、いまのこの子の様子は違っていた。

「くぅ〜ん。くぅ〜ん。くぅ〜ん」

 腕の中のまん丸な小犬が鳴く。今度は、この女の子を心配するように。

「ね、君、何があったかは知らないけど元気を出して。こいつだって、君のことを心配しているよ」

 俺はそう言って、小犬を彼女の顔の近くに差し出した。すると小犬も、女の子の頬をペロペロと優しくなめる。

「ごめんなさい。わんちゃんにまで不安を与えましたか。わたし、そんなつもりじゃなくて……」

「じゃあ、心配させないためにも、さっきのように笑ってごらん」

 女の子は、しばし呆然と俺の顔を見つめた。

 そして。

「はい。一生懸命、笑ってみます」

 そう言って、最初出会ったときに見せた、とびきり優しい笑顔をむける。

 よく見れば、その笑顔は少々ぎこちないものではあったが、それでも笑おうとする彼女の健気さに、俺も思わず笑みがこぼれてしまう。

「……お兄さんも、とても優しい笑顔ですね」

「え? そうかい」

 急にそんなことを言われ、照れくさくなる。

「見ているとぽかぽかするような、優しい笑顔です。ずっと見つめていたくなるほど、優しい優しい笑顔です」

 女の子は顔を近づけ、クリッとした澄んだ瞳で俺を見つめてくる。

 お互いに息がふれあい、もう少しでも近寄れば、彼女の愛らしい唇にだって届きそうな距離。

 …………いや、何考えてるんだよ。そういうことじゃないだろ。

 でも、彼女の顔が間近にあるだけで、胸の鼓動が早くなる。

 耳に響くは雨の音。俺たちに言葉はない。

 なんともいえない間だった。

 次に沈黙を破ったのは、彼女のほうだった。

「そのわんちゃんは捨てられていたのですか?」

「え、こいつのことかい」

 白いまん丸に目をやると、彼女は小さく頷いた。

「ああ、君の言う通り、ここのダンボールに捨てられていたんだよ。だから俺が拾って、家で飼ってやろうかと思ってさ」

「そうなんですか。……よかったね、わんちゃん。優しい人が拾ってくれて」

 女の子が軽く小犬を撫でると、こいつは嬉しそうに鳴いた。まるで彼女の言葉がわかっているみたいに。

「お兄さんは、本当に優しい方なんですね」

「そうかな……。あんまりそんなの意識したことはないよ」

 優しくないとは言わないが、改めて言われると、どうかなんてわからない。

 小犬を拾ったのだって気まぐれかもしれないし、この子に優しくしているのも、俺にしてみれば普通レベルの親切心だ。

 それでも、この女の子は言ってくれた。

「本当に優しい気持ちを持っている人は、意識していなくてもそれを表現できます。だから、お兄さんは優しい人です。間違いないですよ」

 くすぐったい言われようだった。普通に考えれば、まるでからかわれているんじゃないかと思うような、照れくさい言葉。

 だが、彼女の言葉には、それらしいからかいの響きは感じられなかった。

「…………そうだ。お兄さんになら、お願いできるかもしれませんね」

 小さく手を合わせて、女の子がつぶやいた。

「お願い?」

「はい。お願いなのです。わたしもそのわんちゃんと同様に、拾って頂けませんか」

「はあ?」

 俺は間の抜けた声を出した。

 言われたことがあまりにも突飛で、信じられないものだったからだ。

「駄目でしょうか? わたし、行き場所がないんです。できれば、わんちゃんみたいに拾って頂ければ安心なのですが」

 女の子は、ごく普通にものを頼むようにサラリと言ってのけた。

「おいおい! ちょっと待ってくれよ。君は犬や猫じゃないんだから、簡単に拾って帰る訳には……」

「そうですか。やっぱり駄目なんですね」

 少し落ち込んだかのように、ため息をつく彼女。

「駄目以前の問題だよ。一体、何があったんだい? 行き場がないとか、拾ってほしいとか」

 さっきの家のことも含めて、わからないことだらけだった。

「…………わたし、自分が何者なのか、よくわからないんです。気がついたらこの近くにいて、それ以前のことは覚えてなくて」

「それって、記憶喪失ってこと?」

「う〜ん。よくわかりませんが、何も覚えていないということは、その記憶喪失というやつでしょうか」

 緊張感もへったくれもなく、女の子は答えた。

「でも、本当に何にも覚えていないのかい? 自分の名前とかさ」

「あ! 名前ならわかるかもしれません。瑞葉って呼ばれていた気がします」

「名はミズハ……。姓は?」

「えっと〜。あまりわかりませんが、お兄さんよりちっちゃいですね」

「は? ちっちゃいって、それが姓なのかい」

「見たままですよ。背丈は」

「ああ、なるほどね。背丈か……じゃなくて、俺が聞きたいのは姓! 背じゃなくて、姓! 苗字のことだよ」

「……苗字でしたか。それはわかりません」

「あ、そ」

 なんかバカらしいやりとりに思えてきた。

 本当にこの子、記憶喪失なんだろうか?

 でも、待てよ……。そういやこの子、俺と出会った時、気になることを言ってたな。

 わたしの顔、知っているんですか?……とか。

 これって彼女が記憶喪失だから、見知りの人間を捜しての質問だったのだろうか。そうだとすれば、ちょっとは辻褄があうかもしれない。

 俺は頭の中で悩んだ。すると、腕の中の小犬がわんわんと俺に鳴いた。

「わんちゃんも、わたしを一緒に拾ってあげてくださいって頼んでますよ」

 女の子が言った。それに同意するように、小犬も再び鳴く。

 なんともいえないタイミングだった。

「勝手なこと言うなよ。犬がそんなこと言う訳ないだろ」

「そんなことありませんよ。ちゃんと言ってますもの」

「君が都合よくそう解釈してるだけじゃないのかい。第一、人間に犬の言葉なんてわからないんだから」

「え? そんなことありませんよ。わたしにはわんちゃんの言葉がわかりますよ。ちゃんと会話もできますし」

「そんな無茶苦茶な」

「そんなにヘンでしょうか。わんちゃんとはちゃんと意思が通じ合っているんですよ」

 女の子が言うと、また白いまん丸がわんわんと鳴いた。

 本当に会話できているのか? 単なる偶然じゃないのか?

 にわかには信じ難い話だった。だから俺は。

「じゃあ、こいつに話しかけて、俺の顔をなめるように頼んでみてくれる?」

 そう言って、試してみることにした。

「はい。構いませんよ」

 女の子は頷くと、素のままの日本語で、小犬に俺の頼んだことを伝える。

 果たして、そんなので通じるのか?

 半信半疑で眺めていた俺だが、次の瞬間、小犬に顔をペロリとなめられ驚いた。

「どうですか。わんちゃんにちゃんと頼めてるでしょ?」

「……あ、ああ。で、でもさ、これはやはり偶然で、単に犬の方がそういうしつけをされていたとかじゃないかな……」

「だったら、お兄さんから、同じお願いしてみたらどうですか?」

「お、おう」

 試してみる価値はありそうだった。日本語で通じているんだ。俺にだってできなくはないだろう。

「おい、おまえ。さっきみたいに、俺の顔をなめてみろ」

 俺はまん丸小犬に話し掛けた。

 しかし。

 ………………………。

 小犬は何の反応も示さなかった。つぶらな瞳で俺を見ているだけ。

 女の子はクスクスと笑う。

「それでは通じませんよ。わんちゃんの言葉じゃないですもの」

「でも、君だって、さっき頼んでたとき、日本語だったじゃないか」

「確かに日本語ではありましたけど、わんちゃんの気持ちになって話し掛けましたよ」

「犬の気持ちねぇ」

 さっぱり意味不明だった。だが、彼女の言葉が何となく小犬に伝わっているのだけは理解しようと思う。

「それよりも、わたしを拾ってはいただけませんか?」

「きゃんきゃん」

 女の子と一緒に、小犬までが懇願するように鳴く。

 まいったなあ。どうすればいいんだ。

 こういう場合は、警察に引き渡すのが一番いいのかもしれないが、今それをするには少しためらわれるものがあった。

 警察に任せれば、この子の身元もすぐにわかるだろうし、家にも返してもらえると思う。ただ、問題はそこなのだ。

 先程、家に帰りたくないと言っていた彼女の言動が引っかかってならなかった。

 あの時の怯えたような表情が、ただ事ではないように思えるのだ。

「君、本当に何も覚えていないの?」

「……ええ。記憶喪失みたいですしね」

「そうか」

 俺は心に決めた。

「わかったよ。せめて何かを思い出せるまでは、俺の家で引き取ってあげるよ。幸い、両親とかもずっと留守にしていて、家には俺だけだからさ」

 そこまで言って、思わずはっとなる。

 ちょっと待て。これってもしかして、俺と彼女だけで暮らすことになるのか? 

 いや、もしかしなくてもそうだ。

 しかし、いいのか?

 相手は俺より年下だろうけど、それなりには年頃の女の子。

 今の俺の申し出って、聞きようによっては下心があるように感じられないだろうか。

 だが、その心配は無用のようだった。

「わあ〜。ありがとうございます。お兄さんみたいに優しい人にお世話になれるなんて、わたしはとっても幸せものです」

 彼女は両手をあわせ、心底嬉しそうに笑う。

 雨の中。

 その冷たさを忘れてしまうほどに、温かい笑顔。

 この世知辛いご時世において、こうまで単純に人を信じてしまう女の子がいることが不思議だった。

 ただ、俺もお人好しなのか、信じてもらえることが無性に嬉しかったりするのだが。

「わんちゃん、ありがとう。わんちゃんも口添えしてくれたおかげだよ」

 女の子は両手で包むようにして、小犬に感謝する。

 そういや、これから暮らすのは俺と彼女だけじゃなかったんだな。こいつもいたんだった。

 そう思うと、何だか急に家族が増えた感じがする。

「…………そういえば、お兄さんのお名前を教えてくれませんか?」

 女の子が訊ねてきた。

「俺は一矢。野上一矢だよ」

「カ・ズ・ヤ……さん」

 一言ずつ確認するかのようにつぶやく彼女。俺は小さく頷いた。

「わかりました。一矢さん。これからはお名前で呼ばせてもらいますね。あと、わたしのことも瑞葉って呼んでもらえると嬉しいです」

「わかった。よろしくね。瑞葉」

 俺たちは笑いあった。

 その途端、腕の中にいた白いまん丸もわんわんと自己主張する。

「あはは。こいつ忘れられてると思って、拗ねてるのかな」

「大丈夫です。ちゃんとわんちゃんのことも忘れてはいませんよ。……こちらのわんちゃんには名前ないんですか?」

「拾ったばかりだからね。まだ決めてないよ」

「だったら、あとでみんなで決めるのはどうでしょう」

「いいね。それ。それじゃあ、早速俺の家に行って、こいつの名前を決めよう」

「はい!」

 瑞葉は元気よく頷いた。

 

 小さく白い、まん丸小犬。

 小さく白い、愛らしい女の子。

 どうして引き取ったのかと言われれば、俺にもはっきりしたことはわからなかった。

 同情かもしれないし、興味からかもしれない。

 ただ、この一人と一匹を迎えて、俺の生活は新しい始まりを告げた。