infinity Bell

 

 

 

The dream the doll imagines is the same dream as a person.

(その人形が思い描く夢は、人と同じ夢)

 

 

 

 

STORY U

「釣り鐘の街」

 

 

 

 壁にかけられた大きな鏡の前で、ユーティアはそこにうつる自分の姿を不思議な面持ちで見つめた。

 鏡には、今までとは違う自分がうつっている。

 銀糸のアクセントが加わった黒を基調とした制服に白いケープ。“CRIE”という文字が刻印されたスカートと帽子。ほんの少しだけ背丈が高くなったように感じる、踵の高いブーツ。

 これらはクリエ惑星間鉄道の駅員の制服だ。

 そして、ユーティアは今日初めてその制服に袖を通した。

 おろしたての制服はサイズが合っているとはいえ、お世辞にも身体に馴染んでいるとはいえない。でも、決して似合っていない訳でもなかった。見栄えは悪くないからだ。

 しかも、ちょっとだけ大人っぽく見える。そこが制服というものの不思議。

 ユーティアは何度も鏡とにらめっこしながら、制服のバランスを整えた。今日からクリエ惑星間鉄道リリエル駅の正式な一員となったのだから、充分な気合いはいれておきたい。

「ふむ。こんなところかなー」

 どうにか整った感のある制服姿に納得し、ようやく鏡の前を離れる。そして今度は、この部屋の端にある窓へと近寄っていく。

 窓の外は暗い。夜という訳ではなかった。外が暗いのはここが宇宙空間の中だからだ。

 ラグワール星域にある衛星軌道ステーションのひとつ“インフィニティ・ベル”。その中にあるクリエ惑星間鉄道リリエル駅。ユーティアはその駅内にある一室を、住み込みで寝泊りできるよう貸し与えられていた。

「おじいちゃん。私、今日からこの駅の駅員さんになるんだよ」

 窓辺に寄り添ったユーティアは、そっとつぶやく。

 彼女の視線の先には、霊星クリエと呼ばれる美しい惑星が見て取れた。その星には亡くなった祖父が眠っているのだ。

「頑張るから見守っていてね」

 手を握り合わせて祈る。

 ユーティアにとって祖父は、この世で一番尊敬できるかけがえのない存在であった。その祖父が亡くなった事は大きなショックであったが、今はここの駅長マリーツィアの計らいで、祖父の眠る惑星が見下ろせるこの駅で働かせてもらえることになった。

 そのことによって、大好きな祖父をいつでも側に感じられる気がするのは嬉しい。いくらでも頑張れる力がわいてきそうだから。

「制服姿、似合っているかな? まだ完全に馴染んでいなくて違和感はあるけど、そのうちもっと似合うようになるよね」

 ユーティアはひとり、クリエに眠る祖父に語り続ける。

 でも、その時だ。

 この部屋のチャイムが鳴った。しかも連続で三回も。

 現実に引き戻されたユーティアは窓の側を離れ、部屋の入り口へと慌てて向かう。

「はーい。いまあけますねー」

 ユーティアは一声かけてから入り口のドアを開ける。すると外には、同じ制服に身を包んだ少女がムスっとした顔で立っていた。

 リリエル駅の駅員、ミズキ・コダマである。

「遅いですよ、ユーティアさんっ! いつまで私を待たせるつもりですか」

「ごめんなさい。制服のバランスとか整えるのに苦労しちゃって」

 悪びれる様子もなくユーティアが言うと、ミズキは大きな溜め息をつく。そして。

「確かに初めての制服だし、社会人として身だしなみを整えるのは大事です。けれど、それと同じくらい時間感覚に責任を持つのも大事なことと心得てください。特に私たち駅員というものは常に時刻を意識し、速やかなる列車運行の手助けしなければいけないのですからね」

 ミズキは淡々と駅員の心得を説いた。

 ユーティアより年下の彼女ではあるが、職務熱心なせいもあるのか、こういうことはキッチリ言う性格のようだ。

「うん。わかったよ。これからは気をつけるね」

「わかれば結構です。あと、一応は私の方が先輩なんですから、馴れ馴れしい口調もやめてください」

「了解しました。ミズキちゃん」

 ユーティアのにこやかな返答に、ミズキの表情がひきつる。

「……ユーティアさん。今、私の言ったことを本当に理解されましたか? それともわかっていて嫌がらせをしているのですか」

「な、なにか変だったでしょうか?」

 きょとんとした顔でユーティアが訊き返す。

「変も何も、今みたいなのを馴れ馴れしいっていうんです。そもそも先輩を“ちゃん”づけで呼ぶなんて失礼だと思わないのですか」

「でも、マリーツィアさんはミズキちゃんって呼んでるし」

「駅長は私よりも上の立場だからいいんです……って、本当はよくないけどぉ。そ、それよりも駅長のことも名前で呼ぶなんて馴れ馴れしすぎます。ちゃんと駅長って呼ぶように!」

「うぅ。気をつけます」

「よろしい。それでは駅長室に行きましょう。駅長もお待ちの筈だし」

「えと、制服の方はこんな感じで良いのかな……っていうか、良いのでしょうか?」

「似合ってはいますよ。それなら駅長の前に出ても失礼にはならないでしょう。さ、納得できたのなら行きますよ」

 ミズキにそう促され、ユーティアはその後に付き従った。

 駅長室に続く通路はほぼ一本道だが、そこそこに距離がある。そもそもこのリリエル駅自体、ユーティアを含めた駅員三名で運営していくには大きすぎるといってもよい。

 この駅は、古い時代の大聖堂を思わせる荘厳なつくりの外観と内装を模し、そこに七番線までのホームが並んでいるのだ。

 とはいえクリエ惑星間鉄道は、衛星軌道ステーション“インフィニティ・ベル”と霊星クリエを結ぶ便しか運行していないので、普段は人の出入りもあまりなく、連絡便の乗り入れも少ない。そのかわり巡礼者が訪れるようなシーズンになると、各星系から多くの巡礼団体が訪れて、駅はごったがえすという。クリエは信仰深い人間にとっては聖地とされる場所なのだ。

 あと巡礼団体以外では、霊星クリエに埋葬される死者を送り出すという仕事もある。クリエは聖地であると同時に、惑星そのものが大きな霊園でもあるからだ。その時は、特殊な葬祭列車というのが運行される。

 ユーティアも基本業務に関しては、マニュアルなどを見ておおよそ理解しているが、細かい部分になると完全に把握しきれてはいなかった。なんにしても、おいおい実践で慣れていくしかないだろう。

「駅長室につきましたよ。くれぐれも駅長に失礼のないようお願いしますね」

 しばらく歩いた後、ミズキの言葉通り駅長室の前にまでついた。そして、二人はそのまま駅長室の中に入る。

「お待たせしました駅長。ユーティア駅員をお連れ致しました」

 ミズキがそう言って奥まで進むと、ひとりの若い女性がにこやかに出迎えてくれた。

 駅長のマリーツィアだ。

「ミズキちゃん、ご苦労様。そして、ユーティアちゃん、いらっしゃい」

「お待たせして申し訳ありません。慣れない制服に手間取ってしまいまして」

 ユーティアは一言詫びておいた。ミズキから失礼がないようにと、念を押されたこともあるだけに。

「気にしなくてもいいわよ。それに制服も良く似合っているわ」

「ありがとうございます。今日からここの駅員として一生懸命頑張らせていただきますので、よろしくご指導の程をお願いします」

「了解よ。でも、そんなに硬くならないで気楽にね。リラックスよ」

「はい」

 マリーツィアの優しい言葉に、ユーティアは笑顔で頷きかえした。

「さあ、二人ともソファーに座って頂戴。いま紅茶でもいれるわね」

「あ、駅長。そんなことは私がやりますから」

 ミズキが申し出るが、マリーツィアは首を横に振って答える。

「いいからここは任せて。わたしにも少しくらいはもてなしさせて頂戴」

 そう言われてしまうとミズキも引き下がるしかない。

 駅員二人は、マリーツィアに促されるままソファーに腰掛ける。

 駅長室は、かなり広いゆったりとした空間だった。各種端末が設置された机や、来客用のソファーが置かれているのはともかくとして、ひときわ目立つものが室内の奥にみてとれる。

 それは大きなガラス越しの先に見える人工の庭園だった。そこには屋内とは思えないほど美しい自然が広がっており、木や草花もしっかりと手入れされていた。

 ユーティアは前にも一度だけ駅長室に入ったことがあるが、そのときもこの光景に圧倒された。最初は映像か何かかと思ったが、実際につくられたものだと知って相当驚いたものだ。

「いつみても、あの庭園はすごいですね」

「宇宙であのような自然の風景が見れるのは貴重ですからね」

 ミズキも同感とばかりに頷いた。

 そこへマリーツィアがやってきて、テーブルに紅茶を置いてゆく。

「皆、あの庭園を気に入ってくれているようね」

「はい。心が和む感じがして素敵です。でも、前から疑問だったのですが、どうして駅長室の中に庭園があるんですか?」

「あれはわたしの趣味で、わがままを言って造ってもらったものなのよ」

 マリーツィアはさらりと言うが、ユーティアは目を丸くして驚いた。

「ええ!? 趣味というだけで、あんなすごい庭園を造ってもらえるものなんですか?」

「駅長の素性を知ってれば、あれくらいはたやすい事です」

 紅茶を口にしながらミズキが言う。

「素性って……マリーツィアさんは一体どういうお方なんですか?」

「駅長はクリエ惑星間鉄道を創設したエメル財閥の御令嬢なんです」

「財閥の御令嬢。つまりは、お金持ちのお嬢さまということですよね!? すごいじゃないですかっ!」

「一応そうなるけれど、あまりそのことは気にしないでね。わたしはあくまでも普通の駅長として接して欲しいし」

 マリーツィアはソファーに腰掛けながら、謙虚に微笑んだ。

 ただ、ユーティアは妙に納得したような気分になった。二十歳という若さで駅長を務め、あまつさえ成り行きからユーティアを駅員にとりたてる権限といい、只者ではないと思っていたから。

「ちょっと驚いてしまいましたが、マリーツィアさんがそう望むなら私も気をつけることにします」

「ならば気をつけるついでに、私がここに来る前に言った言葉も、今一度思い出して欲しいものです」

 ミズキが低い声で呟く。

「さっきから駅長のこと、名前で呼んでますよ」

「あ……」

 ユーティアは固まった。確かにマリーツィアのことを、馴れ馴れしく名前で呼ぶなと言われていたのを思い出す。

「ごめんなさい。ミズキちゃ……いえ、先輩。それと駅長にも申し訳ありません」

 いきなりペコペコと謝りだしたユーティアを見て、マリーツィアは戸惑ったように首を傾げる。

「どうしたの? 何かあったのかしら?」

「いえ、その、さっきから駅長の事を馴れ馴れしく名前で呼び続けてしまって」

「それって謝るようなことなの?」

「でも、駅長は私の上司な訳だし、それって失礼なことじゃないかと……」

「ミズキちゃんにそう指導されたのかしら?」

 マリーツィアに見つめられ、ユーティアは「うぅ」と唸った。

 だが、隣のミズキがさも当然のように言う。

「上下関係はしっかりしておく必要があると思いましたから」

「なるほど。そういう事だったのね」

 マリーツィアは苦笑する。

「じゃあ、駅長として提案なんだけど、そういう堅苦しい上下関係は無しにしない? お互いのことも名前だけで呼び合った方が、親しみがあって素敵だと思うのだけど」

「ですがそれでは組織としての規律が!」

 ミズキが叫ぶ。

「お仕事さえしっかりこなしていれば、規律にこだわる必要なないと思うわ。それにわたしたちは年齢もそれほど離れていない女の子同士なんだから、楽しい雰囲気の方がいいんじゃないかしら」

「それは、駅長命令なんでしょうか?」

「命令じゃなく提案よ。だから無理に従ってとは言わないわ」

「わかりました。とりあえず駅長がそうまでお考えなら、私も多少は譲歩することにします」

 ミズキは無愛想にそれだけ言った。

「うふふ。ありがとう。そういう訳だから、ユーティアちゃんも今まで通り、わたしのことは名前で呼んでね」

「…………はぁ。そうさせてもらえるのなら」

 ユーティアはぎこちなく頷いた。

 隣に座るミズキは、お世辞にも納得していないという感じが漂うだけに、複雑な気分だった。新入りの立場としては、こういう板ばさみ的な空気は辛い。

 そんなユーティアの気まずさを感じ取ってくれたのかはわからないが、マリーツィアが絶妙のタイミングで話題を変えた。

「そうそう。紅茶を飲んでからでいいんだけど、ふたりにお願いしたい仕事があるの」

 仕事と聞いて、ミズキの表情が一変する。

「どのような仕事でしょう?」

「ふたりには、街までお買い物に行ってきてほしいの」

 マリーツィアはそこまで言って、予め用意しておいたメモをミズキに手渡す。そこに必要な品が書いてあるようだ。

 しかし、ミズキはそのメモに目を通すうちに、眉根を寄せた。

「駅長。これは一体なんなのですか? 食料品はわかるのですが、後ろの方に書かれたケーキやキャンドル。あと、パーティーグッズって…………」

「今夜はユーティアちゃんがここに来た歓迎会をしようと思うのよ」

「私なんかのために歓迎会を開いてもらえるのですか!?

 これにはユーティアの方が驚いた。

「皆で楽しい時間を共有できたら、すぐにお互い馴染んでいけるとは思わない?」

「それはまあ……」

 ユーティアはまたもやぎこちなく頷いた。マリーツィアの提案は嬉しいが、隣で眉を寄せているミズキはどう思っているのだろう? 歓迎会など仕事の足しにもならないと思われていたら怖い。

 だが、そんな彼女の心配をよそに、ミズキも最終的には頷く。

「了解です。ここに書かれたものをふたりで買ってきます」

「なら決まり。今夜は楽しい歓迎会にしましょうね。ユーティアちゃんも好きなものがあったら、そこに書かれているもの以外でも自由に選んで頂戴ね」

 天使のような微笑を浮かべるマリーツィアにそう言われると、ユーティアも笑いながら頷くしかなかった。

 

 

 

 

 

 “インフィニティ・ベル”は、メビウスの輪を思わせるふたつのリングが交わった、宇宙の衛星軌道ステーション。そのリングが交わる中央部分には、釣り鐘の形をした区画があり、そこにはここで暮らす人間の生活を支える街が形成されている。

 街の名はベル。

 多層構造の街で、各層ごとに衣料、雑貨、食料と売られているものがわけられている。

 そんな街の中でユーティアとミズキがやってきたのは、第二層にある食品専門街という場所だった。各層に共通して言える事だが、ステーション内部にある人工の街とはいえ、一見すると惑星の地上と変わらないような町並みが築かれている。しかも、この第二層に至っては、あたたかい色合いのレンガ造りの店舗が多く見受けられ、古き良き時代の雰囲気も感じさせた。

 ユーティアも駅員になる前の旅行で、何度かこの場所を訪れたことはあったが、さすがにどこに何の店があるのかまでは把握していない。なので、今はミズキについていくだけだ。

「とりあえず買い物はさっさと済ませてしまいましょう。駅長だけに駅をお任せするのも大変でしょうし」

 ミズキはもっともなことを言うが、まったくといっていいほど愛想は無かった。

 ユーティアとしては色々お話でもして、おすすめの店など教えてもらおうと思っていたのだが、そういうチャンスはあまりなさそうな雰囲気だ。

 それでもせっかくなのだからと、頑張って話しかけてはみる。

「まずは何から買うんですか? 私、どこの店なら何が良いのかとか知らないんで、色々と教えてくださいね」

「食材の質にこだわらないのであれば、普通のスーパーマーケットで充分です。そこにいけば大抵のものは一箇所で手に入りますから」

「そりゃまあ確かに」

「別に粗悪品が売られている訳じゃないんですから、どこに行っても同じです」

 ミズキはあくまで素っ気ない。

 けれど、美味しそうな焼き立てパンの匂いなんかを嗅いだりすると、スーパーマーケットで売られているようなパンよりも専門の店の方が良いような気はする。

「ミズキ先輩は食にこだわりはないんですか?」

「そうですね。とりたててないと思います」

「何だか勿体ない気もしますね。食べる事もひとつの楽しみだと思うのですが」

「ユーティアさん。誤解のないように申しておきますが、私だって美味しいものを食べるのが嫌いって訳ではありません。ただ、今は仕事でここに買出しに来ているんです。後の仕事もあるかもしれない中で、のんびり専門の店を周っている余裕がないだけです」

「はは。そうですよね……」

 ユーティアは苦笑した。「出来る範囲で最高の食材を買って帰るのも、買い物を頼まれた者の務めなのでは?」などとは、到底言い返せない。

 なにしろ今回は、ユーティアの歓迎会に使われる食材の買い出しな訳だし、ここで贅沢な食材を欲しいと願うのはあつかましい気もする。

 こうして、あまり会話も弾まないまま、街の一角にある総合スーパーマーケットに辿り着く。

 けれど、店に入ろうとした直前。

「げっ、最悪ぅ。縁起の悪いやつに遭遇しちゃった」

 そんな声がユーティアたちにかけられた。

「…………え?」

 声の方に向き直ると、そこには瓜二つの姿をした二人の少女が立っていた。一人は堂々とした態度と雰囲気だが、もう一人は連れの後ろで控えめに隠れている。見た目は似ているが対称的な二人だ。

「また、あなたたちですか」

 二人の少女の側に対し、ミズキが刺のある口調で言い返す。最初にかけられた声といい、ミズキのこの反応といい、両者とも良好な関係には見えない。

「ミズキ先輩。こちらの方たちは一体?」

 ユーティアは小声で訊ねる。それに対し、ミズキは明らかに向こうにも聞こえるような大きな声で答える。

「街の図書館で司書をしている、いけすかない双子の姉妹です。態度のでかいあの女は姉のアルエ。その後ろで隠れている陰湿そうなウジウジした女は妹のルミエ」

「な。なるほど…………」

 ミズキのムチャクチャな評価はともあれ、確かに向こうの二人とも白を基調とした揃いの制服姿ではあった。

「どっちもロクなやつらじゃありません」

「ふんっ。言ってくれるわねぇ。アンタこそ陰気な死体運びの分際で」

 アルエが腕を組んで言い放つ。

「私たちの神聖なる仕事を侮辱する気ですか? 捉えようによっては死者への冒涜とも受け取れますよ」

「侮辱も冒涜もしているつもりはないわ。単に事実を言っただけじゃない」

「仮にそちらがその気だとしても、さっきの言葉は取り消して謝罪しなさい」

「嫌よ。アンタのほうこそあたしらに謝れ」

「何故?」

「あたしたちのことをロクなやつじゃないって言っただろ」

「それこそ事実じゃありませんか。こちらが謝る理由にはなりません」

 ミズキとアルエは互いに一歩も譲らず睨みあった。妹のルミエの方は後ろでアルエの制服をひっぱり、何事かボソボソと呟いている。

「ルミエ。あなたも姉の後ろに隠れてないで、言いたい事があればハッキリ言えばどうなんです? 二対一だろうが受けてたってやりますわ」

 ミズキに矛先を向けられルミエは萎縮する。泣きそうな表情だった。

「相変わらずウジウジとして、今日も人形のままですか?」

「ミズキっ。これ以上、妹を侮辱するなっ!」

 アルエが激昂した。そのまま殴りかからんばかりの勢いだ。

 でも、そこへユーティアが割って入る。このまま黙ってみているわけにはいかないと思ったから。

「おふた方ともストップですー。お互いどういう事情があったのかはわかりませんが、街の中で喧嘩なんていけません」

「……なによ、アンタ?」

「あ、はい。はじめまして。私、このたびクリエ惑星間鉄道の新人駅員として迎え入れられたユーティア・フレイユールっていいます。以後、お見知りおきを」

「はあ……」

 丁寧に自己紹介をするユーティアに調子を崩されたのか、アルエは毒気の抜けた顔になる。

「…………つまりはアンタもミズキと同じ喪服仲間ってことね」

「喪服?」

「アンタらの制服よ。黒が基調になってるでしょ。それは喪服の意味もあるんだよ」

「そうだったんですか? それは初めて知りました」

 感心顔のユーティアをミズキは苦い顔で引っ張る。

「納得しないでください。あの女が言う事は嘘っぱちです」

「なによ。納得させとけばいいものを。死体を運ぶ奴が着る黒服なんて、喪服と変わらないじゃない」

「言わせておけばっ!」

 再びぶつかり合おうとする両者を、ユーティアはとにかく必死に止めた。

「喧嘩はいけませんって。それにミズキ先輩。こんな所で時間をとっていては帰りが遅くなって、後の業務にも差し支えがでるのでは?」

「うっ」

 その一言はミズキにとって効果が大きいようだった。

「わかりました。とりあえずこの場は退いてやることにしましょう」

「それは逃げと捉えてもいいのね」

 勝ち誇ったように言うアルエに、ミズキは冷たく答える。

「なんとでも捉えて結構。けれど私がこの場を退いたからといって、あなたの勝ちって訳じゃありません」

「どういうことよ?」

「それすらもわからないなんて、どうしようもないバカですね。さ、ユーティアさん、もう行きましょう。こんな愚か者の相手はしていられませんし」

 ミズキはアルエたちを放って店の中に入っていった。

 ユーティアも姉妹に頭だけ下げて、ミズキを追う。アルエたちがついてくる様子はなかった。

「無駄な時間をとってしまい申し訳ありません」

 追いついてきたユーティアにミズキが謝る。

「いえ。でも、最後に言ったいた意味ってどういうことだったんでしょう。私もあまり頭はよくないので……」

「深い意味なんてありません。単なる挑発です。相手に良くわからない屈辱だけ与えて立ち去れば、こっちの負けにはなりません」

 淡々とそう語るミズキ。ユーティアはこの少女の抜け目のなさに苦笑するしかない。

「でも、みている私はハラハラしました。やっぱり喧嘩はいけませんよ」

「こっちだって迷惑には感じているのです。ですが、いつも最初に食ってかかってくるのは向こうなので」

 メモに書かれている食材をショッピングカートに入れながらミズキは答える。

「一体、あの人たちとの間に何があったのですか?」

「特に何かあった訳でもありません。気がつけば向こうが勝手にああいう態度をとり出したというだけです」

「本当に何も原因はないのですか? 恨まれるようなことをしたとか……」

「ユーティアさんは私が誰かから恨みを買うような人間だと思っているので?」

「い、いえ。別に。ただ、何かの誤解からっていうのもありえることだし」

 ユーティアもミズキが悪い人間だとは思わない。けれど、言いにくいことも容赦なく言う子ではあるだけに、それがトラブルを招いている可能性はありそうだと感じる。

「今はああでも、昔は仲が良かったこともあるんですよ。アエルとは幼馴染みでしたから」

「それじゃあ付き合いは長いんですね」

「ええ。でも、いつの頃からか、あんないけすかない女になってしまって。それからはずっとあんな調子です」

「やっぱり何か原因があるんじゃ…………」

「だったら向こうが不満に感じていることをはっきり言えばいいんです。それも言わずに遠まわしの罵りしかできないやつは卑怯者です。それよりも、もうこの話題は止めましょう。今は時間の遅れを取り戻す意味でも買い物に専念するべきです」

 ミズキにそう言われては、ユーティアもこれ以上は詮索することはできない。

「それとユーティアさん。あなたは外の店へケーキを買いに行ってください」

「ここでまとめて買うんじゃないのですか?」

「ケーキくらいは専門の店で好きなものを選んでくれていいです。一応、あなたの歓迎会でもあるわけですから。それに手分けして買い物にあたれば、時間の短縮にもなるはずです」

「わかりました」

「ここを出て西の大通りを進んだ途中に、フィーユというケーキショップがあります。私はチョコレート系のものでお願いします。支払いは駅にツケておいてもらって結構ですので。こちらも買い物が済み次第、そちらへ迎えにあがります」

 ミズキの淡々とした指示を受けた後、ユーティアは彼女と別れ、指定のケーキショップへと向かった。

 西の大通りを進んでいくと、フィーユという店はすぐに見つかる。木の葉の形をした大きな看板が目立っていたから。

 ユーティアは店の中に入ると早速ケーキを物色した。品数もそれなりにある上に、どれも美味しそうにみえるから目移りする。ミズキはチョコレート系とのことなので迷うことはないが、マリーツィアはどんなケーキが好みだろうかと考えてしまう。

 結局あれこれ悩んだ末、ユーティアはフルーツがたっぷり乗ったものを、マリーツィアにはチーズケーキを選ぶ事にする。そして、支払いを駅の方にツケてもらい店を出たとき、ばったりある人物と出くわした。

「……あ」

「…ぁ」

 目があってしまいお互いに声が重なる。出会ったのは先程の双子姉妹の片割れだった。

 控えめな雰囲気から察するに妹のルミエのほうだろう。

 偶然出くわしただけだが、目の前の少女は蛇に睨まれたカエルのように固まっていた。

「えっと、たしかルミエさん……ですよね? あなたもここにケーキを買いに?」

 気まずい空気をどうにかしようと、ユーティアは明るい調子で訊ねる。

 ルミエはコクンとだけ頷き、かすれるような声で何事かを呟いた。

「ん? 何か言いましたか?」

 よく聞き取れなかったユーティアはルミエに顔を近づけた。すると彼女は怯えたように後ろへ下がろうとする。

「あ、ごめんなさい。別に驚かせるつもりは……」

 ユーティアが謝ると、ルミエの方がふるふると首を横に振る。

 そして今度は彼女の方から歩み寄り、ささやくように言った。

「わたしの方こそごめんなさぃ」

 か細いが愛らしい声だった。

「いえいえー。私は気にしてないので」

 ユーティアがにこやかにそう答えると、ルミエはホッとしたような表情を見せる。

「それにしても、ルミエさんの声ってはじめて聞きました。さっきはずっとお姉さんの方が喋っておられたし」

「……ごめんなさい。わたし、声が小さくて」

「謝るようなことじゃないですよ。こうやって近くにいればちゃんと聞こえますし、可愛らしい素敵なお声だと思いますよ」

「え……」

 ルミエは少し頬を赤らめた。そして。

「そんなこと言われたのは初めてです。ありがとうございます」

「どういたしまして」

 ユーティアが微笑むと、ルミエの頬は更に赤くなる。

「ぁ、それより、さっきはわたしの姉さんも失礼なことばかり言って申し訳ありませんでした」

「私は気にしてませんよ。それにミズキ先輩も少し言いすぎだと思うので、これはお互い様ということで」

「でも、ミズキちゃんは悪くなぃんです。いちばん悪いのはすべてわたしだから」

「そんなことないと思いますよ。今もこうやって謝ってくださっているじゃないですか」

 ユーティアは言うが、ルミエは首を横に振る。

「…………そうじゃないんです。姉さんとミズキちゃんの仲が悪くなったのは、わたしの不甲斐なさが原因なので」

「え?」

「昔は姉さんもミズキちゃんも仲が良かったんです」

 それは先程ミズキから聞いていたことと一致する。幼馴染であったそうだから。

「でも、わたしが人形だからミズキちゃんを怒らせちゃって…………」

「ごめんなさい。ちょっとわかりにくいのですが、人形ってどういう意味なんですか? ルミエさんは人間でしょう?」

 今の時代、最先端のアンドロイド技術は発展しているが、目の前の少女がそうみえるかというとそれは違うと思う。

「あ、はぃ、一応は人間です。でも、うまく自分の感情を伝えたりできないから、物言わぬ人形みたいだって言われて」

「…………………」

「わたしも自分でそう思います。言いたい事があっても、何も言えずに隠れているんですから。それがミズキちゃんをはじめ、色々な人たちに不快感や不信感を与えてしまっているんです。でも、姉さんはそんなわたしを庇って、過剰なまでに相手に突っかかってしまうしで」

「そうだったんですか」

「周りの人がわたしのことを人形と評するのは仕方のない事実です。だからこそ姉さんにも、相手に突っかからないように言っているのですが、わたしの伝え方が悪いのか聞き入れてもらえていないし」

 ルミエは悲しそうに顔を伏せた。そして、やがてには目を潤ませる。

「本当にわたしは駄目な子です。皆には仲良くして欲しいのに、わたしがそれを妨げているんですから」

「ルミエさん。あまり自分を責めないで……」

「そう言われても、すべての原因はわたしの不甲斐なさが招いたことなんですよ?」

「元の原因はどうであれ、全てあなたが悪い訳じゃないと思います。ルミエさんにひとつだけ非があるとすれば、それはあなたが人形と言われることを受け入れてしまっていることじゃないでしょうか」

「でも、それは事実だし」

「私は違うと思いますよ。ルミエさんは人形なんかじゃありません。証拠だってありますよ」

「証拠?」

 きょとんと問い返すルミエに対し、ユーティアは優しい笑顔を向けながら答える。

「いま、こうやって色々と話しかけてくれているじゃないですか。物言わぬ人形さんにはできないことです。私にはルミエさんが伝えたいこと、わかるつもりですよ」

「ユーティアさん……」

 ルミエの瞳から涙が溢れ出す。我慢できず止められなかった。

 ユーティアはケーキの箱を地面に置くと、少女の涙を隠してあげるべく、そっと胸元へと抱き寄せた。

 人の往来のある場所だが、恥ずかしさは気にしないようにする。今は無理に涙を拭くよりも、落ち着くまで泣かせてあげようと思った。

 こうしてしばらく経った後、ルミエが口を開く。

「不思議です。ユーティアさんとは出会って間もないというのに、どうしてわたしはこんなに甘えているのでしょう」

「多分、私がルミエさんにとって話しやすい雰囲気の人だったからじゃないでしょうか?」

「…………あ」

「私がこんなことを言うのも偉そうですが、周りの皆さんは、あなたの言葉を聞いてくれる雰囲気じゃなかったのかも」

 ユーティアはスーパーに入る前の騒ぎを思い出す。

 そこでの口論では、ミズキもルミエに対して嫌悪感をむき出しにしていた。

 けれど、あからさまにあのような態度を向けられたのでは、彼女のような性格の者には自分の言いたい事も切り出しにくいだろう。

「……そうですね。たしかにそういうのはあるのかも」

 ルミエは小さくだけ頷いた。

「でも、そうだとしたらわたしはこれからどうすればいいのでしょう?」

「気持ちを伝える努力を諦めずに続けていくのがいいと思います。もし、おひとりでうまくいかないのであれば、私も力を貸しますし」

「本当ですか?」

「ええ。それに私だって、皆さんには仲良くして欲しいですから」

 それはユーティアにとっても偽らざる気持ちだ。

 せっかくの新しい生活の中、気まずいような環境には身を置きたく無い。

 そんな事を思ったとき。背後から刺のある声がかけられた。

「そこの喪服駅員。あたしの妹になに近づいてんのよ?」

 振り向くと、そこにはルミエの姉のアルエが立っていた。彼女はユーティアたちの様子を見るなり顔を強張らせる。

「ちょっとアンタ! 妹を泣かせたの?」

「あ、これはその……」

 ユーティアは弁明しようとするが、アルエは問答無用と言った顔だ。

 だが、そんな二人の間にルミエが割って入り、姉に向かって叫ぶ。

「姉さん、止めて! ユーティアさんは理解者なの。わたし、それが嬉しくて泣いてしまっただけなの」

 その言葉の内容よりも、ルミエが大きな声を張り上げたことにアルエは驚く。

「もし、彼女に何かしたり、悪く言うようなことをしたら、わたしは姉さんのことを嫌いになっちゃうんだから」

「ルミエ……」

 妹のただならぬ勢いに押され、アルエは言葉を失う。そして目線をユーティアに向ける。

「とりあえず、そういうことなんです」

 ユーティアは苦笑しながら言う。

 アルエは今ひとつ納得しきれていない顔であったが、とりあえず緊張だけは解く。そして妹の頭を撫でた。

「何があったかはよくわからないけど、ルミエがここまで自分の意思をはっきり述べたのは久しぶりね」

「…………そうかも」

「あとで何があったのかちゃんと教えてくれる?」

「うん。というか、姉さんには聞いて欲しい」

 今の姉妹のやりとりをみて、ユーティアは少し微笑ましく感じた。

 あの雰囲気ならきっと、ルミエも自分の言いたいことを伝えられると思う。

「ルミエちゃん、良かったですね」

「はい。こうやって姉さんと話ができるきっかけができたのもユーティアさんのおかげです」

「少しでもお役に立てたのなら、私も幸いというものです」

 ユーティアは微笑んだ。

「さ、ルミエ。ケーキもまだ買ってないようだし、あたしたちはそろそろ行こう。向こうの彼女の方にもお迎えがきているようだしね」

 アルエがある方向を指さしながら言う。目線をむけると、少し離れた位置にミズキが立っているのがみえた。今来たというより、まるでさっきから様子を見守っていたという感じだ。

「ユーティアだったっけ? アンタも早くお帰りなさい。でないとあの口やかましい先輩にネチネチと言われるわよ」

 アルエの言葉は相変わらず乱暴だったが、刺々しい雰囲気は消えていた。

 ユーティアは苦笑しながら頷き、ケーキの箱を拾う。そして、二人に丁寧なお別れを言ってからミズキの元へと走った。

「すみません。ミズキ先輩。いつからそこに?」

「あなたがルミエを抱き寄せたあたりからです」

 ミズキはしれっと言う。

「お声をかけてくれれば良かったのに」

「いきなりあのような場面に出くわしては声もかけにくいです。恥ずかしいし」

「ごめんなさい。ちょっと色々あったものでして」

「理由もなく、街の往来であんなことをしていたら只の変質者です。とりあえずケーキは買っているようですし、駅に帰りましょう。その途中で何があったのか聞かせてもらいます」

 ユーティアは頷くと、ミズキが両手に持っている荷物のいくつかを受け取る。

 こうして、帰り道を歩きながらユーティアは先程あったことを話す。

 ミズキは途中で余計な突っ込みをいれることもなく、内容が一段落するまで無言で聞いていた。

「…………とまあ、ルミエちゃんの気持ちとしてはそんなところだったんです」

 ユーティアがそう言って話を締めくくると、ミズキの方はフムと頷いた。

「つまりは私も悪い。ユーティアさんはそう仰りたいのですね」

 冷たく淡々と言われる。下手に感情がこもっていないだけに、ミズキが何を考えているのかわかりにくい。

 けれど、ユーティアはそれに臆することなく正直に頷いた。

「ミズキ先輩は少しとっつき辛いイメージがありますから、気の弱い子では話かけにくいと思います」

「そう言われても、私はウジウジした奴が嫌いなんです。それに私のこの性格は昔からのものですからね。簡単になおせるようなものではありません」

「でも、それならばルミエちゃんの性格だって大目にみてあげても良いのでは?」

「それは……」

 ミズキは口ごもった。そんな彼女をユーティアは初めて見る。

「私、ミズキ先輩の厳しい性格も悪くないとは思います。先輩のそういうところは、働いている人間ならではのプロ意識みたいなものがあってちょっと素敵ですから。でも、普段はもう少し親しみやすいほうが素敵だと思います」

「そんな遠まわしな言い方はせずに、容赦なく批難だけしたらどうですか?」

「私はミズキ先輩を批難したい訳じゃありませんよ。そんな資格ありませんから。だって私、先輩のことをまだまだ知らないんです。わかりきってもいないのに、容赦ない批難はできません」

「中途半端に良い子ぶってますね」

「そんなつもりは……」

「どうせ気難しい嫌味な先輩と思っているのでしょ?」

 ミズキはユーティアを睨んだ。

「…………どうしてそんな悲しいことを言うのですか。確かに気難しいとは思いますが、嫌味だなんて思ったことはありません」

 ユーティアは真っ向からミズキの視線を見つめ返して言う。

 どうすれば彼女は理解してくれるだろう。頭の中はそれを考えるので必死だった。

 けれど、その考えがまとまるまでは正攻法で訴えるしかない。それもまたユーティアの偽りのない気持ちなのだから。

「ミズキ先輩。私はあなたのことをもっと理解したいです。それと同時に私のことも理解してほしいです」

 少しでも歩み寄りたいという願い。ユーティアはそれをまっすぐにぶつけた。

「ルミエちゃんだって同じ気持ちな筈です。確かに彼女の場合、自分で壁をつくっちゃっていた所もありますが、今は私の言葉で頑張ってくれようともしています!」

 思いつくままに言葉を紡ぐユーティアだが、ミズキはそれを片手で制し、深い溜め息をついた。

「もうこれ以上は言わなくてもいいです。…………あなたは本当にバカ正直というか、まっすぐすぎますね」

 苦笑まじりに言われる。

「ちょっと良い子ぶってるところが鼻につきますが、ウジウジとしていない分だけマシといったところでしょうか」

「うぅぅ」

「でも、あなたの言う事も一理あるのは認めましょう。ルミエが大声張り上げて、自らの意思を述べていたのは私も聞きましたから。なので今回は私の方が折れておいてあげます」

「え?」

 最後の一言はあまりにもサラっと言われたので、ユーティアは間の抜けた返事をかえしてしまう。

「「え?」じゃありません。一度でちゃんと理解してください。今回は私が折れると言ったのです。つまりは、私があなたの考えに歩みよってやるということです」

 その言葉の意味を理解するにつれて、ユーティアの顔に歓喜の表情が浮かぶ。そして嬉しさのあまり、思わず叫んでしまった。

「ありがとうございます。ミズキ先輩! やっぱり先輩は素敵な人ですっ!」

「ちょ、ちょっとユーティアさん。こんな街の往来で叫ばないでください。恥ずかしいじゃないですか」

 ミズキが顔を真っ赤にして言った。その表情は年相応の少女のものだった。

「えへ。ごめんなさい」

「まったくもう。仮にも私より年は上なんですから、あまり恥ずかしい振る舞いはしないでください。それと……私の呼び方ですが、先輩とまではもうつけなくてもいいです。普通に名前だけで構いません」

「いいんですか?」

「ええ。そのほうが親しみやすいと思いましたから」

 ユーティアは更に嬉しくなった。ミズキがまたひとつ歩み寄ってくれたことに。

 これは彼女の方も関係を悪くしたくないという意思の表れのように思える。

「けれど、少しくらいは敬意を払ってくださいよ」

 ぶっきらぼうに告げるミズキに、ユーティアは元気良く敬礼した。

「了解であります。ミズキちゃん!」

「それ全然、敬意を払ってませんっ!」

 ずっこけたミズキの叫びが釣り鐘の街にこだました。

 

 すれ違う人々が二人のやりとりをチラリチラリと見ていく。最初は喧嘩でもしているのかと思っていたが、どうやら違うようだと皆が納得する。

 うまく噛み合っているかは別として、二人からは険悪なムードまでは漂ってこなかったから。