それは宇宙の物語。

そして、“駅”の物語。

 

 

 

 

infinity Bell

 

 

 

The mankind has arrived at the universe, but even now, I dream of the world of a god.

(人類は宇宙に到着しましたが、今でも、私は神の世界を夢見ます)

 

 

 

 

STORY T

「分岐点」

 

 

 

 人類が宇宙という場所に旅立ってから、かなりの時が流れ去った。

 人間という生き物がひとつの星にのみ生きていた時代は、もはや伝説の彼方といってもいい。今、人類は数多の星々を支配し、そのなかで興亡を繰り返し、歴史を紡いでゆく。

 技術は常に進歩し、様々な未知の領域は解明されていく。

 けれど、人が生きていく上での根本的な生活は大昔からそれほど変わることはない。

 生きるためには食べ、働き、遊び、眠る。そして恋をし、子を産み育て、次の時代への希望を繋ぐ。

 そんな小さな日々の生活を元に、人の生は成り立っている。

 そして、そういった基本を踏まえた中で、個々の人々の生き様がそれぞれに存在する…………

 

 

 

 

 

 その宇宙の中には、無限連鎖たるメビウスの輪を思わせる、ふたつに交わったリングがあった。

 遠くからみるそれは、大宇宙が生んだ神秘的な輪のようにもみえるが、実際は自然によって生み出されたものではなく人の手によって造られたものだ。

 その、人によって造り出された輪の名前は“インフィニティ・ベル”。

 ラグワール星域に存在する衛星軌道ステーションのひとつだ。このステーションを中継地とし、人々は別の星域に移動したり、ラグワールの各星々に行き来したりする。

 このステーションは、無限を思わせるふたつのリングが交わった形をしているが、そのリングが交わる中央部分に釣り鐘(ベル)のような形をした区画があることから、“インフィニティ・ベル”という名前がついた。

 釣り鐘の中央区画はベルの街と呼ばれ、このステーションで生活する人間達の拠点となっている。

 そして、ふたつのリングはアルファリングとベータリングとに別れ、アルファリングのほうは外部星域や短距離惑星間連絡便の行き交う活発な区画であるが、ベータリングのほうはそれほど人の訪れる事のない閑散とした場所になっていた。

 かといって、ベータリングに何もないかというとそうでもない。目立つ部分では、そこにもひとつだけ大きな“駅”があるからだ。

 駅の名前はリリエル。魂の終着点とも呼ばれる霊星クリエと“インフィニティ・ベル”を結ぶ唯一の連絡便を運行するクリエ惑星間鉄道の駅。

 霊星クリエは信心深い人にとって聖域とされる場所で、そういった人達は己が死んだ後、その聖域で眠る事を望む。それ故にクリエには特別な墓所が多く、惑星全体が大きな霊園ともいえるような星であった。そして、クリエ惑星間鉄道はそこに送られる亡くなった人々や、巡礼に訪れる一団などを輸送することを主だった仕事としている。

 このように乗客が限られる分、“インフィニティ・ベル”のリリエル駅周辺に大勢の人が訪れるようなことは、特別な日を除けば少なかった。

 それでも駅は、毎日の業務を行っている。普段でもごく少数の利用相手はいるから。

 そして、駅周辺の清掃や治安管理も駅員の仕事だった。

 

 

「不審人物?」

 リリエル駅の駅長マリーツィア・エメルは、駅員ミズキ・コダマの報告にきょとんとした表情でこたえた。

「そうです。不審人物です。ここ数日ほど、駅外の広場にずっと居座っているんです」

 そう告げる駅員のミズキは、黒髪を肩辺りで切り揃えたまだ十代半ばくらいの少女だった。背丈はそれほど高い方ではない。それに対し、駅長マリーツィアのほうもミズキほどではないにせよ若い女性だった。こちらは背が高く、柔らかなプラチナシルバーの髪を腰あたりまで伸ばしている。

「駅長。いかがしましょう? 鉄道警備隊に連絡を取りますか!」

 駅長の執務机に身を乗り出さんばかりの勢いでミズキが言う。職務熱心な性格なのか表情は真剣で硬い。

 だが、そんな彼女の勢いをさらっと受け流すように、マリーツィアは柔和な笑みでこたえる。

「まだそこまでしなくてもいいんじゃないかしら。別にその人は悪い事をしている訳ではないのでしょ? 広場にいるっていうだけで」

「それはそうですが、悪いことが起きてしまってからでは遅いのですよ」

「ミズキちゃんから見て、その人は悪いことをしそうな雰囲気なの? そもそもその人がどういった感じの人なのか、もう少し詳しく教えてくれないと、わたしも判断の材料に欠けるわ」

「…………失礼しました。確かに言葉が足りませんでした」

 駅長の指摘を受けたミズキは素直に自分のミスを認めた。駅長室に入るなり、ただ「外に不審人物がいる」としか告げていなかったからだ。

「不審人物は年齢にして二十歳前くらいの女性です。私の知る限り、もう五日ほど前から駅外の展望広場のベンチに、日中は居座ったままです。けれど昨夜に至っては夜間もその場に居続けたようで、今朝はベンチで寝起きしている姿を目撃しました」

 宇宙の中とはいえ、ステーション内は人工的に昼夜をつくり出し、それで地上とかわらない時間の流れが保たれている。

「なるほど。そう言われると確かに気にはなるわね。でも、不審人物だなんて言い方はどうなのかしら。あまり良い響きに思えないわ」

「駅長! 何を甘い事いってるんですか。どう考えたって怪しいです。年頃の女性がステーション内とはいえ野宿なんですよ。日中もフラフラとあんな場所に居座ったままだし、不良なのかもしれません。そんなやつを放置しておいたら何が起こるかわかりませんよ」

「ミズキちゃん。それは例えが極端すぎるわ」

「そんなことありません。もしかしたら、そのうち変な不良仲間がゾロゾロと押し寄せてきて、あそこで集会を開くかもしれません。そんなことになったら駅周辺の治安は乱れてしまいます」

 あくまでミズキは不審人物という部分を譲る気はないらしい。

「その女性は、見た目からして危なそうな感じなの?」

 マリーツィアはあくまで穏やかな表情を崩さずに訊ねた。

「いえ。見た目はごく普通の一般人って雰囲気ですね。荷物の多さから察するに旅行者だとは思います」

「なら、やはり不良とかいうのは失礼じゃないかしら?」

「ですが、一般人の若い娘が野宿なんて! そんな恥知らずなことができるのはロクなやつじゃありません」

「何か深い事情があるのかもしれない。そんな風には考えられないかしら」

「事情……ですか?」

「お金とか無くしてしまって泊まるところがないとか」

「それなら警察に相談を持ちかけるとかすればいいじゃないですか。むこうも子供じゃないんですから」

「だったら、お金が尽きてしまった家出人とかはどう? 家に帰りたくないから警察にも頼りにくいみたいな」

「なるほど。そういう考え方なら多少は納得です。でも、どっちにせよ然るべき場所には突き出さないと」

「そうね…………」

 マリーツィアは小さく呟いてから、椅子から腰を上げる。そして。

「どこかに通報する前に、わたしから少し声をかけてみることにするわ」

 笑顔でそう言った。

「そ、それは危険なのでは?」

 ミズキが心配そうに駅長を見る。けれどマリーツィアは緊張など感じさせない表情で穏やかに返す。

「大丈夫。意思疎通のできないような猛獣さん相手じゃなければ、なるようになるわ。それに真面目な話、駅周辺の最低限の治安管理はわたし達の仕事よ。よく調べないうちから公安当局の手を煩わせるのも問題でしょ」

 生真面目なミズキにとって、後半の一言は効果絶大だった。

「わかりました。私も駅長にお供します。そして相手が猛獣みたいな人だったら、私が駅長の盾となってお守りします!」

 相変わらず極端にズレた物言いではあるが、マリーツィアはそんな駅員のことを可愛らしく思う。

「ありがとうミズキちゃん。でも、今回はわたし一人で行くわ。二人とも出てしまっては、駅の留守を任せられる者がいなくなってしまうわ」

「うっ……」

 その指摘にミズキは唸りをあげる。このリリエル駅の駅員はマリーツィアとミズキの二人きりなのだ。

「何かあったら、すぐに公安当局を呼ぶわ。だから心配しないで」

「本当に気をつけてくださいね」

「任せておいて」

 極上の笑顔でそれだけ言ってから、マリーツィアは駅長の制帽をかぶって部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 リリエル駅の近くには大きな広場があった。広場の端には大きな展望用の特殊ガラスが張り巡らされ、そこから霊星クリエを一望できるという環境にある。

 その展望広場のベンチで、今日も一人の少女がクリエを眺めていた。天使の羽を思わせるような純白のワンピースを着、プラチナブロンドの髪を背中で大きなリボンを結ってまとめあげている。手荷物は小さなポシェットと大きな旅行用トランク。

 ぱっと見た感じ、明らかに旅行者といった姿である。

 でも、この少女はここ数日の間、一日の大半をこのベンチに座って過ごしている。そして昨夜に至っては、ここで寝泊りもしていた。

 だからといって、この少女から何らかの悲壮感が漂っているかというと、まったくそういう風にはみえない。

 瞳にはしっかりと精気ある輝きを宿し、表情も穏やか。時折、切なそうな瞳になることもあるが、それも一瞬だけのこと。

 少女はただ真っ直ぐ、彼方にあるクリエを見つめ続ける。その星を愛おしむかのように。

 霊星クリエは、鮮やかな青と緑の美しい外観をしていた。美術的な感性を持ち合わせない人間でも、その美しさにはしばし目を奪われるほどに。それでも数十分も眺めていれば、多少は飽きもするものだ。この少女のように数日も眺めていられるのは、よほどの思い入れがないと出来ないであろう。

「さて、少し食事を摂ることにしますね」

 少女は突如、そのようなことを口にした。誰かに話しかけているようには見えない。強いて言えば霊星クリエに話しかけているような感じだ。

 その言葉の後、トランクの中から食パンとピーナッツバター、そしてバナナを取り出す。

 ベンチの上にそれらのものを広げた彼女は、食パン二枚にピーナッツバターをまんべんなく塗り、そこに皮をむいたバナナをサンドしてパクリと頬張る。簡素な食事ではあったが、少女はウットリと満足そうな表情だ。

 その時である。ベンチの後ろから優しげな声がかかったのは。

「あら。朝ご飯の最中みたいね」

「ふへ?」

 パンを頬張ったまま背後を振り向くと、そこには少女の姿を覗き込む人影があった。背の高い美しい女性だ。

 その女性は、袖口に銀糸をあしらった黒を基調とした制服に白いケープを羽織り、スリットのはいった丈の長いスカートと帽子には“CRIE”という文字が刻印されていた。

「よければコーヒーなんてどうかしら?」

 制服姿の女性はにこりと微笑みながら、缶コーヒーを差し出してくる。そして「お近づきのしるしよ」とも告げた。

 少女は急いでパンを呑み込むと、コーヒーの缶を受け取った。

「すみません。ありがとうございます。あっ、よければ貴女もパンを食べますか? お近づきのしるしのお返しといっては何ですが」

 無邪気な笑みでそう返してくる少女に対し、制服姿の女性の方も可笑しそうに笑う。

「嬉しいわ。それじゃあお言葉に甘えてご馳走になろうかしら」

「どうぞどうぞ。私の隣を空けますから座ってください」

 少女はそそくさと邪魔な荷物を避け、制服姿の女性に横の席を勧めた。

「それでは遠慮なく」

「パンのほうも用意しますね。私と同じような感じのもので構いませんか?」

「ええ。それでお願いするわ」

 頷く制服姿の女性。少女は早速、自分が食べていたものと同じ、簡易のバナナサンドをつくりあげる。

「どうぞー。あまりたいした食べ物ではありませんが」

「ありがたくいただくわね」

 制服姿の女性が受け取ったバナナサンドを一口かじると、少女はその様子を見つめながら訊ねた。

「どうでしょう。お口に合いますか?」

「うん。とっても美味しいわ。ピーナッツバターとバナナの甘みが程よく口の中で溶け合って。特にこのピーナッツバターは“ラッセル”っていうメーカーさんの物ね」

「そうなんですか? そんなこと意識していませんでした」

 少女はピーナッツバターの瓶を取り出して確認すると、ラベルの部分には確かに“ラッセル”というメーカー名が書かれている。

「すごい。本当に正解だー!」

「“ラッセル”のピーナッツバターは独特のクリーミーさがあって有名なのよ」

「へ〜。それは参考になりました。私、なんにも知らずに宇宙港のコンビニで買っただけなんで」

「そうだったの。じゃあ、やっぱりあなたは旅行者の方?」

「あ。わかりますかー」

「その大きなトランクに加えて、宇宙港でお買い物をしてたなんて聞けば、簡単に想像できることよ」

「あはは。確かにそれもそうですね。私、アマリア星域のタリスっていう星から来たんです」

「アマリア星域って連邦の版図内ではあるけれど、ここからは随分と遠い場所じゃなかったかしら……」

「そうですね。連邦の宙域図では一番端っこの辺境星域ですよ。ぶっちゃけ田舎です」

 少女は卑下するような様子でもなくそう言った。

「そんな遠くから一人で来たの?」

「はい。一人ですよ」

「それはそれは…………」

「そういう貴女の方は、このステーション内の方ですか?」

 今度は少女が訊ねた。制服姿の女性はにこやかに頷く。

「ええ。そうよ。この広場の近くにクリエ惑星間鉄道のリリエルっていう駅があるのはご存知かしら。わたし、そこの駅長をしているマリーツィア・エメルっていう者なの」

 女性の名乗りに対し、少女の方は少し驚いたような顔をする。けれど次の瞬間には表情を輝かせ、感嘆の声をあげた。

「すごいですー! まだお若い感じなのに駅長さんだなんて」

「ありがとう。でも、それほど大したものじゃないわよ」

「そんなことないです。立派だと思います」

 少女は本心からそう言った。

「あ。そうだ。せっかく名乗ってもらったのですから、私も自分の名前を。私はユーティア。ユーティア・フレイユールっていいます。よろしくです、マリーツィアさん」

「こちらこそよろしくね。ユーティアちゃん」

 二人は顔を見合わせながら微笑みあった。

「それはそうとユーティアちゃんはここ最近、ずっとこの場所にいるんじゃなくて?」

 マリーツィアは何気ない調子を装って訊ねた。これが本来の目的であった筈だから。

 それに対してユーティアの方も、特に隠すつもりもないのか素直に頷く。

「はい。大体はここにいることが多いですよ」

「失礼だけど、こんなところにずっといて何か楽しいことでもあるのかしら? 旅行者の方だったら、もっと他にいくような場所はあると思うのだけど」

「……そうですね。普通はそう思われちゃっても仕方ないですよね。でも、私はこの場所がお気に入りになっちゃったもので、ついつい来ちゃうんです。もしかしてご迷惑でしたか?」

「ううん。そんなことはないけれど、わたしの所の駅員が少し気にしていたのよ。若い女の子が特に何かするような様子も無く、何日もこんな場所にいるっていうから」

 さすがに不審人物呼ばわりされていたことまでは言わない。ユーティアは多少かわった子ではあるが、不良というイメージにも程遠いものがある。

「ご迷惑じゃなかったとしても、ご心配はかけちゃったようですね。ごめんなさい」

 ユーティアは少し恥ずかしそうな顔をして謝った。最低限の良識はあるようだ。

「そんなに謝るようなことでもないわ。別に悪い事をしている訳じゃないもの」

「そう言ってもらえると助かります」

「でも、どうしてここがお気にいりなのか、少しだけ聞いてみたい気もするわ。ユーティアちゃんさえよければね」

「…………ここにいるとおじいちゃんを側に感じることができるんです」

「おじいちゃんを?」

「はい」

 ユーティアは小さく頷いてから、視線を霊星クリエがみえる方へ向ける。

「おじいちゃんは半年前に亡くなって、今はクリエで眠っているんです」

「……そうだったの」

「私、おじいちゃん子だったから、亡くなった時はものすごく泣きました。おじいちゃんがクリエに送られた時も、遠くにいってしまうようで悲しい気持ちになりましたし。でも、当時の私はまだハイスクールの学生で、こっちへ来られるような時間も長く滞在できる旅費もなくて。だから学校を卒業するまではアルバイトとかして旅費を貯めて、今回ようやくここまで来れたんです」

「頑張ったのね」

「はい。頑張りました。大好きなおじいちゃんに会いたい一心で」

 ユーティアはそこまで言ってから、「亡くなった人に会いたいなんていう私もヘンな子ですよね」と自嘲気味に付け加えた。

 けれど、マリーツィアは首を横に振り言った。

「そんなことないと思うわ。そんなに人を想える気持ちって素敵なことよ」

「私はただ甘えん坊なだけですよ」

 ユーティアは照れくさそうに頬を赤らめる。

「それもまた可愛くていいじゃない」

「からかわないでくださいよ〜」

「そんなつもりはないわよ」

 マリーツィアは苦笑しながら弁解する。それでも、ユーティアがあまりにも照れくさそうにしているので話題の方向性を変えた。

「そういえば今回の旅行では、もうクリエには降り立たれたの?」

「いえ。実を言うとまだなんです」

「やっぱりそうだったのね。クリエに行くにはうちの駅を利用しなければいけないのだけど、ここ最近の乗客ではあなたらしい姿をみなかったものだから」

「…………クリエには何度となく降りたとうとは思ったのですが、行ったら行ったでその星から離れにくくなりそうで」

「おじいさまを想うが故に?」

「ええ。私、おじいちゃんの側にずっといたいって思っている部分もありますから。でも、それじゃあ駄目ってことくらいはわかっているんですよ。いつかはおじいちゃんへの気持ちを奥に締まって、新しい自分の道も見つけないといけない訳ですし」

 ユーティアはそう言いながらも寂しそうに目を伏せた。

「新しい自分の道って、カレッジとかには進学しなかったの?」

「お恥ずかしながら、ここ半年間は気持ちが乱れちゃって、カレッジへの進学も失敗しちゃったんです」

「…………そうだったの」

「今も先のことなんて全然決まっていないので、このままではいけないとは思っています。だから今回の旅行は、私の最後のわがままみたいなものですね。気持ちの整理をつける上での」

 ユーティアはぎこちなく笑った。まるで自分を言い聞かせるように。

「本当におじいさまへの気持ちを奥に締まってしまうの?」

「そのつもりで来てますから、そうしなきゃいけないと思っています。でも、手持ちのお金の限界がくるまでは、クリエを見下ろせるここに居たいです」

「昨夜のようにこのベンチで野宿してでも?」

「…………それも知っていたんですか」

 申し訳なさそうに肩を竦めるユーティア。

「それを責めるつもりはないのよ。ユーティアちゃんの気持ちはよくわかるつもりだから。でも、夜くらいはちゃんとした宿泊施設に泊まったほうがいいんじゃないかしら」

「最初はそうしていたんですが、段々と泊まるお金が勿体なく思えちゃって。宿泊費と食費だけでも軽減できたら、少しでも長い日数ここにいられるんじゃないかなって…………」

「そこまでして、おじいさまの側に長く居たいのね」

 マリーツィアは呆れる様子でもなく、むしろ感心するかのように呟いた。

「はい。ですから、許されることなら最後のギリギリまではこの場に居させてください。駅にはご迷惑をかけないつもりですから。それにお金が無くなっても、最低限の長距離通話代くらいは確保してあります。それで実家から交通費の送金もお願いしますし」

「認めてあげたいところではあるけれど、それは無理な話よ。万が一にもあなたの身に何かあったら、見て見ぬふりをしたわたしの責任にもなってしまうのだから」

 はっきりとそう言われ、ユーティアはガックリとうなだれる。

「…………ごめんなさい。そんなことにも気づかないなんて、私どうかしてます。これじゃあ、クリエで眠るおじいちゃんにも顔向けできませんよね」

 顔をうつむけると涙が溢れ出てきそうだった。

 必死になるあまり、わがまましか押し通せないのが情けなかった。

 その時、マリーツィアがユーティアの肩をポンポンと叩いて、顔をあげさせる。

「ユーティアちゃん元気を出して。あなたが落ち込む方がおじいさまも悲しむと思うわ」

「でも……」

「わたしはあなたみたいな子、大好きよ」

「ご迷惑かけているのにですか?」

「それに気づいて反省できたのなら、許されてもいいんじゃないかしら」

 優しく告げるマリーツィアの言葉は、ユーティアの心に温かく響く。

 それほど年は違わないと思うが、やはり駅長という立場にあるだけに大人の余裕が感じられた。

「……マリーツィアさんはやっぱりすごいです。私も貴女みたいに、気持ちに余裕のある人間になれたらいいのに」

「それはかいかぶりすぎよ」

「でも、駅長になれるほどの人なんですから、相当な頑張り屋さんだと思います」

「うふふ。ありがとう。ま、わたしの場合、大切なものを常に近くに感じられたから、それを大事にしたくて頑張れたのはあるかも」

「大切なもの? それは一体なんですか」

 興味深げに訊ねるユーティア。マリーツィアは目を閉じて静かに語る。

「旅人たちの様々な想いよ。駅には色々な人が訪れるわ。そして駅は、分岐点や通過点であっても最後の目的地ではありえない。旅人を見ていると、わたしは色々なことを想像してしまうの。その人の旅はこの先どこへ繋がっていくのかしら?、って。勿論、行き着く先の結末はわからないけれど、わたしの駅を利用してくれている間は、次のレールへと大切に見送ってあげようって思うの」

「ささやかだけど、大きなものへと繋がる何かを感じますね」

「そういうふうに思ってもらえたのなら嬉しいわ」

 マリーツィアは微笑した。そして、サラリとある言葉を言った。

「ねえ、ユーティアちゃん。駅員になってみる気はない?」

「……え」

 あまりにも何気ない調子で言われだけに、ユーティアは一瞬自分の耳を疑った。そんな彼女に対し、マリーツィアは内容を補足する。

「ここ……つまりはリリエル駅で働いてみないかってことよ」

「ほ、本気で言ってるんですか?」

 ユーティアは目を丸くして驚いた。

「本気よ。勿論、簡単に決められることではないとは思うから、慌てて返事をする必要もないけれど」

「けれど、どうして私なんかを?」

「あなたも頑張り屋さんに思えたからよ。あとは、おじいさまへの気持ちを奥にしまわせるのが勿体ないのもあるわね」

「でも、それじゃあ私は甘えたままの子ですよ」

「それだけにならないようにすればいいじゃない。ユーティアちゃんのおじいさまを想う気持ち……そのまっすぐさな気持ちを自分が頑張れる力に変えればいいの。ここならばおじいさまも近くに感じられるし、たくさん頑張れるとは思わない? あなたなら素敵な駅員になれると思うのだけれど」

「…………素敵な駅員」

 ユーティアは呟き、その姿を想像してみる。

 先の進路が決まっていない彼女にとって、まさに渡りに船の申し出ではあった。それにここにいれば、マリーツィアの言う通り、大好きな祖父を近くに感じることもできる。

 多少は辛い事があったとしても、耐えられるような気がする。

 …………迷う理由はなかった。

「マリーツィアさん! 私、ここの駅員になりたいです。もし、両親を説得できたら本当に迎えてもらえますか?」

「そのときは大歓迎するわよ」

「ありがとうございます。マリーツィアさんっ!」

 ユーティアは心の底から感謝した。

 そして、こうも思った。この優しい駅長も祖父と同じくらいに好きになれそうだと。

 もしかしたら、これからもっと沢山、好きになれる人々と出会えるかもしれない。

 まだ駅員になれると決まった訳ではないが、ユーティアの頭の中は既に次なる進路への想いで一杯だった。

「マリーツィアさん。駅のこと、もっと教えてもらえますか」

「ええ。いいわよ」

 こうして二人は、またしばらくの間、語り合いを続けた。

 聖なる星が一望できるこの広場で。

 

 

 この出来事から二ヶ月先。

 クリエ惑星間鉄道リリエル駅に新しい駅員が誕生した。