エピローグ [智美]
春の季節は、もう終わりを迎えようとしていた。
桜は、とっくに咲きおえている。
「ようやく退院できたのに、もうすぐ夏だなんて嫌だなあ」
以前までは桜の咲いていた川沿いの並木道。
私は、お弁当のおにぎりを食べながらそんなことをつぶやく。
「仕方ないでしょう。一ヶ月以上も入院してたんだから」
お茶を手渡してくれながら、里美お姉ちゃんが言う。
「う〜〜〜」
たしかにお姉ちゃんの言うとおりだけど、何だかすごく勿体無い気がする。
春っていえば、暑くもなく寒くもなく、過ごすには丁度よい季節だったのに、私はその一番の時期に病院のベッドで生活していたのだ。
おまけに病院を退院したのは、ゴールデンウィークも終わってから。
だから、どこか遠くにも遊びにいけなかった。
ああ、思い返すだけでも悔しくてたまらない。
ちなみに今日は、ゴールデンウィークの埋め合わせをする意味で、里美お姉ちゃんや正彦お兄さんと遊びにきている。
ただ、遠くに遊びにきたのではなく、近所というところが残念だが…………
「智美ちゃん。それ食べ終わったら、僕と一緒にバドミントンでもしないか?」
おにぎりを頬張る私の横で、正彦お兄さんがそう提案する。
「うん。いいよ」
私は元気よくうなずいた。
「あら、正彦さん。私は誘ってくれないのですか?」
里見お姉ちゃんが少し不満そうに言う。
「里美さんは運動音痴だからね。僕が一方的に勝っちゃうよ」
「ひどいです、正彦さん。智美ばかりを相手にして。私も相手してくれないと、グレちゃいますよ」
「お姉ちゃんがグレるだなんて言っても、全然似合わないよ」
「そうかしら?」
「やっぱグレるってことは、マスクして木刀もって暴れるのかな。スケバンみたいに。僕もそんな里見さんは想像できない」
正彦さんの言う突拍子もないイメージに私は思わず吹き出した。
マスクに木刀って一体いつの時代のスケバンなんだろう。そんなの私が生まれる前の古いドラマの再放送か漫画とかでしかみたことないよ。
里見お姉ちゃんも私の思ったことと同じ感想だったらしく、正彦さんに突っ込みをいれていた。
ま、なんにしても幸せな時間。こんなにも他愛のないことで笑いあえるのだから。
以前までのギスギスしていた自分が、バカらしく思えてきちゃう。
里美お姉ちゃんと正彦お兄さんは、近いうちに結婚することになった。私の叔父さんたちとも挨拶して、正式に婚約もしたしね。
二人が結婚した後、私も正彦お兄さんたちと暮らすのも決定済み。
全ては丸く収まった。
でも、このきっかけをくれたのは菜穂お姉さんのおかげだ。
彼女が私たち姉妹のお話を聞いてくれたからこそ、心の整理だってつけていけたのだから。
私は、自分の心にのこる天使さんに何度もお礼を告げる。
言葉は届かなくても、祈りは届く。そう信じたい。
この桜のならぶ並木道で初めて出会い、夕陽の落ちる川面を見つめて語り合った天使のお姉さん。
今は、どうしてるのかな?
あの人のことだから、いつも元気にしていそうだけど。
でも、どうせならずっとここにいて欲しかったなあ。
それが私の本音。
けれど、それは叶わないこと。
だったら。
もう一度、会えることを楽しみにするしかないか…………
いつかまた巡りあえる時もある。
また春の桜の中で、天使の羽を見るかも知れない。
それまでは、しばらく夢を見よう。
彼女にもらった、小さなクマを友にして。
柔らかな白い羽は、春の風にのって、また流れてくるかもしれないのだから。
〈了〉
【あとがき】
「白い羽」シリーズ第二弾にして春編、「白い羽は春風にのって」をお届けします。
なにかと忙しかったこともあり、更新が予定より二週間ほど遅れてしまったのですが、なんとかギリギリ春という季節には更新できたかな〜とは思いたいです。
今回も菜穂は、新たに出会った街の人々のちょっとした悩みのために奔走しております。
でも、前の冬編でもそうでしたが、菜穂は天使(自称)とはいえ大きな力をもっている訳ではありません。
彼女にできることは悩みを解決するきっかけを与えるだけで、実際に解決の一歩を踏み出すのは悩みをもったゲストキャラたち。
まあ人の抱える色々な悩みは、最終的にはその悩みをもった当人達でしか解決できませんしね。
かといって、きっかけもないのではどんどんとすれ違い溝も深くなる。だから菜穂みたいに純粋な癒しになれる存在がいたらいいな〜と思って書いております。
ちなみに癒しといえば、今回もみいたん様にステキなイラストを描いて頂けて、執筆している私には大きな癒しとなりましたw
次の「白い羽」シリーズ第三弾の夏編は「夏に煌く白い羽」。こちらも頑張って夏といえる季節には更新できるようにしたいものです。