第三章  赤い色  [智美]

 

 

 夕暮れの桜は、夕陽に染まって赤く見えた。

 昨晩に見た桜とは、また違った雰囲気。

 どんな時間でもそれなりに綺麗に見えるのは、桜という花ならではの特権のように思えるが、桜の咲いている期間は長くない。

 なんだか可哀想な気もするけれど、それがどんな花にも負けない美しさを持ったゆえの代償か。

 ……………なんてね。

 一人でぼんやりとしていると、ついそんなことを考えてしまう。

 更に言えば、いま私が桜に抱いた感想も学校にいる担任の先生の受け売り。先生はちょっぴり詩人さんなのだそうだ。

 ま、それはそれとして。

「菜穂お姉さん来てくれるかな」

 私は桜の木に寄りかかりながら、ぼんやりとつぶやく。

 菜穂お姉さんは、昨晩この場所で出会った不思議な天使さん。

 今日もこの場所で会うことを約束して、私はここへとやって来た。

 けれど。

 約束を交わした時刻は、少し過ぎ去っているんだよね。

 現在の時間は午後四時十分。

 まだ、十分程度の遅れだから気にするのもどうかとは思う。それでも、待ち遠しくてうずうずしてしまうのは、いかに私が彼女との出会いを楽しみにしているかという証拠。

 昨夜と比べて、今のこの時間は人の流れも多い。

 私は通りすぎる人をひとりひとり確認しては、それが菜穂お姉さんでないことに少し落ち込む。

 ひょっとして、昨晩見た彼女は幻だったのかな?

 ついそんなことも考えてしまう。

「…………だって、天使だもんね」

 冷静に考えれば非現実このうえない存在だ。妄想好きの私が、夢を見ていたという可能性もある。

 しかし。

「智美ちゃん、み〜つけた」

 いきなり呼びかけてきたその声によって、私の不安は瞬時にして消え去った。

「菜穂お姉さん!」

 彼女は私の後ろから現れて、ハアハアと肩で息をしている。

「遅れちゃってごめんね。人もたくさんいたから、智美ちゃんをさがすのも苦労しちゃって」

「いいよ。いいよ。本当に来てくれただけでも、嬉しいんだから」

「交わした約束はちゃんと守るよ」

 菜穂お姉さんの、言葉が嬉しかった。

「それにしても、走ってきたの?」

「うん。急いで走ってきたよ」

「空を飛んだら、速いとかはないの?」

「たしかに速いだろうけど、今の時間だと目立っちゃうよ」

「あ。そうか。でも、他には便利の良さそうな力ってないの?」

 天使だけに、たくさん不思議な力をもっていてもいいように思える。

 けれど、菜穂お姉さんの返事は。

「特に便利なものってないよぉ。手から光線がでるわけでもないし」

 なんだか突拍子もない受け答えだった。

「手から光線が出ると何か便利なの?」

「悪い怪獣をやっつけられるよ」

 …………やはり菜穂お姉さんって、どこか変わっているよね。さすがは天使というべきか。

 でも、そこが面白いところかもしれないけど。

「それはそうと、これからどうするの?」

 菜穂お姉さんの問いに、私は「あっ」となる。

 そういえば、会ってからどうするかなんて考えてもいなかった。単純に会えるということだけが嬉しくて、そこより先の細かいことをすっかり忘れているなんて…………はぁ、情けないな。

「ひょっとしてあまり考えてはいなかった?」

「う、うん」

 私は小さくうなずいた。誘った自分がこんな有様では、ちょっと呆れられちゃったかな。

 でも、菜穂お姉さんは特に気にした様子もなく、こう言ってくれた。

「だったら少し歩こうよ。この街ってまだまだ知らない所が多いから、智美ちゃんが案内してくれると嬉しいな」

「別にいいけど。あんまり面白いところなんて知らないよ」

「わたしは、智美ちゃんとおしゃべりしながら歩ければそれでもいいし」

 そう言ってもらえると、少しは気が楽になる。

「じゃあ、近くを散歩するね」

「うん」

 こうして、私と菜穂お姉さんは歩き出した。

 桜並木のこの道を、二人して並んで歩く。

 途中、色々な人ともすれ違うけど、そういう人たちには私たちはどう見えるのだろう? 

 姉妹っぽく見えるのかな?

 それなら嬉しいんだけどな〜。

 里美お姉ちゃんより、菜穂お姉さんの方がよっぽどいいもの。

 第一、里美お姉ちゃんは仕事とあの男のことで手一杯。私なんかに構ってくれる余裕も無い。このように一緒に、お散歩だってしてくれない…………

「智美ちゃん。難しい顔をしているけど何か考え事?」

 菜穂お姉さんが、ふいの問いかけてくる。何も喋らずに歩いていたのだから無理もない。

 私はすぐに答えられず、菜穂お姉さんはクスクスと笑う。

「図星だ」

「うう」

 思わず情けない顔になる。

「何を考えていたかもあててあげようか。姉の里美さんのことでしょう」

 言葉に詰まる。あまりにもピタリと当たるから。

「これも図星みたいだね」

 あくまでも穏やかに笑う菜穂お姉さん。

 私は少し憮然とするものの、そんな彼女を憎めなかった。

「菜穂お姉さんって、人の心を読み取れる力があるんじゃないの?」

「そんなのないよ」

「だったら、どうしてピタリと当たるの?」

「ううん、そうだねえ。智美ちゃん、昨夜もそんな顔で悩んでいたからかな」

「昨夜?」

「ほら、お姉さんが迎えにきたとき、智美ちゃん帰りたくないって言ったでしょう。その時の表情に似てるんだよ」

 しばらく何も言えなかった。

「智美ちゃんが里美さんのことを気にしてるっていうのは何となくわかるよ」

 菜穂お姉さんの言葉に、私は唇を噛む。

「私、お姉ちゃんのことなんてどうとも思ってないよ…………」 

「ホントに?」

「考えてないったら、考えてないの。しつこいと怒るよ」

 私は駄々っ子のように叫んだ。

 何か嫌だなあ。これじゃあまるで、小学校低学年の子供みたい。

「ごめんごめん。だけど、もう少しは素直になった方がいいよ」

「私は素直だもん。…………大人なんだから」

 憮然とした顔でそれだけは言う。しかし、それ以上は何も言わない。

 釈然とはしないけど、これ以上むしりかえすのは自分で墓穴を掘るようなものだ。

 それよりも。冷静になってみて、ふと思ったことがある。

「そういえば菜穂お姉さん。どうして里美お姉ちゃんの名前知ってるの?」

 彼女には、お姉ちゃんの名前を教えていなかったはずだ。

「あ。今日の昼間、街で偶然に会ったんだよ」

「街で?」

「うん。街を歩いていたらクマさんの人形を売っているお店をみかけてね、そこを覗いていたら、里美さんに声をかけられたの」

「そうなんだ」

 …………里美お姉ちゃんに会ったんだ。

 私は、小さくうつむいた。

「里見さんとは色々お話もしたよ。いいお姉さんじゃない」

「そうかな…………」

 うまく言葉が続かない。

 何を話したのか、気になるはずなのに。

「夕陽、綺麗だね」

 菜穂お姉さんが、急に話題の方向性をかえた。

「え?」

 私は顔をあげた。

 菜穂お姉さんは歩みを止めて、目の前の川を見つめている。

 川には真っ赤な夕陽が映っており、キラキラと煌く川面は少し眩しいぐらいだ。

 風が吹く。

 菜穂お姉さんは、両手を広げて大きく息を吸う。

「春の匂いをはらんだ、優しい風だね」

 息を吐き出しながら、そんなことを言う彼女。

 目の前には、散った桜の花びらが横切り、それはやがて川へと流れ落ちる。

「座ろう。智美ちゃん」

 言うが早いか、菜穂お姉さんは川のほとりに腰を下ろす。

 私も、とりあえずはそれに従った。

 そして。

「智美ちゃん。これあげる」

 菜穂お姉さんから、すっと何かが差し出される。

「…………これは?」

「遅れ馳せながら誕生日のプレゼント。下手くそだけど、手作りのクマさんだよ。もらってくれる?」

 私は彼女から渡されたクマを手にとった。

 たしかこれは、お姉ちゃんの店でも飾られているものだ。

「お姉ちゃんの店で買ったの?」

「買ったというより、貰ったことになるのかな。それに手作りとはいっても、ほとんどの部分は里美さんが作ってて、私は彼女の言うとおりに縫っただけだから」

 私はクマの人形を手に持ったまま、難しい表情をしていた。

 菜穂お姉さんの気持ちは嬉しいけど、このプレゼントは素直に喜べなかった。

「あまり喜んでくれないんだね。智美ちゃん」

「…………そんなことはないけど」

「だったらもっと嬉しそうな顔をしてほしいな。そのクマさんには、わたしと里美さんの想いがたっぷり詰まっているんだから」

「菜穂お姉さんだけじゃなくて、里美お姉ちゃんの想いも?」

「そうだよ」

 何だか複雑だった。言葉通りなら少しは喜びたい気持ちもあるけど。

 菜穂お姉さんは、私の顔をそっと覗きこんでニコリと笑った。

「里美さんも智美ちゃんも、姉妹だけあって似てるよね」

「そんなことないもん」

 思わず言葉に険がこもる。

「いきなり否定することないと思うな」

「…………だったら、どこが似てるっていうの?」

「お互いを思いやるところかな」

「そんな!」

 それは絶対に違う。

 里美お姉ちゃんは、あの男のことばかり気にして、私のことなんて思いやってもいない。そして、私だって里美お姉ちゃんに愛想をつかしかけている。

「違うのかな?」

「絶対に違うよ。菜穂お姉さんは、私たち姉妹のことをよく知らないから、そんなこと言えるんだよ」

「本当にそうかな〜。わたしから見れば、智美ちゃんは里美さんの事を気にしているし、里美さんだって智美ちゃんのことを気にしている。思いやるっていう言葉は適切じゃなかったとしても、お互いに意識しあっているのは間違いないでしょ」

「………………」

 お互いに意識しあっている。なるほど。菜穂お姉さんの目からみたら、そういうものなんだね。

 私も里見お姉ちゃんに愛想をつかしかけてはいるけど、これも裏をかえせば意識しているということなのかな。

 考えれば考えるほど、わからなくなってきた。そこへ菜穂お姉さんが更に言葉をかけてくる。

「智美ちゃんは里見さんのこと好き? それとも嫌い? まずは素直な気持ちで思ったことを答えてみて」

 なんてストレートな問いかけ。

「…………わかんない。今のお姉ちゃんは苦手だけど、ずっと前は嫌いだった訳じゃないよ。とても仲良かったし」

 今の私に言えるはこれが精一杯。

 菜穂お姉さんも静かに頷いてくれる。

「そっか〜。ま、ずっと前に仲が良かったのなら、また仲直りできるチャンスもあるよ。それは幸せな家族であった証拠でもあるし、そういうものの大切さは簡単に捨てきれるものじゃないもの」

 家族。

 その言葉に、一瞬ではあるが胸が詰まる。

 死んでしまった両親。そして、もう一人のお姉ちゃん。

 川面に染まる夕焼けの赤が、血の赤に見えてくる。

 交通事故の生々しい記憶が脳裏をよぎった。生き残った私と里美お姉ちゃん。他の家族は、真っ赤な血に染まって動かない。

 涙が溢れてきた。もう、忘れたと思っていた光景なのに。

「ごめん。嫌なことを思い出させちゃった?」

 菜穂お姉さんの優しい声が、心をふんわりと包み込む。

 けれど私は、涙を見られるのが恥ずかしくて少し強がる。

「大丈夫。気にしないで。私、もう大人なんだし」

「あのね、智美ちゃん。無理して大人ぶる必要なんてないんだよ」

 菜穂お姉さんは静かに諭すように言った。あまりに真面目に言われたものだから、私も思わず強く反応してしまう。

「どうして?!

「だって、智美ちゃん。本当は子供だもの」

 私は唇を噛んでうつむいた。

 反論したかった。でも、できなかった。

 やはりそれが事実であることを、心の奥底で認めているからだろうか?

「里美さんから、智美ちゃんの家族のことは聞いたよ。交通事故で亡くなったんだよね」

「…………そうだよ。お父さんとお母さん。それに、晴美お姉ちゃんって人が」

 私はうつむきながらも淡々と答えはした。悲しい思い出を話しているはずなのに、言葉が自然と出てくるのだから不思議。

「でも、ご両親たちが亡くなった後、里美さんは頑張ってくれたんじゃない?」

 心に響くような問いかけ。色々な出来事が、思い出となってよみがえる。

 叔父さんの家に引き取られた時、心細かった私を励ましてくれたのは里美お姉ちゃん。

 学校の授業参観だって、来てくれたのは里美お姉ちゃん。

 私が病気で熱を出した時も、わがままを言ってどこか遊びにつれていってもらった時も、側にいてくれたのはいつも里見お姉ちゃんだった。

「智美ちゃん。もう一度聞くね。里美さんのこと好き?」

 再びの問いかけ。

 気がつくと、私はうなずいていた。

「うふふ、ならばよかったよ」

 菜穂お姉さんは、そっと頭を撫でてくれた。

 とても心が安らぐような温かい手。

 お母さんが生きていたときも、私たちが姉妹喧嘩をすれば、いつもこんなふうにやんわりとなだめてくれたっけな。

「…………ねえ、菜穂お姉さん」

「うん?」

「私と里美お姉ちゃん。どうしてすれ違っちゃったのかな」

 自然と口に出た突拍子もない疑問。訊いた所で明確な答えなんて出ないとは思うが、なにかしら一言くらいは答えてくれるような気がした。

 そして、菜穂お姉さんはしばらく考えてから、こう言った。

「う〜〜ん。今、わたしが知っている段階じゃ、はっきりとは言えないことが多いね」

「そうだよね。ごめん」

「でも、ひとつだけ質問いいかな」

「なあに」

「智美ちゃんは里美さんの恋人って嫌いなの?」

「え?」

 いきなり思わぬ質問。

 嫌いだとハッキリ言いたいが、少し躊躇いもあった。

「あはは。戸惑ってるね」

「もう、菜穂お姉さん。いきなりこんな質問は意地悪だよ」

 私は口を尖らせる。でも、なぜか張っていた力が抜けて、可笑しい気持ちもこみ上げてきた。

「…………嫌い?、って改めて問われるとわかんない。鬱陶しく思える時はあるけど、別に悪いことをされたわけではないもんね」

「でも、何か引っかかるものがあるから認められない?」

「うん。きっと私は、正彦お兄さんにお姉ちゃんがとられるの怖いんだよ。お姉ちゃんが結婚して家を出ていこうものなら、私だけ叔父さんの家に残ることにもなるし」

「なるほどね」

「でも、突き詰めてしまえば、私がお姉ちゃんとすれ違った原因はこれなんだろうね。わかってしまうと、単純すぎて馬鹿らしい悩みだよ」

 私は自嘲気味に笑った。

 けれど。

「わたしは、それが単純な悩みだとは思わないな。普通、智美ちゃんくらいの年の子って、そんな事では悩まないもの」

 菜穂お姉さんは静かに言い、私は苦笑した。

「たしかにそうだよね」

 それは同感だった。

 しかし、こうやって話をしているうちに、どんどんと自分の気持ちにも整理がついていくのが不思議。

 今まで何故か我慢していたことを、一気に打ち明けているような感じもある。

「でも、菜穂お姉さん。私は少しでも早く、しっかりした大人になりたかったんだよ。そうしないと里見お姉ちゃんがいなくなった時、自分を強く保つことなんてできないと思うから」

「そんなことまで考えていたんだ」

「あと、少しだけかっこいいこと言えば、里見お姉ちゃんが私の面倒を見る負担も減るかなって。でも、これは自分の中ではうまくいかなかった。面倒をかけない大人になりたかった反面、やっぱり構って欲しかったもの」

「なるほどね。けれど、わたしも大分わかってきたよ。智美ちゃんも里見さんも、お互いに頑張りすぎたんだろうね。それもすれ違いの原因だよ」

「頑張りすぎると、すれ違うものなの?」

 私は小さく首をかしげた。

「必要以上にやりすぎると、そうなることもあるんじゃないかな」

「頑張ることは大事なことだけど、自分を犠牲にしてまで頑張ってしまうと段々とおかしなことになってくるんだよ」

「そういうものなの?」

「自分を犠牲にしてまで誰かの為に頑張ろうって場合、必要以上の見返りなんて求めちゃいけないんだよ。頑張りは時として自己満足にしかならない時もあるからね。自分はこれだけ頑張っているのに、どうして誰も理解してくれないのって思う人も多いだろうけど、自分の自己満足を相手に押し付けたところで、相手がそれを望んでいなければその時点ですれ違ってしまうし」

 菜穂お姉さんの言葉は穏やかだけど、内容的には厳しかった。

 けれど。

「だったら、どうすればいいの」

「特に難しく考えずに普通でいること。それが一番じゃないかな」

「そんなのでいいの?」

「いいんだよ。難しく考えるよりはね。…………わたしも誰かのために頑張ろうっていう気持ちはあるけど、それは自分にとっても嬉しいことだから必要以上の見返りは求めない。わたしは無理のない範囲で、自分を大切にしながら頑張ってるよ」

「すごいなあ」

 何だか羨ましかった。こんなにもはっきりと言える彼女が。

 それに菜穂お姉さんは本当に優しく、何でも相談にのってくれそうな気がした。

 ひょっとして彼女は、天国に行った家族が、私たちの為に遣わしてくれた天使なのかもしれない。

 そんなことを、ぼんやりと思う。

「さ、肩の力を抜いて、自然に振る舞っていこう」

「うん」

 私は、小さくうなずいた。

 その頃には、夕陽も落ちて辺りは薄暗くなってきている。

「今日はそろそろ帰ろうか」

 菜穂お姉さんが立ちあがり、お尻についた草などを払う。

「もう帰るの?」

「さすがに遅くなったら、知美ちゃんの家の人たちも心配するでしょ」

「それもそうだね」

 とりあえず私も立ちあがった。

 プレゼントのクマもしっかり手に持って。

「それじゃあ、そのクマさんも大切にしてね」

「うん。せっかくのプレゼントだもんね。大事にさせてもらうよ」

 私は笑った。

 ここしばらくもやもやとしていた気持ちも、今は少し晴れている。だからこそ、素直にプレゼントを喜ぶことにした。

「できれば、そのクマさんに素敵な名前をつけてあげてね」

「名前?」

「うん。お店のクマさんには、みんな名前がついてたからね。そのクマさんにも名前をあげないと可哀相でしょ。とはいっても、三太夫とかいうのは駄目みたいだよ」

「…………さすがにそんな名前にはしないと思う」

「残念」

 がっくりと肩を落とす菜穂お姉さん。

 三太夫って名前がよかったのかな、彼女は?

 まあそれはそれで、個性的な名前かもしれないけど。

「そういえば、菜穂お姉さんはいつまでこの街にいるの?」

「これといっては決めてないかな」

「だったら、一つだけお願いがあるんだけどいいかな」

「なあに? 無理のない範囲だったらいいよ」

「じゃあ、私とお姉ちゃんが、ちゃんと仲直りできるまで、この街にいてくれる?」

「…………うん。いいよ」

 少し考えた様子にも見えるけど、彼女は了承してくれた。

「それじゃあ、また明日、ここで会おうよ」

「わかったよ。その時には仲直り具合とか教えてね」

「うん!」

 私は元気よく頷いた。そして。

「それじゃあ、みんなに心配かけないうちに今日は帰るよ」

 そう言って走りだし、桜並木の道をすばやく抜けきり大通りへ。

「気をつけて帰ってね〜!」

 後ろから菜穂お姉さんの声が聞こえ、私は途中ふりかえり、軽く手を振ってそれに答えた。

 と、その時だ。

 ものすごくけたたましい音と共に、車のクラクションが鳴り響く。

「え?」

 私は思わずその方向を見た。

 そして、息を呑む。

 大きなトラックが、私の目の前に突っ込んできたのだ。

「………………!!」

 声にならない悲鳴。

 鼓膜を破らんばかりのブレーキの軋み音。

 危ないっ! そう感覚的に思った瞬間、鈍い痛みが身体全体にはしる。

 跳ね飛ばされて、宙を舞う感覚。

 そして。

 ……………………

 最後に見えたのは赤い色。

 それは、どんな赤よりも、真っ赤さを意識できるものだった。