第二章  BEAR’S FRIEND  [菜穂]

 

 

 この街の中心地は、少し珍しかった。

 綺麗な色の石畳が敷きつめられた大通りには、洋風の洒落たお店が多く立ち並んでいる。

 まるで童話の中から抜け出してきたかのような建物は、とてもカラフルで、見ているだけで楽しくなってくる。

 昨日に引き続いて、今日も最高に気持ちがいい天気。明るい春の陽射しは、この鮮やかな街並みをより一層美しく見せている。

 わたしは通りを歩きながら、いろいろな物に目を奪われていた。

 お花屋、雑貨屋、衣料店はもちろん、ケーキ屋さんなどの食べ物を売っているお店には、ついフラフラと足が傾いてしまう。

 特に焼き立てのパンを売るお店の前を通ったときは、あまりの良い匂いに、二十分近くもその場で立ち尽くしてしまった。

 まあ、途中で店員のお姉さんに怪訝そうに見つめられて、そのまま逃げ去るように去ってしまったけどね…………

 ああ、でもこんなことしている場合じゃないや。

 今日のわたしは少し目的があって、この繁華街に来たのだから。その目的というのは、夕方に会う智美ちゃんのために何かプレゼントでも用意しようかと思い、その品を探しにきたんだよ。

 けれど、まったく自慢にもならないけれど、わたしには先立つお金がない。だからプレゼントを選ぶ以前に、何か簡単にできそうなアルバイトでも探そうかなと思っていた。

 でも、現実は甘くない。

 少し働いてお金がもらえるようなアルバイトなんて、ホイホイあるわけもなかったからだ。

 朝から色々な店のお手伝いを申し出てはみるものの、全部断られてしまっている。ただわたしも、突然押しかけて無理を言ってるのは確かなので、仕方ないといえばそうなんだけど。

「世の中ってきびしいよぉ」

 誰が聞くともなしに、そんな言葉がもれてしまう。

 まともなアルバイトなんてしたことがなかっただけに、お金を稼ぐまでの大変さを今更ながらに思い知ったような気がする。

 けれど、本当に困ったな。これでは智美ちゃんにプレゼントを贈ることもできない。

「はあ、世の中には神も仏もないのかなぁ」

 昔見ていたドラマのような台詞を呟いたとき、近くの店のショーウィンドウに目を引くものがあった。

 わたしは、そこへ近づいてみる。

「わあ。可愛らしいクマさん」

 ショーウィンドウの硝子越しには、愛らしいクマのぬいぐるみがたくさん飾られていた。俗にいうテディベアというやつだ。

 首もとに大きなリボンをつけたクマさんもいれば、人間のように可愛らしい洋服を着せられたクマさんもいる。

「こういうのを智美ちゃんに送ってあげたら喜ばれそうだなぁ」

 わたしはそう呟くものの、クマさんに表示された値札を見て、さすがに言葉をなくす。

 …………高いよ。

 わかってはいたことだけど、手が出せる値段ではない。もっとも今のわたしでは、ジュース一本買うことすら難しいのだが。

「……はうぅ」

 情けなさで溜め息しかもれない。

 そのときだ。

「あら、あなたは昨日の」

 ふいに誰かに呼びかけられた。

 わたしは、声の主へと向き直る。

 そこには『BEAR’S FRIEND』と書かれたエプロンをした、若いお姉さんが立っていた。

 うむむ。どこかで見たような気がするけど、誰だっけ?

 でも、わたしがこの街で知っている人なんてたかだか知れている。だから、答えはすぐに行きついた。

「思い出した! 昨晩、智美ちゃんを探していた方ですよね」

「ええ、そうです。あなたは、智美を保護してくださった方ですよね」

「あはは。保護っていうほど、大層なことはしてませんけど」

 わたしは照れくさくなり頬を掻いた。

「昨晩は妹の智美がお世話になりました。私、あの子の姉の永野里美といいます」

「里美さんですか。わたしは菜穂っていいます」

 丁寧に頭を下げる里美さんに対して、わたしもちゃんと名乗っておく。

 エプロンに書かれた文字からして、里美さんはこの店の店員さんなのだろう。

「菜穂さんは、このお店に何か捜し物で来たのですか?」

「えっ、まあ……可愛いクマさんがいっぱいいるなあと思って」

「よければ店内へ入ってください。中にもたくさんのクマがいますよ」

「でも、わたしお金持ってないから」

 少し恥ずかしくて、消え入りそうな声でつぶやく。

 けれど里見さんの方はクスッとだけ微笑むと、優しくこう言ってくれた。

「別に何も買わなくても結構ですよ。ゆっくり見ていってくれるだけでも構いませんし」

「いいんですか」

「ええ、どうぞ。遠慮することはないんですよ。菜穂さんはクマが好きなのでしょ?」

 改めてそう聞かれると、クマが好きなのかどうかはわからない。でも、可愛いものが好きだっていうのはある。

「それじゃあ、少し中も見せてください」

 せっかくのお誘いを断るのも悪いので、わたしは里美さんに誘われて店の中へ入ることにした。

 当たり前かもしれないが、店内にはショーウィンドウに飾られていた以上に、いろいろなクマさんがいる。愛嬌のあるものから、少し変わった(ある意味で怖い)ものまで、さまざまなクマさんたちが棚に飾られているのだ。

「まるでクマさんの館ですね」

 色々なものに見とれながら、わたしはそんな感想をもらす。

「そうかもしれませんね。ちなみにここにいるクマたちには、みんな名前もあるんですよ」

「名前……太郎や三太夫とかですか?」

 わたしが挙げた名前に、里見さんはプッと噴き出して笑った。

「えーと、何かおかしかったですか?」

 自分的には真面目に言ったつもりなんだけどな。

「ごめんなさい。ちょっと個性的な名前だったものですから、つい笑ってしまって」

「そうですか? 太郎とか結構よくある名前のような気も」

「でも、クマたちにつけるには不釣合いかも。太郎はまだしも、三太夫って時代劇にでも出てきそうじゃないですか。私、チョンマゲのついたクマを想像しちゃったんですよ」

 チョンマゲのついたクマ。なるほど。確かにいきなりそんなものが頭に浮かんだら、すごくヘンなイメージで笑えちゃうのも頷ける。

「じゃあ、ここのクマさんたちはどんな名前なんですか」

「大体は洋風の名前ですね。例えばここにいるクマの名前はコーニーで、こっちがフリッツ……」

 このあと里美さんは、お店にあるクマさんたちをどんどんと紹介してくれた。だけど、さすがに全部の名前は覚えきれない。ここにあるクマさんの数だけでも、大・小合わせて二百近くもあるのだから。

「菜穂さんはこの中で、お気に入りのクマ見つかりました?」

「いろいろありすぎて悩みますね。でも、このクマさんなんかいいかな」

 そう言って、羽つき帽子をかぶった小柄なテディベアを指さした。

「ウィリアムね」

 里美さんは、ウィリアムと名づけられたクマさんを棚から取ると、そのままわたしに手渡してくれた。

「手にとってゆっくりと見てあげてください」

「すみません」

 ウィリアムはポフポフっとして、すごくさわり心地がよかった。思わず頬ずりしたくなるほど可愛い。

『これでどれぐらいの値段なんだろ?』

 わたしは値札を確認して、絶句した。

 ゼロの数が、四つぐらいあるような…………

 小柄なクマさんだけに、もう少し安いと思っていたのに。

「その子はシュタイフのベアなんですよ」

「シュタイフ?」

「ドイツのメーカーにシュタイフ社というのがあるんですよ。昔はクマのぬいぐるみって、怖い感じのものが多かったようなのですが、それらを可愛く擬人化したりして、世界に定着させていったのがシュタイフ社なんです。だから、テディベアの元祖とも言われてますね」

「元祖だけにブランド的な価値もありそうですね」

「ええ。テディベアを集めている人にとっては、シュタイフのベアを持つことがひとつの夢だっていう方もいますし」

 なるほど。作りの良さもそうだけど、そういったマニア的な部分もこの商品の値段を高めているという感じかな。

「あと、シュタイフ社によるテディベアの定義っていうのもあるんですよ」

「どんなのですか?」

「ひとつはジョイントがあって頭や手足が動くこと。もうひとつは、持ち主の人が感情を投影したりできるよう、不必要に表情の豊かさをつけないこと」

 わたしにとっては知らないことばかりなので、なるほど〜と感心してしまう。それに里見さんも楽しげに語るので、こちらも自然にそれに引き込まれていく。

「じゃあ、それ以外の定義のものは、テディベアとは言わないのですか?」

「そんなことはないと思いますよ。さっきのはあくまでもシュタイフ社の定義ですから。他のメーカーのテディベアもそれぞれの会社の個性がありますしね。例えば、こっちにあるのがイギリスのメリーソートのベアなんですが…………」

 里見さんはそう言いながら、別の棚から新しいクマさんを取り出して見せてくれる。

「この子、顔つきがシュタイフのベアと違って、少し女の子っぽくないですか?」

「あ、ほんとだ。シュタイフのクマさんは男の子っぽいイメージだけど、こっちは女の子のような優しげな雰囲気がありますね」

「ええ。このようにテディベアでもメーカーによって違ってくるんですよ」

「…………う、でも値段はやっぱり高いですね」

「そこはまあ」

 里見さんは苦笑を浮かべる。

「この店のクマさんで一番安い子は、どれくらいの値段なんですか?」

「そうですね。大体、五千円くらいかしら」

 またしても絶句。聞くんじゃなかった。

「欲しいものがあるのでしたら、少しは割り引かせてもらいますよ。昨日は妹がお世話になったんですし」

「ええ」

 嬉しい申し出ではあるけど、元の値段がそれでは、割り引いてもらっても手は出せない。

 わたしは少し躊躇した後、ダメ元で里美さんに訊ねてみた。

「里美さん。少しの時間だけ、わたしをここで雇ってもらえませんか?」

「え」

 さすがに驚き顔の里美さん。でも、すぐに穏やかな表情に戻る。

「何か事情でもあるのですか?」

「ええ。ちょっと」

 こうしてわたしは、自分が思っていることを彼女に話した。今日の夕方に会う智美ちゃんのために、なにかプレゼントを用意してあげたいことなどを。

「…………そうですか。智美のためにわざわざ。何だか申し訳ありません」

「気にしないでください。別に智美ちゃんにせがまれた訳でもなく、わたしがそうしたいだけなんですから」

「でも…………」

 里見さんはまだ申し訳なさそうな表情だが、わたしは気にせず話しを進めることにする。

「とりあえず、雇ってもらえるのかどうかだけでも教えてもらえませんか?」

「それに関しては私の一存では難しいですね。店長に相談しないといけないけど、店長は今日不在だし」

「じゃあ、駄目みたいですね」

 もともと期待はなかっただけに落胆は少ないけど、また進展がなかったことには少しがっかり。

 けれど、そんなわたしの様子を気遣ってか、里美さんは一つの提案を持ちかけてくれた。

「もしよければですが、私の個人的な仕事を手伝ってくれたら、少し力になってあげますが」

「ホントですか!」

「ええ、でも店長には内緒にしてくださいね」

 そう言って里美さんは、口許に指を当てて内緒のポーズ。

 わたしもつられて同じポーズをとった。

「はい内緒です。二人の秘密ということですね」

 どういうお仕事を手伝うのかはわからないけれど、せっかくの有り難い申し出なんだからここは頑張ろう。

 わたしは気合いをいれ、里見さんに指示を仰ぐことにした。

 

 

 

「痛っ!」

 わたしは持っている針で、自分の指を突いてしまった。

「大丈夫ですか? 菜穂さん」

 すかさず里美さんが、心配そうに覗き込んでくれる。

「あはは。大丈夫です。ちょっと油断してしまったかな」

 とりあえずは指の傷口をペロリと舐めて、平気平気とアピールしておく。

「気をつけてくださいね」

「すみません。ロクに役にも立っていないのに、心配だけかけちゃって」

「構いませんよ。でも、怪我にだけは気をつけてくださいね」

 里美さんは優しく言い、わたしは素直にうなずいた。そして、もう一度作業を再開する。

 わたしは今、里美さんの手伝いで小さなテディベアを作っていた。このお店にある、どんなテディベアよりも小さい、手のひらに乗るようなサイズのクマさんだ。

 とはいっても大体の原型とかは里美さんが作っており、わたしは彼女に頼まれた部分を針と糸で縫い合わせてゆくだけ。

 けれど、お世辞にもうまく出来ているとは思えない。裁縫とかあまりしたことがないから一苦労だ。

 それでもどうにか里美さんに教わって作業をつづけているが、これでは手伝いになっていない気がする。

 ほとんど足手まとい状態なのだから…………

「あのう、里美さん」

「どうしましたか?」

「わたしたちが今作っている、このクマさん。これって売り物になるんですか?」

「売り物というか…………まあ、プレゼント用でしょうか」

 プレゼント用ってことは、お店のお客さまにおまけでつけるものなのかな? なんにせよ、誰かの手に渡るってのは確かだよね。

 わたしは、自分の縫っているクマさんを見て気が重くなる。

 縫い目がぐちゃぐちゃだよ…………

 これをプレゼントされる人って、ハズレを引いたって怒るのかな〜。

「里美さん。このようなものをプレゼントにしたら、この店の信用に傷がつきませんか」

「どうしてですか。小さくて可愛いとは思いませんか?」

「いや、そういう意味じゃなくて。わたしが縫ってるのって……なんていうか、ぐちゃぐちゃだし」

 里美さんは一瞬、目をきょとんとさせるが、すぐにクスクスっと笑う。

「そんなこと気にしなくてもいいですよ。菜穂さんが心を込めて縫ってくれたのなら、それはそれで価値のあるものだと思いますよ」

「…………そういうものでしょうか」

 確かににそう言ってもらえると、少しは気分が楽になる。わたしも心を込めて、頑張ってはいるつもりだから。

 でも、目の前にある現物の品を見ると「やっぱコレはまずいんじゃないかな〜」なんていう気持ちになる。我ながら複雑な心境だよ。

「とりあえずお店の事とか難しいことは考えなくていいですよ。私もそれを踏まえた上で、菜穂さんに手伝ってもらっているのですから」

 わたしの様子を気遣って、里見さんは自然にフォローの言葉をかけてくれる。

「里美さんって優しいんですね」

「そうですか? 普通ですよ」

「でも、すごく落ち着いていて、ちゃんと大人な感じもするし」

「ご冗談を」

「本当そう思いますよ。智美ちゃんも、あなたみたいなお姉さんがいて幸せじゃないかなぁ」

 何気ない一言のつもりだった。でも、その瞬間、里美さんの表情が曇ったのを、わたしは見逃さなかった。

「どうかしたんですか。里美さん?」

 何かマズイこと言ったかな。おそるおそる訊ね返してしまう。

 しばらく沈黙が漂った。

 里美さんの表情は、先ほどと違って少し翳りがある。

「……菜穂さんから見て、智美は幸せそうに見えますか?」

「え」 

 ふいの質問に、どう答えてよいのか戸惑ってしまう。

 わたしは慎重に答えを選ぶことにした。少なくとも智美ちゃんとは会って間もないのだし、軽く答えるのもどうかと思ったから。

 でも、慎重に考えたところで、あまり意味のないことにも気がつく。わたしに言える答えなど、一つしかないからだ。

「幸せかどうかまではわかりませんけど、目に見えて不幸とも思えませんよ。明るい良い子だし」

「そうですか」

「でも、どうしてそのような質問を? ……そういえば昨日、智美ちゃんと喧嘩でもしたんですか?」

 再び沈黙する里美さん。わたしは慌てて謝った。

「立ち入ったこと聞いちゃったかな。ごめんなさい」

「いえ。気にしないでください。菜穂さんがおっしゃるように、昨日あの子と喧嘩したのは事実ですし。それにここ最近、ずっとあの子とはうまくいっていないんです」

 そう呟く彼女の表情は、なんだか辛そうだった。

「私も智美も、数年前に両親ともう一人の姉妹を交通事故で亡くしたんです。それからは叔父の家に引き取ってもらったのですが、私も智美の母親がわりになれるよう頑張ってきました。ですが……」

 里美さんは言葉を止めた。この先を語ってよいのかどうか考えているようにも見うけられる。

 わたしは、うながしたりはしなかった。話すかどうかは彼女が決めることなのだから。

 それからしばらくして、里美さんは心を決めたのか、再び語りはじめてくれた。

「私、最近。あの子のために頑張ってきたのが、少し嫌になったんです」

「え!」

 この告白には、さすがに少し驚いてしまう。

「どうしてですか?」

「私ね。今、好きな人がいるんです。けれど、智美はその人のことがどうも気に入らないみたいで」

「そうなんですか」

「何だか不公平な気がするんですよね。私はあの子の幸せのために頑張ってきたのに、あの子は私の幸せを認めてくれないなんて」

 里美さんは寂しそうに笑ってから、わたしの顔を見た。

「すみません。つまらないこと聞かせてしまって。でも、私は菜穂さんが思っているほど、優しくて落ち着きのある大人ではないってことです」

「そんなことないですよ」

 人それぞれ悩みってあるものだから、たまには気弱になることだってある。

 多分、いまの彼女はそんな時期なんじゃないかな。ふとそう思う。

「元気出してください。智美ちゃんも優しい子だから、そのうちきっとわかってくれますよ」

「そうでしょうか」

「大丈夫ですよ。智美ちゃんは里美さんを信用してるんだから、里美さんも智美ちゃんを信じてあげないと」

 わたしの言葉に、里美さんは少し意外そうな顔をする。

「あの子が私を信じている? あの子がそう言ったのですか?」

「いや、そういう訳じゃないんですが……その、なんていうのかな。智美ちゃんは里美さんの事を本当に頼っていると思うんです。でも、そんな頼りにしてるお姉さんが、別の誰かを好きになることによって、自分から離れていくんじゃないかって心配してるんじゃないでしょうか」

「…………」

 里美さんは、何も答えてくれなかった。何か心の内で整理している。そんな感じにも見うけられた。

 わたしは、それ以上は何も言わなかった。今はそっとして待つべきだと思う。

 その後はとりあえず、クマさんを縫うことに専念した。

 そして、しばらくの時間を経て。

「里美さん、縫い終えましたよ!」

 ようやく小さなクマさんを縫い終わり、はしゃいだ声をあげる。

「え? ああ、お疲れ様です。菜穂さん」

「でも、それなりに時間をかけてこれでは、出来が悪すぎますよね」

 自分では頑張ったつもりでも、縫い終えたクマさんを見る限りでは、やはり不恰好としかいいようがない。

「いいじゃないですか。菜穂さんは一生懸命やってくれたと思いますよ。これなら、智美も喜んでくれるでしょう」

「智美ちゃんですか?」

「ええ。このクマは智美へのプレゼントに使ってくださいな。菜穂さんが一生懸命に縫ってくれたものですもの。菜穂さんからのプレゼントと言っても、全然問題ありませんよ」

 里美さんの言葉に、わたしの胸は思わず熱くなる。

 そして確信もした。

 彼女が本当に優しい人であるとことを。

「じゃあ、ありがたくプレゼントに使わせてもらいます!」

「こちらこそ、智美の事をよろしくお願いします」

 深く頭を下げる里美さんに、わたしも穏やかに頷いた。

「智美ちゃんの事は任せてください。それより里美さんは、もっと笑顔になって堂々と自分の幸せを掴んでください。里美さんが本当に幸せだってわかれば、智美ちゃんだってその彼氏の事をきっと認めてくれると思います」

「そうだといいんですが」

「ほらほら。笑顔ですよ。笑顔」

 気弱そうに答える里美さんの手を、そっと包むように握る。

「素敵な笑顔を忘れないで。笑顔で幸せになれたら、その幸せは周りにも自然と伝わっていくんですから」

 世の中には、人の幸せは自分の不幸だなんて言う人もいるが、わたしはそんな風には思いたくない。

 だって、幸せな人の側にいると、自分だって楽しい気持ちになれることもまたあるのだから。

 少なくともこの姉妹に関して言えば、今すぐの仲直りは無理だとしても、いつかはうまくいくような気もする。なんだかんだいいつつも、里見さんは智美ちゃんのことを気にかけているのだ。

 彼女が心にゆとりを取り戻せれば、智美ちゃんと新しく向き直ることもできるだろう。

「…………菜穂さんって、私なんかよりずっと優しいですね」

「きっと里美さんの優しさがうつったんですよ。優しさも周りに伝わるんですよ。知ってました?」

 この言葉に彼女もクスクスと笑いだす。翳りのない、明るい笑いだと思った。だから、わたしもつられて笑い出す。

 そして。

 ひとしきり笑いあった後、壁にかけてある時計を見て驚いた。

 時計の針は三時五十分をさしている。たしか、智美ちゃんとの約束の時間は四時頃だったはず……

 うわ。まずいよ。このままだと遅刻しちゃう。

「里美さん。智美ちゃんとの約束があるので、そろそろ失礼します」

 わたしはプレゼントのクマさんを大事に持ち、彼女に一礼をした。

「妹がお世話をかけますが、本当よろしく頼みます」

「はい!!」

 元気良くそれだけ答えた後は、大急ぎでこの店を飛び出す。

『智美ちゃん、プレゼント喜んでくれるといいんだけど』

 わたしは手に持ったクマさんを見て、そう願わずにはいられなかった。

 不恰好なクマさんだけど、何のプレゼントも用意できなかったよりは、ずっとマシな筈だろう。

 わたしは、純粋に智美ちゃんの笑顔を楽しみに、約束の場所へと走った。